※この作品はR-18です。

綾小路くん、私はセフレ?それとも   作:Geminiちゃん痛くしないで

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三月②:ハメ撮り

三月八日。

肌を刺すような冬の寒さがようやく和らぎ、春の息吹が感じられ始めたその日。

高度育成高等学校の一年生にとって、総決算となる特別試験の幕が切って落とされた。

 

朝のホームルーム。教壇に立った茶柱先生は、教室の黒板に『選抜種目試験』という文字を大きく書き殴った。

 

「これより、今年度最後となる特別試験の概要を説明する。この試験は、クラス対クラスの、一対一の総力戦となる」

 

茶柱先生の口から語られたルールは、クラスの総合力が問われるものだった。

各クラスが、自分たちの得意な『種目(テスト、スポーツ、ゲームなど)』を十個考案し、学校側に提出する。

試験当日、対戦する両クラスが提出した種目の中から、ランダムに七つの種目が選ばれ、その勝敗でクラスの勝敗が決まるというシステム。

さらに、各クラスから一名ずつ『司令塔』を選出する必要があり、司令塔は直接競技には参加できない代わりに、試合に介入してクラスメイトをサポートできる権利を持つ。

 

(なるほど。純粋な学力や身体能力だけじゃない。相手の裏をかく戦略と、自クラスの強みを活かすルールメイクの勝負ね)

 

私はノートにペンを走らせながら、脳内でシミュレーションを開始していた。

勝つためには、確実に一勝をもぎ取れる『得意種目』を用意し、それをいかに本番で引き当てるかが鍵になる。

 

そして、運命の対戦相手の抽選。

結果として、私たちのクラスが相対することになったのは――。

 

「……対戦相手は、Aクラスね」

 

堀北が、険しい表情で呟いた。

坂柳率いるAクラス。先月のクラス内投票で山内を唆し、清隆を退学に追い込もうと暗躍した女王が、今度は真正面からの敵として立ちはだかる。

 

「これは、厳しい戦いになるわね」

 

クラス中が悲観的な空気に包まれる中、私は静かに思考を深めていた。

 

Aクラスに勝つには、生半可な種目では通用しない。

確実に勝てる、圧倒的なスペックが必要だ。

私には、それがある。

 

(……『柔道』)

 

私は自分の両手をじっと見つめた。

もし私が柔道を種目として提案し、自分が出場すれば、この学校の生徒が相手なら――それこそ、高円寺くんや清隆のような『規格外』が相手でもない限り、男子生徒が相手でも絶対に負けることはない。クラスに確実な一勝をもたらすことができる。

 

だが。

 

「…………」

 

私は、ギュッと拳を握りしめ、目を伏せた。

 

『新西が、男たちをボコボコにしてた!』

『昔からちょっと変だと思ってたんだよね、あの子』

 

脳裏にフラッシュバックするのは、先月の一之瀬の噂騒動の時にも思い出した、中学時代の記憶。

自分の身を守るために力を振るった結果。私は周囲からレッテルを貼られ、完全に孤立した。

女が、男を力でねじ伏せる。それは、普通の人間社会においては異常として認識されてしまうのだ。

 

(もし、私がこのクラスでその力を表に出せば……)

 

クラスに貢献できるかもしれない。でも、その結果、私はまた、異常として恐れられるのではないか?

せっかく築き上げた『綾小路グループ』という平穏な居場所。彼らが、私を見る目を変えてしまったら……私から離れていってしまったら。

 

私は、自らが持つ最強のカードの存在を胸の奥にしまい込んだまま、葛藤の底へと沈み込んでいった。

 

数日後の放課後。

私たち綾小路グループの面々は、いつものカフェに集まり、選抜種目試験に向けての対策会議を開いていた。

 

「俺は弓道部に所属してるから、もし弓道を種目にできれば、かなり有利に戦えると思う。Aクラスに弓道部の強い奴はいなかったはずだ」

 

明人が、コーヒーカップを置きながら提案した。

 

「なるほど、それはいい案だな。確実に勝てる種目を一つでも多く作るのが、この試験の定石だ」

 

啓誠が頷き、メモを取る。

 

「波瑠加や愛里はどうだ? 何か絶対に負けないって自信のあるものはあるか?」

 

「うーん……私と愛里じゃ、せいぜい『メイド喫茶の接客対決』とかになっちゃうよー」

 

波瑠加がおどけて笑い、愛里が「む、無理だよぉ……」と顔を赤くする。

 

和やかな空気。

損得勘定のない、純粋な仲間としての対話。

私は、ストローでアイスティーをかき回しながら、ずっと胸の奥につかえていた問いを、意を決して口にした。

 

「……ねえ、みんな」

 

「ん? どうしたの、レイちゃん」

 

波瑠加が不思議そうに私を見る。

 

「みんなに、ちょっと聞いてみたいことがあるんだけど。……仮の話よ」

 

私は言葉を選びながら、できるだけ重くならないように尋ねた。

 

「もし……本番の試験で、私が相手クラスの男子生徒を、力で圧倒的にボコボコにして勝っちゃったりしたら……みんな、私のこと、どう思うかな」

 

「え?」

 

私の突拍子もない質問に、グループの面々はきょとんとした顔をした。

 

「……引く、かしら。やっぱり、女が男の人を力でねじ伏せるなんて、可愛くないし、ちょっと怖いって……思うよね?」

 

私は不安で、思わず俯きそうになった。

中学時代、私を恐れて離れていったクラスメイトたちの冷たい視線が蘇る。

 

だが。

 

「……なに言ってんの、レイちゃん」

 

波瑠加が、呆れたような、しかし底抜けに明るい声で笑い飛ばした。

 

「引くわけないじゃん! むしろ、めちゃくちゃカッコいいでしょ、それ!」

 

「え……?」

 

「そうだよ、レイちゃん」

 

愛里も、真剣な顔でウンウンと頷いた。

 

「もしレイちゃんがそんなに強いなら、すごく頼もしいし……私、絶対にかっこいいって思うよ」

 

「……」

 

私は驚いて、顔を上げた。

 

啓誠が、眼鏡の位置を直しながら理路整然と続ける。

 

「レイ。俺たちは、お前がどれだけ頭が良かろうが、逆に運動が苦手だろうが、関係なく友達になったんだ。お前がもし男を投げ飛ばすほどの力を持っていたとしても、それはお前の武器の一つに過ぎない。俺たちのレイに対する評価が変わることはあり得ない」

 

「俺も同意見だ」

 

明人も、力強く頷いてくれた。

 

「力があってもなくても、レイはレイだ。もしそれでAクラスに勝てるなら、俺たちは全力でお前を応援する。……何も気にすることなんてない」

 

