※この作品はR-18です。

MEDESGAME   作:ボルメテウスさん

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魔神の進化

 銃声と咆哮が、同時に夜を裂いた。

 

 美森の狙撃銃から吐き出された弾丸が、魔神デルタの額へ一直線に伸びる。

 

 デルタは避けなかった。

 

 黒紫の爪を横薙ぎに振るう。

 

 金属を叩く甲高い音。

 

 弾丸は軌道を変え、廃校の時計塔へ突き刺さった。止まっていた文字盤が砕け、黒い破片となって落ちていく。

 

「狙撃弾を……弾いた?」

 

 少年の声が裏返る。

 

 美森は驚きを口にしない。

 

 空になった狙撃銃を消し、右手へ散弾銃を出現させる。切り替えながら後退し、デルタとの距離を保つ。

 

「それほどの出力を、いつまで維持できますか?」

 

 照準。

 

 発砲。

 

 広がった散弾が、道路を面で覆う。

 

 魔神デルタは身体を低く沈めた。

 

 四足獣のように両手を地面へつき、散弾の下へ潜り込む。

 

 完全には避けられない。

 

 何発もの鉛弾が、背中と肩の外殻へ食い込んだ。

 

 黒紫の装甲に亀裂が走る。

 

 その隙間から噴き出した魔力が、尾を引く炎となってデルタの背後へ伸びた。

 

「当たってる!」

 

 織姫が身を乗り出す。

 

「でも、速度が落ちてない」

 

 ライザはスマホと戦場を交互に見ていた。

 

「違う。被弾するたびに速くなってる」

 

「無茶苦茶ね」

 

 エリスが奥歯を噛む。

 

「怪我を燃料にしてるなんて、長く保つわけないでしょ」

 

 分かっている。

 

 魔神デルタは無傷になったわけじゃない。

 

 傷を塞いでもいない。

 

 流れた血と削られた力を、前へ進むための魔力へ変えているだけだ。

 

 止まった瞬間、全部が彼女へ戻ってくる。

 

「デルタ、急げ!」

 

 叫びかけて、喉の奥で言葉を止めた。

 

 急げ。

 

 追いつけ。

 

 倒せ。

 

 それでは、美森のマスターが投げていた命令と同じだ。

 

 俺は透明な壁の向こうへ向け、声を張った。

 

「戻ってこい!」

 

 デルタの耳が動く。

 

「聞こえてるです!」

 

「勝つことだけを見るな!」

 

「見てるです!」

 

 美森が二発目を撃つ。

 

 散弾がデルタの正面から襲いかかる。

 

 黒紫の爪が交差した。

 

 火花。

 

 魔力の破片。

 

 弾丸。

 

 すべてが夜空へ跳ね上がる。

 

「仮ボスも!」

 

 デルタが一歩踏み込む。

 

 アスファルトが陥没した。

 

「みんなも!」

 

 二歩目。

 

 背後で電柱が折れる。

 

「お肉も見えてるです!」

 

「最後のは今いらない!」

 

「大事です!」

 

 こんな時なのに。

 

 なのに、口元が緩んだ。

 

 最終決戦でも、姿が変わっても、デルタはデルタだった。

 

 美森は散弾銃を構えたまま、後方の校舎へ跳び退く。

 

 割れた窓枠へ片足を掛け、そのまま二階へ身を滑り込ませた。

 

 黒い窓の奥へ姿が消える。

 

「隠れたです」

 

 デルタが道路の中央で足を止める。

 

「止まるな。狙われてるぞ!」

 

「どこからです?」

 

「匂いで分からないのか?」

 

「火薬の匂いだらけです!」

 

 廃校の窓。

 

 屋上。

 

 崩れた渡り廊下。

 

 どこも暗い狙撃口に見える。

 

 銃声。

 

 右側の校舎。

 

 弾丸がデルタの脇腹へ命中した。

 

 黒紫の外殻が砕け、身体が横へ流れる。

 

 間を置かず二発目。

 

 今度は左側。

 

 弾丸が右肩を射抜く。

 

「場所を変えてる」

 

 バーゲストが目を凝らす。

 

「一発撃つたびに、別の射点へ移動しています」

 

