綾小路くん、私はセフレ?それとも 作:Geminiちゃん痛くしないで
高度育成高等学校に、湿り気を帯びた六月の風が吹き抜ける。
中間試験という最初の大きな壁を、Dクラスは奇跡的な「退学者ゼロ」という結果で乗り越えた。堀北鈴音を中心とした勉強会、そして清隆の立ち回りが、表面上は穏やかに功を奏した形だ。
しかし、その勝利の余韻に浸る間もなく、私の心は別の理由で激しく波立っていた。
「いやー、マジで助かったぜ! 綾小路、サンキューな!」
「新西ちゃんもマジ天使! 教えてもらったとこ、バッチリ出たわ!」
放課後、清隆の男子寮の部屋。
狭い男子学生の部屋にこれだけの人数がひしめき合えば、当然、空気は熱を帯びて淀む。
池と山内は、クラスの美少女たちが同じ密室に、しかも野郎の部屋にいるという状況に、隠しきれない鼻の下を伸ばしている。
だが、私の心境は穏やかではなかった。
(……ここは、私と清隆だけの場所なのに)
この部屋の、あのベッドの上で、私は何度も彼に組み伏せられ、中学時代の仮面もかなぐり捨てて、ただの雌として彼に溺れてきた。あのクローゼットの角、あの机の端。視線を向ける場所すべてに、私と彼が肌を重ね、卑猥な声を漏らした情事の記憶がこびりついている。
それなのに、今、この「聖域」には、私たちの関係を何一つ知らない部外者たちが土足で踏み込み、お菓子を広げ、下卑た笑い声を上げている。
独占欲。その醜くも熱い感情が、私の胸の内で鎌首をもたげる。彼らには見えないはずの、壁やシーツに染み付いた「私たちの熱」を、部外者の体温で汚されているような感覚。
同時に、別の不安が背筋を駆け抜ける。
(……掃除。清隆の掃除は完璧だけど、でも、もしも)
私の黄金色の髪の毛が一本、枕の下に落ちていたら?
私が以前、こっそり置いていったヘアピンや、彼のシャツの隙間に残った私の香水の残り香が、誰かに気づかれたら?
もちろん、彼はそんなヘマをする男ではない。それでも、疚しさと期待、そして独占欲が混ざり合い、私の体温を異常なまでに上昇させていた。
「新西ちゃん、どうしたの? 顔、真っ赤だよ? 部屋、ちょっと暑いかな」
池が心配そうに顔を覗き込んでくる。
私は反射でスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
「え、あ……」
言葉が出てこない。
中学時代孤高だった私が、ただ一人の男との秘密を守るために、ここまで動揺している。その事実がさらに私を追い詰める。
「レイちゃん、本当に大丈夫? なんだか、さっきからずっと落ち着かないみたいだけど」
不意に、隣に座っていた櫛田が優しく肩を叩いてきた。彼女の「天使」のような微笑みが、今の私には鋭いナイフのように感じられる。彼女の洞察力は侮れない。もしこの動揺の正体を見破られたら――。
(なんて答えればいいの? 男子の部屋が初めてだから? そんなの、私らしくない。でも、この部屋の匂いが、彼との記憶を呼び起こして……)
焦れば焦るほど、思考は迷走した。私は唇を震わせ、何かを言おうとしては飲み込み、結局は一言も発することができずに黙り込んでしまった。
沈黙が数秒続くと、櫛田の微笑みが、どこか探るような、不審げなものへと色を変えていく。
「レイちゃん……?」
クラスメイトたちの視線が私に集まる。その圧迫感に意識が飛びそうになった、その時だった。
「……新西も相当、無理をしてたからな。今回の試験、自分の勉強だけじゃなく、池たちの面倒まで見てただろ。溜まってた疲れが一気に出たんじゃないか」
不意に、私のすぐ後ろから、あの温度のない平坦な声が響いた。
清隆だ。
彼は手に持ったお茶のペットボトルを私の前に置きながら、感情の読めない瞳で私を一度だけ見た。
「新西は責任感が強いし、勉強を教えるのも手厚かったからな。気が抜けて、少し体調を崩しかけてるのかもしれない」
「ああ……! そっか、そういえば新西ちゃん、俺らに教えるときも凄く真剣だったもんな。悪いことしちゃったな」
池が納得したように頭を掻く。
須藤たちも「おう、新西、あんま無理すんなよ。今日はゆっくりしろよ」と口々に労わりの言葉をかけ始めた。
櫛田も、彼の完璧なフォローに毒気を抜かれたのか、「なーんだ、そういうことだったんだね。レイちゃん、頑張りすぎだよー」と、いつもの柔和な表情に戻った。
私は小さく、深く、溜息をついた。
隣に座り直した彼の横顔を盗み見る。彼は何事もなかったかのように、ポテトチップスを口に運んでいる。昨夜、私の喉を鳴らさせ、絶頂へと導いたあの残酷な指先が、今はただの「無害な男子高校生」を演じている。
(……ずるい人。全部、あなたの計算通りなのね)
安心と、同時に、自分だけが彼に翻弄されているという口惜しさが混ざり合い、私の心はさらに深く、彼という沼に沈んでいく。
打ち上げから数日後。Dクラスに激震が走った。
須藤がCクラスの生徒たちを呼び出し、暴行したという事件。
Cクラス側からの告発により、須藤は停学、最悪の場合は退学の危機に立たされていた。
私は直感していた。これは偶然ではない。
Cクラスの、姿も見えない「誰か」が、明確な意図を持ってDクラスを潰しにかかっている。けれど、その主導者が何者なのか、どんな顔をしているのかさえ、今の私には分からなかった。
そして、清隆は私を頼ろうとはしなかった。
「レイ。須藤の件は、堀北たちと対策に動いている。お前が何かをする必要はない」
放課後の廊下、彼にそう告げられた時、私は言いようのない疎外感を覚えた。
私は彼の「所有物」であり、秘密を共有するパートナーだと思っていた。けれど、彼は肝心な場所では私を遠ざける。
彼が堀北や櫛田と密かに連絡を取り合い、見えない敵に対抗するために動いている気配は感じられた。けれど、彼からは「須藤の事件の対策のために動いている」という最低限の説明があるだけで、詳細は一切明かされない。
(……私は、ただ待っていればいいの?)
