※この作品はR-18です。

綾小路くん、私はセフレ?それとも   作:Geminiちゃん痛くしないで

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一学期
四月:初体験


高度育成高等学校へと向かうバスの車内は、独特の緊張感と、それを覆い隠そうとする空疎な高揚感に包まれていた。

外部から完全に遮断された、進学・就職率百パーセントを誇る国立の学び舎。これから始まる未知の生活への期待が、狭いバスの空間に濃密に充満している。

 

私は、車内の一番後ろ、右側の窓際の席に深く腰掛けていた。

窓の外を流れる、どこまでも人工的な景色。それを眺める私の横顔を、春の柔らかな光がなぞる。

黄金色に輝く、さらさらとした髪。中学時代、私にとって「呪い」そのものであったこの容姿は、この新しい場所でも相変わらず、私の意思を無視して周囲の視線を惹きつけ続けていた。

 

(……また、これか)

 

視線の主を特定する必要すらない。

バスに乗ったその瞬間から、私の肌は、何人もの男子生徒たちが送ってくる視線の「温度」を敏感に感知していた。

それは、純粋な憧憬などではない。私のスカートから伸びる脚のラインを、頬の曲線を、唇の厚みを、値踏みするように、所有欲を孕んで、粘りつくように這い回る視線。

 

私には、その視線の裏側にある「欲」の正体が、吐き気がするほど鮮明に理解できてしまった。

彼らが求めているのは、私の魂ではない。新西レイという記号を、いかにして己の支配下に置き、消費するか。その下卑た計算が、彼らの瞳の奥で蠢いている。

 

中学の三年間。私は自らの周囲に「半径一メートルの絶界」を敷き、誰にもその内側を許さなかった。

暴力で私を屈服させようとした者たちは、私の本能的な技術によって返り討ちにし、言葉で惑わそうとした者たちは、氷のような沈黙で凍りつかせた。

この新しい学校でも、また同じ戦いを繰り返さなければならないのだろうか。穏やかな風に吹かれて生きたいという願いは、やはりこの美しい肉体という檻に閉じ込められている限り、叶わぬ夢に過ぎないのか。

 

半ば諦めに似た吐息を漏らし、視線を窓の外から車内へと戻した、その時だった。

ふと、隣の席に座る少年の存在が、私の意識の隅に引っかかった。

 

彼は、窓の外を見るでもなく、かといってスマホをいじるでもなく、ただ前方の背もたれの一点を見つめていた。

その瞳は、ひどく無機質だった。

死んだ魚のよう、と表現するにはあまりに静謐で、虚空を見つめているような、底の知れない深淵。

私が隣に座った際も、彼は事務的に一度だけこちらを確認した。だが、それは「人間が座った」という事実を認識するための確認作業に過ぎなかった。その後、彼はすぐに視線を前方へと戻し、まるで私がそこに存在しないかのように、あるいは道端の石ころでも見るかのような無関心を貫いた。

 

驚くべきことに、そこには「欲」がひとかけらも存在しなかった。

驚嘆も、下卑た興味も、あるいは私を「美少女」として特別視する気配すらもない。私という存在を、ただの「風景の一部」として受容しているような、圧倒的な凪。

 

(何、この人……)

 

これまでの人生で出会ったどの男とも違う。

前世の鋭い感覚が、彼の内側に潜む「何か」を察知しようとするが、滑らかな壁に触れているかのように、何の手がかりも得られない。

だが、その「何もなさ」が、今の私にはどうしようもなく心地よかった。

 

「……ねえ」

 

気づけば、私は口を開いていた。

中学三年間、自分から同年代の男子に話しかけることなど、業務連絡以外では一度もなかった私が。

彼はゆっくりとこちらに顔を向けた。その動作一つとっても、まるで感情の起伏が感じられない。精密機械のような、あるいは教育の行き届いた執事のような、淀みのない所作。

 

「何だ?」

 

短く、乾いた問いかけ。

私は、自分でも驚くほど自然な、ごく普通の女の子としての笑みを浮かべていた。

 

「これから同じ学校に通うんでしょ。私は新西レイ。よろしくね」

 

それは、演技ですらない、心からの挨拶だった。

彼は少しだけ意外そうに、ほんの一瞬だけ瞬きをしたが、すぐにその平坦な表情に戻る。

 

「……綾小路清隆だ。よろしく」

 

それだけだった。会話は弾まず、彼もそれ以上私に興味を示す様子はない。

けれど、私の胸には、冷たい氷水の中に温かい一滴の雫が落ちたような、不思議な安心感が広がっていた。

 

(この人……私を、ただの『人』として見てる。女としてじゃなく、新西レイという個体として)

 

その事実は、これまでの人生で私がどれほど渇望し、そして得られなかった唯一の救済だった。

 

バスを降り、白亜の巨大な校門をくぐる。

掲示板の前に群がる生徒たちの間をすり抜け、自分のクラスを確認する。

 

1年Dクラス。

 

指定された校舎へ向かい、真新しい教室の扉を開ける。

教室内はすでにいくつかのグループができ始めており、賑やかな、あるいは牽制し合うような声が飛び交っていた。

私は自分の座席表を確認し、指定された場所へと向かう。

そこは、窓際の一番後ろ。

教室全体を俯瞰でき、かつ背後に誰も立たせない、前世の私なら迷わず選んでいた「特等席」だった。

 

そして、その隣の席には――。

 

「あ……」

「……また会ったな」

 

先に座っていた綾小路くんが、少しだけ面倒そうに、けれど拒絶するでもなく私を見た。

運命、などという甘い言葉を使うつもりはない。

けれど、私の「隣」という場所に、最初から彼が用意されていたような、そんな奇妙な符合に胸が僅かに高鳴るのを感じた。

 

「偶然だね、綾小路くん。これから三年間、よろしく」

「ああ。……騒がしくなりそうだな、このクラスは」

 

彼の視線の先では、早くもクラスのリーダーシップを取ろうとする少年や、周囲を萎縮させるような威圧感を放つ男、そして冷徹な美貌を湛えた黒髪の少女たちが入り乱れていた。

私は彼に習うように、頬杖をついて教室を眺める。

隣に「私を女として消費しようとしない」存在がいるだけで、この騒がしい教室が、泥沼のような人間関係が、少しだけ居心地の良い、ただの「観客席」に感じられた。

 

ホームルームが始まった。

教壇に立ったのは、茶柱佐枝という、冷徹な美貌と厳しいオーラを纏った女性教師だった。

彼女の説明は簡潔であり、同時にこの学校が「実力至上主義」であることを暗に示唆していた。

月十万円相当のポイント。外部との接触禁止。

あまりにも好条件すぎるシステムに、クラスメイトたちは狂喜乱舞していたが、私はその裏側にある「毒」を本能的に察知していた。

 

(タダより高いものはない。……この学校、何を試しているの?)

