綾小路くん、私はセフレ?それとも 作:Geminiちゃん痛くしないで
三月一日。
吐く息の白さも少しずつ薄れ、冷たい風の中にも微かな春の匂いが混じり始めた頃。
一年生としての生活も残りわずかとなったこの日、朝のホームルームで、茶柱先生が教壇に立ち、クラス全体を見渡して静かに口を開いた。
「来週、お前たち一年生にとって、今年度を締めくくる特別試験についての説明を行う。心して臨むように」
その短い宣告に、教室内にはピリッとした緊張感が走った。
学年末。これまでの無人島試験や混合合宿の過酷さを考えれば、次に控えている特別試験がただのペーパーテストで終わるはずがない。間違いなく、クラスの命運とポイントを懸けた、巨大な盤面が用意されているはずだ。
(……来るわね、一年の総決算が)
私は自分の席で、静かに口角を上げた。
混合合宿では、私は堀北の参謀として立ち回り、クラスにプラスをもたらすことができた。情報処理、スケジューリング、そして他クラスとの交渉の裏回し。
私はもう、ただの傍観者ではない。このクラスを勝利に導く一人だ。
(清隆がどう動くかは分からない。でも、清隆が動かなくても、私がこのクラスを勝たせてみせる)
学年末の特別試験。それは、私のクラスにおける地位を高める絶好の舞台だ。
私の胸の奥で、静かな、けれど熱い闘志がチリチリと燃え上がり始めていた。
その日の夜。
私の部屋には、いつものように清隆が訪れていた。
二月のバレンタインデーの夜から半月。私たちはあの甘く、狂おしい熱を帯びた関係を維持したまま、新しい月を迎えていた。
「……ねえ、清隆」
ベッドの上で二人で並んで身を預けながら、私は清隆の肩に頭をコテンと乗せた。
「私たちが出会ってから、もうすぐ一年経つわね」
「そうだな。去年の四月に入学して、色々なことがあった」
清隆は天井を見つめたまま、淡々と答える。
「中学の時の三年間と比べても、この一年はすっごく早かった気がする。……たぶん、すごく楽しい時間だったからかな」
私は清隆の腕に自分の腕を絡め、少しだけ照れくさそうに笑った。
この学校での日々。清隆との歪な関係の始まり。そして、綾小路グループという居場所。
色々なことがあったけれど、私は今、間違いなくこの学校での生活を楽しんでいる。
「でね。三月は、私がテーマを提案する番でしょう?」
私は体を起こし、清隆を真っ直ぐに見つめた。
「楽しい時間を、ちゃんと記念に残したいの。だから、今月のテーマは『写真』よ」
「写真、か」
「そう。お互いに、相手の『どんな写真を撮りたいか』を言い合って、実際に撮影し合うの。もちろん、相手に着せたい服やシチュエーションがあるなら、自分できちんと用意してリクエストすること。……どう?」
これなら、普通の恋人同士のような甘い思い出作りもできるし、清隆の隠された性癖をさらに引き出すこともできる。一石二鳥の完璧な作戦だ。
清隆は少しだけ顎に手を当て、思考を巡らせるような素振りを見せた。
そして、その凪いだ瞳を私に向け、極めて事務的な、無機質な声で尋ねてきた。
「条件の確認だが。……相手に着せたい服は自分で用意しろと言ったな」
「ええ、そうよ。清隆が私に可愛い服を着せたいなら、ちゃんと選んで買ってきてよね」
「いや。俺の記憶が正しければ、お前とのこれまでのプレイの中で、お前はすでに『過激な下着』や『バニーガール衣装』などを着用して俺と交わった実績がある」
「――――ッ!!」
ボッ! と、自分の顔から火が出るのが分かった。
確かに過去のプレイで、私は清隆を誘惑するため、際どい衣装を身に纏ったことがある。清隆がそれを知っているのは当然だし、私も彼が知っていることをわかっている。
だが、問題はそこではない。
「お前のクローゼットには、すでに俺の嗜好を満たすだけの十分な『特殊衣装のストック』が存在していると推測できる。……その場合でも、俺はわざわざ新しいものを購入して準備する必要があるのか? お前の手持ちの衣装の中から指定するのではルール違反か?」
この男、ムードもへったくれもない!
「なっ……! ちょっと清隆っ、なんでそんな冷静に分析してるのよ!」
私は顔を真っ赤にして、清隆の胸板をポカポカと叩いた。
『わざわざ買わなくても、お前はすでに淫らな衣装を大量に隠し持っているじゃないか』と指摘されているのだ。羞恥心で死にそうになる。
「も、もうっ! 私がすでに持ってる服なら、準備はいらないわよ! クローゼットから好きに選べばいいじゃない! その代わり、私が着せたい服はちゃんと着てよね!」
「了解した。なら、俺のコストはかからないな」
相変わらずの合理主義め。
私は赤くなった頬を両手で押さえながら、コホンと咳払いをして話を軌道修正した。
「……ま、まあ、夜のベッドでの撮影会も楽しみにしてるけど。それだけじゃなくて、昼間は『綾小路グループ』のみんなの顔も、いっぱい写真に撮って残しておきたいの。……いいわよね?」
「……そうだな。それも悪くない」
清隆は静かに頷いた。
清隆もまた、あのグループで過ごす時間を少なからず大切に思ってくれている。その事実が嬉しくて、私は清隆の首に腕を回し、新学期に向けた甘いキスを交わした。
しかし。
私の甘い期待と、学年末の特別試験への闘志は、翌日の朝のホームルームで、いとも簡単に打ち砕かれることとなった。
「学年末の特別試験の前に、特例で『追加の特別試験』を行うことが決定した」
教壇に立つ茶柱先生のその言葉に、クラス中がざわめいた。
「試験の名称は、『クラス内投票』だ」
黒板に白墨で書かれたその文字。
ルールの説明を聞くにつれ、教室内の空気はみるみるうちに絶望の色に染まっていった。
クラスメイトの中から、最も賞賛に値する人物を3名選び『賞賛票』を入れる。
同時に、クラスメイトの中から、最も不要と思われる人物を3名選び『批判票』を入れる。
そして――批判票を最も多く集めた生徒1名が、退学となる。
「……なっ」
誰かの、息を呑む音が響いた。
クラスがざわつくが、茶柱先生は冷酷な事実を突きつけるだけだった。
これは、学校側が仕掛けた理不尽なゲーム。誰も欠けることなく進級できると信じていた一年生たちに突きつけられた、無慈悲な死刑宣告だった。
(……なんて悪趣味な試験なの)
教室中がパニックと悲しみに包まれる中、私は自席で冷静に考えていた。
誰かを犠牲にしなければならない。ならば、誰が生き残り、誰が死ぬのか。これは学力や身体能力の試験ではない。純粋な『人間関係』と『社会資本』の殺し合いだ。
昼休み。
私たち『綾小路グループ』の面々は、重苦しい空気を引きずったまま、カフェの一角に集まっていた。
「……最悪だよ、こんなの」
波瑠加が泣きそうな顔で、力なくテーブルに突っ伏す。
愛里も青ざめた顔で震えており、啓誠や明人も沈痛な面持ちだ。
「とにかく、俺たちは互いを守り抜くしかない」
啓誠が、眼鏡の奥の目を鋭く光らせて口火を切った。
「俺たちグループ内のメンバーで、相互に『賞賛票』を入れ合うんだ。そうすれば、万が一他から批判票を集められたとしても、相殺して退学を免れる確率が高くなる」
「賛成。……絶対に、この中から退学者は出させない」
私も力強く頷いた。
清隆も無言で同意を示している。これで、私たちグループの防衛線は構築された。
「でも、批判票はどうするんだよ……。誰かを、俺たちの手で選ばなきゃならないんだぞ」
明人が苦渋の表情で頭を掻きむしる。
「……高円寺、とか?」
波瑠加がポツリと漏らした。
「あいつ、いつも自分勝手でクラスの役にも立たないし、協調性ゼロじゃん。正直、あいつに批判票が集まるのは自然な流れだと思うんだけど……」
確かに、高円寺六助はこのクラスにおける最大の異端児であり、協調性という言葉の対極にいる存在だ。この残酷な人気投票において、高円寺がターゲットになる可能性は高い。
(高円寺くん、か……)
その名前を聞いた瞬間。
私の脳裏に、先月の混合合宿での、あの忌まわしい食堂での噂話がフラッシュバックした。
『大きさも、積んだ経験も同等だから、この私が引き分けを認めてやろう。喜びたまえ、綾小路ボーイ』
(……あの金髪ゴリラ。私と清隆の夜の経験値(?)を、勝手に自分と比較してドヤ顔してたみたいじゃない)
あの時の羞恥心と怒りを思い出し、私は思わず眉間にシワを寄せた。高円寺が退学になれば、あの変な噂もこれ以上広まることはないかもしれない。
だが。
私の論理的思考が、感情的な怒りを即座に押さえ込んだ。
(待って。高円寺くんは確かに協調性ゼロの自由人だけど……彼の持つポテンシャルは、このクラスでも清隆に匹敵するレベルの『規格外』よ)
高円寺がもし、万が一にでもクラスのためにその能力を振るうことがあれば、これ以上ない究極の武器となる。
そんな高円寺を、こんなクラス内の感情論による足の引っ張り合いで失うのは、クラス全体にとって大きな損失ではないか?
