綾小路くん、私はセフレ?それとも 作:Geminiちゃん痛くしないで
「……全員の投票が完了した」
茶柱先生の声が、ピンと張り詰めた教室の空気を震わせた。
全員が息を呑み、祈るように両手を組む者、目を閉じる者、そして血走った目で大型モニターを睨みつける者がいる。
「結果を表示する」
先生の指がタブレットを操作し、教室前方の大型モニターが切り替わる。
そこに映し出された数字は。
【投票結果】
賛成:37
反対:1
「――――」
一秒。二秒。三秒。
教室の時間が、完全に凍りついた。
誰もが、自分の目が信じられなかった。
モニターに表示された『反対:1』という数字。それは、私と綾小路の廊下での話し合いが、クラスの望む方向には全く作用しなかったという、事実だった。
「……は?」
最初に沈黙を破ったのは、須藤の、間抜けで、ひどく掠れた声だった。
須藤はゆっくりと立ち上がり、信じられないものを見るような目で、モニターと、そして清隆を交互に見比べた。
「おい……嘘、だろ……?」
「な、なんだよこれ!! なんでまだ反対が1票残ってんだよ!!」
「おかしいだろ! 新西! お前、廊下で綾小路と話してきたんじゃないのかよ!! お前が自分から退学するって言ってんのに、なんであいつは反対すんだよ!!」
教室は一瞬にして沸点を超え、狂乱の坩堝と化した。
「……みんな、静かにして!!」
私は、わざと大きな音を立てて椅子から立ち上がり、クラスメイトたちに向かって叫んだ。
私の覇気に押され、クラスメイトたちは一瞬だけ言葉を失う。
「騒いだって時間は増えないわ! ……ちょっとだけ、彼と話をしてくる。すぐに戻るから!」
「今更話して何になるんだよ!!」
クラスメイトたちの悲痛な叫びを背に受けながら、私はスタスタと清隆の席まで歩み寄り、その腕を強引に掴んだ。
「ちょっと来て、清隆」
「……」
清隆は抵抗することなく立ち上がり、私の後に続いて教室を出た。
扉が閉まり、廊下へと出た瞬間、私は清隆を壁際へと押し込んだ。
窓から差し込む秋の夕日が、廊下をオレンジ色に染めている。
私は、壁を背にした清隆の真正面に立ち、その瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。
「……さて」
私は、抑えきれない口角の緩みを必死に引き締めながら、清隆に問いかけた。
「あなたが、私の退学に【反対】票を入れた。……つまり、この勝負は私の勝ち。あなたは私との関係を恋人と呼ぶことにした。そういうことでいいのよね?」
清隆は、私の顔をじっと見つめ返し、やがて静かに口を開いた。
「……お前の言う『恋』という感情が、具体的にどういうものなのか。正直に言えば、俺にはまだ、明確には理解できていない」
それは、いかにも清隆らしい前置きだった。
だが、私は清隆が単なる逃げ口上でそんなことを言っているのではないと分かっていた。だから、黙って続きを待つ。
「だが……前のインターバルでお前に問い詰められた後。一人で席に座って、考えていた」
清隆の視線が、少しだけ伏せられる。
「四月に入学してから、お前と過ごしてきた時間のことだ。夜の体力測定、無人島での助力、豪華客船での探索。……そして、王様ゲームのこと」
清隆の口から出た『王様ゲーム』という単語に、私は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。
「俺は毎日、お前にどんなお題を出すか、頭の片隅で考えながら過ごしていた。……それは、お前という存在を、常に俺の日常の中に思い浮かべていたということだ」
清隆は、自らの内面の微細な変化を、言葉にして紡ぎ出していく。
「もし、お前が退学になれば。あの夜のベッドでの温もりも、他愛のない王様ゲームのお題を考える時間も、お前と交わす言葉も……そのすべてが、俺の日常から消える。その空白を想像した時」
清隆は、再び真っ直ぐに私を見た。
その瞳の奥には、いつもの冷徹な光ではなく。ひどく人間らしく、不器用で、確かな熱が宿っていた。
「……それは、ひどく『寂しい』ことだと思ったんだ」
「――――っ」
私の胸の奥底で、何かが甘く、激しく弾けた。
『寂しい』。
私がいなくなることを、明確に寂しいと感じ、その感情を優先して自らの計画を捻じ曲げたのだ。
「……恋、とは言ってくれないのね」
私は、堪えきれずに笑みをこぼしながら、清隆の胸にそっと額を押し当てた。
「すまない。俺には恋という感情は難しい」
「ふふっ……いいわ。許してあげる」
私は顔を上げ、清隆に向かってとびきりの笑顔を見せた。
「あなたが私のいない日常を『寂しい』と思ってくれた。私を手放したくないと、感情で動いてくれた。……今は、それだけで十分よ。恋は、これから私が教えてあげるから」
私は背伸びをして、清隆の唇に軽く、誓いのようなキスを落とした。
これで、私たちの曖昧な関係は終わり、清隆は、私の恋人になったのだ。
「さて、それじゃあ『恋人』になったばかりのあなたに、早速助けてほしいことがあるの」
「……なんだ?」
「教室がしっちゃかめっちゃかよ。このままだと、二時間なんてあっという間に過ぎてペナルティ確定だわ。クラスをまとめるのを手伝って」
清隆は、呆れ果てたように眉を寄せた。
「……何の手立てもなく、あそこで愛里の身代わりに立ったのか、お前は」
「だって! 本来なら、私は堀北さん相手に愛里さんを守るために立ち回るつもりだったのよ!? なのに、あなたが急に愛里さんを退学にするなんて言い出すから、私の計画は全部台無しになったの!」
私は、恋人になったばかりの清隆に対して、遠慮なく責任をなすりつけた。
「今のクラス、完全にパニックで、私が何を言っても冷静に話なんて聞いてくれないわよ。……半分は清隆のせいでもあるんだから、責任とって手伝ってよ!」
私は、清隆のシャツの袖を掴み、涙目で見上げて泣きついた。
「……はぁ」
清隆は、今日一番の深いため息をつき、頭を掻いた。
「恋人になった途端、俺の負担が激増している気がするんだが」
「恋人なんだから、彼女のピンチを救うのは彼氏の役目でしょ?」
私がウインクすると、清隆は再び短く息を吐き、そして、いつもの静かで絶対的な自信を漂わせた目つきへと戻った。
「……分かった。まぁ、任せておけ。あの教室のパニックは、俺がリセットしてやる」
「さすが清隆! 頼りにしてるわ!」
私たちは、短い逢瀬を終え、再び修羅場と化している教室の扉へと手をかけた。
教室の扉を開けると、そこは依然として地獄の釜の底のような有様だった。
「どうすんだよ! 誰か一人が退学にならなきゃ終わんねえんだぞ!!」
「やっぱり新西か、佐倉に決めてもらうしか……!」
私たちの姿を見た瞬間、クラスメイトたちのヘイトと焦りが一斉にこちらへと向いた。
「おい綾小路! 新西! 話はまとまったのかよ!! お前らが勝手なことするから、時間がどんどん……っ」
須藤が血走った目で掴みかかろうとした、その時だった。
「……落ち着け」
清隆の、低く、しかし教室の隅々にまで浸透するような冷徹な声が響いた。
清隆から発せられる見えないプレッシャーに、須藤の動きがピタリと止まる。
「ペナルティのタイムリミットまで、まだ時間はある。……そんなに300ポイントを失うことが怖いか?」
清隆は、教壇の前まで歩み出ると、クラス全体を見渡して、信じられないことを口にした。
「ここで意見がまとまらずにペナルティを受けて300ポイント没収されたとしても。……今後の試験で、俺一人で300ポイントくらい取り返してやる」
「――――は?」
クラス全員の思考が、一瞬にして停止した。
怒りも、絶望も、悲しみも、すべてが吹き飛び、ただ純粋な『理解不能』という感情だけが教室を支配した。
「な、何言ってんだお前……? 一人で300ポイント……?」
須藤が、呆然と聞き返す。
「無人島のサバイバル試験を思い出せ」
清隆は、教室の後ろに座る高円寺六助を指差した。
高円寺は、自分に視線が集まったことにも動じず、手鏡を見つめたままニヤリと不敵な口角を上げている。
「あの試験で、高円寺は一人で動き、他を圧倒し、クラスに莫大なポイントをもたらしたはずだ。……高円寺にできることが、この俺にできないはずがないだろう」
あまりにも傲慢で、非現実的で、正気を疑うような宣言。
並の生徒が口にすれば、「何馬鹿なこと言ってんだ」と鼻で笑われ、さらなる怒りを買うだけの妄言だ。
しかし。
その言葉を発したのが、『綾小路清隆』であったという事実が、クラスメイトたちの脳内に、数々の『記憶』をフラッシュバックさせた。
一年生の体育祭での、最終リレー。
当時の生徒会長であり、誰もがその実力を認めていた堀北学と、アンカーとして直接対決し、互角以上の凄まじい激走を見せた、清隆の姿。
二年生の春に行われた、パートナー筆記試験。
学年でも屈指の難易度を誇ったあの数学の試験において、学年でただ一人『100点満点』という、あり得ない点数を叩き出した清隆の姿。
清隆は普段、目立たないように振る舞い、平凡な生徒に見せかけている。
しかし、その奥底には、高円寺六助にすら匹敵する、あるいはそれ以上の『底知れない能力』が隠されているのではないか?
