※この作品はR-18です。

MEDESGAME   作:ボルメテウスさん

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最後の前の疑問

 スマホの画面には、同じ文字が浮かび続けていた。

 

 ――FINAL MATCH:PREPARING

 

 準備中。

 

 何を、とは書かれていない。

 

 俺たちを決勝戦へ送る準備なのか。対戦相手を選ぶ準備なのか。それとも、勝者を迎えるための準備なのか。

 

 黒い画面の中央で、白い文字だけが脈を打つ。

 

 テーブルの向こう側では、ライザがその明滅に合わせて鉛筆を走らせていた。

 

「今ので、十二秒」

 

 紙の端に数字を書き込む。

 

 少し待つ。

 

 画面がまた弱く光った。

 

「次が十一・八秒。微妙に短くなってる」

 

「決勝が近づいているからじゃないのか?」

 

「それだけなら、もっと一定の間隔で縮むと思う」

 

 ライザは鉛筆の尻で唇の下を軽く叩く。

 

「でも、さっきから速くなったり遅くなったりしてる。何かを処理するたびに変わってるんだよ」

 

 テーブルには、彼女が書いた紙が何枚も並んでいた。

 

 契約体の名前。

 

 戦闘の順番。

 

 マスターの消滅。

 

 契約移行。

 

 問いへの回答。

 

 それらを結ぶ線が、紙の上で蜘蛛の巣のように広がっている。

 

 広がっているように見えるのに、すべての線は最後に一つの場所へ集まっていた。

 

 俺のスマホ。

 

 そして、その横にはまだ何も書かれていない空白がある。

 

「近いです」

 

 デルタがライザの肩越しに紙を覗き込んでいた。

 

 近いどころではない。狼耳がライザの頬へ触れそうになっている。

 

「デルタ、ちょっと離れて。書けないから」

 

「デルタは邪魔してないです」

 

「耳が紙に当たってる」

 

「耳は軽いです」

 

「重さの問題じゃないよ」

 

 ライザが紙を横へ引くと、デルタの顔も一緒に移動した。

 

「こっちに来るなってば」

 

「何を書いてるです?」

 

「MEDESが何をしてるか」

 

「戦わせてるです」

 

「それは見れば分かること」

 

「じゃあ、デルタの答えが正解です」

 

「それで終わったら、こんなに紙は使わないよ」

 

 デルタは納得していない顔で首を傾けた。

 

 エリスがその首根っこを掴み、後ろへ引く。

 

「邪魔しないの」

 

「デルタも調べるです!」

 

「あんたはそこで肉でも食べてなさい」

 

「肉はないです!」

 

「なら座ってなさい!」

 

 引きずられていくデルタの尻尾が、テーブルの脚を一度叩いた。

 

 カップの中のお茶が揺れる。

 

 ライザは反射的にスマホを押さえた。

 

 その手が、画面に触れる寸前で止まる。

 

 触れない。

 

 壊さない。

 

 俺との約束を、指先が覚えていた。

 

「……危なかった」

 

「その程度で壊れる端末なら、今までの戦闘でとっくに壊れてると思うけど」

 

 ムジナがソファへ寝そべったまま言う。

 

「乱暴に扱うのと、調べながら触るのは違うよ」

 

「そういうもの?」

 

「錬金術は、ちゃんと見ないと失敗するから」

 

「前のマスターは、見るなって言ってたけど」

 

 鉛筆の動きが止まった。

 

 ムジナは天井を見たままだった。

 

 わざとでも、責める口調でもない。ただ、紙の上に置かれた石みたいに、言葉だけを残した。

 

 ライザはすぐには返さなかった。

 

 画面が一度、白く明滅する。

 

 鉛筆の先が、紙に小さな黒い点を作った。

 

「……だから、失敗したんだと思う」

 

 ライザはその点を円で囲んだ。

 

「見ないで混ぜたから」

 

「そう」

 

「でも、あの人は勝とうとしてた」

 

 もう一つ、小さな円を描く。

 

「あの人なりに、消えたくなかったんだと思う」

 

 ムジナは返事をしなかった。

 

 ライザも、それ以上は続けない。

 

 黒い点と二つの円だけが、ほかの図から少し離れた場所に残った。

 

 俺はスマホを見る。

 

 準決勝で消えた男の声が、まだどこかに貼りついている。

 

 勝て。

 

 迷うな。

 

 見るな。

 

 その命令の先に、男は何を見ていたのだろう。

 

 決勝戦。

 

 優勝。

 

 生還。

 

 そこまで進めば、何かが終わると信じていたのかもしれない。

 

「なあ、ライザ」

 

「何?」

 

「MEDESは、勝てば何が起こるか説明していたか?」

 