その日の放課後。彼との「密会」の予定もなかった私は、一人でケヤキモールのカフェにいた。
窓際、雨に濡れ始めた並木道を眺めながら、ストローでアイスラテをかき回す。カチカチと氷が当たる音が、店内に虚しく響く。
中学時代、私はいつも一人だった。
誰からも理解されず、誰にも心を開かず、ただ自分の価値だけを信じていた。
けれど今は、一人の時間がどうしようもなく寂しく、そして恐ろしい。
清隆。
あなたは今、どこで、誰と、どんな顔をして戦っているの?
私の知らないところで、あなたはまた「最適解」を導き出し、世界を書き換えていく。
私はあなたの隣にいたい。けれど、あなたの深淵は、私という存在を飲み込んでもなお、底が見えないほどに深い。
アイスラテを一口飲み、その冷たさが喉を通るのを感じながら、私はこれからの日々に思いを馳せた。
(……このままじゃ、ダメだわ)
私は窓の外の雨粒を見つめ、自身の現状を冷徹に分析し始める。身体の距離は、これ以上ないというほどゼロになった。いや、互いの存在を肉の奥底まで受け入れ、混じり合ったあの瞬間に、それはマイナスにまで食い込んでいるかもしれない。しかし、心の距離はどうか。
これまでの数週間、私は女子寮の密室で、持てる「女」としての武器を惜しみなく彼に注いできた。彼の足元に跪き、口や胸を使い、自尊心を削りながら奉仕を繰り返した。
その結果は、決して無意味ではなかったはずだ。物理的な反応として、彼は私を受け入れている。だが、肝心の「心」が動いている気配は、微塵も感じられなかった。
(彼は私の奉仕を、ただの『物理的な外部刺激』として処理している……)
それが、私が導き出した絶望的な結論だった。
普通の男なら、私のような美貌の持ち主に跪かれれば、征服欲や情愛が少なからず芽生える。しかし、清隆は違った。彼は私の技術を「効率的だ」と評し、まるで最新の電子機器の動作確認でもするかのように淡々と受け止めるだけだ。
もちろん、奉仕の腕を磨くことは、彼を征服するための最低条件だ。だが、私は確信している。綾小路清隆という男の適応力は、私の成長を遥かに凌駕する。
日進月歩の技術向上。そんな生温いものでは、彼がその刺激に「慣れる」速度に追いつけない。私が新しい技を一つ覚える間に、彼はそれを既知のデータとしてアーカイブし、心拍数一つ変えずに処理してしまうだろう。
(追いかければ、一生、彼に追いつけない。彼を翻弄する側に回るには……『連続性』を断ち切るしかないわ)
私は、グラスに残ったわずかな液体を飲み干し、戦略を組み立てた。
まず、目に見える形での過剰な奉仕は、一度控えめにする。
彼に「レイの限界はこの程度だ」という誤ったデータを刷り込ませ、安心――あるいは飽き――を誘発させる。その間に、自分は陰で、彼が想像もつかないような「深淵」を、女としての技術と精神の極致を磨き上げる。
そしてある日、何の前触れもなく、不連続な進化を遂げた「牙」を彼に叩きつける。
「いつか」彼を陥落させるその瞬間のために、今は牙を隠し、凡庸な雌を演じるのだ。
だが、問題があった。
奉仕の腕が「真の武器」として完成するまで、ただ受け身なままで彼の隣に座っていれば、この歪な関係自体が、彼の「飽き」によって霧散してしまう危険性がある。彼は合理的だ。自分に利益をもたらさない、あるいは刺激のない存在を、いつまでも側に置いておくほど甘くはない。
(奉仕が今、決め手にならないのだとしたら……次に私が使えるカードは何?)
女から男へのアプローチにおいて、本能的な欲を刺激する手段。
私は前世の男としての知識と、今世の女としての感性を総動員して思考の海を潜る。
真っ先に浮かんだのは、シチュエーションの変更だった。
たとえば「野外」。だが、これはあまりにリスクが高い。高度育成高等学校の監視カメラの数は異常だ。退学の危機を冒してまで行うには、リターンが不透明すぎる。
では「SM」か。……いや、清隆が痛覚や支配に対してどのような情動を抱くかが不明だ。むしろ、彼の凪いだ心を乱すどころか、より無機質な作業へと追い込む懸念があった。
ならば「3P」。
考えただけで、私は喉の奥からせり上がる不快感を覚えた。
(論外だわ……)
彼と恋人になるために、他の男に抱かれるなど死んでも受け入れられない。かといって、彼を満足させるために他の女を招き入れるのも、私の誇り高い独占欲が許さなかった。
(場所でも、人数でもない。……視覚情報の『偏り』による、脳のバグを誘発させる)
行き着いた答えは、「衣装」だった。
コスプレ――それは、記号化された性的象徴を纏うことで、対象の認識を強制的に書き換える戦術。
「新西レイ」という見慣れた個体ではなく、ある特定の「役割」を持った記号として彼の前に立つ。彼の理詰めな思考の隙間に、非日常のビジュアルを叩き込み、その冷静な観察眼を、生々しい欲動で曇らせる。
私はタブレット端末を開き、秘密のショッピングサイトをスクロールした。
メイド、ナース、警察官。どれも安直すぎて、彼の底知れない知性には見透かされる気がした。
もっと、露骨でありながら、肉体のラインを強調し、かつ「狩られる側」であることを強調するような――。
その指が、ある一点で止まった。
バニーガール。
それは、滑らかなサテンの生地が身体を締め付け、女性特有の曲線――胸の隆起、くびれた腰、そして剥き出しになった四肢の躍動感――を最も暴力的に強調する衣装だった。
うさぎという、弱く、繁殖能力が高く、狩られる運命にある小動物の記号。それを、誰よりもプライドが高く、孤高であるはずの「新西レイ」が纏うという倒錯。
(……これだわ。これしかない)
数日後。密室と化した女子寮の一室。窓の外では六月の長雨が静かに降り続いており、湿り気を帯びた空気が重く部屋を支配している。だが、今の新西レイにとって、外界の湿度などどうでもよかった。全身を包んでいるのは、冷たい雨とは対照的な、焼けるような羞恥心と、それを上回る冷徹な征服欲だった。