「……清隆なら……」
啓誠が、震える声で呟いた。
「清隆なら、本気を出せば……本当に、一人でポイントを稼げるかもしれない……」
その啓誠の呟きが、クラス全体へと伝播していく。
彼らは気づいたのだ。今、教壇の前に立っている清隆が、『圧倒的な強者』であることに。
そして、その強者が「ペナルティなど恐れる必要はない」と断言したことで。
彼らの心を支配し、冷静な思考を奪っていた『300ポイント没収=クラスの破滅』という恐怖の呪縛が、急速に、そして劇的に解け始めたのだ。
「……本当に、できるのかよ……」
須藤が、信じられないものを見るような目で清隆に問う。
「俺にできないことはない」
清隆は、一切の表情を変えずに短く答えた。
そのたった一言で、クラスの空気は完全に反転した。
「綾小路がそこまで言うなら……」
「まだ時間は二時間ある……ここで焦って間違った決断をするより、冷静に考えた方が……」
パニックの波が引き、理性の天秤が、再び彼らに戻った瞬間だった。
(……見事ね、清隆)
私は、教壇に立つ清隆の背中を見つめながら、心の中で惜しみない拍手を送った。
清隆は、自らの実力をチラつかせることで、クラスに蔓延していた「時間切れへの恐怖」を取り除いた。
「……清隆くんの言う通りよ」
私は、清隆が作り出してくれた冷静な空気にすかさず乗じ、清隆の隣へと進み出た。
「ペナルティは、彼が言うように終わりでも何でもない。恐怖に駆られて、パニック状態で退学者を決める必要はないわ」
私は、落ち着きを取り戻したクラスメイトたちをゆっくりと見渡した。
迷走は終わった。今なら議論ができる。
「でも、私たちがAクラスを目指すなら、無駄な失点は回避するに越したことはない。……だから、もう一度、冷静に整理しましょう」
私は清隆の横に立ち、状況の整理を始めた。
「この状態を招いた原因は、二つよ。一つは、裏切り者の桔梗さんを退学にするかどうか。そしてもう一つは、OAAの能力評価をもとに、クラスにとって最も不要な人間を退学にするかどうか。……この二択に絞られるわ」
「……でも、能力評価なら佐倉になるだろ。また新西や長谷部が反対して、同じことの繰り返しじゃないか」
池が、冷静さを取り戻した声で指摘する。
「ええ。だから、これまでの『個人のOAA』だけで判断するのは間違っているわ」
私は、首を横に振り、クラス全員に向けて新たな『評価基準』を提示した。
「私が自ら身代わりに名乗り出た時、みんなはペナルティの恐怖からそれに賛成した。……でも、もし本当に私が退学になっていたら。それはクラスにとって損失だったはずよ」
「一人の評価だけじゃない。もしその人が退学になった時、私のように『身代わりになってでも助けたい』と名乗り出る友人がいるかどうか。その交友関係も含めた『クラスへの総合的な貢献度』で、退学者を決めるべきよ」
私がそう定義したことで、愛里を守るための道筋ができた。
愛里個人はOAA最下位かもしれない。しかし、愛里を退学にすれば、私が同時に反逆する。つまり「愛里さんを退学の候補にする⇒私が退学になる」という連鎖的な状態が発生するのだ。
冷静になったクラスは、その損失の重要性に気づくはずだ。
「そして……堀北さん」
私は、沈黙しているリーダー、堀北を鋭く見つめた。
「そもそも、今のこの状況は、あなたが『裏切り者の櫛田さんを庇う』という意見を出したことが原因よ」
「……っ」
堀北が唇を強く噛む。
「リーダーとして、櫛田さんを残すという選択をしたのなら。その代償として誰を切り捨てるべきか、あなたが責任を持ってこの議論をまとめなさい」
私の追及に、クラスの視線が堀北へと集まる。
堀北は、深く息を吐き、そして覚悟を決めたように前を向いた。
「……ええ。新西さんの言う通りよ。私の責任で、この議論を決着させるわ」
そこからの議論は、ひどく冷たく、そして重苦しいものだった。
ペナルティの恐怖から解放され、かつ『交友関係を含めた総合的な価値』という新たな評価基準を与えられたクラスは、純粋な『損得勘定』の計算を始めた。
櫛田を切るべきか。
それとも、OAAが低く、かつ『退学になってもクラスへの影響が少ない』生徒を切るべきか。
堀北は、櫛田の持つ情報網と他クラスへの影響力を再三にわたって説明し、櫛田を手元に残すことのメリットを必死に説いた。
そして、その天秤の反対側に乗せられたのは。
OAAの総合評価が下位であり。特定のグループに深く属しておらず。
彼が退学になっても、長谷部のように「私が身代わりになる」と名乗り出るような友人がいない、ある一人の男子生徒だった。
制限時間ギリギリまで続いた、血を吐くような議論の末。
彼はついに抵抗する気力を失い、うなだれたまま自分の運命を受け入れた。
「……第二十二回の投票を開始する。これが、本当に最後の投票になるだろう」
茶柱先生の声が響く。
私は、タブレットを操作し、その男子生徒の名前にタップした。
罪悪感がないと言えば嘘になる。私のわがままのせいで、彼がスケープゴートになったのだ。
だが、私は綾小路グループの一員として、清隆の恋人として、この罪を背負って生きていくと決めたのだ。
数十秒後。
モニターに、結果が表示された。
【投票結果】
賛成:38
反対:0
満場一致。
その瞬間、終了を告げる無機質なチャイムが、特別棟の教室に鳴り響いた。
「試験終了だ。……お前たちは、退学者を一名出し、100クラスポイントを獲得した」
誰も、喜ぶ者はいなかった。
皆、重い疲労と、自分たちの手でクラスメイトを退学させたという十字架の重さに、ただ黙って俯いていた。
そんな中、私は清隆の方を見た。
清隆もまた、モニターの数字を見つめている。
しかし、その横顔には、以前のような冷徹さではなく、どこか人間らしい憂いのようなものが微かに宿っているように見えた。
私たちは、この満場一致特別試験を乗り越えた。
清隆は自らの計画よりも私という存在を選び、私は清隆を手に入れるためにクラスを操り、一人の犠牲者を出した。
窓の外では、秋の夕暮れが、沈みゆく太陽と共に空を赤く染め上げていた。
生徒たちの足取りは、誰もが鉛のように重かった。本来ならば、試験をクリアし、クラスポイントを獲得したのだから喜ぶべきところなのだろう。しかし、自らの手でクラスメイトを退学させたという十字架の重みは、高校生の肩に背負うには過酷すぎた。
私は、斜め前を歩く広い背中を見つめながら、ゆっくりとその横へと並んだ。
「……終わったわね」
「ああ。終わったな」
清隆は、夕日に照らされながらも、いつも通りの抑揚のない声で答えた。
「疲れた?」
「身体的な疲労はない。だが……そうだな。お前のせいで、俺の脳はフル稼働を強いられた」
「ふふっ、光栄だわ」
私は、清隆の隣を歩きながら、そっとその手に自分の手を重ねた。
清隆は一瞬だけ私の指先を見たが、振り払うことはせず、自然な動作で私の手を握り返してくれた。その温もりに、私の胸の奥で張り詰めていた糸が、ようやく少しだけ緩むのを感じた。
「……これから、どうするの?」
「行く場所は決まっているだろう。彼らが、待っている」
清隆の視線の先には、ケヤキモールの方角があった。
そうだ。私たちは、この試験を生き残った。清隆に『心』を選ばせ、私のわがままを押し通し、この手で未来を掴み取ったのだ。
だが、その過程で、私たちは『綾小路グループ』の大切な仲間たちに、大きな傷と恐怖を植え付けてしまった。
特に、清隆の口から直接「最も不要な存在」として退学を宣告された愛里と、彼女を命懸けで守ろうとした波瑠加の心境は、想像に難くない。
私たちが恋人として結ばれたからといって、すべてがハッピーエンドで終わるわけではないのだ。
「怒られるわね、間違いなく」
「そうだな。針の筵を覚悟しておくべきだろう」
「……それでも、行くのね?」
「俺が壊しかけた場所だ。俺の責任で、ケリをつける必要がある」
その言葉には、かつての清隆のような冷徹な響きはなかった。
不器用ながらも、自分が傷つけた人間と正面から向き合おうとする、確かな意志が感じられた。
私たちは、固く手を繋いだまま、ケヤキモールに併設されたカフェへと向かった。
カフェの奥、いつも私たちが集まる定位置のテーブル席。