 鉛筆が再び止まった。

 

 ライザはスマホではなく、俺を見る。

 

「……してないの?」

 

「少なくとも、俺は見ていない」

 

「優勝者への報酬とかは?」

 

「ない」

 

「願いが叶うとか、元の世界に帰れるとか」

 

「書かれていない」

 

「契約体の扱いは?」

 

「それもだ」

 

 ライザの眉が寄る。

 

 彼女は紙を一枚引き寄せると、中央に大きく「WINNER」と書いた。

 

 その下へ線を伸ばす。

 

 だが、その先で鉛筆が止まった。

 

「勝利条件はあるのに、その後がない」

 

「ああ」

 

「普通なら、一番大事なところじゃない?」

 

「普通に運営されているゲームならな」

 

「これは普通じゃないけど」

 

 ライザは鉛筆を置いた。

 

 代わりに、テーブルの端に置かれていた空の小瓶を三本取る。

 

 一つ目は透明な瓶。

 

 二つ目は琥珀色。

 

 三つ目は、光をほとんど通さない黒い瓶。

 

 それぞれの前に、小さな紙片を置いた。

 

 透明な瓶には「解放」。

 

 琥珀色の瓶には「管理」。

 

 黒い瓶には「統合」。

 

「三つくらい考えられる」

 

 ライザが透明な瓶を指で弾く。

 

「一つ目。決勝戦で勝ったらゲーム終了。マスターは元の生活に戻って、契約体も元の世界へ帰る」

 

「一番、都合のいい結末ね」

 

 エリスが腕を組む。

 

「でも、そうなる保証はないんでしょ?」

 

「ない。だから仮説」

 

 ライザは次に、琥珀色の瓶を指した。

 

「二つ目。勝者はMEDESの管理者になる」

 

「管理者?」

 

 織姫がカップから顔を上げる。

 

「参加者じゃなくて、運営する側になるってこと?」

 

「うん。これだけの契約体を集めて、戦闘や問題解答を乗り越えたマスターなら、次のゲームを管理できるって判断されるのかも」

 

「そんなもの、誰が望むのよ」

 

 エリスが吐き捨てる。

 

「望むかどうかは、MEDESには関係ないのかもしれない」

 

 ライザはスマホを見た。

 

「この仕組み、一度も私たちの同意を取ってないから」

 

 部屋の空気が、ほんの少し重くなった。

 

 契約。

 

 戦闘。

 

 消滅。

 

 移行。

 

 すべて画面の文字が先に決めていた。

 

 俺たちが頷くより前に。

 

「三つ目は?」

 

 バーゲストが尋ねる。

 

 ライザの指が、黒い瓶の前で止まる。

 

「勝者と契約体を、全部まとめて取り込む」

 

 デルタが黒い瓶へ鼻を近づける。

 

 壌竜の手が伸び、その瓶を静かに遠ざけた。

 

「匂いはしないです」

 

「そういう瓶ではない」

 

「ライザが入れたです?」

 

「何も入ってないよ」

 

「空なのに黒いです」

 

「中が見えないっていう例えだから」

 

「中身がないなら怖くないです」

 

 デルタはそう言ったが、黒い瓶へもう一度近づこうとはしなかった。

 

 ライザは紙の上に、これまで加入した契約体の名前を書いていく。

 

 デルタ。

 

 バーゲスト。

 

 ムジナ。

 

 壌竜。

 

 ルプスレギナ。

 

 エリス。

 

 織姫。

 

 ライザ。

 

 それぞれの名前から線を伸ばし、一つの円へ集める。

 

「この端末、契約体が増えるたびに表示できる情報が増えてる」

 

「単に登録人数が増えたからじゃないのか?」

 

「それだけじゃないよ」

 

 ライザは過去の画面記録を指した。

 

「戦闘方法、能力、種族、マスターとの関係。問いに答えるたび、MEDESは私たちのことを細かく分類してる」

 

 紙を一枚めくる。

 

「それに、契約が移ると、前のマスターが見た情報まで端末に残ってる。本人の記憶全部じゃないけど、戦い方や感情の変化は記録されてるみたい」

 

「感情まで、ですか」

 

 バーゲストの声が低くなる。

 

「断言はできない。でも、WHYの問題があるなら、少なくともMEDESは関係性を観測してる」

 

 織姫の指が、カップの取っ手から離れた。

 

 俺は紙を見る。

 

 そこに書かれた名前は、ライザにとっては分析対象だ。

 

 けれど俺には、名前の横に顔が見えた。

 

 肉を食べて尻尾を振るデルタ。

 

 剣を構え、誰より先に前へ出るバーゲスト。

 

 面倒だと言いながら、必要な時にはこちらを見るムジナ。

 