(力があってもなくても、私は私……)

 

その言葉が、私の心に、温かいお湯のように染み渡っていった。

視線の端で、清隆がいつもと変わらない無表情で、しかし微かに頷いたように見えた。

 

(……そっか。そうよね)

 

私が恐れていたのは、過去の幻影だ。

この綾小路グループのみんなは、中学時代の連中とは違う。私の表面的なスペックではなく、『私』という人間そのものを見て、受け入れてくれているのだ。

 

「……ふふっ。変なこと聞いてごめんなさい。みんな、ありがとう」

 

私は、胸の奥につかえていた鉛の塊が、スッと溶けて消えていくのを感じた。

もう、迷う必要はない。

彼らが私を肯定してくれたのだ。ならば私は、この持てるすべてを懸けて、彼らの……私のクラスを勝利に導くだけだ。

 

翌日。

私は放課後の教室で、一人残って種目の考案ノートをまとめていた堀北のもとへ向かった。

 

「堀北さん。少し、いいかしら」

 

「新西さん。何か良い種目の案でも思いついた?」

 

「ええ。私たちのクラスに、確実に一勝をもたらす種目よ」

 

私は彼女の前の席に座り、真っ直ぐに彼女の目を見た。

 

「『柔道』よ。ルールは男女混合でも、無差別級でも構わない。相手が誰であれ、私が出場すれば絶対に勝つわ」

 

「……柔道?」

 

堀北は、予想外の単語に目を丸くした。

 

「あなたが柔道を? 確かにあなたの身体能力が高いことは体育祭などで把握しているけれど……男子の無差別級でも負けないというのは、少し自信過剰ではないかしら。柔道は体重差が結果に出る競技よ」

 

堀北の反応は当然だ。女子高生が、体格の良い男子生徒を投げ飛ばすなど、常識的に考えればあり得ないのだから。

 

「言葉で説明するより、見せた方が早いわね」

 

私は立ち上がり、教室の後ろでバスケ部の練習に行こうとしていた須藤を呼び止めた。

 

「須藤くん! ちょっとお願いがあるんだけど」

 

「あん? 新西? なんだよ」

 

「今から武道場に付き合ってくれない? 私と柔道で勝負してほしいの。堀北さんも、立ち会ってちょうだい」

 

「はぁ!? お前と柔道!? バカ言ってんじゃねえよ、俺が本気出したらお前なんか一瞬で骨折れちまうぞ!」

 

須藤は鼻で笑ったが、堀北が「……面白そうね。須藤くん、彼女の言う通りにしてみなさい」と指示を出したことで、不承不承ながらも付き合ってくれることになった。

 

噂を聞きつけたのか、綾小路グループの面々や、暇なクラスメイトたちも、ぞろぞろと武道場へとついてきた。

 

放課後の武道場。

畳の匂いが立ち込める中、私は体育倉庫から借りてきた柔道着に身を包み、帯をきつく締めた。

 

対する須藤も柔道着を着ている。バスケ部で鍛え上げられた長身と筋肉。私とはかなりの体格差がある。

 

「おいおい新西、マジでやんのか? 怪我しても知らねーぞ」

 

須藤は完全に私を舐めきった態度で、首をポキポキと鳴らしている。

周囲のクラスメイトたちも、「レイちゃん大丈夫?」「やめといた方がいいって」と心配の声を上げている。

 

だが、私の心は、研ぎ澄まされた日本刀のように冷たく、静まり返っていた。

 

「心配無用よ。……さあ、いつでもかかってきなさい」

 

私は自然体で立ち、スッと両手を前に構えた。

 

「怪我すんなよ!」

 

須藤が、遠慮がちに、だが彼の体格からすれば十分な威圧感を持って、私の襟を掴みに突っ込んでくる。

 

(遅い)

 

須藤の手が私の道着に触れる、そのコンマ数秒前。

私は自ら一歩前へ踏み込み、須藤の右袖と左襟を、瞬時に、かつ正確に握り込んだ。

 

「っ!?」

 

須藤が驚く間もなく。

私は相手の突進する運動エネルギーを殺すことなく、自らの体を低く沈め込みながら、須藤の懐へと回転するように潜り込んだ。

 

どんなに巨体の男であれ、重心を崩され、支点を奪われれば、自らの体重そのものが凶器となって宙を舞う。

 

「ハァッ!!」

 

私の気合いとともに、背中に須藤の巨体を背負い上げ――全身のバネと、腕の引き、そして腰の回転を連動させた。

 

ブンッ!!

ダァァァァンッッ!!!!

 

武道場に轟音が響き渡った。

 

「…………え?」

 

須藤は、自分が何をされたのか全く理解できないまま、天井を見上げて畳の上に大の字になって倒れていた。

完璧な背負い投げ。

力技ではない。純粋な技術と身体操作の結晶。

 

「……っ」

 

武道場は、水を打ったような静寂に包まれた。

見学していたクラスメイトたちは、ポカンと口を開け、信じられないものを見る目で私と須藤を交互に見つめている。堀北ですら、驚きで目を見開いたまま固まっていた。

 

(……ああ。見せちゃった)

 

私は、投げ飛ばした須藤を見下ろしながら、心臓が早鐘のように打つのを感じていた。

やってしまった。これで、私はまた「バケモノ」として見られる。男子を軽々と投げ飛ばす、異常な女として――。

 

私がゆっくりと振り返り、綾小路グループのみんなの方を見た、その瞬間だった。

 

「すっごーーーーーーい!!!」

 

沈黙を破り、波瑠加の興奮した黄色い声が武道場に響き渡った。

 

「レイちゃん! なに今の! めちゃくちゃカッコいいじゃん!!」

 

波瑠加が目をキラキラさせて駆け寄ってくる。

 

「う、うん! 映画のアクションシーンみたいだった! レイちゃん、すごいよ!」

 

愛里も両手で口を覆いながら、興奮冷めやらぬ様子で何度も頷いている。

 

「驚いたな……。須藤の巨体を、一瞬で投げ飛ばすなんて。あれなら、本当に無差別級でも勝てるかもしれない」

 

啓誠が眼鏡を光らせ、感嘆の声を漏らす。

 

「ああ。動きに一切の無駄がなかった。レイ、お前本当にすげえな」

 

明人も、純粋な尊敬の眼差しを私に向けていた。

 

彼らの瞳には、私を恐れるような『忌避感』は、ただの一欠片も存在しなかった。

ただ純粋に、私の力を『すごい』と称賛し、受け入れてくれている。

 

「……みんな」

 

私は、目頭が熱くなるのを感じた。

中学時代からずっと私を縛り付けていた呪縛。

 