 

やがて、茶柱先生の話は終わり、平田の呼びかけで一人ずつの自己紹介が始まった。

個性を演じる者、無難にやり過ごす者、敵意を剥き出しにする者。

ついに、私の番が回ってきた。

 

椅子を引き、ゆっくりと立ち上がる。

その瞬間、教室中の空気が変わった。

男子たちの視線が、獲物を見つけた猛獣のように一斉にこちらに突き刺さる。一方、女子たちの視線は、警戒と嫉妬、そして敵意を孕んだ鋭いものに変わる。

 

(大丈夫。もう、中学の時の私じゃない)

 

私は、中学三年間で磨き上げた、誰にも踏み込ませない「完璧な美少女」の仮面を被った。

少しだけ口角を上げ、柔らかく、けれど凛とした声を響かせる。

 

「新西レイです。中学まではあまり運動をしていませんでしたが、これからは色々なことに挑戦したいと思っています。男女問わず、仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」

 

今はただ、どこにでもいる、けれど少しだけ目を引く「清楚な美少女」を演じる。それがこの学校という戦場で生き抜くための、私の最初の戦術だった。

 

男子たちの歓声と、女子たちのひそひそ声。

それらを背中に受けながら席に着くと、隣の綾小路くんが、相変わらずの無表情で私を見ていた。

 

「……いい挨拶だったんじゃないか。外面は」

「……そう聞こえた?」

 

私は小声で返し、少しだけ悪戯っぽく、彼にだけ見える角度で笑った。

彼は肩をすくめるだけで何も言わなかった。

彼だけには、私のこの周到な「演技」が透けて見えている。その事実が、心地よい共犯意識となって、私の背筋を震わせた。

 

ホームルームが終わり、解散の空気が教室に流れる。

支給されたばかりの端末には、十万ポイントという数字が輝いていた。

寮生活を始めるにあたり、買い揃えなければならない日用品は多い。

私は迷わず、隣の席で立ち上がろうとしていた彼に声をかけた。

 

「綾小路くん。この後、コンビニに行かない? 買い出しに行きたいんだけど、場所もよく分からないし、一人だと少し……ね」

 

最後の方は少しだけ声を落とし、不安げな少女を演じる。

綾小路くんは、私の瞳を数秒間だけ見つめた。

私の演技を見破っているのか、それとも単に思考しているのか。

 

「俺も今から行くところだ。……構わないが、あまり期待はするなよ」

 

少しだけ間を置いて、彼は承諾した。

二人で校舎を出て、並木道を歩く。

すれ違う他クラスの生徒たちが、一様にこちらを振り返る。

黄金色の髪をなびかせる絶世の美少女と、あまりにも地味で、存在感の希薄な少年。その組み合わせは、この華やかな学校の中でも異質に見えるのだろう。

 

けれど、彼はそんな周囲の視線など、微塵も気にする様子がなかった。

歩幅も、呼吸も、常に一定。

私もまた、彼が隣にいるおかげで、周囲の「欲」に満ちた視線が自分に直接届く前に、彼の無機質なオーラによって中和されていくのを感じていた。

彼という名の、最高性能の防波堤。その陰にいるだけで、私の心は驚くほど凪いでいた。

 

校内併設のコンビニでの買い物は、淡々とした、けれど新鮮なものだった。

シャンプー、洗剤、タオル。

彼は、ブランドや価格にこだわる様子もなく、まるで在庫補充をする作業員のように、必要最低限のものを無造作にカゴに入れていく。

一方の私は、少しだけ悩んでから、甘い香りのボディソープを手に取った。

 

「新西は、案外こだわりがあるんだな」

「……女の子だもん。これくらいは、ね」

 

何気ない会話。

けれど、彼が私のことを「女の子」という単語で括っても、そこには中学時代の男子たちが込めていたような、吐き気を催す下卑たニュアンスは一切なかった。

ただの事実。ただの属性。

「リンゴは赤い」と言うのと同義の平坦さ。

それがどれほど私を救っているか、彼には一生分からないだろう。

 

「じゃあ、俺はこっちだから」

「うん。一緒に行ってくれてありがとう。また明日ね、綾小路くん」

 

寮のエレベーターの前で別れる際、彼は短く手を挙げ、背中を向けて去っていった。

一度も、振り返ることはなかった。

 

自分の部屋に入り、カードキーでロックをかける。

誰もいない、静かな空間。

中学時代の私なら、この孤独こそが世界で最大の安息だった。

誰の目も気にせず、誰の欲望も浴びず、ただ一人の人間として呼吸できる場所。

 

けれど、今日は少しだけ、何かが違っていた。

 

ベッドに倒れ込み、天井を見つめる。

今日一日の出来事が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。

バスでの出会い、隣の席という偶然、そして二人きりの買い物。

 

(……期待して、いいのかな)

 

綾小路清隆という男。

彼は、私に「欲」を見せなかった。

前世の超人的な気配を恐れることもなければ、現世の美少女としての私を汚そうともしない。

彼は、私がこの世界で最も欲していた「対等な対話」ができる、唯一の椅子を差し出してくれる存在かもしれない。

 

彼となら、性別も、過去のトラウマも、持て余した美貌も関係なく、一人の「人間」として仲良くなれる。

そんな、純粋で無垢な期待が、私の胸の奥で温かく膨らんでいく。

 

けれど――。

その期待の裏側で、もう一つの、もっと暗くて熱い感情が、鎌首をもたげた。

 

(……本当に、私に興味がないの?)