 地へ掌を置く壌竜。

 

 笑顔の奥で相手の壊れ方を眺めるルプスレギナ。

 

 荒い言葉で織姫を立たせるエリス。

 

 小さな盾で、必要な場所だけを守った織姫。

 

 そして、何を作ればいいと尋ねたライザ。

 

 紙の上では、すべて一本の線にまとめられている。

 

「……道具みたいだな」

 

 口から漏れた。

 

 ライザの鉛筆が止まる。

 

「ごめん」

 

 彼女はすぐに紙へ手を置いた。

 

「そういうつもりで書いたんじゃ――」

 

「分かってる」

 

 俺は紙の端を押さえる。

 

「必要なんだろ。考えるために」

 

「でも」

 

「名前を消すな」

 

 ライザの指が、消しゴムへ伸びる前に言った。

 

「俺が嫌なのは、図じゃない。この図と同じことをMEDESがやっているかもしれないことだ」

 

 ライザはしばらく俺を見た。

 

 それから、消しゴムから手を離す。

 

「一つに集めるために、戦わせてる」

 

 ムジナがソファから身体を起こした。

 

「最後に残ったマスターに、全部を持たせるため」

 

「勝者を決めたいんじゃない」

 

 ライザは、線が集まる中心を鉛筆でなぞる。

 

「完成させたいんだ」

 

 壌竜の太い指が、紙の中心へ置かれた。

 

 薄い紙が、指先の下で沈む。

 

「何をだ」

 

「分からない」

 

 ライザは首を横に振る。

 

「究極のマスターかもしれない。契約体の能力をまとめた器かもしれない。たくさんの世界の情報を保存する装置かもしれない」

 

「その全部かもしれませんねぇ」

 

 ルプスレギナが笑う。

 

 口元はいつも通りだったが、目は黒い瓶へ向いていた。

 

「強くて、賢くて、壊れにくい器。作る側からすれば、便利でしょうし」

 

「便利で済ませるな」

 

 エリスが睨む。

 

「私は作る側の気持ちを言っただけですよぉ」

 

「その言い方が気に入らないのよ」

 

「でも、可能性としてはある」

 

 ライザの声が二人の間へ入った。

 

「勝者を器にして、契約体の能力や情報を全部まとめる。そうすれば、MEDESにとっては一番扱いやすい」

 

「契約体を一人ずつ管理する必要がなくなる」

 

 バーゲストが続ける。

 

「はい」

 

「では、マスターは?」

 

「器として残るか、それとも……」

 

 ライザは黒い瓶を見る。

 

 その先を言わなかった。

 

 言葉にしなくても、全員に伝わった。

 

 中身だけが必要なら、器の名前は必要ない。

 

 俺はスマホの画面を点ける。

 

 ――FINAL MATCH:PREPARING

 

 相変わらず、それしか書かれていない。

 

「優勝すれば帰れると思ってた」

 

 俺が言うと、エリスがこちらを見る。

 

「今までは?」

 

「考えないようにしてたのかもしれない。勝たなきゃ、その先を見ることもできないから」

 

「勝った後に考えればいい、と」

 

「ああ」

 

 指先で画面をなぞる。

 

 何も変わらない。

 

「でも、勝った瞬間に何かが始まるなら、それじゃ遅い」

 

 ライザの視線が上がる。

 

「私もそう思う」

 

 彼女は三本の瓶を少し離して並べ直した。

 

「MEDESが勝者に報酬を渡すなら、事前に説明しても困らないはず。でも、何も書いてない」

 

「知らせたくない理由がある」

 

「うん」

 

「あるいは、俺たちが報酬だと思うものが最初からない」

 

 部屋の時計が、一度だけ大きく鳴ったように聞こえた。

 

 秒針は同じ速度で進んでいる。

 

 けれど、スマホの明滅だけは少しずつ速くなっていた。

 

 ライザは新しい紙を出す。

 

 中央に大きな円を描いた。

 

 その中に、俺の名前を書こうとする。

 

 鉛筆の先が紙へ触れる寸前で、止まった。

 

「書いていい?」

 

「何を?」

 

「この中心に、あなたの名前」

 

 俺は円を見る。

 

 すべての契約体の線が集まる場所。

 

 完成品。

 

 器。

 

 MEDESが待っている何か。

 

 俺はライザから鉛筆を借りた。

 

 円の中心に一本、線を引く。

 

 名前を書く代わりに、二文字を書いた。

 

 ――出口。

 

 ライザが目を瞬かせる。

 

「出口?」

 

「MEDESが俺を完成させたいなら、付き合う必要はない」

 

「でも、決勝には出るんでしょ?」

 

「出る」

 

「勝つの?」

 