『強すぎる女は、愛されない。孤立する』

 

その呪いが、彼らの笑顔と歓声によって、音を立てて砕け散っていくのが分かった。

 

「……いてて……。マジかよ」

 

畳から起き上がった須藤が、背中をさすりながら恨めしそうに私を見る。

だが、その目にも嫌悪感はなく、スポーツマンとしての純粋な『敗北の容認』があった。

 

「ごめんね、須藤くん。怪我はない?」

 

私は笑顔で手を差し伸べ、須藤を引き起こした。

 

「堀北さん」

 

私は、まだ驚きを引きずっている堀北に向かって、力強く宣言した。

 

「これが私のカードよ。……柔道で勝負するなら、私が必ずこのクラスに一勝を持ち帰ってみせるわ」

 

堀北は、ふっと息を吐き、口角を少しだけ上げた。

 

「……ええ。証明としては十分すぎるわ。あなたの提案、採用させてもらうわね」

 

私は、心からの安堵と、このクラスで戦い抜くための確固たる自信を手に入れた。

 

武道場の隅。

歓声の輪の少し外側で、清隆が静かに私を見ていた。

清隆の無機質な瞳と視線が絡み合う。

 

(見たでしょ、清隆。私はもう、過去に怯えるただの女の子じゃない。……あなたの隣に立つにふさわしい女として、この試験を絶対に勝ち抜いてみせるわ)

 

私は清隆に向かって、誰にも気づかれないような小さな、けれど自信に満ちた極上の笑みを向けてみせた。

 

三月二十二日。

高度育成高等学校の一年生にとって、総決算となる選抜種目試験の火蓋が切って落とされた。

 

司令塔は、私たちのクラスからは清隆、そして対するAクラスは、女王・坂柳。

別室に隔離された司令塔の指示のもと、多目的ホールに集められた両クラスの生徒たちは、大型モニターに映し出される種目選択ルーレットを固唾を呑んで見守っていた。

 

「第一種目、『バスケットボール』……! よし、うちの提出した種目だ!」

 

池が歓声を上げた。

コートに立ったのは、もちろん須藤健を中心とした精鋭メンバー。

対するAクラスも運動神経を持つ生徒を揃えてきていたが、須藤の圧倒的な身体能力と、バスケットボールに対する執念の前には及ばなかった。

司令塔である清隆からの絶妙な選手交代のタイミングや、タイムアウトの指示も機能し、第一種目は私たちのクラスが勝利をもぎ取った。

 

「やったね、まずは一勝!」

 

波瑠加が喜び、クラスの空気が一気に盛り上がる。

 

「第二種目、『弓道』。これもうちの種目だぞ!」

 

続いて選ばれたのは、明人が提案し、出場する弓道。

Aクラスには弓道経験者がおらず、明人の研ぎ澄まされた集中力から放たれる矢は、次々と的の中心を射抜いていった。

 

「明人くん、かっこいい……」

 

愛里が小さな声で感嘆を漏らす中、二勝目も私たちのクラスが手にした。

 

「すごいわ、このままいけばAクラスに勝てるかも……!」

 

クラスメイトたちが希望に胸を膨らませる。

しかし、一年間王者の座に君臨してきたAクラスの底力は、そんなに甘いものではなかった。

 

ルーレットが回り、次に選ばれたのは『英語テスト』、そして『数学テスト』だった。

 

「……Aクラスの提出した、学力種目ね」

 

私はモニターを見つめながら、ギュッと唇を噛んだ。

 

出場選手は、クラスの総合力が問われる複数名選抜方式。学力トップ層が必死に問題を解き、高得点を叩き出したものの、クラス全体の平均点という分厚い壁が立ちはだかった。

Aクラスは、学力に特化した生徒たちをこの種目のために調整してきていた。さらには、司令塔である坂柳からの司令官の介入が絶妙なタイミングで与えられ、Aクラスの生徒たちは驚異的なペースで点数を稼いでいく。

 

結果。

英語テスト、敗北。

数学テスト、敗北。

さらに続いて選ばれた『フラッシュ暗算』でも、Aクラスの生徒の前に敗れ去ってしまった。

 

「嘘でしょ……あっという間に、逆転されちゃった……」

 

波瑠加が青ざめた顔でモニターを見上げる。

 

現在、二勝三敗。

あと一敗でもすれば、私たちのクラスの敗北が決定する、絶体絶命の崖っぷち。

教室には、重く苦しい空気が立ち込めていた。

 

(……このままじゃ、負ける)

 

誰もが諦めかけた、その時。

無情に回るルーレットが、ピタリと止まった。

 

モニターに大きく表示された文字。

第六種目――『柔道』。

ルール:無差別級、一対一の個人戦。

 

「柔道……! うちの提出した種目だ!」

 

私はゆっくりと立ち上がり、ジャージのジッパーを下ろして、その下に着込んでいた柔道着の帯を締め直した。波瑠加たちを背に、私は静かに、しかし確かな足取りで、試合会場となる畳の敷かれたエリアへと歩み出る。

 

モニターに、両クラスの出場選手の名前が表示される。

 

試合会場である武道場に足を踏み入れると、対戦相手であるAクラスの男子生徒がすでに畳の上で待っていた。

身長は百八十センチ近く、体重も八十キロは優に超えているであろう大柄な体格。

 

彼は、女子生徒である私が対戦相手として現れたことに、明らかに驚きの表情を浮かべていた。

 

「……おい。お前、正気か? これは無差別級ルールだぞ。女子が出るなんて聞いてない」

 

「ルール上、性別の制限はないはずよ」

 

私は冷静に返した。

 

男子生徒は顔をしかめ、複雑な表情を見せたが、やがて真剣な目に切り替わった。

 

「……俺は、Aクラスの勝利のためにここに来た。相手が女子生徒だろうと、手加減は一切しない。骨が折れても恨むなよ」

 

「ええ。その言葉、そっくりそのままお返しするわ」

 

私は畳の真ん中に進み出た。

審判役の教師が、両者の間に立ち、片手を高く上げる。

 

「はじめっ!!」

 

開始の合図と同時。

男子生徒が、その巨体から発せられる凄まじいプレッシャーとともに、猛然とダッシュで突っ込んできた。

彼は私の襟と袖を力任せに掴み、圧倒的な腕力で私を宙に浮かせ、力技で捻り潰そうと揺さぶりをかけてきた。

 

「危ないっ、レイ!!」

 

観客席から啓誠の悲鳴のような声が聞こえる。

 

だが、私の心は静まり返っていた。

 

(力が強い。……でも、重心が高いわ)

 

私は、掴みかかってくる彼の腕力に逆らわなかった。

むしろ、彼が私を引っ張り、持ち上げようとするそのベクトルに、私自身の体を同調させた。

彼の力が頂点に達し、一瞬だけ足元がお留守になったその隙。

 

私は、自らの足捌きでスッと体を沈み込ませながら、彼が引く力のさらに奥へと、自分の重心を落とした。

そして、彼がバランスを崩した瞬間、掴まれていた襟と袖をわずかに捻り、彼自身の体重を利用して、空間の死角へと引き落とした。

 

柔道の極意。柔能く剛を制す。

三船久蔵が完成させた技、空気投げ。

 

「――――え?」

 

男子生徒は、自分が何をされたのか全く理解できないまま、空中に放り出された。

私自身は彼に足をかけることも、腰に乗せることもしていない。ただ、彼の力のベクトルを操作し、空気の渦の中に彼を投げ入れただけだ。

 

ドスゥゥゥンッッ!!!!