 

起き上がり、洗面台の鏡を見る。

そこには、前世の男としての私なら喉から手が出るほど欲しただろう「美」が具現化している。

均整の取れたしなやかな肢体。人を狂わせるほどに整った顔立ち。

中学時代、これだけの武器を持ちながら、私は誰にも心を開かせなかった。

 

それなのに。

いざ、自分を全く「女」として意識しない、あるいは意識させない男が現れると、心の一番深いところに眠っていた「新西レイ」としての自尊心が、チクリと痛むのを感じた。

 

「……変なの。あんなに、そういう目で見られるのが嫌だったはずなのに」

 

独り言が、冷えた空気の中に溶けていく。

彼が私を特別視しないから、私は安心できる。

けれど、彼が私を全く揺さぶられない「風景」として扱うから、私は彼を「特別な存在」として意識してしまう。

 

(……いつか、あの無表情を、私だけで満たしてみたい)

 

それは、自分でも驚くほど「女の子」らしい感情であり、同時に、強敵を屈服させたいと願う本能だった。

彼を跪かせたいわけじゃない。

ただ、その無機質な深淵のような瞳の中に、私という存在を、無視できない「唯一の色彩」として刻みつけたい。

 

「安心」と「征服欲」。

矛盾する二つの感情を抱えたまま、私は電気を消した。

明日、隣の席で彼がどんな顔をして私を迎えるのか。

おそらくは今日と同じ、無愛想で、けれど誰よりも平穏な顔なのだろう。

それを考えるだけで、新しい生活への恐怖は、いつの間にか、心地よい「武者震い」へと変わっていた。

 

 

 

高度育成高等学校での最初の月、四月。

それは新西レイという一人の人間にとって、前世から引き継いできた自我と、現世で纏った「女」という性に対する自己認識が、静かに、しかし確実な音を立てて書き換えられていく、奇妙で残酷な三十日間であった。

 

入学式から数日が過ぎ、真新しい制服にも少しずつシワが寄り始めた頃。私と綾小路清隆の距離は、Dクラスの誰もが予想しなかった――おそらく、私自身でさえも予想していなかった――異例の速さで縮まっていた。

とはいえ、それは巷の高校生たちが謳歌するような、「春の浮ついた恋」や「青春の甘いひととき」などといった陳腐なものでは決してない。

 

放課後、私たちは示し合わせたかのように合流し、敷地内に併設された巨大な商業施設『ケヤキモール』へと足を運んだ。

ある時は、落ち着いた照明のカフェの片隅で、各々が持参した本を黙読した。彼が読むのは難解な古典文学やミステリーであり、私が読むのは主に心理学や自己啓発の類だった。活字を追う合間に、ふと顔を上げても、彼の視線が私を捉えていることはない。

 

またある時は、最新設備の整ったカラオケボックスの個室に二人きりで入ることもあった。カラオケと言っても、そこにマイクを奪い合うような喧騒はない。彼が選曲するのは、どれも流行から少し外れた、あるいは誰もが知っているが無難すぎる曲ばかりで、しかもその歌い方は、楽譜の音符を精密機械のようになぞるだけの、驚くほど抑揚のないものだった。

私はソファに深く腰掛け、グラスの水滴を指でなぞりながら、彼が歌うその「作業」を作法のようにただ静かに眺めていた。

 

そこに、密室特有の男女の甘い沈黙や、ふとした瞬間に指先が触れ合うような甘美な期待は、微塵も存在しなかった。

 

「綾小路くん、そのアイスティー、もう氷しか残ってないよ。ストローの音が虚しいけど」

 

私が頬杖をつきながら、微かに呆れたような声で指摘する。

 

「……ああ、気づかなかった。読書に集中しすぎたか」

 

彼は平坦な声で答え、残った氷をカラカラと鳴らしてから、グラスをテーブルの端へと追いやった。

そんな、中身があるようでない、どこまでも乾いた会話。

 

中学時代、群がる男子たちを「半径一メートルの絶界」という鉄壁の境界線で弾き飛ばしてきた私にとって、綾小路清隆という存在と共有するこの時間は、まるで「無重力状態」に等しかった。

彼は私を襲わない。不用意に触れようともしない。私の顔立ちや身体のラインを値踏みするような、あの粘りつくような視線も一切向けてこない。

一人のクラスメイトとして、あるいは隣の席の友人として、極めて事務的かつ清潔な距離感で接してくれる。

 

(……心地いい。本当に、息がしやすい)

 

今世では、周囲の欲情から身を守るために心を閉ざしていた私が。

彼という防波堤の内側にいる時だけは、鎧を脱ぎ捨て、ただの「新西レイ」という一人の人間として呼吸することができた。それは、何よりも代えがたい安息であり、私にとって絶対的な救済であったはずだった。

 

――そう、最初の一週間は。

 

入学式から一週間経った頃、クラス内の人間関係のヒエラルキーが徐々に固まり始めたある日の朝。

Dクラスの教室の空気は、朝の爽やかさとは無縁の、酷く下卑た熱狂に包まれていた。

 

中心に陣取っているのは、クラスのムードメーカーを自称する池寛治と、それに追従する山内春樹だった。彼らは自分たちの机をくっつけ、一冊のノートを広げながら、何やら真剣な、それでいて興奮を隠しきれない表情で議論を戦わせていた。

 

「いいか、よく考えろよ! やっぱり俺たちDクラスが誇る『山脈』と言えば、圧倒的に櫛田ちゃんだろ! あの制服の上からでも分かる圧倒的な質量……まさに奇跡の造形美だぜ!」

 

池が、あたかも世紀の大発見をしたかのように声を張り上げる。

 

「いやいや、待てよ池。俺は佐倉も捨てがたいぜ……あの猫背に隠された隠れ巨乳、あれは絶対に男のロマンを刺激するやつだ! たまんねえ!」

 

山内が、鼻息を荒くしながらノートに何かを書き込んでいる。

 

周囲の男子たちも面白半分にその議論に加わり、女子が登校してくる前の教室は、さながら発情期の猿山の様相を呈していた。

彼らが白熱しているのは、クラスの女子の「胸の大きさランキング」を作成するという、低俗で、最低極まりない話題だった。

 

私はすでに自分の席に座り、文庫本に視線を落としていたが、嫌でも耳に入ってくるその会話に、わずかに眉を顰めた。

前世が男であった私には、彼ら男子高校生の脳内が、どれほど単純で、欲望に忠実な回路で動いているかが手に取るように分かる。中学時代、私を校舎裏に追い込み、力で屈服させようとした連中と全く同じ、理性で制御不能な獣の欲動。

 

「おっ、そういえば新西はどうだ? あいつ、顔の偏差値とスタイルの良さは間違いなく学年トップクラスだけど、肝心の『山脈』としての標高は……まあ、ぶっちゃけ『普通』だよな」

 

不意に、私の名前が彼らの口から飛び出した。

池の言葉に、周囲の男子たちが一斉に頷く。

 

