※この作品はR-18です。

綾小路くん、私はセフレ?それとも   作:Geminiちゃん痛くしないで

8 / 21
二学期
九月、十月:奉仕Part2


うだるような熱気を孕んでいた八月が終わりを告げ、季節が九月へと移り変わる頃。

高度育成高等学校の敷地内を吹き抜ける風には、ほんのわずかながら秋の涼しさが混じるようになっていた。

 

二学期の始まり。

それは新たな戦いの幕開けでもあった。

 

「二学期最初の特別試験は、体育祭だ」

 

ホームルームの静寂の中、担任である茶柱佐枝が黒板の前に立ち、冷徹な声でそう告げた瞬間。Dクラスの教室内は、どよめきと歓声、そして一部の生徒からの絶望の溜息に包まれた。

黒板に貼り出された分厚いプリントには、全学年を赤組と白組に分けたチーム戦であること、学年ごとのクラス対抗戦の側面もあること、そして何より、成績下位者にはペナルティが課せられるというルールが細かく記載されていた。

 

(……体育祭、ね)

 

私は自分の席で、優等生としての真面目な表情を貼り付けたまま、内心で静かに、そして熱く口角を上げていた。

 

体育祭。それは、純粋な身体能力とクラスの団結力が試される盤面。だが、私にとってのそれは、クラスポイントの増減という問題だけではない。

 

「……ついに、来たわね」

 

誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。

私の頭の中は、五月からずっと密かに準備を進めてきた計画に支配されていた。

 

綾小路清隆に対する、『リベンジ奉仕』。

 

あの男が持つ、底知れない深淵と冷酷な計算。

無人島試験で彼が水面下でクラスを操り、勝利に導いたあの日から、私の心の奥底には「いつか彼に置いていかれるかもしれない」という真っ黒な焦燥感が渦巻いていた。

彼がこの学校の表舞台で本格的に動き出すのなら、私は彼にとって「絶対に手放せない存在」に成り上がらなければならない。

そのためには、彼の理性を完全に破壊する勝利が必要だった。

 

その絶好の機会が、この十月の体育祭なのだ。

勝負事という非日常の空間。アドレナリンが沸騰し、闘争本能が剥き出しになる一日。

そして、競技によって肉体を酷使し、疲労困憊となったその日の夜。

男としての本能が最も昂ぶり、同時に鉄壁の理性が最も緩むそのタイミングを狙って、私が五月から一人で磨き続けてきた「奉仕」の技術のすべてを叩き込む。

 

(ふふっ……待ってなさいよ、清隆。私のすべてを使って、あなたを骨の髄まで甘く溶かしてあげるんだから)

 

机の下で、私はきゅっと拳を握りしめた。

 

体育祭のルール説明が終わり、クラス内では出場種目の選定に向けた話し合いと、体育の時間を活用した実践的な実力測定が始まった。

全員が参加する基本競技に加え、各種目には「推薦参加枠」と呼ばれる、クラスの代表者が出場する競技が存在する。

 

Dクラスのリーダーとして立ち回る堀北鈴音や、男子の圧倒的なエースである須藤健を中心に、クラス内は活気を帯びていた。

 

「よし、次は女子の100メートル走のタイム測定だ! 新西、次お前の番だぞ!」

 

グラウンドに須藤の野太い声が響く。

私は「ええ、分かったわ」と優等生らしく微笑みながら、スタートラインへと歩み出た。

照りつける九月の太陽の下、指定された体操服に身を包んだ私の体は、スタートの姿勢をとるだけでしなやかに躍動する。

 

(……本気を出せば、目立ちすぎるかしら。でも)

 

私は視線の端で、グラウンドの隅の木陰に座り、退屈そうに砂いじりをしている一人の男子生徒――綾小路清隆の姿を捉えた。

 

彼に「新西レイは使える」と認識させるためには、出し惜しみなどしている場合ではない。

それに、私が華麗にグラウンドを駆け抜け、汗を輝かせる姿を見せつけることも、彼の奥底にある雄の本能を刺激するための立派な「前戯」なのだ。

 

「位置について、よーい……」『ドンッ!』

 

ピストルの乾いた音と共に、私は地面を強く蹴り出した。

風を切り裂く感覚。

トラックを走るという単純な行為によって一気に加速していく。

隣を走る女子生徒たちが、あっという間に後方へと置き去りにされていく。無駄のないフォーム、しなやかな柔軟性が生み出す圧倒的なストライド。

 

「……ゴールっ! マジかよ新西、すげえ速いぞ!!」

 

タイムキーパーをしていた池が、目を丸くして叫んだ。

ゴールした私は、軽く息を弾ませながら、集まってきたクラスメイトたちに向かって照れくさそうに笑ってみせた。

 

「ふふ、ちょっと走りやすかったから、調子に乗っちゃったみたい」

 

「調子に乗ったレベルじゃねえだろ! 堀北といい勝負……いや、ひょっとしたらDクラス女子のトップクラスじゃねえのか?」

 

須藤も感心したように私の顔を見つめてくる。

私は汗ばんだ前髪を白い指先で払いながら、再び木陰の方へと視線を向けた。

清隆は相変わらず無表情だったが、ほんの一瞬だけ、その漆黒の瞳が真っ直ぐに私を射抜いたのを、私は決して見逃さなかった。

 

(……見たでしょう? 私の実力を)

 

この実力測定の結果、私は全員参加種目における準エース枠としてのポジションを確固たるものにした。堀北たちと並び、Dクラスの女子を牽引する重要な歯車の一つだ。

さらに、推薦参加種目においても、花形である『1200メートルリレー』のメンバーに選出されることが決定した。

 

「新西さん、リレーよろしくね! 一緒に頑張ろう!」

「ええ、櫛田さん。クラスのために、全力を尽くすわ」

 

体育祭に向けた練習が本格化していく中、私には一つだけ、密かに狙っていた種目があった。

 

それは、『男女二人三脚』。

その名の通り、男女ペアとなって足を縛り、息を合わせてトラックを駆け抜ける競技だ。

 

(……これ、清隆と出たいな)

 

体育館の隅で競技のエントリーシートを眺めながら、私は密かに胸の奥をきゅっと締め付けた。

理由は計算高いものでもなんでもない。ただ、ごくありふれた高校生らしい、「恋人っぽいこと」をしてみたかっただけだ。

 

私と清隆の関係は、いつだって夜の密室や、誰の目にもつかない暗がりでの情事ばかり。互いの歪な欲望や執着をぶつけ合うだけの繋がりだ。太陽の下で、普通の恋人同士のように手を繋いで歩いたことすらない。

だからせめて、体育祭という特別なイベントの中でくらい、堂々と彼と肩を並べたかった。

お互いの足を一本の紐で縛り付け、肩を組み、息を合わせて同じゴールを目指して走る。そんな、青春の一ページのようなささやかな思い出が欲しかったのだ。

 

私は、そんな柄にもない乙女心を必死に隠しながら、行動に移した。

 

「ねえ、清隆」

 

放課後の教室。

クラスメイトたちがグラウンドへと向かう中、席を立とうとしていた彼を呼び止める。

 

「なんだ」

 

「推薦種目のエントリーなんだけど。私、男女二人三脚に出ようかと思ってるの」

 