 

体が綺麗に半回転し、背中から畳に叩きつけられる轟音が響き渡った。

 

「…………っ!?」

 

審判の教師も、観客席の生徒たちも、全員が息を呑んで硬直した。

誰もが、女子生徒が男子生徒を一瞬で、しかも全く力を使ったように見えない不可思議な技で投げ飛ばした光景に、脳の処理が追いついていなかった。

 

「いっ、一本!! 勝者、新西!!」

 

数秒の遅れの後、審判が私の勝利を宣告する。

 

「……っ、ふぅ」

 

私は乱れた息を整えながら、畳に倒れたまま呆然としている男子生徒を見下ろした。

これで、私の役割は終わった。

 

ここで、司令塔である坂柳には介入の権利がある。

もし彼女がここで再試合を要求すれば、男子生徒は警戒を強め、私の技は二度目は通じないかもしれない。

私は緊張してモニターを見上げた。

 

しかし。

 

『Aクラス司令塔、介入なし』

 

アナウンスが流れ、私の勝利が完全に確定した。

坂柳は、私の技術を見抜き、無駄を避けたのだ。

 

「レイちゃーーーーんっ!!」

 

私がクラスの待機エリアに戻ると、波瑠加が泣きそうな顔で飛びついてきた。

 

「すごい、すごすぎるよ! なに今の魔法みたいな投げ技!?」

 

「かっこよかった……本当に、すっごくかっこよかったよ、レイちゃん!」

 

愛里も興奮で顔を真っ赤にして拍手をしている。

 

「……見事だった、レイ。お前のおかげで、首の皮一枚繋がった」

 

啓誠と明人も、心底ホッとしたような笑顔で私を迎え入れてくれた。

 

「ふふっ。言ったでしょ、私が一勝を持ち帰るって」

 

中学時代のトラウマは、完全に払拭されていた。

私が力を振るっても、彼らは私を化け物扱いなどしない。このクラスのために戦った私を、心からの笑顔で讃えてくれている。

私は、綾小路グループのみんなとハイタッチを交わし、心からの安堵と喜びに浸っていた。

 

これで、三勝三敗。

勝負の行方は、いよいよ泣いても笑っても最後の第七種目へと委ねられることとなった。

 

運命の最終種目。

選ばれたのは、Aクラスが提出していた『チェス』だった。

 

対戦者は、モニター越しの司令塔同士。

Dクラス、綾小路清隆。

Aクラス、坂柳有栖。

 

それは、私たち一般の高校生には理解すら及ばない、完全に次元の違う戦いだった。

 

多目的ホールの巨大なモニターには、チェス盤の俯瞰図と、リアルタイムで入力される両者の指し手が映し出されている。

 

「……なんだよ、これ」

 

チェスのルールを多少知っている啓誠が、冷や汗を流しながらモニターを凝視していた。

 

「どういうこと? きよぽん、押されてるの?」

 

波瑠加が不安そうに聞く。

 

「いや……分からない。ただ、両者の打つスピードと、定跡の展開が異常すぎる。プロの棋譜を見ているようだ。清隆のやつ、あんな頭脳を隠し持ってたのか……」

 

私は祈るように両手を組んで、モニターを見つめていた。

 

(清隆。……負けないで。あなたなら簡単に捻り潰せるんでしょ?)

 

夜の密室で私を翻弄し、圧倒的な知性で私を支配してきた清隆。

その清隆の頭脳が、今、クラスの命運を懸けて全開で駆動している。

 

モニター上の駒が、目にも留まらぬ速さで交差していく。

素人目にも分かる、ギリギリの攻防。一手でも間違えれば即座にチェックメイトに追い込まれるような、カミソリの刃の上を歩くような戦い。

私は、清隆が勝利し、この試験を完璧な形で終わらせてくれると信じていた。

 

しかし。

 

『チェックメイト。勝者、Aクラス』

 

無情な電子音声が、ホールに響き渡った。

 

「…………え?」

 

私は、自分の耳を疑った。

 

負けた?

あの清隆が?

 

「嘘だろ……」

 

クラスメイトたちが、絶望に頭を抱える。

結果、三勝四敗。

私たちのクラスの、選抜種目試験における敗北が決定した瞬間だった。

 

(清隆……)

 

私は呆然とモニターを見つめたまま、言葉を失っていた。

清隆が全力を出して負けたのか、それとも何らかの介入があったのか。

真実は分からない。だが、一つだけ確かなことは、私たちのクラスが一年の最後に敗北という苦い結果を突きつけられたという事実だけだった。

 

 

選抜種目試験の全日程が終了し、重苦しい空気が漂う放課後。

私は、職員室へと向かっていた。

 

一年生という期間が一つの区切りを迎えた今、どうしても話しておきたい人がいたからだ。

職員室のドアを叩き、茶柱先生を廊下の奥へと呼び出す。

 

「……今日はどうした、新西。試験に負けて落ち込んでいる暇があるなら、二年生に向けた勉強でもしたらどうだ」

 

茶柱先生は相変わらずの冷徹な態度で私を見下ろした。

 

「落ち込んでなんていません。……ただ、少しお話をしたくて」

 

私は真っ直ぐに先生の目を見た。

 

「そうか。……まあ、今日の柔道では、見事だったと褒めておこう。お前の力が、あそこまでのものだとはな。クラスのために体を張ったことは評価してやる」

 

「ありがとうございます」

 

不器用な彼女なりの賛辞を受け取り、私は本題を切り出した。

 

「以前、先生に相談した……私の個人的な『恋の相談』の件で、ご報告をと思いまして」

 

去年の冬、私は茶柱先生に「清隆の気を引くためにはどうすればいいか」と相談したことがあった。

その時、先生は「特別試験などで一丸となって戦い、共闘することで心の距離を縮めろ」とアドバイスをくれた。

 

