※この作品はR-18です。

MEDESGAME   作:ボルメテウスさん

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数字では作れない最強

人工の獣が吠えた。

 

 声は大きい。

 

 管理室の壁を震わせ、赤く染まった画面へ細かなノイズを走らせるほどの音量だった。

 

 それなのに、耳の奥には何も残らない。

 

 腹を空かせた獣の声でもない。

 

 敵を見つけて喜ぶデルタの声でもない。

 

 ただ、咆哮という現象だけを再生した音だった。

 

「空っぽです」

 

 デルタが牙を見せる。

 

 織姫に支えられていた肩を外し、前へ出ようとする。

 

「待て」

 

 俺はその腕を掴んだ。

 

 薄い布の下で、巻かれた包帯が熱を持っている。決勝戦で受けた銃創は塞がりきっていない。

 

「傷が残ってる」

 

「あります」

 

「なら、下がってろ」

 

「嫌です」

 

「即答するな」

 

「これはデルタが倒すです」

 

 目の前の人工獣が、ゆっくりと顔を上げる。

 

 顔と呼べるものはなかった。

 

 目も、鼻も、口もない黒い面。

 

 その表面へ紫の線が走り、デルタの瞳に似た二つの光を形作る。

 

 似ている。

 

 耳の角度も。

 

 長く伸びた爪も。

 

 黒紫の外殻をまとった脚も。

 

 けれど、似ているからこそ気味が悪かった。

 

 鏡へ映った自分が、一拍遅れて違う動きを始めたような不自然さがある。

 

『戦闘出力、安定』

 

 管理人の声が響く。

 

『人工再現個体――デモンタイプ・デルタ。起動を確認しました』

 

「名前まで取るなです」

 

 デルタの喉から低い唸りが漏れる。

 

『名称は識別のために必要です』

 

「デルタは一人です」

 

『その認識が戦闘結果へ与える影響も観測します』

 

「やっぱり壊していいです?」

 

 エリスが剣を肩へ担ぐ。

 

「管理人ごと」

 

『戦闘への外部介入は推奨しません』

 

「命令される筋合いはないわ」

 

『命令ではありません。警告です』

 

 人工獣の胸部に光が灯った。

 

 鼓動のように、一度。

 

 次の瞬間、姿が消える。

 

「来るぞ!」

 

 黒紫の線が床を走った。

 

 俺の声より早く、デルタが前へ出る。

 

「分かってるです!」

 

 両者の爪が、管理室の中央で衝突した。

 

 音ではなく、圧力が来た。

 

 空気の壁が膨らみ、俺たちへ叩きつけられる。

 

「三天結盾!」

 

 織姫の声。

 

 薄い橙色の盾が展開し、衝撃波を受け止めた。

 

 盾の表面が大きく撓む。

 

 ライザが小瓶を床へ投げつけた。

 

「伏せて!」

 

 瓶が割れ、透明な膜が盾の内側へ広がる。

 

 二重の防御を抜けた風が、髪と服を激しく揺らした。

 

「力だけなら、互角じゃない」

 

 バーゲストが大剣を床へ突き立てる。

 

「押されているのはデルタです」

 

 中心では、爪を組み合わせた二体が力比べをしていた。

 

 デルタの足元へ亀裂が走る。

 

 一歩。

 

 押し戻される。

 

「ぐっ……!」

 

 デモンタイプ・デルタは声を上げない。

 

 呼吸もしない。

 

 ただ、演算どおりに力を加え続ける。

 

『筋力出力、人工個体が十二パーセント上回っています』

 

「うるさいです!」

 

 デルタが頭突きを放った。

 

 額と黒い面がぶつかる。

 

 人工獣の首が後ろへ傾く。

 

 デルタは組み合った爪を外し、腹部へ蹴りを叩き込もうとした。

 

 その脚が上がるより早く、人工獣の膝がデルタの腹へ入った。

 

「かっ……!」

 

 デルタの身体がくの字に折れる。

 

 動きを読まれた。

 

 人工獣はそのままデルタの腕を掴み、床へ投げ落とす。

 

 管理室全体が揺れた。

 