鏡の前に立つ私の姿は、日常の「新西レイ」とはあまりにかけ離れていた。
黒い、艶やかなサテン生地のバニーレオタード。
それは身体を極限まで締め付け、胸の隆起、極細のウエスト、そしてそこから爆発するように広がる腰の曲線を、暴力的なまでの鮮明さで浮き彫りにしていた。
ハイレグのカットは、中学時代の「絶界」の象徴でもあった白くしなやかな太ももを、付け根の際どい部分まで無防備に晒している。
背中を向ければ、大きく開いたカッティングから肩甲骨のしなやかなラインが露出し、そこには場違いなほど愛らしい、真っ白な丸い尻尾が添えられていた。
「……っ」
私は、鏡の中の自分と目が合った瞬間、思わず息を呑んだ。
顔に熱が昇り、視界がわずかに火照る。
前世で男として生きていた私には、この格好が何を意味するのかが痛いほど理解できてしまった。これは、単なる衣装ではない。男という生き物が抱く「狩猟本能」と「加虐愛」を、一瞬で、かつダイレクトに刺激するために設計された、視覚的な暴力の結晶だ。
だが、羞恥の波を乗り越えた先に、私の中の冷静さが鎌首をもたげた。
鏡の中の自分を、まるで他人の肉体であるかのように冷徹に分析し始める。
(……確かに、扇情的だわ。普通の男なら、これだけで理性を手放すかもしれない)
だが、相手は綾小路清隆だ。
あの、深淵のような凪を瞳に宿した怪物。
彼は、私がどのような格好をしていようと、それを「記号」として、あるいは「非日常のデータ」として、無機質に処理してしまうのではないか。ただ立っているだけのバニーガールなど、彼にとってはケヤキモールの看板とさほど変わらないのではないか。
(姿だけでは、武器として弱い。……静止画では、彼を陥落させるには足りないわ)
私は、頭につけた長い兎の耳を指先でなぞった。
この衣装は、動いてこそ真価を発揮する。
記号を、生身の肉体で「駆動」させる必要がある。
彼という捕食者の瞳に、初めて「動揺」という名の毒を流し込むために。
鏡の前で、ゆっくりと一歩を踏み出した。
まずは、姿勢だ。
ただ突っ立っているのではない。自身の体幹の柔軟さを生かし、背中をわずかに反らせ、胸を強調しつつ、腰のラインが最も鋭角に見える角度を模索した。
バニーガールという記号には、「従順」と「挑発」の両義性が必要だ。
わざと、自身の黄金色の髪を片側に寄せ、露わになった項と鎖骨のラインを強調してみせた。鏡の中の少女が、潤んだ瞳で上目遣いにこちらを見つめ返す。
「……違う。これじゃ、ただの媚びだわ」
私は自分の動きを即座に否定した。
清隆が求めているのは、安っぽい演技ではない。
彼は「本質」を見透かす男だ。ならば、このバニー衣装という偽装の中に、もっと生々しく、動物的な「欲」を混ぜ込まなければならない。
私は、自身の腰をゆっくりと、円を描くように動かした。
サテンの生地が肌と擦れ、卑猥な衣擦れの音を立てる。ハイレグの縁が食い込み、自身の肉体の柔らかさと、衣装の硬質さが対比される。
わざと自分の指先を、首元の蝶ネクタイから谷間へと滑らせ、そこで止めた。
指先の動き一つ、視線の送り方一つ。
どの角度で首を傾ければ、首筋のラインが最も脆く見えるか。
どの程度の速度で腰を沈めれば、サテンの光沢が彼の瞳に「残像」として刻まれるか。
どの瞬間に目を伏せ、どの瞬間に彼を射貫くような視線を向けるべきか。
(彼を、観察者にさせてはいけない。……参加者にさせなきゃ)
鏡の前での「研究」は、次第に熱を帯びていった。
私は、バニー衣装特有の「尻尾」を意識して体を動かした。
四つん這いになり、背中から腰にかけてのラインをS字に歪ませる。
鏡に映るその姿は、自尊心の高い新西レイが、自ら進んで「獲物」へと成り下がった証拠だった。
だが、その瞳だけは、獲物を狩ろうとする狩人の鋭さを失っていない。
自身の足をゆっくりとクロスさせ、タイツの摩擦音を部屋に響かせた。
そして、鏡の中の自分に向かって、挑発的に、けれどどこか絶望を孕んだ声で囁く。
「ねえ、清隆。……これでもまだ、あなたは『ただの友達』だなんて、言い張れるのかしら」
鏡に映るバニーガールの姿は、もはや羞恥に震える少女のそれではなかった。
それは、絶対的な凪を誇る「神」を、泥沼のような情欲の淵へと引きずり下ろすために現れた、冷徹なサキュバスだった。
レイは、額に浮かんだわずかな汗を拭い、荒い呼吸を整えた。
心臓が激しく鼓動している。
羞恥心は、いつの間にか、彼を屈服させるという暗い興奮へと書き換えられていた。
私は、衣装の各部を微調整し、鏡の前で最後の一回転を見せた。
黄金色の髪が舞い、黒いサテンが光を反射する。
計算され尽くした、美しさと汚濁の同居。
「……準備は、整ったわ」
窓の外では、まだ雨が止む気配はない。
だが、この密室の中には、彼という深淵を飲み込むための、完璧な「罠」が完成していた。
今夜、彼がこの扉を叩いた時。
新西レイは、彼の人生で最も「理不尽」で「非効率」な、逃れられない快楽という名の地獄を見せることになる。
私は静かに、部屋の間接照明を最小限まで落とした。
闇の中に浮かび上がる、黄金の髪と、黒い兎の輪郭。
新西レイとしてのプライドを、征服欲という名の炎にくべて、跡形もなく焼き尽くした。
(さあ、来なさい。清隆。……私の『最適解』、その身で受け止めてもらうわ)
女子寮の静まり返った一室。
六月の梅雨特有の、重く湿った夜気が、わずかに開いた窓の隙間から這うように忍び込んでくる。エアコンの除湿機能が微かに稼働する音だけが、外界から隔絶されたこの密室に響いていた。
新西レイは、姿見の前に立ち、全身の細胞が粟立つような強烈な期待と、それ以上に巨大で、もう後戻りのできない「決意」を胸に抱いていた。
