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武闘祭は当然だけど命を懸ける場ではない。生徒の中から重傷者を出す訳にもいかず、封殺の呪印が徹底される。
この呪印を施された者は、魔力を用いた行為から殺傷性が失われる。人に切り傷一つ与える事ができなくなる訳だ。
別に魔力自体を封じている訳ではないので、通常通り魔力で体を強化して技を繰り出す事が可能。ただ攻撃で相手を傷つける事ができなくなるというだけ。
故に通常の殺し合いとは、立てるべき戦術も変化する。相手の四肢の切断を前提とした動きをしても、斬れないのでカウンターを食らいやすい。
だから相手を斬れない事を前提に、体に攻撃を当てなければならない。一般的には攻撃で相手を吹き飛ばすなど、カウンターを受けにくい立ち回りが有効だとされている。
『クリティカルヒット――――ッ! フィル=ニールの勝利だ――――ッ!』
腕に装着したバンド型の計測器で、一定のダメージが認められたのだろう。
実践なら切断していた攻撃を受けた場合や、致命傷となる箇所へ強い攻撃を受けた場合は、クリティカルヒットとして判定され、即敗北となる。
「く…………!」
四角形のステージで膝を突く彼は手首に攻撃を受け、試合終了となってしまったらしい。
因みに男女別になっているのは五百年も前の事。昔はどさくさ紛れて、試合中に痴漢行為を度々していたらしく、それが問題になって今は男女別となっている。
勿論、相手の衣服を剥ぎ取る行為も禁止されており、武闘祭は純粋に武を競う場として徹底されている。
「つよー……」
「圧勝過ぎだろぉ。今年の一年は豊作かもなぁ」
ステージを見つめる者も多いが、大抵の人が観客席に置かれた大型モニターで観戦していた。何せ闘技場が非常に広くて、客席からステージまで遠い。選手の姿がよく見えないのでモニターで見た方が、試合状況を理解しやすいのだ。
『いやぁ、圧勝でしたねぇ! これから新入生優勝者として、〈本戦〉に混ざる事への意気込みを教えて下さい!』
『そうですね……。せっかく同じ学び舎にいる訳ですし、近い歳のライバルが欲しいんで、上級生には期待してます。目標に出来る様な、尊敬できる先輩も欲しいですからね』
『おぉ――っ! 大人しそうな態度なのに、強気な発言ですねぇ! でも確かに言うだけの実力はありますし! 私としても〈本戦〉では――――……』
モニターの映像は決して性能は高くなかった。科学と魔導が融合した製品が故だ。
何せこの世界で精密機械は、魔力の影響で大半の機能を失う。だからこのモニターも魔導を融合させる事で、無理やり科学的な理論を成立させているだけ。
これでも昔よりは映像も音もクリアになったらしいが、まだまだ荒い部分が目立つ。
『これにて男子の部は終了だ――――ッ! 優勝はフィル=ニール‼ 圧勝過ぎて見所なさすぎたぞ! この野郎――ッ! 少しは手加減しやがれ――ッ!』
青髪の青年――エタンが、放送席から実況していた。声はマイクを通して、スピーカーから闘技場全体に響き渡る。
『ではでは――っ! 今からは、お待ちかね! 女子の部だ――――っ! 野郎共のむさ苦しい時間はもうおしまい! 今年の一年はべらぼうに可愛い子が揃っているからな――――っ! 今から俺も楽しみだぜ――――っ! 女子の部、最初の試合は例の公爵令嬢だから絶対に見逃すなよ――っ!』
無駄に熱いエタンの実況。これに呼応して観客席も沸き立つ。「うおおおおおお!」と野郎共が興奮で声を上げ、それに女子生徒達は軽蔑の眼差しを向けていた。
「今日はエルゼが出てくるらしいぜ」
「マジかよ! よく入学する気になったなぁ!」
「モンスターに犯されたって本当なのかな?」
「ガチだぞ、ガチ! 否定できねぇから、ここまで広まってんだ!」
「黒ゴブリンが羨ましいぜぇ。あんないい女を抱けるなんてよぉ」
「ははは。確かに」
「唯一の救いは、兄の子供を産めたことじゃないか? どこの馬の骨とも知らねぇ奴の血が公爵家の血筋に混ざらなくて、一先ずは安心だろ」
「だけどよぉ、このご時世で近親相姦する方がヤバくないか? 確かに長期的に考えたら、劣った血を混ぜたくないだろうけど……。時代錯誤だろ」
平民達の座る席では、こういう下品な話題に事欠かない。何処から漏れたのか知らないがエルゼが黒ゴブリンに凌辱された事は、平民達の相手でも周知の事実となっている。
