※この作品はR-18です。

MEDESGAME   作:ボルメテウスさん

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大会の先へ

 夜が、薄くなり始めていた。

 

 カーテンの隙間から差し込む光は、朝と呼ぶにはまだ頼りない。黒い部屋の端を灰色に塗り、テーブルの上に散らばる紙だけをぼんやり浮かび上がらせている。

 

 その中心で、俺のスマホが白く瞬いた。

 

 ――FINAL MATCH:READY

 

 決勝戦の準備完了。

 

 たったそれだけの文字なのに、画面を囲む空気が少し硬くなる。

 

 エリスは壁に立てかけていた剣へ目を向け、バーゲストは背筋を伸ばした。織姫の手は、冷めかけたカップを包んだまま止まっている。

 

 デルタだけは、ライザの肩越しから紙を覗き込んでいた。

 

「いっぱい名前があるです」

 

「顔、近いってば」

 

「デルタの名前もあるです!」

 

「あるよ。だから紙に耳を乗せないで」

 

「耳は読むのに必要ないです」

 

「だったら離してよ」

 

 ライザが紙を引く。

 

 デルタの顔も、紙を追って横へ動いた。

 

 エリスが後ろから首根っこを掴む。

 

「邪魔しないの」

 

「デルタも作戦会議するです!」

 

「あんたが見ても分からないでしょ」

 

「分かるです。最後に勝つです」

 

「間違ってはいないけど、今はその後の話をしてるのよ」

 

 デルタは引きずられながら首を傾げた。

 

「勝った後も勝つです?」

 

「そうなるかもしれない」

 

 ライザの答えに、エリスの手が止まった。

 

「……どういう意味?」

 

「まだ仮説だけどね」

 

 ライザは紙へ鉛筆を走らせた。

 

 デルタ。

 

 バーゲスト。

 

 ムジナ。

 

 壌竜。

 

 ルプスレギナ。

 

 エリス。

 

 織姫。

 

 そして、ライザ。

 

 名前の横には、それぞれの能力や戦闘記録、契約が移った順番が小さな文字で書き込まれている。

 

 そこから伸びた線は、何本にも枝分かれしていた。

 

 種族。

 

 能力。

 

 戦闘方法。

 

 マスターとの関係。

 

 MEDESが問いとして突きつけてきたものばかりだ。

 

 複雑な線は紙の上を這い、最後には一つの円へ集まっていた。

 

 俺のスマホだ。

 

「契約体が増えるたび、この端末に表示される情報も増えてる」

 

 ライザが言う。

 

「それは当然じゃないの?」

 

 エリスが腕を組む。

 

「所有している人数が増えたんだから」

 

「名前と能力だけならね」

 

 ライザは別の紙を重ねた。

 

「でも、MEDESは戦闘結果だけを残してるわけじゃない。問題への回答も、契約体がどう動いたかも、マスターに対してどう反応したかも保存してる」

 

「WHYの問題か」

 

 俺が言うと、ライザは頷いた。

 

「たぶん。あれは答え合わせだけじゃない。関係がどう変わったかを記録するための質問でもある」

 

 鉛筆の先が、織姫の名前の横を通る。

 

 敵だった時。

 

 契約が移った時。

 

 小さな盾を選んだ時。

 

 紙の上では数本の線でしかない。

 

 けれど俺の中では、その間にあった沈黙や、止まりかけた指や、雑炊を一口だけ食べた夜まで浮かんでくる。

 

「戦闘能力だけなら、もっと簡単に集められる」

 

 ムジナがソファから言った。

 

 横になったまま、片目だけこちらへ向けている。

 

「わざわざ相手の気持ちを当てさせる必要はないもんね」

 

「そう」

 

 ライザが円の中心を鉛筆で軽く叩く。

 

「MEDESは、私たちが何者かだけじゃなくて、誰とどう繋がったかまで集めてる」

 

「随分と趣味の悪い記録係ですねぇ」

 

 ルプスレギナが頬へ指を添える。

 

「戦うだけなら、心なんて邪魔でしょうに」

 

「邪魔だからこそ、必要なのかもしれない」

 

 バーゲストが低く返した。

 

 ルプスレギナの笑みが、ほんの少し細くなる。

 

「壊れない駒を作るには、どこで心が折れるかを知っておく必要がある、と?」

 

「あるいは、折れない理由を知るためです」

 

 部屋の時計が、一秒進む。

 

