※この作品はR-18です。

綾小路くん、私はセフレ?それとも   作:Geminiちゃん痛くしないで

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九月①:満場一致試験

九月。

無人島での過酷なサバイバルと、豪華客船での夢のような夏休みが終わり、私たちは二年生の二学期を迎えていた。

季節は確実に秋へと向かい始めているものの、窓の外から差し込む日差しにはまだ夏の厳しい残滓が混じっている。

二学期が始まってから二週間ほどが経過し、クラスの空気もようやく『日常』のペースを取り戻しつつあった。

 

しかし、この高度育成高等学校において、平穏な日常などというものは、次の地獄への短いインターバルに過ぎない。

 

朝のホームルーム。

教壇に立った担任の茶柱先生は、いつもの冷徹な空気をさらに一段階凍てつかせたような、極めて重い声音で私たちに告げた。

 

「これより、新たな特別試験の概要を説明する。……試験の名は、『満場一致特別試験』だ」

 

黒板にチョークで書き殴られたその文字を見て、教室内に微かなざわめきが広がる。

 

「ルールは極めてシンプルだ。試験当日、学校側からクラス全体に対して『五つの課題(テーマ)』が出題される。それらの課題には複数の選択肢が用意されており、お前たちは完全匿名のシステムを使って、自分の選ぶ選択肢に投票を行う」

 

茶柱先生の視線が、クラスの生徒一人一人を射抜くように見回していく。

 

「全員の投票結果が、いずれかの選択肢に『満場一致』で揃えば、その課題はクリアとなり、次の課題へと進むことができる。……逆に言えば、クラスの意見がたった一人でも割れている限り、何度でも投票と話し合い(インターバル)を繰り返さなければならない」

 

「満場一致するまで……って、もし意見が割れたまま時間切れになったらどうなるんだよ?」

 

須藤が顔をしかめて質問する。

 

「その場合は未クリアとみなされ、重いペナルティが課される。……具体的には、クラスポイントを『300ポイント』没収されることになる」

 

「さんびゃく!?」

 

クラス中から悲鳴のような声が上がった。

300クラスポイントといえば、毎月振り込まれるプライベートポイントにして三万ポイント分。それが毎月失われるとなれば、クラスの昇格はおろか、生活そのものが破綻しかねないダメージだ。

 

「制限時間は、五つの課題を合わせて数時間程度しか用意されていない。限られた時間の中で、いかにクラスの意見を一つにまとめるか。お前たちの『団結力』と『対話能力』が問われる試験だ」

 

(なるほど。多数決ではなく、全員の総意が求められる試験ね)

 

私は自席でペンを回しながら、脳内でルールの分析を開始した。

匿名投票である以上、誰が反対票を投じているかは基本的には分からない。話し合いの時間で多数派が少数派を説得し、いかにして満場一致の状況を作り出すか。

一見すると平和的な話し合いの試験に思えるが、この学校がそんな生易しいものを提示してくるはずがない。

 

「……では、実際にシステムに触れてもらうため、簡単な『チュートリアル』を行う」

 

茶柱先生の指示で、私たちは支給されたタブレット端末を操作し、練習用の課題に投票を行った。

『明日の朝食は、パンが良いか、ご飯が良いか』といった、ごく簡単なテーマ。

最初の投票では当然意見が割れるが、短い話し合いのインターバルの後、「今回はパンに合わせよう」という平田や堀北の誘導により、数回の投票で無事に『満場一致』を達成することができた。

 

「……ふむ。チュートリアルはこんなものか」

 

クラスメイトたちが「なんだ、意外と簡単じゃん」「これならすぐ終わるな」と楽観的な空気を漂わせる中。

私は、ただ一人、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

 

(話し合いだけで終わる、簡単な試験? ……そんなわけがない)

 

私の脳裏に蘇ったのは、一年生の一学期が終わろうとしていた、あの三月の日の記憶だ。

選抜種目試験が終わり、一年生としてのすべてのカリキュラムが完了した日の夕暮れ。私は職員室の前で、茶柱先生にたずねたのだ。

 