「デルタに場所を特定させないつもりか」

 

 狙撃銃。

 

 射撃。

 

 移動。

 

 再び射撃。

 

 美森は自分の姿を見せずに、魔神デルタの消耗だけを進めている。

 

 魔神化が長く続かないと見抜いたのだ。

 

「姿が変わっても、戦い方は変わりませんね」

 

 美森の声が、街へ設置されたスピーカーのように反響した。

 

「あなたは、私へ近づかなければ勝てない」

 

 銃声。

 

 デルタの右脚が撃ち抜かれる。

 

 片膝が地面へ落ちた。

 

「私は、あなたへ近づく必要がない」

 

 次の射撃。

 

 デルタは爪で地面を抉り、強引に身体を移動させる。

 

 弾丸が髪を掠めた。

 

「このまま距離を保てば、先に力尽きるのはあなたです」

 

「逃げるのが上手です!」

 

「褒め言葉として受け取ります」

 

 デルタが鼻を鳴らす。

 

 狼耳が左右へ細かく動いた。

 

 火薬。

 

 埃。

 

 錆びた鉄。

 

 自分の血。

 

 無数の匂いが混ざる戦場で、美森の気配だけを探している。

 

「仮ボス」

 

「何だ?」

 

「もっと声出すです」

 

「声?」

 

「仮ボスの匂い、分からないです」

 

「俺はこっちだ!」

 

「声からなら、分かるです!」

 

 意味は分からない。

 

 それでも、デルタが必要だと言うなら叫ぶ。

 

「右の校舎だ!」

 

 俺の声に合わせて、デルタの耳がこちらを向く。

 

 次の瞬間、左側から銃声。

 

 デルタは振り返らない。

 

 身を沈めるだけで弾丸を避けた。

 

「もう一度!」

 

「屋上へ移動した!」

 

 美森の気配を追った指示ではない。

 

 見えた動きを伝えただけだ。

 

 けれど、俺の声が届くたび、デルタの身体から余計な迷いが消えていく。

 

 美森が狙撃銃を構える。

 

 屋上の柵越しに、銃口が僅かに覗いた。

 

「正面、上!」

 

 銃声。

 

 デルタが真正面へ跳ぶ。

 

 弾丸は胸の外殻へ突き刺さった。

 

 避けなかった。

 

「デルタ!」

 

「見つけたです!」

 

 弾丸が飛んできた方向。

 

 その一瞬だけ開いた射線を、デルタは逆に辿った。

 

 両脚へ魔力が集中する。

 

 黒紫の光が道路を縦に走った。

 

 踏み込み。

 

 爆音。

 

 デルタの身体が弾丸より速く、校舎へ突進する。

 

「建物ごと行く気!?」

 

 ライザが叫ぶ。

 

 デルタは壁を駆け上がった。

 

 一階。

 

 二階。

 

 三階。

 

 垂直な外壁を、爪で抉りながら上昇していく。

 

 美森が屋上から狙撃する。

 

 一発目。

 

 左腕。

 

 二発目。

 

 腹部。

 

 三発目。

 

 頬。

 

 どれも命中した。

 

 それでもデルタは止まらない。

 

「仮ボスが言ったです!」

 

 屋上の縁へ爪を掛ける。

 

「みんなで帰るって!」

 

 身体を引き上げる。

 

 美森は狙撃銃を手放し、散弾銃へ持ち替えた。

 

 銃口を、屋上へ上がろうとするデルタの顔へ向ける。

 

「そのために、私はあなたを倒します」

 

「逆です!」

 

 発砲。

 

 デルタは口を開いた。

 

 黒紫の牙が、散弾銃の銃身へ食い込む。

 

「な――」

 

 轟音と同時に、銃身が牙の間で潰れた。

 

 内部で暴発した火薬が黒紫の魔力を吹き飛ばす。

 

 デルタの頬が裂ける。

 

 それでも、銃を離さない。

 

「倒れないために!」

 

 顎へ力を込める。

 

 金属が悲鳴を上げる。

 

「勝つです!」

 

 散弾銃が噛み砕かれた。

 

 美森は即座に柄から手を離し、後方へ跳ぶ。

 

