※この作品はR-18です。

綾小路くん、私はセフレ?それとも   作:Geminiちゃん痛くしないで

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二年生
四月:耐久プレイ


四月。

高度育成高等学校の敷地内を彩る桜の木々が満開を迎え、暖かな春の風が花びらを舞い散らせる季節。

私たちはいよいよ二年生へと進級し、新たな一年をスタートさせた。

 

「おはよー、レイちゃん! いよいよ二年生だね!」

 

「おはよう、波瑠加さん、愛里さん。二人とも、春休みはゆっくり休めた?」

 

始業式の日、真新しい空気の漂う教室に足を踏み入れると、波瑠加と愛里が笑顔で手を振ってくれた。

啓誠や明人とも言葉を交わし、綾小路グループで輪を作る。斜め後ろの席では、相変わらず無気力なオーラを漂わせている清隆が、窓の外の桜をぼんやりと眺めていた。

 

「今年も同じクラスで、こうして集まれて本当に良かった……」

 

愛里がホッと胸を撫で下ろすように言う。

 

「うんうん。誰一人欠けることなく進級できたのは、本当に奇跡みたいだよね。……まあ、山内は残念だったけど」

 

波瑠加が少しだけ声を落とした。

三月のクラス内投票。あの理不尽な試験で、私たちのクラスは山内という犠牲を出した。その生々しい傷跡はまだ完全に癒えてはいないが、それでも私たちは前を向いて進んでいかなければならない。

 

その時だった。

教室の前のドアが開き、一人の女子生徒が足を踏み入れた瞬間、教室内が水を打ったように静まり返った。

 

「……おはよう」

 

凛とした声で挨拶をしたのは、私たちのクラスのリーダー、堀北鈴音だった。

しかし、彼女に向けられたクラスメイトたちの驚愕の理由は、その言葉ではない。

 

「ほ、堀北……お前、その髪……!」

 

須藤健が、目を丸くして声を上げた。

 

堀北のトレードマークであった、腰まで届くほどの長く美しい黒髪。

それがバッサリと切り落とされていたのだ。

 

「何かおかしいかしら。ただ髪を切っただけよ」

 

堀北は周囲の視線を気にするそぶりも見せず、自らの席へと向かった。

 

(……ただ髪を切っただけ、ね)

 

私は彼女の後ろ姿を見つめながら、内心で小さく呟いた。

 

あそこまで大切に伸ばしていた髪をバッサリと切り落とす。それがただの気分転換であるはずがない。

長い髪は何かの象徴だったのだろう。それを自らの意思で断ち切ったということは、彼女が過去と決別し、このクラスのリーダーとしての覚悟を決めたというサインだ。

 

(いい顔つきになったわね、堀北さん。……なら私も、あなたを全力で補佐するわ)

 

私は密かに闘志を燃やし、新学期の始まりを告げるチャイムの音を聞いた。

 

朝のホームルーム。

教壇に立った茶柱先生は、新学期の挨拶もそこそこに、私たちに新たな学校のシステムについて説明を始めた。

 

「今年度から、全生徒の端末に『OAA(Over All Ability)』というアプリがインストールされている。確認しろ」

 

茶柱先生の指示に従い、私はスマートフォンを取り出してアプリを起動した。

 

「これは、お前たち生徒の能力を数値化し、全生徒が互いに閲覧できるというシステムだ。評価は『学力』『身体能力』『機転思考力』『社会貢献性』の四項目からなり、それらを総合したものが『総合力』として算出される」

 

教室中がざわめきに包まれる。

無理もない。これまで水面下で隠されていた個人の能力が数値として可視化され、誰でも見られるようになるのだ。

 

私はさっそく、アプリの検索画面で自らの名前『新西レイ』の項目を開いた。

 

【新西 レイ】

学力:A-

身体能力:A

機転:B

社会貢献性:C+

総合力:B+

 

「……なるほど」

 

私はその評価を見て、静かに口角を上げた。

 

学力は「A-」。一年生の頃からの安定した成績と、一月の清隆とのスパルタ勉強会の成果がしっかりと反映されている。

機転は「B」。合宿での立ち回りやクラス内での裏回しが評価されたのだろう。

社会貢献性は「C+」。一年生の前半、私が孤立を選び、非協力的だったことが足を引っ張っているが、後半の貢献でなんとか見られる数値に持ち直している。

 

そして何より目を引くのが、身体能力の「A」評価だ。

選抜種目試験の柔道で、Aクラスの男子生徒を打倒した実績が、この評価を私にもたらしたに違いない。

 

「レイちゃん、すごい! 総合力B+なんて、クラスでトップクラスじゃない! 平田くんと並んでるよ!」

 

波瑠加が私の画面を覗き込み、興奮した声で言った。

周囲のクラスメイトたちも、「新西ってそんなにハイスペックだったのか」「身体能力Aってヤバくないか」と、私を見る目を明らかに変えていた。

 

(ふふっ。これは、悪くないシステムね)

 

私は内心でほくそ笑んだ。

評価が明確な形で示されたことで、誰がクラスに貢献できる人間なのか、ヒエラルキーの上下が可視化される。この高い数値があれば、今後の特別試験において、私の発言権は高まるはずだ。

 

だが、私は決してこの数字に踊らされて慢心することはなかった。

視線を教室の後ろへ向ける。

そこには、自分の端末を退屈そうに眺めている二人の男がいた。

 

高円寺六助と、綾小路清隆。

 

高円寺の常軌を逸したポテンシャルや、清隆の底知れないスペックが、この学校の用意した枠組みで正確に測れるはずがないのだ。

表向きの数字で油断してはいけない。私は静かに深呼吸をし、自らの立ち位置と、本当に恐るべき存在を改めて脳裏に刻み込んだ。

 

「では、今年度最初の特別試験について説明する」

 

OAAの導入という衝撃に揺れるクラスを冷たい声で制し、茶柱先生は黒板に『パートナー筆記試験』と書き込んだ。

 

「今回の試験は、お前たち二年生と、新しく入学してきた一年生が『ペア』を組み、二人一組で筆記試験に挑むというものだ」

 

ルールの詳細は、シンプルかつ残酷だった。

二年生は、OAAのアプリを使って一年生の能力を確認し、交渉してパートナーの契約を結ぶ。

試験本番では、二人の合計点数が基準点に満たなかった場合――二年生は退学、一年生もポイント剥奪などのペナルティを負う。

 

「……つまり、自分を助けてくれる優秀な一年生を、他のクラスよりも早く見つけ出して囲い込め、ということね」

 

堀北が、手元のノートにペンを走らせながら呟いた。

 

「その通りだ。優秀な一年生は他クラスからも引く手あまたになる。逆に、学力に不安のある二年生は、優秀な一年生と組まなければ退学のリスクが跳ね上がる」

 

(なるほど。OAAというシステムを導入した直後に、それを最大限に利用させる試験を持ってきたわけね)

 

私は脳内でシミュレーションを開始した。

 

私の学力は「A-」だ。私が誰と組もうが、赤点のラインは余裕でクリアできる。

ならば、私の役割は自身の保身ではない。

 

「堀北さん」

 

昼休み、私は堀北の席へと向かった。

 

「今回の試験、私は自分のパートナー探しは後回しで構わないわ。学力に不安のあるクラスメイトたち……たとえば池くんや、他のボーダーラインにいる子たちが、優秀な一年生と組めるように交渉役を引き受ける」

 

堀北は少し驚いたように私を見た。

 

「いいの? あなた自身の安全を後回しにしてまで」

 

「ええ。それに……私のこのOAAの評価は、一年生に交渉を持ちかける際の信用として使えるはずよ。新入生から見れば、優秀な先輩からアドバイスされれば、悪い気はしないでしょうから」

 

私は不敵な笑みを浮かべた。

リーダーとして方針を打ち出す堀北。そして、水面下を動き回り、一年生を籠絡していく私。

二年生という新たな盤面において、私の参謀としての最初のミッションだ。

 

その日の夜。

昼間の参謀としての仮面を脱ぎ捨て、私は自室のベッドの上で、荒い息を吐きながらぐったりと横たわっていた。

 

「……はぁっ……はぁっ……っ」

 

汗でシーツが肌に張り付く。全身の筋肉が心地よい疲労と脱力感に支配され、指先一本動かすことすら億劫だった。

 

「……少し、ペースが落ちているな」

 

私の隣で、まるでシャワーでも浴びてきたかのように涼しい顔をした清隆が、ベッドの背もたれに寄りかかりながら淡々と言い放った。

 

「っ……あ、あんたが……無茶苦茶な体勢ばっかり、要求するからでしょ……っ!」

 

私は恨めしそうに清隆を睨みつけた。

 

二年生に進級した初日の夜。清隆が私の部屋を訪れ、いつものように体を重ね合わせたのだが……今日の彼のプレイは、やけにアクロバティックというか、私の全身の筋肉を酷使するような過酷な体位の連続だったのだ。

 