今夜、私がその身に纏っているのは、1年Dクラスの優等生という無害で優等生的な仮面でもなければ、中学時代に有象無象の男子の視線を完璧に弾き返していた「孤高の女王」という分厚い防壁でもない。
黒い、艶やかなサテン生地が肌を限界まで締め付け、女性特有の柔らかな曲線を、ある種の暴力的なまでに強調するバニーガール衣装であった。
鏡の中に映る自分を、まるで他人の肉体でも評価するように冷徹な視線で見つめ直した。
黄金色の髪を片側に流し、白く華奢な項から鎖骨にかけてのラインを完全に露わにする。計算し尽くされたハイレグのカッティングは、しなやかな脚の付け根を、隠すべき際どい部分まで無防備に晒している。
黒い網タイツではなく、あえて光沢のある薄手の黒タイツを選んだのは、肉感的な太もものラインをより滑らかに、そして生々しく強調するためだ。
わずかに身じろぎするだけで、サテンの光沢が部屋のわずかな光を妖しく反射し、彼女の存在そのものを、男の情欲を狂わせるための「記号」へと変貌させていた。
(……来る。もうすぐ、彼が)
自身の胸元に手を当てると、心臓の鼓動が、かつて大舞台の畳の上に立った時よりも遥かに激しく、耳の奥で鐘のように鳴り響いているのがわかった。
これまでの二ヶ月間。私は綾小路清隆という、底知れない「絶対的な無関心」に対し、自尊心を削り、魂を磨り潰すような奉仕を繰り返してきた。
自ら跪き、自分の熱で、彼のあの死んだ魚のような瞳を濁らせてやりたい。自分なしではいられないように、彼を情欲の泥沼に引きずり込みたい。
だが、彼はいつも行為が終わった後に、一滴の汗もかかずに「効率的だ」という、高性能な機械のスペックを評価するような冷徹な言葉を下すのみだった。
身体の距離は、これ以上ないほどマイナスにまで食い込んでいる。
それなのに、彼の心の領土には、未だに一歩たりとも踏み込ませてもらえない。彼という底なしの深淵の前では、新西レイの美貌も無意味な砂粒のように思えた。
その絶望的なまでの格差と焦燥感が、私をこの狂気じみた「衣装」へと駆り立てたのだ。
だからこそ、私はこの視覚的な「記号」にすべてを賭けた。
理詰めで物事を処理する彼の認識をバグさせ、その完璧な計算式を破壊するための、不連続な進化の第一歩。
男の理性を視覚から直接ハッキングする、最高の罠。
コンコン、と。
雨音を切り裂くように、控えめで、しかし規則正しいノックの音が響いた。
私は深く、長く息を吐き出し、部屋のメイン照明を落とした。
間接照明の淡いオレンジ色だけが残り、闇の中に黄金の髪と黒い衣装のコントラストを、より一層淫靡に、そして劇的に浮き上がらせる。
「……入って、清隆。鍵は開いているわ」
少しだけ掠れた、けれど甘い毒をたっぷりと含んだ声で、私は絶対者を招き入れた。
ドアがゆっくりと開き、廊下の冷たい空気を引き連れて、一人の少年が足を踏み入れた。
綾小路清隆。
いつものように感情の抜け落ちた無機質な表情。何も映さない、凪いだ瞳。
だが、彼が室内に一歩足を踏み入れ、間接照明の中に立つ私の姿を捉えた瞬間。
彼の動きが、明確に、そして完全に停止した。
視線の先には、闇の中に浮かび上がる「黄金の兎」。
清隆は、ドアノブから手を離すことも忘れ、言葉を失ったようにその場に立ち尽くした。一秒、三秒、十秒。
あらゆる事象を予測し、常に最短距離で最適解を導き出し続けてきた彼の超人的な脳内が、目の前の「非日常」という名の視覚的暴力によって、初めて処理エラーを吐き出している。
普段は制服の下に隠されている、完璧なプロポーションが、最も扇情的な形でパッケージングされ、目前に提示されているのだ。
そのわずかな「呆気にとられた」隙。
それこそが、私が血の滲むような思いで渇望していた、彼に対する最初の明確な勝利の証だった。
「……どうしたの、清隆。そんなところに突っ立って」
私は、鏡の前で何度も、それこそ血の滲むような思いで研究し尽くした動きを開始した。
ゆっくりと、滑らかに。
ハイレグの縁が素肌に食い込む感覚を意識しながら、腰を左右に小さく揺らし、彼へと歩み寄る。サテンの生地が擦れ、シュッ、シュッという卑猥な衣擦れの音が密室に響く。
私は彼の手前、吐息がかかるほどの至近距離で一度立ち止まり、深く、わざとらしく前かがみになった。
「今日の紅茶は、少し香りが強いの。……気づいたかしら?」
その姿勢。
白く柔らかな胸の谷間が強調され、視覚の暴力として彼の理性を直接突き刺そうとしている。
黄金色の髪が彼の腕に触れ、私から発せられる異常なまでの体温と甘い香水の匂いが、湿った空気を通じて彼へと絡みつくように伝播していく。
彼がわずかに視線を下げ、胸元の谷間に目を奪われたのを、私は見逃さなかった。
(……効いてる。この人でも、こんな姿を見せられれば、ただの男になるんだわ)
強烈な優越感が、背筋を駆け上がる。
私はさらに攻勢を強めた。彼をベッドの端へと誘導し、座らせる。
そして、彼の目の前で、自分自身はベッドの上に腰を預けるようにして仰向けに倒れ込んだ。
ゆっくりと、自身の両脚をM字に、隠す素振りも羞恥も見せずに大きく開いてみせる。
黒いタイツに包まれた肉感的な太ももが広げられ、衣装の股間部分――サテンの光沢が最も集中し、熱を帯びている場所が、彼を挑発するように、そして彼を迎え入れるように晒される。
ハイレグの切れ込みが、脚の長さをより際立たせ、黒と白のコントラストが目に焼き付く。
「……ねえ、清隆。私のこと、ちゃんと見てる?」
潤んだ瞳で彼を見上げながら、私は囁いた。
私は、敢えていつものような積極的な奉仕を「焦らす」戦術をとった。
いつもなら即座に彼の下へと這い寄る唇を、今は自分の首元の蝶ネクタイを弄ぶために使う。彼に触れるにしても、指先で彼の太ももを撫で上げたり、胸を軽くすり合わせたりする程度の、もどかしい接触にとどめる。
彼にとっての「効率的」な快楽の供給を意図的に遮断し、「不完全」で「未完」な、制御不能の焦燥を彼に与えようとしたのだ。