「……そうか。お前の運動能力なら、誰と組んでもそれなりの結果は出せるだろうな」

 

「だから、あなたと組もうかと思って。ほら、あなたって運動神経は『平均的』なんでしょ? 私がリードしてあげれば、無様に転んで恥をかくこともないじゃない」

 

本当は「一緒に走りたい」と素直に言えればいいのに、私のプライドがそれを許さなかった。

 

清隆は、私の顔をじっと見つめ、そして。

 

「……悪いが、俺はその種目には出ない」

 

一切の感情を交えない、平坦な声で即答した。

 

「え……っ?」

 

「俺は全員参加種目だけで手一杯だ。それに、推薦種目の枠はクラスの勝利のために、より適性のある人間が割り当てられるべきだ。須藤や平田にでも頼むんだな」

 

そう言い残し、彼は鞄を持ってさっさと教室を出て行ってしまった。

 

「……あっ、……!」

 

誰もいなくなった教室で、私はギリッと奥歯を噛み締めた。

適性がある人間が割り当てられるべき? 冗談じゃない。清隆がその気になれば、誰よりも私と完璧に息を合わせられることくらい、私が一番よく知っているのに。

彼はただ、目立つことを避けるためか、この競技を避けたのだ。

 

(……本当に、可愛げのない男。少しは私の気持ちを察してよ……)

 

私は大きなため息を吐き出し、窓の外、グラウンドへと向かう彼の背中を睨みつけた。

ここで彼にすがりつき、「一緒に出てよ」と素直に泣きつくような真似はできなかった。

幻に終わった男女二人三脚。太陽の下で普通の恋人のように触れ合うという、ささやかな願いは、あっけなく打ち砕かれてしまった。

 

私はチクリと心が痛むのを感じつつ、グラウンドの練習へと向かった。

彼と組めないのなら、他の男と二人三脚に出る意味などない。私はこの種目のエントリーをきっぱりと諦め、自分が選ばれた1200メートルリレーと、個人競技の練習にすべてを注ぎ込むことに決めた。

 

そして。

季節が完全に秋の空気を纏い始めた、十月。

体育祭本番の、二日前。

 

すべての練習日程が終了し、あとは本番に向けて体調を整えるだけとなった放課後。

私は、寮へと続く夕暮れの並木道で、一人で歩いている清隆の背中を見つけた。

 

周囲には、他の生徒の姿はまばらだ。

私は足音を立てずに彼に近づき、その真横にスッと並び立った。

 

「……奇遇だな」

 

私の気配に気づいていたのか、彼は驚く様子もなく、前を向いたまま淡々と言った。

 

「奇遇じゃないわ。あなたを待ってたのよ」

「俺を?」

「ええ」

 

私は歩みを止めず、彼と肩を並べながら、夕暮れの空を見上げた。

私は競技の練習に本気で取り組んできた。彼と直接言葉を交わす機会も、意図的に減らしていた。

それはすべて、この瞬間のためだ。

 

「明後日は、いよいよ体育祭ね」

「ああ。Dクラスがどう立ち回れるか、見物だな」

「他人事みたいに言わないでよ。……私も全力を出すわ。あなたがどう盤面を動かすつもりかは知らないけど、私は私のやり方で、結果を出してみせる」

 

それは、彼に対する「私は有能な手駒よ」というアピールでもあった。

清隆はわずかに視線を私に向け、無表情のまま小さく頷いた。

 

「そうか。お前の身体能力なら、問題ないだろう」

「当然よ」

 

私はふっと微笑み、そして。

周囲に誰もいないことを確認してから、彼との距離をわずかに詰め、その耳元に顔を近づけた。

 

「……だから、約束して」

 

夕暮れの静寂に、私の甘く、そして絶対的な自信に満ちた声が響く。

 

「明後日の体育祭が終わった後の夜……あなたの部屋に、行くわ」

 

「……」

 

清隆の歩みが、ほんの一瞬だけ止まったように見えた。

私は彼を見つめ返す。

 

「体育祭で疲れたあなたを、私がたっぷりと『労って』あげるから」

 

それは、お願いでも懇願でもない。

「必ず行く」という、決定事項の通達だった。

彼が体育祭でどれほど暗躍し、どれほど疲労しようとも。その日の夜の時間は、すべて私が独占する。彼を私の奉仕で完全に狂わせ、理性を剥ぎ取ってやるという、宣戦布告。

 

夕陽に照らされた彼の瞳が、私の顔をじっと見つめ返す。

何を考えているのかは分からない。

 

「……わかった。鍵は開けておく」

 

短く、無機質な承諾。

だが、私にとってはそれだけで十分だった。

 

「ふふっ。楽しみにしててね、清隆」

 

私はそれ以上何も語らず、彼に背を向けて、軽やかな足取りで女子寮へと歩き出した。

白い脚が、夕暮れの風を切って進む。

 

舞台は整った。

私を手放せなくさせるための、勝負の夜がすぐそこまで迫っている。

胸の奥で早鐘を打つ心臓の音を聞きながら、私は誰にも見えないように、歓喜と狂気に満ちた笑みを深く刻み込んだ。

 

 

雲一つない抜けるような青空の下、十月の乾いた風がグラウンドの万国旗を揺らしていた。

高度育成高等学校の体育祭。

赤組と白組に分かれ、学年を超えた意地とプライドがぶつかり合う、大規模な肉弾戦の幕開けだ。

 

「よし、Dクラス! お前ら、気合入れていけよ!!」

 

須藤の野太い怒声が、赤組の陣地に響き渡る。クラスの勝利、そしてペナルティの回避のため、Dクラスの生徒たちの顔には緊張感が張り詰めていた。

 

プログラムは午前の部、全員参加競技からスタートした。

最初に行われたのは、女子の100メートル走。

 

「位置について。よーい……」『ドンッ!』

 

ピストルの乾いた破裂音と共に、私はトラックを蹴り出した。

私の持ち回りのレースには、Cクラスのエース級の生徒は配置されていなかった。それが幸いし、私はスタート直後から一気に先頭へと躍り出た。

バランスよくついた筋肉。そして、しなやかな柔軟性が、無駄のない美しいストライドを生み出していく。

 

(……見ているかしら)

 

私は風を切り裂きながら、視線の端で自陣のテントを探した。

彼は目立つ行動を嫌うから、大声で声援を送るような真似は絶対にしないだろう。だが、あの漆黒の瞳は、盤面全体を俯瞰するように確実にグラウンドを捉えているはずだ。

 

「ゴールっ!」

 

結果は、1位。

「すごいよ新西さん! さすが!」と駆け寄ってくるクラスメイトたちに、私は「相手がたまたまエースじゃなかっただけ。運が良かったわ」と謙遜してみせた。

 

だが、私の個人的な好成績とは裏腹に、午前の部のメインイベントである『騎馬戦』において、Dクラスは苦戦を強いられることになった。

 

「新西さん、右から来るわ!」

「分かってる! しっかり支えて!」

 

私は騎馬の上の乗り手として、眼前に迫る白組の騎馬と対峙していた。

騎馬戦においては、純粋なパワーだけでなく、相手の動きを読み、攻撃を躱す柔軟性とバランス感覚が命となる。

「もらったぁ!」と手を伸ばしてくるBクラスの女子生徒の腕を、私はしなやかに上体を逸らして躱し、すれ違いざまに彼女の頭上からハチマキを鮮やかに奪い取った。

 

