目を閉じて、まだ数秒しか経っていなかった。
扉が開く。閉まる。気配が近づく。
さっきまで部屋の外にいたはずのエリスが、今はベッドのすぐ横に立っている。目を開けた俺を見下ろす彼女の顔に、迷いはなかった。いや、迷いがないように見えるだけだ。瞳の奥に、自分でも整理しきれていない熱がある。
「起きて」
俺が何か言うより早く、エリスはベッドに上がった。片膝をつき、俺の肩を押して仰向けに固定する。細いが鍛えられた手だ。剣を振る手が、今は俺の胸の上にある。
「エリス」
「黙って」
彼女は短く言った。命令ではない。だが、俺の言葉を待っていない。自分の決断を邪魔されたくない顔だ。
俺は動かなかった。動けなかったのではない。動かなかった。
エリスは俺の顔をじっと見る。赤い瞳が、暗がりの中で熱を持っている。怒りではない。羞恥でもない。それらを全部ひっくるめて、押し潰すように前に出ている。
「まだ守るとは決めてない」
「知ってる」
「隙だらけで、弱くて、命令もしない」
「そうだな」
「剣士として、あんたを主にする理由なんて、まだ一つもない」
エリスはそう言って、俺の胸を押さえていた手を離した。
そのまま両手で俺の首の横を挟むようにベッドへ押し付ける。逃げられないわけではない。だが、逃げる理由も今は見当たらない。
「でも、確かめさせて」
「何を」
「私が、あんたのどこを見てるのか」
言葉の途中で、エリスの唇が降りてきた。
キスというより、押し付けだ。柔らかさと同時に強さがあった。舌は入らない。息を交わす暇もなく、離れて、また押し付ける。何度か繰り返されて、ようやく彼女が息を吸った。
「下手だな」
「うるさい」
「キスしたことないのか」
「馬鹿にしてるの?」
「してない。驚いただけだ」
エリスは舌打ちして、また顔を寄せる。今度は唇を割ってくる。ぎこちなくて拙い。だが必死さが伝わった。歯に当たりそうになりながらも、自分の意志で押し込んでくる。
俺は応えた。
舌を入れて絡ませると、エリスの肩がわずかに震えた。怒るかと思いきや、逆に彼女の舌が追いかけた。呼吸の合間に、微かに漏れる息が熱い。
しばらくして唇を離したとき、互いの唾液が糸を引いた。エリスはそれを舐め取ることなく、濡れた唇を見せたまま睨むように俺を見つめる。
舌を絡ませたまま、エリスが俺の唇を食むように吸い上げる。拙いが貪欲だ。歯が当たるのも気にせず、息継ぎの間も惜しむように顔を押し付けてくる。
彼女の両手が、俺の肩から首へと移動した。指先が食い込む。剣を握る手が、今は俺を離さないようにしがみついている。唾液が混ざり合い、口の端から零れて首筋へと垂れた。
「……っ、ふ」
息を吸う合間に、エリスの瞳がぼやけた光を宿す。怒っているのか、照れているのか、興奮しているのか、おそらく全部だ。自分でも整理できない感情を、キスという形で俺にぶつけている。
俺は彼女の背中に手を回した。剣士の引き締まった体が、わずかに震える。
「ん……っ」
エリスが喉の奥で鳴らす。口を離した瞬間、銀の糸が切れて彼女の顎に落ちた。それを拭うこともせず、彼女は荒い息のまま俺の目を覗き込む。
「なに、その顔」
「どんな顔だ」
「余裕ぶってる顔」
「余裕はない」
「嘘つき」
エリスはまた噛みつくようにキスをした。今度はより深く、舌を押し込んでくる。俺の舌を探り当て、絡ませ、吸い上げる。動きは先ほどより少しだけ慣れていた。飲み込みが早いのは剣士としての勘か、それとも本能か。
彼女の太腿が俺の腰に触れる。体重をかけて押さえつけるようにしながら、キスを続けた。逃がさないという意思が、唇の圧力から伝わってくる。
エリスの手が、自分の服の襟元にかかった。
俺の上に跨ったまま、彼女は乱暴に上着を脱ぎ捨てる。布が擦れる音のあと、暗がりの中に白い肌が浮かび上がった。次に下着を外す。迷いはない。ためらいはあるが、それを見せないように、わざと勢いをつけて脱いでいる。
裸になったエリスが、俺の腰の上で姿勢を正した。
「見なさい」
声は強かったが、肩がわずかに上下している。呼吸が浅い。暗がりでも分かる。彼女の肌がうっすらと赤らんでいるのが。
鍛えられた体だった。
バーゲストのような圧倒的な大きさはない。デルタのような獣じみた躍動感とも違う。だが、剣士として鍛え抜かれた筋肉が、無駄なく全身を覆っている。肩は張り、腕には細く長い筋が走り、腹筋は深呼吸のたびに薄く浮き上がった。胸は小ぶりだが形が良く、先端は緊張で硬く尖っている。
「小さいと思った?」
「思わない」
「嘘つき。バーゲストとか、デルタとか、あんたの周りにはもっと……」
「比べるな」
俺の言葉に、エリスは口を閉じた。
彼女は自分の体をよく知っている。剣を振るために作られた体だ。無駄な脂肪はほとんどない。女性らしい丸みよりも、斬撃のための筋肉が優先されている。それを恥じているわけではない。だが、他の契約体たちと並んだ時、自分がどう見えるかは理解している。
「俺はお前を見てる」
エリスは何も言わず、ただ俺の目を見つめた。それから、ゆっくりと俺のシャツに手をかける。ボタンを外す指先が、かすかに震えている。