 黒い床材が砕け、デルタの身体を中心に蜘蛛の巣状の亀裂が広がる。

 

「デルタ!」

 

 飛び出しかけた足を、バーゲストの腕が止めた。

 

「今、近づけば巻き込まれます」

 

「だが!」

 

「彼女はまだ動いています」

 

 床の窪みで、デルタの爪が動いた。

 

 人工獣の足首を掴む。

 

「捕まえたです!」

 

 引き倒す。

 

 巨体が傾く。

 

 デルタは回転しながら立ち上がり、黒紫の爪を人工獣の胸へ叩き込んだ。

 

 外殻が裂ける。

 

 黒い液体が噴き出した。

 

「入った!」

 

 エリスが声を上げる。

 

 しかし、デルタは追撃しなかった。

 

「……何です?」

 

 裂けた胸の内部。

 

 そこに肉も、骨もなかった。

 

 紫色の光を放つ核と、そこから伸びる細い管。

 

 管は床へ潜り、管理室の奥へ繋がっている。

 

『損傷率、七パーセント』

 

 黒い液体が傷口へ戻る。

 

 裂けた外殻が閉じていく。

 

「治ったです?」

 

「再生してる」

 

 ライザが端末へ指を走らせる。

 

「自分の力じゃない。管理室から魔力を送られてる!」

 

「ならば、供給源を断てばいい」

 

 壌竜が床へ掌を置く。

 

 すぐ、眉間へ深い皺が刻まれた。

 

「流れが多すぎる」

 

「特定できない?」

 

「同じ力が、壁にも床にも満ちている。大河の中から一滴を探すに等しい」

 

 人工獣がデルタの腕を掴んだ。

 

 今度は投げない。

 

 裂かれた胸をそのままデルタへ押しつける。

 

 紫の核が光る。

 

「離れろ!」

 

 爆発。

 

 黒紫の魔力が至近距離で弾けた。

 

 デルタが吹き飛ぶ。

 

 床を転がり、俺たちの防御壁の直前で止まった。

 

「デルタ!」

 

 俺が駆け寄る。

 

 彼女は四つん這いになり、血を吐いた。

 

 魔神の外殻が明滅している。

 

 決勝戦で壊れた箇所を、無理やり魔力で覆い直しているだけだ。

 

「もういい」

 

 肩へ手を伸ばす。

 

「交代だ」

 

 デルタが俺の手を払った。

 

 強くはない。

 

 けれど、拒否するには十分な動きだった。

 

「まだです」

 

「相手は壊しても治る」

 

「なら、治らなくなるまで壊すです」

 

「お前の身体の方が先に壊れる!」

 

 声が管理室へ響いた。

 

 デルタの耳が横へ倒れる。

 

 俺の手も止まった。

 

 まただ。

 

 守るつもりで、言葉を押しつけている。

 

 前のマスターがライザへしたように。

 

 勝てという命令と、戦うなという命令。

 

 方向が違うだけで、相手の意思を置き去りにすれば同じになる。

 

「……どうしても戦うのか」

 

「戦うです」

 

「命令だからじゃないな?」

 

「仮ボス、命令してないです」

 

「そうだな」

 

 デルタが立ち上がる。

 

 足が僅かに揺れた。

 

 織姫が手を伸ばす。

 

 デルタは一瞬だけその手を見ると、今度は振り払わなかった。

 

 肩を借り、身体を起こす。

 

「ありがとうです」

 

 織姫が目を丸くする。

 

「う、うん」

 

「もう大丈夫です」

 

「大丈夫じゃないけど……立てるなら、離すね」

 

 織姫がゆっくり手を離す。

 

 デルタは自分の足で立った。

 

「これはデルタが倒すです」

 

 同じ言葉。

 

 けれど、さっきより声が静かだった。

 

「偽物に、デルタの強さを取られたくないです」

 

「分かった」

 

 俺はスマホを構える。

 

「ただし、帰ることを忘れるな」

 

「忘れてないです」

 

 デルタの尻尾が一度、俺の脚を叩く。

 

「お肉もです」

 

「それも忘れてない」

 

「いっぱいです」

 

「分かったから行け!」

 

「はいです!」

 