「私、今日はなんだか、いつもみたいにうまく動けないみたい……」
嘘だとわかるような甘えた声を出しながら、私はわざとゆっくりとした動作で彼に絡みつく。
一分、二分。
密室に流れる時間が、飴細工のように歪に引き伸ばされていく。
私は自分のテクニックをあえて「抑制」し、彼が焦れて理性を手放す瞬間を待った。
彼の呼吸が、いつもよりわずかに乱れているのがわかる。彼の視線が、自分の露出した肌を、嘗め回すように動いているのがわかる。
(さあ、どうするの? このまま効率化の計算を続ける? それとも……)
だが、その「不連続な停滞」と「焦らし」は、彼の奥底に深く眠っていた「捕食者」としての絶対的な牙を、私の想像を絶する角度から引き摺り出す結果となった。
「……もういい、レイ。お前の狙いは十分に理解した」
低く、地を這うような、背筋が凍るほどの重圧を持った声。
次の瞬間、私の世界が完全に反転した。
清隆の大きな手が、私の細い手首を万力のように掴み、私をシーツへと力任せに叩きつけたのだ。
「っ……!? 清隆……?」
「視覚に対する刺激と、焦燥の誘発。確かに、非日常の演出としては悪くない。……だが、主導権を握るのはお前の仕事じゃない。俺が、俺のやり方で、お前を定義し直す」
シーツに縫い付けられ、彼を見上げた私は、息を呑んだ。
彼の瞳に宿っていたのは、これまでの冷え切った凪ではない。
獲物の息の根を止める直前の、冷徹でありながらも、確実に黒い熱を帯びた純粋な「欲」と「支配欲」だった。
彼が初めて見せる、獣としての剥き出しの感情。
清隆は、抵抗を試みる私の脚を力任せに大きく割り、その黒いタイツの股間部分に容赦なく手をかけた。
バリッ、という、暴力的な破断音。
精巧に編まれた黒の繊維が無残に引き裂かれ、露わになった私の最も無防備で柔らかな部分へと、彼の冷たい指が一切の迷いなく侵入した。
「あ、ぁ……っ! 清隆、だめ、そんな乱暴に……っ!」
「だめではない。……お前の体は、俺の想像以上に、すでにこれを受け入れる準備が完璧にできている。嘘をつくのは口だけにしておけ」
衣装の布地を無理やりずらし、彼の指は、まるで神経の設計図をすべて読み透かしているかのように、最も敏感な場所を正確に捉え、執拗に弄り始めた。
密室に、布が擦れる音と、卑猥な水音だけが木霊する。
私はそのピンポイントで冷酷な刺激の前には全くの無力だった。
「あ、あぁぁぁっ! そこ、清隆、そこは……だめぇっ!」
焦らそうとしていたのは自分だったはずなのに。彼を翻弄するつもりだったはずなのに。
気づけば、私は彼の圧倒的な暴力性と支配の前に、完全に屈服させられていた。
腰が勝手に跳ね上がり、シーツを掴む指先に力が入る。弓なりに反った私の喉から、理性をかなぐり捨てた嬌声が際限なく漏れ出す。
バニーガールという「狩られる側」の衣装を着たことで、私は本当に、清隆に狩られるだけの哀れな小動物へと成り下がってしまったのだ。
「……準備はできたな、レイ」
鼓膜を震わせる低く冷徹な声が、密室に下された最終宣告のように響いた。
私の両脚は彼の手によって無造作に、そして逃げ場のない角度へと大きく開かれた。
引き裂かれた黒いタイツ。ずらされたサテンの生地。
バニーガールという「狩られる側」の記号を纏った私は、文字通り彼という捕食者の前に、最も無防備な急所を晒している。
「あ……待っ、清隆――」
私が何かを言いかけるよりも早く、一切の躊躇いも、甘やかな前戯の延長もない、暴力的なまでの熱と質量が一気に私を貫いた。
「あ、が……あぁぁぁぁっ……!」
ミシミシと、身体の内側から肉が押し広げられ、魂の最も深い領域までもが彼という存在に完全に占有されていく物理的な衝撃。
「痛い」のではない。私の身体は、すでに彼を受け入れるための熱を十分に帯びていた。だからこそ、その圧倒的な存在感が最深部を打ち据えた瞬間、全身の神経が焼き切れるような、規格外の快楽が脳髄を白く染め上げたのだ。
「はっ、ぁ……! すごい、清隆……っ! 壊れる、私、壊れちゃう……っ!」
彼は私の悲鳴にも似た嬌声に耳を貸すことなく、即座に、そして無慈悲なほど正確なリズムで腰を打ち付け始めた。
ドン、ドンと、ベッドのきしむ音が部屋に響く。
そのストロークは、私が彼を「焦らそう」と企てたことへの報復であるかのように、深く、鋭く、一分の隙もなかった。
視界が明滅し、酸素が足りなくなる中、清隆の冷たい手が、私の首元で窮屈そうにしていた蝶ネクタイと、バニー衣装の硬い胸元へと伸びた。
「こんな布切れで、隠し通せると思ったか」
彼は何の感慨も交えない声でそう呟くと、サテンの生地を力任せに下へと引き剥がした。
パチン、という音と共に衣装の構造が崩れ、窮屈な空間から解放された私の白く柔らかな双丘が、夜の空気の中へと完全にこぼれ落ちる。
「あっ……いや、見ないで……っ」
「お前が俺に見せつけるために着たんだろう。……素直に悦べ」
彼はそう言い捨てると、露わになった私の胸を両の手のひらで乱暴に揉み解し始めた。
下半身で容赦のない激しい楔を打ち込みながら、上半身では私の乳房の形を変えるほど強く握りしめ、尖った先端を執拗に指先で弾き、時に冷たい唇で乱暴に吸い上げる。
上下から同時に襲い来る、完璧に計算された快楽の波状攻撃。
「あぁぁっ! ひ、あぁっ……! 清隆、だめ、そんなにいっぺんに……頭が、おかしくなるぅっ!」
自分がどのような顔をして泣き叫んでいるのか、もうわからなかった。
私を翻弄する側になりたかった。彼を情欲で狂わせたかった。なのに、狂わされているのは完全に私の方だ。
バニーガールの衣装は、私の曲線を美しく見せるための武器だったはずなのに、今はただ、私の恥ずかしい姿を縁取るだけの残酷な額縁に成り下がっている。
突然、最深部を抉るような激しい動きが止まった。
「……っ!? 清隆……?」
