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世界は広い。俺より強い奴なんて幾らでもいる。だが、それはあくまで暴力という点においての話。
策を弄すれば格上の敵を殺すことなんて容易だ。俺にとって暴力なんて大した意味は持たない。
集団や長期戦で精神力や体力を削ること、圧倒的な強者をぶつけ合わせること、人質で脅迫すること、手段を選ばなければ幾らでも殺せる。
確かにエルゼやフィルは脅威だが、排除できないほどじゃない。
寧ろ乗り越えるべき壁が高くて、楽しく感じるくらいだ。
アラスターは両手をズボンの衣嚢に入れ、偉そうにステージで佇む。
『お待ちかねのヴィム=ライザ―だ―――ッ‼ ご存知の通りヴィムはエルゼの兄‼ 出来の良過ぎる妹と比べて凡庸だと噂だが‼ 実際の所は分からねぇ‼ 分かるのはサボりまくって成績悪い癖に無敗ということだけ‼ この戦いで初めて敗北を味わうのか‼ それとも無敗記録を更新するのか注目だぜ‼』
エタンの声が会場中に響くと、案の定〈無敗〉という単語にわざつく観客達。エルゼの兄ということもあり、もしかしてヤバいのが来たんじゃないかと察する者も少なくない。
『ヴィム=ライザー。珍しいな、サボり魔のお前が武闘祭に出場するだなんて』
『妹に格好いい所を見せたくてね』
不敵に笑うアラスターに対し、ヴィムは照れくさそうに頬を掻く。ステージに立つ二人はこれから戦うとは思えない程に、穏やかな空気が流れている。
『何だよ! 相思相愛の兄妹だってのか⁉ つーか大会で禁断の兄妹愛をアピールするんじゃねぇよ! 反応に困んだろが! 羨ましいな!』
エタンが突っ込みを入れると、「ホントだよ」と笑いが混じった声を次々と上げる。
加えてヴィムは容姿が非常に整っている。モニターに大きく映し出された時、女子生徒達が黄色い歓声を上げていた。
『……はッ! だとしたら運がねぇな! 初戦の相手が俺とはよぉ! 大好きな妹の前で無様を晒すことになるんだからなぁ!』
衣嚢に手を突っ込んだまま、偉そうにアラスターは嘲笑う。だが油断している訳でないらしい。未だのその目はヴィムの品定めをしていた。
『誰が相手だろうと負ける気はないよ。この大会で優勝するのは――僕だ』
ヴィムはスッと剣を抜いた。戦う準備を示す所作、だが魔力は殆ど感じない。
彼は平民程度の魔力しか、体に纏っていなかった。だというのに傲岸不遜なこの発言に会場は静まり返る。
次第にクスクスと笑う者が出てき始め――。
『ハッタリか? それとも魔力密度を隠蔽しているのか……? だとしたら、俺よりも魔力操作が圧倒的に優れているんだろうな。だがお前はフィルを見た上で言っているのか? 悔しいがアイツは俺よりよっぽど格上だ。お前程度で勝てるとは思えない』
『フィル……? あー……、何かそういう人いるらしいね。噂で聞いた。強いの? 飯を食っていたから試合とは見てないんだ』
ギロリに睨んで話すアラスターに、ヴィムは「……え? 見なきゃ駄目だった?」と気不味そうに頬を掻く。
「何だよ、知らねぇで言っていたのか!」
「びっくりした―!」
「いやいやエルゼ様のお兄さんだし、ありえるのかなって期待しちゃった!」
観客は大笑いして、安堵の表情を浮かべている。
「あの人は相変わらず……」
「まぁ事実、見る必要はありませんから……」
観客席の上階。撮影するカメラを片手にイーディスは呆れ、セリアは苦笑しつつヴィムに一定の理解を示す。
『はッ。知らねぇで優勝なんて口にしていたのかよ』
アラスターは呆れた様子で笑い、剣を抜く。