『……あんな風に、クラスメイトの中から強制的に退学者を選ばなければならないような理不尽な試験が、二年生になっても行われる可能性はあるんですか?』

 

あの山内を退学に追いやった、忌まわしいクラス内投票。あのような惨劇が再び起こるのかと聞いた私に対し、茶柱先生は冷徹に、しかし確かな警告を含んだ声でこう答えた。

 

『絶対にないとは、言えない。……いざという時、後悔のない決断ができるように、お前自身が常に準備をしておくことだ』

 

あの時の茶柱先生の警告が、私の頭の中で警鐘を鳴らしていた。

満場一致試験。

この「全員の意見を一つにしなければならない」というシステムの恐ろしさは、意見が割れた時にこそ真の牙を剥く。

 

もしこの五つの課題の中に、私たちの道徳心や絆を極限まで天秤にかけるような、悪魔のような選択肢が含まれていたとしたらどうなるだろうか。

例えば――。

 

『クラスポイント(あるいはプロテクトポイント)を獲得する代わりに、クラスから一人、退学者を出す。賛成か、反対か』

 

「……っ」

 

私は無意識のうちに、ペンを握る手にギリッと力を込めていた。

間違いない。茶柱先生のあの時の言葉に従うなら、この満場一致試験には、クラスメイトの首を絞めさせる最悪の『地雷』が埋まっている可能性がある。

この試験を、ただの話し合いだと楽観視するのは、あまりにも危険すぎる。

 

その日の放課後。

私は誰とも会話を交わすことなく、自室の寮へと直行した。

 

ベッドの上にノートを広げ、満場一致試験で発生しうる『最悪の事態』についてのシミュレーションを深く、そして徹底的に掘り下げるためだ。

今日は、清隆の部屋を訪れる気にもなれなかった。この思考は、彼に頼る前に、まず私自身の頭で完全に整理しておかなければならない。

 

「……やはり、最悪のケースは『退学と引き換えの報酬』ね」

 

私はノートに、『退学者1名 ⇔ クラスポイント(またはプロテクトポイント)』という仮説を書き込んだ。

もしこのテーマが出た場合、クラスはどう動くか。

 

普通に考えれば、現在のクラスは非常にまとまりが良い。

堀北のリーダーシップが定着し、平田がクラスの潤滑油として機能し、私や啓誠といった参謀が支えている。上昇ムードにあるこのクラスで、わざわざ仲間を一人切り捨ててまでポイントを得ようとする人間はいないはずだ。

 

「基本的には『反対(退学者を出さない)』で満場一致できるはず。……普通なら、ね」

 

私はペンの尻で唇を叩きながら、目を細めた。

問題は、もし『普通ではない事態』が起きた時だ。

 

誰かが意図的に『賛成』に票を入れ続けた場合。

時間切れになれば、クラスポイント300の没収という破滅が待っている。時間は刻一刻と減っていく。焦りと疑心暗鬼がクラスを包み込む。

その極限状態の中で、クラスは『ペナルティを回避するために、誰かを犠牲にして賛成で一致させる』という、最も残酷な決断を迫られることになる。

 

(でも、今のクラスの状況で、わざわざそんな自滅的なリスクを冒してクラスを崩壊させようとする人間がいるかしら)

 

私はクラスメイトの顔を順番に思い浮かべていく。

池や本堂のようなボーダー層は、自分が退学に選ばれるリスクが高まる『賛成』に投票するメリットが全くない。高円寺はマイペースだが、自らクラスの首を絞めるような面倒な真似はしないだろう。

 

では、誰か。

誰が、クラスを地獄に突き落とすスイッチを押す動機を持っているのか。

 

「……一人だけ、懸念があるとするなら」

 

私はノートの端に、一つの名前を書き込んだ。

 

『櫛田 桔梗』。

 

表向きは男女問わず好かれるクラスのアイドル。コミュ力が高く、常に笑顔で周囲を和ませている彼女。

私自身、櫛田が裏で何を企んでいるのか、その詳細な過去までは知らない。

だが、ふとした瞬間に櫛田が堀北や清隆に向ける、氷のように冷たく、どす黒い『確執』の眼差し。

 