「だな。デカすぎず、小さすぎずって感じか。でも、あの細くて長い脚のラインと、近寄りがたいほどの顔面偏差値なら、総合点では絶対にトップクラスだろ。俺、新西になら踏まれてもいいわ」

「お前ドMかよ。でも分かる。あの冷たい目で『近寄らないで』って言われたいよな」

 

ランキングの頂点には食い込まないものの、彼らの下世話な品評会において、私の容姿は必ずと言っていいほど特別な枠組みで話題に上る。

 

私は本から目を離さず、内心で冷たく嗤った。

(……勝手に言ってなさい。私のこの洗練された体は、あんたたちみたいな『猿』の浅ましい欲を満たすためにあるんじゃない。評価されることすら不快だ)

 

だが。

そんな軽蔑の念を抱く一方で、私の心の奥底――「女」としての自我が芽生え始めている極めて深い部分で、奇妙な感情が蠢いているのを自覚してしまった。

 

(……私は特別なんだ)

 

彼らのような獣の基準においても、私の魅力は極めて高い位置にあり、彼らを狂わせるだけの力を持っている。その事実を再認識した時、背筋にゾクッとした奇妙な満足感が走ったのだ。

 

今の私は、ただ存在するだけで、男たちの理性を揺さぶり、ひれ伏させることができる。

私は自分の美貌という肉体を「呪い」だと忌み嫌いながらも、それがこの世界を渡り歩くための「最強の武器」であることを、無意識のうちに、誰よりも深く理解し、誇りに思ってしまっていたのだ。

 

その日の午後は、期せずして彼らの「ランキング」の答え合わせとも言うべき、体育の「水泳」の授業が組まれていた。

 

更衣室の湿った空気の中、指定されたスクール水着に着替えた私は、全身鏡の前に立った。

そこには、女性特有の柔らかな曲線が、完璧なバランスで映し出されていた。

紺色の水着が白い肌に張り付き、鎖骨のラインから胸の膨らみ、そして引き締まったウエストから脚へと続くラインを強調している。

普段の制服という鎧を脱ぎ捨て、肌の露出が増えることで、私自身の「女子」としての生々しい輪郭が、痛いほど鮮明に浮かび上がっていた。

 

「……行きましょうか」

 

小さく呟き、更衣室の扉を開ける。

強い日差しが降り注ぐプールサイドに私が足を踏み入れた瞬間、すでに準備体操を終えていた男子生徒たちの視線が、文字通り一斉に、物理的な質量を伴ってこちらに突き刺さった。

 

あからさまに鼻の下を伸ばし、目を丸くして見つめる者。

女子の目を気にしながらも、何度も何度もこちらを盗み見る者。

池や山内に至っては、分かりやすく唾を飲み込む音まで聞こえてきそうだった。

 

その視線の弾丸を全身に浴びながら、私は顔色一つ変えずに悠然と歩を進めた。

中学時代の私なら、この剥き出しの欲望の波に耐えきれず、吐き気を催して逃げ出していただろう。

だが、今の私は違う。この視線は、もはや私を脅かすものではない。先ほどの教室での会話を経た私にとって、これは自分の「女としての圧倒的な価値」を証明するための、ただの安っぽい「指標」に過ぎなかった。

 

(見なさい。これが、あなたたちが一生手に入れられないものの姿よ)

 

冷酷な優越感に浸りながら歩いていた私の視線が、ふと、プールサイドの端で立ち止まった。

そこには、一人だけ水に入らず、プールサイドに腰を掛け、水面を見つめている綾小路くんの姿があった。

 

私の足は、無意識のうちに彼の方へと向かっていた。

あえて他の男子たちの注目を集めるように、ゆっくりとした足取りで彼に近づき、その隣に立つ。

 

「綾小路くん。泳がないの?」

 

わざと髪をかき上げ、首筋のラインを強調しながら、彼に向かって柔らかく微笑みかける。

至近距離。水着姿の私が、湿った吐息が届くほどの場所にいる。

普通の男子であれば――いや、どんなに理性を保とうとする男であっても、この距離で私の肌を目の当たりにすれば、視線のやり場に困るか、露骨に動揺して目を逸らすはずだ。

 

しかし。

彼は、ゆっくりと首を巡らせて私を見ると、その瞳に一切の波紋を立てることなく、ただ一言、平坦な声でこう言った。

 

「……水がまだ冷たそうだからな。少し様子を見ているだけだ。新西は泳がないのか?」

 

彼の瞳は、やはり圧倒的に凪いでいた。

私の胸元にも、白い太ももにも、その視線は一秒たりとも留まることはなかった。まるで、目の前に立っているのが絶世の美少女ではなく、ただの壁や、無機質なマネキンであるかのような、冷徹なまでの無関心。

彼はただ「同級生の顔」を見て、会話のキャッチボールを事務的にこなしただけだった。

 

(……ねえ、嘘でしょ。本当に、何も感じないの?)

 

その瞬間、私の胸の奥底で、小さな、しかし酷く鋭いいら立ちが、チリッと火を噴いた。

他の男子たちがあれほど狂信的に執着し、私自身が誇りすら抱き始めていた「女」という絶対的な価値。

それが、綾小路清隆という男のフィルターを通した途端、なんの価値もない「ただの肉の塊」、あるいは「背景の一部」へと残酷に還元されてしまう。

 

一片の欲も、驚きも抱いていないように見えるその横顔。

かつてはそれが私の唯一の「安心」だったはずなのに。

今の私にとって、その無関心は、自分の存在を否定されるに等しい、耐え難い「敗北感」を意味していた。

 

四月の終わりが近づくにつれ、私の内側に巣食ったそのいら立ちは、次第に制御できないほどの熱を帯びていった。

 

私たちは相変わらず、仲の良い、無害な友人として放課後を共に過ごした。

ケヤキモールで互いの生活用品を買い出しに行き、新しいカフェのメニューを開拓し、たわいもない、感情の起伏の少ない冗談を言い合う。周囲から見れば、美男美女(彼は目立たないが、整った顔立ちをしている)の、微笑ましいカップルに見えていたかもしれない。

 

けれど、私の内側は嵐のように荒れ狂っていた。

 

(彼が私を「女」として認めない限り、この親密さは、どこまで行っても砂上の楼閣ではないか?)

(彼にとって私は、代えのきく「ただのクラスメイトA」に過ぎないのではないか?)