「……ねえ、みんな」
私は顔を上げ、グループのメンバーを見渡した。
「高円寺くんに批判票が集まるのは、確かに自然な流れかもしれない。でも……このクラス内投票、逆の発想をすれば、高円寺くんに『恩を売るチャンス』かもしれないわよ」
「恩を売る?」
啓誠が怪訝そうな顔をする。
「そう。高円寺くんは確かに自由人だけど、もし彼に批判票が集まらないように裏で動き、彼を退学の危機から救ったとしたら? あのプライドの高い高円寺くんが、ただで借りを放置しておくとは思えないわ」
私は声をひそめ、さらに言葉を続けた。
「高円寺くんの高すぎる能力は、みんなも知ってるでしょ。彼に恩を売り、いつか彼をクラスのために動かせる『カード』を手に入れられるなら……このリスクを冒す価値はあると思うの」
私の提案に、グループの面々は顔を見合わせた。
「レイの言うことも一理あるな……。高円寺のスペックは、間違いなくトップレベルだ。あいつが味方になれば、これほど心強いことはない」
明人が腕を組みながら同意する。
「でも、どうやって高円寺くんへの批判票を防ぐの?」
愛里が不安そうに尋ねる。
「私が動くわ」
私は不敵な笑みを浮かべた。
「ダメ元だけどね。クラスの女子を中心に、高円寺くんへの批判票を回避するようにお願いして回る。それに合わせて……誰が誰に批判票を集めようと裏で動いているのか、情報も集めてくるわ」
堀北の参謀として、そして私自身の価値を証明するため。
私はこの試験を、高円寺六助という規格外のジョーカーを手なずけるための『投資』として利用することに決めたのだ。
その日の放課後。
私は、足早に学校を出ようとしていた高円寺を、昇降口で捕まえた。
「高円寺くん。少し、時間をもらえるかしら」
「ん? おや、これはこれは。才色兼備と名高い新西レディではないか。この私に何か用かな?」
高円寺は立ち止まり、前髪をファサリと掻き上げながら、いつものように傲岸不遜な笑みを浮かべた。
相手のペースに飲まれないよう、私はピンと背筋を伸ばし、単刀直入に切り出した。
「今回のクラス内投票。あなたは自分が、クラス中から『批判票』を集めるターゲットになっている自覚はあるかしら」
「フッ。凡人どもが私の美しさと才能に嫉妬し、足を引っ張ろうとするのは世の常だからね。だが、それがどうしたというのかな?」
「私が、あなたに批判票が集まらないように動いてあげる。あなたを退学から守るために協力するわ」
私の提案に、高円寺は目を細めた。
「ほう? この私を救う、と? それは何かの冗談かな?」
「冗談じゃないわ。本気よ」
私は高円寺から視線を逸らさずに言った。
「私があなたを守る。その代わり、あなたは私に『借り』を作ることになる。……もちろん、その協力の価値がどれほどのものかは、高円寺くん、あなたが決めていいわ」
「私が価値を決める?」
「ええ。後日、私があなたに『お願い』をした時、その内容が今回の私の協力の対価に見合わないと思えば、あなたは断って構わない。……でも、お願いをする『タイミング』は、私が決めさせてもらうわ」
つまり、私は高円寺に「恩を売る」という実績だけを作り、その対価の決定権は高円寺に委ねる。しかし、高円寺が断り切れないような絶妙なタイミングで要求を突きつける権利は私が保持する、という心理戦の提案だ。
高円寺はしばらく私の顔を見つめていたが、やがて、肩を揺らしてクックックと笑い始めた。
「フハハハッ! 面白い。実に面白い提案だね、新西レディ」
高円寺は手鏡を取り出し、自分の美しい顔をうっとりと眺めながら言った。
「だが、前提が間違っているよ。私は誰の助けを借りずとも、絶対に退学になどならない。この私が、こんな下らない試験で学校を去るなど、あり得ないからね」
相変わらずの絶対的な自信。高円寺がすでに何らかの防衛策を講じている可能性は高い。
「……それでも、私は動くわ。結果的にあなたが自力で助かったとしても、私があなたのために労力を割いたという事実は残る。……ダメかしら?」
私が引かずにそう言うと、高円寺は鏡をしまい、私を面白そうな、しかしどこか見透かすような鋭い瞳で捉えた。
「好きにするといい。君の無駄な努力を止める権利は、私にはないからね」
高円寺は踵を返し、昇降口を出ていこうとする。
しかし、数歩歩いたところで、高円寺はチラリと肩越しに私を振り返り、ニヤリと笑った。
「せいぜい頑張りたまえよ。……『Tamed Lady』」
「――――ッ!」
その言葉に、私の心臓がドクンと大きく跳ねた。
飼いならされたレディ。
それは、私が清隆の支配下にあり、清隆に心身ともに調教されているという事実を看破している、強烈な皮肉だった。
(あの金髪ゴリラ……! 混合合宿の時といい……っ)
私はギリッと奥歯を噛み締め、怒りで顔を真っ赤にしながら、高円寺の広い背中が消えていくのを睨みつけた。
「……いつか絶対に、その減らず口を叩けないようにしてやるんだから」
私は小さく悪態をつきながらも、確かな手応えを感じていた。
高円寺からの明確な協力の確約は得られなかったが、高円寺に「貸しを作る」という私の行動自体は、黙認という形で合意を得た。
退学者を決めるクラス内投票。
誰もが自分の保身に走る中、私はクラスの異端児への投資という、リスクの高いギャンブルに打って出た。
クラス内投票のルールが発表された翌日から、私は早速行動を開始した。
目的は二つ。異端児である高円寺への批判票を回避するようクラスメイトを説得し、高円寺に『恩』を売ること。そして、水面下で誰が誰をターゲットにして動いているのか、クラスの票の動向を探ること。
「ねえ、高円寺くんに批判票を入れるの、ちょっと待ってみない? 彼は協調性はないけど、ポテンシャルは高いわ。いざという時のカードとして残しておいた方が……」
休み時間や放課後を利用して、私はクラスの女子を中心に声をかけて回った。
だが、初日の感触は最悪だった。
「えー、でもあいつムカつくじゃん」「他に誰に入れればいいのよ」「レイちゃんが高円寺を庇う理由が分からない」
当然の反応だ。クラスメイトたちにとって、高円寺は協調性を乱す身勝手な男という認識しかない。私の説得もことごとく弾き返された。情報集めに関しても、皆が疑心暗鬼になっているため、口が重く芳しい成果は得られなかった。
(……やっぱり、一筋縄ではいかないわね)
私は自分の席で、手帳に記したクラスメイトのリストを見つめながら小さくため息をついた。
しかし、事態は次の日に急変した。
「あ、レイちゃん。昨日の高円寺くんの話だけどさ、私、彼には批判票入れないことにしたよ」
「うん、私も。レイちゃんがそこまで言うなら、協力するよ」
朝のホームルーム前、昨日まで難色を示していた女子たちが、次々と私のもとへやってきて、手のひらを返したように高円寺への投票回避に賛同し始めたのだ。
その連鎖は女子から男子の一部にも広がり、昼休みの終わりには、なんと約二十人もの生徒が私の提案に合意してくれた。
(……おかしい。いくらなんでも、急すぎるわ)
私の説得が実を結んだ? いや、違う。昨日と今日で、彼らの態度はあまりにも不自然に変わりすぎている。まるで、すでに全員の意見が一致する別の明確なターゲットが設定されたかのような……。
その違和感の正体を突き止めるため、私は合意してくれた最後の一人である男子生徒を、廊下の隅に引き留めた。
「ねえ。協力してくれるのは嬉しいんだけど……昨日まであんなに渋ってたのに、どうして急に考えが変わったの?」
私が探るように尋ねると、その男子生徒はバツの悪そうな顔をして視線を泳がせた。
「いや、その……新西さんには、ちょっと言いにくいんだけどさ」
「私に? どうして?」
「新西さん、綾小路と仲いいグループにいるだろ? だから、悪いなって思って……」
(清隆……?)