理由は分からない。ただ、櫛田桔梗という生徒が、堀北鈴音と綾小路清隆に対して異常なほどの敵対心と拒絶反応を隠し持っていることだけは、知っている。

 

「可能性は決して高くはないわ。彼女だって自分の身は可愛いはずだし、わざわざクラス全体を敵に回すような自滅的な真似はしないと思う」

 

私はペンを走らせながら独り言を呟く。

 

「でも……最悪の状況として想定しておくなら。もし、あの異常な確執が理性を上回り、匿名投票という絶対的な隠れ蓑を利用して、堀北さんや清隆を退学に追い込むために、櫛田が最後まで『賛成』に入れ続けたとしたら?」

 

シミュレーションが、一気に現実味と熱を帯び始めた。

時間が迫り、ペナルティが確定しそうになる極限状態。もし櫛田が折れず、犯人が櫛田であると特定できたとして、リーダーである堀北さんはどうするのか。

堀北はリーダーとして、クラスポイント300の没収という破滅を絶対に避ける義務がある。

 

「ペナルティを回避するためには、一度『賛成(退学者を出す)』でクラスを満場一致させるしかない。……そして、その状況を招いた人間を、退学者として名指しする」

 

それが、普通の集団心理が導き出す結論だ。

クラスを人質に取った裏切り者を排除し、クラスを救う。一見、完璧な解決策に思える。

 

しかし。

 

「……堀北さんは、本当に櫛田さんを切るかしら」

 

私は思考の焦点を、クラスのリーダーである堀北へと合わせた。

堀北と櫛田の間に、深い個人的な確執があることは間違いない。普通なら、自分を敵視し、クラスを危機に陥れた人間など即座に感情で切り捨てるべきだ。

 

だが、堀北は今や、ただの意地っ張りな孤独な生徒ではない。

堀北は、この一年半で目覚ましい成長を遂げ、クラス全体の利益を俯瞰して見ることができる『本物のリーダー』になりつつあるのだ。

 

「堀北さんは、極めて合理的な判断を下す可能性があるわ」

 

櫛田という生徒の、OAAにおける『社会貢献性』や『機転』の高さ。クラス内外に持つ圧倒的な情報網とコミュニケーション能力。

それは、どれだけ櫛田が堀北に歯向かおうと、クラスがAクラスへと這い上がるためには『絶対に手放せない強力な戦力』なのだ。

 

「もし堀北さんが、個人的な確執や裏切りに対する一時の怒りよりも、クラスの将来の総合力を天秤にかけたとしたら……」

 

『櫛田のコミュニケーション能力と情報網は、これからのクラスに絶対に必要よ。能力の高い櫛田をここで退学にすることは、クラスにとって大きな損失になるわ』

 

そんな、リーダーとしての冷酷なまでに合理的な判断を下し、あえて確執を飲み込んで櫛田を庇う可能性は、決してゼロではない。

 

「……じゃあ、櫛田さんを庇った場合。代わりに誰が退学になるのよ」

 

私は立ち止まり、冷や汗が背中を伝うのを感じた。

試験のルール上、一度『賛成』で一致してしまったら、必ず誰か一人を選んで退学にしなければならないのだ。

櫛田が許され、ペナルティも回避しなければならない。

 

その時、クラス全体を納得させるための『最も合理的で、反論の余地がない退学者の選出方法』は、何か。

 

「……OAAの、総合評価」

 

私は震える手で、ベッドの上に投げ出していた自分の端末を手に取った。

能力至上主義のこの学校において、最も客観的で、残酷な『能力の証明』。

誰かを切り捨てなければならない時、感情論を排した大衆心理は必ず「一番能力が低くて、クラスに貢献していない人間から切るべきだ」という冷徹なトリアージへと向かう。

 

「お願い……嘘でしょ……」

 

私は祈るような気持ちで、OAAのアプリを起動した。

クラスの生徒一覧を表示し、ソート条件を『総合力の低い順』に設定する。

 