そこにはすでに、綾小路グループの四人が集まっていた。
幸村啓誠、三宅明人、長谷部波瑠加、そして、佐倉愛里。
私と清隆が姿を現した瞬間、テーブルの空気は凍りついた。
啓誠は気まずそうに目を逸らし、明人は重いため息をつき、愛里はビクッと肩を震わせて俯いてしまった。
そして、波瑠加は。赤く腫らした瞳で、清隆を――いや、私たち二人を、強い警戒と非難の色を込めて睨みつけていた。
「……来たのね」
波瑠加の声は、ひどく冷たかった。
私たちは手を離し、彼らの対面となる空いている席へと静かに腰を下ろした。
「波瑠加さん、そんなに睨まないでよ。愛里さんが怯えちゃうでしょ」
私が努めて明るい声で場を和ませようとするが、波瑠加の表情は険しいままだった。
「レイちゃんのことは、感謝してる。レイちゃんが身代わりに立ってくれたから、愛里は助かったんだもん。……でも、きよぽん」
波瑠加の鋭い視線が、隣に座る清隆へと突き刺さる。
「……なんで、愛里を退学にしようとしたの? 確かに愛里はOAAが一番下かもしれないけど……あんな風に、みんなの前で見せしめみたいに切り捨てるなんて、あんまりだよ。私たちは……グループの仲間だったんじゃないの?」
その言葉には、親友を傷つけられた怒りと、信じていた仲間に裏切られたという深い悲しみが滲んでいた。
啓誠も明人も、波瑠加の言葉に同調するように、無言のまま清隆を見つめている。
愛里は「わ、私のせいだから……清隆くんは悪くないの……」と震える声で呟いているが、それが余計に波瑠加の感情を逆撫でしているようだった。
沈黙が降りた。
私は、口を出さずに清隆を見守った。ここで私が清隆を庇えば、グループの溝は決定的なものになる。清隆自身が、自分の言葉で語らなければ意味がない。
やがて、清隆は静かに姿勢を正し。
そして、驚くべきことに、深く頭を下げた。
「――――えっ?」
波瑠加が、信じられないものを見るように目を見開く。
「すまなかった。……愛里」
清隆の、低く、しかし誠実さを帯びた声が響いた。
それは、清隆が論理や合理性を説明するための声ではなく、一人の人間として、自分の過ちを認めるための声だった。
「俺はあの極限状態の中で、クラスの損害を最小限に抑え、ペナルティを回避することだけを計算した。その結果、OAAの低い愛里を切り捨てることが、最も『合理的』で正しい判断だと結論づけた」
「……だからって」
「ああ、間違っていた。……俺は、間違っていたんだ」
清隆は頭を上げ、愛里を、そしてグループのメンバー全員を真っ直ぐに見据えた。
「俺は、状況にとらわれすぎて、自分にとって本当に必要なものを計算に組み込むことができていなかった。……俺が愛里を退学候補に指名したのは、明確な俺の失敗だ」
「清隆くん……?」
愛里が、涙ぐんだ目で彼を見る。
あの清隆が。すべてを計算し尽くし、冷徹に駒を動かしてきた綾小路清隆が。
他人の前で、自らの判断を「失敗だった」と明確に認め、謝罪したのだ。
それは、この場にいる誰よりも私が一番よく知っているあり得ないことだった。
「レイが、俺に気づかせてくれたんだ」
清隆は、隣に座る私をチラリと見た。
「俺が合理性を優先して佐倉を切り捨てれば、必然的にこの『綾小路グループ』は崩壊する。……俺は、それをやむを得ない犠牲だと思っていた。だが、レイから突きつけられた選択と、お前たちが俺の日常から消えるという現実を突きつけられた時……初めて、理解した」
清隆の言葉は、訥々として、決して滑らかなものではなかった。
しかし、だからこそ、そこには嘘偽りのない本心があった。
「俺にとっても……この『綾小路グループ』という居場所は、失いたくない、大切なものだったんだ。……そのことに気づくのが遅れて、愛里を、そしてお前たちを深く傷つけた。本当に、すまなかった」
再び、清隆が深く頭を下げる。
カフェの喧騒から隔離されたような静寂が、私たちのテーブルを包み込んだ。
「…………ずるいよ、それ」
長い、長い沈黙の後。
波瑠加が、ポツリと呟いた。
波瑠加の目からは、張り詰めていたものが決壊したように、ポロポロと涙がこぼれ落ちていた。
「そんな風に、真っ直ぐ謝られたら……きよぽんにも、ちゃんと私たちのことを大切に思ってくれる心があったんだって分かったら……これ以上、怒れないじゃない」
「波瑠加ちゃん……」
愛里が、波瑠加の背中を優しく撫でる。
「ゆきむーも、みやっちも、それでいい?」
波瑠加が涙を拭いながら、男子二人を見る。
啓誠は、深く息を吐いてメガネを押し上げた。
「……正直、清隆の冷酷さにはゾッとしたよ。だが、結果的に退学者は別に出た。そして何より、清隆が謝罪したんだ。これ以上清隆を責めるのは、グループのためにならないだろう」
「俺も同意見だ」
明人が頷く。
「清隆が本気で俺たちのことをどうでもいいと思ってたなら、こんな風に頭を下げることなんてしないはずだからな。……まぁ、少しショックだったのは確かだけどよ」
明人の言葉に、清隆は「返す言葉もない」と小さく目を伏せた。
「……分かった」
波瑠加が、真っ赤になった目で清隆をビシッと指差した。
「レイちゃんが、自分の身を挺してまで愛里を守ってくれたこと。そして、きよぽんが自分の間違いを認めて、私たちに謝ってくれたこと。……今回は、レイちゃんに免じて許してあげる」
「……ありがとう、波瑠加」
「でもね! これはすっごく、すーーーっごく大きな『貸し』だからね! きよぽん、これからはグループのために馬車馬のように働いてもらうし、愛里のことも一生かけて守ってもらうんだから!」
波瑠加の少し強引な、けれど愛に溢れた条件提示。
清隆は、少しだけ困ったような、しかしどこか安堵したような顔で「善処する」と頷いた。
「えへへ……よかったぁ。私、もう清隆くんたちとお話できなくなっちゃうのかと思って、すごく怖かったの……」
愛里が、安心したようにふにゃりと笑う。
その愛里の笑顔を見た瞬間。
テーブルを覆っていた重く冷たい空気が、春の雪解けのようにスッと消え去っていくのを感じた。
(……ああ、よかった)
私は、胸の奥底で、心からの安堵の息を吐いた。
私が命を懸けて守りたかった、この温かい居場所。
清隆が心を殺すのを防ぎ、清隆に居場所を残すことができた。
私のわがままは、無事にこの綾小路グループの絆を未来へと繋ぐことができたのだ。
「……ところでさ」
グループの危機が去り、いつもの穏やかな空気が戻り始めたカフェで。
波瑠加が、急にニヤニヤとした、いかにも『女子生徒』らしい好奇心に満ちた目で、私と清隆を交互に見比べた。
「ん? 何よ、波瑠加さん」
私が首を傾げると、波瑠加は身を乗り出してきた。
「二人は、結局どういう関係なの?」
「ぶっ!?」
私は思わず、飲んでいたアイスティーを吹き出しそうになった。
「いや、だってさ」
波瑠加が楽しそうに続ける。
「今日の試験中、レイちゃんが『ちょっと彼と話をしてくる!』ってきよぽんを廊下に連れ出したじゃない? あの時のレイちゃん、完全に『彼氏を説教しに行く彼女』の顔だったし。さっきここに来た時も、なんかすごく自然に手繋いでなかった?」
「あ、あれは……その……」
私は、この時ばかりは言葉に詰まってしまった。
まさか「廊下で清隆を脅迫してセフレか恋人か選ばせてた」なんて、口が裂けても言えるわけがない。
私が顔を赤くして狼狽えていると。
清隆が、ストローでアイスコーヒーを啜りながら、ひどく淡々と、まるで明日の天気を告げるようなテンションで口を開いた。
「ああ。俺たちは、今日から恋人だ。……たぶん」
「――――なっ!?」
私は、目を見開いて清隆を見た。
波瑠加たちも「えっ?」と目を丸くして固まっている。
「ちょっと! 清隆! あんた何勝手なこと……ってか、『たぶん』って何よ! 『たぶん』って!!」
私は羞恥と怒りで顔を真っ赤にしながら、清隆の言葉尻を猛烈に非難した。
「俺は恋人という関係がまだ分かっていない。確実性という意味では『たぶん』としか……」
「そういう理屈はいいのよ!! 乙女心を全く分かってない!!」
私は、清隆の腹立たしいほど冷静な顔を見て。
「たぶんは余計よ!!」という叫びと共に、怒りの右ストレートを清隆の腹筋へと叩き込んだ。
ドスッ!