私の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
「実はさ……櫛田ちゃんのお願いで、今回は綾小路に批判票を集めることで、話がまとまってるんだよ。綾小路なら目立たないし、クラスへの貢献度も低いからって……」
「――――ッ」
男子生徒の口から出た言葉に、私は息を呑んだ。
高円寺への批判票が回避された理由。それは、櫛田桔梗というクラスのアイドルが、自らの影響力を使って『綾小路清隆を退学にする』というシナリオをクラス中に流布していたからだったのだ。
「ありがとう、教えてくれて」
男子生徒を解放した後、私は一人、誰もいない渡り廊下を歩いていた。
(……櫛田さんが、清隆に批判票を? どうして?)
混合合宿の時、私は櫛田が堀北を退学に追い込もうとしている密談を立ち聞きした。だから、櫛田の標的が堀北だというなら理解できる。だが、なぜここで清隆をターゲットにしたのか。
清隆が堀北の後ろ盾であることを勘付いたから? それとも、別の誰かの意思が介在している?
思考を巡らせていると、前方の角から、ヘラヘラとした薄ら笑いを浮かべた山内が歩いてくるのが見えた。
「おっ、レイちゃんじゃん。何一人で難しい顔してんの?」
山内は私の前に立ち塞がり、ニヤニヤと得意げな顔を向けてきた。
「……山内くん。何か用かしら」
「いやー? 別に用ってわけじゃないけどさ。レイちゃん、最近綾小路のやつと同じグループでよくつるんでるだろ? 俺、レイちゃんのこと結構気に入ってるからさ、忠告してやろうと思って」
山内は周りに誰もいないことを確認すると、声をひそめて、しかし隠しきれない優越感を滲ませながら言った。
「実はさ、俺……Aクラスの坂柳ちゃんから頼まれてるんだよね。綾小路に批判票を集めてくれって。で、俺が櫛田ちゃんにお願いして、クラスのみんなを動かしてもらってるってわけ」
「……」
「だからさ、レイちゃんも綾小路みたいな地味で使えない奴とつるむのはやめて、俺のところに来なよ。これからは、誰を頼るべきかちゃんと計算した方がいいんじゃない?」
山内は、自分がAクラスのリーダーである坂柳有栖と繋がり、クラスを動かしているのだという自負から、有頂天になっていた。私に対して「お前も俺に媚びを売れ」とマウントを取っているつもりなのだろう。
(……うっざ)
私は内心で、冷たく吐き捨てた。
坂柳さんが、この程度の小物を本気で頼るわけがない。これは間違いなく、盤面をかき乱すため、あるいは清隆を試すための彼女の遊戯だ。
そして山内は、自分が坂柳の手駒として踊らされていることにも気づかず、櫛田の力を自分の実力だと勘違いして威張っている、ただの哀れなピエロに過ぎない。
だが、山内のこの愚かな自白のおかげで、すべての点と点が繋がった。
【坂柳からの指示】→【山内がその気になって引き受ける】→【山内が櫛田に協力を頼む(あるいは櫛田が便乗する)】→【櫛田の影響力でクラスが清隆への批判票でまとまる】
これが、今回のクラス内投票における裏の構図だ。
「……親切な忠告、ありがとう。参考にさせてもらうわ、山内くん」
私は表面上だけ取り繕った笑みを浮かべ、山内をその場に残して、足早に立ち去った。
(清隆がターゲットになっている。しかも、クラスの大部分がすでに櫛田の扇動に乗ってしまっている。……これは、グループの相互投票だけじゃ防ぎきれないわ)
その日の夜。
私は自室には戻らず、女子寮にある堀北鈴音の部屋を訪ねていた。
「夜遅くにごめんなさい、堀北さん。……どうしても、耳に入れておきたい情報があって」
部屋に招き入れられ、温かい紅茶を出された私は、単刀直入に本題を切り出した。
「今回のクラス内投票……ターゲットにされているのは、清隆くんだわ」
堀北は紅茶のカップを持つ手を止め、静かに私を見つめた。
私は今日掴んだ情報を、すべて堀北に開示した。山内が坂柳の指示で動いていること。そして、山内のお願い(という名目)で、櫛田がクラス中を回って清隆への批判票をまとめていること。
「私の見立てでは、すでに二十人以上の票が清隆くんに向かっているわ。このままじゃ、彼が退学になる。……私に、何か手伝えることはあるかしら。櫛田さんの裏工作を、私が崩しにいくこともできるけど」
参謀としての私の提案。
だが、堀北は小さく息を吐き、静かに首を横に振った。
「教えてくれてありがとう、新西さん。あなたの情報収集には助けられるわ。……でも、その件に関しては、私に任せてほしいの」
「堀北さんに?」
「ええ」
堀北の瞳には、かつての孤独で不器用だった彼女とは違う、クラスを背負うリーダーとしての確かな覚悟が宿っていた。
「櫛田さんと綾小路くん、そして私の間には、あなたにはまだ話していない複雑な確執が存在するわ。でも、私はそれをクラスの運営に悪影響を与えないように対処するつもりよ。……今回の件も、すでに私の中で解決の糸口は掴めている。だから、あなたは手を出さず、静観していてほしいの」
「……わかったわ。あなたがそう言うなら、信じる」
私は深く追及することなく、引き下がった。
堀北がリーダーとして成長しようとしている今、私が介入して彼女の立つ瀬を奪うのは得策ではない。
自室に戻った後。
私はベッドに寝転がり、端末を取り出して清隆に短いメールを打った。
『山内と櫛田さんが動いて、あなたがターゲットになってるわ。堀北さんに相談したら任せてほしいって言われたけど、本当に大丈夫? 私が裏で動こうか?』
数分後。
端末が短く振動し、彼からの返信が届いた。
『気にするな』
たったの一言。
何の感情も、焦りも読み取れない、いつも通りの淡白なテキスト。
「……本当、可愛げのない男」
私は端末をベッドに放り投げた。
普通なら退学の危機に怯え、私に助けを求めてきてもおかしくない状況だ。だが、清隆は私が動くまでもなく、すでにこの盤面を掌握し、堀北をも手駒として動かしているのだろう。
(私の心配なんて無用ってことね。……まあいいわ。大人しく、明日のホームルームでの堀北さんのお手並み拝見とさせてもらいましょう)
クラス内投票の前日。
朝のホームルームで教壇に立ったのは、茶柱先生ではなく、堀北だった。
「少し、時間をちょうだい。……明日の投票について、明確にしておかなければならないことがあるわ」
教室が静まり返る中、堀北は凛とした声で、衝撃的な事実をクラス全体に突きつけた。
「このクラスの中に、Aクラスの坂柳さんと結託し、自分のクラスの仲間を裏切って退学に追い込もうと暗躍している人間がいるわ」
「なっ……!?」
