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ヴァンダ=グロールは、生まれは貴族だった。ただしミーハニア帝国の貴族ではない。彼女が生まれた国は、もっと東に位置していた。
今となってはレッドゾーンに指定され、既に滅んでいる。
モンスターの中でも特に獰猛な部類と言われる竜の中でも、更に狂暴な赤竜によって殆どの国民は命を落とした。
その赤竜の階級は――――十戒。幼い頃のヴァンダには到底勝てない存在だった。
理不尽な強さ、途方もない力の差を感じ、全く勝てる未来が見えない。そんな屈辱を味わい国を捨て、彼女は齢四歳にして世界を旅して回った。
ただ、強さを求めた。
赤竜を倒せるくらい強くなりたいと思った。魔力を鍛え、様々な武術を学び、大きく成長を遂げた。だがそれでも彼女は、赤竜に勝てる未来が想像できなかった。
人の身では勝てない存在がいる。それを心のどこかで認めた時、ヴァンダ=グロールは自分の弱さに失望してしまった。
以降彼女は、モンスターを災害と同じく力じゃ止められないものとして考えるようになる。人がどうこうできる存在ではないと諦めた。
分を弁え、人は人と競うべき。只人は只人と競い、亜人は亜人と競い合い、身の丈に合った競争の中で生きれば良い。
そう考える様になり、自然と彼女は人を力で区別する様になる。
そして今――、彼女は自身の価値観が大きく揺らいでいることに確かな高揚を覚えていた。
「…………」
煙の中、地面に落ちるのは自分の血だった。何十年振りにだろうか、負傷して血を流すなんてことは。
しかも自分を傷つけたのは、自分より遥かに魔力密度が劣る人物。
ヴィム=ライザー……。貴方は一体……。
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『ななな‼ 何だ今の速度は‼ 速すぎだろ‼ 目で追えなかったぞ!? 流石に有り得ねぇだろ‼ ヴィムが纏う魔力密度じゃ絶対有り得ないはずだ‼ マジで何がどうなんてんだ⁉ エルゼ様‼ 教えてくれ‼ これは一体――』
会場が沸き立つ中、エタンが興奮して実況する。そしてヴィムの技に詳しいであろうエルゼに解説を頼もうとした瞬間だった。
「「…………ッ」」
舞い上がった土煙の中から、濃密な魔力の圧が放たれた。その力は先程感じたエルゼの魔力に匹敵しており、観客達に強烈な緊張が走った。
「――全く、得体の知れない」
土煙が晴れた時、彼女の両の瞳には蝶の様な文様が浮かんでいた。その瞳は異能の発動している証であり、現在ヴィムはその影響下にいた。だが――。
「今の技、自力ってこと……? 異能とか関係なく今の力を捻り出すなんて、本当に興味が尽きないわ……?」
彼女の異能をもってしても、ヴィムの纏う魔力に変化は見られない。だからこそ魔力操作技術自体は、彼の自前だと判断した。
『うっそだろ……?』
エタンが言葉を漏らす。それはヴィムが無能力者だと告げられ、驚いているという訳ではない。彼が驚いている理由は、巨大モニターに映っている。
血。切り傷。
ヴァンダは剣を握った右腕に深い傷を受けていた。最強と謳われる魔導師が、試合開始した瞬間に傷を付けられた。
その事実に「マジかよ!」「ありえねぇだろ……」「何がどうなって……?」と、観客の反応は様々だった。
『異能の封印は効いてないみたいね……。それじゃあ――』
ヴァンダの瞳に映る文様が花の形に変化した。
この力を人との戦いで使用するのは、何十年振りでしょうね……。
――世間では彼女の異能は、異能の封印だと思われているが、それは正確ではない。
彼女の持つ真の異能は――全能の魔眼。
魔眼系の異能は幾つか存在するが、彼女は全てを使用でき、自由に切り替えることが可能という、まさに反則の様な能力である。
同時に使用できるのは二つまで。片目だけでは本来の魔眼より効果は薄い。だから今は両目で同じ魔眼を発動させることで、本来の魔眼の効力すら凌駕する。
現在発動させているのは、石化の魔眼。視認せずとも周囲の人間の体は石化を始める。視認すれば効果はより高まる。
『…………』
ヴァンダの変化を感じ取り、真剣な表情でヴィムは剣を構え、腰を少し落とす。そして攻撃を仕掛けてくることを待っていた時、「…………⁉」顔と手の一部が少しずつ石化していることに気が付いた。
石化……?