「……いったぁぁぁい!!?」
悲鳴を上げたのは、殴られた清隆ではなく、殴った私の方だった。
私は自分の右手を抱え込み、涙目で蹲った。私の全力のパンチが、全く通用しない。
「……いきなり暴力を振るうのはやめてくれないか。痛くはないが、驚く」
清隆は、全くダメージを受けた様子もなく、平然とコーヒーを飲んでいる。
「痛くないって何よ! 筋肉ダルマ! 私の純情を返せ!!」
私が涙目で抗議していると。
「……あははははっ!!」
突然、波瑠加が大爆笑し始めた。
それに釣られるように、啓誠も、明人も、そして愛里までもが、お腹を抱えて笑い出したのだ。
「ちょ、ちょっと波瑠加さん! 何がおかしいのよ!」
「いや、だって……あははっ! 二人とも、今日から恋人って……今まで付き合ってなかったの!?」
波瑠加が、涙を拭きながら笑い転げている。
「え、どういうこと?」
「いやいや、普通に考えておかしいだろ!」
明人が、呆れたようにツッコミを入れる。
「お前ら、いっつも二人でコソコソ話してるし、何だか知らないけどずっと一緒にいるし。俺たち、とっくの昔に二人は付き合ってるもんだと思ってたぞ」
「そうだ!」
啓誠もメガネを直しながら笑う。
「あの距離感で、今までただの友達だったって言い張る方が無理があるだろ。どれだけ奥手なんだよ、お前ら」
「えええええ……」
愛里も、「私、ずっと二人はお似合いだなって思ってました……」とニコニコしている。
「な、なによもう……っ」
私は、グループ全員からイジられ、居た堪れなくなって顔を両手で覆った。
私たちが水面下で繰り広げてきた、色気も何もない命懸けの頭脳戦や、主導権を奪い合う殺伐とした夜の営み。そんなドロドロした関係を、彼らは「奥手な両片思い」だと勘違いしてくれていたらしい。
「……まぁ、そういうことらしい。改めて、よろしく頼む」
清隆が、私の頭にポンと手を置きながら、グループのみんなに向かって真顔で言った。
「清隆、あんたはもう少し恥じらいってものを学習しなさいよ……!」
私が清隆の脇腹をつねる(やはり硬くて効果はなかった)と、テーブルは再び大きな笑い声に包まれた。
「あー、笑った笑った」
波瑠加が、ようやく笑いを収めてオレンジジュースを一口飲んだ。
「でも、よかった。清隆くんとレイちゃんが正式にカップルになってくれて。……これで、私たちのグループも、もっと楽しくなりそう」
「ああ。これからもよろしくな、二人とも」
みんなの温かい言葉が、私の心にスッと染み込んでいく。
「……ええ。こちらこそ、よろしくね」
私は、赤くなった顔を上げ、みんなに向かって微笑んだ。
窓の外は、すっかり夜の闇に包まれている。
今日の満場一致試験で、私たちは地獄を見た。そして、一人のクラスメイトの犠牲の上に、私たちは今、こうして笑い合っている。
その罪を忘れることは、決してない。
でも、だからこそ。私はこの場所を、何があっても守り抜くと決めたのだ。
ふと、隣を見る。
清隆は、みんなが笑い合う姿を、相変わらず無表情なまま、しかしどこか満足げな、穏やかな瞳で見つめていた。
(……本当に、よかった)
私が、清隆の一番近くにいられること。
そして、この大好きな『綾小路グループ』を、無事に守り抜けたこと。
私は、清隆の鋼鉄のように硬い腹筋ではなく、その少し不器用で温かい左手を、テーブルの下でそっと握りしめた。
清隆は今度は何も言わず、ただ優しく、私の指を絡めて握り返してくれた。
様々な痛みを伴いながらも、私の狂おしい恋は、ようやく一つの答えに辿り着いた。
明日からまた、能力至上主義の過酷な日々が始まる。
でも、今の私には、共に歩んでくれる最強の恋人と、帰るべき温かい居場所がある。
私は、心からの安堵と幸福感に包まれながら、秋の夜の穏やかな時間を、彼らと共に深く、深く味わっていた。
満場一致特別試験という、クラスの絆と精神を極限まで削り取るゲームが終わった日の夜。
学生寮の清隆の部屋。
私は、清隆のベッドの上に力なく寝転がり、天井の白いクロスをただぼんやりと見つめていた。
時刻はすでに深夜に差し掛かろうとしている。シャワーを浴びて、清隆から借りた少し大きめのTシャツに身を包んだ私の体からは、ふわりと清隆と同じボディソープの香りが漂っていた。
「……飲むか」
カチャリ、とマグカップがテーブルに置かれる音がして、私はゆっくりと身を起こした。
「ありがとう」
差し出された温かいハーブティーを受け取り、両手で包み込む。
部屋の主である清隆は、私の向かい側、床に直接座る形で腰を下ろし、自分の分のコーヒーを静かに啜った。
清隆の部屋は、四月に入学してきた時からあまり変わっていない。
必要最低限の家具しかなく、生活感というものが欠如した、無機質で殺風景な空間。
だが、今の私にとって、この部屋は世界中のどんな場所よりも安心できる場所だった。
今日の午後、私たちは特別棟の教室で、互いの存在とクラスの命運を懸けた頭脳戦を繰り広げた。そして、私たちは正式に『恋人』という名で呼ばれる関係になった。
激動。その一言に尽きる一日だった。
身体的な疲労よりも、精神的な疲労が限界を超えているはずなのに、脳の芯の部分だけが妙に冴え渡り、微熱のように熱を帯びていた。
「……ねえ、清隆」
私は、マグカップの縁を指でなぞりながら、ずっと心の奥底に引っかかっていた『最大の疑問』を口にした。
「今日……あなたは、愛里さんを切り捨てて、結局、何がしたかったの?」
静かな部屋に、私の声が吸い込まれていく。
私が清隆に「敗北」を認めさせる前。清隆が自ら処刑人となって愛里を名指しし、綾小路グループという自分の居場所を徹底的に破壊しようとした、あの冷酷な決断。
もし私が自らを生贄に差し出すというギャンブルに出なければ、清隆は間違いなく、愛里を退学に追い込んでいた。
「あなたが、ただの『クラスの損害を減らすため』なんていう表面的な理由だけで、あんな行動に出るはずがないわ。……あなたには、綾小路グループを捨ててでも、成し遂げようとしている『何か』があった。そうでしょう?」
私の直球の問いかけに、清隆はコーヒーを飲む手を止め、静かに私を見つめ返した。
その瞳は、いつもの感情の読めないガラス玉のようでありながら、どこか深い深淵を覗かせるような、不思議な引力を持っていた。
清隆はすぐには答えず、カップをテーブルに置き、逆に私へと問いを投げかけてきた。
「……レイ。お前にとって、『力』とはなんだ?」
「力……?」
思いがけない質問に、私は目を瞬かせた。
「ああ。お前はOAAの身体能力評価でAを獲得している。武術の心得もあり、並の男子生徒を遥かに凌駕する『力』を持っている。……お前は、その自分の持つ力を、どう捉えている?」
清隆の静かな問いかけ。
私は、マグカップの温もりを感じながら、自分の過去の記憶へと意識を沈めた。
「……そうね」
私は、自嘲気味な笑みを浮かべて口を開いた。
「中学の頃の私にとって、私の持っているこの『力』は……ただの『呪い』だったわ」
私の脳裏に、かつての記憶がフラッシュバックする。
力は、私を「普通の女の子」から遠ざける最大の要因だった。
力を振りかざせば、周囲の人間は私を恐れ、離れていった。男たちは私の強さに嫉妬し、あるいはプライドを傷つけられ、私を化け物扱いした。
「力を使えば、私は孤立していった。周りから人がいなくなって、孤独になるだけ。……力を振りかざすことは、私を不幸にするだけの、忌まわしい呪いだったのよ」
私は、自分の両手を見つめた。
「……でもね」
私は顔を上げ、清隆を真っ直ぐに見つめた。
「この学校に来て。……あなたに出会って。綾小路グループのみんなに出会って。少しだけ、考え方が変わったの」