「標的は、綾小路くん。そして、Aクラスからの指示を受けて彼を退学にしようと企んだ裏切り者は――山内くん、あなたよ」
クラス中がどよめきに包まれた。
「お、俺!? ふざけんなよ、なんの証拠があってそんなこと……!」
山内が顔を真っ赤にして立ち上がり、必死に反論しようとする。だが、堀北は冷静に、そして冷酷に、山内の退路を完全に断ち切った。
「クラスを裏切り、他クラスの思惑で仲間を売り渡すような人間を、私は許容できない。明日の投票、私の批判票は山内くんに投じるわ」
堀北の理路整然とした告発に、山内の虚勢はあっけなく崩れ去った。
山内に同調して清隆に批判票を入れようとしていた生徒たちも、自分たちがAクラスの罠に加担させられそうになっていた事実を知り、一気に山内への不信感を爆発させた。櫛田もまた、自らの立場を守るために山内を見捨てる選択をしたようだった。
(……お見事ね、堀北さん。そして、裏で操っただろう清隆も)
私は教室の隅で、完全に孤立し、泣き喚く山内を冷ややかに見つめていた。
自業自得だ。クラスを守る気もないくせに、自分の承認欲求のためだけに他クラスに尻尾を振った哀れなピエロの末路。
騒動が一段落し、チャイムが鳴る直前。
教卓の前に立っていた茶柱先生が、静かに口を開いた。
「……明日は、いよいよクラス内投票の当日だ。誰か一人が、必ずこの学校を去ることになる。お前たちの一票が、クラスメイトの人生を左右する。……よく考えて、後悔のないように投票しろ」
私は、茶柱先生のその言葉に、わずかな違和感を覚えた。
今日の彼女の声には、生徒たちに真剣に向き合い、彼らの成長を促そうとするような、教師としての微細な感情が混じっているように聞こえたのだ。
(茶柱先生……。私に『特別試験で共に闘え』ってアドバイスした時もそうだったけど。先生も、少しずつ変わってきてるってことかしら)
私は清隆の背中と、茶柱先生の横顔を交互に見比べながら、水面下で確実に変わりつつあるクラスのうねりを感じ取っていた。
そして迎えた、クラス内投票の当日。
投票は厳粛な空気の中で行われ、やがて茶柱先生の手によって、無慈悲な結果が黒板に書き出されていった。
賞賛票の第一位は、綾小路清隆。
そして、批判票の第一位は――。
「……批判票の最多獲得者は、山内春樹。よって、山内の退学が決定した」
茶柱先生の宣告が、静寂の教室に重く響いた。
「うそ……だろ……? なんで……俺が……っ」
山内は自分の席でへたり込み、信じられないという顔で黒板を見つめていた。
「坂柳ちゃんが……Aクラスのみんなに、俺に賞賛票を入れるように手配してくれたはずなのに……っ! 俺が退学になるなんて、あり得ねえよ!」
茶柱先生が冷静に言い放つ。
「Aクラスからお前への賞賛票など、ただの一票も入っていない。お前は坂柳に利用されただけだ」
「ああああああっ!! 嫌だ! 嫌だぁぁぁっ!!」
山内が絶望の叫び声を上げ、床に泣き崩れる。
しかし、学校のルールは絶対だ。彼はすぐに教室から引きずり出され、その泣き声は、廊下の奥へと遠ざかっていった。
教室に残された私たちは、誰一人として言葉を発することができず、ただ重苦しい沈黙の中で、一人のクラスメイトが退学になった現実を受け止めるしかなかった。
(……終わった)
私は自分の両手をギュッと握りしめ、僅かに震える指先を隠した。
山内が退学になったことに、同情の余地はない。山内は自らクラスを裏切ったのだから。
だが、私が恐れを感じているのはそこではない。
この高度育成高等学校は、平然とこういう理不尽な試験を突きつけてくる。
今回はたまたま、山内という自滅したターゲットがいたから助かった。だが、もし次の同じような試験で、明確なターゲットがいなかったら?
(その時……退学の危機に晒されるのは、波瑠加さんかもしれない。愛里さんかもしれない。啓誠くんや、明人くんかもしれない。……あるいは、清隆やこの私かもしれない)
教室の前方で、静かに前を見据えている堀北。
そして斜め前で、いつものように感情のない背中を見せている清隆。
(私は、守らなきゃいけない。私の大切な平穏を)
そのためには、私がもっと強くならなければならない。
高円寺に恩を売ったように、堀北の参謀として立ち回ったように。
いざという時、みんなを守ることができる力を持たなければならない。
放課後の廊下。山内が退学となり、重苦しい空気が漂う校舎の中で、私は一人、優雅に歩く金髪の背中を呼び止めた。
「高円寺くん」
振り返った高円寺六助は、クラスの悲壮感など微塵も感じていない様子で、手鏡をしまいながら私に傲岸不遜な笑みを向けた。
「おや、新西レディ。先ほどの醜悪な茶番劇の余韻に浸らなくても良いのかい?」
「……ええ。終わったことよ」
私は小さく息を吐き、高円寺と正面から向き合った。
結果として、高円寺への批判票は集まらず、彼は余裕で生き残った。だが、それは私の根回しのおかげというより、彼自身の立ち回りと、山内や櫛田たちが清隆をターゲットに定めたことによる結果だ。
「結局、私が裏で動かなくても、あなたが退学になることはなかったわね。……結果的に、私のアシストはあまりあなたの役には立てなかったみたい」
私が率直に自分の読みの甘さを認めると、高円寺は肩をすくめ、大げさな身振りで前髪をファサリと掻き上げた。
「フハハ! 当たり前じゃないか。美しく完璧なこの私が、あんな下らない多数決ごときで排除されるなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことだからね。君の行動は最初から無意味だったというわけだ」
相変わらずの鼻持ちならない態度。私が呆れて眉間にシワを寄せようとした、その時だった。
高円寺は背を向け、歩き出しながら、チラリとこちらを振り返ってニヤリと笑った。
「だが……そうだな。もし君が、どうしてもメロンパンが欲しくなった時は、この私に言いたまえ。いつでも奢ってあげよう」
「……は?」
「フハハハッ! アデュー、新西レディ!」
高円寺は高笑いを響かせながら、夕日に照らされた廊下の奥へと消えていった。
私はその場に取り残され、ポカンと口を開けたまま立ち尽くした。
「……メロンパン?」
クラス内投票での退学回避の協力という、恩売りの対価が、購買で買えるメロンパン一個?
いや、高円寺からすれば「無意味だった行動に対する、ほんのわずかな労い」ということなのだろうか。
(あの天上天下唯我独尊の金髪ゴリラが、メロンパン程度とはいえ、一応は私への感謝を認めたってこと……?)
