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『…………』
さっき剣を握られた時の、妙な感触……。アレはもしかして……。
『さっき私の剣を受け止めたのは、気道? 少なくともアレに近い原理の技でしょ?』
ヴァンダが生まれた小さな国で、主流とは言わずとも頭角を現していた武術の一つ――気道。三歳頃、まだ魔力の未熟だったヴァンダが好んで使用した技だった。
ある程度成長してから使う機会はなかったが、それでも技の感触は今でも理解している。それ故にヴァンダは何となく、ヴィムの使用した技が気道の一種だと見抜いていた。
『…………。お察しの通り、気道の一種です。名を――消抗といいます。まぁ本来は技名が不要な程に、取るに足らない防御の基礎ですが……』
試合中に種明かしもどうかと思ったが、ヴィムは素直に教えることにした。別に知られたからといってどうにかなる様なものでもないので、問題ないと判断したらしい。
『……ただの気道って訳じゃないのは理解してるわ。最初に私に放った斬撃もそう。貴方の技は全て、繊細なチューニングがされている』
『…………』
『私を含め、普通の魔導師の剣技は、剣の硬さを無駄に強化している。それに対し、貴方は剣の硬さを殆ど強化していない。リソースの殆どを、切れ味や動きの速度の強化に回しているのでしょう?』
『亜人に勝てなかった弱者の知恵です……。剣に関しては最低限の硬さで、切れ味や重さの強化。魔力を飛ばす際は速さを優先させて強化してます。無駄な所にリソースを割かず、適切に必要な要素を強化をすることで、魔力密度の差を埋めているという訳です』
ヴァンダが推察を語る間、ヴィムは闘技場の中央近くまで歩みを進めた。そして一定の距離でピタリと足を止め、視線を真っ直ぐ前に向ける。
『……原理は単純。言うだけなら、簡単だけど、貴方がやっていることは一朝一夕で身に付くようなものじゃないわ。正直、驚いてる。思いもしなかったもの、高が只人如きの魔力密度で私がこれほどの傷を負うだなんて』
ヴァンダの傷だらけだった体は既に、魔力による〈治癒〉で完治している。とはいえ、血はべったりと肌や修道服に付着しており、大量の出血をした跡は残されている。
『本当に大した技術じゃないですよ……。ただ、筋肉を付けるのと似た様なもので、天才だからって一日二日で身に着けることは不可能というだけで……』
暗に、見て模倣するのが得意なヴァンダに、ヴィムは真似られない技だと告げる。だがこれは彼女に向けての言葉じゃない。観客達に戦いが理解できるように補足しているだけだ。
『……それを聞いたら、益々倒したくなってきたわ』
ヴァンダは言いながら、自身の口から出た言葉を疑っていた。
『圧倒的な魔力密度の差には、どうしようもないってことを証明してあげる。魔力密度の劣った雑魚共が、必死に考えた技の数々を、単純な力だけで捻り潰す』
本音じゃない。勝てる気がしない。こんなのはただの虚勢だと、ヴァンダの魂が少しずつ本能的に感じ取っている。
『…………』
実際、ヴィム=ライザーは、自身の負ける未来が一切見えていない。手加減した状態で尚、揺るぎのない勝利への確信。
その揺るぎない自信は、視線に、態度に、剣に、魔力に現れている。ヴァンダの目にヴィムの姿が、かつての闘志を燃やしていた自分と重なった瞬間――。
「「――――ッ」」
魔力の余波が結界を叩き、壊れはしないが大きく揺れた。そこから起こる突風に観客達は小さな悲鳴を上げながらも、モニターに釘付けとなる。
凡人では決して目で追えない速度で二人は剣を打ち合っていた。凄まじい攻防に地面が抉れ、何度も結界を叩き突風を起こす。
『強い! 強すぎる! つーか速すぎて見えねぇ! だが明らかに押しているのはヴァンダ=グロールだと分かるぜ! 激しい猛攻! ヴィムは防戦一方だ――――ッ!』
武もクソもない様な、あえて魔力密度に頼った激しい猛攻。しかしそれは自棄になったわけではなく、理にかなってはいた。
半端な策では逆手に取られ、隙を突かれるだけ。搦め手の一切が意味を成さないというのなら、力に頼った戦術が最も有効であることは間違いじゃない。
というか、取れる選択肢がそれしかなかったのだ。
『――だが攻防が成立しているってことは! 間違いなくヴィムの実力は! 十戒の領域ってことだよなぁ⁉ 十戒同士の戦いを生で見れるなんてよぉ! 俺達はどれだけ幸せ者なんだよ‼』
そのエタンの言葉に、多くの観客は共感した。
わざわざ競売で高額なチケットを競り落とし、ここまで足を運んでいる様な者達。魔導師じゃない者もいるが、その誰もが熱い戦いを求める者達なのは間違いない。
学生同士の戦いですら熱狂し観戦を楽しむ連中が、十戒の二人が戦う瞬間を生で観戦できたのだ。しかもこの戦いは必ず歴史に残る。
誰もが釘付けだった、二人の十戒に。
『…………ッ』
これでも、届かないなんて……‼ 私が培った魔力と技が……‼
ヴァンダは今まで学んだ剣技の全てを使い、彼に叩きつけている。
打ち合いの中で、複数の斬撃を飛ばし、力を溜めた一撃を放ち、電流や炎を纏わせ、閃光の目くらましを交え、剣技の全てを出し尽くした。
だが、その悉くが軽く受け流され、ほぼほぼ無力化されてしまう。
あの時、諦めて立ち止まっていなければ、何かが違ったというの?