「ナイス、新西さん!」

「この調子でいくわよ!」

 

私の騎馬は、巧みな動きと私の反射神経によって敵のハチマキを奪い、ポイントを稼いでいった。

しかし、グラウンドの反対側――Dクラスの大将騎である堀北の騎馬は、目を覆いたくなるような惨状だった。

 

「……っ、またCクラス……!?」

 

堀北の騎馬は、龍園率いるCクラスの生徒たちから、執拗な攻撃を受けていたのだ。

本来なら、同じ赤組であるAクラスの生徒たちが援護に入るべき場面だ。しかし、Aクラスの騎馬はDクラスの騎馬のフォローをしなかった。

 

(……龍園の差し金ね。それに、Aクラスとの連携も完全に破綻している)

 

孤立無援となった堀北の騎馬は、四方八方からのラフプレーまがいの攻撃を耐えきれず、ついにバランスを崩してグラウンドの砂に激しく叩きつけられた。

 

結果として、騎馬戦は赤組の敗北という形で幕を閉じた。

 

午前の部が終了し、昼休みの時間。

Dクラスの陣地は、重く冷たい空気に包まれていた。

 

「痛っ……」

「堀北さん、大丈夫……? 血が滲んでるよ」

 

午前の競技で狙い撃ちにされた堀北は、足に痛々しい怪我を負い、顔を歪めていた。

彼女だけではない。Dクラスの最大の得点源である須藤も、Cクラスの卑劣な挑発と徹底的なマークに完全に冷静さを失っていた。

 

「ふざけんなよ龍園のクソ野郎……! あんなの反則だろうが!!」

「須藤くん、落ち着いて。冷静にならないと」

「うるせえっ! もうやってられるか!!」

 

平田の必死の静止も虚しく、須藤はパイプ椅子を蹴り飛ばし、自陣を離れて競技から抜け出してしまったのだ。

須藤の離脱、堀北の負傷、Dクラスは崩壊の危機に瀕していた。

 

私は、支給されたスポーツドリンクを飲みながら、その状況を見ていた。

 

(見事にボロボロね。……さて、清隆はどう動くのかしら)

 

私の視線の先には、この状況下にあっても、まるで自分には無関係だと言わんばかりに虚空を見つめている清隆の姿があった。

彼が盤面をひっくり返すのか。私はただ、彼の動きだけを注視していた。

 

そして、重苦しい空気のまま午後の部が開始された。

 

午後最初の全員参加競技は、『借り物競争』だった。

トラックの途中に置かれた箱から紙を引き、そこに書かれた「お題」に該当する人物や物を連れてゴールするという、運の要素が強い競技だ。

 

「位置についてよーい……」『ドンッ!』

 

このレースには、清隆が出場していた。

彼は平均的な、目立たないスピードでトラックを走り、中央の箱から一枚の紙を引いた。

 

(……何のお題を引いたのかしら)

 

私が見守っていると、清隆は紙を見た瞬間、わずかに眉をひそめた。そして、走り出すことはなく、箱に紙を戻し、少し待った後、別の紙を引き直した。

 

二枚目の紙を見た清隆は、納得したのか、ふらふらとトラックを外れ、一直線にDクラス――私のいる場所へと向かって歩いてきた。

 

「……え?」

 

周囲の生徒たちが不思議そうな顔をする中、彼は私の目の前で立ち止まり、その大きな手で、私の手首をガシッと掴んだ。

 

「来い」

「は、はい!?」

 

有無を言わさない強引な力で引っ張られ、私は呆然としたまま、彼と一緒にトラックを走り、ゴールテープを切ることになった。

順位は下位。だが、私にとっては順位などどうでもよかった。

彼が、数ある「お題」の中から、わざわざ私を選んで連れて行ってくれたという事実が、私の心臓を早鐘のように打たせていた。

 

「はぁっ……綾小路くん、何のお題だったの」

 

ゴール後、息を整えながら私は彼に尋ねた。

紙を引き直し、最後に私を選んだお題。

『足の速い人』か? 『綺麗な女子』か? あるいは、『一番信頼している人』なんていう、甘いお題だったりして。

 

期待で頬を染める私に対し、彼は平坦な声で答えた。

 

「……大した内容じゃない。気にするな」

「ちょっと、私を連れ回しておいてそれはないじゃない? 見せてよ」

「運営に回収された。もう手元にはない」

 

彼はそう言って、さっさと背を向けて陣地へと戻っていってしまった。

結局、彼が何のお題で私を選んだのかは分からずじまいだった。だが、彼の手のひらの熱と、強引に手を引かれた時の感覚が、私の下腹部に甘い疼きを残していくのには十分すぎた。

 

午後の競技が進むにつれ、Dクラスの欠員によるダメージは致命的なものになりつつあった。

 

「どうしよう……次の『男女二人三脚』、須藤くんと堀北さんのペアだったのに……!」

 

櫛田が焦った声でタイムテーブルを確認する。

怪我をした堀北と、どこかへ消えてしまった須藤。推薦種目である男女二人三脚は、欠場すれば影響が大きい。

 

「誰か代わりに出られる人をたてないと」

 

平田がクラス全体に呼びかけるが、すでに他の競技で体力を消耗している生徒たちは誰も名乗り出ようとしない。

 

その時だった。

 

「……俺が出る。誰か、女子で空いている奴はいないか」

 

静まり返った陣地に、清隆の低く、無機質な声が響いた。

彼が自ら代役に名乗り出たのだ。クラスの危機を救うためか、あるいはペナルティを避けるための合理的な判断か。

理由はなんであれ。

 

(――来たっ!)

 

九月の教室で「俺は出ない」と切り捨てられ、あっけなく散った私の乙女心。

それが今、向こうから私の手元へと転がり込んできたのだ。

 

「私が出るわ」

 

私は誰よりも早く、弾かれたように立ち上がった。

内心の狂喜乱舞を隠し、「クラスの危機を見過ごせない優等生」という凛とした仮面を貼り付けて、彼の隣へと歩み寄る。

 

「私の運動神経なら、急造のペアでも問題ないはずよ。……いいわよね、綾小路くん?」

「……ああ。助かる」

 

彼は私の提案を淡々と受け入れた。

 

私たちはスタート地点へと移動し、用意された赤い紐で、互いの足を縛り合わせた。

私の左足と、彼の右足。

密着する太もも。九月の教室で夢見た光景が、今まさに現実のものとなっている。

 

「肩を組むぞ」

「え、ええ……」

 

彼の手が私の腰に回り、私は彼の広い肩に腕を回した。

体操服越しに伝わる、彼の鋼のような筋肉の硬さと、汗の匂い。

夜の密室で何度も抱き合ってきたはずなのに、太陽の下、大勢の観客の前でこうして密着しているという事実が、私の理性を激しく揺さぶる。

 

(だめ……っ、ニヤけそうになるのを我慢しなさい、私……!)