「勝つ」

 

 エリスが口元を上げる。

 

「そこは迷わないのね」

 

「負けたら消されるからな」

 

「分かりやすい理由」

 

「ただし、勝って終わりにはしない」

 

 俺は全員を見る。

 

「決勝戦に勝つ。契約体を守る。その後に始まる処理があるなら、止める」

 

「三つ同時ですか」

 

 バーゲストが問う。

 

「ああ」

 

「欲張りね」

 

 エリスが言う。

 

「一つでも落としたら、誰かが消える」

 

「なら、全部取るしかないですね」

 

 バーゲストは剣の柄へ手を置いた。

 

 デルタが勢いよく立つ。

 

「全部勝つです!」

 

「全部は勝ち方の話じゃない」

 

「勝てば全部です!」

 

「説明を聞きなさい!」

 

 エリスの声が飛ぶ。

 

 デルタは耳を伏せたが、座らない。

 

 織姫は紙の中心に書かれた「出口」を見ていた。

 

「出口が、なかったら?」

 

 静かな声だった。

 

「作る」

 

 俺が答えるより先に、ライザが言った。

 

 全員の視線が集まる。

 

 ライザは一瞬だけ目を見開き、それから紙へ視線を落とした。

 

「錬金術って、ないものを何でも作れるわけじゃない。でも、あるものを調べて、組み合わせて、別の形にすることはできる」

 

 彼女は俺から鉛筆を受け取る。

 

 「出口」の横へ、小さな文字を添えた。

 

 ――壊さずに開ける。

 

「MEDESを壊したら、契約まで壊れるかもしれない」

 

「そうだな」

 

「だったら、壊すんじゃなくて、仕組みを調べて出口だけ開ける」

 

「できるのか?」

 

「今は分からない」

 

 ライザは俺を見る。

 

「でも、調べたい」

 

 命令を求める声ではなかった。

 

 前のマスターを守るために走った時とも、壌竜の力を見て目を輝かせた時とも違う。

 

 自分で選んだ問いを、俺に差し出す声だった。

 

「決勝中もスマホを調べさせて。構造が変わる瞬間を見たい」

 

「危険なら止める」

 

「分かってる」

 

「本当に止まるか?」

 

「……なるべく」

 

「そこは即答してくれ」

 

「だって、すごく大事な瞬間かもしれないし」

 

「ライザ」

 

「分かったってば。止めろって言われたら止める」

 

 口を尖らせる。

 

 その顔を見て、エリスが小さく息を吐いた。

 

「前よりはマシね」

 

「何が?」

 

「止める理由を聞く前に、拒否しなかったところ」

 

「私だって学ぶよ」

 

「ならいいわ」

 

 ライザは紙を整理し始める。

 

 瓶を並べ直し、鉛筆を削り、スマホの発光周期を記録するための小さな時計を置く。

 

 誰かに言われる前に。

 

 誰かのために役割を演じるのでもなく。

 

 自分で必要だと考えた道具を、自分で選んでいる。

 

 窓の外が、少しずつ白み始めた。

 

 夜が終わる前の、色の薄い空。

 

 カーテンの隙間から差し込んだ光が、テーブルを横切る。

 

 三本の瓶。

 

 紙に書かれた名前。

 

 出口の文字。

 

 そして、黒いスマホ。

 

 朝の光が画面へ触れた瞬間、文字が切り替わった。

 

 ――FINAL MATCH:READY

 

 全員の動きが止まる。

 

 次の行が表示される。

 

 だが、それは一瞬だった。

 

 白い文字が、ノイズのように浮かび、すぐに消える。

 

 ――FINALIZATION PROCESS:STANDBY

 

「今の見たか?」

 

 俺が尋ねるより先に、ライザがスマホを引き寄せた。

 

 触れない。

 

 画面のすぐ上で、指を止める。

 

「ファイナライゼーション……」

 

 彼女の目が細くなる。

 

「決勝戦のことじゃないのか?」

 

「違う」

 

 ライザは紙へその文字を書き写す。

 

 FINAL MATCH。

 

 FINALIZATION PROCESS。

 

 二つを並べ、間に線を引かない。

 

「別々に書かれてる」

 

「つまり?」

 

 ライザはスマホを見る。

 

 白い文字はもう消えている。

 

 画面には「FINAL MATCH:READY」だけが残っていた。

 

「最終戦じゃない」

 

 鉛筆の先が、紙の上で止まる。

 

「最終処理だ」

 

 部屋の中へ、朝の光が差し込む。

 

 夜は終わろうとしている。

 

 けれど、俺たちの前に表示されたのは、出口ではなかった。

 

 MEDESが何かを完成させるための、待機表示だった。

 

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