私の剣が赤竜に届いたとでも――――。
『勝つのは才能の暴力か‼ 武の極みか‼ 目が離せねぇよ‼ 誰もが届かないと諦めた魔力密度の格差‼ それをヴィム=ライザーは覆そうとしている‼ 異能もねぇのに剣一本でヴィムは今‼ あのヴァンダ=グロールと互角の勝負をしてるんだぜ⁉ とんでもねぇ奴だよ‼ 本当に‼』
「…………」
盛り上がっている所悪いけど――そろそろ終わりだ。
凄まじい猛攻。その攻撃をギリギリ、本当に紙一重で躱すヴィム。苦悶の表情を浮かべて多少の切り傷が体中に刻まれる。その目は鋭く真剣そのもの。
一見すると、ヴァンダ=グロールが押している様に見えるだろう。しかし着実にヴィムは学習している、彼女の動きを。
ヴァンダが技を放つ度に動きを学習され、必ず生じる悪癖が既に幾つか暴かれていた。そのことに薄らと気づき、ヴァンダは自身の敗色が濃いと察する。
「…………ッ!」
大振りが多いヴァンダに比べ、ヴィムの動きは最小限なのは、反撃に移れないことが理由ではない。
魔力を使わない単純な剣術ですら、彼の動きは洗練されている。だから最小限の動きで攻撃を受け流せている。
動きの読み合い、技の組み立て、最適な間合いの管理、全てが一切の無駄なく完成されている。
これにより相手にしたい動きをさせず、魔力密度の差を着実に埋めているのだ。
『く…………ッ‼』
私は生まれて初めて――――剣の指導を受けている。
この世界の殆どの魔導師が、〈魔力密度〉や〈異能〉に依存し、それを主軸とした戦い方を独自に編み出していて……。
そんな中、彼は魔力密度や異能に頼らず、武術を研鑽し続けた。異常に高い技の練度、未来予知に等しい動きの先読み、ミリ単位の間合いの管理、どれをとっても神懸かり……。
まさか、このまま敗れるっていうの……?
史上最強と謳われる、この私が……?
こんな異能も持たない様な人間に?
魔人ですらない、只人に……?
「く……!」
赤竜の姿を思い出し、ヴァンダ=グロールは歯噛みする。かつて自分は赤竜を討つと誓って、鍛錬した末に諦めた。
人類ではモンスターに勝てないのだと痛感していた。
だがヴィム=ライザーは――――。
「力み過ぎだよ。体も――魔力も」
魔力操作の脱力と、力み。その緩急によって増幅される魔力は、瞬間的な移動を可能としていた。最初からこれを使用すれば防戦一方にならず済んだだろう。
だが不意を突く為、確実に勝つ為、あえて温存していた手札の一枚。
「…………ッ‼」
首を狙ってくる刃を、寸前でヴァンダが剣を挟んで防ぐ。
威力は大したことはない……!
しかし――。
――ドクン。
心臓が跳ね、体に魔力が流れ込んできた。殺傷性がない――――が、その制約が魔力の貫通力を高めており、つまり――。
先程、アラスターが受けた技を同じ。あまりにも強烈な魔力に目が回り、意識が遠のいていく。
だが、そこは最強と謳われるヴァンダ=グロール。ギリギリで意識を保ち、グラグラ揺れる視界の中、自身の魔力の乱れも最小限に抑え込んだ。
しかし――。
『――終わりです』
一瞬を隙だった。懐に飛び込んだヴィムは、剣を真っ直ぐ突いていた。
「かはッ…………⁉」
剣を振るう腕を握り潰され、ヴァンダは腹部を見る。剣で貫かれ、大量の血が地面に流れ落ちていた。
ただ刺しただけじゃない。剣から魔力が根を張る様に、周囲の臓器を斬り刻み、背骨すらも切断していた。
今まで味わったことがない程の強烈な痛み。ヴァンダは意識が薄れる。
『僕の勝ちですね』
切っ先を抜いて、半歩下がり勝利を宣言するヴィム。剣を振るいビシャリと、地面に血が撒かれた。
――私、の……、完敗……、ね……。
遠のく意識の中、声を振り絞ろうにも声が出ない。ただ彼女は地面に転がり、腹部の出血すら止められず、己の死を悟っていた。
なんて……、呆気ない……。
これにて試合終了。ゴングが響き、歓声が沸く。
成果にヴィムは満足し、皇帝と話し合った結果、本戦を辞退する運びとなる。優勝者よりも、更に特別な挑戦者に選ばれた形式として話が落ち着いた。
因みに中断された試合は再開されとんとん拍子に進み、本戦の優勝者はフィル=ニールが決まったらしい。
だが、残念ながら話題はヴィムとヴァンダのことで持ち切り。
高が学生の間の勝った負けたよりも、ヴァンダ=グロールの敗北の方が話題として上質ということだろう。
何より新たな十戒――ヴィム=ライザーが歴史に名を刻むこととなったのだ。映像も残っており、誰もが異議を唱えることは許されない。