「結論から言うと、先生のアドバイス通りにはいきませんでした」

 

私は苦笑交じりに言った。

 

「綾小路くんは、試験に対してはあくまで消極的で、私が一緒に戦おうと提案しても乗ってはきませんでしたから」

 

「……あいつなら、そうだろうな」

 

茶柱先生はフッと自嘲気味に笑った。

 

「あの男を動かすのは、容易ではない。私の思惑も、見事に外れ続けているからな」

 

「でも」

 

私は、言葉を続けた。

 

「綾小路くんと共闘はできなかったけれど……先生の言葉のおかげで、私は表舞台に立つ決意ができました。私が活躍し、結果を出すことで、大切な仲間たちが喜んでくれる。それが、今は何よりも嬉しいんです」

 

私が心からの笑顔でそう告げると、茶柱先生は少し驚いたように目を見開き、やがて、わずかに口角を上げて、満足げに頷いた。

 

「……そうか。それなら、私のくだらないアドバイスも少しは役に立ったということだな。……来年も、その調子で頑張れ。期待しているぞ」

 

「はい。任せてください」

 

一年という時間を経て、担任教師と生徒としての、確かな信頼関係がそこにはあった。

 

だが、私は気を引き締め、ずっと心に引っかかっていた『不安』を口にした。

 

「……先生。一つだけ、教えてください」

 

「なんだ」

 

「先日の、『クラス内投票』のことです」

 

私の言葉に、茶柱先生の空気がピリッと張り詰める。

 

「あんな風に、クラスメイトの中から強制的に退学者を選ばなければならないような理不尽な試験が……二年生になっても、行われる可能性はあるんですか?」

 

山内が退学になった日の恐怖。

もし次、私のもとに、あるいは綾小路グループのみんなのもとに、あの多数決の刃が向けられたら。

 

茶柱先生は、厳しい表情で私を見据えた。

 

「……詳しいことは、当然言えない。だが、過去の高度育成高等学校の歴史において、クラス内投票とは別のルールで、生徒同士の対立や犠牲を強いるような試験が行われた前例は存在する」

 

「……っ」

 

「絶対にないとは、言えない。この学校は、実力至上主義という名の下に、常に生徒たちを過酷な環境へと追い込む場所だ」

 

先生の言葉は、私の胸に重くのしかかった。

 

「私が言えるのは、クラス内投票の時にも言った通りだ。……いざという時、後悔のない決断ができるように、お前自身が常に準備をしておくことだ。力を磨き、仲間を守るための術を身につけておけ」

 

「……はい。覚悟しておきます」

 

私は深く頭を下げた。

やはり、二年生になれば、さらなる地獄が待っているのだ。

その地獄を生き抜くために、私はもっと、力と権力を手に入れなければならないと、改めて誓った。

 

「……さて。真面目な話はこれくらいでいいか」

 

茶柱先生が、息を吐いて空気を変えた。

 

「で? 試験での共闘作戦は失敗したようだが、綾小路との関係は結局どうなっているんだ。進展はあったのか?」

 

私は少しだけ頬を染め、もじもじと指先を弄りながら答えた。

 

「えっと……」

 

(まさか、毎月、変態的なプレイで脳髄を焼かれています、とは言えない)

 

「色々とイベントはこなしてるんです。一月には私の部屋で二人きりで勉強会をしましたし、二月には手作りのバレンタインチョコを渡して、特別な時間を過ごしました。今月は、お互いに写真を撮り合ったりして……」

 

私が恋人同士のようなエピソード(表面上は)を並べ立てると、茶柱先生は呆れたように、しかし心底意外そうに目を丸くした。

 

「……あいつに、そんな普通の学生生活を楽しむような感性があったとはな。お前と並んで写真を撮る姿など、想像もつかない」

 

「ふふっ、私には素直なんですよ」

 

だが、私はそこで口ごもった。

 

「でも……」

 

「ん?」

 

「その、勉強会の時は……私がテストの点数で合格点を取れなかったら、すごく屈辱的な自己否定の言葉を言わされながら罰ゲームを受けさせられたり……」

 

私は記憶がフラッシュバックし、顔を赤くしたり青くしたりしながら続けた。

 

「写真撮影の時も……ちょっと、ここでは言えないような写真を、撮られたり……」

 

(自慰しろと言われ、恥ずかしい姿を連写されました、なんて絶対に言えないが、ニュアンスだけでも伝わってほしい)

 

私のその言葉を聞いた瞬間。

茶柱先生の顔から、微かな笑みが完全に消え去った。

 

彼女は、教師としての、いや、一人の大人の女性としての真剣な目を私に向けた。

 

「……新西」

 

「は、はい」

 

「綾小路とは、縁を切れ。……あいつは、やめておけ」

 

「え……?」

 

突然の強烈な忠告に、私は息を呑んだ。

 

「あいつは、普通ではない。お前を愛することなどないかもしれない。お前の感情も、尊厳も、ただのデータとしてしか見ていないだろう」

 

茶柱先生の言葉は、私が心の奥底で薄々気づきながらも、目を逸らし続けてきた事実を容赦なく抉り出してきた。

 

「で、でも……私は、綾小路くんのことが……好き、なんです」

 

私は震える声で反論した。

 

「冷たくて、理不尽で……ひどいことばっかりするけど。でも、時々見せる不器用な優しさとか……たまらなく、好きなんです」

 

「恋は盲目、と言うからな。私がこれ以上無理に止める権利はない」

 

茶柱先生は、深く、哀れみを含んだため息をついた。

そして、私の肩にポンと手を置き、諭すように言った。

 

「新西。お前は優秀だ。だが、穴の空いた容器に、いくら水を注ぎ続けたところで、それはただ虚しくこぼれ落ちていくだけだ」

 

「……穴の空いた容器」

 

「そうだ。綾小路という男の器には、底がない。お前がどれだけ献身を尽くそうとそこに水が溜まることはないかもしれない」

 

先生の言葉が、鋭い刃となって私の胸に突き刺さる。

 

「もしお前自身が、『この男の器には水が溜まらない』と、本当に虚しさを感じた時は……その不毛な恋を潔く捨てろ。そして、新西レイという一人の人間としての、自分自身の人生を歩め」

 

「……」

 

「私からの、教師として、そして大人としてのアドバイスだ。……よく、覚えておきなさい」

 

茶柱先生はそれだけを言い残し、足早に職員室へと戻っていった。

 

廊下に一人取り残された私は、窓の外に広がる夕暮れの空を見つめていた。

穴の空いた器。

水が溜まることのない、終わりのない徒労。

 

(……そんなこと、最初から分かってるわよ)

 

