僕のファーストキスを奪った幼馴染が、超ドSだった件 作:微熱@
七月二十日。一学期の終業式が終わり、夏休みが始まった。
解放感に沸くクラスメイトたちとは裏腹に、僕にとっての夏休みは「美優の監視が二十四時間体制になる地獄の四十日間」の幕開けでしかなかった。学校という公共の場があってこそ辛うじて保たれていた均衡が崩れ、呼び出されればいつでも美優と二人きりの密室が日常になる。
そして夏休みは、もう一つの厄介な問題を抱えていた。
ひまりちゃんだった。
「堀田君、夏休みも会えるよね? 花火大会、一緒に行こう!」
終業式の日、教室で別れ際にそう言ったひまりちゃんの笑顔が、まだ網膜に焼き付いている。あの手紙の返事を、僕はまだ出せていない。美優の存在がそれを許さないからだ。しかし、ひまりちゃんの好意は日に日に明確になっていき、夏休みという自由な時間がそれをさらに加速させることは目に見えていた。
美優はその場で笑顔を浮かべたまま「いいじゃない、行きなさいよ」と答えていたが、帰り道で僕の手首を万力のように握りしめ、「行ったら、わかってるわよね?」と囁いた。
そして夏休みが始まってすぐ、坂本家に、さらに厄介な嵐が帰ってきた。
「ただいまー。美優、いるー?」
僕が美優の部屋で首輪を着けられ、床に正座させられていた午後三時。玄関から響いてきたその声を聞いた瞬間、美優の顔色が変わった。
薔薇の香水の残り香が、階下からじわりと二階まで昇ってくる気がした。甘くて重たい、成熟した女の匂い。
坂本奈緒。美優の姉にして、美優を遥かに上回る最凶のドS。
「ちょっ……なんでお姉ちゃんが!? 夏休みは帰ってこないって言ってたじゃない!」
「予定変わったのよー。ゼミの教授がバカンス取っちゃったから、八月半ばまで暇になっちゃって」
答えながら、階段を上がってくる足音。美優は慌てて僕の首輪を外そうとしたが、間に合わなかった。
ガチャリ。ノックもなしに部屋のドアが開いた。
「やっほー美優。……あら」
そこに奈緒が立っていた。
ウェーブのかかった長い髪、真っ赤なルージュ、大学生とは思えないほど妖艶な美貌。白いキャミソールにホットパンツという薄着が、豊満な胸と長い脚を惜しげもなく晒している。隠すものなど何もないという、自信の現れだろう。
奈緒の視線が、首輪姿で正座する僕を捉えた。
「あらあら、由紀人くん。久しぶりね。相変わらず、美優に飼われてるんだ」
にっこりと微笑む奈緒。その微笑みの温度は、真夏の陽射しよりも熱っぽく、同時に冬の夜よりも冷たい酷薄さを持っていた。
「お、お久しぶり、です……奈緒、さん……」
「お姉ちゃん! 勝手に入ってこないでよ!」
「いいじゃない、家族なんだから。ふーん、首輪はまだ同じの使ってるんだ。そろそろ新しいの買ってあげなさいよ、毛羽立ってきてるわよ」
奈緒は僕の首輪の革をチェックするかのように指で撫で、それからベッドの端に腰掛けた。長い脚を組み、美優を見上げる。
「で、最近どうなの? 調教の進捗は」
「そんなのお姉ちゃんには関係ないでしょ」
「関係ないことないわよ。由紀人くんはあたしのおもちゃでもあるんだから。ねえ由紀人くん、この子にいじめられてない?」
「いじめ」という言葉が、この状況で発せられる滑稽さ。いじめどころの騒ぎではない。
美優は不機嫌さを隠そうともせず、腕を組んで窓辺に寄りかかった。しかし奈緒は美優の不機嫌などどこ吹く風で、のんびりと部屋を見回していた。
その視線が、美優の机の上に置かれた僕のスマホの画面に止まった。ロック画面の通知バーに、LINEの未読メッセージが表示されている。送信者の名前は──『橘ひまり』。
「橘ひまり? 誰、この子」
「あっ、見ないで!」
美優が慌ててスマホを掴んだが、奈緒はすでにその名前を記憶していた。
「ひまりちゃん……? 女の子よね。由紀人くんと、どんな関係なの?」
「これはあたしたちのクラスの子で、別に──」
「嘘おっしゃい。美優の顔、真っ赤よ。この子と何かあったわね」
奈緒の観察眼は鋭かった。美優が動揺するのは、よほどのことがある時だけだ。そしてその動揺の原因が「橘ひまり」という名前であることを、奈緒は直感的に見抜いていた。
「由紀人くん。正直に教えてくれる? この子、誰?」
「え、あの、ひまりちゃんは、その──」
「由紀人、答える必要ないから」
美優が射殺すような目で僕を睨んだ。だが奈緒は軽く手を振って美優を制した。
「由紀人くんに聞いてるの。美優は黙ってなさい」
姉の命令。美優は唇を噛んだが、それ以上は言い返せなかった。坂本家における序列は、絶対的に姉が上なのだ。
「あの……ひまりちゃんは、同じクラスの女の子で、修学旅行の時に同じ班で……その、僕に好意を持ってくれていて……」
「ふうん。由紀人くんのこと、好きなの?」
「た、たぶん……手紙で、告白されて……」
「へえ! 意外とモテるじゃない、由紀人くん」
奈緒は愉快そうに笑い、それから美優に視線を向けた。
「それで、美優はそれが気に食わないわけね」