 両手に短銃が現れる。

 

 左右から連射。

 

 デルタの外殻へ、穴が穿たれていく。

 

 紫の炎が揺らいだ。

 

 右脚が沈む。

 

 左腕の爪が崩れる。

 

 尻尾を覆っていた魔力も、先端から剥がれ落ち始める。

 

「終わりです」

 

 美森が一挺の短銃を捨てる。

 

 両手で残る銃を構え、デルタの胸へ照準を定めた。

 

「あなたの力は、もう保ちません」

 

 確かに、デルタの姿は崩れ始めていた。

 

 黒紫の外殻の下から血が流れる。

 

 呼吸のたび、膝が震える。

 

 爪も、牙も、さっきまでの大きさを失っている。

 

 それでも紫の瞳だけは、美森から逸れていなかった。

 

「デルタ」

 

 俺は透明な壁へ手を置いた。

 

「無理に攻めなくていい」

 

 彼女の耳が動く。

 

「仮ボス?」

 

「俺は、お前を使い切るためにここへ来たんじゃない」

 

「でも、勝たないと帰れないです」

 

「そうだ」

 

 スマホを胸元へ引き寄せる。

 

「だから、一緒に帰るぞ」

 

 デルタの瞳が僅かに見開かれた。

 

 命令ではない。

 

 勝利を押しつける言葉でもない。

 

 朝、肉を食べながら交わした約束の続きを、もう一度口にしただけだ。

 

「帰って、また肉を食う」

 

「いっぱいです?」

 

「食べきれないくらいだ」

 

「仮ボスもです?」

 

「少しは付き合う」

 

「少しじゃ駄目です」

 

「交渉は帰ってからだ!」

 

 デルタの尻尾が、一度だけ屋上を叩いた。

 

「了解です!」

 

 崩れかけた黒紫の魔力が、彼女の右腕へ集まり始める。

 

 残った爪。

 

 傷を覆う外殻。

 

 脚を支える装甲。

 

 すべてがほどけ、一つの腕へ流れ込む。

 

 美森の眉が動いた。

 

「力を集めている……」

 

「デルタ」

 

 彼女は短銃の引き金へ指を掛ける。

 

「それ以上は、身体が持ちません」

 

「美森もです」

 

「私は、まだ撃てます」

 

「でも、もう下がれないです」

 

 美森の背後には、崩れた屋上の縁。

 

 デルタは追い込まれていた。

 

 けれど美森もまた、最後の射点へ自分を追い込んでいた。

 

 長距離用の狙撃銃は捨てた。

 

 散弾銃は砕かれた。

 

 残るのは短銃一挺。

 

 撃てる距離は近い。

 

 そして、爪が届く距離でもある。

 

「三回です」

 

 デルタが腰を沈める。

 

「何がですか?」

 

「仮ボスが言ったです。勝つ、守る、止める」

 

 右腕の魔力が三本の巨大な爪へ変わる。

 

「だから、三回です!」

 

 美森の銃口が火を噴いた。

 

 同時にデルタが踏み込む。

 

「自然の掟!」

 

 一撃目。

 

 黒紫の爪が、弾丸の軌道を切り裂いた。

 

 銃弾が二つに割れ、左右へ散る。

 

 二撃目。

 

 美森の短銃へ爪が叩き込まれる。

 

 金属が裂ける。

 

 銃身、撃鉄、弾倉。

 

 武器を構成していた部品が、夜空へ飛び散った。

 

 三撃目。

 

 美森は腕を交差し、衝撃へ備える。

 

 だが、爪は彼女の身体を切らなかった。

 

 美森の足元。

 

 屋上の床へ三本の爪痕が走る。

 

 コンクリートが砕け、彼女の足場だけが陥没した。

 

「っ……!」

 

 美森の身体が傾く。

 

 膝が床へつく。

 

 デルタはその眼前へ踏み込んだ。

 

 黒紫の爪が、美森の喉元へ突きつけられる。

 

 止まった。

 

 一滴の血も流れない距離で。

 

 屋上に静寂が落ちた。

 

 砕かれた短銃の部品が、遅れて床へ転がる。

 

 乾いた金属音が、ひとつ。

 