 

私は必死に表情筋を引き締め、スタートの号砲を待った。

 

「位置についてよーい……」『ドンッ!』

 

「イチ、ニッ! イチ、ニッ!」

 

私たちは駆け出した。

圧倒的なスピードというわけではない。急造のペアであり、清隆が相変わらず「目立たない平均的な速度」に調整しているからだ。

 

しかし、その足並みは、完璧だった。

私が一歩踏み出せば、彼が全く同じ歩幅で合わせる。私が少し重心を崩しかければ、腰に回された彼の手が絶妙な力加減で私を支え、軌道を修正する。

 

(すごい……なにこれ……っ)

 

それはまるで、私の肉体の構造、筋肉の動き、思考の癖に至るまで、彼がすべてを掌握し、完全にコントロールしているかのような感覚だった。

夜のベッドで、私の体がどう動けばどう感じるかを完全に理解している清隆だからこそできる同調。

 

私たちは、一度も転倒することなく、まるで一つの生き物のようにトラックを駆け抜け、最後は他クラスのペアをスッと抜き去って、見事に1位でゴールテープを切った。

 

「はぁっ、はぁっ……やったわね、清隆!」

 

ゴールした瞬間、私は抑えきれない歓喜のままに、彼に抱きついた。

クラスのためでも、ペナルティ回避のためでもない。ただ、彼と一緒に走り、完璧な同調を味わえたことがたまらなく嬉しかったのだ。

 

「……ああ。お前のリードが的確だったおかげだ」

 

彼は私の体をそっと引き剥がしながら、相変わらずの平坦な声でそう言った。

嘘つけ。あなたが私をコントロールしていたくせに。

でも、そんな彼の不器用な気遣いすらも、今の私にとっては極上のスパイスだった。

 

体育祭もいよいよ大詰め。

最終種目にして、最も大きなポイントが動く花形競技、『1200メートルリレー』の時間がやってきた。

 

全学年のクラスの選りすぐりのスプリンターたちがバトンを繋ぐ、意地とプライドのぶつかり合い。

私はDクラスの代表として、アンカーの一つ前の順番――第5走者を任されていた。

そして、最終走者であるアンカーに選ばれていたのは、堀北の代わりで出場する清隆だった。

 

(清隆に、最高の状態でバトンを渡す……!)

 

私はトラックの所定の位置につき、前の走者である櫛田からのバトンを待った。

レースは中盤から激しい順位の入れ替わりを見せ、Dクラスは現在7位。前の走者との差は数メートル。

 

「新西さんっ!」

 

櫛田からバトンを受け取った瞬間、私は己のすべてを解放し、地面を力強く蹴り上げた。

 

風を切り裂き、コーナーを鋭く曲がる。

私の前を走る女子生徒の背中が、みるみるうちに近づいてくる。

私は直線に入った瞬間に彼女を抜き去り、6位へと浮上した。

 

「いける……っ!」

 

私の視線の先、アンカーが待つバトンゾーン。

そこには、Dクラスのゼッケンをつけた清隆が立っている。

彼に向かって全力で駆け抜けようとした、その時。

 

(……え?)

 

清隆のすぐ隣のレーンを見て、私は一瞬、息を呑んだ。

生徒会長である堀北学がバトンを持ったまま走らずに立っていたのだ。

 

(どうして?)

 

疑問が脳裏をよぎるが、今は走ることに集中しなければならない。

私はそのままの勢いでバトンゾーンへと飛び込み、手を伸ばして待つ清隆の掌へと、力強くバトンを押し込んだ。

 

「頼んだわよっ、綾小路くん!!」

 

私の声と同時に、清隆は弾かれたように前へと飛び出した。

そして、その隣のレーンでは、堀北学が、清隆と同時にスタートし、圧倒的なスピードでトラックを駆け抜けていく。

 

バトンを渡し終えた私は、息を荒げながらその光景を見守った。

堀北学の走りは、高校生の枠を完全に超えていた。無駄のない完璧なフォーム、爆発的な瞬発力。誰もが「やはり生徒会長には勝てない」と絶望するほどの、絶対的な強者の走り。

 

だが。

その隣を走る綾小路清隆の姿を見た瞬間、会場の空気が一変した。

 

「……嘘、でしょ」

 

私の口から、無意識にそんな言葉が漏れた。

速い。

信じられないほど、速い。

いつも「平均的」に偽装していたあの気怠げな走りはどこにもない。

大地を抉るような強烈な踏み込み。鋼のワイヤーが弾けるような、異常な筋肉の躍動。

 

清隆は、あれほど圧倒的だった堀北学と並んだままトラックを駆けていく。

 

「うおおおおおおおおっ!! なんだあいつ!?」

「Dクラスの奴だろ!? 生徒会長と互角に走ってんぞ!!」

 

会場全体が、信じられないものを見るような驚愕と、割れんばかりの歓声に包まれた。

息を呑むようなデッドヒート。

私は、釘付けになったまま、彼の背中を見つめていた。

 

だが、勝負は思わぬ形で決着を迎えることになった。

ゴールまで残り後少しというところで、前を走っていた走者が転倒してしまったのだ。

 

「あっ……!」

 

清隆が転倒した生徒を避けたことで僅かなロスが発生してしまったのだ。その一瞬の減速の差が、勝敗を分けた。

堀北学が、清隆にわずかに先着してゴールする。清隆は、その背中を追うようにゴールに飛び込んだ。

 

「すげえ……っ! 負けたけど、あいつ、マジで何者だよ……!」

 

リレーが終わり、閉会式に向けた準備が進む中。

グラウンドは、綾小路清隆という無名の生徒が見せた圧倒的な走りの余韻に包まれていた。

Dクラスの生徒たちも、「お前、あんなに速かったのかよ!」と彼を取り囲んで興奮冷めやらぬ様子だ。

 

私は少し離れた場所から、群衆の中心で相変わらず無表情を貫いている彼を眺めていた。

 

(……驚くことじゃないわ。清隆の本当の能力を考えれば、あれくらい当然のことよ)

 

私は一人、内心で冷ややかに事実を反芻していた。

転倒という不運なアクシデントがなければ、彼が生徒会長を抜き去っていた可能性は十分にある。あの男は、そういう規格外なのだから。

 

だが、問題はそこではない。

なぜ、彼はあそこまで公の場で、自分の能力をさらけ出したのか。

 

(清隆は、もう能力を隠すつもりがないの……?)

 

無人島での水面下の暗躍。そして今日の、生徒会長との直接対決。

彼は間違いなく、この学校の表舞台へと足を踏み出そうとしている。彼を縛り付けていた「平凡な日常」という仮面は、すでに剥がれ落ち始めているのだ。

彼が本気で動き出せば、その圧倒的な力に惹きつけられ、有能な手駒として群がる人間はいくらでも出てくるだろう。

 

私の胸の奥底で、暗く、重い焦燥感が再び鎌首をもたげた。

だが、その焦燥感は、すぐにドロドロとした熱い執着へと変わっていく。

 

表舞台で彼がどれだけ輝こうと。

誰が彼に群がろうと。

 

(今日の夜は、私があなたを完全に支配するんだから)

 

体育祭の疲労が蓄積した彼の肉体。

生徒会長とのデッドヒートで限界まで昂ぶったであろう、彼のアドレナリンと闘争本能。

そのすべてを、私が磨き上げてきた奉仕の技術で受け止め、甘く溶かし尽くしてやる。

 