「これだから男は……。いつもゲスな会話ばかりで嫌になりますね……」
「――んだと、クソあ、ま……?」
女の声が聞こえ、振り向く男だがすぐに動揺で声が途切れた。
「おいおい、まさか……!」
「嘘だろ……? まさか、かの有名な三姉妹……?」
「マジで美人過ぎんだろ……」
「うわぁ、綺麗……」
その場で男女問わず観客達が声を漏らす。その視線の先にはフローラ、アリシア、セレストが立っていた。三姉妹は手には紙コップや袋を持っており、上階から立って観戦を楽しんでいる様子。
「同年代の天才がどれ程のものか、楽しみですね」
フローラはエルゼ目当てに来ていたらしい。
「メンタルが心配だよ。酷い目に遭ったらしいじゃん」
「嘲笑の的になると分かっていても学院に入学する時点で、恐らくメンタルは問題ないでしょう。単純な力だけではなく精神的にも強いはずです」
心配するアリシアに、杞憂だと判断するセレスト。
「雪、振ってきましたね……」
フローラは掌で雪の感触を確かめる。今日コートを着ている者は三姉妹だけじゃない。見渡すと殆どの者が防寒着を着ていた。
観客席は暖房装置が取り付けられているので、大して寒くはないはずだが、外を出れば気温はマイナス1℃くらい。
魔導師は体温調整や周囲の気温操作が可能なので、着こむ事に見栄え以上の価値はないが、魔力の乏しい平民達からすれば、そうも言ってられないのだろう。
マフラーや手袋をしている人達が大勢いた。
「ギリギリセーフ」
「ホント貴女って人は……、いつまで買い食いを……」
三姉妹のすぐ近くに、たった今到着したイーディスと、セリア。
二人共、厚めのローブを着て周囲に溶け込もうとしているが、美人過ぎて普通にめちゃくちゃ目立っていた。
特にイーディスは綺麗な銀髪で、猫系の亜人。モグモグとハンバーガーを頬張り、コーラを飲みまくっている姿が子供っぽくて可愛らしい。
何というか飾らず、素で可愛いタイプなのだ。こんな美少女が目立たないはずもない。しかも隣に目立つ三姉妹もいる。
彼女達が集まれば、そこら中から注目の的となるのは必然な訳で――。
「ここの席、最高過ぎかよ……」
「後ろの席の方が安いってのに、こんな美人が近くにいる特典まで……」
「何者なんだよ、あの五人は……」
「あの亜人の二人、肌が綺麗すぎないか?」
「偶に魔力操作に長けた亜人は、溶けた肌を治癒できるって聞くよな……。ほら、ヴァンダ様がそうだし……」
「つーことは、あの二人もかなりの凄腕って事なのか……?」
男達はステージをそっちのけで、五人の美人を眺めていた。女達も美人すぎて嫉妬する気も失せるらしく、憧れの視線を向ける者ばかり。
『待たせたなぁ――――ッ‼ 準備が整ったぜ――ッ‼ わざわざこの少女を見に来た奴も多いだろ‼ さっそく入場してくれ‼ エルゼ=ライザ――ッ‼』
エタンの声に追随し、歓声が轟く。ガシャンを音を立てて、鉄格子が上に上がると入場口からエルゼが出てきた。悠然とステージに上がり、腰には剣を差している。
「…………」
その目は冷たく、光はない。今の彼女には暖かい歓声が、嘲笑に聞こえていた。理屈で言えば自分を応援してくれる人も大勢いると分かっている。
だが、今のエルゼは心を閉ざしている。理屈じゃない。視線の全てが自分を侮辱している何かに感じてしまう。視線を浴びるだけで、心に刺すような痛みが走る。
「エルゼさん、相変わらず凄い美人だなぁ……」
「エルゼちゃん、マジ勿体ねぇな。黒ゴブリンなんか初めてやっちまったのかよ……」
「黒ゴブリンとヤルくらいなら俺とやってくれりゃいいのになぁ」
貴族席。エルゼと少し面識がある貴族の生徒達が、観客席で肩を落としていた。彼らから見てエルゼは近くの様で遠い存在。
憧れの的であり、幼い頃から貴族のパーティで心を奪われた男子は数知れず。
だからこそ知り合いの男子生徒の大半は、嘲笑する気力も湧かずただただ落胆した気持ちが強かった。
だが何も知らない、関りのない生徒からすれば、ただの穢れ者でしかないらしい。「アレが例の……」「何で穢れ者なんかがウチに……」と蔑む生徒もチラホラいる。
そんな中、観客席に戻っていた薄茶色の髪の少年――フィルの体に緊張が走っていた。いつも表情が乏しく覇気のない彼だが、今は真剣な表情でエルゼを見ている。
まさか……、あの女、俺と同じ……?