私がどれだけ鋭い牙を隠し持っていようとも、彼らは私を「レイちゃん」と呼び、普通の女の子として、当たり前のようにグループの輪の中に受け入れてくれた。
そして目の前にいる清隆は、私の全力をぶつけてもピクリとも動じない、私を遥かに超える絶対的な『力』を持って、私を受け止めてくれた。
「みんなが、私の本当の姿を知っても、変わらずに受け入れてくれた。……だから今は、私の持っているこの力は、みんなを守るための『祝福』なんだって、そう思えるようになったかな」
私が微笑みながらそう答えると、清隆は静かに目を伏せ、何かを噛み締めるように「……祝福、か」と小さく呟いた。
「お前は、強いな」
「あら、今更気づいたの?」
「身体的な話じゃない。……自分の持つ力の意味を、他者との関係性の中で肯定できる、その精神の在り方の話だ」
清隆は、ゆっくりと顔を上げ、清隆の奥底に潜む、ひどく冷たく、そして孤独な素顔を私に晒した。
「俺は、自分の持つこの『力』が、何のために使われるべきなのか。……ずっと、悩み続けていた」
「俺が育った場所では、ただ純粋に、すべてにおいて他者を凌駕し、頂点に立つことだけが求められた。そこに感情や、他者との絆は存在しない。……ただ、力で支配し、勝利する。それだけが絶対の正義だった」
清隆の口から語られる、彼の原点。
私は息を呑み、清隆の言葉に耳を傾けた。
「だが、この学校に来て。前生徒会長の、堀北学と出会った。彼は卒業の際、俺にこう言ったんだ。『お前の持つその力を使い、この学校に何かを残せ。生徒たちの記憶に刻まれる存在になれ』と」
堀北学。あの厳格で、しかし誰よりも生徒たちのことを考えていた偉大な生徒会長。
彼の残した激励が、清隆の心を縛り付けていたのだ。
「『何かを残す』。……それは、俺のような人間にとって、ひどく曖昧で、計算不能な基準だった。俺がただ、クラスをAクラスに導いたところで、それは俺が残した痕跡にはならない」
清隆は、自分の両手をじっと見つめた。
誰よりも強大で、誰よりも虚無な彼の手を。
「だから、俺は一つの計画を立てた。……いずれ、今のクラスが最高の状態に仕上がり、堀北が真のリーダーとして完成した時。俺はこのクラスを去り、別のクラスへと移動する」
「……えっ?」
私は、予想外の言葉に目を見開いた。
「俺が敵として、堀北たちの前に立ちはだかる。そして、成長した彼女たちの手で、この俺を完全に『敗北』させるんだ。……それが、俺がこの学校にできる恩返しであり、生徒たちの心に俺という存在を永遠に刻み込むための、唯一の方法だ」
清隆の語る計画の全貌。
それは、あまりにも壮大で、そして、あまりにも悲しく、孤独なシナリオだった。
「最高傑作である俺が、普通の高校生たちに敗れ去る。それは同時に、俺を創り上げた父親の理念が間違っていたという、最大の証明にもなる。……俺の持つ力は、俺自身が敗北することによって、初めて意味を持つんだ」
清隆の瞳には、一切の迷いがなかった。
清隆は、自らを「倒されるべき巨大な悪」として設定し、その日のために、冷酷に盤面を整え続けてきたのだ。
「今日の試験で、俺が佐倉を退学にしようとしたのも、その計画の一環だ」
清隆は、淡々と告げた。
「俺がいなくなった後、堀北のクラスが俺を倒すためには、圧倒的な総合力が必要になる。情に流され冷徹な判断ができなければ、いずれ限界が来る。……クラスの成長のためには、ここで愛里を切り捨てるという経験が、必要だったんだ。そして、リーダーである堀北に仲間を切り捨てるという泥を被らせないために、俺が自ら悪役を引き受けた」
これが、清隆の真意。
清隆が綾小路グループを犠牲にしてでも、愛里を切り捨てようとした本当の理由。
すべては、クラスを成長させ、最終的に自らが『敗北』して何かを残すための、冷徹な逆算の結果だったのだ。
「…………」
清隆の壮大で、自己犠牲的で、ひどく孤独な計画の全貌を聞き終えて。
私は、しばらくの間、言葉を失っていた。
清隆がどれほど深い闇を抱え、どれほど先の未来まで見据えていたのか。
その重圧と、父親への反発という業の深さに、胸が締め付けられるような思いがした。
だが。
「……っ、ふ、くくくっ……」
「レイ?」
「あーっはっはっはっはっ!!」
私は、ベッドの上を転げ回りながら、お腹を抱えて大爆笑し始めた。
涙が出るほど笑い転げる私を見て、清隆は完全に意表を突かれたように、きょとんとした顔をしている。
「ちょ、ちょっと待って……あはははっ! なによそれ、どういうこと!?」
私は、笑いすぎて痛むお腹を押さえながら、清隆を指差した。
「つまり、あなたは……勇者たちを育て上げて、最後に立ちはだかって倒されるための『ラスボスの魔王』になりたかったってこと!?」
「……表現の仕方は極端だが、意味合いとしてはそういうことになる」
清隆が真顔で肯定するものだから、私はさらに笑いのツボに入ってしまった。
「ひぃっ、お腹痛い……! なにそれ!? あなた、どんだけ自分の力に自信があるのよ! 『俺を倒して成長しろ』って……清隆くらいすごい力を持っちゃうと、最終的にそんな魔王みたいな思考になっちゃうのね!」
「……真面目に話した俺が馬鹿だったか?」
清隆が少しだけ不服そうに目を細める。
「ごめんごめん、馬鹿にしてるわけじゃないのよ。ただ、あまりにもあなたらしくて、そしてあまりにも壮大すぎて、笑っちゃったの」
私は、目尻に浮かんだ涙を指で拭い、ベッドの上であぐらをかいて清隆に向き直った。
「いいんじゃない? それがあなたのやりたいことなら、やればいいと思うわ」
「……いいのか?」
「ええ。あなたの父親への反発心も、堀北先輩への恩返しも、全部ひっくるめて、あなたの人生だもの。魔王になりたいなら、とことんまで強くて、恐ろしくて、最高にカッコいい魔王になってやりなさいよ」
私は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「でもね、清隆。……どうせやるなら、たった一人で孤独に玉座に座るんじゃなくて。私や、綾小路グループのみんなも巻き込んで、もっと『楽しく』やろうよ」
「楽しく、だと?」
「そうよ。あなたがラスボスの魔王なら、私は魔王の隣で不敵に笑う『魔王の王妃』ね。そして、波瑠加さんたち綾小路グループのメンバーは、魔王軍を支える『四天王』ってところでちょうど良さそうじゃない?」
「……波瑠加たちが四天王か。なんだかすぐに勇者パーティに寝返りそうな面々だが」
清隆が、真面目な顔でツッコミを入れる。
「そこは私がなんとかするから大丈夫よ! いい? 清隆。あなたはもう、一人じゃないのよ」
私は、ベッドから身を乗り出し、清隆の手を両手でしっかりと握りしめた。
「力を、自分を不幸にする呪いにするか、みんなで楽しむための祝福にするかは、あなた次第よ。……あなたがどんな道を選ぼうと、私が最後まであなたの隣で一緒に遊んであげるから」
私の言葉を聞いて、清隆はしばらくの間、私の手を握り返したまま、静かに沈黙していた。
清隆の脳内で、これまでに構築してきた「魔王のシナリオ」が、私というイレギュラーの介入によって、再計算され、書き換えられているのが分かる。
やがて、清隆は深く息を吐き出し、ふっと口角を緩めた。
「……そうだな」
清隆の声は、今まで聞いたことのないほど、穏やかで、温度を持っていた。
「俺はまだ、堀北たちに敗北して何かを残すという計画を、完全に捨てたわけじゃない。……だが、俺もこれからは、たった一人でこの学生としての時間をどう使うかではなく。お前や、綾小路グループのメンバーたちと一緒に、どうやってこの三年間を『楽しく』過ごしていくかを、考えていくことにするよ」
「ええ。期待してるわよ、私の愛しい恋人さん」
私たちは、見つめ合い、静かに微笑み合った。