閉会式を告げるアナウンスがグラウンドに響く。

長かった体育祭が、終わろうとしている。

私は体操服の泥を軽く払い、燃えるような夕陽に照らされた彼の背中を見つめながら。

 

来たるべき決戦の夜に向け、自らの内に眠る牙を、狂気的なまでに鋭く研ぎ澄ませていたのだった。

 

 

体育祭の熱狂と土埃が嘘のように静まり返った、十月の夜。

高度育成高等学校の学生寮は、全身を酷使した生徒たちが泥のような眠りについているのか、ひどく静かだった。

 

私は誰にも見咎められることなく、一直線に清隆の部屋へと向かった。

 

(……ドアの鍵、開いてるわね)

 

ノブを回すと、無機質な金属音と共にドアがすんなりと開いた。

部屋の中に入ると、すでにシャワーを浴び終えたのか、ほんのりと石鹸の匂いを漂わせた清隆が、ベッドの縁に腰掛けて私を待っていた。

生徒会長とデッドヒートを繰り広げたというのに、彼の顔には疲労の色など微塵も浮かんでいない。相変わらずの、底知れない凪いだ瞳だ。

 

「来たわよ、清隆。……今日はお疲れ様」

「ああ。お前もな」

 

私は自ら部屋の鍵をしっかりと締め、彼と向かい合うように立った。

 

「言った通り、今日は体育祭で頑張ったあなたを『労う』ために来たの。だから、私があなたにたっぷりと奉仕してあげる」

 

「……」

 

「でも、ただの奉仕じゃつまらないでしょう? だから、ゲームにしましょう。ルールは簡単よ」

 

私は一つ息を吸い込み、笑みを口元に刻んだ。

 

「私があなたを完全に満足させるか、あなたの口から『まいった』と言わせることができたら、私の勝ち。逆に、あなたを満足させる前に私が音を上げて諦めたら、あなたの勝ちよ」

 

私の提案を聞いた清隆は、その漆黒の瞳で私を頭の先からつま先までスッと観察し、そして。

ほんのわずかに、呆れたような、あるいは挑発するような冷たい光を瞳に宿した。

 

「……お前は、これまで俺との『勝負』で一度も勝てた試しがないはずだが。それでもまだ、俺に挑むつもりか?」

 

「っ……!」

 

図星だった。

七月の飢餓の夜も、無人島での野外プレイも、夏休みのプールでも。

私がどれだけ強気に挑発しても、最終的には彼の圧倒的な体力と質量、そして冷徹な支配の前に、私はいつも泣き叫んで歓喜の声を上げ、屈服させられてきたのだ。

 

だが。

 

(……舐めないでよね。今日の私は、昨日までの私とは違うのよ!)

 

私は胸の奥で、ごうごうと燃え盛る闘志の炎を感じていた。

ただ快楽に流されていた過去とは違う。彼がこの学校の表舞台に出始めた今、彼を縛り付けるための勝利が必要なのだ。

私はこの日のために、男を狂わせるためのテクニックを調べ上げ、夜な夜な一人でシミュレーションを重ねてきた。

私のすべてを快感の創造に全振りした、血の滲むような(そしてひどく淫らな)鍛錬の成果を、今夜、すべてこの男に叩き込んでやる。

 

「過去のデータに縋って油断してると、痛い目を見るわよ。……せいぜい、泣いて私にすがりつかないように我慢することね」

 

私は強気に言い放ちながら、着ていた私服のブラウスのボタンに手をかけた。

 

衣服の擦れる音が、静かな部屋に落ちていく。

私は一切の羞恥心を捨て去り、彼への執着心だけを纏った全裸の姿でベッドへと上がった。

 

清隆もまた、無言のままルームウェアを脱ぎ捨て、一切の無駄な脂肪がない肉体を露わにする。

そして、彼の下半身には、すでに私を待ち構えていたかのように、凶悪な熱と質量を持った「それ」が屹立していた。

 

私たちはベッドの中央で、裸のまま向き合った。

 

「さあ、始めるわよ。……私のテクニックに、どこまで耐えられるかしらね」

 

私はローションを手のひらにたっぷりと取り、体温で温めながら、彼の太い根元へとゆっくりと指を絡ませた。

 

まずは、私の手のひらと腕の筋肉の連動からだ。

私は彼の根元から先端に向かって、両手で雑巾を絞るように強く捻り上げながら擦り上げた。

 

「んっ……」

清隆の喉から、微かな呼気が漏れる。

 

ただきつく握るだけではない。

最も敏感な雁首の部分に到達した瞬間、私はフッと完全に力を抜き、指の腹だけで羽毛のように優しく、カリの裏側をなぞった。

 

「……!」

「どう? 強い刺激の後の優しい愛撫……頭が混乱するでしょう?」

 

圧迫と解放。

私はこの極端な落差を、あえて不規則なリズムで繰り返した。次は強く来るのか、弱く来るのか。その予測を完全に裏切ることで、彼の脳の処理能力を強制的に私の指先だけに集中させるのだ。

無表情だった彼の顔に、微かな緊張が走るのを見て、私の歪な優越感が満たされていく。

 

彼が私の不規則なリズムに翻弄され始めたのを見計らい、私は次の一手に移行した。

私自身から溢れ出た愛液を指先に絡ませ、彼の太いものを片手でしっかりとホールドする。

そして、もう片方の手の親指の腹と爪の生え際を使って、最も神経が集中している裏筋の僅かな起伏だけを、執拗に弾き始めた。

 

「っ……、レイ……」

 

ミリ単位の正確さで、その一点だけに微弱かつ連続的な刺激を叩き込む。

他の部分には一切触れない。その焦れったすぎるピンポイントの攻撃に、清隆がたまらず腰をわずかに浮かせようとした。

 

「あっ、逃がさないわよ」

 

私はホールドしている手で彼の根元をガッチリと掴み、ベッドに縫い付けるように押さえ込んだ。

彼が快感を逃がそうとする動作を完全に封じ込め、強制的にその一点だけを攻め続ける。

「もっと強く触ってほしい」「全体を擦ってほしい」という本能からの悲鳴が、彼の硬い筋肉の強張りから直接伝わってくる。

 

(あぁ……いいわ。清隆が、私の指先一つでこんなに追い詰められてる……っ!)

 

私は発情した雌のようなとろけた笑みを浮かべながら、彼を限界の淵へと追い詰めていった。

 

彼の呼吸が明らかに熱を帯び、その先端から透明な蜜が溢れ出し始めた。

今だ。一気に刈り取る。

 

私は両手を彼の局部の周囲に密着させ、一切の空気が入らない「真空状態」を作り出した。

手首の柔軟性を極限まで活かし、手のひらの肉を粘膜に完全に吸い付かせる。そして、その密着状態を保ったまま、一気に引き抜くようにストロークをかけた。

 

ジュポッ……! ズチュッ!!