『公爵家の天才エルゼ=ライザーを迎え撃つのは勿論この少女‼ 第二王女‼ ヒルダ=オールストンだぁ――――ッ‼』
反対側の入場口から、出てきたのは紫髪の少女――ヒルダ。目つきが悪く、顔からして意地悪そうなのが伝わる。
ヒルダは平均的な男性より身長が高く、背の低いエルゼよりずっと年上に見える。ステージに並ぶとそれはより強調され、決してエルゼと同じ歳には見えない。
『色々とあったみたいねぇ、エルゼ♪ 黒ゴブリンに犯されたそうじゃない? どうだったの? 気になるわ? あんな醜悪なモンスター相手に、まさか気持ち良くて喘いだりしてたりしないわよね?』
魔力を込めて喋る事により、胸元のマイクが声を拾う仕様。ヒルダの声はスピーカーを通して会場全体に響く。
「流石にそれは……」
「言い過ぎじゃないか?」
笑う者も多少いたが、観客席の殆どの者が発言の内容にドン引きしており、次第にブーイングが始まる。
確かに穢れ者を差別する風潮は、貴族の中にある。ただ、それはそれとして心が無い者ばかりではないのだ。
貴族だって蔑む気持ちとは別に、同情する気持ちだってある。一部過激な者はいるかも知れないが、殆どの貴族達はヒルダの発言を不快に思っていた。
だがヒルダはどこ吹く風で下々の評価なんて一切気にしてない様子。
『……侮辱したいのかも知れないけど、結果的に兄さんと結婚できて今は幸せだから、もう過去はどうでもいい』
ただの強がりだった。今も凄く恥ずかしいし、差別される中で注目を浴びるのは辛い。
だが精一杯に演技する、何も気にしてない様に。エルゼは此処に立つのは、名誉の回復の為。被害者として、同情される為に来た訳ではない。
『うおおおおおおおおおお! まさかの惚気だとぉぉお⁉ こんな公衆の面前でブラコンなのをアピールするなんてよぉ! どんだけ兄貴大好きなんだぁ⁉ 正直兄貴がめちゃくちゃ羨ましいんだがぁぁぁぁあ⁉』
大衆の暗い雰囲気を誤魔化す様にエタンは声を張り上げ、エルゼの発言をプラス要素として解釈して会場に伝える。
ヒルダの発言で苛立つ観客達も、エルゼの奇抜な発言やエタンの実況を聞いて少しだけ
『意外と元気なのね、安心したわ。でも、まさかこの私に勝てる気でいるの? 確かに昔はアンタの方が強かった。でも所詮は剣術が優れていただけ。結局、魔導師の戦いは魔力密度が物をいう。貴女の魔力密度じゃ、もう私に勝てないわ。だってこの一年で私、魔力密度が飛躍的に向上したんだもの』
自信に満ちた顔。ヒルダは隠しもせず自分の魔力を解き放つ。
「「――――ッ」」
魔力の圧によって起こる風を観客は浴びる。先程までヒルダに文句を言っていた者達も押し黙ってしまう程、彼女から伝わる力が大きかった。
「なんて、魔力密度だ……。まさか、騎士団長と同等……?」
結局、強い奴の前には黙るしかないのかと、多くの者が悔しい気持ちを抱く。
『相変わらずヒルダは強気な発言だぁ! 少し鼻に付く物言いだが、確かにその通りではある‼ 身体能力は魔力密度で決定する! 幾らエルゼの剣術が卓越しているからといって、圧倒的な身体能力の差を覆すのは難しい
そう貴女の弱点は、その低い魔力密度故の身体能力……。一年前は不覚を取ったけど、今の私なら貴女程度……。
ヒルダは既に勝利を確信している。堂々とした立ち振る舞い。ハッキリとした物言い。全てが自信に満ち溢れてる。
「ははは……。これは何とも滑稽な……」
「たとえ魔力密度で劣っていたとしても、エルゼちゃんなら技だけで圧倒できますけど……」
セリアは乾いた笑いを漏らし、つまらなそうにイーディスは静観していた。
「…………」
見知らぬ二人を横目に見て、フローラはエルゼに視線を移す。
恐ろしい……。隣の二人もそうですし……、エルゼさんも。何の魔力も感じない……。普通なら微細な魔力が届くはずなのに、私でも感知できないなんて……。
魔力を隠すのが上手いというのは、純粋に魔力操作が上手いという事……。だとしたらエルゼさんの技量は……。
「我が娘ながら、何て品の無い……。恥ずかしい限りだ」
