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観客がフィルとアランの実力差を理解できないのも無理はない。魔力で劣る彼らの多くは、魔力密度くらいでしか力の多寡を判断できないのだろうから。
ただ対峙しているアラン自身は当然違う。魔力密度ではなく、技量が自分を遥かに凌ぐことを理解している。
何をしているんだろうな、僕は……。兄妹に認められたくて、汚名を払拭したくて、武闘祭に挑みはしたけど……――。
まさか初戦敗退してしまうなんて……。ホントに踏んだり蹴ったりだ。
汚名を払拭するどころか、これじゃあ汚名を重ねる結果じゃないか……。
『最初から全力でいかせてもらう。柄にもなく、わざわざ出場したんだ。初戦敗退だと格好が付かないからね』
負けると理解していても、アランは自分を奮い立たせた。勝てないにしても、せめて善戦しているように見せるくらいは演出しようと割り切っていた。
しかし――。
『僕にも負けられない理由があるので、王子様が相手でも勝利は譲れません』
宣言した瞬間、フィルは地面を蹴る。剣を振りかぶり、凄まじい速度で接近した。
『…………ッ⁉』
首に迫る切っ先を、アランは寸前で受け止める。ギリギリと音を立てぶつかり合う刃。フィルにとっては計算通りなのか、冷めた表情で体勢を変え何度も斬り掛かる。
『凄まじい連撃だ――――ッ! アランは受け止めるだけで精一杯! 完全に防戦一方だ――――ッ!』
「ぐ……ッ!」
魔力密度は僕より低いはずなのに……! 一撃が重すぎる……! 魔力操作に無駄がないというだけで……、ここまで威力に差が出るものなのか!
それに魔力の動きだけじゃない……! 単純に剣術の技量も高過ぎる! フィル=ニール‼ こいつは一体何なんだ!
アランは連撃をギリギリで受け止めつつ、強く歯噛みする。そして少し踏み込み、反撃しようとした時だった、視界がぐるりと回転する。
「…………ッ⁉」
気づくとステージから落ちていた。空を見上げて仰向けに立っている。そして――自分の腕輪が点滅している事に気づき、納得した。
そうか……。この圧は……。情けか。フィル=ニール、君は優しい男なんだな。
『なななな!? 何だこの魔力密度は――――ッ‼ エルゼ=ライザーに匹敵するんじゃないのか――――ッ⁉』
エタンだけではない。観客もざわめき、動揺している様子だった。あまりにもアッサリと地味な決着と、強烈な魔力の圧を受けて、どう反応していいのか分からないらしい。
ただ寂しくゴングの音が会場に響いていた。
「ははは……」
溜息交じりに上体を起こし、アランはステージに佇むフィルに目を向ける。
何て密度の魔力だよ、全く……。
勝てなくて当然。フィル=ニールこそが今年の優勝者だと誰もが確信している。僕が負けても何の恥もないという訳か……。
鍔迫り合いに付き合ってくれたのは、王族相手だから情けを掛けてくれたんだろうね……。実際に助かったから文句はないが……、やはり情けないな……。
何でいつもいつも、僕の周りは凄い人ばかりなんだ……。
「…………」
フィルはスッと魔力を抑え、いつもの無表情で能天気に周囲を見渡していた。
ここにはいないみたいだが、何処かで見てるんだろ?
エルゼ=ライザー。
お前は同年代で自分こそが最強だと思い込んでるんだろうが、今の俺の力を見て、その自信を保っていられるか?
少しでも興味が湧いたなら、いつでも俺に接触してこい。
俺も――お前に興味がある。
一方その頃――。
「アンタ等、イチャイチャとホントに仲が良いんだねぇ」
定食屋。凄腕料理人のオバサン――ドーラ。
「一応、夫婦なので……。これくらい普通ですよ」
帝都で営んでいるだけあって、小綺麗な店内。カウンター席で料理を食べながら、エルゼは恥ずかしそうに苦笑する。
別にイチャイチャしたつもりはないけど……。ただ一緒に料理を食べているだけだし……。でも……、傍から見たらイチャイチャしてるように見えたってこと?
エルゼは先程から兄の肩をツンツンと指先で突いたり、暇があればベタベタとスキンシップが激しいのだが、それをイチャイチャだと自覚していないらしい。
「アンタ、貴族の癖に食いっぷりが豪快だねぇ。良い事だ。ていうか、アンタ貴族だったのかい。前に来た時は冒険者だって名乗っていたろう?」
ドーラが困った様に笑い、溜息を吐いた。
「冒険者ってのも嘘って訳じゃありませんよ? 僕は家督を継ぐ予定なく、ダラダラと冒険者として旅していたんで……。というかこの年で貴族が旅してるなんて知られたら、命狙われちゃいますからね……。身分を隠してないと色々と面倒なんですよ……」
ヴィムは料理をガツガツ食べながら、端的に疑問に答える。
「ははは! そりゃそうだ! それも公爵家となれば尚更だね!」
機嫌よく豪快に笑い、ドーラは話を終えた。その場を離れてカウンターの奥に向かう彼女を、ヴィムが目で追うと周囲の反応に気づく。
女性店員や客達もヴィムとエルゼに注目していた。それはそうだ。今の帝都はエルゼは貴族で最も強いんじゃないかと、噂が瞬く間に広がっている。
その噂の彼女が同じ店内にいるとなれば、料理を食べる手を止め、目を向けてしまうのも仕方のない話だ。
『フィル=ニールさん! 初戦の勝利おめでとうございます! 凄まじい魔力密度で驚きましたよ! やはりもう優勝は確信しちゃってる感じですか⁉』
『まぁそうですね。優勝は間違いないかと。仮にエルゼ様と戦ったとしても、勝つのは僕だと思ってます』
『うおおおおおおお! 何て豪胆な発言だぁ――――ッ! だが勘違いの自惚れとは言い切れないのが恐ろしいぜ――ッ! 実際に魔力密度は拮抗していたからなぁ!』
店の中央でキューブ型のモニターには、それぞれの面で映像が映し出されていた。何やらフィルがエルゼを意識し、強気な発言を繰り返している様子。
だが――エルゼは全く興味を示さず、兄との食事を楽しんでいた。
今日は早く兄さんとエッチしたい……。凄く疲れたし、嫌な想いをしたから、エッチして気を紛らわせたいかも……。
悶々と爛々とした熱い瞳で、エルゼは隣のヴィムを見つめていた。