 

そんな強迫観念が、夜になるたびに私を暗い思考の沼へと引きずり込んだ。

 

中学時代、あれほど他者からの欲情を嫌悪し、拒絶し続けた私が。

今度は、ただ一人の男からの、自分に向けられない欲情を、喉から手が出るほど渇望している。

それは、あまりにも歪んだ自己確認の儀式だった。

 

彼が私を欲して初めて、私はこの持て余した「女」という体と美貌を、本当の意味で受け入れることができる。

彼が私の前で理性を失い、私に溺れて初めて、一人の強者を支配したと証明できる。

 

安心感を与えてくれた恩人を、自分の劣等感と自尊心を埋めるための道具にしようとしている。

自分の醜さに絶望しながらも、私はもう、後戻りできないところまで来ていた。

 

四月の最終日。

五月に支給されるポイントの使い道を考え、生徒たちが浮き足立っている放課後。

人気のない図書室の奥、心理学の棚の前で、私は本を読んでいる彼の背中に声をかけた。

 

「……ねえ、清隆」

 

初めて、彼を下の名前で呼んだ。

彼はページを繰る手を止め、少しだけ意外そうに眉を微かに動かして私を見た。

 

「今日、私の部屋に来ない? 美味しいアールグレイの茶葉を、通販で買ったばかりなんだけど。一人で飲むのも、味気なくて」

 

声が震えないように、必死に平静を装う。

女子が男子を、自分の個室に誘う。その意味を、彼が理解できないはずがない。

断られるかもしれない。その時は、もう友人としてすら居られなくなる。

だが、彼は少しの間沈黙した後、本を閉じて静かに言った。

 

「……分かった。少しだけなら」

 

拒絶は、されなかった。

 

女子寮の一室。

私のパーソナルスペースの最奥部に足を踏み入れた彼は、やはり相変わらずだった。

「綺麗に片付いてるな。いい部屋だ」とだけ感想を述べ、私が指定した小さなテーブルの向かい側に、警戒する様子もなく腰掛ける。

 

私はキッチンに立ち、紅茶を淹れるふりをしながら、部屋のメイン照明を消し、オレンジ色の間接照明だけを残した。

部屋の空気が、一気に親密で、淫靡な色を帯びる。

心臓が、肋骨を突き破りそうなほど激しく鼓動している。手のひらには嫌な汗をかいていた。

 

私はティーカップを二つテーブルに置き、自分の席には座らず、そのままゆっくりと彼に近づいた。

中学時代に私が引き、彼との間にも存在していた「一メートルの絶界」。

それを今、私自身の意志で、完全に踏み越える。

 

彼の膝の間に割り込むようにして、自分の身体を密着させる。

黄金色の豊かな髪が零れ落ち、彼の肩にかかった。

私の甘い香水と、彼の体から微かに漂う柔軟剤の清潔な匂いが混ざり合う。

 

「清隆……」

 

私の声は、ひどく掠れていた。

 

「あなたは、本当に私に興味がないの?」

 

私は両手で彼の制服の襟元を掴み、彼に顔を上げさせた。

その無機質で、深淵のような瞳を、鼻先が触れ合うほどの至近距離で捉える。

 

挑発するように。

そして、泥沼から救いを求めるように。

自分という「女」のすべての価値を、彼の理性に叩きつける。

 

「それとも……本当は興味があるのに、必死に我慢してるだけ?」

 

私の細い指先が、彼の襟元から滑り落ち、シャツの第一ボタンにそっと触れる。

このまま、冷たく手を振り払われて拒絶されるか。

あるいは、いつものようにのらりくらりとした無関心な言葉でかわされ、私が道化になるか。

 

私は、自分の全存在を賭けていた。

私という「女」が、彼の絶対的な「凪」を壊せるかどうかの、狂気じみた賭け。

 

だが。

次の瞬間、私に返ってきた反応は、私の浅はかな予想を、遥かに凌駕するものだった。

 

「――興味がないわけじゃない」

 

低い、地を這うような声。

それと同時に、彼の大きな手が、私の腰をそっと、しかし逃げ場のない正確さで引き寄せた。

 

「あっ……!」

 

驚くほど強く、重く、抗いがたい力。

私の体が、その一瞬の制圧の前に、何の手立ても打てないまま、完全に彼の胸の中へと閉じ込められた。

関節を極められたわけでもない。ただ抱き寄せられただけ。なのに、本能が「これ以上動けば壊される」と激しい警報を鳴らしていた。

 

「ただ、お前自身が、それを望んでいないと思っていただけだ」

 

私を見上げる彼の瞳の奥に、初めて、明確な「色」が宿るのを見た。

それは、池や山内が見せていた、浅ましく下卑た欲情などではない。

もっと深く、暗く、冷徹で、一度狙いを定めた獲物は絶対に逃さない、絶対的な捕食者のような――底なしの支配欲。

 

その瞳に見入られた瞬間。

私の内にあった「彼を征服したい」というちっぽけな自尊心は、圧倒的な力と存在感の前に粉々に砕け散り、代わりに、どうしようもないほどの甘い痺れが全身を駆け巡った。

 

(ああ……負けた。私は、この人に完全に負けたんだ)

 

「望んでる……」

 

私の口からこぼれ落ちたのは、敗北の宣言だった。

だが、その敗北は、これまでのどの勝利よりも心地よかった。

 

「私は、あなたに、私を刻みつけたいの。あなたのその目の中に、私だけを映してほしい」

 

私の声は震えていた。

私は弱くていい。ただの女でいい。この圧倒的な強者の前でなら。

彼は私の腰を抱く手にさらに力を込め、私の顔を自分の方へと引き寄せた。

 

「……いいんだな、新西。ここから先は、後戻りはできないぞ」

 

それは、友人という関係の完全な終焉を意味する、最終確認。

私は彼の首に両腕を回し、その顔に自分の顔を近づけた。

唇が触れ合う寸前の距離で、私は彼の耳元に熱い吐息を吹きかける。

 

「……レイ、って呼んで。清隆」

 

そして、自分の意志で、彼の首に縋りついた。

 

「いいよ。……私の全部、あなたにあげる」

 

間接照明の薄暗い光だけが照らす、無機質な部屋の静寂の中で。

私たちの、狂気を孕んだ「合意」は、重なり合う激しい吐息と共に、深く、甘く結ばれた。

 

 

 

女子寮の静まり返った一室。

分厚い遮光カーテンは外の世界の光と音を完全に遮断し、部屋の隅に置かれたスタンドライトの薄暗い、オレンジ色の間接照明だけが、二人の影を壁に長く、そして濃く落としていた。