清隆は私の抗議を意に介さず、サイドテーブルに置いてあった自分のスマートフォンを手に取った。

画面に表示されているのは、昼間導入されたばかりの『OAA』のアプリだ。

 

「今日公表されたOAAの評価。素晴らしい評価だ。クラスでも最上位だな」

 

「……どうも。清隆のCばっかりの偽装スペックとは大違いね」

 

私が皮肉交じりに返すと、清隆は画面をスクロールしながら、無機質な声で続けた。

 

「身体操作の技術においては、お前は一級品だ。瞬間的な爆発力と柔軟性に関しては、身体能力Aの評価にふさわしい」

 

清隆からの珍しいストレートな褒め言葉に、私は少しだけ胸がドキンと鳴った。

 

「だ、だからなによ……」

 

「だが」

 

清隆の冷たい瞳が、ベッドでぐったりとしている私の裸体を舐め回すように見下ろした。

 

「……体力とスタミナに関しては、A評価には程遠いな。持久力が圧倒的に不足している」

 

「なっ……」

 

「夜のベッドで、ほんの数十分激しい運動をしただけで、こうしてすぐに息を上げて抱き潰されている。……もう少し長期戦に耐えうるスタミナを身につけるべきじゃないか?」

 

「――――ッ!!」

 

カァァァッ! と、私の顔が一瞬にして沸騰した。

身体能力Aの評価と、夜のベッドで清隆にメチャクチャにされて息も絶え絶えになっている情けない現実をリンクさせ、平然と揶揄してきたのだ。

 

(な、なによそれ! 腹立つぅぅっ!!)

 

私は内心で猛烈に毒づいた。

だいたい、私が抱き潰されているのは私のスタミナがないからじゃない! 相手が、無尽蔵の体力と狂った性欲(データ収集欲)を持つ清隆だからだ! 普通の男子が相手なら、私だって余裕で三回戦くらいは付き合える体力はあるはずだ(試したことはないが)。

 

「それはっ……清隆が異常なだけでしょう!? 普通の女の子は、あんなアクロバティックなこと連続でされたら、誰だって動けなくなるわよ!」

 

私が顔を真っ赤にして反論すると、清隆は「……そうか?」と、まるで理解できないというように首を傾げた。

 

「まあいい。お前の持久力不足という弱点が明確になった以上、やるべきことは一つだ」

 

清隆はスマートフォンをテーブルに置き、ベッドの上で私に向き直った。

その眼差しは、獲物を前にした肉食獣のように、静かで、しかし確かな熱を帯びていた。

 

「二年生のスタートとなる、四月のテーマ。……それは『スタミナ強化』だ」

 

「……は?」

 

私は嫌な予感に背筋を震わせながら、聞き返した。

 

「スタミナ強化って……なに? 毎朝一緒にグラウンドでも走るの?」

 

清隆は、微塵も表情を崩さないまま、しかしどこか底意地の悪い、楽しげな響きを声に混ぜて答えた。

 

「いや。グラウンドを走る必要はない。……この夜の密室での行為を、有酸素運動と無酸素運動を極限まで組み合わせた、お前のスタミナを鍛え上げるための最適なプログラムにアレンジしてやる」

 

「――――!!」

 

「心拍数のコントロール、絶頂による呼吸の乱れの抑制、そして長時間にわたる筋肉の緊張状態の維持。……これらを徹底的に体に叩き込めば、お前の身体能力は、真の意味で完成するだろう」

 

(……出たわ。またこの男の、トンチキな育成プラン!)

 

私は絶望で天を仰いだ。

 

一月は胸を揉みながら勉強を教える『記憶定着メソッド』。

そして四月は、セックスを過酷な筋トレと有酸素運動に変換する『スタミナ強化メソッド』だというのか。

この男の頭の中はどうなっているのか。エロと狂気と合理主義がカオスに混ざり合い、私というモルモットを使って実験を楽しんでいるのだ。

 

「……楽しみにしていろ、レイ」

 

清隆が、私の太ももを掴み、再び大きく開かせながら低く囁く。

すでに清隆の下半身は、私を限界まで追い込むための凶悪な準備を完全に整えていた。

 

「っ……あ、あんたって人は……本当に……」

 

私は涙目になりながらも、シーツをギュッと握りしめ、清隆を睨み返した。

ここで泣き言を言えば、完全に彼のペースだ。私は誇り高き女なのだ。

 

「……望むところよ。勉強の次は体力ってことね」

 

私は清隆の首に腕を回し、強気の、そして妖艶な笑みを張り付けてみせた。

 

「言っておくけど、私、簡単には負けないわよ。……私を抱き潰すつもりなら、清隆のその無尽蔵のスタミナが空っぽになるまで、一滴残らず絞り尽くしてやるんだから……っ!」

 

「……ああ。期待している」

 

私の宣戦布告に対する、短く冷酷な返答。

直後、先ほどまでの準備運動とは全く違う、私の体力を根本から削り取るような、深く、長く、そして暴力的なまでの快感のトレーニングが幕を開けた。

 

 

二年生に進級し、OAAが導入された直後から、私は堀北の補佐として『パートナー筆記試験』に向けた新入生との交渉に立っていた。

 

「……というわけで、私たちのクラスと組んでくれれば、手厚い学習サポートを約束するわ。あなたのOAAの学力評価なら、うちのクラスの生徒と組めば絶対に退学にはならない」

 

放課後の空き教室や図書室、時にはカフェで、私は目星をつけた一年生たちに声をかけて回った。

私の端末に表示されている数値は、確かに一年生たちの目を引きつける名刺代わりになった。優秀な先輩からの提案に、最初は耳を傾けてくれる生徒も多かった。

 

だが、交渉は決して一筋縄ではいかなかった。

 

「学習サポート? そんな口約束だけで組めないですよ。俺たち優秀な一年生を囲い込みたいなら、それ相応のポイントを寄こすのが筋じゃないですか?」

 

生意気な笑みを浮かべる一年生の男子生徒たち。彼らはすでに、この学校のルールの本質を理解し、自分たちの価値を釣り上げようと貪欲に交渉を持ちかけてきた。

これには、クラスのポイント資産に余裕のない私たちのクラスとしては非常に苦しい展開を強いられた。

 

さらに厄介だったのは、一部の突出した劇薬のような新入生たちの存在だ。

 

「あァ? Dクラスの二年生が俺に何の用だ? OAAの評価が高いからって、俺に指図できるとでも思ってんのか、コラ」

 

廊下で接触を図った一年Dクラスの宝泉和臣は、まるで飢えた猛獣のような凶悪な眼光で私を見下ろしてきた。

その規格外の巨躯と、全身から発せられる暴力的なプレッシャー。普通の女子生徒なら、睨まれただけで足がすくんで泣き出してしまうだろう。

 

「……指図なんてしてないわ。お互いの利益のための交渉を持ちかけているだけよ」

 

私は怯むことなく冷たい視線で宝泉を見返した。

いざとなれば投げ飛ばすシミュレーションはできている。だが、あの巨躯と殺気を見るに、背負いに入る前に顔面を殴り飛ばされるリスクも十二分にあった。

 

「交渉だと? 笑わせんな。俺のパートナーになりたけりゃ、這いつくばって靴でも舐めやがれ。それか、俺にポイントを全額貢ぐかだ」

 

宝泉は私など全く意に介さず、鼻で笑って肩をぶつけるようにして去っていった。

 

(……なんて一年生たちなの。去年の私たちよりも、ずっと狡猾で、ずっと凶暴じゃない)

 

私はため息をつき、手元のリストにペンでバツ印をつけた。

優秀な一年生は他クラスにポイントで買われ、残っているのは一癖も二癖もある問題児ばかり。

二年生の一学期は、想像以上に過酷なスタートを切っていた。

 

そんな難航する交渉の中、一年生の天沢一夏という少女が、一風変わった条件を提示してきた。

 

『私、料理が上手い人が好きなんだよね〜。私のために料理を作ってくれたら、パートナーになってあげてもいいよ?』

 

いかにも小悪魔といった風情の彼女の、お遊びのような要求。

だが、優秀な学力を持つ彼女を確保するため、これに乗ることになったのが――なぜか、清隆だった。

 

「なんで清隆が料理なんてすることになったのよ……。あんた、料理なんてできないでしょ?」

 

その日の夕方。

私の部屋のキッチンに立つ清隆を見ながら、私は呆れたように腕を組んだ。

 

「だから、お前に教えを乞いに来た。堀北も料理はできるが、あいつは今、クラス全体の交渉の陣頭指揮で忙しいからな。お前なら、比較的時間が取れるだろうと判断した」

 

清隆は私の部屋のキッチンに用意された食材を見つめながら、相変わらずの無表情で淡々と言った。

 

「まあ、確かに私だって自炊はしてるから、一通りのことは教えられるけど……」

 

私はエプロンを身につけ、清隆の手元にまな板と包丁を用意した。

 

「いい? 料理っていうのは、ただ食材を切って火を通せばいいってものじゃないの。食材の繊維の向き、火の通りやすさ、調味料の浸透圧。そういう細かい理屈の積み重ねが『味』になるのよ」

 

「なるほど。化学変化と物理法則の応用だな。理解した」

 

私は清隆の背後に立ち、彼の手を取って包丁の握り方から教え始めた。

 

「まずは、玉ねぎのみじん切り。こうやって、指を猫の手にして……」

 

トントントントントンッ!!