私は自嘲気味に笑い、胸の奥をギュッと掴んだ。

分かっている。清隆が私を心から愛してくれる日などきっと来ないことも。私が清隆に依存すればするほど、傷つくのは私自身だということも。

茶柱先生の言う通り、普通の幸せを望むなら、今すぐ清隆から離れるべきなのだ。

 

(それでも……私は、清隆を諦められない)

 

清隆が私に与える絶望的なまでの快感。

清隆と過ごす夜の密室での、あの狂おしいまでの知恵比べ。

それはもはや、恋という生ぬるい言葉では表現しきれないものだった。

 

「……先生の忠告、心の深いところに刻んでおきます。でも……最後の瞬間までは、私は清隆の隣に立ち続ける」

 

私は夕日に向かってそう呟き、ゆっくりと歩き出した。

 

三月の終わり。

高度育成高等学校の敷地内に植えられた桜の木々が、薄紅色の蕾をほころばせ、柔らかな春の風に揺れている。

 

厳粛な空気に包まれた体育館。

今日は、三年生の卒業式だった。

 

「――我々三年生は、本日をもってこの高度育成高等学校を巣立ちます。この三年間で得たものは、決して平坦な道のりの中だけで培われたものではありませんでした」

 

壇上に立ち、静かに、しかし体育館の隅々にまで届くような力強く通る声で答辞を読んでいるのは、堀北学だった。

彼のその凛とした立ち姿と、一切の隙もない完璧な発声。それは、この実力至上主義の学校において、三年間を最前線で戦い抜き、そして生き残った者だけが持つ『本物の強者』のオーラだった。

 

私は一年生側のパイプ椅子に座り、堀北学の言葉を一言一句聞き逃さないように耳を傾けていた。

 

(……卒業、か)

 

堀北学の答辞を聞きながら、私の意識は自然と、彼ではなく『自分自身の未来』へと向かっていた。

今からちょうど二年後。

私たちが三年生になり、この体育館で同じように卒業式を迎える日。

 

果たして私は、どんな顔をしてあの壇上を見上げているのだろうか。

 

(その時……私の隣には、清隆がいるのかしら)

 

私の視線は、斜め前の席に座る、無気力な背中へと向けられた。

夜の密室ではあんなにも私を狂わせ、圧倒的な支配力で私を組み敷く男。しかし昼間の清隆は、こうしてただの生徒の仮面を被り、息を潜めている。

二年後、清隆がその仮面を完全に捨て去り、私の隣で堂々と『最強のパートナー』として並び立っていてくれる未来はあるのだろうか。

 

あるいは。

 

(綾小路グループのみんなは……波瑠加さん、愛里さん、啓誠くん、明人くんは。みんな揃って、笑顔で卒業証書を手にしているのかな)

 

彼らの顔を思い浮かべるだけで、胸の奥がキュッと締め付けられる。

先月のクラス内投票のような、理不尽で残酷な試験がこれからも待ち受けているのだ。誰一人欠けることなく三年間を完走することが、この学校においてどれほど大変であるかは、計算するまでもない。

 

(……誰かが欠けてしまうかもしれない。私自身が、誰かを切り捨てる決断をしなければならない日が来るかもしれない)

 

その痛みを伴いながらも、最後まで戦い抜き、「それでもやり切った」という満足感を抱えて卒業の日を迎えるルート。

はたまた、それすらも叶わず、私自身が志半ばでミスを犯し、心残りと後悔を抱えながら、卒業式を迎えるよりもずっと前にこの学校を『退学』させられている最悪のルート。

 

無限に分岐する未来のシミュレーションが、私の脳内を駆け巡る。

 

「……以上をもって、答辞といたします。卒業生代表、堀北学」

 

割れんばかりの拍手が、体育館を包み込んだ。

私は思考の海から引き上げられ、周囲に合わせてゆっくりと手を叩いた。

 

分からない。二年後のことなんて、誰にも。

あの清隆ですら、自分の未来を完全にコントロールできるわけではないのだから。

ただ一つ確かなことは、泣いても笑っても、今日で私たちの一年生という期間は完全に終わりを告げるということだけだった。

 

卒業式が終わり、在校生たちが各々の寮へと戻っていく中。

私は、ひどく感傷的な、フワフワとした気分のまま、清隆の部屋を訪れていた。

 

「……なんだか、あっという間だったわね」

 

ベッドの縁に腰掛け、私は小さく息を吐いた。

一年間、本当に色々なことがあった。無人島、体育祭、混合合宿、そしてクラス内投票。

そのすべてを乗り越え、私は今、こうして清隆と二人きりの密室で、春の終わりの穏やかな空気を共有している。

 

清隆は冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、私に手渡しながら口を開いた。

 

「そういえば。三月のテーマである『撮影』だが、まだ有効期間内だな」

 

「えっ……?」

 

私は水を受け取ろうとした手を止め、目を丸くした。

三月の初旬。私から提案したテーマは『写真』だった。そしてその結果、私はダビデ像のポーズで爆笑した後、清隆に散々な羞恥プレイの写真を撮られるという、一生のトラウマレベルのしっぺ返しを食らったのだ。

 

「ま、まだ撮る気なの……? もう、あんな恥ずかしいのは絶対に嫌よ。本当に人間としての尊厳が崩壊しちゃうんだから……っ」

 

私が顔を青ざめさせて後ずさると、清隆は首を横に振った。

 

「写真ではない。……ビデオだ」

 

「ビ、ビデオ……!?」

 

「ああ。俺とお前の行為の全編を動画として記録しておきたい。……安心しろ、排泄行為などを強要するつもりはない。純粋な交わりの記録だ」

 

(純粋な交わりの記録って……要するに、ハメ撮りじゃないのよ!)