防音の効いた密室の空間に満ちているのは、エアコンの微かな稼働音と、私と綾小路清隆の、熱を帯びて重なり合う吐息の音だけだった。

 

「……レイ、後悔はしないと言ったな」

 

至近距離で囁かれた清隆の低い声が、私の鼓膜を直接揺らし、その振動が背筋を伝って足の先まで微かな痺れをもたらした。

その声色は、教室で時折聞かせる、あるいは放課後のカフェで交わす無機質で平坦なものとは、明らかに温度も、質量も違っていた。

 

私を真正面から射貫くその漆黒の瞳。それは、欲情に理性を吹き飛ばされた思春期の獣の目ではない。まな板の上に拘束された獲物の急所を冷静に観察し、どこから刃を入れれば最も美しく、最も効果的に解体できるかを計算している、冷徹な外科医のような熱を帯びている。

 

「後悔……? するわけないじゃない」

 

私は挑発するように、そして彼に対する完全な降伏を自ら宣言するように、艶やかに笑ってみせた。

ゆっくりと指を動かし、自分の制服のブラウスのボタンを一つ、また一つと外していく。彼から視線を外さず、胸元を開き、そのまま肩から滑り落とすようにしてブラウスを床へと脱ぎ捨てた。

 

オレンジ色の光を浴びて、均整の取れた、白くしなやかな肢体が露わになる。

中学時代の三年間、他者の欲望の視線からあれほど必死に隠し続け、分厚い壁の奥で守り抜いてきた私の「女」という最大の武器であり弱点。それが今、この瞬間、綾小路清隆というただ一人の男の視線に無防備に晒されている。

 

その事実に、私の心の奥底で、得体の知れない暗い歓喜の火が燃え上がっていた。

清隆の手が、ゆっくりと動いた。

驚くほど大きく、そして不気味なほどに安定したその手が、私の熱を持った頬にそっと触れる。

 

「あっ……」

 

ただ肌が触れ合っただけだというのに、指先から強烈な電流が流れ込んできたかのように、私の肩が大きく跳ねた。

彼の手は、私の頬から首筋のラインをなぞり、華奢な鎖骨の窪みへと、滑るように、けれど確実に私の領域を侵犯しながら降りていく。

 

私には、触れてくる相手の筋肉の緊張状態、重心の置き方、呼吸の深さが瞬時に読み取れてしまう。だからこそ、恐ろしかった。

彼の手の動きには、微塵の迷いも、昂りによるブレも存在しなかった。まるで私の神経の配置を事前にすべて把握しているかのように、どこに、どれだけの圧力をかければ私が最も動揺するかを完全に理解している。

 

彼は急ぐことなく、しかし強固な意志を持って、私の周囲に築き上げられた見えない防壁を一枚ずつ、確実に剥がし、崩していく。

ホックを外され、制服のスカートが音もなく床に滑り落ちた。

薄い下着だけを身に纏い、ほとんど全裸に近い状態となった私を、彼はその大きな両手で抱き上げ、そして静かに、けれど逃げ場を与えない絶対的な力で、ベッドの柔らかいシーツの上へと押し倒した。

 

「……っ、清隆」

 

見上げると彼の顔が、ゆっくりと私の顔へと近づいてくる。

逃げることなど、最初から考えにもなかった。私は自ら首を反らせ、彼の侵略を受け入れた。

彼の熱い唇が、私の耳朶を甘噛みし、そのまま首筋の最も脈打つ場所へと吸い付く。

 

「んんっ……あ……」

 

チリッとした微かな痛みの後、それを上書きするように、甘く、痺れるような快感が首筋から脳髄へと直接駆け上がっていく。

丁寧すぎるほどに、じっくりと時間をかけた愛撫。

清隆の手は、私の胸元へと下り、下着越しの柔らかな膨らみを包み込むように捉えた。

 

決して目を引くような規格外のボリュームがあるわけではない。だが、大きすぎず小さすぎず、ただひたすらに黄金比を描くように美しく整った形の良い私の胸。それは、まるで最初から彼に撫でられるためだけに専用に誂えられたかのように、完璧なフィット感でぴったりと収まっていた。

 

彼の長い指が、布越しに形を変えるように揉みしだき、圧をかけるたびに、冷静な思考回路が、端からプツプツと音を立ててショートし、白く濁っていく。

 

「ん、あ……清隆、そこ……っ」

 

指先が下着の縁をずらし、露わになった柔らかな頂を彼が執拗に弄る。

 

「あぁっ!」

 

私は耐えきれず、自らの意思とは無関係に、背中を弓なりに反らせた。

私はこれほどまでに「女の体」というものが敏感で、他者の手によってこれほどまでに容易く「侵食」されることに脆いものだとは、想像すらしていなかった。屈辱的なまでの羞恥心が、全身の血を沸騰させる。

 

彼が指を滑らせるたび、唇を這わせるたび、私の体は新しい楽器のように見たこともない反応を返す。彼の愛撫は、最も快感に直結する急所を、針の穴を通すような正確さで的確に突いてくる。

 

「熱いな。お前の体は、外見の冷たさとは裏腹に、驚くほど素直だ」

 

耳元で囁かれる彼の平坦な言葉が、今の私にはどんな甘い愛の言葉よりも強烈な媚薬となって、脳を溶かしていく。

彼の顔が、さらに下へと降りていく。

私の意志など最初から存在しないかのように、彼は私の膝裏に手を回し、なんの躊躇もなく、私の脚を左右に大きく割った。

 

「待って、清隆、そこは……っ!」

 

見られている。

最も無防備で、最も隠しておきたい場所を、彼のあの冷徹な瞳に真っ直ぐに見下ろされている。

羞恥に顔を真っ赤に染め、脚を閉じようと力を込める暇もなく、彼の熱い指が、私の最も柔らかな、熱の源である場所に触れた。

 

「ひっ……!」

 

声にならない悲鳴が喉の奥で引き攣る。

中学三年間、半径一メートルの絶界を敷いて、誰の侵入も許さず守り抜いてきた、私の完全なる聖域。

そこを、彼は熟練の者が相手の関節を極め、急所を制圧するような絶対的な冷静さで、けれど同時に、壊れ物を扱うようにどこまでも愛しむような手つきで、ゆっくりと解きほぐしていく。

 