画面が切り替わり。

一番上に表示された、クラスにおけるOAA最下位の生徒の名前。

 

『佐倉 愛里』

 

「――――ッ」

 

スマートフォンの画面を見つめたまま、私の全身の血液が、一瞬にして逆流し、そして凍りついた。

 

「愛里さん、が……」

 

私はその名前から、目が離せなくなっていた。

 

【佐倉 愛里】

・学力:C

・身体能力:D−

・機転:D−

・社会貢献性:C+

・総合力:D+

 

OAAが導入された四月から、愛里の数値はそこまで伸びていない。

もともと引っ込み思案で、体力もなく、勉強もそこまで得意ではない愛里。一年生の頃から、愛里は常にクラスの底辺を彷徨っていた。

最近でこそ、私たち綾小路グループという居場所を見つけ、少しずつ自分を変えようと、不器用ながらも努力はしている。

 

だが、この冷酷なOAAのシステムは、そんな個人の『精神的な成長』や『見えない努力』など、一ミリも評価してはくれない。

表示されるのは、無機質で絶対的なアルファベットと数字の暴力だけ。

 

「……なんでよ」

 

私は、スマートフォンを握りしめ、ギリッと歯を食いしばった。

 

もし、私のシミュレーション通りに最悪の事態が進行した場合。

櫛田が反逆し、堀北が合理的なリーダーとしての判断で能力の高い櫛田を庇い、代わりにOAAの最下位を基準に退学者を選ぶという裁定が下された場合。

 

真っ先に首を刎ねられるのは、他でもない。

あの、少しドジで、引っ込み思案で、でもいつも私の写真を嬉しそうに撮ってくれる、大切な『綾小路グループ』の仲間である、佐倉愛里なのだ。

 

『レイちゃん! 今日も一緒に写真撮ろっ!』

『私、全然役に立てないかもしれないけど……レイちゃんや、みんなと一緒にいられるのが、すごく嬉しいの』

 

船のプールで、満面の笑みを浮かべていた愛里の顔が脳裏に浮かぶ。

 

「……なんで。なんで、なんでッ!!」

 

私は端末をベッドに叩きつけ、自分の髪を両手で強く掻きむしった。

怒りが、恐怖が、そしてどうしようもない焦燥感が、私の心臓をドクドクと激しく打ち付けさせる。

 

退学者を出す? 最下位を切る?

それがクラスのための合理的な判断?

冗談じゃない。

 

「愛里さんは……私たちの、大切な友達なのよ……っ!」

 

この学校で、私に絶対に不可欠な光。

損得勘定抜きで笑い合える、綾小路グループという宝物。

その一角を、誰かのわがままと、リーダーの冷徹な天秤のせいで、切り捨てられるなど、絶対に、絶対に許せるはずがない。

 

「……はぁっ……はぁっ……」

 

私は深呼吸を繰り返し、暴走しそうになる感情を、強靭な理性で押さえ込んだ。

まだだ。まだ、これは私のシミュレーションに過ぎない。

本当に退学者を選ぶ課題が出るかも分からないし、誰も反逆しないかもしれないし、堀北が別の手段で解決するかもしれない。

 

それに。

 

「……清隆だって、絶対にそんなことは許さないはずよ」

 

私は、あの絶対的な計算と合理性で動く、私の愛する清隆の顔を思い浮かべた。

清隆は普段は冷徹で無感情で、平気で人を手駒として扱う。

だが、清隆が『綾小路グループ』という集まりをどれほど大切に思い、あの穏やかな日常を愛しているか、私は誰よりも近くで見て知っている。

五月に数学で満点を取ってクラスから孤立しそうになった時も、啓誠たちが受け入れてくれたことに、清隆なりに深く安堵していたのだ。

 

清隆が、自分の大切なグループのメンバーである愛里を、ただの「OAA最下位の不要な駒」として切り捨てるような選択をするだなんて、絶対にあり得ない。

清隆も必ず、愛里を守るために動くはずだ。

 

「でも……だからといって、清隆に全部任せきりにするわけにはいかない」

 