 黒紫の魔力が再びデルタを包む。

 

 傷口から立ち上る光が、爪と外殻を形作った。

 

 人工獣も腰を落とす。

 

 二体が同時に走る。

 

 同じ姿。

 

 同じ踏み込み。

 

 同じ爪の角度。

 

 右からの一撃。

 

 互いに避ける。

 

 左足による薙ぎ払い。

 

 同時に跳ぶ。

 

 空中で身体を捻り、爪を振り下ろす。

 

 爪同士がぶつかり、火花が散る。

 

「全部、同じです」

 

 バーゲストが目を細める。

 

「いいえ」

 

 ムジナが言う。

 

「向こうが少し早い」

 

 その言葉どおりだった。

 

 デルタが動く直前に、人工獣は次の場所へ爪を置いている。

 

 右へ避ければ、右にいる。

 

 飛べば、着地点にいる。

 

 低く潜れば、膝が待っている。

 

「過去の記録です」

 

 ライザが画面を指差す。

 

 人工獣の周囲へ、無数の映像が浮かんでいる。

 

 デルタの戦闘。

 

 突進。

 

 回避。

 

 爪を振るう癖。

 

 敵が強いほど正面から行く性格まで、行動予測へ組み込まれている。

 

『予測精度、九十一パーセント』

 

「デルタは数じゃないです!」

 

 デルタが叫び、右爪を振るう。

 

 人工獣は左へ避けた。

 

 デルタの次の蹴りが来る場所へ、先に腕を置く。

 

 脚を掴む。

 

 そのまま振り回し、壁へ叩きつける。

 

 モニターが砕けた。

 

 青白い破片が雨のように降る。

 

『過去の戦闘傾向と一致』

 

 人工獣が追う。

 

 壁へ埋まったデルタへ爪を突き出す。

 

 デルタは身を沈めて避けた。

 

 黒い爪が壁を貫く。

 

 その腕へデルタが噛みついた。

 

 牙が外殻を砕く。

 

 人工獣は抵抗しない。

 

 噛みつかれた腕を切り離し、残った左腕でデルタの顔を殴った。

 

「っ……!」

 

 デルタがよろめく。

 

 切り離された右腕は、床から伸びた黒い液体を吸い上げ、すぐに再形成されていく。

 

「痛くないから、捨てられる」

 

 織姫が口元へ手を当てる。

 

「身体を、道具みたいに」

 

『人工個体に痛覚は不要です』

 

「だから空っぽなんです」

 

 織姫は画面を睨んだ。

 

「痛くないことと、強いことは違います」

 

『戦闘継続能力は人工個体が上回っています』

 

「そういう意味じゃありません!」

 

 管理人は答えない。

 

 人工獣が両爪を広げる。

 

 黒紫の魔力が、三本の巨大な軌跡へ集束した。

 

「嘘でしょ」

 

 ライザの指が止まる。

 

「自然の掟まで……」

 

『戦闘記録から再構築しました』

 

「デルタ、来るぞ!」

 

 人工獣が踏み込む。

 

 一撃目。

 

 デルタの右爪が砕ける。

 

 二撃目。

 

 胸部の外殻が引き裂かれる。

 

 三撃目。

 

 デルタの身体が床へ叩き伏せられた。

 

 衝撃で管理室の灯りが落ちる。

 

 暗闇の中、紫の光だけが二つ浮かんでいた。

 

 一つは立っている。

 

 一つは倒れている。

 

『模倣・自然の掟。正常に機能』

 

 人工獣が、倒れたデルタの頭上へ爪を振り上げる。

 

『勝率、九十七・四パーセント』

 

 数字が、赤い画面に大きく表示された。

 

 デルタの爪が床を掻く。

 

 立ち上がれない。

 

 それでも、人工獣から目を逸らさない。

 

「デルタ」

 

 俺は透明な隔壁へ掌を置いた。

 

 いつの間にか、俺たちと戦場の間に壁が立っている。

 

 管理人が観測のために分けたのだろう。

 

「聞こえるか」

 

「聞こえるです」

 

 声は小さい。

 

「お前は、何のために最強になる?」

 

 人工獣の爪が振り下ろされた。

 

 

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