唐突な喪失感に私が喘ぐと、彼は私の腰と背中に腕を回し、繋がったままの状態で、私をベッドから軽々と抱え上げた。
「お前が望んだことだろ。視覚的な情報の変化、だったか」
彼は私を宙に浮かせたまま、部屋の隅に置かれた大きな姿見の前へと歩み寄った。
そして、彼自身は鏡に背を向け、私が鏡を見えるようにした。
「……目を開けろ、レイ」
命令され、私は涙で霞む目を無理やり開いた。
鏡の中には、信じられないほどに淫らで、絶望的なまでに「支配」された光景が映し出されていた。
黄金色の髪を振り乱し、黒いバニー衣装の胸元を無残にはだけさせ、乳房をこぼした姿の美少女。
頭の上の兎の耳は情けなく傾き、引き裂かれたタイツが私の敗北を雄弁に物語っている。
そして何より、一切の表情を変えない少年に抱え上げられ、空中で脚を大きく開かされながら、最も秘微な場所を深々と貫かれているのだ。
「あ、ぁ……っ、見せないで、やだ、そんな……っ!」
「よく見ろ。これが今のお前の、客観的な事実だ」
清隆は、鏡に映る私の姿を冷静な、あまりにも冷酷な言葉で解体し始めた。
「優等生の新西レイが、俺の気を引くためだけにこんな滑稽な格好をして、自分で俺を迎え入れている。」
「やめて……言わないで……っ!」
「お前は俺を焦らそうとしたが、結果はどうだ。俺の腕の中で自ら脚を開き、こうして突き上げられるたびに、涎を垂らして喜んでいるただの雌じゃないか。……俺の言うことが間違っているか? レイ」
彼は言葉の刃で私の精神を切り刻みながら、同時に、抱え上げた私の腰を下から激しく突き上げ始めた。
「あ、がぁっ!? あぁぁぁっ!」
突き上げられるたびに、鏡の中の私が大きく跳ね、バニーの丸い尻尾が小刻みに揺れ、はだけた胸が上下に揺れる。
そのすべてが、鏡越しに鮮明な視覚情報として私の脳に叩き込まれる。
自分が「所有」され、完全に「調教」されているという絶対的な客観事実。
「だめ……でも、気持ちいい……清隆に、蹂躙されてるのが……全部、見えちゃう……っ!」
視覚と聴覚、そして触覚。
すべての感覚が彼によって支配され、私の強固だった自尊心は、鏡の前で粉々の塵となって消え去った。
残ったのは、彼という圧倒的な強者にひれ伏し、その暴力的な愛撫に依存するしかない、一匹の哀れな兎の姿だけ。
だが、その究極の敗北感こそが、私の脳内に致死量の麻薬を分泌させていた。
鏡の中の情欲に狂った自分の顔を見つめながら、私は耐えきれない絶頂の波間へと流されていく。
「清隆、もう……だめ、いく、いっちゃうぅぅっ!」
私が悲鳴を上げた瞬間、彼は鏡の前から離れ、私を再びベッドへと乱暴に放り出した。
今度は仰向けではなく、私をシーツに這わせ、四つん這いにさせる――後背位の体勢。
バニーガールという衣装が最もその「卑屈さ」を際立たせる、獣のようなポーズ。
視界を奪われ、シーツに顔を埋めた暗闇の中、背後から訪れるのは、先ほどまでを遥かに凌駕する暴力的な質量だった。
「これで終わりだ。……お前の望んだ、最適解の果てだ」
「あぁっ! だめ、それ、一番奥……奥の、一番痛いところまで、あぁぁぁぁっ!」
彼は私の黄金色の髪の根元を鷲掴みにし、私の頭をシーツに押し付けたまま、力強く腰を引き、そして最後の一滴までを絞り出すような、容赦のない連続した突きを繰り出した。
パン、パンと、肉と肉が激しく打ち付けられる音が、密室に爆音のように鳴り響く。
バニー衣装の尻尾が激しく揺れ、私の背中が弓なりに反り返る。
彼の手が私の腰骨をがっしりと固定し、逃げ場を完全に塞いだ状態で、私の奥深く、子宮の入り口を直接打ち据えるような、決定的なフィニッシュ。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
私の喉から、もはや人間の言葉ではない、純粋な歓喜と絶望の叫びが迸った。
指先から、バニーの長い耳の先までが激しく痙攣し、視界が真っ白な閃光に包み込まれる。人生で経験したことのない、魂そのものが吹き飛ぶような絶対的な絶頂。
同時に、背後から覆い被さる清隆の身体が大きく強張り、私の最も深い、灼熱の奥底へと、彼自身の熱い奔流がドクドクと解き放たれるのを感じた。
その重みと熱さが、私が彼に完全に「敗北」し、「刻み込まれた」という事実を、私の細胞の隅々にまで焼き付けていく。
行為が完全に終わり、深い、耳鳴りのするような静寂が部屋に戻った。
私は、シーツの上に糸の切れた人形のように突っ伏したまま、過呼吸のように荒い息を繰り返していた。
激しい嵐が過ぎ去った後の海は、どこまでも静かで、重く、そして残酷なまでに凪いでいる。
今の私の心境は、まさにその名状しがたい静寂そのものだった。
私は、乱れきったシーツの上にうつ伏せの状態で突っ伏したまま、指一本動かすことができずにいた。
深く沈み込んだベッドのマットレスから、二人分の汗の匂いと、先ほどまでここで繰り広げられていた濃厚な情事の熱気が、むせ返るように立ち上ってくる。
シーツを強く握りしめていた両手は、完全に力が抜け、力なく投げ出されている。今はただの泥のように重く、自身の重力を支えることすら放棄していた。
(……息が、うまくできない)
肺が酸素を求めて浅く、速く収縮を繰り返す。
口から漏れるのは、言葉にならない掠れた呼気だけ。全身の毛穴から汗が滲み出し、エアコンの冷たい風に当たって急速に体温を奪っていく。
背骨の奥、子宮の最も深い場所で、清隆が残していった熱い「質量」が、いまだにドクン、ドクンと私の心拍に合わせて脈打っているのがわかる。
自分の身体を見下ろすことすら億劫だったが、視界の端に入る自身の姿は、惨めであると同時に、これ以上ないほど扇情的な「残骸」へと成り果てていた。
私がこの夜のために、彼という理性の塊を狂わせるために用意した「バニーガール」の衣装。
計算し尽くされた漆黒のサテン生地は、彼の無慈悲な手によって乱暴にはだけさせられ、もはや衣装としての原型を留めていなかった。