しかもヴァンダと違い、正式にミーハニア帝国の貴族が十戒となったのだ。これは政治的にも大きな意味を持つ。勢力図が大きく変わり、他国への影響力も計り知れないほど。
「ヴィムさんは……、一体何を考えて……。いえ、何か深い考えがあるのは分かっているんですけど……」
夜の時計台。イーディスは冬の冷たい風を浴びながら、夜空を見ていた。
彼女はシエスタという秘密結社を統括している身。
できる限り、目立ってはならない存在。
公爵家というだけでも不用意に近寄れなかったが、今のヴィムは更に近寄る訳にはいかなくなった。
そう考えていたが――。
「これで私達が気兼ねなく、ヴィムさんに近づけますね」
「え?」
セリアの言葉に、間抜けな声を出すイーディス。
「…………? いえ、だからヴィムさんがわざわざ名を売ってくれたのですから、多くの人がお近づきになるでしょう? その中に私達も混ざれば良いんですよ。たとえ私達の力が露見したところで、今のヴィムさんに興味を持つのは自然なことですし」
セリアが首を傾げ、当たり前のように告げた。
「…………!」
た、確かに……。
昨日まではヴィムさんが、表向きにはパッとしない学生という演技をしていたから、私達が近づくのは不自然だと思っていた。仮に私達の力がバレたら、絶対に迷惑が掛かると判断していた……――けど。
ヴィムさんが十戒となった今、誰が興味本位で近寄っても自然。シエスタと繋がりなんて結びつけようがない……。
だったら――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
真夜中の病室。
「私以外の女の手を握るなんて……」
病室の出入り口のドアを閉め、エルゼは涙目になり、大きく溜息を吐いていた。
「僕が傷つけてしまったからね……」
ベッドの傍の椅子に腰かけ、僕は眠るヴァンダの手を握っていた。傷は完治しているが異能の影響か疲労が溜まっていたのだろう。まだ深く眠りに付いている――振りをしている。
ただ、気持ち良さそうだから、あえて何も言わず演技に付き合ってる。
イレインは従者故に、最初は心配そうにソワソワしていた。だが今は近くの丸テーブルで菓子とお茶を楽しんでいた。
あのぉ……。心配もせず呑気にお茶していること、バレてるけど……、あの人、後で怒られんじゃ……。
「ヴァンダ様に勝つなんてさ……。兄さんって、何者……?」
近づき、ヴィムの隣の椅子にエルゼは腰を下ろした。
「僕は人には言えない目的があったんだ……。でも、それにはレッドゾーンに足を踏み入れる必要があった。当然、十戒指定モンスターと戦わなきゃいけないこともあって……。気づいたら、こんな強くなっちゃった……」
妹相手ということもあり、嘘より本音を伝えたくなった。
まさかレ〇プを楽しむために変身能力を身に付けたくて、その過程で強くなったなんて口が裂けても言えないが、言える範囲で本音を伝えた。
「…………目的はもう叶った?」
本音だと察したのか、エルゼは肩を竦め呆れた様に微笑む。
「うん。それはバッチリ。一先ず最低限の技と知識を手に入れたからね。技については、まだまだ研鑽は足りないけど……」
全く、ホントに気が遠くなると、僕は肩を竦めて虚空を見つめた。しかし目の端で「…………」近くにいたイレインがこちらを視線を向け固まっていることに気づく。
彼女は驚いた様な、恐れている様な表情だった。
「…………兄さん、格好良かったよ?」
「それは……、頑張った甲斐があったよ」
エルゼが火照った顔を此方に向け、僕は困った様に微笑む。
すると――。
「…………⁉」
自然と当たり前の様にエルゼがキスしてきて、流石に動揺した。
「今日はエッチが捗りそう……」
軽く口内を舐め回すと、満足したのか唇を離した。エルゼは糸を引く唾液を気にする様にもなく、妖艶な笑みを浮かべていた。
そして、「…………。はッ……!」とエルゼは状況に気づき、後ろを見る。
――ガッツリとイレインが此方を凝視していた。
「はわわわわ……」
エルフらしく潔癖を拗らせているのか、免疫がないらしい。イレインは顔を真っ赤に染めて、手で目を覆っていながらも、指の隙間から此方を見ていた。
「…………」
エルゼは恥ずかしそうに赤面し、黙って俯いてしまう。どうやらまた無意識に普段の癖でキスしたらしい。
「今日、二度目なんだけどぉ……? マジで気を付けてね……?」
流石に気を抜き過ぎな妹を見て、僕は先程の戦い以上にドッと疲れた込み上げた。
……流石に人前でキスは恥ずかしいから、勘弁してほしい。