 針の音が、紙の上を歩く鉛筆より大きく聞こえた。

 

 ライザは円の中へ何かを書こうとした。

 

 鉛筆の先が紙へ触れる。

 

 だが、文字にはならなかった。

 

「どうした?」

 

「ここに、あなたの名前を書くのが自然なんだけど」

 

 ライザは俺を見た。

 

「書いていいか、ちょっと迷った」

 

「俺の名前を?」

 

「全部の線が、あなたの端末に集まってるから」

 

 円の中心。

 

 勝ち残ったマスター。

 

 奪った契約体。

 

 集まった能力。

 

 積み重なった問いの答え。

 

 俺がそこに名前を書けば、図としては綺麗に完成する。

 

 けれど、その完成図は人間関係じゃない。

 

 部品を一つの器へ詰め込んだ設計図だ。

 

 俺はライザから鉛筆を受け取った。

 

 円の中心に、横線を引く。

 

 そこへ自分の名前ではなく、二文字を書いた。

 

『出口』

 

 ライザが瞬きをする。

 

「出口?」

 

「MEDESが何を完成させたいかは知らない」

 

 鉛筆を紙へ置く。

 

「でも、俺たちが欲しいものは、そこじゃない」

 

 デルタがエリスの手から抜け出し、もう一度紙を覗き込んだ。

 

「出口から帰るです?」

 

「できればな」

 

「みんなでです?」

 

「ああ」

 

 デルタの尻尾が一度、大きく床を叩いた。

 

「じゃあ、出口が正解です」

 

「簡単に言うわね」

 

 エリスは呆れたように息を吐く。

 

「簡単な方が分かりやすいです」

 

「作るのは簡単じゃないけどね」

 

 ライザは円の横へ、新しい線を書き足した。

 

 その線は、どの契約体の名前にも繋がらず、紙の外側へ伸びている。

 

「でも、出口を探すなら、まず決勝に勝った後を考えないと」

 

「優勝すれば終わるんじゃないのか?」

 

 織姫が小さく尋ねた。

 

 俺も、ずっとそう思っていた。

 

 勝ち残れば終わる。

 

 最後の敵を倒せば、日常へ戻れる。

 

 そうでなければ困るから、そうだと決めていたのかもしれない。

 

 ライザはテーブルの下から三本の小瓶を取り出した。

 

 一つは透明。

 

 一つは琥珀色。

 

 一つは光を通さない黒。

 

 透明な瓶の前に、『解放』と書いた紙片を置く。

 

「一つ目。優勝者は解放される。マスターは元の生活に戻って、契約体はそれぞれの世界へ帰る」

 

「一番まともね」

 

 エリスが言う。

 

「一番、証拠がないけど」

 

「台無しにするのが早いわよ」

 

 ライザは琥珀色の瓶を指す。

 

「二つ目。勝者がMEDESの管理者になる」

 

「次の参加者を戦わせる側になる、ということでしょうか」

 

 バーゲストの眉間に皺が寄る。

 

「たぶん。契約体をまとめられて、問題にも答えられて、最後まで残ったマスターなら、運営側にとっては使いやすい」

 

「断ればいいじゃない」

 

 エリスが言った。

 

「断れる仕組みに見える?」

 

 ライザの問いに、エリスの口が閉じた。

 

 スマホを持たされた時。

 

 最初の契約が成立した時。

 

 戦場へ飛ばされた時。

 

 一度も許可を求められたことはない。

 

 画面に文字が出て、それが現実になった。

 

 それだけだ。

 

 ライザの指が、黒い瓶の横へ移る。

 

「三つ目」

 

 その瞬間、デルタが瓶へ鼻を近づけた。

 

 壌竜の手が横から伸び、黒い瓶を静かに遠ざける。

 

「匂いを嗅ぐものではない」

 

「何も入ってないです」

 

「ならば、なおさら嗅ぐ意味はない」

 

「中身がないか確認するです」

 

「見れば分かる」

 

「黒くて見えないです」

 

「だから近づくな」

 

 二人のやり取りに、ライザの口元がわずかに動いた。

 

 だが、すぐ黒い瓶へ戻る。

 

「勝者と契約体を、一つにまとめる」

 

 部屋から物音が消えた。

 

「まとめる?」

 

 織姫の指が、カップの取っ手を離す。

 

「全員の能力、記憶、戦闘記録、関係性。それを勝ち残ったマスターへ統合する」

 