 

「……っ!!」

 

清隆の体が、ビクンと跳ねた。

 

引き抜く時に内側の肉が強く引っ張られる、強烈な吸引力。

まるで本当にきつく狭い場所に閉じ込められ、強引に吸い出されているかのような錯覚。

私は己の腕の筋肉をフル稼働させ、真空状態を維持したまま、高速で激しい上下運動を繰り返した。

 

「はっ……ぁ、くっ……!」

 

あの無表情で平坦な男が、ついに声にならない喘ぎを漏らし、シーツを掴む手にギリッと力を込めた。

彼の鉄壁の理性が、私の手によって崩れ去ろうとしている。

 

「いくわよ、清隆っ! 私の手で……全部出してっ!!」

 

私が真空の手枷を限界のスピードまで引き上げ、最も敏感な先端を強烈な吸引力で弾き上げた瞬間。

 

「……っ」

 

清隆の腰がわずかに跳ね、その先端から、溜め込まれていた濃密な白濁が、私の手のひらと腹部に向かって勢いよく放たれた。

 

ビュッ、ビュクッ……!

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

熱い精液を浴びながら、私は荒い息を吐き、彼を見下ろした。

これまで私を蹂躙し続けてきた清隆を、手による愛撫の第一段階だけで果てさせることに成功したのだ。

 

(やった……! これで少しはダメージが……)

 

そう思い、私が勝ち誇った笑みを向けようとした、その時だった。

 

「……なるほど。準備してきたと言うだけのことはある。見事な手技だった」

 

私の耳に届いたのは、息一つ乱れていない、極めて平坦で冷静な声だった。

 

「……え?」

 

見下ろす私の視線と交差した彼の漆黒の瞳には、快楽に溺れた男の情けない光など微塵も浮かんでいなかった。

彼はベッドに横たわったまま、まるでただのスポーツの試合の感想でも述べるかのような、絶対的な「余裕」を崩していなかった。

 

「だが……俺から『まいった』を引き出すには、まだ少し刺激が足りないようだな」

 

(……っ、このバケモノ!)

 

一度果てた程度では、彼の理性の分厚い壁にはヒビすら入っていないのだ。

あの激しい手技を受けてなお、一切の余裕を崩さないその態度に、私の負けず嫌いな本性に激しく火がついた。

 

(いいわ。なら、その余裕な仮面、絶対に剥がしてやる……っ!)

 

私は手のひらについた彼の熱を自らの舌で舐め取りながら、彼を完全に屈服させるための次のステップ――口を使った極上の奉仕へと、さらなる追撃をかけるべく、濡れた瞳で彼を鋭く睨みつけた。

 

「……ふふっ。一回戦は私の勝ちね。でも、休ませるつもりはないわよ」

 

普通の男なら、ここで賢者タイムに入り、完全に無防備な姿を晒すだろう。だが、目の前で静かに呼吸を整えている清隆は、一度果てた程度ではその凶悪な質量を全く萎えさせることなく、再び私に向かって熱く昂ぶり始めていた。

 

(やっぱりね。これくらいじゃ、あなたの理性を完全に焼き切ることはできない)

 

私はベッドサイドのテーブルにあらかじめ用意しておいた、氷水が入ったグラスに視線を向けた。

ここからが、私の特訓の真骨頂だ。プライドを完全に投げ捨て、私の極上の粘膜で彼を味わい尽くす。

 

「さあ、次は私の『口』で、あなたの脳をショートさせてあげるわ」

 

私は四つん這いになり、彼の太い根元までを完全に口の中に咥え込んだ。

唇を隙間なく密着させ、しなやかな頬の筋肉を限界まで引き絞って、口内を完全な真空状態にする。私の舌で彼の質量を巻き込みながら、喉の奥へと引きずり込むように強く吸い上げた。

 

ズチュ……ジュルルルルッ……!

 

静寂の部屋に、ひどく卑猥で大きな水音が響き渡る。

私は意図的にその音を彼に聞かせながら、上目遣いで彼の漆黒の瞳を見つめ返した。私がどれだけ彼を求め、淫らな行為に没頭しているかを視覚と聴覚の両方から叩き込む。

 

「んっ……」

 

真空の強烈な吸引力に、清隆の太ももの筋肉がピクリと反応し、硬く強張った。

 

彼が息を詰まらせたのを見計らい、私はスッと唇を離した。

そして、最も敏感な先端の雁首と尿道口だけをターゲットに定め、尖らせた舌先で高速で弾き始めた。

しなやかな舌の筋肉を限界まで駆動させ、蛇のように巻き付けたり、点で連続して突いたりする。さらに、舌を当てた状態で私の喉の奥から「んーっ」と低くハミングを響かせた。

 

「っ……、レイ……」

 

微細な振動が、彼の粘膜の奥深くまで直接伝播していく。

声帯の振動と舌の動きの複合技。局所的な連続刺激に、彼の呼吸が明らかに乱れ始めた。

 

(今よ……っ!)

 

私はベッドサイドのグラスを手に取り、氷水を口いっぱいに含んだ。

口内の粘膜がキンキンに冷え切るまで数秒待ち、水を飲み込む。そして、氷のように冷たくなった口腔で、彼の灼熱の質量を一気に根元まで咥え込んだ。

 

「……っ!!」

 

強烈な温度差のショックに、清隆の体がビクンと大きく跳ね上がった。

 

私はそのまま動きを止めず、最も温かく、締め付けの強い『喉の奥』へと押し込んだ。

本来ならえずいてしまうような暴力的な深さ。だが、私は首と喉の筋肉すらも完璧にコントロールし、嘔吐反射をねじ伏せて、彼の一番弱い場所を喉の奥でガッチリとホールドした。

 

「んぐっ……じゅちゅっ……!!」

 

冷え切った入り口と、灼熱で締め付ける喉の奥。

その絶対的な温度差と拘束感の前に、ついに彼の理性が限界を迎えた。

 

「はぁっ……あぁっ!!」

 

清隆の腰が大きく跳ね、私の喉の奥深くに、二度目の濃密な熱がドクドクと勢いよく放たれた。

私はえづきそうになるのを必死に堪え、彼が放った熱をすべてゴクリと飲み込んだ。

 

「んんっ……ぷはぁっ……。どう? 私の喉の奥の味は」

 

口元を拭いながら見下ろすと、清隆の額にはうっすらと汗が浮かび、その呼吸は普段の彼からは想像もつかないほど荒くなっていた。

だが、驚くべきことに、彼の下半身は二度目の射精を迎えてなお、鋼鉄のような硬さを維持し続けていた。

 

(本当に、底なしのバケモノ……。でも、まだ手はあるわ!)

 

私は息をつく暇も与えず、最後の包囲網――胸と口腔の複合テクニックへと移行した。

 

私は両手で自らの柔らかな胸をギュッと寄せ、その谷間に彼の太い質量を根元から挟み込んだ。

そして、胸の谷間から顔を出した先端の美味しい部分だけを、私の口で完全に咥え込む。

 

「ちゅ……れろっ……んむぅっ……!」

 

胸の柔らかな摩擦で全体を強くしごき上げながら、同時に口内で先端を激しく吸い上げる。

胸の圧迫感と、口内の温かい粘膜。性質の違う二つの極上の肉体が、寸分の隙もなく彼を包み込み、摩擦と吸引を繰り返す。

 

さらに私は彼の体の上に跨るようにして身を乗り出した。

私の胸の谷間に彼の硬い質量を下から上へと滑り込ませながら、胸を押し付けて前後にスライドさせる。

そして、胸の摩擦で彼がビクッと身をよじった瞬間、上から覗き込むようにして私の舌先を伸ばし、露出した先端だけをチロチロと舐め回した。

 

「ふぅっ……はぁっ……」

 

私に見下ろされ、胸に挟まれながら舌先で弄られるという視覚的・物理的な刺激の連続に、清隆の胸の上下運動が激しさを増していく。

 

(これで……とどめよっ!)