私は鏡の前に立ち、そこに映る自分の顔を見つめた。

髪は乱れ、瞳には冷たく、鋭い殺気が宿っている。

OAA総合評価B+。身体能力A。クラスにおける強力な発言力と、立ち回りの技術。

 

私が何のために、このステータスを手に入れたのか。

何のために、夜な夜な清隆の狂気的なトレーニングに付き合い、極限のスタミナと精神力を身につけてきたのか。

 

(清隆にすべてを背負わせないため。……そして、私が私自身の大切なものを守り抜くためよ)

 

もし、この満場一致試験が、私たちの愛する居場所を破壊しようとするならば。

清隆が表立って動きにくい場面があるならば。

 

「……私が、愛里さんを守る。……誰が相手でも、どんな手を使ってでも」

 

私は鏡の中の自分に向かって、絶対の誓いを立てた。

 

誰かが匿名で反逆するなら、私がその仮面を物理的、社会的に引き剥がし、完全に心をへし折ってやる。

堀北がリーダーとしての天秤で愛里を切り捨てようとするなら、私がクラスの権力を強引に簒奪し、堀北の傲慢な合理性を粉々に打ち砕いてやる。

他のクラスメイトがOAAの数値を盾に愛里ちゃんを指差すなら、私がその指を一本残らずへし折って、全員を黙らせてやる。

 

清隆と一緒に、この居場所を絶対に死守する。

知略、権力、身体能力。私が持つすべてのカードを切ってでも、あの笑顔を守り抜く。

愛里を守るためにも、私はすぐに堀北と話をすることに決めた。

 

「堀北さん。少し、いいかしら」

 

「新西さん。どうしたの?」

 

堀北が電話に出て、要件を私に尋ねてくる。

 

「急にごめんなさい。今から、あなたの部屋に伺ってもいい?……『満場一致特別試験』の件で、少し相談しておきたいことがあるの」

 

私の真剣な声のトーンに、堀北は少しだけ眉を動かした。

 

「相談? 別に構わないけれど。あなたも何か、良い対策のアイデアでも思いついたのかしら」

「ええ。まあ、そんなところよ」

 

「分かったわ。部屋にいるから、いらっしゃい」

 

堀北との約束を取り付け、堀北の部屋に行く身支度を始めた。

 

午後九時。

私は女子寮にある堀北の部屋のドアをノックした。

 

「いらっしゃい、新西さん。お茶でも淹れるわ」

 

「ありがとう」

 

堀北の部屋は、彼女の性格を表すように余計なものが一切なく、整然と片付いていた。

ローテーブルを挟んで向かい合い、温かい紅茶のカップが置かれる。

 

「それで? 相談というのは何かしら」

 

堀北は紅茶に口をつけることもなく、真っ直ぐに私を見据えて本題を促した。

 

私もカップには触れず、姿勢を正して彼女の目を見返した。

 

「……今回の満場一致特別試験。堀北さんは、どのようなテーマが出題されると予想している?」

 

「そうね。チュートリアルのような簡単なものばかりではないでしょう。おそらく、クラスポイントを賭けたギャンブルのような選択や、プライベートポイントの分配など、生徒の欲望を揺さぶるようなテーマが用意されているはずよ」

 

「ええ、私もそう思うわ」

 

私は頷き、そして、核心へと切り込んだ。

 

「でも、それはまだ『マイルドな方』よ。……私は、もっと残酷なテーマが用意されている可能性を考慮すべきだと思っているの」

 

「残酷なテーマ?」

 

「ええ。例えば……『クラスポイント、あるいはプロテクトポイントを得る代わりに、クラスから退学者を一人出す』。……賛成か、反対か。そういった、人間の倫理観と絆を極限まで試すような悪魔の選択肢よ」

 

私の言葉に、堀北の表情が微かに険しくなった。

 

「……いくらなんでも、それは考えすぎではないかしら。ただの話し合いの試験で、退学者を出すようなテーマが出るなんて。一年生の時の『クラス内投票』のようなことは、そう頻繁には起きないはずよ」

 