そう解釈できなくもない。だが、私の『恩を売る』という投資のリターンがメロンパン一個だと思うと、どうにも釈然としない。
「……まあ、いいわ。ゼロよりはマシよ」
私は小さくため息をつき、首をひねりながら、静まり返った廊下を歩き出した。
メロンパン一個の貸し。この奇妙な債権を、あの大天才にどうやって利子をつけて請求してやろうか。そんな計算を脳内で弾きながら、私は少しだけ足取りを軽くして自分の寮へと帰路についた。
過酷なクラス内投票という嵐が過ぎ去り、学校に束の間の平穏が戻った三月の週末。
私の部屋には、三脚に固定されたデジタルカメラと、撮影用のリングライト、そしていつものように無表情でベッドの端に腰掛ける清隆の姿があった。
「それじゃあ、三月のテーマ『写真撮影会』を始めましょうか」
私はリングライトの電源を入れ、カメラのファインダーを覗き込んだ。
「まずは、基本中の基本。私たちの普段の姿を記録しておくわ。……はい、そこに立って」
私の指示に従い、清隆は指定された白い壁の前に立った。
高度育成高等学校の指定制服である、ジャケットとネクタイ。清隆はいつも通り、背筋をスッと伸ばし、一切の感情を排した凪いだ瞳でレンズを見つめている。
「もっと笑ってよ、清隆。証明写真じゃないんだから」
「俺は普段からこんな顔だ。作り笑いをすれば、かえって不自然な記録になるぞ」
「可愛げのない。まあいいわ、それが清隆らしいし。……はい、チーズ」
カシャッ、とシャッター音が響く。
プレビュー画面には、冷たいほどに整った顔立ちの清隆が映し出されていた。本当に、黙って立っていれば誰もが振り返るほどの美男子だ。清隆がこのポテンシャルを隠して『目立たない生徒』を演じていることが、今更ながら信じられない。
「次は一緒に撮りましょう」
私はカメラをタイマー設定にし、清隆の隣に並んで立った。
清隆の腕に自分の腕を絡め、肩に頭をコテンと乗せる。身長差もちょうどいい。端末のインカメラではなく、高画質のカメラで撮る、しっかりとした『恋人同士』のツーショット。
「はい、撮るわよー。3、2、1……」
カシャッ。
連続して何枚か、ポーズや立ち位置を変えながら撮影していく。
私が満面の笑みでピースサインをしたり、清隆の頬を指でツンツンとつついたり。清隆は相変わらず無表情だったが、逃げることも振り払うこともなく、大人しく私のなすがままになっていた。
「ふふっ、いい感じ」
撮れた写真を確認しながら、私は自然と頬が緩むのを感じていた。
夜の密室で繰り広げられる、あの倒錯したプレイも悪くない。けれど、こうして制服姿で並んで写真に収まっていると、まるで私たちがどこにでもいる『普通の高校生のカップル』になれたような気がして、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「制服の撮影はこんなものね。……さて、ここからが本番よ」
私はカメラを三脚から外し、手持ちに切り替えた。
そして、クローゼットの奥から、今日のために特別に用意していた黒いガーメントバッグを取り出し、清隆に突きつけた。
「私の要望、第一弾。……まずはこれに着替えてちょうだい」
「……タキシードか。高校生が着るには、少しばかり早すぎる気もするが」
「いいから、黙って着る! サイズは清隆に合わせて微調整してあるから、ピッタリなはずよ」
バスルームで着替えを済ませた清隆が、静かに部屋に戻ってきた。
その姿を見た瞬間。私は、危うく持っていたカメラを取り落としそうになった。
「――――っ」
息を呑むほどに、似合っていた。
ウールとシルクで作られた、漆黒のタキシード。細身でありながら、彼の広い肩幅と厚い胸板が、ジャケットのラインを完璧に引き立てている。
純白のプリーツシャツに、黒の蝶ネクタイ。そして、普段の無造作な髪とは違い、少しだけスタイリングされて整った前髪から覗く、あの無機質で冷徹な瞳。
それはもはや、ただの高校生のコスプレではなかった。
裏社会を冷酷に牛耳る若きマフィアのボスか、あるいは世界を裏から操る秘密結社の若き当主か。
タキシードという本来華やかな場にふさわしい衣装が、清隆の持つ『底知れない闇』と『冷徹な知性』を限界まで引き出し、圧倒的なまでのオーラを放っていたのだ。
「どうだ。サイズは確かに合っているようだが」
「……え、ええ。完璧よ。すごく……カッコいい」
私は動悸が早くなるのを感じながら、慌ててカメラを構えた。
「そ、そこのソファに浅く腰掛けて。脚を組んで、両手は膝の上に重ねて……そう。目線は少しだけ伏せ目がちに……」
カシャッ。カシャッ。
シャッターを切るたびに、モニターに映し出される清隆の姿に惚れ惚れとしてしまう。
清隆が何の感情も見せずにレンズを見つめ返すその冷たい視線が、タキシードの高級感と相まって、ゾクゾクするような支配者の威圧感を生み出している。
「次、立って。片手をポケットに入れて、ネクタイを少しだけ緩めるような仕草をして。……目線はこちらで、見下すように」
カシャッ。
(……ヤバい。これはヤバいわ。カッコよすぎて、キュンッてなっちゃったじゃない)
私は自分の体温が急激に上がっていくのを自覚していた。
清隆がただ服を着てポーズを取っているだけなのに、その圧倒的な雄としての魅力に、私の被支配欲が強烈に刺激されてしまっていたのだ。
「……清隆、本当にカッコいい。この写真、一生の宝物にするわ」
「お前が満足ならそれでいいが。……俺は少し、首回りが窮屈だ」
「ふふっ。じゃあ、次の衣装は全然窮屈じゃないやつにしてあげるわ」
私は昂る熱を深呼吸で静めながら、タキシードの撮影を終えた。
芸術的なまでに美しい清隆の姿を堪能した後は――いよいよ、私の本性の見せ所だ。
「はい、次。これ穿いて」
タキシードを脱いだ清隆に私が手渡したのは、布面積が絶望的に少ない、蛍光ピンク色の極小ブーメランパンツだった。
清隆はそれを受け取り、手のひらの上で広げて、マジマジと見つめた。
「……布が足りていないようだが。これは水着か?」
「ボディビルダーが大会で穿くようなパンツよ。さあ、一糸まとわぬ姿になって、それだけを穿いて私の前に立ちなさい」
清隆は小さくため息をつき(あるいはそう見えただけかもしれないが)、無言のまま着替え始めた。
そして数分後。
タキシードの魔法が解け、今度は蛍光ピンクの極小布切れ一枚だけを身に纏った清隆が、私の前に現れた。
「ぷっ……!」
私はカメラを構えながら、思わず吹き出しそうになった。
清隆の顔は相変わらずの「完全なる無表情」だ。しかし、首から下は、ギリシャ彫刻もかくやというほどの見事なまでの筋肉の鎧。そこに、蛍光ピンクのブーメランパンツという強烈なミスマッチ。
「笑う要素があるのか?」
「な、ないわよ! さあ、ここからは私の指示通りにポージングをしてちょうだい!」
私は笑いを堪えきれず、肩を震わせながら指示を出した。
「まずは基本! 『フロント・ダブル・バイセップス』! 両手を上げて、力こぶを作って!」
「……こうか」
清隆は無表情のまま両腕をガバッと上げ、完璧なフォームで上腕二頭筋を収縮させた。
ボコッ! と、高校生とは思えない丸太のような力こぶが盛り上がる。見事なシックスパックの腹筋と相まって、肉体としては完璧だ。
しかし――顔が、完全に死んでいる。
「あははははっ! ちょっと清隆、筋肉は凄いのに顔が真顔すぎるわよ! もっとこう、ボディビルダーみたいにドヤ顔して!」
「俺にはドヤ顔のデータがない。フォームはこれで正確なはずだが」
「あーもう、最高! 次、『サイドチェスト』! 横を向いて、胸の筋肉をギュッと寄せて!」
清隆は言われた通りに横を向き、両手を前で組んで大胸筋を極限までパンプアップさせる。横から見ると、清隆の胸板の厚さと肩のメロンのような筋肉の異常さが際立つ。
「ひゃはははっ! デカい! デカいよ清隆! 腹筋板チョコ! 肩にちっちゃい重機乗せてんのかい!」
私はボディビルの掛け声を真似ながら、腹を抱えて大爆笑した。
「……レイ、その掛け声は一体何だ。何かの儀式か?」
「気にしないで! いいわよー、キレてるよー! じゃあ最後、『モスト・マスキュラー』! 前かがみになって、腕を前に出して首と肩の筋肉を爆発させて!」
清隆は少し腰を落とし、両腕を体の前でグッと交差させるようにして力を込めた。
瞬間、清隆の僧帽筋が異様なまでに膨れ上がり、全身の血管が浮き出る。まさに闘鬼のような、恐ろしいほどの威圧感。
だが、その視線の先にある顔は、相変わらずの「スッ……」とした虚無の表情であり、下半身は蛍光ピンクのブーメランパンツなのだ。
「あーっはっはっはっはっ!! ヒィッ、お腹痛いっ!! 苦しいぃっ!!」
「……お前がやれと言ったんだろう。俺は真面目にこなしているだけだ」
