僕のファーストキスを奪った幼馴染が、超ドSだった件 作:微熱@
自由行動の残り時間で僕たちが合流した時、ひまりちゃんはすでにお土産袋を両手に抱えて待っていた。
斉藤は先に旅館に戻ったらしく、班は僕、美優、ひまりちゃんの三人だけになっていた。
「堀田君! 坂本さん! 最後に一緒に回ろう!」
ひまりちゃんは数時間前と変わらない無邪気な笑顔で、僕たちを手招きした。
その瞬間、美優の指が僕の手首をギュッと掴んだ。細い指に込められた力は、骨が軋むほどだった。
分かっている。分かっているから。余計なことはしない。
僕は心の中で必死にそう念じながら、三人でお土産街を歩き始めた。
「ねぇ堀田君、この八ツ橋の生チョコ味、食べたことある?」
「え、あ、ないかな……」
「じゃあ、はい! 一つどうぞ!」
ひまりちゃんが試食の八ツ橋を、僕の口元まで持ってくる。指で摘まんだ柔らかな菓子が、僕の唇のすぐ手前でぷるぷると揺れていた。食べてくれ、と言わんばかりの期待に満ちた瞳。これは「あーん」だ。完全に「あーん」をされている。
「あ、あー……ん……」
食べなければ不自然だ。かといって食べれば美優に殺される。究極の選択の中、僕は極力ひまりちゃんの指に触れないよう、菓子だけを唇で器用につまみ取った。
「美味しい?」
「う、うん……美味しい……」
「よかったぁ! じゃあ、これ、堀田君へのお土産に買ってくね!」
ひまりちゃんが嬉しそうにレジへ駆けていく。
その背中を見送りながら、僕は隣の美優の体温が、明らかに一度下がったのを感じ取った。
「ひまりちゃん、積極的ね。一緒に来てるのに、お土産なんて必要ないでしょ」
美優が独り言のように呟いた。その声には感情がなく、かえってそれが恐ろしかった。
「あの……美優様……僕は何もしてな――」
「分かってるわよ。あんたは何もしてない。何もしなくても、あの子が勝手に寄ってくるのが問題なの」
お土産街の端にある小さな神社の前で、ひまりちゃんが戻ってきた。手にはお土産の紙袋と、もう一つ、小さな巾着袋を握りしめている。
「あ、あのね、堀田君」
ひまりちゃんは頬を林檎のように赤く染め、おずおずと巾着袋を差し出した。
「これ……お守り。縁結びの。昨日、二人でおみくじ引いた神社で買ったの。堀田君の分も……」
縁結びのお守り。
それはもう、ほとんど告白と同義だった。こんなに好意を持ってくれていたなんて。どうりで布団に潜り込んだ時も、拒否されなかったはずだ。
ひまりちゃんの差し出した手が、微かに震えている。桃色の巾着に刺繍された「良縁祈願」の四文字が、僕の網膜に焼き付いた。
「ひまり、ちゃん……」
「受け取って……くれる?」
上目遣い。潤んだ瞳。ショートボブの毛先が風に揺れている。
この状況で断ったら、人としてどうなのか。でも受け取ったら、美優に――。
僕が逡巡している間に、予想外の人物が動いた。美優だ。
「わぁ、可愛いお守り! ひまりって本当に優しいわね!」
美優は満面の笑顔で僕とひまりちゃんの間に割って入り、巾着袋を横から覗き込んだ。
「由紀人、せっかくひまりちゃんが選んでくれたんだから、ちゃんと受け取りなよ」
「えっ……い、いいの?」
美優の許可が出た。それも、驚くほど自然に。
しかし、僕だけが気づいていた。美優の笑顔の奥で、彼女の虹彩が微かに揺れていることに。これは許容ではない。これは計算だ。ここでひまりちゃんを拒絶させれば、不自然な断り方をした僕に疑惑の目が向く。だから、あえて受け取らせる。その上で、後から僕を徹底的に罰する算段なのだ。
「あ……ありがとう、ひまりちゃん。大事にするね」
僕は震える手でお守りを受け取った。ひまりちゃんの顔がパァッと輝いた。
「えへへ……嬉しい。あのね、そのお守りの中にね……手紙入れたの。帰ってから読んでね」
手紙。
お守りの中に、手紙。
それはもう、完全に、疑いようのない、正真正銘の――。
僕は美優の方をチラリと見た。