 

「えっ」

 

私が一度お手本を見せた直後。

清隆は、まるで長年厨房に立ってきた一流のシェフのような、いや、それ以上に正確無比で機械的なスピードで、玉ねぎを完璧な均等サイズのみじん切りにしていった。

 

「な、なによそれ……! 初心者の包丁捌きじゃないわよ!」

 

「お前が教えた繊維の向きと、刃の最適な角度を実践しただけだ。力学的に最も効率の良い動かし方をすれば、こうなる」

 

それからの一時間は、私にとって驚愕の連続だった。

火加減の調整、フライパンの煽り方、調味料の計量。

私が一度理論と手本を示すだけで、清隆は、それを瞬時に脳内で処理し、自らの肉体で完璧にトレースしてのけたのだ。

 

(……恐ろしいわね。本当に、何をやらせても一瞬で頂点に達してしまうのね、清隆は)

 

私は、見事に下ごしらえが完了していく食材たちを見つめながら、清隆の底知れないポテンシャルに改めて舌を巻いた。

 

「……よし。基本的な包丁の技術と、熱伝導の感覚は完全にインプットした」

 

清隆は包丁を置き、手を洗いながら静かに言った。

 

「もういいの? まだ肝心のレシピの味付けが……」

 

「天沢が何の料理をオーダーするかわからないから、堀北と作戦を練ってある。ここまでで十分だ」

 

あっさりとそう言い切る清隆。

天沢一夏を籠絡するための布石は、これで整ったということらしい。

 

「そ、そう。なら良かったわ」

 

私はエプロンを外し、ホッと一息ついた。

これで今日のミッションは終わり。あとはお茶でも淹れて、ゆっくりと清隆との時間を――。

 

「さて。料理を教えてくれたことに対する『礼』をしなければならないな」

 

清隆が、濡れた手をタオルで拭きながら、ゆっくりと私の方へ振り返った。

その瞬間。清隆の瞳の色が、料理を学んでいた時の生徒の目から、夜の密室を支配する捕食者の目へと、明確に温度を変えたのが分かった。

 

「お前に真の持久力を身につけさせるためのトレーニング。……四月のテーマである『スタミナ強化』の時間だ」

 

「――――ッ」

 

私の背筋に、冷たい汗が伝った。

 

清隆は私の部屋着の裾を掴み、問答無用で私をベッドの方へと歩かせた。

 

「ま、待って、清隆。さっきまで料理してたじゃない、少しは休憩を……」

 

「実戦において、敵はお前が休憩するのを待ってはくれない。どんな状況下でも即座に極限のパフォーマンスを発揮し、それを維持する。それがスタミナだ」

 

清隆は私の部屋着を剥ぎ取りながら、ストップウォッチアプリを起動した。

 

「まずは、お前の現状の限界値と回復力を正確に把握するための測定を行う」

 

「測定って……だから、なにするのよ……っ」

 

ベッドに押し倒され、裸にされた私が抗議の声を上げると、清隆は無慈悲な宣告を下した。

 

「『絶頂シャトルラン』だ」

 

「は……?」

 

「ルールは簡単だ。俺が今から、お前を激しく責め立てる。お前は俺の刺激に耐え、己の理性を総動員して絶頂を我慢しろ。……そして、俺が設定した時間が来た瞬間に鳴る電子音。その音と完全に同時に絶頂に達しろ。それより早くても遅くても、ペナルティを与える」

 

私は自分の耳を疑った。

 

「あ、頭おかしいんじゃないの!? なんで私が、ストップウォッチの音に合わせてイかなきゃいけないのよ! そんなのできるわけないでしょ!」

 

「できるできないではない。やるんだ。……安心しろ、俺がお前の体の反応をミリ単位でコントロールして、時間ピッタリに限界を迎えさせてやる。お前はただ、必死に抗い、そして強制的に叩き落とされる感覚を味わいながらスタミナを削られればいい」

 

鬼だ。悪魔だ。

この男は、人間の性行為という営みを、軍事訓練かなにかと勘違いしている。

 

「時間は、第一セットが10分。短いインターバルを挟み、第二セットが5分。第三セットが3分。最終セットが1分。……時間が短くなるにつれて、俺が与える刺激の強度は急激に跳ね上がると思え」

 

「い、いやっ! そんなの、体がもたないわよ……っ!」

 

「測定開始だ」

 

清隆がスマートフォンの画面をタップした。

ピッ、という無機質な電子音が部屋に響いた瞬間、私の四月の地獄のスタミナ強化が幕を開けた。

 

私はベッドに仰向けにされ、その上から清隆が全身で覆い被さってくる、最も密着度の高い体勢を取らされた。

 

「んっ……あ゛っ……!」

 

ズブリ、と容赦のない一撃が私の一番深いところまで侵入してくる。

清隆の広い肩幅が私の視界を塞ぎ、重みと熱が逃げ場を完全に奪う。

開始直後から、清隆の腰の動きは信じられないほどに正確で、そして重かった。

 

「はぁっ……はぁっ……きよ、たかっ……」

 

「まだ30秒だ。息を整えろ」

 

(我慢、我慢よ……っ!)

 

私はシーツを固く握りしめ、目をギュッと瞑って快感を逃がそうとした。

しかし、清隆が狙いすましたように私の内側の最も敏感なヒダを擦り上げてくるたびに、脳髄に火花が散るような快感が襲ってくる。

 

「あ゛っ! だめっ、そこ、擦らないでっ……!」

 

「お前の弱い場所だ。ここを攻められれば、心拍数が跳ね上がり、呼吸が浅くなる。……耐えろ」

 

清隆のストロークは、まるでメトロノームのように正確無比だった。

私が限界を迎えそうになると、フッと動きを緩めて私を焦らし、私が安心した瞬間に再びドカンと最奥を打ち抜いてくる。

私の『快感のゲージ』を、彼の手のひらの上で100%の一歩手前で完璧に維持されているのだ。

 

「あぁっ! ぁぁぁっ! くるっ、もう無理っ! イくぅっ!!」

 

「まだだ」

 

清隆が私の口を塞ぐように深くキスをし、呼吸を制限してくる。

苦しさと快感が入り混じり、頭の中が真っ白になる。

限界だ。もう、これ以上は一秒たりとも耐えられない。体が完全に決壊しようとした、その刹那。

 

『ピピッ! ピピッ! ピピッ!』

 

テーブルに置かれた端末から、10分経過を知らせるアラーム音が鳴り響いた。

その音と寸分違わぬタイミングで。清隆の腰が、これまでで最も鋭く、深く、私の最奥を抉り抜いた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁッッ!!!」

 

電子音のトリガーとともに、私の体は強烈な電流を流されたかのように大きく跳ね上がり、凄まじい絶頂の奔流に完全に呑み込まれた。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

「第一セット終了。インターバル、30秒だ」

 

私が白目を剥きそうになりながら痙攣しているというのに、清隆は涼しい顔でアラームを止め、次のタイマーをセットした。

 

「ま、待って……30秒って……短すぎ……っ」

 

「息を整えろ。スタミナ回復の訓練だ」

 

「次は、お前が動け」

 

インターバルが終わるや否や、私は体を反転させられ、清隆の上に跨る体勢を取らされた。

清隆を見下ろす形になるが、主導権は完全に彼にあった。

 

「ピッ」

 

タイマーがスタートする。

 

「あ゛っ! ひゃあっ!」

 

私が自らの意思で腰を下ろすよりも早く、清隆が下から私の腰を両手でガシッと掴み、凄まじい力で下からの突き上げを行ってきたのだ。

 

「ひぐっ! あぁっ! ちょ、待っ……深すぎるぅっ!」

 

「5分間で限界まで持っていく。先ほどよりもペースを上げるぞ」

 

ドスッ! ドスッ! ドスッ!