『ヴィムの自信に根拠があるのか! それとも自惚れの戯言なのか! そんなこたぁ戦ってみれば分かるってもんよ! さぁ戦え! 王家の天才と公爵家の落ちこぼれ‼ どっちがつえぇのか! ここでハッキリさせやがれ――――ッ‼ 試合開始だ――ッ‼』
エタンが叫び、試合開始のゴングが響く。
そして次の瞬間――ヴィムは片手で握った剣を振り降ろしていた。
「かはッ……‼」
刃が脳天に直撃し、アラスターはステージに顔面を叩き付ける。
外傷は発生しないが、それでも体を駆け巡る魔力の奔流で意識が飛んで、無様に白目を剥いた。
ステージはバキバキに亀裂が入って全壊し、砂埃が少し舞う。
当然アラスターの腕輪は点滅しているが、歓声は沸かない。目にも止まらぬ光景に、観客達は絶句していた。
試合終了のゴングを鳴らす審判すらも手が止まり、その光景に釘付けとなる。
ヴィムの姿はエルゼやフィルとは真逆。
魔力の圧すら感じ取れない。だからこそ異質さが際立つ。魔力密度を感じないというのに彼はステージを叩き割るほどの力を見せたということ。
今の光景で具体的に何が起きたのか把握できた者は、この会場に極僅か。
その中の一人フィルは――。
「……これは、俺でも勝てないかもな」
冷静に実力差を判断していた。その言葉に周囲の生徒達が、「は?」「マジで言ってんのか……?」「フィル君でも勝てないの?」と動揺の声を上げる。
一瞬だけ魔力密度が跳ね上がった。気配が殆ど感じられない程に微細だったが、それは確かだ……。
才能は確かなのだろう。フィルは自身がヴィムと戦っても勝てるイメージが全く湧かなかった。
魔力密度自体は大した事なかったが、問題はそこじゃない……。問題は、俺の感知能力ですら隠していた力を見抜けなかったこと……。
ヴィムが剣を抜いた一瞬を思い出し、フィルは警戒心を高めた。
「ヴァンダ様……、ヴィムさんの力、見抜けてましたか? 私は全然で……」
来賓席でローレは驚愕を隠し切れず、顔を引き攣らせていた。
「……私も――気づけなかった」
フィルを見た時とは違い、ヴァンダに微笑みはなかった。笑みは消え失せ、真剣な表情で瓦礫と化したステージに立つヴィムを見ていた。
その様子は彼女が本音を言っていることを物語っており、当然オーガストは「なん、だと……?」驚愕し、背筋に悪寒が走る。
「……気づけなかったって事はつまり――」
そう結論を口にしようとしたローレ。だがヴァンダは「――そう。彼の魔力操作は私より格段に上だということ」遮るようにして告げると、席を立ちイレインに近づく。
イレインは溜息を吐きつつ、「……分かりました」と一言。ヴァンダに触れ、呪印を刻み始めた。体に一瞬黒い文様が浮かび上がり、スッと肌に浸透する様にして消えた。
因みに自分で呪印を刻まないのは、他人に刻まれた呪印と違い任意で自由に調整できてしまうから。不正を防止する為にも他人から刻まれた呪印でなければならない。
「皇帝。もう優勝者は決まったも同然。そうでしょう?」
「まさか……」
振り返り不敵に笑うヴァンダに対し、オーガストは顔を顰め嫌な予感を抱く。
実際、その予感は的中してしまい――――。
『勝者はヴィム=ライザーだ――――ッ! どうなってんだ――ッ⁉ 魔力を全く感じなかったぞ――ッ⁉ まさか本当にフィル=ニールに勝てるってこともありえんのか――――ッ⁉』
エタンの声を皮切りに、激しい歓声が会場を包む。
「何だよ今の! エルゼ様そっくりだ! 一撃だよ! 一撃!」
「ステージがぶっ壊れてんぞ! 有り得ねぇ!」
「マジで魔力感じなかった! どうなってんだ⁉」