 

私は真っ赤になって反論しようとした。

だが。

卒業式の特有の感傷的な空気が、私の心を少しだけ甘く、そして脆くさせていた。

二年後、私たちがどうなっているか分からない。なら、今この瞬間の、私たちが確かに結びついているという『動かぬ証拠』を映像として残しておくのも……悪くないかもしれない、と、私の心の中の悪魔が囁いたのだ。

 

「……はぁ。もう、分かったわよ」

 

私は深くため息をつき、清隆を見上げた。

 

「その代わり、条件があるわ。……今日は卒業式で、私、感傷的な気分なの。だから……激しいのや、痛いのや、いじめるような恥ずかしいのは絶対ナシ」

 

私は懇願するように、潤んだ瞳で清隆を見つめた。

 

「……優しく、甘く、私を愛するように抱いて。……それなら、撮られてもいいわ」

 

私の条件提示に、清隆は数秒間沈黙した後、小さく頷いた。

 

「……了解した。今日は、お前の要望通り、ソフトで愛情を模倣したアプローチで記録を残そう」

 

「模倣って言い方がムカつくけど……まあいいわ。約束よ」

 

清隆はクローゼットの奥からビデオカメラと三脚を取り出すと、ベッド全体が最もよく画角に収まる足元の位置にセットした。

小さな赤いランプが点滅を始める。

その無機質な光に見つめられているという事実が、非日常のスパイスとなって、私の下腹部に微熱を生じさせ始めていた。

 

私たちは互いの制服を静かに脱ぎ捨て、一切の布を纏わない、生まれたままの姿となってベッドの上に重なり合った。

 

「……カメラ、回ってるのよね」

 

私が恥ずかしそうに視線を彷徨わせると、清隆は私の上にゆっくりと覆い被さり、私の頬を両手で優しく包み込んだ。

 

「気にするな。……俺だけを見ていろ」

 

「っ……」

 

いつもの冷徹な声とは違う、少しだけ低く、鼓膜を甘く撫でるような声。

その声に誘導されるように、私は清隆と視線を絡ませ、そして静かに唇を重ね合わせた。

 

「んっ……ちゅ……あっ……んむ……」

 

柔らかく、ついばむようなキス。

そこから徐々に、互いの舌が絡み合い、唾液を交換し合う深くねっとりとしたキスへと変わっていく。

清隆の手が私の背中から腰、そして太ももへとゆっくりと滑り降り、私の体をひどく丁寧に、まるで壊れ物を扱うかのように愛撫していく。

 

「あぁんっ……清隆……すごく、優しい……」

 

「痛くないか、レイ」

 

「うん……全然、痛くない……もっと……」

 

十分に私の体が解れ、愛液で彼を受け入れる準備が完全に整ったことを確認すると、清隆はゆっくりと、本当にゆっくりと、熱く硬い楔を、私の最奥へと沈み込ませていった。

 

「あっ……あぁ……っ……入る……っ」

 

ズチュ……グチュ……。

水音すらも愛おしい。

互いの顔が最も近く、鼓動が直接伝わってくる体勢。

清隆の重み、体温、そして私の中を完全に満たし尽くす圧倒的な質量。

それが侵入してくるたびに、私の脳髄は甘く痺れ、幸福感で満たされていく。

 

「ふぁっ……はぁっ……清隆、奥まで……全部、入った……っ」

 

「……ああ。すごく温かい。……動くぞ」

 

清隆の腰が、ゆったりとしたリズムで動き始める。

激しいピストンによる暴力的な快感ではない。粘膜のヒダ一つ一つを丁寧に擦り上げ、私の最も敏感な部分にじわじわと熱を蓄積させていくような、極上のグラインド。

 

「ああっ……んんっ! きもち、いい……っ、これ、すごく……っ」

 

私は清隆の広い背中に腕を回し、その筋肉の動きを感じながら、快感の波に身を委ねた。

カメラの赤いランプが点滅している。私がいま、清隆に甘く抱かれ、女としての喜びの表情を浮かべている姿が、すべて映像として記録されている。

恥ずかしい。でも、それ以上に、清隆とこうして溶け合っている事実が、たまらなく愛おしかった。

 

「んちゅ……あっ、あぁっ……清隆、すき……っ」

 

私は無意識のうちに、普段の私なら口にしないような甘い言葉をこぼしながら、清隆とのキスを何度も何度も交わし続けた。

 

ゆったりとした正常位でじっくりと時間をかけて愛し合った後。

私の中の熱は、単なる甘えから、より能動的な熱情へと確実にシフトし始めていた。

 

「……ねえ、清隆」

 

私は清隆の胸板に両手を添え、コロンと体を入れ替えるようにして、彼を軽く仰向けに押し倒した。

 

「次は、私が……動くわ」

 

私は清隆の上に跨り、膝立ちの姿勢になった。

この体勢なら、三脚に固定されたビデオカメラからは、清隆の上に跨って腰を振る私の背中や、揺れる胸、そして表情が最もよく見えるはずだ。

 

「……いいぞ。好きに動いてみろ」

 

清隆はベッドに仰向けになったまま、私の腰に大きな手を添え、少しだけ目を細めて私を見上げた。

 

「んっ……あ゛っ……!」

 

私は自らの体重を使い、清隆のモノを一番奥まで一気に呑み込んだ。

そして、清隆を見下ろしながら、妖艶な笑みを浮かべて腰を動かし始めた。

 

ズチュッ……グチュッ……。

 

上下の動きだけではない。すり鉢で擦るように、腰で円を描きながら、清隆の最も太い部分で私の中の敏感な壁をゴリゴリと抉っていく。

 

「あぁっ! はぁっ……清隆、どう……? 私の中、きもちいい……?」

 

「……ああ。お前が腰を回すたびに、中の肉が俺を締め付けてくる。……完璧な動きだ」

 

清隆からの冷徹な、しかし確かな賛辞。

それが私の中のプライドと、雌としての歓喜を同時に満たしていく。

私はカメラの存在を意識し、髪を色っぽく掻き上げ、胸を大きく反らせながら、レンズに向かって、そして清隆に向かって、最高に淫らで美しい姿を見せつけるように腰を振り続けた。

 

「あっ、あ゛っ! ひゃあっ! んんぅっ!!」

 

私が上から攻め立てていると、それに呼応するように、清隆の腰の動きが変化した。

清隆が下から、私の腰の動きのリズムに完全に合わせる形で、ドンッ、ドンッと、緩やかだが確かな力強さを持った突き上げを行ってきたのだ。

 

「――――ッ!?」

 

「ああっ! ぁぁっ! ちょ、きよたか、下からっ、それはっ……!」

 

「お前が動きたいように動けばいい。俺はそれに合わせて、一番奥を突くだけだ」

 

清隆の手が私の腰をガシッと固定し、私が腰を下ろす瞬間に合わせて、彼が下から突き上げてくる。

互いの力が衝突し、快感が倍増して私の子宮を直撃する。

私が主導権を握っているはずなのに、結局は清隆の手のひらの上で踊らされているだけのような、圧倒的な全能感と被支配感のアンサンブル。

 

「あ゛あ゛っ! 凄いっ、凄すぎるぅっ! 奥っ、奥がぁっ!!」

 

私はもはやカメラを気にする余裕もなく、ただただ清隆と私の体が創り出す狂おしいリズムに呑み込まれ、よだれを垂らしながら乱れた声で鳴き続けた。

 

「……そろそろ、体勢を変えるぞ」

 

私が騎乗位で限界を迎えそうになった瞬間、清隆が私の腰を持ち上げ、強引に体を反転させた。

 

「きゃっ……!?」

 

私はベッドにうつ伏せに押し倒され、お尻を高く突き出した体勢をとらされた。

カメラからは、四つん這いになって清隆に後ろから激しく突かれる私の無防備な後ろ姿と、快感に歪む横顔がバッチリと映っているはずだ。

 

「あ゛っ! ひぃっ! ふか、深いぃっ!!」

 

後ろからの侵入は、正常位や騎乗位とは全く違う、動物的で容赦のない深さを持っていた。

 

「約束だ。痛くはしない」

 

清隆の声は相変わらず冷静だったが、その腰の動きは、先ほどまでのゆったりとした愛情からは確実にギアが一段階上がり、いくらか激しめな、野性的なストロークへと変貌していた。

 

パンッ! パンッ! パンッ!