堀北は、常識的な観点から私の仮説を否定しようとした。

だが、私は引き下がらない。

 

「可能性は高くないかもしれない。でも、ゼロではないわ。一年生の三月に、私が茶柱先生に確認した時……先生は『クラス内投票のような試験が再度行われる可能性は絶対ないとは言い切れない』と警告していた。……私の直感が、全力で警告しているのよ。だから、リーダーであるあなたと、最悪の場合を想定したシミュレーションをしておきたいの」

 

私の気迫に押されたのか、堀北は小さく息を吐き、姿勢を正した。

 

「……分かったわ。あくまで『もしも』の話として、想定してみましょう。もし仮に、その退学者を出すテーマが出たとして。クラスの総意は、当然『反対(退学者を出さない)』に傾くはずよ。今のこのクラスで、わざわざ仲間を切り捨てる選択をする人間はいないわ」

 

「そうね。普通なら、そうなる」

 

私は冷たい声で返した。

 

「でも、もし……そのテーマが出た時。匿名投票であることを利用して、意図的に『賛成』に票を入れ続ける人間が現れたら、どうする?」

 

「……」

 

堀北の動きが止まった。

 

「誰がそんなことをすると言うの? ペナルティを覚悟で、クラスを道連れにするような真似を」

 

堀北が、探るような目で私を見る。

 

私は、堀北から目を逸らさずに、一つの名前を口にした。

 

「……櫛田さんよ」

 

堀北の肩が、ピクリと反応した。

 

「以前、あなたが私に明かしてくれたわね」

 

私は、過去に堀北と交わした会話を思い出しながら告げた。

 

「理由は教えてくれなかったけれど……櫛田さんが、あなたや綾小路くんに強い確執を抱いていて、明確に敵対しているってこと。私は、その事実を前提に盤面を見ているわ」

 

堀北は静かに目を伏せ、やがて肯定するように頷いた。

 

「……ええ。あなたには、いざという時のために彼女の危険性を共有しておいた。……だからといって、彼女がこの試験でクラスを道連れにしてまで、私や綾小路くんを狙うと本気で思っているの?」

 

「可能性は高くないわ」

 

私は冷静に返す。

 

「でも、最悪のケースとしてあり得る範囲の想定よ。もし、退学者を選ぶテーマが出題されたとして。彼女があなたや彼を退学に追い込むために、あるいはクラスをパニックに陥れるために、ずっと『賛成』に投票し続けたら……? 匿名システムという絶対の安全圏から、ペナルティのタイムリミットギリギリまで、彼女が折れなかったら。……堀北さん、あなたはどうするつもり?」

 

沈黙が、部屋を支配した。

堀北は手元のティーカップをじっと見つめ、何かを深く、重く思考しているようだった。

 

「……確かに」

 

やがて、堀北がポツリと口を開いた。

 

「彼女の私や彼に対する敵愾心は、時に合理的な判断を鈍らせるほどに強い。仮にその最悪のテーマが出た場合、彼女なら、その状況を利用して私や彼をターゲットにする可能性は……十分にあり得るわね」

 

堀北自身も、櫛田の執念深さと、彼女の危険性を痛いほど理解しているようだ。

 

「なら、どうするの。時間が迫り、クラスポイント没収のペナルティが目前に迫った時。彼女が絶対に折れないと分かった時」

 

私は堀北を問い詰める。

 

「……ペナルティを避けるためには、一度『賛成』でクラスを満場一致させるしかないわね」

 

堀北はスッと顔を上げ、強い光を宿した瞳で私を真っ直ぐに見据えた。

 

「その状況を招いた裏切り者である彼女を退学者として名指しするのが普通でしょう。……でも。もし彼女が牙を剥いてきたとしても、私に任せてほしいの」

 

「任せるって……彼女を切らないってこと?」

 

「私は、彼女をこのクラスの戦力として使いこなすと決めた。彼女の圧倒的な情報網とコミュニケーション能力は、私たちがAクラスへ上がるために必要不可欠よ。……だから、もし彼女が暴走したとしても、私が必ず彼女を説得し、コントロールしてみせるわ」