皇帝――オーガストは来賓席に座っている。普段通り飾り気なく、彼は軍服姿だった。しかし普段と違って彼は緊張で体を強張らせている。
何せ右隣には――――。
「王家は失敗したわね」
来賓席からエルゼを見つめ、ヴァンダは呟く。
「あぁ……。もっと強く言い聞かせておくべきだった。大衆の前で公爵家を侮辱する様な真似をするなんて……」
娘が馬鹿にされているのだと思い、オーガストは素直に王家の恥だと認めてしまう。だがヴァンダが言いたい事とは解釈がズレていた。
「――そうじゃないわ。私が言っているのは、ライザー家を切り捨てた事よ。
「…………? それは、どういう……――」
呆れた様に喋るヴァンダを見て、オーガストは何が言いたいのか分からない様子だった。
「勝つのはエルゼちゃんって事ッスね」
ヴァンダの右隣の席で、ローレは不敵に笑う。彼女もまた確信していた、エルゼ=ライザーの勝利を。もはや火を見るよりも明らかという様子。
お嬢様……、喋り方……。
アデーレが来賓席近くの壁際で佇み、ローレの様子をジッと見ていたが、今は深々と溜息を吐いている。
「…………⁉」
オーガストは分からなかった、二人がエルゼの勝利を信じる意味が。エルゼが勝つと何処を見てそう思った。目を凝らし、エルゼを見ても、彼には何も分からなかった。
エルゼ=ライザー。貴様は何を隠している……?
『ここで口論しても仕方がない! どっちが強いかなんて事は、戦っちまえば分かる事なんだよぉ――――ッ! 試合開始だ――――ッ‼ 思う存分、戦いやがれ――――ッ‼』
エタンが叫ぶ。すると試合開始を告げるゴングが鳴らされた。盛り上がる会場。初っ端からヒルダがヘイトを買っていただけあり、声援の多くはエルゼに向けられていた。
とはいえ、その多くがエルゼが敗色濃厚であると感じ、期待などしていない。一部、エルゼに嫉妬していた生徒は、意地悪そうに薄ら笑いを浮かべていた。
『そっちからどうぞ? 先手は譲ってあげ――――』
瞬間、ビルダの顔面ど真ん中に拳が刺さった。強烈過ぎる一撃。彼女は壁まで吹っ飛ばされてしまう。
クリティカルヒットを検知したのだろう。終わりのゴングを係員が急いで鳴らした。だがその音は虚しく響き、静寂が会場を包む。
何故なら――。
エルゼが纏う魔力の密度は明らかに、只人の限界を超えていたからだ。あまりの濃密な魔力の圧は観客席にまで届き、ずっしりと体が重くなる感覚を与える程。
先程感じたヒルダの魔力とは、まるで別物。水槽にぶち込まれた様な、妙な重さと浮遊感だった。
エルゼは殴り終わった姿勢のまま、大きく呼吸する。
そして姿勢を正し、背筋を伸ばして「……終わったけど?」と、壁際のカメラに向かって告げるのであった。
一拍遅れて、ドッと沸き立つ観客席。魔力密度が自慢の王女に対し、魔力密度で凌駕する痛快な一幕。これには多くの観客が大きな歓声と拍手を捧げた。
「何……、が……」
当然無傷な訳だが、壁がボロボロと砕け、瓦礫が散らばった地面を見て、尻もちをついているヒルダは未だ状況を呑み込めていない。
彼女からすれば、殴られた事すら理解できていなかったのだ。気づいたら瓦礫の中で自分は倒れていたという認識。
故に虚空を見つめ、ただ呆然とするしかない。
「ん? あれ? 予想より魔力密度が高過ぎ……」
ローレは苦笑いを引き攣らせていた。エルゼの勝利は確信していても、力の
何より肌に感じる力の質が、ジュードに近しいものを予感させていた。
「――――面白い」
久しぶりの高揚感。強いことも、何か隠している事も分かっていたが、期待以上のものを披露され、ヴァンダは思わず口角が上がる。
「…………なるほど」
イーディスはエルゼの姿を見て、何か思い当たる事があったのだろう。意味深に呟き、「やっぱり、そうなんですね」と溜息を吐いた。
全て彼の計算通り。これも何かの布石なんでしょう……。
彼女は来て早々に、熱狂に包まれる会場を後にした。
【補足】
実況役のエタンは王家を罵倒しても許される程度に権力ある立場です。だからこそ放送席で実況を任されてます。