「一つの存在にするということですか」

 

 バーゲストの声が低くなる。

 

「可能性の話。でも、このゲームの仕組みには合う」

 

 ライザは紙の上の線をなぞった。

 

「勝つたびに契約体が一人へ集まる。問いに答えるたび、その契約体が何者かという情報が追加される。トーナメントが終わる頃には、最後の端末に全部揃ってる」

 

「完成品」

 

 ムジナが呟く。

 

「勝者を選びたいんじゃなくて、完成させたいのかも」

 

 壌竜の指が、紙の中央へ置かれた。

 

 薄い紙が沈む。

 

「何を完成させる」

 

「分からない」

 

 ライザは黒い瓶から手を離した。

 

「究極のマスターか、世界を渡れる器か、異世界の情報を全部保存する装置か」

 

「その三つが同じもの、という可能性もありますねぇ」

 

 ルプスレギナは笑っていた。

 

「どんな世界でも戦えて、どんな能力でも使えて、誰の心でも理解できる。随分と便利な怪物が出来上がりそうです」

 

「怪物にするな」

 

 エリスの声が鋭くなる。

 

「私はMEDES側の見方をしただけですよぉ」

 

「だから、その見方が気に入らないのよ」

 

 ライザは二人の間へ掌を向ける。

 

「でも、考えておく必要はある。私たちが嫌だからって、MEDESがやめるわけじゃない」

 

 その言葉を口にした後、ライザの指が止まった。

 

 黒い瓶の表面へ、朝の薄い光が当たっている。

 

 けれど、中までは届かない。

 

「前のマスターは、勝つことだけを見てた」

 

 ライザは瓶へ触れずに言う。

 

「勝った先に何があるか、たぶん考えないようにしてた」

 

 鉛筆を持ち直す。

 

「あの人だけじゃない。私も、勝てばどうにかなるって思ってた」

 

「俺もだ」

 

 口にすると、スマホの白い文字が少し遠く見えた。

 

「勝たなきゃ先へ進めない。だから、その先は勝ってから考えればいいと思ってた」

 

「でも、勝った瞬間に始まるなら」

 

 ライザが俺を見る。

 

「考えてからじゃ遅い」

 

 スマホが一度、震えた。

 

 画面の文字は変わらない。

 

 ――FINAL MATCH:READY

 

 決勝戦は、もう始められる。

 

 それでも通知は、こちらが触れるのを待っている。

 

 急かしてはいない。

 

 逃げ道も示していない。

 

 扉だけを開けて、入る側が手を伸ばすのを待っている。

 

「三つとも外れる可能性もある」

 

 俺が言う。

 

「うん」

 

「もっと悪い何かかもしれない」

 

「うん」

 

「それでも決勝には出る」

 

 エリスが僅かに口元を上げる。

 

「そこは変わらないのね」

 

「出なければ消される。対戦相手を放ってもおけない」

 

 俺は紙に書かれた名前を順番に見る。

 

「決勝に勝つ」

 

 デルタの耳が立つ。

 

「みんなを守る」

 

 織姫がカップから手を離し、顔を上げる。

 

「勝った後に始まる処理があるなら、それも止める」

 

「三つですか」

 

 バーゲストが問いかける。

 

「どれか一つでも失敗したら、誰かが消える」

 

「ならば、三つ全てを成し遂げましょう」

 

 バーゲストは立ち上がり、胸元へ拳を置いた。

 

「全部勝つです!」

 

 デルタも勢いよく立つ。

 

「だから、勝つの意味が少し違うのよ!」

 

「最後にみんないたら勝ちです!」

 

 エリスが口を開き、何も言わず閉じた。

 

 少ししてから、肩を竦める。

 

「……それでいいわ」

 

 織姫が紙の中心を見ている。

 

『出口』

 

 そこから伸びた線は、まだ紙の外へ届いていない。

 

「出口がなかったら、どうしますか?」

 

 織姫が尋ねた。

 

 その声に、ライザが先に答えた。

 

「作る」

 

 全員の視線が集まる。

 

 ライザ自身も、自分の声に少し驚いたようだった。

 

 けれど、すぐに鉛筆を取る。

 

 『出口』の隣へ、小さく言葉を添えた。

 

『壊さずに開ける』

 

「MEDESそのものを壊したら、契約まで壊れるかもしれない」

 

「スマホを壊せばマスターが消滅する」

 

 俺が言うと、ライザは頷く。

 