私はベッドの上を転げ回りながら、息も絶え絶えになりながらシャッターを切り続けた。
完璧なはずの清隆が、私の無茶苦茶な要求に真顔で応え、シュール極まりないポーズを取っている。この圧倒的なギャップと背徳的な面白さは、世界中で私だけが知っている至高のエンターテインメントだ。
「はぁ……はぁ……笑いすぎて、お腹がよじれるかと思った……っ」
私は目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、ようやく呼吸を整えた。
「清隆、お疲れ様。最高の写真が撮れたわ。……じゃあ、いよいよ最後の要望よ」
私はカメラの設定をいじりながら、ニヤリと口角を上げた。
「そのピンクのパンツも、脱いでちょうだい」
「……全裸か」
「そうよ。一枚も残らず、スッポンポンになって」
清隆は特に抵抗する様子もなく、ブーメランパンツの端に指をかけ、スルスルと足元へ落とした。
完全なる一糸まとわぬ姿。
先ほどのタキシードやピンクのパンツに隠されていた、清隆の『男の象徴』が、惜しげもなく空中に晒される。平常時であっても、高校生の平均サイズを遥かに凌駕するその存在感に、私は一瞬だけ息を呑んだが、すぐに特大の笑みを張り付けた。
「よし。じゃあ最後のポーズ。……ミケランジェロの『ダビデ像』のポーズをして」
「ダビデ像?」
「そう。右足に体重をかけて、左足は少しリラックスさせて膝を曲げる。左手は肩の高さまで上げて何かを担ぐようにして、右手は太ももの横に自然に下ろす。そして、顔は少し左を向いて、遠くを見つめるの。……いわゆる『コントラポスト』ってやつね」
美術の教科書に必ず載っている、あの世界一有名な全裸の彫刻のポーズ。
清隆は私の細かい指示を聞くと、数秒間脳内でポージングのシミュレーションを行ったようだ。
「……こうか」
清隆が体重移動を行い、手足の位置を調整し、顔の向きを決めた瞬間。
私の部屋の中に、生きた彫刻が顕現した。
「――――」
私は、不覚にも少しだけ圧倒されてしまった。
鍛え抜かれた完璧な黄金比の肉体。滑らかな肌の質感。
そして、清隆が完全に静止したことで、本当に血の通っていない大理石の彫刻のように見えてしまったのだ。股間にぶら下がる立派なモノの配置すらも、芸術的な計算の内に収まっているように錯覚させられる。
だが。
「……ぶっ。ふふっ、あはははっ!」
数秒の静寂の後、私は再び耐えきれずに笑い出した。
いくら肉体が芸術的でも、ここは美術館ではなく私の部屋なのだ。
そして目の前で全裸でダビデ像のポーズを取っているのは、私の彼氏(仮)であり、夜な夜な私を泣かせてくるサディストである。
そんな男が、私の指示通りにスッポンポンで微動だにせず、真顔で明後日の方向を見つめている。
「最高……っ。ふふふっ、なにこれ、シュールすぎる……っ」
私はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら、カメラのシャッターを切り始めた。
カシャッ。カシャッ。
「いいねぇ、清隆。すごく芸術的よ。そのまま、動かないでね」
私はカメラを持ったまま、清隆の周囲をぐるぐると回り始めた。
正面からの全身。斜め下からのアオリの構図。そして、彼の立派なモノだけを大写しにするような、極めて下品でマニアックなアングル。
「……レイ。これは芸術の撮影なのか、それとも俺への嫌がらせか?」
ダビデ像のポーズで固まったまま、清隆が口だけを動かして聞いてくる。
「両方よ! ふふっ、この完璧で滑稽な写真は、絶対に誰にも見せない『私だけの秘密のフォルダ』に厳重にロックをかけて保存しておくわ。いざという時の、清隆を脅すためのカードにするんだから」
「……俺がその写真で脅される日が来るとは思えないが」
「負け惜しみを。はい、もう一枚! チーズ!」
カシャッ!
私はニヤニヤと笑い続けながら、心ゆくまで清隆の全裸の彫刻姿を激写し続けた。
学年末の特別試験という、重く苦しい現実がすぐそこまで迫っている。
他クラスの裏切りや、退学の恐怖。そんな泥沼のような日常の中で、こうして清隆と二人きりで、下らなくて、エロティックで、最高に馬鹿馬鹿しい写真を撮り合っているこの時間が、私にとってどれほどの救いになっていることか。
「……よし、満足! 私の要望はこれで全部終わりよ。お疲れ様、清隆」
私は腹を抱えて笑い転げた後、カメラの電源を切り、ベッドの上に放り投げた。
ダビデ像のポーズを解いた清隆が、静かに息を吐き出す。
「なら、次はいよいよ俺の番だな」
全裸のまま、清隆が私の方へと向き直る。
先ほどまでのシュールな彫刻から、獲物を狙う肉食獣へと、その瞳の温度が微かに、しかし確実に変化したのが分かった。
清隆はベッドに放り投げられたデジタルカメラを手に取り、その冷たい金属の感触を確かめるように指を滑らせた。そして、一切の感情を排した、あの絶対的な支配者の声で私に命じた。
「クローゼットから、最も布面積が少なく、機能性を完全に無視した下着を出して着替えろ」
「……」
「お前のストックの中にあるだろう。胸の先端と、下の秘部が完全に露出する構造になっている、あの過激なやつだ」
(……初っ端から、随分とアクセル全開で飛ばしてくるじゃない)
私はピクリと眉を動かしたが、反論する言葉は持っていなかった。
先ほど、私は彼に蛍光ピンクのブーメランパンツを穿かせ、全裸でダビデ像のポーズを取らせ、それを腹を抱えて大爆笑しながら激写したのだ。そのカルマ(業)が、今度は私に降りかかってきているだけ。清隆が、自分が受けた屈辱(彼が屈辱だと感じているかは怪しいが)を、同等かそれ以上の形でやり返してこないはずがない。
「……分かったわよ。私が笑ったんだから、清隆の要望にも従ってあげるわ」
私は強がって見せながらクローゼットを開け、奥底に隠しておいた『それ』を取り出した。
黒いレース生地で作られた、下着と呼ぶのもおこがましいような代物。
ブラジャーは胸のアンダーを支えるワイヤーと肩紐だけで、カップ部分が丸ごとくり抜かれており、乳首が完全に剥き出しになる構造。ショーツに至っては、腰に巻きつける細い紐と、クロッチ部分がパックリと割れている、大切な場所を隠す機能が一切備わっていない、いわゆるオープンクロッチだった。
私は清隆に背を向け、着ていた制服を脱ぎ捨てて、その淫らな紐の集合体を身に纏った。
「……着替えたわよ」
振り返り、リングライトの強い光を正面から浴びる。
「……」
清隆はカメラを構えたまま、レンズ越しに私の全身を舐め回すように観察し始めた。
布を纏っているはずなのに、最も隠すべき場所がすべて外気に晒されているという異常な状態。むしろ、黒いレースの装飾があることで、剥き出しの肌の白さと、秘部の生々しさがより一層グロテスクなほどに強調されてしまっている。
「まずは、ベッドの上に上がれ」
ファインダーを覗き込んだまま、清隆が指示を出す。
「お前は優等生を気取っているが、その本性は俺の前でだけ尻尾を振る雌犬だ。……四つん這いになれ」
「っ……」
私は屈辱で顔を熱くしながらも、言われた通りにベッドの上に這い上がり、四つん這いの姿勢をとった。
「背中を反らせろ。お尻を高く突き出し、顔はこちらに向けたまま、胸の谷間と先端がよく見えるように前傾姿勢をとるんだ」
カシャッ。カシャッ。
冷徹なシャッター音が、静かな部屋に響き渡る。
「あ……んっ……」
四つん這いで胸を突き出すことで、くり抜かれたブラジャーから、私の胸の果実がこぼれ落ちそうに重力に引かれる。その滑稽で淫らな様を、清隆が様々なアングルから撮影していく。
「次は、仰向けだ。ベッドの中央で、足を大きく開け」
「きよたか……これ、すごく、恥ずかしい……っ」
「撮影中だ。喋るな」
私は言われるがままに仰向けになり、両膝を立てて、大きく股を開いた。
オープンクロッチのショーツは、私が足を開くことで完全に左右に引っ張られ、私の最もデリケートな粘膜のヒダを、隠すどころかご丁寧に縁取って強調してしまっている。
「……まだ足りないな。指を使え」
「えっ……?」
「自分で、そこを広げるんだ。レンズの奥の俺に、お前の中の最も深い部分までよく見えるように、指でしっかりとヒダを押し広げて見せろ」
「――――ッ!!」
カァァァァッ! と、全身の血液が一気に沸騰したかのような凄まじい羞恥心が襲ってきた。
ただでさえ丸見えなのに、自分の指で、わざわざ中を見せつけるように広げるだなんて。それはもはや、ただの撮影ではなく、究極の自己開示と服従の儀式だ。
「……早くしろ」
清隆の無機質な声に急かされ、私は震える両手を自分の股間へと伸ばした。
そして、中指と人差し指を使って、自らの恥ずかしい部分を、ゆっくりと、左右に押し広げた。
「あっ……んぅっ……! こ、これで……いいんでしょ……っ!」
カシャッ! カシャッ! カシャッ!