満場一致試験を経て、私たちはようやく、お互いの魂の奥底にある傷跡と願望を共有し、『パートナー』になることができたのだ。
窓の外からは、秋の虫の鳴き声が微かに聞こえてくる。
部屋の中には、温かく、甘く、そして心地よい静寂が流れていた。
――話に、完全に区切りがついた。
お互いの過去と未来を語り合い、満たされた時間が、数分ほど続いた直後だった。
「……ところで、レイ」
清隆が、急に声のトーンを一つ落とし、私の下の名前を呼んだ。
「ん? なに?」
「今日、満場一致特別試験において。……俺は、お前に完全に負けた」
清隆は、真顔のまま、唐突に今日の試験の『勝敗』について言及し始めた。
「ええ、そうね。あなたが計画を曲げて私を選んだ。私の完全勝利よ。……それがどうしたの?」
私が得意げに胸を張ると、清隆はゆっくりと立ち上がり、ベッドの上にいる私を見下ろした。
「勝負の世界において、勝者には、それ相応の『報酬』が与えられるべきだ」
「……報酬?」
私は、首を傾げた。
その瞬間。私の背筋を、ゾクッとするような、そこはかとない『嫌な予感』が駆け抜けた。
清隆から発せられる空気が、先ほどまでの穏やかな彼氏のものから、夜の闇に潜む『絶対的な捕食者』のものへと、瞬時に変貌したのだ。
「えっと……清隆くん? 報酬って……具体的に、何のことかしら?」
私は、ジリッとベッドの奥へと後ずさりしながら、引きつった笑いで尋ねた。
「簡単なことだ。俺に打ち勝ったお前への敬意と、愛の証明として」
清隆は、一切の表情を崩すことなく、淡々とした声で、恐るべき宣告を下した。
「勝者であるお前が、文字通り泣いて喜ぶほどの『極限の快感』を与えてやろう」
「…………はい?」
「俺の持つすべての知識と体力を動員し、これから朝までかけて、お前が完全に満足し、指一本動かせなくなるまで徹底的に愛し抜く。……覚悟しておけ」
「――――はぁぁぁぁっ!?」
私は、ベッドの上で素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「ゆ、指一本動かせなくなるまで!? 朝まで!? これから!?」
「ああ。お前の体力が尽きるまで、容赦はしない」
「嘘でしょ!? 嘘だと言ってよ!!」
私はパニックになりながら叫んだ。
「ちょっと待って! 私たち、今日あの地獄の試験を乗り越えたばっかりなのよ!? 精神的にも肉体的にも疲労困憊でしょ!? なのに朝まで限界まで愛し抜くって……死ぬ! 私、確実に腰が砕けて死んじゃう!!」
「問題ない。お前なら、俺のスタミナにも十分についてこられるはずだ。それに、魔王の王妃を名乗るなら、これくらいの試練は乗り越えてもらわないとな」
「そういう問題じゃないわよ!! バカ! 絶倫魔王!!」
私が必死に抵抗しようと立ち上がった時には、すでに遅かった。
清隆の圧倒的なスピードと身のこなしが、私の動きを完全に封じ込める。
清隆の手が、私の着ていたTシャツの裾を掴み、一瞬の躊躇もなく、スルリと上へと脱がし去ってしまった。
「ひゃっ……! ちょ、清隆、ほんとに……っ!」
「安心しろ。夜明けまで時間はたっぷりある。……さあ、始めようか」
私の抵抗など全く意に介さず、清隆は冷徹なまでに手際よく、私をベッドの上へと押し倒した。
その瞳の奥には、逃げ場のない濃厚な情欲と、私を絶対に逃がさないという執着が、ギラギラと燃え盛っていた。
(……ああ、もう。本当にこの男は……っ!)
私は、自らの敗北を完全に悟り、涙目で清隆の首に腕を回した。
部屋の明かりは極限まで絞られ、窓から差し込む薄明かりだけが、私たちの輪郭を淡く照らしている。
私は、清隆の広いベッドの上に仰向けに寝かされていた。
見上げれば、私に覆い被さるようにして腕をつく、清隆の顔がある。
普段の清隆からは想像もつかないほど、その瞳の奥には、獲物を絶対に逃がさない捕食者のような、ギラギラとした暗く濃厚な情欲が渦巻いていた。
一人の男として、私という女を本能の底から求めている顔。
その事実が、私の背筋をゾクゾクと粟立たせ、下腹部の奥に重く甘い疼きを生み出していく。
「……今日から、私たちは恋人なのよね」
私が確認するように呟くと、清隆は私の頬にそっと手を添えた。
「そうだ。お前が俺に認めさせた、新しい関係の形だ」
清隆の熱を帯びた大きな手が、私の輪郭をなぞるように滑っていく。
(……ああ。ついに、私は清隆を手に入れたんだわ)
清隆が、自らの計画を狂わせてまで私を選び、今、私に触れている。
『恋人としての初めての交わり』という事実が、私の脳髄を痺れさせ、理性という名の防壁をいとも容易く溶かしていくのを感じた。
「……っ、ぁ……」
ゆっくりとした、確かめるようなストロークから、それは始まった。
清隆の肌の熱が、密着した部分から私の内側へと、じわじわと浸透していく。
決して乱暴ではない。しかし、逃げ出すことなど到底不可能な重みと質量を伴った繋がり。
「レイ……」
清隆が、低く掠れた声で私の下の名前を呼ぶ。
その声の響きだけで、全身の神経が歓喜に震え、頭の奥が真っ白になる。
「清隆……っ、もっと……」
私は、自分でも驚くほど甘く、熱を帯びた声で清隆を求めていた。
両腕を清隆の首に回し、自ら上体を起こして、彼の唇を塞ぐ。
「んっ……ぁ……」
唇が重なり、舌が絡み合う。
互いの唾液が混ざり合い、熱い吐息を交換する。それは、ただの肉体的な接触ではなく、互いの魂と魂を直接繋ぎ合わせるような、深く、狂おしい儀式だった。
深いキスを交わしながら、清隆の下半身の動きが、徐々にそのストロークを深く、そして力強いものへと変えていく。
「あ、ぁあっ……! 清隆っ……すごい……!」
私のプライドも、計算高い理屈も、すべてが快楽の波に呑み込まれていく。
清隆の圧倒的な存在感が私の中を満たし、引き抜かれるたびに、内側の柔らかい粘膜が彼を逃すまいとすがりつく。
「お前が、俺にこれを望んだんだ」
「そうよ……っ! 私は、あなたを……ぁあっ!」
激しく打ち付けられるたびに、快感の波が脳髄をガンガンと揺さぶる。
恋人として愛されているという精神的な充足感と、肉体を容赦なく支配される極限の快楽。その二つが完全に融け合い、私のリミッターをあっけなく破壊した。
「い、いく……っ! 私、もう……っ!」
限界を超えた刺激に、私は首を激しく振り、背中を弓なりに反らせた。
「あぁぁぁっ……!」
視界が閃光に包まれ、私は最初の絶頂の波に呑み込まれ、ガクガクと全身を痙攣させた。
「はぁっ……はぁっ……」
まだ絶頂の余韻に身体を震わせ、ベッドの上で荒い息を吐く私。
しかし、清隆の与える『勝者の報酬』は、これで終わりではなかった。
「……次だ」
清隆の低い声が耳元で響いた直後。
私の身体は、清隆の強靭な腕によって軽々と抱き上げられ、ベッドから床へと立たされた。
「えっ……? きよた……ひゃあっ!?」
朦朧とする意識の中で状況を把握する間もなく、清隆は私の片足をすくい上げ、自分の腰へと強く抱え込んだ。
対面での、立ちながらの片足抱えの体勢。
一本の足で立つ不安定な私の身体を、清隆がその圧倒的な腕力と体幹で完全に支え込む。
「ちょ、ちょっと待って……私、まだ……っ」
「休む暇を与えるとは言っていない」
そう告げるが早いか、清隆は先ほどよりも遥かに深く、そして激しく、自らの存在を私の中へと叩き込んできた。
「――――ッ!! あ、ぁぁぁぁっ!!」
ベッドの上とは全く違う、逃げ場のない重力と角度。
奥深くまで容赦なく貫く巨大な質量に、私の内部がかつてないほど激しく刺激される。
「きよたかっ! ぁ、だめ、それ……深すぎ……っ!!」
「お前なら、この程度は耐えられるはずだ。……俺にすべて預けろ」
清隆は私の腰をガッチリとホールドし、立っている私の足が浮き上がるほどの強い力で、下から打ち上げるように激しく責め立ててくる。