 ふたつ。

 

 やがて、すべて止まった。

 

 美森は喉元の爪を見る。

 

 次に、デルタの顔を見上げる。

 

「なぜ、外したのですか」

 

「仮ボスは、みんなで帰るって言ったです」

 

「私は、その“みんな”ではありません」

 

「でも、殺さなくても勝てるです」

 

 デルタは胸を張ろうとした。

 

 しかし力が抜け、身体が少し揺れる。

 

 爪は下ろさない。

 

「最強は、無駄なことしないです」

 

「……そうですか」

 

 美森の肩から力が抜けた。

 

 両手を床へつく。

 

「私の負けです」

 

 向こう側で、少年が座り込んだ。

 

「東郷さん……」

 

 声が震えている。

 

 美森は彼の方へ顔を向けた。

 

「申し訳ありません」

 

「謝らないでよ」

 

 少年はスマホを抱き締める。

 

「東郷さんが謝ることじゃない」

 

 美森の唇が僅かに動く。

 

 笑おうとしたのかもしれない。

 

 けれど、その前に空へ白い文字が浮かんだ。

 

 ――FINAL MATCH:COMPLETE

 

 街全体が震える。

 

 透明な壁が消えた。

 

「デルタ!」

 

 俺は屋上へ向かって走ろうとする。

 

 だが、足元から白い光が立ち上った。

 

 次の文字。

 

 ――WINNER:DELTA

 

「勝った……」

 

 織姫が呟く。

 

「勝ったのよ!」

 

 エリスの声が街へ響く。

 

 バーゲストが剣を胸元へ掲げ、ライザは震えるスマホを必死に覗き込んでいる。

 

 屋上で、デルタがこちらを振り返った。

 

 魔神の外殻はもう、ほとんど残っていない。

 

 黒紫の炎が風にほどけ、その下から傷だらけのいつもの姿が現れる。

 

 耳も。

 

 尻尾も。

 

 牙を見せた笑顔も。

 

 朝、俺の隣に座っていたデルタと同じだ。

 

「仮ボス!」

 

 彼女が手を上げる。

 

「みんなで勝ったです!」

 

 その声が胸へ届いた瞬間、膝から力が抜けそうになった。

 

「……ああ」

 

 息を吸う。

 

 喉が震えた。

 

 それでも、声を返す。

 

「よくやった、デルタ!」

 

 デルタの尻尾が大きく揺れる。

 

 そして、その身体が前へ傾いた。

 

「デルタ!」

 

 美森が咄嗟に腕を伸ばし、倒れるデルタの肩を支える。

 

 敵だった少女の腕の中で、デルタは目を閉じた。

 

「寝ただけです」

 

 美森がこちらへ告げる。

 

「魔力と体力を、使い切っています」

 

 俺は胸を撫で下ろしかけた。

 

 その時だった。

 

 スマホが、今までにないほど強く震えた。

 

「始まる!」

 

 ライザの声が鋭く飛ぶ。

 

「全員、気をつけて!」

 

 空へ浮かんでいた勝利表示が消える。

 

 街の夕焼けも。

 

 廃校も。

 

 美森と少年も。

 

 デルタの姿さえ、黒いノイズに覆われていく。

 

「待て!」

 

 俺はデルタへ手を伸ばす。

 

 届かない。

 

 世界が、塗り潰される。

 

 スマホの画面が真っ黒に染まった。

 

 そこへ、一行ずつ白い文字が現れる。

 

 ――ALL BATTLE DATA:COLLECTED

 ――ALL CONTRACT DATA:CONFIRMED

 ――UNIT EVOLUTION:ACQUIRED

 

 魔神デルタ。

 

 俺たちが生きるために掴んだ力を、MEDESは既に自分のものとして数えている。

 

 そして、最後の一行が表示された。

 

 ――FINALIZATION PROCESS:START

 

 勝った。

 

 確かに、決勝戦には勝った。

 

 けれど、ゲームは終わらなかった。

 

 暗闇の中で、スマホだけが白く光る。

 

 俺たちが探していた扉は開いた。

 

 出口ではなく。

 

 MEDESが何かを完成させるための、最後の処理へ続く扉が。

 

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