胸元は完全に引き下げられ、赤い痕が無数に刻まれた乳房が無防備にシーツに押し付けられている。何より悲惨なのは、私自身が誇りとしていた脚を包んでいた黒いタイツだ。彼の指が侵入する際、一切の躊躇なく暴力的に引き裂かれたそれは、伝線という生易しいものではなく、完全にぼろぼろの繊維の塊となって太ももに絡みついている。
頭につけていたはずの兎の耳は、行為の最中にどこかへ吹き飛び、床の隅で無惨に転がっていた。
前世の私が、今のこの姿を見たらどう思うだろうか。
女としての武器を極限まで強調した奇抜な衣装を纏い、一人の男に組み敷かれ、快楽のあまり涎を垂らして泣き叫び、最後は後背位で獣のように犯されて散った。
屈辱で舌を噛み切るかもしれない。
しかし、今の私――新西レイとしての自我は、この無惨な姿を、どこか冷めた、けれど甘い充足感と共に受け入れていた。
「……んっ、あ……」
寝返りを打とうとわずかに腰を動かした瞬間、雷に打たれたような痺れが骨盤から脳天へと駆け抜け、私は思わず小さな呻き声を漏らした。
痛いわけではない。限界を超えて開発され尽くした神経が、小さな摩擦すらも過剰な快楽の火花として誤認してしまうのだ。
私はそのまま動くことを諦め、ベッドのシーツに頬を擦りつけるようにして、ゆっくりと視線だけを動かした。
視線の先。ベッドの端に腰掛けている少年の背中があった。
綾小路清隆。
彼は、私がこれほどまでに全身の機能を停止させ、泥のようにシーツに沈み込んでいるというのに、すでに自分のワイシャツに腕を通し、無駄のない動きで一つずつボタンを留めていた。
その背中は、広いわけでも、特別に厚い筋肉に覆われているわけでもない。一見すれば、どこにでもいる平凡な男子高校生のそれだ。
しかし、私は知っている。その服の下に隠された、無駄な肉を極限まで削ぎ落とし、鋼のワイヤーを束ねたような恐るべき筋肉の密度を。そして、私の思考を、感情を、肉体を、一切の誤差なく完璧にコントロールしてみせた、あの悪魔的なまでの制圧力を。
彼はシャツの袖口を整えると、ゆっくりとこちらを振り返った。
「……少しは、落ち着いたか」
その声。
鼓膜を打つその声のトーンに、私は絶望的なまでの徒労感と、薄っぺらい敗北感を覚えた。
彼は、息一つ切らしていなかった。
つい先ほどまで、あんなにも激しく、野獣のように私の腰を打ち据え、鏡の前で私を辱め、私の奥底に熱を吐き出していた男の呼吸が、日常と何一つ変わらない一定のリズムを刻んでいる。
額に汗の粒すら浮かんでいない。
そして何より、私を見下ろすその瞳は、深海のように暗く、底知れず、一切の感情の揺らぎを持たない「完全なる凪」のままだった。
(……この人は、本当に人間なの?)
私が仕掛けたバニーガールという視覚的な暴力。
前世のプライドを捨ててまで行った、媚態の限りを尽くした挑発。
それらすべてを受け止め、私を狂うほどに愛し抜いたはずなのに、彼の中には「事後の余韻」も「愛しい女を抱いた充足感」も、あるいは「欲情を爆発させたことへの疲労感」すら、ミクロン単位で存在していなかった。
彼はただ、一つのタスクを完了し、次の行動へと移る前の待機状態に戻っただけなのだ。
「……ええ。おかげさまで、指一本動かせないくらいには、ね」
私はシーツに顔を半分埋めたまま、精一杯の皮肉を込めて掠れた声で答えた。
「それは重畳だ。……今日の衣装は、レイ自身が用意したものなのか?」
清隆は、床に落ちていた兎の耳の形をしたカチューシャを拾い上げ、興味深そうに(あるいは、単なる観察対象として)眺めながら尋ねてきた。
「そうよ。……どう? 私からの、ちょっとしたサプライズ。……驚いた?」
私は彼の反応を探るために、あえて挑発的な言葉を選んだ。
彼が部屋に入ってきた瞬間、あのバニーガール姿の私を見て、わずかに呆気にとられたように立ち尽くしたこと。私はその数秒の「エラー」を見逃してはいなかった。
清隆はカチューシャをデスクの上に置き、再び私へと視線を戻した。
「ああ。視覚的な情報がいつもと違っていたからな。日常とのギャップに、脳の処理が一瞬遅れたのは事実だ。……それに、その衣装は、お前の身体的な長所を最大限に強調するように計算されていた。非常に効果的なアプローチだったと思う」
「効果的なアプローチ……」
私は思わず、自嘲的な笑みをこぼしそうになった。
やはり、この男はそういう言語でしか世界を認識できないのだ。
私がどれほどの羞恥心を殺し、どれほどの熱情を込めてあの衣装を纏ったか。そんな感情の機微は彼にとって不要なノイズであり、ただ「視覚情報」や「効果」という名の無機質なデータとしてしか脳に届かない。
「……それだけ? あなたを振り向かせるために、私がこんな破廉恥な格好までしたのに。あなたは私を抱いている時、何を考えてたの?」
私は、心のどこかで彼が「理性を失いそうになった」とか「たまらなく興奮した」といった、少しでも人間らしい、男らしい言葉を口にしてくれることを期待してしまっていた。
しかし、清隆の返答は、私のその淡い期待を無惨に切り捨てるものだった。
「お前がこの衣装を選んだ意図を分析し、それに対してどのような反応を返すのが、互いにとって最も有益であるかを計算していた」
「……計算?」
「そうだ。お前はただ尽くすだけの関係に停滞を感じ、新たな刺激を投入することで主導権を握ろうとした。だから俺は、その視覚的刺激を受け入れつつ、お前が予測する以上の反応を返すことで、お前の目的を達成させ、かつ俺自身も最大の効率で欲求を満たす方法を選択した。結果として、お前は満足し、俺もこうしてリフレッシュできた。問題ないはずだが」
私は、言葉を失った。
彼は、私が「彼を翻弄しようとしている」という戦略そのものを、最初から完全に看破していたのだ。その上で、私の仕掛けた罠にわざと乗るふりをして、結果的に私を自分の掌の上で踊らせ、完全に支配し尽くした。