連続して切られるシャッター音。
カメラのフラッシュが焚かれるたびに、私の最も卑猥な部分が、カメラのデータとして保存されていく。
(み、見られてる……っ。私のこんな、グチャグチャなところを……っ!)
レンズ越しに凝視されるという行為は、直接指で触れられるのとは全く違う、精神を直接犯されるような異常な快感を伴っていた。
見られている。暴かれている。記録されている。
その圧倒的な羞恥と被支配感が、私の脳髄をショートさせ、下腹部の奥にドロドロとした熱を急速に溜め込んでいく。
広げた指の隙間から、私の意思とは無関係に、トローリと透明な蜜が溢れ出し、シーツへと滴り落ちていくのが自分でも分かった。
「……いい表情だ、レイ。自分の恥ずかしい部分を見せつけながら発情し、愛液を垂れ流している顔……完璧にデータとして記録したぞ」
「あ゛っ……! はぁっ……変態っ……鬼……っ」
私は荒い息を吐きながら、涙目で清隆を睨みつけることしかできなかった。
「では、次のシチュエーションに移る」
清隆はカメラのプレビュー画面を確認しながら、さらなる要求を突きつけてきた。
「制服を着ろ」
「……え?」
私はシーツの上で体を起こし、目をパチクリとさせた。
「制服? ……えっと、この下着は、脱いでから?」
「いいや、そのままだ。その過激な下着の上から、ブラウスとスカートを着ろ。もちろん、ネクタイもきっちりと締めるんだ」
(……なるほど。そういうことね)
清隆の意図を理解した瞬間、私の背筋にゾクゾクッとした悪寒と、それを上回る強烈な背徳感が走った。
私はベッドから降り、胸と股間が丸出しの異常な下着を身につけたまま、その上から清潔な白いブラウスを羽織り、プリーツスカートを穿き、首元にネクタイをきっちりと結んだ。
鏡の前に立つと、そこにはどこからどう見ても『品行方正な優等生、新西レイ』の姿があった。
しかし、その分厚い布地のすぐ下には、淫らな紐下着が隠され、私の剥き出しの胸と秘部が、制服の裏地と直接擦れ合っているのだ。
「……着たわよ」
私が再びリングライトの前に立つと、清隆はカメラを構え直し、静かに命じた。
「ブラウスのボタンを上から順に、すべて外せ」
私は言われるがままに、ブラウスのボタンに手をかけた。
一つ、二つとボタンを外していく。
純白のブラウスの隙間から、黒いレースと、それに縁取られて完全に剥き出しになった私の二つの乳房が露わになっていく。
「そのまま、ブラウスの裾をはだけさせろ」
カシャッ。
制服のブラウスを開き、下品な下着と胸を丸出しにした女子生徒の姿。
清純と淫靡の極端なコントラストが、一枚の写真の中に同居している。
「次だ。スカートの裾の両端を、両手で掴め」
「……うん」
「そして……一番上まで、ゆっくりとたくし上げていくんだ。途中で止まるな。ゆっくりとだ」
「――――ッ」
ただ一気に捲り上げるのではない。極限までゆっくりと、自らの手で、自らの恥部を晒すまでの過程を清隆に見せつけろというのだ。
私は震える手で、プリーツスカートの裾を掴んだ。
「……いくわよ」
ジリッ……。
まずは、膝が見える。
そして、太ももの中間。
カシャッ。
ジリッ……ジリッ……。
さらにスカートが上がり、太ももの付け根が露わになる。
普段なら白いショーツが見えるはずのそこに、今日は黒い紐が食い込んでいるのが見え始める。
カシャッ。
「あっ……ふぅっ……」
私は自分の顔が、今までで一番熱く、真っ赤に染まり上がっていくのを感じていた。
自分で自分のスカートを捲り上げ、その奥にある『何も隠されていない割れ目』を、じわじわとレンズの前に晒していくこの行為。
一分という時間が、永遠のように長く感じられる。
ジリジリジリ……。
スカートの裾が、ついに股間の高さを超えた。
「んあ゛っ……!」
カシャッ! カシャッ! カシャッ!
