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一つの箱馬車が、街を囲む
「――確認しました。どうぞ、お通りください」
門番の声が外から聞こえてくる。
「明日には帝都に付きそうっすね……。帝都は情報屋も多いし、マルテについて情報が掴めるでしょ」
キャビンの中。金髪に紫色のメッシュが入った少女――ローレが思い浮かべる相手は、ヴィムがジュードとして変身している姿と同じだった。
ドロイという賊に腹部を剣で刺され、吐血するマルテの姿。その目に焼き付いた光景は既に五年の前の出来事。
正直、死んだ様に見えたけど……、多分生きてるはず。じゃないと、わざわざ荷物になるのに攫う理由が無いし。
最近のガルムがやっている実験から考えて、攫う理由も理解できるし……。
マルテが生きている可能性は十分ある、はず。仮に死んでいたとしたら、あーしの手でドロイを……、いや……、ガルムを――――。
「…………。姫様……。あまり期待なさらない方が……」
向かい側の席に座っている女――アデーレ。彼女は黒と赤を基調とした軍服を着ており凛々しい印象が強く、声も綺麗で一見すると美しい女性なのではないかと、想像してしまうだろう。
だが実際は顔の上半分を着用しているのは、醜い溶けた肌を隠す為。人前に晒せば嘲笑や蔑視の視線を集めてしまう様な醜い顔をしていた。
「あーしの推察が正しければ、恐らく魔力操作に長けた奴ほど、魔石を体に取り入れてもモンスター化はしないんで。モンスターの力を制御し、〈亜人〉に進化するはず。王国で最も魔力操作に長けていたアイツなら、生きている可能性は高い。理屈で考えて。まだ諦める方がどうかしてるでしょ」
従者のアデーレと違い、姫であるローレの格好は何処かギャルっぽい。童顔だが鋭い目つきの綺麗な顔立ち。格好いい印象がありつつ、儚げな印象も強かった。
耳や唇にピアスを付けて、吸血鬼の癖に銀の装飾品を込んでおり、中に短パンを穿いているとはいえ短いチェック柄のスカートは男の情欲を唆る。
冒険者の様なチュニックなど、シンプルな格好が多い現代ではかなり目立つ格好だ。
「……その口調。政府関係者の前では止めてくださいね?」
アデーレは生真面目な性格なので、軽薄な態度のローレに手を焼いている様子。あまり強くいう訳ではないが、気苦労が多いのか深く溜息を吐いていた。
「錬金術師なんて、皆こんなもんでしょ……。別に良くない? あえてキャラを隠さない方が、周りも不快には感じないと思う。間違いない」
胸の前でグッと拳を固め、意気込むローレ。彼女自身、その場その場で適した態度を取るのが上手くない自覚があり、もはやあえてキャラを押し通そうとすら最近は考えていた。
だが――。
「姫様……。あまりお転婆だと国の恥になります。今や貴女は吸血鬼の顔です。国民からの人気も高いのですから、多少は格好を付けましょう」
本当に心配そうな声を出すアデーレ。怒る訳でもなく、ただ不安そうに説得しようとする態度は切実さが感じ取れるものであり、これにはローレも――。
「…………何か、さーせん。頑張ります」
そう平謝りして「服もそれっぽいの用意しとこっか……」と、肩を落として自ら提案するのであった。
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その大陸は非常に広大。だが人が住んでいるのは
二級モンスターも珍しくなく、人が安全に住むには適していない地だ。
だからこそ、東側の町には強力な冒険者や貴族が居る訳で――――。
「後一週間後ですよ! 覚えてますか! ヴァンダ様!」
その城は教会に近い造りであり、
「聞いているんですか? 一週間後です。ちゃんと遠出する
城壁の中にあるのどかな庭園。顔の左半分を仮面で隠した小柄な女――イレインが立ったまま必死に説得していた。美しい顔立ちだが、それは半分だけ。
彼女はアデーレ同様、顔の皮膚が解けており、醜い顔を仮面で隠している。一見だけばら銀髪美少女な分、溶けた肌がより一層醜く感じる。
「今年は盛り上がると思いましたが、例の事件でエルゼさんは出られないでしょうし、残念ですね……」
エルゼの剣技を知るイレインは、例の事件を痛ましく思っている。まさか二級の黒ゴブリンが帝都近くに現れるなんて、異例の事態。
政府に属している訳でもない彼女から見ても、それは派閥争いの結果に映っている。
「別に? 残念という程でもないわ。所詮は、
亜人ではない普通の人間――只人を見下すヴァンダは席に着いて、優雅にカップを片手に紅茶を飲んでいる。彼女は傲岸不遜な態度が良く似合う美しい女性だった。
金のメッシュが入った長い黒髪に、怪しく光り輝く薄紫色の瞳。見た目だけでも圧倒的な強者という感じであり、黒いドレスに身を包む彼女は、同じ女性ですら見惚れる様な美しさを持つ。
圧倒的な強者。
「そもそも学園どころか、政府自体が弱すぎるのよ。騎士団長や貴族は二級止まり。一級が一人もいない。正直、わざわざ帝都に行く意味を感じないというか……」
カップに入った紅茶を見つめ、寂しげに話す彼女は自分を楽しませる程の強者に飢えていた。最近はめっきり自分に挑む馬鹿が減った結果、退屈を感じている。
一昔前まで戦争が頻発して、帝国のギルドとして少し協力していた。その頃はそれなりに楽しめる事も多々あった。
だが今はあまりに平和すぎる。町だと荒くれ者は相変わらず多いが、所詮は小物で彼女がわざわざ出向く様な敵ではない。