(……勝てるわけない。この男の脳内は、どうなっているの)
「……あなたは本当に、血も涙もないのね」
私はシーツをきつく握りしめ、恨み言を吐き出した。
完全に彼を狂わせ、理性を奪うという私の目的は、根本から失敗に終わった。私は彼の冷静さを、一ミリも崩すことができなかったのだ。
「そうか? 俺は十分に、お前の期待に応えたつもりだが」
清隆は淡々とそう言いながら、破り捨てられた黒いタイツの残骸を指差した。
「……あ」
私は、彼のその何気ない動作と視線の先に、ハッとさせられた。
そうだ。
確かに彼は、言葉の上では「計算」だの「最適」だのと言い張っている。事後の今も、不気味なほどに平静を保っている。
しかし――。
(今日の彼……いつもより、ずっと乱暴だったわ)
私は、自分自身の肉体に刻み込まれた「記憶」を、もう一度冷静に手繰り寄せた。
普段の彼は、セックスにおいてすら冷徹で、私の体を傷つけないよう、ある種の機械的な優しさを持って触れてくる。私の反応を見ながら、徐々に段階を上げていくのがいつもの「最適解」だった。
しかし、今日、あのバニーガール姿の私を見た後の彼は違った。
私の焦らすような奉仕を途中で強制的に遮断し、私をベッドに叩きつけた。
そして、このタイツを、手加減など一切なく、野生の獣のように力任せに引き裂いたのだ。
鏡の前に私を引きずり出した時の腕の力も、後背位で私を突き上げる腰のストロークも、普段の彼の冷静な計算からはわずかに逸脱した、暴力的なまでの「衝動」が混じっていた。
(……本当にすべてが『計算』なら、あんな風に服を破く必要なんてない。私の体を、あそこまで痛めつけるように、乱暴に抱く必要なんてないはずだわ)
私は、彼が残した「矛盾」に気づき、胸の奥底で小さな、けれど確かな火が灯るのを感じた。
彼は私の戦略を見破り、理性を保っていたと言い張る。
しかし、その肉体の行動は、彼自身の言葉を裏切っていた。
私のバニーガール姿は、彼の意識下で、彼が自覚している以上の「バグ」を生み出していたのだ。彼がそれを「最適解だ」と自分自身に言い聞かせているだけで、実際には、彼の心の奥底にある捕食者としての、あるいは男としての本能が、私の仕掛けた視覚の暴力によって、わずかに制御を失っていた。
(……ゼロじゃなかった。私の打った手は、確実に清隆の皮膚を貫いて、その下にある本能に届いていたんだわ)
私は、シーツに沈み込んだまま、微かに唇の端を吊り上げた。
「……そうね。あなたの言う通り、十分に期待に応えてもらったわ。タイツを破られるなんて、計算外だったけど」
私がその事実を指摘すると、清隆はわずかに視線を泳がせることもなく、平然と答えた。
「脱がせるよりも破った方が、時間的な効率が良かったからな。弁償はする」
「ふふっ……いいわよ、弁償なんて。その代わり……」
私は、残されたわずかな力を振り絞って、うつ伏せの状態から上半身だけを少し持ち上げた。
乱れた黄金の髪の隙間から、彼を真っ直ぐに見据える。
敗北感で塗り潰されていたはずの私の瞳には、暗く、熱い「闘志」が蘇っていた。
「その代わり、これからも私の『実験』に付き合ってもらうからね。あなたがいくら計算で武装しても、いつか必ず、その平然とした顔をぐちゃぐちゃに歪めてやるんだから」
私の宣戦布告を聞いて、清隆は少しだけ、本当にわずかだけ、その形の良い唇を緩めたように見えた。
「……好きにしろ。お前が俺に有益なデータをもたらす限り、拒む理由はない」
相変わらずの、感情のない言葉。
しかし、私はもう絶望しなかった。
彼は立ち上がり、部屋を出る準備を始めた。
私は彼を引き止めることはしない。今の私には、彼を引き止める権利も、彼に縋り付く理由もない。
「じゃあな、レイ。……明日はゆっくり休め」
「……ええ。おやすみなさい、清隆」
ドアが静かに閉まり、電子ロックの音が部屋に響く。
再び訪れた、完全な密室と静寂。
私はゆっくりと体から力を抜き、再びシーツの上へと崩れ落ちた。
部屋の空気はまだ重く、彼の残り香が色濃く漂っている。
私の体は彼に蹂躙され、疲労困憊で、自尊心は彼という巨大な質量の前に何度もへし折られた。
私は彼に「心」を向けているのに、彼は私を「データ」や「効率」としか見ていない。その圧倒的な非対称性に、普通なら心が折れて、涙を流して諦めるだろう。
けれど、私は違う。
新西レイという女は、相手が強大であればあるほど、そして攻略が困難であればあるほど、その闘争本能を燃え上がらせる生き物なのだ。
(……今日で分かったわ。綾小路清隆、あなたも完全無欠の機械じゃない)
私は、破られたタイツの切れ端を指先でそっと撫でた。
彼が力任せに引き裂いた、その荒々しい断面。
これが、彼の中に確かに存在する「衝動」の証拠だ。
(時間をかけて、じわじわとあなたの認識を侵食してやる。私の姿が、声が、匂いが、あなたの脳の計算式を狂わせる『ノイズ』になるまで。……いつか、あなたのその冷徹な最適解のすべてを、私というバグで上書きしてあげるわ)
私はゆっくりと目を閉じた。
全身の筋肉が休息を求め、意識が深い泥の底へと沈んでいく。
次に彼に会う時は、また「ただのクラスメイト」の顔に戻らなければならない。
この部屋でどれだけ激しく交わっても、一歩外に出れば、私たちはただの隣人に戻る。
その歪で残酷な二重生活が、今の私にとってはたまらなく愛おしく、そして恐ろしかった。
(待ってなさい、清隆……)
六月の長雨の音を子守唄に、私は彼への決して消えることのない、狂おしいまでの執着と独占欲を胸に抱いたまま、意識の深い闇の中へと落ちていった。
完全なる敗北から見出した、針の穴ほどの小さな勝利の兆し。
その微かな光を道標に、新西レイの終わりのない戦いは、静かに、そして確実に次のフェーズへと移行しようとしていた。