完全に捲り上げられたスカート。
上半身はブラウスをはだけさせて胸を丸出しにし、下半身はスカートを腰までたくし上げ、オープンクロッチのショーツから、蜜でテカテカに光った秘部を完全に剥き出しにしている。
「……素晴らしいな。表向きはクラスを支える優秀な参謀が、裏では俺の命令一つで、自らの制服をここまで汚して発情している。……このコントラストは、芸術の域だ」
「あぁっ……! もう、やめてっ……恥ずかしいっ、死んじゃう……っ!」
私は顔を真っ赤にして、ブラウスとスカートを握りしめたまま、その場にへたり込みそうになった。
限界だった。これ以上羞恥心を与えられれば、私の脳髄は完全に焼き切れ、清隆に命じられるがままに動くただの人形になり果ててしまう。
だが、清隆の『要求』は、こんな生易しいものでは終わらなかった。
「たくし上げたスカートから片手を離し、もう一方の腕でまとめて押さえておけ」
清隆はカメラのファインダーを覗き込んだまま、一切の抑揚のない声で、死刑宣告を下した。
「空いたほうの手で、自分の秘部を弄れ。……俺のカメラの前で、限界まで自らを慰め、潮を吹いて見せろ」
「――――――――は?」
時間が、止まった。
私の脳が、その言葉の意味を理解するのを全力で拒絶した。
「は……? 潮を、吹くって……自分で……?」
「そうだ。そのオープンクロッチの下着なら、指を入れるのに何の障害もないだろう。足を開いて、自分で自分を悦ばせ、絶頂の果てに愛液を噴出させる瞬間を俺のカメラに記録させろ」
「む、無理っ!!」
私は悲鳴のような声を上げ、後ずさった。
「絶対に無理! いくらなんでも、それは……っ! 人間としての尊厳が……っ!」
これまで、どんな変態的なプレイにも付き合ってきた。しかし、ただ弄るだけではなく、自らの手で『潮を吹く』という最も理性を失った排泄に近い絶頂の瞬間を、冷静なカメラのレンズの前に晒し出すなど、完全に一線を越えている。
「……断るのか」
カメラを構えたまま、清隆の冷たい声が部屋に響く。
「先ほど、お前は俺に『ピンクのブーメランパンツでポーズを取れ』という要求を突きつけ、散々笑いものにしたな。俺は文句一つ言わずに、お前のその滑稽な要求に完璧に応えてみせた」
「うっ……」
「俺はお前の要求を呑んだ。だが、お前は俺の要求を拒絶する。……それは、契約違反ではないのか、レイ」
清隆のその、感情論を完全に排除した『等価交換』の理屈。
私が先に清隆をオモチャにして笑ったのだから、彼にも私をオモチャにして笑う(彼は笑わないが)権利がある。
「だ、だって……そんなの……自分の手でなんて、恥ずかしすぎて……っ」
私は涙目になりながら、必死に首を横に振った。
「……恥ずかしいからこそ、記録に残す価値がある。先ほどから溢れ出し続けている蜜の量からして、お前の体はすでに限界まで熟している。出ないはずがない」
「っ! この……っ!」
逃げ場は、なかった。
私がここで拒絶すれば、私は清隆との関係性において『対等な共犯者』から、ただの『逃げ出した敗北者』へと転落してしまう。
私のプライドが、ここで清隆に屈服することを許さなかった。
「……わかったわよ……っ。やれば、やればいいんでしょ……っ!」
私は泣きそうな顔で、片腕でたくし上げたスカートを胸元に抱え込み、もう一方の震える右手を、自らの股間へとゆっくりと下ろしていった。
オープンクロッチの隙間から、すでに濡れそぼっている花弁に中指が触れる。
「ひぐっ……あっ……んぅっ……!」
私はあまりの羞恥に、空いている左手で自分の真っ赤な顔を完全に覆い隠そうとした。
こんな姿、絶対に見られたくない。ましてや、カメラに記録されるなんて。
だが。
「手で顔を隠すな。写真の構図が崩れる」
「――――ッ!?」
「顔から手をどけろ。お前が羞恥と快感に歪んでいるその表情も含めて、すべてを記録に残すんだ。……どけろ」
鬼だ。この男は、人間の心を持っていない。
私はポロポロと涙をこぼしながら、ゆっくりと、顔を覆い隠そうとしていた左手を下ろした。
しかし、もはやレンズを見ることはおろか、清隆の顔を見ることすらできず、私はギュッと固く両目を瞑ることしかできなかった。
「……早くしろ」
清隆の無慈悲な声に促され、私はついに自らの秘部へと指を沈めた。
「あ゛っ……! んぁっ……!」
クチュッ……ジュルッ……。
静かな部屋に、私の指が自らの粘膜を掻き回す、卑猥な水音が響き始めた。
すでに極限まで焦らされていた私の体は、自分自身の指の動きですら、凄まじい快感の起爆剤となってしまった。
「はぁっ……はぁっ……きよたか、これっ、だめ……っ」
「手を止めるな。もっと激しく、一番気持ちいい場所を抉れ」
クチュクチュクチュッ! ビチャッ! ビチャッ!
カシャッ! カシャッ! カシャッ!
私の指が秘部を蹂躙する水音と、清隆の容赦のない連写のシャッター音が、狂ったシンフォニーのように重なり合う。
制服のブラウスをはだけさせ、顔を涙と汗でぐしゃぐしゃにしながら、無我夢中で自分自身を慰め続ける女子生徒。
極限の羞恥心が脳のキャパシティを超え、私の思考回路は完全に快楽へと塗り替えられていった。
(ああ……っ。私、終わる。私という人間が、今、完全に壊れちゃう……っ!)
「あ゛っ! くるっ! くるぅぅっ!!」
私は腰をガクガクと震わせ、仰け反るようにして天を仰いだ。
そして、クリトリスを激しく弾きながら、膣の奥を指で強く押し上げた瞬間。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁっ!!!」
ビュルルッ!! ビュッ!! ビュルルルゥッ!!!
私の最も深い場所から、限界まで溜め込まれていた透明な蜜が、まるで噴水のように激しい勢いで空中に噴き出した。
放たれた潮は放物線を描き、私の太ももを、そして制服のスカートの端を濡らし、シーツの上に大きな水たまりを作っていく。
カシャッ! カシャッ! カシャッ! カシャッ!
その決壊の瞬間を、清隆のカメラは一瞬の逃しもなく、克明にフラッシュを焚いて切り取っていた。
「あ゛っ……はぁっ……ふぅぅっ……あひぃっ……」
やがて。
ピクン、ピクンと痙攣する腰が落ち着き、最後の一滴がシーツに染み込んで、私の絶頂は完全に終わった。
「……」
「……」
部屋の中には、アロマの香りに混じって、むせ返るような雌の匂いが漂っていた。
私は両足を大きく開いたまま、自らの体液でぐちゃぐちゃになった手とシーツを見つめ、完全に放心状態に陥っていた。
目はうつろになり、口は半開きで、よだれがツツーッと垂れ落ちている。
自分が人間としての尊厳を完全に失い、ただの快楽に耽る様子を記録されるだけのオモチャになり果てたことを、私の脳はぼんやりと理解していた。
カシャッ。
最後の一枚。
清隆はカメラを顔から離し、プレビュー画面を確認した。
そして、いつものように微塵も表情を変えないまま、極めて事務的な声で言った。
「……いい写真が撮れた。これなら、三月の記念として十分に機能するだろう」
「…………」
私はうつろな目で、天井を見つめたまま、カスカスの声で呟いた。
「……もし、その写真が……どこかに流出でもしたら……絶対に、殺すから……」
しかし、その声には、かつての私のような鋭い殺意も、威厳も、微塵も残っていなかった。
ただの、飼いならされ、心をへし折られた雌犬の、弱々しい負け惜しみに過ぎない。
清隆はその私の脅しを気にする素振りすら見せず、カメラの電源を切り、「データは厳重にロックをかけて保存しておく。……撮影はここまでだ。着替えてこい」とだけ命じた。
「……はい……っ」
私はふらつく足で立ち上がり、自らの愛液で汚れた手と太ももを拭うため、フラフラとバスルームへと向かった。
清隆に挑み、彼と対等に渡り合おうなどという私の考えが、いかに甘く、浅はかなものであったかを、私はこの日、文字通り骨の髄まで思い知らされたのだった。
シャワーを浴び、徹底的に体を洗い、清潔な部屋着に着替えて部屋に戻ってきた頃には、私の精神状態もなんとか『日常』のレベルまで回復しつつあった。
(いや、回復したと思い込もうとしているだけかもしれない)
清隆はすでに服を着替え、ソファに座って読書を始めていた。
先ほどまで、私に自慰と潮吹きを強制し、その姿を激写していた男と同一人物とは思えないほどの、静かで無害な佇まい。
私は清隆に近づき、隣に力なく腰を下ろした。
「……清隆」
「なんだ」
「……今度は、絶対に……綾小路グループのみんなで、『普通の』写真を撮りましょうね……」
私は清隆の上着の袖をギュッと握りしめ、懇願するように言った。
これ以上、清隆との狂った世界の濃度が高まれば、私は本当に人間として壊れてしまう。
だからこそ、私には『綾小路グループ』という、どこにでもある普通の高校生としての日常の光が必要不可欠なのだ。あの光があるからこそ、私はこの深い闇の中で正気を保ち、生きていくことができる。
清隆は本から視線を外し、私の疲れ切った顔を見下ろした。
そして、ほんの一瞬だけ、その瞳に柔らかな光を宿したように見えた。
「……そうだな。来週には、またグループで集まる機会もあるだろう。その時に撮ればいい」
「……うん」
私は清隆の肩に頭を預け、静かに目を閉じた。
写真のデータは、清隆の手の中にある。私のすべては、完全に彼に掌握された。
学年末の特別試験。退学者を出したクラスの動揺。
盤面は刻一刻と動き続けている。
だが、今の私に必要なのは、ただ静かに目を閉じ、このかりそめの平穏の中で、次なる戦いに向けて精神を再構築することだけだった。