 

私は彼を完全に陥落させるために一気に攻めた。

片手で胸を寄せて彼の根元から中間までをホールドし、上半分を口で激しく奉仕しながら、空いたもう片方の手で、彼の睾丸を優しく、時には少し強めに揉みほぐした。

 

胸の圧迫、口内の吸引、的確な愛撫。

彼の体に同時に、かつ全く異なるリズムの刺激が叩き込まれる。

いかに清隆の脳がスーパーコンピューターであろうと、この情報量の多すぎる快感を処理しきれるはずがない。

 

「んんっ!! じゅちゅっ……れろるっ!!」

 

私が手、胸、口のすべてを使って彼を極限まで責め立てた瞬間。

 

「……っっ、レイッ!!」

 

ついに、彼が私の名前を低く、しかし確かな熱情を帯びて叫んだ。

全身の筋肉を硬直させた彼は、本日三度目となる爆発的な射精を迎え、私の口内と胸の谷間に、熱い白濁をぶち撒けたのだった。

 

「んぐっ……んちゅ……」

 

私は彼が果てていく痙攣を口内でしっかりと受け止めながら、ゆっくりと顔を上げた。

三度の射精。

常人なら気絶していてもおかしくないほどの、私のすべてを懸けた究極の奉仕。

 

(勝った……。これで完全に、私の虜……)

 

私は彼を口に含んだまま、顔を覗き込んだ。

額には大粒の汗が浮かび、彼の胸は激しく上下して酸素を求めている。息は荒く、彼の強靭な肉体が確実に快感を蓄積していることは明白だった。

 

だが。

私と視線が交差した瞬間、私の背筋に冷たい氷柱が突き刺さった。

 

(……嘘、でしょ……?)

 

荒い息を吐きながら私を見下ろす、その漆黒の瞳。

そこには、快楽に溺れた男の情けない光も、私に屈服した敗北の色も、一切存在していなかったのだ。

ただ、どこまでも冷徹に、私という女の限界と行動を分析し尽くしているような、底知れない「凪」の感情が横たわっている。

 

『まいった』

 

その一言を引き出すための勝負だった。

しかし、彼のあの目を見れば分かる。彼は肉体的な限界に近づきつつあっても、精神的な次元では、私に一ミリたりとも屈服などしていないのだ。

 

(これだけやって……私のすべてをぶつけても、あなたのその仮面は剥がれないっていうの……!?)

 

口から彼を解放し、私はギリッと奥歯を噛み締めた。

私のプライドが、この絶対的な敗北感を前に激しく音を立てて軋む。

 

このままでは、また私が負ける。

いつものように、彼に主導権を奪われ、最終的に泣き叫んで身を委ねるだけの雌に成り下がってしまう。

 

(……そんなの、絶対に認めない)

 

使うつもりはなかった。

あまりにも破廉恥で、私の尊厳を地の底まで叩き落とすようなやり方。

しかし、あの男の精神を強引に破壊し、「まいった」と言わせるためには、もはやこれしか残されていない。

 

「……清隆。あなたのその生意気な目、絶対に後悔させてやるわ」

 

私は震える手で鞄のジッパーを開け、暗い決意と共に、『最終手段』へと指を伸ばした。

 

震える指先で鞄のジッパーを開け、私が取り出したもの。

それは、いざという時のためにネットで密かに購入しておいた、医療用の指サックだった。

 

(……これを使う日が、来るとはね)

 

本来なら、私自身の尊厳すらもかなぐり捨てるような、究極のタブー。前立腺への直接的なアプローチ。

だが、あの氷のような無表情を崩し、清隆の口から『まいった』という降伏の言葉を引きずり出すためには、彼がこれまでの人生で一度も経験したことがないであろう「未知のバグ」をその脳髄に叩き込むしかなかった。

 

「……何をするつもりだ」

 

ベッドに横たわり、静かに呼吸を整えていた清隆が、私の手に握られた指サックを見てわずかに眉を動かした。

 

「ふふっ。私の本気は、まだ底を見せていないってことよ」

 

私はベッドの上に跪き、指サックをつけ、ローションを馴染ませた。

そして、片手で彼の硬い質量を優しく握り、もう片方の手を、彼の背後――これまで決して触れることのなかった、最も無防備で秘められた場所へと滑り込ませた。

 

ヌルリ、と。

冷たいローションを纏った私の指先が、彼の固く閉ざされた入り口へと触れる。

 

「……ッ、待て」

 

その瞬間。

これまで私がどれだけ激しい奉仕をしても、決して動揺を表に出さなかった清隆の口から、低く、明確な制止の声が飛んだ。

彼の手が私の手首を掴む。その力は強く、彼の防衛本能が、未知の侵入に対して無意識にアラートを鳴らしているのがはっきりと分かった。

 

(……効いてる。あの男が、焦ってる……!)

 

私は掴まれた手首をそのままに、彼を見下ろして、意地悪く、そして妖艶に微笑みかけた。

 

「どうしたの? ここからが私の『最終手段』なんだけど……怖くなった?」

 

「……」

 

「今なら止めてあげてもいいわよ。……『まいった』って、言ってくれるならね」

 

私の挑発的な問いかけに対し、清隆は漆黒の瞳で私を睨みつけた。

彼の顔には、微かな葛藤と、これまで経験したことのない状況に対する計算の痕跡が浮かんでいる。

数秒の、息の詰まるような沈黙。

やがて、彼は私の手首を掴んでいた手の力を、フッと緩めた。

 

「……続けろ」

 

(っ……、この期に及んでまだ強がるのね!)

 

私のプライドと、彼の意地。

このチキンレースの結末を分からせるために、私は容赦なく、ローションで濡れた中指を彼の奥へとゆっくりと沈め込んだ。

 

「んっ……」

 

指が侵入した瞬間、清隆の全身の筋肉がビクンと強張り、シーツを掴む手にギリッと力が込められた。

 

私は彼の強靭な肉体が緊張で強張るのをなだめるように、空いている方の手で彼の胸板を撫でながら、顔を彼の股間へと近づけた。

そして、再び彼の質量を私の口内へと深く咥え込む。

 

前からは、私の極上の粘膜と舌先による、激しくも甘い奉仕。

そして後ろからは、彼がかつて味わったことのない、前立腺への微細で正確なアプローチ。

 

「じゅちゅっ……んるっ……」

 

私は口で彼を吸い上げながら、奥に挿し入れた指先をゆっくりと曲げ、彼の中にある「特別な一点」を探り当てた。

クルリ、と指の腹でそこを優しく撫で、コクリと押し込む。

 

「……ッッ!!!」

 

その瞬間、清隆の体が、まるで電流を流されたかのように跳ね上がった。

 

「あ、ぐ……っ、はぁっ……!!」

 

彼の口から、これまでの情事では絶対に聞いたことのない、声にならないくぐもった絶叫が漏れる。

私が指先で優しく刺激を与えるたびに、彼の腹筋が痙攣し、口内に咥え込んでいる彼の質量が、私の喉を突き破らんばかりにドクドクと脈打ち始めた。

 