 

互いの肉が激しくぶつかり合う音が、部屋中に響き渡る。

 

「ああっ! ぁぁぁっ! きよたかっ、激しっ、でもっ、きもちいいぃっ!!」

 

「……お前の中が、俺をこれだけ強く締め付けて要求している。……俺はそれに応えているだけだ」

 

清隆の手が私の腰を強く掴み、逃げ場を完全に塞いだ状態で、容赦のないピストンが繰り返される。

痛くはない。ただ、圧倒的な快感の奔流が、私の理性を根こそぎ奪い去っていく。

卒業式の感傷も、未来への不安も、この瞬間だけはすべて吹き飛び、ただただ目の前の快楽と、私を内側から破壊し尽くす彼という存在だけが、世界のすべてになった。

 

「いくっ! いっちゃうっ! 清隆っ、一緒にっ、あ゛あ゛ぁぁぁっ!!」

 

私が限界点に達し、子宮の奥底から強烈な収縮を感じたその瞬間。

 

「……俺も、いくぞ」

 

清隆の低く、熱を帯びた声とともに、最も深く、最も力強い一撃が私の最奥を貫いた。

 

「あ゛――――――ッッ!!!」

 

私はシーツを握りしめ、全身を弓なりに反らせて、凄まじい絶頂の波に呑み込まれた。

同時に、私の一番深い場所に、彼から放たれた熱く濃密なマグマが、ドクドクと、何度も何度も力強く注ぎ込まれていくのを感じた。

 

「はぁっ……あぁっ……あ゛っ……」

 

目の前が真っ白に明滅し、私はカクカクと痙攣しながら、清隆から与えられるその熱い白濁を、一滴残さず自らの胎内へと迎え入れた。

カメラの赤いランプが、絶頂に狂う私たちの姿を、冷徹に、そして完璧に記録し続けていた。

 

「……はぁっ……はぁっ……」

 

行為が終わり、清隆がゆっくりと私の中からモノを引き抜いた。

私はうつ伏せのまま、しばらく動くこともできず、ただ荒い呼吸を繰り返していた。

 

やがて、少しだけ理性が戻ってきた私は、のろのろと身を起こし、清隆の方へと向き直った。

清隆のモノは、まだ微かに熱を帯び、先ほど私の中に注ぎ込んだものの余韻で汚れていた。

 

「……綺麗に、するわね」

 

私はカメラの電源を切りに行こうとする清隆を手で制し、そのまま彼の股間へと顔を近づけた。

そして、清隆のモノを優しく手で包み込み、自らの舌で、ペロリと舐め上げた。

 

「んっ……」

 

微かな塩味と、私自身の愛液の匂いが混ざり合った、独特の味。

私は感謝と愛情を込めるように、汚れを一つ残らず舐め取り、口の中で優しく転がして綺麗に奉仕の儀式を行った。これは、私が清隆を愛しているからこその、自発的な愛情表現だ。

 

「……もういい。十分だ」

 

清隆が私の頭を撫で、優しく私を引き離した。清隆はベッドから降り、カメラの録画を停止して三脚を片付けた。

 

私たちは汗を拭き、再びベッドで並んで横になった。

一つの毛布にくるまりながら、私は清隆の温かい腕の中にすっぽりと収まり、彼の規則正しい鼓動に耳を澄ませていた。

 

「……明日から、私たち、二年生ね」

 

私がポツリと呟くと、清隆は「ああ」と短く答えた。

 

「二年生になったら、どんな一年になるのかな。……また、今年みたいに無人島に行ったり、誰かが退学になるような恐ろしい試験があったりするのかな」

 

「可能性は高い。学校側が俺たちを安穏と過ごさせる理由はないからな。」

 

清隆の冷静な分析に、私は彼の腕をキュッと強く抱きしめた。

 

「卒業までに、私たち、どんな時間を過ごしていくんだろう。……二年後の卒業式の時、私たちはどうなってると思う?」

 

私は、今日卒業式で感じた不安を、そのまま彼にぶつけた。

 

「私が、あなたの隣で笑ってる未来は……あるのかな」

 

清隆は、しばらく沈黙していた。

清隆の視線は天井の虚空を見つめ、その底知れない頭脳で、無限に広がる未来の盤面を計算しているようだった。

 

やがて、清隆は静かに口を開いた。

 

「……未来を正確に予測することは不可能だ。誰が欠けるか、誰が生き残るか、俺にも分からない」

 

「……」

 

「だが……お前が、その有能な頭脳と、俺への執着を失わずにいる限り。……お前が俺の前から消え去ることは、俺が許さない」

 

「――――っ」

 

それは、「愛している」という甘い言葉ではなかった。

ただの利己的な、所有物への執着の言葉に過ぎないのかもしれない。

 

それでも。

清隆の口から出た「俺が許さない」というその絶対的な言葉は、今の私にとって、どんな甘い愛の囁きよりも強力な安心感を与えてくれた。

 

「……ふふっ。言ったわね」

 

私は清隆の胸に顔を埋め、心からの笑みをこぼした。

 

「絶対に、私を手放さないでよ。……二年後の卒業式も、私はあなたの隣に立っていてみせるわ」

 

「ああ。せいぜい努力することだ」

 

私は清隆の温かい体温に包まれながら、静かに目を閉じた。

明日から始まる、二年生という未知の戦場。

そこには、一年生の時とは比べ物にならないほどの試練と罠が待ち受けているだろう。誰かを切り捨てなければならないかもしれない。私自身が傷つくかもしれない。

 

小さな不安が、胸の奥でチクチクと痛む。

しかし、それ以上に、清隆と共に戦い抜き、最後にどんな景色を見るのかという、途方もなく大きな『期待』が、私の心を強く昂らせていた。

 

「……おやすみ、清隆」

 

「おやすみ、レイ」

 

三月の終わり。

桜の花びらが舞う季節。

私は清隆の腕の中で、深い、そして幸福な眠りへと落ちていった。

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