 

(――――ッ)

 

私は、危うく舌打ちをしてしまいそうになるのを必死に堪えた。

『リーダーとしての合理性』。

 

クラスを裏切った人間であっても、能力が高ければ手元に残す。個人的な確執よりも、クラスの将来の総合力を天秤にかける。

それは、感情論を排したリーダーとして、『正しく、合理的な判断』だ。

私自身、彼女のその合理的な成長を評価してきた。

 

だが。

 

「もし堀北さんが説得できず、タイムリミットが来て……それでもペナルティを避けるために『賛成』で一致させた場合。能力の高い櫛田さんを庇うなら、一体誰が退学者に選ばれるの?」

 

私は心の中で自問した。

 

その答えは明白だ。

クラス全体を納得させるための、最も合理的で、反論の余地がない選出方法。

「OAAの総合評価が一番低い人間(不要な駒)」を切ること。

 

つまり、佐倉愛里だ。

 

(……分かってるわ)

 

私は、太ももの上でギュッと拳を握りしめた。

リーダーの立場に立てば。クラスをAクラスに導くという目的だけを純粋に追求するならば。

能力が高く替えの効かない櫛田を残し、能力が低くクラスへの貢献度が低い愛里を切り捨てるのは、『正解』だ。

私が、そのロジックを理解できないはずがない。

 

(でも、嫌なのよ)

 

私は、心の中で自分自身を嘲笑った。

どんなに合理的に考えようとも、私の感情がそれを全力で拒絶している。

私にとって、大切な居場所である『綾小路グループ』の仲間。いつも私の写真を嬉しそうに撮ってくれる、あの無防備な笑顔。

それを、クラスのために生贄に捧げる?

 

冗談じゃない。

 

(私は参謀失格かもしれない。でも、この『わがまま』だけは、何があっても押し通す)

 

私は愛里を守りたい。

それがどんなに非合理で、クラスの不利益になろうとも。

だが、ここで私が「佐倉愛里を守るために櫛田を切れ」などと言えば、合理主義の堀北に『いざという時の身代わりの最適解=佐倉愛里』という誘導を自ら与えてしまうことになる。

名前は絶対に出せない。

だから私は、強引な『システム上の制約』を堀北に叩きつけることで、愛里を守るために戦う時間を確保する手段に出た。

 

「……分かったわ」

 

私は深く息を吐き、紅茶を一口飲んでから、極めて冷徹な声で言った。

 

「櫛田さんの説得。あなたがリーダーとしてそこまで考えるなら、あなたに任せる。……ただし、私から一つ『条件』を提示させてもらうわ」

 

「条件?」

 

「ええ。もしその最悪のテーマが出て、誰かが意図的にクラスの総意に背いていると判明した場合。……あなたがその裏切り者を説得するための猶予は、『投票回数四回』を限度としてちょうだい」

 

「四回……?」

 

堀北が眉をひそめる。

 

「そうよ。最初の投票で割れ、話し合いをして二回目。さらに話し合いをして三回目。……もし、四回の投票とインターバルを経てもなお、櫛田さんが明確にクラスの総意に背き続けていると判断できた場合」

 

私は身を乗り出し、堀北の逃げ場を塞ぐように睨みつけた。

 

「その時点で、あなたの『説得』は失敗よ。直ちに次の方針に切り替えてもらう。……櫛田さんを切り捨てるにせよ、他の人を切るにせよ、ペナルティを受け入れるにせよ、よ」

 

「……待ちなさい。四回はあまりにも短すぎるわ。制限時間ギリギリまで対話を続けるべきよ。それが満場一致試験の本来の」

 

「甘いこと言わないで!!」

 

私の怒声が、静かな部屋に響き渡った。

堀北が驚いたように言葉を止める。

 

「いい? 時間ギリギリまで引っ張れば、クラスはパニックになる。疑心暗鬼に陥り、冷静な判断ができなくなるわ。その極限状態の中でペナルティを避けようとすれば、クラスは確実にパニックになり『生贄』を求める暴徒と化す!」