下からの容赦のない衝撃に、私の体は上下に激しく揺さぶられる。

先ほどの10分間は、真綿で首を絞められるような焦らしだった。だがこの5分間は、完全に暴力的な『破壊』だ。

私の体力がゴリゴリと削られ、同時に強烈な快感が猛スピードで頂点へと駆け上がっていく。

 

「あ゛っ! いやっ! だめっ、きよたかっ、こんなの、すぐイっちゃうっ!」

 

「耐えろ。腹筋と背筋に力を入れて、俺の突き上げを相殺してみろ」

 

そんなことできるわけがない! 清隆の突き上げのパワーには全く太刀打ちできない。

私は清隆の上に跨ったまま、ただ激しく振り回され、よだれを垂らしながら快感に溺れることしかできなかった。

 

「くるっ! くるぅっ! あ゛あ゛ぁぁっ!!」

 

『ピピッ! ピピッ! ピピッ!』

 

「ひぃぃぃぃッッ!!!」

 

またしても、アラーム音と完全に同時。

清隆が私の腰を強引に引き寄せ、最も太い部分で私の中をこじ開けるように打ち抜いた瞬間、二度目の巨大な絶頂が私の脳を真っ白に染め上げた。

 

「第二セット終了。インターバル、30秒」

 

「あ゛っ……はぁっ……あぁっ……」

 

私は清隆の上にうつ伏せに倒れ込み、肩で息をしていた。

汗がシーツに滴り落ち、全身の筋肉が小刻みに痙攣している。もう、指先一本動かす力も残っていない。

 

「もう……むり……許して……っ」

 

「泣き言を言うな。身体能力Aのプライドを見せろ」

 

無情な30秒のインターバルが過ぎ、私の体は無造作にひっくり返され、四つん這いの姿勢をとらされた。

背後から、清隆の熱い胸板が私の背中に密着する。

 

「ピッ」

 

「あ゛ッ――――!!」

 

3分という短い時間設定。それは、清隆が一切の焦らしを捨てるということを意味していた。

 

獣のように。機械のように。

四つん這いで最も奥まで届きやすい体勢の私に対し、清隆は開始0秒から最高速、最大火力のピストンを叩き込んできた。

 

パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!

 

私と彼の腰が激しくぶつかり合う、下品で生々しい打撃音が部屋中に響き渡る。

 

「あ゛っ! ぁぁっ! はやっ! 激しっ!! むりっ! むりむりむりぃっ!!」

 

私はシーツを掻きむしりながら、獣のように泣き叫んだ。

我慢など、できるはずがない。開始10秒で私の理性は完全に吹き飛び、ただ押し寄せる快感の津波に翻弄されるだけの肉塊と化していた。

 

だが、清隆は私がイくことを許さない。

私が絶頂しかけると、絶妙なタイミングで腰の角度を変え、快感を別の場所に逃がして寸止め状態を維持するのだ。

 

「あ゛あ゛っ! 殺してっ! もう、イかせてぇぇっ!!」

 

『ピピッ! ピピッ!』

 

「イぐぅぅぅッッ!!」

 

電子音が鳴った瞬間、背後からの最後の一撃が私の子宮を打ち据え、三度目の絶頂が私の意識を刈り取らんばかりの勢いで爆発した。

 

「インターバル、30秒」

 

「ヒィッ……あひぃっ……あ゛っ……」

 

私は四つん這いの体勢を維持することすらできず、シーツの上にペシャリと崩れ落ちた。白目を剥き、口からはだらしなく唾液が垂れ流れている。

もう、完全に限界だ。これ以上は、死んでしまう。

 

「最後だ。立て、レイ」

 

休む間もなく、清隆が私の腕を掴み、強引に立ち上がらせた。

足に力が入らず、膝から崩れ落ちそうになる私を、清隆は自らの腕力だけで軽々と持ち上げた。

宙に浮いた私の両足が、自然と清隆の腰に絡みつく。

壁を背にして、私を完全に空中に抱え上げた体勢。

 

「ピッ」

 

「あ゛ッッ!!」

 

重力が私の体重をすべて清隆との結合部に集中させ、そこへ彼が下から突き上げる。

逃げ場などどこにもない。私の体は完全に清隆に固定され、空中という不安定な状態で、己の体重と彼の突き上げによる凄まじい衝撃をダイレクトに内臓で受け止めるしかなかった。

 

「ひぃっ! あ゛っ! おくっ! おくが、壊れるぅっ!!」

 

「1分だ。耐えろ。すべてのスタミナをここで使い切れ」

 

ドスッ! ドスッ! ドスッ!

 

清隆の力強い腕に抱えられたまま、私の体はゴムまりのように激しくバウンドさせられる。

1分という短い時間が、永遠の地獄のように感じられた。

目の前がチカチカと明滅し、酸欠で頭が痺れる。

それでも、清隆の与える暴力的な快感だけが、私の体を強制的に生かし、反応させ続けていた。

 

「くるっ! あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 

『ピピッ! ピピッ! ピピッ!』

 

「――――――――ッッ!!!」

 

電子音の合図とともに、私の視界は完全に真っ白な閃光に包まれた。

空中で体をビクンビクンと反らせ、声にならない絶叫を上げながら、私はこの日四度目となる、最も巨大で破滅的な絶頂を迎えた。

同時に、清隆からの熱く濃密な濁流が、私の一番深い場所へと容赦なく注ぎ込まれていくのを感じた。

 

「……測定終了だ」

 

清隆が私をゆっくりとベッドの上に下ろす。

私は仰向けに倒れ込んだまま、ピクリとも動くことができなかった。

全身が汗と愛液でドロドロになり、髪は顔に張り付き、胸は激しい呼吸で異常な速度で上下している。

 

「はぁっ……はぁっ……ひぐっ……あぁ……っ」

 

かすれた呼吸音だけが、静かな部屋に響き続ける。

身体能力A。そんなもの、清隆の前では何の役にも立たなかった。

清隆は一片の汗すらかいていない無表情のまま、ストップウォッチのアプリを閉じ、私の惨めな姿を冷静に観察していた。

 

「……現状のスタミナの限界値は、大体把握できた。心拍数の回復が遅く、極限状態での体幹の維持が全くできていない。……来週から、このデータを基に本格的なトレーニングメニューを組むとしよう」

 

「…………」

 

私は、虚ろな目で天井を見つめたまま、反論する言葉すら紡げなかった。

もう、何を言っても無駄だ。

私は清隆に、体力も、理性も、プライドも、すべてを粉々に破壊され、完全に屈服させられてしまったのだ。

 

(……この、悪魔……っ)

 

私は心の中で弱々しく悪態をつきながら、深い疲労の底へと沈んでいった。

 

昼間は、堀北の参謀としてクラスをコントロールする冷徹な女王。

しかし夜は、清隆のスタミナ強化(という名の過酷な調教)の前に、ただひたすらに嬲られ、時間ピッタリに絶頂を強制されるだけの無力なオモチャ。

 

私の新しい一年は、昼と夜のあまりにも激しすぎるギャップに引き裂かれながら、果てしない消耗戦への絶望(と、ほんの少しの背徳的な期待)とともに、波乱の幕開けを迎えたのだった。

 

二年生の四月。パートナー筆記試験の期限が刻一刻と迫る中、私は昼間の学校を堀北の補佐として文字通り駆け回っていた。

 

「……だから、うちのクラスの池くんと組んでくれれば、過去問の提供と、試験までのマンツーマンの勉強会を保証するわ。あなたの学力なら、それだけで絶対に赤点は回避できる」

 

「うーん、でもさぁ。別のクラスの先輩は、組んでくれたら一万プライベートポイントくれるって言ってるんだよね。新西先輩は、いくら出してくれるの?」

 

一年生の女子生徒が、悪びれもせずにスマートフォンを弄りながら要求してくる。

私は額に浮かびそうになる青筋を、冷たい微笑みで隠した。

 

「私たちはポイントでの取引は行わない方針よ。目先のポイントよりも安全性を選ぶべきじゃないかしら」

 

「えー、ケチ。じゃあ別のクラスの先輩と組むからいいですー」

 

「…………っ」

 

女子生徒が去っていくのを見送りながら、私は深く、深いため息をついた。

ダメだ。完全に足元を見られている。

OAAの導入により、全生徒の学力が可視化されたことで、優秀な一年生は完全に売り手市場となっていた。特にポイント資金に余裕のあるクラスが、早々に優秀な一年生を金で囲い込んでしまったのだ。

 

残されているのは、学力に不安があるか、あるいは協調性に欠ける問題児ばかり。

私たちのクラスには、池くんや本堂くんなど、単独では赤点の危険性が高い生徒が何人もいる。彼らを救うためには、どうしても他クラスと競り合ってでも、ある程度の学力を持った一年生を確保しなければならないのに。

 

「……状況は芳しくないようね、新西さん」

 

堀北が、手元のリストを見ながら顔をしかめた。

 

「ええ。私も説得を試みてるけど、やっぱり最後はポイントを要求されるわ。……それに、何より厄介なのは」

 

私は声を潜め、周囲を警戒した。

 

「一年Dクラスの動きよ。あの宝泉和臣が、自分たちのクラスの生徒に、私たち二年Dクラスとの接触を固く禁じているみたい」

 

「宝泉くん……」

 

堀北の表情がさらに険しくなる。

一年Dクラスの暫定リーダーである宝泉和臣。あの巨躯と暴力でクラスを支配している凶暴な猛獣だ。宝泉が一年Dクラス全体に「二年Dクラスとは組むな」という圧力をかけているせいで、私たちのパートナー探しの選択肢はさらに狭められていた。

 

「とにかく、焦っても仕方ないわ。引き続き、ポイント以外の条件で交渉できる生徒を探しましょう」

 

「ええ、分かってるわ」

 

堀北と別れ、私は次の交渉相手を探すために歩き出した。

体は重く、足取りは鉛のように重かった。

昼間の交渉の疲れだけではない。むしろ、私の体力をゴリゴリと削り取っている最大の原因は――昼間の活動を終えた『夜』に待ち受けている、あの狂気じみた日課にあった。

 

 

ねえ、ちょっと私の愚痴を聞いてほしい。

OAAの評価で身体能力Aを取るって、カッコいいことだと思わない? クラスのみんなからは一目置かれるし、いざという時の抑止力にもなる。

 

でもね、まさかその身体能力Aの評価が、夜のベッドの上で、私の彼氏(仮)である清隆に、限界まで搾取され、酷使されるための免罪符になるだなんて、誰が想像できたかしら。

 

四月のテーマ『スタミナ強化』。

清隆が宣言したそのトンチキな育成プランは、冗談でもなんでもなく、毎晩毎晩、私の部屋の密室で冷酷に実行され続けているの。

 

どんなメニューか知りたい?