前と後ろ、二つの強烈な快感が、彼の脳内の処理能力をオーバーフローさせていく。

彼はもはや、あの「無表情な仮面」を維持することすらできなくなっていた。額には滝のような汗が浮かび、目は焦点を失いかけている。

 

「んむっ……(いくわよ、清隆……っ!)」

 

私は指先の動きを早め、前立腺への的確な刺激と、口内での真空吸引を完全に連動させた。

私のすべてが、彼を狂わせるための歯車となる。

 

「……っ、あ、あぁっ!!!」

 

もはや耐えきれなかったのだろう。

清隆は背中を反らせ、四度目となる爆発的な射精を迎えた。

私の口内に、信じられないほどの量の熱が放出される。

 

しかし、私は指を止めなかった。

彼が射精の余韻で痙攣している最中、さらに前立腺の奥を優しく、しかし執拗に擦り上げる。

 

「待……っ、あ……ッ、レイ……っ!!」

 

一度目の絶頂の波が引ききる前に、未知の快感が彼の神経を強制的に再起動させる。

 

「あああぁぁっ!!」

 

連続して、五度目の射精。

彼の口から、完全に理性のタガが外れた、雄としての限界の悲鳴が上がる。

放たれる白濁はすでに透明な蜜へと変わりつつあったが、彼の体は快感の濁流に完全に呑み込まれ、シーツの上でただガクガクと震えることしかできなくなっていた。

 

「んちゅ……ぷはぁっ……」

 

私は五度目の射精を口内で受け止めきり、ゆっくりと唇を離した。

そして、まだ彼の奥に挿し入れたままの指を、再びゆっくりと動かそうとした。

 

「さあ、清隆。六回目は――」

 

ガシッ。

 

私が彼にさらなる追撃をかけようとした瞬間。

荒い息を吐いていた清隆の大きな手が、私の頭を乱暴に、しかしどこか縋るように押さえつけた。

 

「……っ、待て。……やめろ」

 

かすれた、疲労困憊の声。

私は指の動きを止め、彼を見下ろした。

体育祭のグラウンドで生徒会長と互角に渡り合ったあの清隆が、今は私の目の前で、肩で息をしながら、完全に無防備な敗北者の顔を晒している。

 

「……どうしたの? 私、まだ奉仕を続ける準備はできてるんだけど」

 

私は意地悪く微笑みながら、彼の髪をそっと撫でた。

清隆は私の手を見つめ返し、深く、長い溜息を一つ吐き出した。

そして、彼のあの漆黒の瞳から、完全に「抗戦」の意志が消え去った。

 

「……分かった。……俺の負けだ」

 

静寂の部屋に、彼から絞り出されたその言葉が響いた。

 

「……なんて言ったの? よく聞こえなかったわ」

 

私は勝利の味を骨の髄まで堪能するために、耳を彼に近づけた。

 

「……まいった。お前の、勝ちだ。」

 

その降伏の言葉が耳に届き、私はゆっくりと顔を上げた。

シーツに深く沈み込み、かつてないほど荒い呼吸を繰り返し、肩で息をしている清隆。

彼の額には大粒の汗が光り、その強靭な肉体が私の奉仕によって完全に限界を迎えていることを物語っていた。

その姿をじっと見つめていると、私の胸の奥底で、静かに、しかし確実に何かが沸き上がり始めていた。

 

(私……勝ったの?)

 

これまでの私たちの関係がフラッシュバックする。

清隆と肌を重ねるようになってからの数多の夜の闘い。私がどれだけ強気に挑発し、女としてのプライドを掲げても、最終的にはいつも彼の圧倒的な体力と冷徹な支配の前に理性を吹き飛ばされ、泣き叫んで身を委ねるだけの完全な敗北を喫し続けてきた。

その清隆から、とうとう、私自身の力で一矢報いたのだ。

 

「……っ、ふふ……あははっ!」

 

徐々に高まっていく感情。それが一気に頂点に達した瞬間、私は美少女としての仮面を完全に投げ捨てていた。

 

「やった……やったぁっ! 勝ったぁぁーーっ!!」

 

私は両手を天井に向かって高々と突き上げ、全裸のままベッドの上に立ち上がった。

そして、歓喜のあまり子供のように、スプリングの効いたマットレスの上でピョンピョンと何度か飛び跳ねた。

 

「あははははっ! 私の勝ち! 大勝利よ!!」

 

私が飛び跳ねるたびに、形の良い柔らかな胸が大きく上下に揺れる。普段なら絶対に人前で見せないような、無防備で恥じらいの一切ない姿だった。だが、今の私にはそんなことどうでもよかった。

清隆を完全に攻略したという圧倒的な達成感が、私の全身の細胞を歓喜で震わせていたのだ。

 

しばしベッドの上で飛び跳ねて勝利の喜びに浸った後、私はハァハァと息を弾ませながら、再び彼の上に跨るようにして座り込んだ。

そして、まだ少し息が上がっている彼の耳元に顔を近づけ、妖艶に、そして底意地悪く囁いた。

 

「どう? 今まで私を散々組み敷いて余裕ぶってたけど、本気を出した私の前じゃ、あなたもただの普通の男の子だったわね。……これからは、私に逆らえないんじゃない?」

 

これまでの鬱憤を晴らすような、最大限の煽り文句。

すると、荒い息を吐いていた清隆の顔から、疲労や困惑の色がスッと消え去り、いつものあの感情の読めない「無表情」な仮面が戻った。

漆黒の瞳が、至近距離で私を真っ直ぐに射抜く。

何か言い返してくるか、あるいは強引に体を反転させて私を組み敷きにくるか。一瞬身構えた私だったが、彼は特になにか言葉を返すこともなく、ただ静かに視線を外しただけだった。

 

「……まあ、今日はこれくらいで許してあげる」

 

私は満足げに微笑むと、彼の上から降りた。

 

「体育祭で疲れた体に、さらなる鞭を打っちゃったわね。ゆっくり休んでちょうだい。」

 

「……ああ。お前も、風邪を引かないように帰れ」

 

そんな短い、恋人同士にしてはあまりにも事務的な言葉をいくつか交わした後。

私は床に散らばっていた下着やブラウスを拾い上げ、手際よく身に付けた。

汗と彼の匂いが染み付いた体はシャワーで流したかったが、この勝利の余韻を洗い流してしまうのはもったいなくて、そのまま部屋を出ることにした。

 

「おやすみ、清隆。いい夢をね」

 

ガチャリ、とドアを閉め、私は深夜の学生寮の廊下へと出た。

誰もいない薄暗い廊下。

その静寂の中で、私はこらえきれずに「ふふっ」と声を漏らし、ニマニマとだらしなく頬を緩めた。

 

(とうとうあの男から一勝をもぎ取った……!)

 

一人でネットの海を漁り、実践のシミュレーションを重ねてきたあの日々。それが決して無駄ではなかったという事実が、私の心を満たして離さない。

 

「……最高に、気分がいいわ」

 

私は優等生の顔には到底戻れないまま、ニマニマとした笑みを浮かべ、深い感慨に浸りながら歩き出した。

 

秋の深まる十月の夜。

激しい情事と体育祭の疲労があるはずなのに、私の足取りは羽が生えたように軽やかだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。