不安定な姿勢の恐怖と、それを完全に清隆に支えられているという絶対的な依存感。
「ああっ! ぁあっ! おかしくなる……っ、私、こわれちゃう……っ!!」
頭の中の思考回路が完全に焼き切れ、獣のような嬌声が私の口から溢れ出る。
清隆の容赦ない蹂躙に、私の身体は自らの意思を離れ、彼を受け入れるためだけの器と化していた。
とめどなく溢れ出す愛液が、二人の繋ぎ目を濡らし、さらにいやらしい水音を部屋に響かせる。
「レイ……っ」
清隆の吐息も、かつてなく荒くなっていた。
「あぁっ! いく、またいくからっ!! 清隆っ……!!」
下腹部の奥底で、先ほどよりもさらに巨大な快感の爆発が起こる。
熱い雫を内側から止めどなくこぼしながら、私は清隆の肩に歯を立てんばかりにすがりつき、二度目の、深く激しい絶頂へと突き落とされた。
「あぁ……っ、ぁ……」
私は完全に腰の力を失い、彼に支えられなければその場に崩れ落ちてしまう状態だった。
しかし、清隆の追撃は、一切の間を空けることなく続く。
清隆は、意識が飛びかけている私を再びベッドの上へと押し倒した。
今度は仰向けではなく、うつ伏せ。清隆は私の腰を掴んで持ち上げ、四つん這いの姿勢を強要した。
「ま、まって……もう、ほんとに無理……っ」
私が涙声で懇願するのも聞かず、清隆は私の背後から覆い被さるようにして、これまでで最も深く、最も激しい一撃を突き入れた。
「――――っっ!! ぁあぁぁぁぁっ!!」
背後から打ち付けられる、獣のように荒々しい衝動。
私の身体は前へと激しく揺さぶられ、シーツを掴む両手は限界まで白くなっていた。
「清隆っ! あ、ああっ! 激しっ、すぎる……っ!!」
「……お前が、俺をここまでさせたんだ」
普段の清隆の冷静さなど微塵も残っていない。
ただ一人の男として、愛する女のすべてを自分のものにするという、狂気的なまでの執着と情炎。
後ろから容赦なく貫かれるたびに、私の子宮が直接打ち据えられるような強烈な刺激が走り、意識が完全に白く明滅する。
ただ清隆に愛され、清隆に溺れるためだけの、一人の雌。
「あ、あぁぁっ……! くる、またくるっ!! 清隆、いっしょに……っ!!」
「ああ……っ、レイ……!!」
清隆の打ち付けるストロークが、限界を超えた速度と深さに達する。
私の内壁が限界まで収縮し、清隆を締め付ける。
「いくっ……ぁあぁぁぁぁっ!!」
「っ――――!!」
私の中で弾けた特大の絶頂の波と同時に、清隆の身体も大きく跳ねた。
最も深い場所、私の一番奥の奥で、清隆が熱く、濃密な証を大量に解き放つのがはっきりと分かった。
互いの魂をぶつけ合うような、強烈で、そして完璧な同時絶頂。
しかし、それで終わる訳はなく、清隆の手が私の腰を抱き寄せ、冷たい壁際へと誘導する。
「壁に手をついて、少し足を開け」
清隆の静かな、だが逆らうことのできない命令に従い、私は壁に両手をついた。
背後から、清隆の広くたくましい胸板が私の背中にぴったりと密着する。逃げ場を塞ぐようなその体勢と、薄着越しに伝わってくる彼の異常なほどの体温に、私の背筋をゾクゾクとするような快感が駆け抜けた。
「あっ……きよたか……」
清隆の一方の手が私の腰を強固にホールドし、もう一方の手がゆっくりと、だが迷いなく私の秘部へと伸びていく。
強引な手つきだったが、私の体は熱く濡れそぼっていた。熟練した指先が、最も敏感な部分を的確に捉え、執拗に責め立て始める。
「んっ……ぁ、ああっ!」
私の肉体が、たった一本の指先に翻弄され、弓なりにしなる。壁に押し付けられた顔が熱い。清隆に見られていないという状況が、逆に羞恥心と興奮を煽り立てる。冷たい壁の感触と、背後から押し寄せる清隆の熱、そして下半身をかき回される強烈な快楽が、私の理性を急速に溶かしていく。
「声が我慢できていないぞ、レイ。もっと俺に乱れる姿を見せろ」
「意地悪……っ、ああっ! ぁあぁっ!」
清隆の指の動きが加速する。的確に急所を擦り、抉るその動きに、私はあっけなく限界を迎えた。
壁を強く掻きむしり、爪を立てながら、激しい痙攣とともに絶頂へと突き落とされる。とめどなく溢れ出す愛液が、清隆の指を濡らしていくのがはっきりと分かった。
「はぁっ、はぁっ……清隆、ちょっと、待って……」
絶頂の余韻に膝がガクガクと震え、壁にすがりつくようにして息を整えようとする。
しかし、魔王が与える『勝者の報酬』は、こんなものでは終わらない。
「休む暇などない。……次だ」
清隆は私の腰をさらに強く引き寄せると、一切の躊躇なく、背後から私の中へとその巨大な熱を深く、激しく突き入れてきた。
「ひゃあぁっ……!? ぁ、ああっ!」
内側を埋め尽くす圧倒的な質量と、壁に押し付けられる圧迫感。背後から容赦なく打ち付けられる衝撃に、私の意識は白く明滅した。
指での愛撫とは比べ物にならない、細胞の隅々にまで響き渡るような圧倒的な存在感。彼という存在が、私の中を情赦なくこじ開け、支配していく。
「きよたかっ! あ、ああっ! 激しっ、すぎる……っ!!」
「お前が俺を選んだんだ。俺のすべてを受け止めろ」
後ろから容赦なく貫かれるたびに、私の子宮が直接打ち据えられるような強烈な刺激が走り、ストロークが速まるたびに、私の荒い吐息が壁に反響する。
バチン、バチンと、肉と肉が激しくぶつかり合う音が部屋に響き渡る。
私の身体能力をもってしても、清隆の底知れないスタミナと暴力的なまでの愛情表現を受け止めるのは容易ではない。
「あ、あぁぁっ……! くる、またくるっ!! 清隆っ……!!」
容赦のない責め苦に、私の体は再び快楽の波に呑み込まれそうになる。息が荒く乱れ、立っていることすらままならなくなってきた。膝の力が抜け、ずるずると床に崩れ落ちそうになる。
だが、私が完全に崩れ落ちるよりも早く。
清隆の強靭な両腕が私の脇の下から差し込まれ、私の身体はひょいと軽々と抱え上げられた。
「えっ……!? ぁあっ!」
完全に宙に浮いた状態。背面抱っこの態勢で、清隆は私を力強く支えながら、さらに深く腰を突き上げてきた。
自力で立つことすら許されず、重力に従って落ちる私の肉体を、清隆は下からより深く、より鋭く迎え撃つ。上下に激しく揺さぶられるたび、最も奥の敏感な部分が容赦なく抉られ、摩擦の快感が何倍にも跳ね上がる。
「あぁっ! あぁぁっ!! だめ、それ、だめぇっ!!」
足が地につかない不安定さと、清隆に完全にすべてを委ねるしかないという絶対的な支配感。
逃げることも、受け流すこともできない。ただ清隆が与える快楽の嵐の中で、私は完全に自分を見失っていく。
「レイ……っ、俺の、レイ……っ」
清隆の口から漏れる、初めて聞くような荒々しくも熱を帯びた声。
それが、私の理性を完全に焼き切った。清隆が私を求めている。私という一人の女に執着し、狂わされている。その事実が、何よりの媚薬だった。
「きよたかっ、だいす……きっ……! ぁあぁぁぁっ!」
極限まで高まった情動が、二人の境界線を完全に溶かしていく。
私が狂おしい叫びとともに、最大の絶頂を迎えた瞬間、清隆もまた、私を強く抱きしめたまま、その一番奥深くに熱い命の証を大量に解き放った。
窓の外の闇がさらに深まり、部屋の中の熱気が逃げ場を失って滞留していた。
壁際での激しい交わりの余韻が残る中、清隆は私の腰を支え、ゆっくりと部屋の中央に置かれたベッドのそばまで私を連れていった。
膝の力が抜け、まともに歩くことすらままならない私を、清隆は慈しむような、それでいて依然として支配的な眼差しで見下ろしている。清隆はそのままベッドの縁にどっしりと腰掛けた。
「……次は、お前の番だ」
その低い声には、先ほどまでの荒々しさとは違う、静かな期待が込められていた。