いいわ、教えてあげる。絶対に真似しないでね、死ぬから。

 

まずは『体幹固定プランク』。

プランクって知ってる? 腕立て伏せの姿勢から、両肘とつま先だけで体を支えて、腹筋や体幹を鍛えるトレーニング。

あれをね、全裸で、ベッドの上でやらされるのよ。

ただのプランクでもキツいのに、私がプルプルと震えながら必死に姿勢を維持しているところに、あいつが全身を責め立ててくるの!

 

『体幹がブレている。お前のスタミナ不足の最大の原因は、動的負荷に対するコアの弱さだ。腹直筋と広背筋をアイソメトリックスで固定し続けろ』

 

真顔よ? あの無機質な顔で、私の秘部を弄りながら、パーソナルトレーナーみたいなことを言ってくるの。

快感と腹筋の崩壊が同時に襲ってきて、姿勢が崩れてシーツに倒れ込もうものなら、『やり直しだ』って最初からカウントされるのよ。鬼でしょ!?

 

次は『スクワット・メトロノーム』。

私が清隆の上に跨る騎乗位の体勢なんだけど、腰の反動や勢いを使うことは一切禁止。

スマートフォンのメトロノームアプリの『カチッ、カチッ』って音に完全に合わせて、大腿四頭筋とお尻の筋肉の力だけで、フルスクワットみたいに深く沈み込んで、また持ち上がるの。

 

最初はBPM60くらいのゆったりしたペースなんだけど、清隆が容赦なくテンポを上げていくのよ! BPM120の高速テンポで、正確に清隆の根本まで沈み込まされる私の太ももの気持ちが分かる!?

『リズムが狂っている。大腿部の筋肉を完全に孤立させろ』って言われても、こっちは中が擦れまくって頭がおかしくなりそうなの! 翌日、太ももがパンパンに筋肉痛になって、廊下を歩くのもガクガクになっちゃったんだから!

 

そして極めつけは『疑似高地トレーニング(低酸素ディープキス)』。

もう、字面だけでヤバいのが伝わるでしょ?

私が最も激しく動いて心拍数が跳ね上がっている、絶頂の寸前。そこでいきなり、清隆が深く濃厚なディープキスをしてきて、私の口を完全に塞いで、手でも鼻を押さえて呼吸を制限してくるの。

 

『血中の酸素濃度が低下した状態で激しい運動を続けることで、最大酸素摂取量が向上する。苦しいか? だが、粘膜からの酸素の供給はしてやっているはずだ』

 

酸欠で視界がチカチカして、息ができない苦しさと、下半身の爆発しそうな快感が混ざり合って、本当に意識が遠のくのよ。脳が溶けるかと思ったわ。

 

……とまあ、こんな感じで。

毎晩毎晩、エッチしてるのか軍事訓練させられてるのか分からないような狂気のメニューをこなさせられているせいで、私の昼間の体力は常にレッドゾーンのギリギリを彷徨っているの。

でも、不思議なことに、清隆の言う通りスタミナ自体は確実についてきている気がするのよね。それがまた悔しいんだけど。

 

とにかく、そんな過酷な夜を乗り越えながら、私は昼間のパートナー探しという終わりの見えない交渉に奔走し続けていたのよ。

 

 

四月下旬。

パートナー決定のタイムリミットが数日後に迫ったある日。

 

事態を打開するため、私たち二年Dクラスの代表陣――堀北さん、須藤くん、そして私と清隆の四人は、カラオケボックスの一室で、一年Dクラスの代表である宝泉和臣、そして彼と行動を共にしている七瀬翼という女子生徒と、直接交渉の場を持っていた。

 

「……だから、私たちのクラスの残りの生徒全員と、あなたたち一年Dクラスの生徒全員で、パートナー契約を完全に結んでしまいたいと提案しているの。ポイントの譲渡はできないけれど、互いのクラスの赤点退学者をゼロにするための、最も確実で安全な防衛策よ」

 

堀北さんが、理路整然と提案を述べる。

しかし、ソファにふんぞり返ってコーラを飲んでいる宝泉は、まるで虫ケラでも見るような目で私たちを鼻で笑った。

 

「くだらねェ。ポイントも出せねェ貧乏人が、対等な口を利いてんじゃねえよ。俺たちに協力してほしけりゃ、そこの堀北と新西、お前らが俺に土下座して靴でも舐めろ。それなら考えてやってもいいぜ?」

 

「てめぇ……! 鈴音と新西に何言ってやがる!」

 

須藤くんが激高して立ち上がる。

 

「須藤くん、座りなさい。挑発に乗ってはダメよ」

 

堀北さんが冷静に制止する。私も、テーブルの下でギュッと拳を握りしめ、いつでも反撃に入れるように全身を緊張させていた。

 

「フン。キャンキャン吠えるだけの駄犬が」

 

宝泉は須藤くんをあざ笑い、そして、その凶暴な視線を、ずっと無言で部屋の隅に座っていた清隆へと向けた。

 

「おい、綾小路。てめェはさっきから一言も喋らねェな。……俺は、お前のことも調べてるんだぜ」

 

宝泉のその言葉に、部屋の空気が微かに変わった。

 

「お前、中学の時は何の実績もねェただのモブだったらしいな。なのに、この学校に入ってから、妙に裏でコソコソ動いてるって噂を聞いたぜ。……気に食わねェ。俺は、てめェみたいな正体隠してイキってる陰キャが一番嫌いなんだよ」

 

宝泉が、ゆっくりと立ち上がった。

その巨体から発せられる暴力的なプレッシャーが、狭いカラオケボックスの部屋を支配する。

 

「交渉は決裂だ。だが、手ぶらで帰るのもつまらねェからな。……綾小路、てめェ、ここで俺にボコボコにされて『俺が手を出しました』って学校に泣きつくか、それともこの場で俺に百万ポイント払うか、選べ」

 

完全な恐喝。理不尽な暴力の行使。

須藤くんが前に出ようとするが、それよりも早く、宝泉はポケットから『何か』を取り出した。

 

チャキッ、という冷たい金属音。

彼の手には、鋭く光るペティナイフが握られていた。

 

「なっ……!?」

 

「ナイフ……! あんた、正気!?」

 

私と堀北さんが同時に息を呑む。学校内に刃物を持ち込むなど、退学どころか警察沙汰だ。

 

だが、宝泉の顔には、狂気に満ちた笑みが浮かんでいた。

宝泉はナイフを清隆に向け……るのではなく、なんと自分自身の太ももへと、その切っ先を勢いよく振り下ろしたのだ!

 

「やめっ……!!」

 

私が飛び出そうとした、その時。

 

私の視界を、信じられない光景が横切った。

 

ブスッ――――!!!

 

肉を裂き、刃が骨に当たる鈍い音が、カラオケボックスの部屋に響き渡った。

しかし、それは宝泉の太ももに突き刺さった音ではなかった。

 

「…………は?」

 

宝泉が、間の抜けた声を漏らした。

私も、堀北さんも、須藤くんも、完全に動きを止めて硬直していた。

 

宝泉が全力で振り下ろしたペティナイフ。

その鋭い刃は、いつの間にか立ち上がっていた綾小路清隆の『左手のひら』を、完全に貫通していたのだ。

 

刃先が清隆の左手の甲から突き出し、ポタポタと、赤黒い血がテーブルの上に滴り落ちていく。

 

「きよっ……!」

 

私が悲鳴を上げそうになるのを、清隆は右手でスッと制した。

清隆は自分の左手を貫くナイフの刃を全く痛がる素振りも見せず、それどころか、ナイフの柄を握っている宝泉の手を、上から自らの右手でガシッと押さえ込んでいた。

 

「……お前、俺を退学にするために、自分の足を刺して俺になすりつけるつもりだったな?」

 

清隆の、一切の感情を排した、氷のように冷たく無機質な声。

その声には、怒りも、痛みも、恐怖も、何一つ混じっていなかった。

 

「な、なんだてめェ……! い、痛くねェのかよ……狂ってんのか……!」

 

あの凶暴な宝泉が、初めて恐怖に顔を歪め、ナイフから手を離そうと後ずさろうとした。

 