彼女は変わらず微笑んでいたが、その目はもう笑っていなかった。口角だけが機械的に上がり、瞳の奥に凝縮された感情は、嫉妬という言葉すら生温いほどの、原初的な独占欲の炎だった。
「じゃあ、そろそろ旅館に戻ろっか。バスの集合時間、もうすぐだよね」
ひまりちゃんが時計を見て促す。
「うん、そうね」
美優は穏やかに頷き、歩き出した。
その一歩目で、僕の耳元をすり抜けるように、囁くような声が届いた。
「帰ったら、覚悟しておきなさい」
たった一言。それだけで、僕の尻に残るスパンキングの痛みが、ずきんと蘇った。
旅館に戻り、荷物をまとめ、バスに乗り込む。
座席は二人がけで、当然のように美優が僕の隣に陣取った。ひまりちゃんは通路を挟んだ向かい側の席に座り、ちらちらとこちらを窺っている。
「堀田君、飴いる?」
ひまりちゃんが通路越しに、苺味のキャンディを差し出してきた。
「あ、ありが――」
「あたしがもらうね。ありがとう、ひまり」
美優が素早く僕の手を遮り、キャンディを受け取った。それから包みを剥いて自分の口に放り込み、コロコロと舌の上で転がし始めた。
「うん、おいしい」
僕に飴を渡さないという、ささやかだが残酷な意思表示。ひまりちゃんは気づいていないようだったが、僕にはその行為の意味が痛いほど分かった。
バスが走り始め、窓の外を京都の街並みが流れていく。修学旅行最終日の午後の日差しが、車内をぬるく温めていた。
やがて、バスの揺れと午前中の疲れで、周囲の生徒たちが次々と微睡み始めた。ひまりちゃんも、開いた文庫本を胸に抱えたまま、こくりこくりと船を漕いでいる。
「……起きてる?」
美優が、僕だけに聞こえる声量で囁いた。
「起きて……ます……」
「手紙」
「え?」
「ひまりがくれたお守りの中の手紙。今、出しなさい」
「えっ……今ここで?」
「今ここで。あたしの前で開けて、あたしに読ませなさい」
美優の命令は絶対だ。僕は鞄からお守りの巾着袋を取り出し、中から小さく折り畳まれたピンクの便箋を引き出した。美優がそれをひったくるように奪い取り、無言で目を走らせる。
美優の表情が読めない。怒っているのか、悲しんでいるのか、それとも――。
「……ふーん」
長い沈黙の後、美優は手紙を丁寧に元通りに折り畳み、巾着袋に戻した。そして、それを僕の胸ポケットにぽんと押し込んだ。
「返すわ。ちゃんと持ってなさい」
「え……?」
「あたしが怒ってるのは、あんたがひまりにデレデレしたからであって、ひまりが由紀人を好きなのは、ひまりの勝手よ。あの子に罪はないわ」
意外な言葉だった。美優にも、独占欲の向こう側に、友人としてのひまりへの情があるのだろうか。
しかし、次の瞬間。
「でもね、由紀人」
美優は、僕の膝の上に手を置いた。彼女の指が足の間に差し込まれ、僕の太腿の内側をスルスルと撫で上げていく。
「あんたがこの手紙を読んで、少しでもときめいたら」
指先がズボンの上から貞操帯の輪郭をなぞる。
「あんたのおチンポは、あたしが鍵を開けるまで、永遠にこの檻の中よ。修学旅行が終わっても、あんたが本当の意味であたしのものになるまで、絶対に開けないから」
バスの窓ガラスに映る美優の横顔は、午後の逆光に縁取られて、どこか泣いているようにも、笑っているようにも見えた。
僕は胸ポケットのお守りの重みを感じながら、修学旅行での出来事を反芻した。ひまりちゃんの真っ直ぐすぎる好意と、それを知りながらも絶対に手放そうとしない美優の鎖に雁字搦めにされて、堀田由紀人という人間のかたちは、もうとっくに歪んでしまっているのかもしれなかった。
車窓には、古都の寺院の屋根が夕焼けに溶けていく様が映っている。帰りを待つ日常は、きっと修学旅行よりもさらに残酷で、甘美で、そして逃れられないものになるだろう。
僕のポケットの中の縁結びのお守りと、美優のポケットの中の貞操帯の鍵。それぞれの存在を意識しながら、僕もゆっくりとまどろみに落ちていった。