私は清隆の意図を察し、彼の両脚の間にひざまずいた。厚い胸板、引き締まった腹筋、そして私を狂わせた強大な熱源が、目の前にある。
「ええ……いいわよ。清隆を、最高にいい気分にさせてあげる」
私は掠れた声で微笑み、清隆を見上げた。
これまで、私たちは何度も身体を重ねてきた。だが、そのたびに私は、清隆の反応、どこを攻めれば微かな吐息が漏れるのか、どの角度で刺激すればその冷静な仮面がわずかに崩れるのかを、本能と知略のすべてを使って学び取ってきた。
磨き抜かれた私の技巧。それは、清隆に「まいった」と言わせるために研鑽してきた武器だ。
私は迷うことなく、清隆の熱に触れた。
指先で、そして舌先で、清隆の鼓動を感じ取るように愛撫を施していく。清隆の膝が微かに震え、指が私の髪の中に深く潜り込む。
「ん……っ……」
清隆の口から漏れる、短い喘ぎ。
私は清隆を見上げながら、わざと挑発するように、口内だけでなく自らの胸も使い、彼を翻弄した。柔らかな肉の感触と、熱い口腔の刺激。清隆の呼吸が次第に荒くなり、その強靭な身体が弓なりに反っていく。
「レイ……っ、お前は、本当に……」
冷静なはずの清隆の声が、情欲に濁っていく。私はさらに速度を上げ、清隆の感触を確かめるように、限界まで彼を追い詰めていく。
やがて、清隆は耐えきれないといった様子で私の頭を抱き込み、その熱い情動のすべてを、私の口の中に叩き込んだ。
「……はぁっ、はぁっ……。どう、満足したかしら?」
私は顔を上げ、少し乱れた髪をかき上げた。清隆は肩で息をしながら、潤んだ瞳で私を見つめている。
「……いや、まだまだ足りない。次はお前が上だ」
清隆はそのままベッドに仰向けに横たわり、私の腰を掴んで、自分の身体の上に跨らせた。清隆の逞しい太ももの間に私の身体が収まり、再び、二人の境界線が消えていく。
「……あなたの望み通りにしてあげるわ」
私は清隆の胸に手を突き、ゆっくりと腰を下ろした。
内側を埋め尽くす圧倒的な充足感。私は清隆の瞳をじっと見つめながら、時にゆっくりと、波打つような動きで彼を焦らし、時に激しく、激突するように腰を振った。
「あ、ぁあっ……! 清隆、見て……っ」
髪を振り乱し、清隆の上で踊るように身体を動かす。
清隆は私の腰をガッチリと掴み、下から迎え撃つように腰を突き上げてくる。
「っ、レイ……! その、動き……っ」
私は清隆の首に腕を回し、逃げられないように強く抱きついた。二人の肌が汗で吸い付き、密着した部分から火花が散るような快感が全身を駆け巡る。
「あぁぁっ! いく、一緒に……っ、清隆!!」
「ああ……っ、レイ!!」
互いの名前を呼び合い、魂をぶつけ合うような激しいストロークの末。
清隆が私の一番奥深くに熱い証を放つのを感じながら、私は清隆の胸に顔を埋め、激しい痙攣とともに絶頂の極みに達した。
結局、魔王の「勝者への報酬」は、夜が明けるまで終わることはなかった。
一度、二度……何度達したのか、もはや数えることすらできない。
私は深い快楽の泥濘の中で、意識を失い、そして清隆の激しい蹂躙によって再び覚醒させられる、というサイクルを繰り返した。
「……まだ朝には遠いぞ、レイ」
耳元で囁かれるその声は、悪魔の誘いのように甘く、そして抗いがたい。
意識が朦朧とする中で、私は自分の身体が再び別の形に折り曲げられ、清隆の熱を受け入れているのを感じた。
内側を絶え間なくかき回される感覚。脳がとろけ、思考が霧散し、ただ「清隆に愛されている」という本能的な充足感だけが、かろうじて私を繋ぎ止めていた。
「あ、ぁ……っ、きよ、たか……だいす……き……」
もはや言葉にならない愛の告白。
清隆は、そのたびに私を壊さんばかりに強く抱きしめ、さらに深く、私のすべてを奪い尽くそうとした。
窓の外が、うっすらと白みを帯び始めていた。
永遠に続くかと思われた狂乱の夜は、気づけば静かな朝の気配に包まれようとしている。
「あ、ぁ……っ、んっ……」
私の口から漏れる声は、すでに限界を迎え、ひどく掠れていた。
うつ伏せにベッドに沈み込む私の背中に、清隆の広くたくましい胸板が重くのしかかっている。清隆が体重をかけ、私を逃がさないように上から押さえつけるたび、逃げ場のない圧倒的な快感が全身を貫き、私の身体はビクビクと痙攣するように震え続けていた。
限界など、とっくの昔に超えていた。
指一本動かす気力すら残っていないほど、私の身体は疲労で鉛のように重い。それでも、清隆が内側から与えてくる強烈な熱と刺激が、私の意識を強制的に快楽の海へと引き戻し続ける。
「清隆……っ、もう……」
掠れた声で許しを請うように呟くと、私の背中に張り付いた清隆が、耳元で低く、だがどこか優しさを帯びた声で囁いた。
「……これで、最後だ」
その言葉とともに、清隆は私を覆っていた身体をわずかに離し、私の肩を抱いて、ゆっくりと仰向けへと寝返らせた。
汗で額に張り付いた髪を、清隆が長い指でそっと梳いてくれる。
見上げた清隆の瞳には、夜の始まりに見せたような獣の飢えは落ち着き、代わりに、どこまでも深く、静かな情愛の光が宿っていた。
清隆は、私の両膝をそっと開くと、これまでの激しい蹂躙が嘘のように、ゆっくりと、愛そのものを刻み込むような優しさで、私の一番奥深くまでを貫いた。
「ぁ……っ……」
「レイ……」
激しい摩擦ではなく、ただお互いの存在のすべてを隙間なく結び合わせるような、濃密な繋がり。
私は、疲労で上がらなくなっていた腕をなんとか持ち上げ、清隆の広い背中へと回した。
清隆が身を屈め、私たちの唇が重なり合う。
優しく、しかし互いの魂を確かめ合うような深いキスを交わしながら、清隆のストロークは静かに熱を帯び、ゆっくりと最終地点へと向かっていく。
「んっ……ぁ……っ、好き……清隆……っ」
「ああ……俺もだ」
唇の隙間から漏れる互いの吐息が混ざり合う。
ゆっくりと満ちていく熱の波が、ついに臨界点を突破した。
「あっ……! ぁあぁっ……!!」
「……っ!」
朝日が部屋に差し込もうとするその瞬間。
私たちは長い夜の終わりを告げる、最も深く、最も甘い最後の絶頂へと同時に達した。
私の一番奥深い場所で、清隆が熱く命の証を放つのが分かる。その熱量に、私の身体は最後の一滴まで快楽を絞り尽くされ、完全に力が抜け落ちた。
静かな、本当に静かな余韻が部屋を包んでいた。
清隆は私の中から静かに身を引くと、私の隣へと転がり、そのまま自らの腕の中へと私を強く抱きしめた。
清隆の腕枕の中で、彼の規則正しい心音と、落ち着きを取り戻していく鼓動が耳に伝わってくる。
(……はぁ。本当に、指一本動かせないわ)
私は、清隆の胸に頬をすり寄せながら、心の中で小さく苦笑した。
(恋人になっても、結局清隆に朝まで抱き潰される運命は変わらないのね)
体力お化けの絶倫魔王。その呆れたスタミナには腹が立つが、不思議と後悔や不満は微塵もなかった。
四月に出会ってから。
私たちはいきなり身体の関係から始まった。主導権を握るために、あるいは互いの孤独を埋めるために、幾度となくこのベッドで身体を重ねてきた。
セフレ、共犯者、あるいは手駒。
名前のない曖昧な関係のまま、私たちはここまで歩んできた。
でも、今日。
清隆は自らの計画を曲げて私を選び、私たちは正式に『恋人』になった。
これまでは「都合の良い関係」として重ねてきたこの身体が。
これからは、お互いを愛し、慈しみ合う『恋人』としての行為に変わるのだ。
その事実が、途方もない幸福感となって、疲労しきった私の心と身体を温かく包み込んでいく。
「……おやすみ、清隆」
私は、限界を迎えた瞼をゆっくりと閉じながら、掠れた声で呟いた。
「ああ。おやすみ、レイ」
頭に落とされた優しいキスを感じながら。
私は、この不器用で最強の恋人を手に入れた喜びを心の底から噛み締め、深い、深い眠りへと落ちていった。