だが、清隆は宝泉の手を万力のような力で押さえつけ、決して逃がさなかった。

 

「このナイフには、お前の指紋しかついていない。そして、俺の手にはお前のナイフが深々と刺さっている。……この状況で学校側や警察が介入した場合、処罰されて退学になるのは、俺とお前、どちらだと思う?」

 

「――――ッ!!」

 

宝泉の顔から、一気に血の気が引いた。

宝泉の計画は、「自分が被害者になり、綾小路を加害者にでっち上げる」ことだった。だが清隆は、自らの左手を犠牲にして刃を受け止めることで、「宝泉が明確な殺意を持って自分を刺した」という、完全なる加害の構図へと盤面をひっくり返したのだ。

 

「お、おい……離せ……! 俺は、ただ脅かそうとしただけで……っ!」

 

「交渉をしよう、宝泉」

 

清隆は、左手から血を流し続けたまま、淡々と告げた。

 

「お前が一年Dクラスの全員を動かし、うちのクラスの残りの生徒全員とパートナー契約を結べ。ポイントのやり取りは一切なしだ。……それを呑むなら、このナイフの件は『不注意による事故』として、俺の口から学校に説明してやる」

 

それは、交渉という名の脅迫であり支配だった。

自らの肉体を傷つけることに一切の躊躇がない姿。

 

「……っ……わかっ、分かった……! 分かったから、離せ! 契約してやるよ!」

 

ついに、一年生最強の猛獣である宝泉が、恐怖に震えながら白旗を揚げた。

その瞬間、清隆は静かに宝泉の手を離し、自らの左手に刺さったナイフを、まるでトゲでも抜くかのようにスッと引き抜いた。

 

ドクドクと血が溢れ出す左手を、清隆は備え付けのおしぼりで無造作に押さえる。

 

「……交渉成立だな。堀北、新西。あとは頼む」

 

清隆はそれだけを言い残し、呆然としている私たちを置いて、静かにカラオケボックスの部屋を出て行った。

 

私は、清隆の残した血だまりを見つめながら、背筋が凍るような恐怖と、それと同時に……どうしようもないほどの、強烈な『服従の悦び』を感じていた。

この男には、絶対に敵わない。

私がOAAでA評価を取ろうが、男を投げ飛ばそうが。自らの痛みすらも冷酷に使い捨てるこの清隆の前では、私は一生、ひれ伏すことしかできないのだと。

 

その日の夜。

一年Dクラスとの全面的な協力体制が結ばれたことで、私たちのクラスのパートナー筆記試験の問題は、嘘のようにすべて解決した。

池くんたちボーダー層も無事に一年生と組むことができ、退学の危機は完全に去った。

 

私は、救急箱を抱えて、清隆の部屋を訪れていた。

 

「……もう。学校の保健室で応急処置はしてもらったんでしょうけど、ちゃんと消毒して包帯を巻き直さないと、化膿するわよ」

 

私はベッドの端に座る清隆の隣に腰掛け、彼の左手の包帯をそっと解いた。

手のひらから甲へと貫通した、痛々しい傷跡。

私は消毒液を浸したガーゼでその傷口を丁寧に拭きながら、小さく息を吐いた。

 

「本当に、無茶苦茶な男ね。……いくら交渉を有利に進めるためとはいえ、自分の手を串刺しにさせるなんて」

 

「一番確実で、早い方法だった。痛みは一時的なものだ。結果としてクラスの退学者はゼロになった。合理的な判断だろう」

 

清隆は無表情のまま、自分の傷をまるで他人のもののように見下ろしている。

 

「……そうね。あなたのその合理性に、私たちは救われたわけだし。感謝はしてるわ」

 

私は新しい包帯を、少しだけきつめに、しかし丁寧に巻き終えた。

 

「はい、これでよし。しばらくは左手、絶対安静だからね。水に濡らしたり、重いものを持ったりしちゃダメよ」

 

私が救急箱を片付けようと立ち上がった、その時だった。

 

「……レイ」

 

背後から、清隆に右手で手首を掴まれた。

 

「えっ……?」

 

振り返ると、清隆がいつものように、いや、血の匂いを纏っている分、普段よりもさらに危険な色を宿した瞳で私を見上げていた。

 

「怪我の処置、感謝する。……さて、四月のテーマの『スタミナ強化』だが」

 

「なっ……」

 

私は絶句した。

 

「あんた、バカなの!? こんな大怪我して、左手に穴が空いてるのよ!? さすがに夜のトレーニングは休みでしょ!?」

 

「俺が安静にしろと言われたのは左手だけだ。右手と、下半身は完全に健康だ」

 

清隆は私の手首を引いて、ベッドの上に私を押し倒した。

 

「な、何言ってるのよ……っ! 力が入らないでしょ、左手が使えないなら……っ!」

 

「片手が使えなくても、お前を絶頂まで追い込むことは十分に可能だ。むしろ、片手が使えないというハンデを設けることで、俺自身の動きと体幹のコントロール能力をさらに高める良い訓練になる」

 

「――――ッ!!」

 

まただ。またこの男の、狂ったスポーツ科学が始まった!

自分の左手が貫通しているというのに、それをハンデ戦という新たなトレーニングとして応用しようとしているのだ。

 

「い、いやっ! 今日は私も色々とあって疲れてるし、清隆の体だって……っ!」

 

「四月の最終週だ。ここでスタミナ強化の手を緩めれば、これまでの特訓が無駄になる。……今日は、片手での拘束から逃れるための抵抗と持久力の複合トレーニングだ。いくぞ」

 

「あ゛ッ――――!!」

 

抗議の声は、清隆からの熱く深いキスによって完全に塞がれた。

 

血塗られた左手を宙に浮かせたまま、右手一本と圧倒的な腰の力だけで私を組み敷く清隆。

私はその理不尽すぎるスタミナ強化の前に、またしても為す術なく蹂躙され、シーツを掻きむしりながら狂おしい絶頂へと何度も何度も叩き落とされていった。

 

 

四月最後の土曜日。

新学期の始まりから怒涛のように続いたパートナー筆記試験の騒動も、ようやく一段落を迎えていた。

 

昼下がり、私はケヤキモールのスーパーマーケットで、ショッピングカートを押しながら食材を物色していた。

 

「……それにしても、納得いかないわ」

 

私はカートの中に有頭エビを放り込みながら、小さく口を尖らせた。

私の隣を歩くのは、左手に真っ白な包帯を巻いた清隆だ。清隆は私の不満げな呟きにも、全く表情を変えずに「何がだ?」と首を傾げた。

 

「天沢一夏のことよ。……あんた、私に料理の基礎を教わった後、彼女にトムヤンクンを振る舞ってパートナー契約を勝ち取ったんでしょ?」

 

そう。宝泉の件が片付く前、清隆は一年生の天沢一夏を籠絡するため、彼女の『料理を作って』という要求に応えてみせたのだ。

しかも、作った料理はただの家庭料理ではなく、スパイスの調合が難しい本格的なトムヤンクン。

私が料理の基礎を教えたとはいえ、あの一年生の小悪魔女子のために、清隆がわざわざそんな手の込んだ料理を作ってあげたという事実が、私の胸の奥をチリチリと焦がしていた。

 

「彼女の要求を満たすためだ。合理的かつ最短の手段だった」

 

「理屈は分かってるわよ。でも、なんだか私だけ蚊帳の外みたいでズルいじゃない。……だから、今日は私にも作ってもらうわよ、トムヤンクン」

 

私はカートの中に、レモングラス、バイマックルー、カー、そしてパクチーやフクロダケといった本格的なタイ料理の食材を次々と放り込んでいった。

清隆は左手を吊っている状態だ。当然、完全な料理を要求するつもりはない。

 

「左手を怪我してるんだから、全部作れとは言わないわ。でも、四月の過酷なトレーニングを頑張った私へのご褒美として、今日は一緒に料理して、二人でトムヤンクンを食べるの。……文句はないわね?」

 

「お前が手伝ってくれるなら、異論はない」

 

素直に頷く清隆を見て、私は少しだけ機嫌を直し、夕食の買い出しを続けた。

休日の午後に、二人でスーパーで食材を選び、一緒に部屋に帰って料理をする。

それは、私たちが抱えている狂った日常や、クラス間の抗争を忘れさせてくれる、とても『普通で、甘い恋人同士』の時間のようだった。

 

買い出しを終え、私たちは男子寮にある清隆の部屋へと戻った。

キッチンに立ち、買ってきた食材を並べる。

 

「それじゃあ、清隆は右手だけでできる作業をお願い。細かいカットや、左手で押さえる必要があるものは私がやるわ」

 

「了解した」

 

私はエプロンを身につけ、清隆のアシスタントとして動き始めた。

エビの殻剥きや背ワタ取りなど、両手が必要な作業を私がこなし、清隆は右手一本で包丁を握り、レモングラスを斜め切りにし、カーを薄切りにしていく。

 

トントントントントンッ。

片手だけの作業であるにもかかわらず、清隆のリズミカルで正確無比な包丁捌きは健在だった。

 