「力が入りすぎている。……リラックスしろ、レイ。お前の体は、もうこんなに熱く、俺を求めている」

 

彼の言う通りだった。

抵抗しようとする微かな理性を嘲笑うかのように、私の秘められた部分は、彼に触れられる前からすでに自身の情欲で潤い、熱を帯びていた。

 

そして、彼がそこに顔を近づけ、その熱い吐息が直接肌に触れた瞬間、私はどうしようもない敗北感と歓喜の入り交じった感情に、声を上げて泣きそうになってしまった。

直接的な、逃げ場のない刺激。

彼の舌が、私の最も敏感な熱の芯を捉え、円を描くように、あるいは弾くように執拗に弄る。

 

「やだ……だめ、清隆、ああぁっ!」

 

この身体は彼がもたらす快楽の暴力の前には、赤子のように無力だった。

腰が勝手にビクンビクンと跳ね、シーツを掴む両手の指先に、爪が白くなるほどの力がこもる。

逃げたい。狂ってしまいそうだ。

 

だが、彼は決して私を逃がさない。私の太ももを大きな手で強く抑えつけ、物理的な逃げ場を完全に奪ったまま、その冷徹な舌と指先で、私という存在のすべてを、ただ快楽に溺れる「女」へと仕立て上げていく。

彼の手が、さらなる奥へと侵入を開始する。

 

内側の柔らかな壁が、未知なる熱の侵入に驚き、一瞬硬直する。しかし、次の瞬間には彼をさらに深く求めて、吸い付くように収縮を始めていた。

湿り気を帯びた卑猥な水音が、静まり返った部屋の壁に反響し、私の羞恥心をさらに激しく煽り立てる。

 

「……もう、十分だな」

 

清隆が顔を上げ、ベッドから一度立ち上がった。

そして、彼自身が身につけていた衣類を、一切の無駄のない動作で次々と脱ぎ捨てる。

その時。

オレンジ色の照明の下で完全に露わになった彼の「個体」を見た瞬間、私の脳内に蓄積されていた「記憶」が、激しいエラー音を立ててショートした。

 

(……嘘でしょう? 大きすぎる……)

 

私には、見た瞬間にそれが理解できてしまった。

それが、平均という枠組みを遥かに、暴力的なまでに逸脱した、規格外の代物であることを。

極限まで削ぎ落とされた彼の鋼のような肉体に相応しい、凶悪なまでの存在感と熱量。

私という細く華奢な器の中に、あの絶対的な質量が入り込むという事実。

 

頭が真っ白になる。本能的な恐怖が全身の産毛を逆立て、それと同時に、恐怖を遥かに凌駕する狂おしいほどの期待と渇望が、子宮の奥深くで渦を巻いていた。

 

「……怖いか?」

 

私を見下ろす彼の瞳は、私が恐怖に怯えて逃げ出すなら、それもまた一つの結果として受け入れるというような、相変わらずの凪だった。

それが、私の残された最後のプライドを刺激した。

 

「……まさか。全部、私が受け止める。来なさいよ、清隆」

 

強がりの言葉だった。

そしてその言葉は、彼が私の両脚を深く折り曲げさせ、その圧倒的な質量を持った先端を、私の熱の奥深くへと沈め、楔を打ち込んだ瞬間に、呆気なく消え失せた。

 

「あ……が、ぁっ……!!」

 

ミシミシと、自分の内側の肉が、未知の熱と質量によって強制的に押し広げられていく感覚。

身体の柔軟性には自信があった。いかなる体勢も受け入れるしなやかさは誰にも負けない。

けれど、今私が直面しているこの衝撃と圧迫感は、そういった物理的な次元の計算を完全に超えていた。

 

息が詰まる。内臓が押し上げられ、自分の体が自分のものでなくなっていくような錯覚。

けれど、その苦痛にも似た張り裂けそうな感覚は、ほんの一瞬のことだった。

彼が深く、深く、最奥の根元まで私を完全に貫き、密着した瞬間。

突き上げられた私の奥底から、これまで生きてきた中で経験したことのない、爆発的な熱い奔流が、全身の血管という血管を駆け抜けた。

 

「……動くぞ」

 

彼の低い声が合図だった。

最初はゆっくりと。私の表情と、内側の肉の反応、呼吸の乱れを確かめるように、慎重にストロークを始める。

だが、その引き抜き、再び打ち込まれる熱の楔は、徐々にその速度と深さを増し、やがて鋭く、重く、一切の容赦のない暴力的なまでの律動へと変わっていった。

 

「はっ、ぁ……あぁっ! 清隆! すごい……これ、すごいよ……っ!」

 

思考が、完全に真っ白になる。

彼が腰を打ち付けるたびに、私と彼の肌が激しくぶつかり合う音が部屋に響き、私の視界の端では、火花が散るように光が明滅した。

 

かつての記憶。自分が、もしかしたら別の形で誰かに与えていたかもしれない支配の快楽。

それを、今、私は完全に受動的な立場で、すべてを明け渡す側として、数倍、いや数十倍の圧倒的な密度で味わわされている。

 

自分に関心を持たない男を振り向かせたい。その冷徹な瞳に私を刻みつけたいという、歪んだ自尊心。

そんなちっぽけな感情は、彼がもたらす快楽の嵐の中で、とっくの昔に木端微塵に吹き飛んでいた。

今の私は、ただの雌だった。

 

彼の圧倒的な力と、冷徹な支配の前に完全に屈服し、彼という絶対的な存在に、内側から細胞の隅々まで塗り潰されていくことに、至上の、そして涙が出るほどの幸福を感じていた。

 

彼の重みが、私の全身に重くのしかかる。

汗ばんだ肌と肌が隙間なく密着し、逃げ場のない快楽が、何度も何度もループして私を責め立てる。

私を見下ろす清隆の表情は、これほど激しい行為の最中であっても、やはり大きくは崩れない。

 

けれど、その漆黒の瞳だけは、私という存在を最奥まで完全に「支配」し、所有しているという、絶対的な確信と暗い熱に満ちていた。

 

「レイ……俺を見ろ。目を逸らすな」

「あ……っ、見てる、清隆しか……もう、何も見えない……っ!」

 

視線を絡ませたまま、何度も、何度も、呼吸を忘れるほどの絶頂の波が押し寄せる。

中学三年間、誰一人として踏み入ることを許さなかった「一メートル」の絶対的な空白。

それを、彼は今、この瞬間、最も原始的で、最も暴力的で、そして最も甘美な方法で、余すところなく埋め尽くしていた。

 