「なら、壊しちゃ駄目。仕組みを調べて、必要な場所だけ開く」

 

「できるのか?」

 

「分からない」

 

 ライザの返事は早かった。

 

 それでも鉛筆を置かない。

 

「分からないから調べるんでしょ」

 

 目の奥に光がある。

 

 壌竜の力を見た時と似ている。

 

 けれど今度は、未知の素材を手に入れた子供の目だけではない。黒い瓶も、消滅記録も、紙に書かれた名前も、全部を視界へ入れたまま前を見ている。

 

「決勝戦の間も、端末を調べさせて」

 

 ライザが言う。

 

「契約情報が変わる瞬間、表示される文字、光の周期。勝利直前と直後で、きっと何かが変わる」

 

「戦闘中だぞ」

 

「分かってる。身を守る準備もする」

 

「危険なら止める」

 

 ライザの眉が僅かに動く。

 

「まだ何も分かってないのに?」

 

「だからだ」

 

「一番大事な変化を見逃すかも」

 

「ライザまで消えたら、出口を調べる人間がいなくなる」

 

「他にもいるでしょ」

 

「錬金術師はライザだけだ」

 

 彼女の口が少し開く。

 

 すぐに閉じた。

 

「……それ、役に立てって命令?」

 

「違う。俺が止める理由だ」

 

「私を使えなくなるからじゃなくて?」

 

「ライザがいなくなるからだ」

 

 鉛筆が紙の上へ落ちた。

 

 軽い音だった。

 

 けれど、その後の沈黙は長かった。

 

 ライザは俺を見ている。

 

 やがて、視線を紙へ落とした。

 

「分かった」

 

 鉛筆を拾う。

 

「止めろって言われたら、止まる」

 

「本当か?」

 

「たぶん」

 

「ライザ」

 

「分かったってば。ちゃんと止まる」

 

 唇を尖らせながら、紙の端へ大きく『安全第一』と書き加える。

 

 エリスがそれを覗く。

 

「自分で書いて守らなかったら承知しないわよ」

 

「エリス、私のマスターみたい」

 

「冗談じゃないわ」

 

「じゃあ、監督役?」

 

「それも嫌よ」

 

「でも止めるんでしょ?」

 

「危ないことをしたらね」

 

「やっぱり監督役だ」

 

「違う!」

 

 部屋に声が戻る。

 

 時計の音。

 

 紙を擦る音。

 

 デルタが黒い瓶へ近づこうとして、壌竜に再び遠ざけられる音。

 

 夜は、窓の外から少しずつ退いていた。

 

 朝の光がカーテンを越え、テーブルの上を横切る。

 

 透明な瓶。

 

 琥珀色の瓶。

 

 黒い瓶。

 

 紙の上に並ぶ名前。

 

 出口。

 

 壊さずに開ける。

 

 そして、スマホ。

 

 朝日が黒い画面へ触れた瞬間、文字が乱れた。

 

 ――FINAL MATCH:READY

 

 その下へ、一行だけ別の文字が浮かぶ。

 

 白いノイズに混じり、瞬きより短く表示された。

 

 ――FINALIZATION PROCESS:STANDBY

 

「今の」

 

 ライザの声が変わった。

 

 スマホを引き寄せる。

 

 だが、触れない。

 

 画面の上で指を止め、消えた文字を目で追っている。

 

「ファイナライゼーション……?」

 

 俺が尋ねる。

 

「決勝戦のことか?」

 

「違う」

 

 ライザは新しい紙へ文字を書き写す。

 

 FINAL MATCH。

 

 FINALIZATION PROCESS。

 

 二つを上下に並べ、間へ線を引こうとする。

 

 鉛筆が止まる。

 

「別の項目になってた」

 

「決勝が終わった後の処理か」

 

「たぶん」

 

 画面には、もう最初の文字しかない。

 

 ――FINAL MATCH:READY

 

 何も知らなければ、それは最後の戦いを告げる通知にしか見えなかった。

 

 ライザは消えた一行を、もう一度紙の上でなぞる。

 

「最終戦じゃない」

 

 声は小さい。

 

 それでも、部屋の隅まで届いた。

 

「最終処理だ」

 

 朝の光が、紙の外へ伸びている。

 

 出口へ続く線の先を、白く照らしていた。

 

 だが、その先に扉はまだ見えない。

 

 あるのは、MEDESが何かを完成させるための待機表示だけだった。

 

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