「……本当に、信じられないわね。四月の頭に、私が包丁の握り方を教えたばっかりなのに。片手で私より綺麗に切ってるじゃない」

 

「食材の繊維に対する刃の侵入角度と、手首のスナップの軌道を最適化しているだけだ。左手で食材を固定できない分、摩擦係数を計算して滑らないように……」

 

「はいはい、可愛げのない理屈はいいの。次はエビの頭を炒めて出汁をとるわよ」

 

コンロに火をかけ、鍋に油を敷く。

エビの頭と殻を炒めると、キッチンに香ばしい甲殻類の匂いが立ち込めた。そこに水とタイハーブの数々を投入し、じっくりと煮出していく。

酸味と辛味、そしてハーブの複雑な香りが混ざり合い、部屋の中が一気に東南アジアのレストランのような異国情緒に包まれた。

 

「味付けは、ナンプラーとチリインオイル、それにライムの絞り汁ね」

 

私が調味料を用意すると、清隆は右手でお玉を持ち、鍋の中のスープをすくって小皿に移し、舌の上で転がすように味見をした。

 

「……ナンプラーをあと5ml。チリインオイルは規定量でいいが、ライムの酸味が熱で飛んでいる。火を止める直前に追加で数滴垂らそう」

 

清隆のその指示に従って味を整え、最後にフクロダケとエビの身を入れ、パクチーを散らして完成。

真っ赤なスープに、ハーブの緑とエビの鮮やかな色彩が映える、見た目にも完璧なトムヤンクンが出来上がった。

 

「美味しそう……! さっそく食べましょう」

 

私たちは小さなテーブルに向かい合って座り、スプーンでスープを口に運んだ。

 

「――――っ! 美味しい!!」

 

私は思わず目を丸くして声を上げた。

エビの濃厚な旨味がベースにありながら、レモングラスの爽やかな香りと、バイマックルーの柑橘系の風味が鼻に抜け、後からチリインオイルのピリッとした辛味とライムの酸味が絶妙なバランスで追いかけてくる。

レトルトやペーストに頼らない、フレッシュなハーブを使った本格的なプロの味。

 

「すごい……本当にすごいわ、清隆。辛味も酸味も、味が完璧にまとまってる。こんな本格的なトムヤンクン、レストランでもなかなか食べられないわよ」

 

私は夢中でエビとスープを口に運びながら、清隆を絶賛した。

 

「四月に料理をちゃんと習ったばっかりだなんて、絶対に誰も信じないわ。天沢さんも、こんな美味しいものを食べさせられたら、そりゃあパートナー契約しちゃうわね」

 

(……やっぱり、ちょっと悔しいけど)

 

「味覚は人それぞれだが、味覚センサーの数値をシミュレートして配合比率を計算したのが功を奏したようだな。お前が手伝ってくれたおかげで、片手でもスムーズに調理できた」

 

清隆は無表情のままトムヤンクンを味わいながら、淡々と答える。

 

一緒に料理をして、美味しいものを食べて、褒め合う。

左手の怪我さえ見なければ、本当に幸せな休日の夕食だった。

私は、この甘く穏やかな時間が、ずっと続けばいいのにと心の底から思っていた。

 

だが。

清隆が、ただの『料理上手な優しい彼氏』で終わるはずがないのだ。

 

夕食を終え、二人で後片付けを済ませた後。

窓の外は完全に日が落ち、部屋の中は間接照明のオレンジ色の光だけが静かに灯っていた。

 

「……さて」

 

ソファに座っていた清隆が、ゆっくりと立ち上がり、私の方へと歩み寄ってきた。

その瞳の色が、先ほどまでの穏やかなものから、冷徹な指導者のそれへと切り替わったのを、私は肌で感じ取った。

 

「四月の最終日。……今月のテーマであった『スタミナ強化』の、集大成の測定を行う」

 

「っ……」

 

私の肩が、ビクッと跳ねた。

 

四月の間中、私は毎晩のように清隆に『絶頂シャトルラン』や『スクワット・メトロノーム』といった狂気的なトレーニングを強いられ、心身ともに限界まで削り取られてきた。

今日は美味しいトムヤンクンを作って食べたし、清隆の左手も怪我をしているのだから、お休みにしてもらえるのではないかという私の淡い期待は、見事に打ち砕かれた。

 

「今日は、これまでのように無理にタイムを制限したり、過剰な負荷をかけて抱き潰しにはいかない。お前自身のペースで構わない」

 

清隆は私の前に立ち、私を見下ろしながら静かに告げた。

 

「だが……その代わり、朝までだ。外が明るくなるまで、お前の意識と肉体が途切れることなく、俺を受け入れ、行為を持続できるかどうかを測定する」

 

「あ、朝まで……!?」

 

私は絶望的な声を出した。

 

「い、いやー……無理じゃないかなぁ……っ。普通に考えて、朝までぶっ続けなんて、体力おばけのあんたならともかく、私がもつわけないじゃない……っ」

 

私は後ずさりしながらも、清隆から逃げられないことは本能で悟っていた。

 

「俺は左手が使えないからな。俺の体力の消耗も抑えられる。……さあ、脱げ」

 

「もう!トムヤンクンが台無しよ!」

 

私は涙目で文句を言いながらも、自らの手で着ていた私服を脱ぎ、下着を外し、ベッドの上へと上がった。

清隆も右手だけで器用に服を脱ぎ捨て、一切の布を纏わない鍛え上げられた肉体を露わにして、私の上に覆い被さってきた。

 

「まずは、基本の測定からだ」

 

私がベッドに仰向けになり、清隆が上から覆い被さる正常位。

左手が使えない清隆は、右手だけで私の腰を固定し、自らの体を支えるようにして、私の最も深い場所へと、ゆっくりと、しかし確実にその楔を沈み込ませた。

 

「あっ……んっ……ふぅっ……」

 

挿入と同時に、私の口から甘い吐息が漏れる。

清隆が宣言した通り、激しく揺さぶるような暴力的なピストンではなかった。

ただ、清隆の腰の動きは、私の内側のヒダの構造を完璧に把握し、最も快感を生み出すポイントを的確に、ミリ単位の精度で擦り上げてくる。

 

「あぁっ……きよたか、これっ、すごく……きもちいい……っ」

 

ゆっくりとした動きなのに、脳髄が溶けるような快感が押し寄せてくる。

私は清隆の背中に両腕を回し、その正確なリズムに身を委ねた。

息が上がり、視界が白く明滅し始める。

 

「あ゛っ! くるっ、いくっ、いくぅっ!」

 

行為が始まって数十分。私は早々に、一度目の絶頂を迎えた。

ガクガクと体を震わせ、シーツを握りしめながら快感の波に呑み込まれる。

普段なら、この時点で息も絶え絶えになり、「もう無理」と弱音を吐いているところだ。

 

しかし。

 

(あれ……?)

 

絶頂の余韻が引いていく中、私は自分の体の異変に気がついた。

確かに快感で頭はクラクラしているし、息も荒い。

だが、肺の奥にはまだ十分に酸素を取り込む余裕があり、手足の筋肉も完全に脱力してはいない。意識もハッキリと保たれており、何よりも「もう一度清隆を受け入れたい」という雌としての欲求が、全く衰えていなかったのだ。

 

「……呼吸の乱れからの回復が早いな。第一フェーズはクリアだ」

 

清隆が、私の表情を観察しながら静かに言った。

 

(私……体力が、ついてる……!?)

 

あの狂った四月のトレーニング。死ぬ思いで耐え抜いたトンチキ・メソッドの数々。

それが、私の基礎体力と心肺機能を、劇的に底上げしていたのだ。

私は自分自身の体の進化に驚愕しつつも、クイッと口角を上げて清隆を見つめ返した。

 

「……ふふっ。言ったでしょ、簡単には抱き潰されないって」

 

「いい傾向だ。なら、少し負荷を上げるぞ。……立て」

 

清隆の指示に従い、私はベッドから降りて床に足をついた。

清隆は私を壁際に立たせ、壁に両手をつくように命じた。

 

「腰を落とし、お尻を俺の方へ突き出せ」

 

背後から清隆が私の腰に右手を回し、密着してくる。

立ったまま後ろから挿入される背面立位。

重力に逆らって自らの体重を足腰で支えなければならず、なおかつ清隆からの後方への衝撃をダイレクトに受け止めるため、足の筋肉と体幹に凄まじい負荷がかかる体勢だ。

 

「いくぞ」

 

ズチュッ! パンッ! パンッ!

 

「あ゛っ! ぁぁっ! ひぃっ!」

 

先ほどの正常位とは打って変わり、清隆が腰のストロークを深め、激しく打ち付けてきた。

肉と肉がぶつかり合う音が部屋に響き、壁に手をついた私の体が、前後に大きく揺さぶられる。

 

「ああっ! 激しっ、きよたか、深いっ、深いぃっ!!」

 

下腹部を強烈に突き上げられ、子宮が悲鳴を上げるような快感。

本来なら、この体勢で激しく突かれれば、数分で太ももがプルプルと震え出し、膝から崩れ落ちてしまうはずだ。

だが。

 

(耐えられる……っ! 私の足、しっかりと床を踏みしめてる……っ!)