まさかヴァンダ=グロールは――複数の魔眼を扱える……?
『――誇りなさい、私の本気を引き出したことを』
『…………ッ』
魔眼が最強の異能と分類される理由。それは通常の異能とは、大きく異なる点があるからだ。
通常の異能は、効果が強いほど、発動条件も厳しい。しかし魔眼だけは、強い効果でありながら、無条件で発動可能。
これこそが魔眼が最強と評される理由。
『カメラ‼ ヴィムの顔と手を映せ‼ お前等よく見ろ‼ ヴィム=ライザーの体が石化してるぞ‼ 一体何がどうなってんだ⁉ まさかヴァンダ=グロール‼ 魔眼の力を二つ持っているとでも言うのか⁉ 有り得ねぇだろ‼ 異能は一人一つが限界のはずだろ!? 何で二つの魔眼を扱えるんだ⁉』
「マジかよ……。すげぇ。ここまで最強なのか……」
「誰がヴァンダ様に勝てんだよ……」
エタンの鬼気迫る様な声音で実況を続ける。
観客達はヴァンダ=グロールに羨望と畏怖を抱いていた。やはりヴァンダ=グロールは天才であり、只人如きでは勝ち目はないと、多くの者が確信していた。
「石化の魔眼……。本当に存在していただなんて……。アレが伝説通りの効力を持つとしたら、もう勝負は決まりましたかね……。全身の石化まで十数秒程度……。その間にヴァンダ様を倒し切るなんて、流石に……。しかもヴァンダ様は、もう攻める必要はなくなったんで……。ただ相手が石化するまで、耐えて、逃げ切ればいいだけ……」
ローレが視線を向けていると、驚き立ち尽くしたヴィムは全身が所々石化を始めていた。
石化の進行の速さから、伝説通りの効力は発揮されているらしい。急速に石化の進むヴィムの姿を見て、イーディスとセリアを除く、全ての観客はヴァンダ=グロールの勝利を確信した。
『――――これが本気……?』
ヴィムが笑った瞬間、全身の石化がパキンと音を立てて剥がれ落ちた。
――護法。これは異能の影響を打ち消す技。かつて何千年も昔の話。人が全ての大陸と島を支配していたとされる時代。この技は一部の強者の中では当然の技術だったらしい。
だが一級モンスターが蔓延るレッドゾーンが広がった現代では、この技を知る者自体が極僅か。実際、百年以上生きるヴァンダ=グロールでさえ、護法の存在は知らない。
『…………ッ⁉』
少しずつ体を侵食するはずの石化。その奥の手が、いとも容易く無効化されたことに、ヴァンダは驚愕する。
『え⁉ ええええ⁉ え―――――ッ⁉ 解けんの⁉ それ‼ 石化って使用者を倒さないと解けないって話だったのに⁉ 何でそんなアッサリ解いちゃってんの⁉ すげぇけど‼ おかしいだろ――――ッ⁉』
『……アレは私も知らない技ですね』
エタンが叫び、隣の席に座っているエルゼも口元を引き攣らせていた。
「おいおいマジか……」
「…………意味が分かりませんね」
来賓席でオーガストやディックは驚きを越えて、ドン引きしてしまっている。試合開始から一分すら経っていないというのに、既に彼らはヴァンダとヴィムの戦いに理解が追い付かなかった。
「何でもありすぎぃ……」
二人の戦いを見て、ローレは唖然とし、釘付けとなっている。