「ヴァンダ様……。貴女は一級すら超えた〈
イレインは弱々しい態度で、オドオドしているが、それはそれとしてしっかりと意見は口にする。
仕事はかなり出来るタイプで、態度では頼りないが、彼女はヴァンダが直々に自分の補佐に選んだ人材。補佐としても、暴力としても、実力が劣っている訳もなく。
「……旅行って楽しいけど、出発するまでが面倒なのよね」
ヴァンダはカップを丸テーブルに置き、焼き菓子を手に取る。それを後者に突っ込み、口に運んで、美味しそうに目を瞑って喜んでいた。
もう百を超えるというのにも関わらず、その見た目は未成年と勘違いされる程に若々しい。だから子供っぽい仕草や反応も、何だか画になっていた。
イレインから見ても、美味しそうに御菓子を食べている彼女の様子は可愛らしく見えている。
「…………。仕事は真面目にする癖に、社交性はゼロなのなんとかしてください……。それに今回の来賓は建前で、本来の目的は会合です。そもそも――」
困った様な笑顔で溜息を吐き、イレインは本題を話し始めた。
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この世界には、エルフ、吸血鬼、獣人という亜人が存在する。通常の人間より、亜人は魔力に優れた生物。
歴史に残る
だからこそ人体実験が繰り返されてしまった、普通の人間と亜人では一体何が違うのだろうかと。
……その結果判明した、亜人は生物とモンスターの混ざった存在だと。
当然、世界中の闇ギルドは魔石の研究を進めた。ただ魔石を食らうだけでは、全身がモンスターに変貌し体の制御を失ってしまう。
だからモンスターの力を得て、人の姿を失わない様にするにはどうしたらいいか。
魔石を研究し、数々の非道な実験を繰り返した。そして遂に、人間に適した魔石を突き止めたんだ。
実際に、普通の人間を亜人に進化させる事に成功した時は、流石に感動したなぁ、研究者の一人として。親友のマッドサイエンティスト達と涙を流しながら、柄にもなく抱き合って厚い友情を感じちゃったりして……。
いやぁ、懐かしいなぁ。僕も好みの子にフサフサ尻尾と猫耳を生やしたくて、無我夢中で研究しちゃったよ。
「――ヴァンダ=グロールが、〈武闘祭〉の
入浴後、旅館で用意して貰った服を着て、フローラは街を歩いていた。露店で買った焼き鳥を食べ終わり、魔力で残った串を消し炭にする。夜だというのに周囲は慌ただしいのは、いつもの事。
この町は帝都に近く、安い物件も多いので人気が高い。それに料理が美味しい事で有名で近隣から人が集まりやすいのだ。
「――恐らく、近年の亜人の量産が原因だと思います」
僕は重々しく眉間に皺を寄せ、困った様に笑う。どこか寂し気で無力な自分に嫌気が差している様な儚げな雰囲気を漂わせた。
「……亜人の量産、ですか?」
僕の雰囲気の変化に気づき、セレストが神妙な顔で疑問を口にした。
「ガルムは普通の人間を、亜人に変えられるんです。いやガルムだけじゃない。その術は複数の闇ギルドに広まっています。実際、フローラさん達も亜人に進化できるか、実験される所だったでしょ?」
「…………。アレはそういう……。確かに人をモンスターに変えて何がしたいんだって、思っていましたが……。実験が成功すれば、私達は亜人に進化し、失敗すればモンスターに成り果てるという訳ですね……?」
「……それが事実だとすれば力を求め、ガルムに加担する野心家な貴族が出て来るでしょうね……」
フローラは点と点が繋がって驚愕し、セレストは将来的な可能性を
「そんな重苦しい話は一旦やめて、服を選ばない? もう店に付いたよ。ていうか、何か高そうだけど、大丈夫?」
アリシアは夜でも営業している店を指差す。旅館から意外と近くにあったらしい。少し話している間に目的地に付いてしまったみたいだ。
「拠点から金貨は調達してあるし、大抵の物は買えると思います。紙幣も一束ありますし……」
「こ、こらこらッ! こんな所で、そんな大金を出したら駄目!」
僕が懐から金貨の詰まった袋と札束を取り出すと、慌ててアリシアが近づいて小声で注意してくる。
札束は100ドミ札が百枚であり、それなりの大金なのは間違いない。周囲も気づいた者はギョッとした目で僕を見ていた。
そういえば100ドミって、前世でいう100ドルに近いのか……。物価がアメリカの三分の一くらいだと考えれば、周囲の平民から見れば大金といえば大金かも。
指摘されて、そっと僕は懐に袋と札束をしまって、「すみません。仕事柄、金貨や札束の山を見る機会が多くて……。金銭感覚がズレているのかも知れません……」と、頬を掻いて素直に謝った。
「随分と羽振りが良かったみたいですね……。全く、気を付けて下さいよ……? ここら辺には荒くれ者が多いんですから」
フローラも呆れた様に苦笑ながら、僕の腕を抱き寄せた。
そんな時――。
「帝都の情報屋にも接触して、話を聞いている必要があるね。早速だけど――」
店の前。ガラス張りのドアを開き、出てきたのはギャルっぽい金髪の少女だった。その姿はどこかで見た事があり――。
「「え……」」
お互いに声を出して驚いてしまう。
「姫様。どうかしました、か……?」
目の前の僕の存在に気づき、赤髪の女性も目を丸くし絶句していた。
――思い出した。戦場と化した街で少年を殺した時だ、この少女を目撃したのは。あの時はもっと幼い見た目だったけど……、間違いない。