 

トレーニングで酷使された大腿四頭筋と大殿筋が、清隆の暴力的な突き上げを見事に吸収し、跳ね返している。

壁についた両腕も鍛え上げられた体幹の力によって、姿勢を崩すことなくしっかりと上半身を固定していた。

 

「……素晴らしいな。体幹のブレが極限まで抑えられ、俺の運動エネルギーを逃さずにすべて快感に変換できている」

 

背後から、清隆の感嘆の混じった冷たい声が聞こえる。

 

「あ゛あ゛っ! くるっ、また、いくっ!!」

 

私は壁に爪を立て、二度目の激しい絶頂に身を焦がした。

ビクンビクンと痙攣する下半身。

それでも、私は膝をつくことなく、自らの二本の足でしっかりと立ち続け、清隆からの激しいピストンを受け止め続けていた。

 

「はぁっ……はぁっ……どう……!? 私、まだ……立ってるわよ……っ!」

 

私は肩で息をしながら、肩越しに清隆を挑発するように振り返った。

 

「ああ。想像以上の仕上がりだ。……これなら、朝まで十分に検証を続けられそうだな」

 

清隆の瞳の奥に、理性の仮面を脱ぎ捨てた暗い炎が灯るのを見た。

そこから先は、果てしない快楽と消耗の泥沼だった。

 

時計の針が深夜を回り、やがて未明へと差し掛かっても、私たちの行為が終わることはなかった。

 

横向きに寝転がって足を絡ませ合う側位で、互いの体温を感じながらの長い愛撫と挿入。

ベッドの縁に私を座らせ、清隆が立った状態で行う体勢での、角度を変えた執拗な責め。

時には清隆が私の足を片手で抱え上げ、体重を支えながらの過酷な交わり。

 

「あぁっ! んんっ! ぁぁぁっ!」

 

何度も、何度も絶頂を繰り返し、シーツは私たちの汗と体液でぐちゃぐちゃになっていた。

意識が飛びそうになるたびに、清隆が巧みなキスと言葉で私の理性を繋ぎ止め、再び快楽の渦へと引きずり込んでいく。

 

「はぁっ……はぁっ……きよたかっ……もう、いくつ、イッたか……わかんない……っ」

 

「呼吸が浅くなっている。深く息を吸え。……まだ、夜は終わっていない」

 

左手を使えないというハンデを負いながらも、清隆の体力はまさに無尽蔵だった。

しかし、私も負けてはいなかった。

四月のトレーニングで培われた異常なスタミナが、私の細胞一つ一つに限界を超える力を与え続けていたのだ。

 

そして。

窓の外の空が、深い藍色から、薄紫、そして柔らかなオレンジ色へと白み始めた頃。

 

「……これが、最終フェーズだ」

 

清隆はベッドに仰向けになり、私をその上に跨らせた。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

私は清隆の上に跨り、乱れた髪から汗を滴らせながら彼を見下ろした。

全身の筋肉が悲鳴を上げ、太ももは鉛のように重い。限界ギリギリだ。

 

だが、私は不思議と笑みを浮かべていた。

 

「……ふふっ。朝に、なっちゃったわね」

 

私は自らの意志で腰を下ろし、清隆の最も深く、熱い部分を根本まで呑み込んだ。

 

「んっ……あ゛っ……!」

 

重い。痛い。苦しい。

けれど、自分の意志で清隆を支配し、彼から快感を引き出しているという事実が、私の折れそうな心に火をつける。

 

「あぁっ! はぁっ! んんぅっ!!」

 

私は清隆の胸板に手をつき、自らの腰を激しく振った。

強制されたリズムではない。私自身の本能が求める、最も気持ちのいいリズムと深さで。

 

「……見事だ。ここまで動けるとは、完全に予想を超えている」

 

下から私を見上げる清隆の目にも、確かな驚きと、そして称賛の色が浮かんでいた。

 

「当たり前でしょ……っ! 誰が、毎晩あんなトンチキな……地獄の特訓を……乗り越えてきたと、思ってるのよ……っ!」

 

私は汗だくになりながら、苦笑いとともに叫んだ。

まさか、あの狂気的なトレーニングが、本当に私をここまでタフに作り変えてしまうなんて。

悔しいけれど、清隆の計算は完全に正しかったのだ。

 

「あ゛っ! ぁぁぁっ! 清隆っ、私、もう、全部……っ!!」

 

私の腰の動きが最高潮に達し、子宮の奥底から込み上げてくる凄まじい衝動が全身を駆け巡る。

 

「……ああ。俺も、限界だ」

 

清隆が下から私の腰を掴み、最後にして最大の突き上げを放った。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

窓から差し込む朝日が部屋を照らし出すと同時に。

私たちは互いの肉体を強く押し付け合いながら、最も深く、最も長い絶頂の果てへと、一緒に落ちていった。

私の中に、彼から放たれた熱く濃密な生命の証が、とめどなく注ぎ込まれていくのを感じながら、私の意識はついに幸福なホワイトアウトへと沈んでいった。

 

「……んんっ……」

 

微睡みの中から意識が浮上する。

チュン、チュン、という小鳥の囀りと、窓から差し込む眩しい朝の光。

 

私はベッドの上で、清隆の腕の中にすっぽりと収まった状態で目を覚ました。

全身の筋肉がバキバキに痛み、指先一本動かすのも億劫なほどの極度の疲労感。

しかし、その疲労感の奥には、「朝までやり切った」という謎の達成感と、心地よい余韻が満ちていた。

 

「……起きたか」

 

頭上から、静かな声が降ってくる。見上げると、清隆がすでに目を覚まし、私の頭を優しく撫でていた。

 

「……うん。おはよ、清隆」

 

私は清隆の胸に頬をすり寄せ、小さく息を吐いた。

 

「……悔しいけど。認めてあげるわ。あんたのあのトンチキなトレーニングのおかげで、私のスタミナは劇的に上がったみたい」

 

私は苦笑いしながら、一応の礼を言った。

 

「これで、OAAの評価に恥じない働きができるわ。……夜のベッドの上限定でね」

 

「俺の立てたカリキュラムが正しかったことが証明されて何よりだ。今後も継続して……」

 

「絶対にやらないわよ!!」

 

私が食い気味に叫ぶと、清隆は少しだけ残念そうに口をつぐんだ。

 

「あんな地獄のメニュー、二度とごめんよ! 今回は四月のテーマだから付き合ってあげただけ。もう私のスタミナは十分だから、これ以上のトレーニングは一切お断り!」

 

私は断固たる拒絶の意志を示し、清隆を睨みつけた。

これ以上付き合わされたら、私はサイボーグか何かに改造されてしまう。

 

しばらくの沈黙の後、私はふと、真剣な顔つきに戻って清隆に問いかけた。

 

「……ねえ、清隆」

 

「なんだ」

 

「宝泉のことよ。……あいつ、完全にあなたの退学を狙ってた。今回はあなたが機転を利かせて逆手に取ったからよかったけど……一年生を使ってあなたを退学させようという動きがあるのは明白だわ」

 

私は清隆の包帯の巻かれた左手に、そっと自分の手を重ねた。

 

「大丈夫なの? ……一年生の中に、他の刺客が潜んでいるかもしれないんでしょ」

 

私は堀北の参謀として、クラス全体を見渡す立場にある。だからこそ、清隆が抱えている危険性が分かっていた。

 

「……助けは、必要? あなたを守るための防壁を作ることはできるわよ」

 

私の真剣な申し出に対し、清隆は静かに天井を見つめ、やがて私の髪をゆっくりと撫でながら答えた。

 

「……今のところ、心配はいらない。一年生の動向については、俺なりに手を打っている」

 

「本当に? ひとりで抱え込んでない?」

 

「ああ。……だが」

 

清隆の視線が、私へと向けられた。

その瞳の奥には、清隆特有の、計算高く、そして底知れない暗い炎が宿っていた。

 

「もし、俺の手に負えない事態が起きた時や、お前の力が必要になった時は……遠慮なく、お前を頼らせてもらう。」

 

「――――っ」

 

私は清隆のその言葉を聞いて、なぜか胸の奥がギュッと温かくなるのを感じていた。

清隆が、いざという時は私を頼ると言ってくれたのだ。

 

「……ふん。せいぜい、私が助けてあげたくなるように、夜は優しくご機嫌を取っておくことね」

 

私は照れ隠しにそう言い捨て、再び清隆の腕の中に顔を埋めた。

 

私は静かに闘志を燃やしながら、心の中で一つの確固たる決意を固めていた。

(――――でも、夜のトンチキなスタミナ強化トレーニングだけは、絶対に、二度とやらないからね!)

 

四月の終わり。

朝の穏やかな光の中で、私は清隆の温もりと、新学期の激動の予感を胸に抱きながら、再び深い微睡みの中へと落ちていった。

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