 

私は、テーブルの上にドンッと両手をついた。

愛里を合理的判断の生贄にさせないためには、合理的判断を上書き可能な、時間に猶予がある状態で議論を押し返すしか無い。

 

「もし、あなたがその『四回』の限度を超えて、彼女の暴走を放置し続けるなら」

 

私の瞳に、一切の容赦のない、絶対零度の決意が宿る。

 

「その時は、私がクラスに反逆するわ」

 

「なっ……」

 

堀北が絶句する。

 

「あなたが四回で次の方針を示さないなら。私は五回目以降、どれだけクラスから非難されようと、ペナルティの時間切れになろうと、絶対に『退学者を出すこと』に【反対】の票を入れ続ける」

 

「新西さん……あなた、自分が何を言っているのか分かっているの!? そんなことをすれば、確実に300ポイントが没収されて……!」

 

「ええ、分かってるわよ! でも、裏切り者をコントロールしきれないせいで、生贄が出されるくらいなら、ポイント没収のペナルティの方がマシよ!!」

 

私は堀北の言葉を遮り、宣告した。

これが、私の『わがまま』だ。

仲間の退学を許すくらいなら、クラスポイントなどドブに捨てる。

その絶対的で、極めて非合理な覚悟を、堀北鈴音という合理的なリーダーに突きつけたのだ。

 

堀北は、信じられないものを見るような目で私を見つめていた。

 

クラスの勝利のために働いてきた有能な参謀が、ポイント没収というクラスの破滅を自ら引き起こすと宣言しているのだ。

堀北の脳内で、私の脅しの本気度と、自らのリーダーとしての合理的な計算が天秤にかけられているのが分かった。

 

部屋の時計の秒針の音だけが、カチ、カチと不気味に響き続ける。

 

数分にも及ぶ、重苦しい沈黙。

やがて。

 

「……はぁ」

 

堀北は、深く、本当に深いため息をつき、自らの額を右手で押さえた。

 

「……あなたの覚悟のほどは、嫌というほど伝わったわ、新西さん。まさかあなたが、そこまで強硬な手段に出るとは思わなかった」

 

堀北は顔を上げ、諦めと、そしてリーダーとしての責任感を含んだ目で私を見た。

 

「……分かったわ。あなたの条件に同意しましょう。もし、その最悪のテーマが出題され、櫛田さんが牙を剥いた場合。……私が彼女を説得する猶予は、『四回』までとする」

 

「……言質は取ったわよ、堀北さん」

 

私はゆっくりとテーブルから手を離し、姿勢を戻した。

 

「四回目までに私が彼女をコントロールできなければ、その時点で説得は諦める。そして……リーダーとして、その状況下で最もクラスの被害が少なくなる『次の方針』を決断するわ」

 

「ええ、約束するわ。あなたがリーダーとして時間を区切って決断を下す限り、私はあなたの最強の盾であり、矛になる」

 

私は冷めた紅茶を一気に飲み干し、立ち上がった。

 

「遅い時間に押しかけて悪かったわね。……明日の本番、何も起きないことを祈りましょう」

 

「ええ。おやすみなさい、新西さん」

 

堀北の部屋を後にし、私は薄暗い寮の廊下を歩き出した。

心臓がまだ、アドレナリンで早鐘のように打っている。

 

もし櫛田が暴走し、愛里が標的になった場合も、議論を押し返すための時間を確保できた。

でも、到底安心することはできない。

さらに予想外の事態が起きたら。愛里を守り通せなかったら。

 

「その時は……」

 

私は自室のドアノブに手をかけながら、暗い廊下の奥を見つめた。

愛里の笑顔。

そして、清隆の無機質な横顔。清隆なら、私がいかに非合理な『わがまま』を通そうとしているか、すぐに見抜くはずだ。

だが、清隆だって愛里を見捨てるようなことはしないと、私は信じている。

 

私の大切な『日常』を守るための準備は整った。

いよいよ明日、私たちの絆と倫理を試す悪魔の試験――『満場一致特別試験』の幕が上がる。

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