果てる瞬間。

限界を迎えた彼が私を強く、骨が軋むほどに抱きしめ、その熱い生の証、灼熱の種子を、私の最も深い、柔らかな場所へと、激しく解き放った。

 

「あぁぁぁぁぁっ……!!」

 

私の口から飛び出しそうになった絶叫は、私自身が彼の広い肩にすがりつき、強く噛み付くことで、ようやく塞がれた。

体内で熱いものが広がり、満たされていく感覚に、私の意識はついに限界を迎え、深い快楽の底へと落ちていった。

 

嵐のような行為が終わり、部屋には再び、先ほどよりも少しだけ重い静寂が戻っていた。

シーツの上にだらしなく絡み合った手足。部屋中に充満する、濃密な汗の匂いと、二人分の熱気が混ざり合った、生々しい空気。

 

私は、彼の厚い胸板に顔を埋め、背中に回された彼の手の温もりを感じながら、乱れきった荒い息を必死に整えていた。

体の芯がジンジンと熱を持って痺れており、指一本動かすのすら億劫なほどの脱力感。

 

(……私、完全に負けたんだわ)

 

彼に抱かれながら、ぼんやりと考える。

あれほど彼を「落としたい」、私の魅力で彼の理性を崩壊させたいと意気込んでいたのに。

いざ蓋を開けて、戦いのゴングが鳴ってみれば、徹底的に落とされ、解体され、屈服させられたのは私の方だった。

 

体の相性が良すぎた、などという市井の恋人たちが使うような生易しい言葉では、とうてい説明がつかない。

私は、綾小路清隆という男が持つ圧倒的な「個」の力に、肉体だけでなく、記憶や自尊心を含めた「魂」そのものを、文字通り貫かれ、支配されてしまったのだ。

 

荒い呼吸がようやく静まり、部屋には再びエアコンの微かな稼働音だけが、等間隔でリズムを刻み始めていた。

私は重い腕を持ち上げ、シーツを胸元まで引き上げると、隣で天井を仰いだまま静かに呼吸をしている清隆の横顔を盗み見た。

 

「……信じられない」

 

ぽつりと、乾いた唇から漏れたのは、一切の虚飾を剥ぎ取られた、偽らざる本音だった。

前世の知識、そして今世の美貌による優位性。そのすべてのデータと経験を総動員しても、今しがた私の身に起きたこの完璧な「支配」と陥落は、私の持つどのデータにも当てはまらない、完全に規格外のものだった。

 

「何がだ?」

 

清隆は、声のトーンを全く変えずに、視線だけをこちらに向けた。

そこには、事後特有の甘い余韻に浸る様子もなければ、あれほど激しい運動を終えた後の男特有の疲労感すら、ひどく希薄だった。

相変わらずの、底知れない凪。

私がこれほどまでに彼に乱され、狂わされたというのに、彼はまるでチェスのゲームを一つ終えただけのような平静さを保っている。

 

「何がって……全部よ。あなたは、こういう激しい時でも、私を抱いている時でも、そんな風にずっと冷めたままなの?」

 

少しだけ恨みがましく、私は彼を睨むように見つめた。

 

「冷めているつもりはない。ただ……お前の体の反応、呼吸の乱れ、筋肉の弛緩を観察し、その瞬間に導き出される『最適な答え』を選び続けていただけだ」

 

最適な答え。

その、あまりにも彼らしく、そしてあまりにも情操に欠けた言葉に、私はわずかな敗北感と、行き場のないいら立ちを覚える。

私は自分の「女」としてのすべてを賭して、彼の平静を乱し、ただの雄に落とそうとした。

なのに、彼は私の快楽すらも「計算」し、論理と理詰めのパズルを解くように、私を絶頂へと導き、陥落させたのだ。

 

「……女を抱くのに、計算で答えを出すなんて。でも……そのあなたの冷たい『最適な答え』のせいで、私はもう、普通の状態には戻れそうにないわ」

 

私は自嘲気味に笑い、自分から再び彼に歩み寄って、その熱い胸板に耳を預けた。

トクン、トクンと、規則正しく、けれど力強く刻まれる彼の心音。

中学時代、あれほど忌避し、触れることすら嫌悪していた男の肉体が、今はこれほどまでに近く、心地よく、そして恐ろしいほどに愛おしい。

 

「あなたは……これからも、私をこうやって扱うつもり? 教室やクラスの皆の前ではただの無害な隣人で、この部屋の中では……こうして、誰にも見せない支配者の顔を、私にだけ見せて」

 

私の問いかけに、彼は私の黄金色の髪をゆっくりと撫でながら、静かに答えた。

 

「お前がそれを望むなら、そうなる。俺にとっても、お前と過ごすこの時間は……有意義だ」

 

有意義。彼は常に、物事を効率や利用価値で測るような言い方をする。

甘い言葉など決して吐かない。けれど、その実は、私の逃げ道を物理的にも精神的にもすべて塞いだ上で、私から縋り付くように仕向け、その言葉を吐かせているのだ。

底知れない男。恐ろしく、そして抗いがたい。

 

「……ずるい人。でも、いいわ。今はどんな形でもいい。あなたの側にいる。でもね、清隆。覚悟しておいて」

 

私は顔を上げ、彼の首筋に、少しだけ強く、消えない痕を残すように歯を立てた。

彼が微かに眉をひそめるのを見て、私は満足げに微笑む。

 

「いつか、絶対に、その理屈っぽい冷たい頭の中を、私への執着でいっぱいにさせてやる。あなたの方から、理性を失って、私を絶対に離したくないって言わせてやるんだから」

 

それは、私の、残された最後の矜持をかけた、精一杯の宣戦布告だった。

清隆は私の言葉を聞いて、少しだけ可笑しそうに目を細め、けれどやはり無機質で平坦な声で、短く答えた。

 

「……期待しておこう」

 

その不敵な言葉を合図にするかのように、私たちは互いの体温を求め合い、再び深く重なり合う。

 

四月の最後の夜。

窓の外では、春の終わりの穏やかな風が吹いていたことだろう。

だが、この密室内だけは、外部の季節など一切関係のない、淀んだ甘い熱と、一生逃れられない底なしの執着だけが、狂おしいほどに渦巻いていた。




novelaiで作ったイメージ画まとめ(R18注意)
novelai使いこなせてないので画風バラバラ
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=339632&uid=480256
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