「気に食わないとかそういう話じゃなくて……由紀人はあたしの奴隷なのよ。他の女に色目使われたら、管理者として当然──」
「管理者として、ね」
奈緒はゆっくりと立ち上がり、美優の前に歩み寄った。身長差のある姉に見下ろされ、美優がわずかに体を引いた。
「美優。あんた、焦ってるでしょ」
「焦ってなんか──」
「焦ってるわよ。顔に書いてある。いつもの余裕はどこに行ったの? 由紀人くんがちょっと他の女の子に言い寄られたくらいで、この騒ぎ?」
奈緒の声は柔らかかったが、その中に刃物のような鋭さが潜んでいた。
「いい? 美優。由紀人くんは年頃の男の子よ。可愛い女の子に好きって言われて揺れるのなんて当たり前じゃない。それが自然なの。あんただってそれくらい分かるでしょ?」
「分かってるわよ……でも──」
「でもじゃないの。問題はそこじゃないわ。問題は、あんたの対処法が下手くそだってこと」
美優の顔が、さらに紅潮した。恐らく常に比較されてきただろう姉に「下手くそ」と言われることほど、プライドの高い美優を傷つける言葉はない。
「あんたがやってることは、締め付けて、脅して、監視して、おあずけして。力尽くで由紀人くんをひまりちゃんから引き離そうとしてるだけ。でもね、そんなの逆効果なのよ」
「逆効果って……」
「締め付ければ締め付けるほど、由紀人くんの中でひまりちゃんの存在が大きくなる。禁止されたものほど欲しくなるのが人間でしょ? 美優の管理は外圧でしかない。外から押さえつけてるだけで、由紀人くんの内側を変えてないの」
僕は正座のまま、姉妹のやりとりを黙って聞いていた。心臓が早鐘のように鳴っている。奈緒の言葉は、的確に核心を突いていた。
美優のやり方は確かに恐ろしいし、効果もある。だけど、僕の「内側」までは変えられていなかった。実際、ひまりちゃんの柔らかな温もりを求める気持ちは、美優の鎖の下でも消えていなかった。
「じゃあ……どうすればいいのよ」
美優の声が、わずかに震えていた。
「簡単よ。由紀人くん自身に、『自分はどうしようもない変態で、ご主人様がいないと存在できない』って自覚させればいいの。外から強制するんじゃなくて、由紀人くんの内側から、あんたへの依存を植え付ける。そうすれば、ひまりちゃんがどれだけ優しくしてくれても、由紀人くん自身が『自分はこの子にふさわしくない。自分は変態だから、美優の側にいるしかない』って結論に勝手に辿り着くわ」
ぞくり、と背筋が凍った。
奈緒の提案は、美優のやり方よりも遥かに残酷だった。体を縛るのではなく、心を塗り替える。外側からの脅迫ではなく、内側からの自己否定。それは、人格そのものを侵食する行為だ。
「あんたは由紀人くんの体は掌握してるけど、心まではまだ手が届いてない。だから不安になるの。でもね、心を掌握するには──」
奈緒はこちらを振り返り、赤いルージュの唇を妖艶に歪めた。
「もっとフェティッシュに攻めないと」
「フェティッシュ……?」
「お手本を見せてあげるわ。美優は見て勉強しなさい」
奈緒は僕の前にしゃがみ込み、僕の顎を持ち上げた。甘くて重たい薔薇の香水が、鼻腔を満たす。至近距離で奈緒の瞳に見つめられると、吸い込まれそうな錯覚を覚えた。全て彼女の意のままになってしまいそうな。
「由紀人くん。これから私がすることは、あんたの中にある変態性を表に引きずり出す作業よ。痛くはしないわ。でも、終わった後のあんたは、もう自分を普通の男の子だとは思えなくなる」
「な、なに、を……」
「まず──」
奈緒は白いキャミソールの肩紐を片方だけずらした。豊満な胸の谷間がさらに深く露わになり、鎖骨から首筋にかけての白い肌が剥き出しになる。
「こっちに顔を近づけて。鎖骨のあたりに、鼻をくっつけなさい」
「え……?」
「嗅ぎなさい、って言ってるの。私の匂いを」
奈緒が僕の後頭部に手を添え、優しく、しかし逆らえない力で顔を引き寄せた。
鼻先が奈緒の鎖骨のくぼみに触れた瞬間、薔薇の香水の下から立ち昇る、もっと生々しい匂いが僕の嗅覚を殴りつけた。
夏の午後。帰省の移動で微かに汗ばんだ肌。香水と汗と体温が混ざり合った、甘くて少しだけ酸っぱい、生きた女の匂い。
「どう? どんな匂いがする?」
「あ……あの、香水と……その、汗……?」
「もっとちゃんと嗅いで。深く。鼻で吸い込んで、肺の奥まで入れなさい」
言われるままに深く息を吸った。奈緒の体臭が脳の奥まで染み込んでいく。貞操帯の中で、肉棒がびくりと跳ねた。
「あっ、反応したわね。香水じゃなくて、私の汗の匂いに反応したでしょ。正直に言いなさい」
「……は、い……汗の匂いで、その……」
「興奮した?」
「……しました」
「ほら。これがフェティシズムの入り口よ」
奈緒は美優に向かって解説するように言った。
「美優、あんたは今まで由紀人くんの性感帯に直接的な刺激を与えることばかりしてきたわよね。手コキ、フェラ、寸止め。それは確かに効果的だけど、それだけじゃ由紀人くんの変態性は表面的にしか開発されない」
美優は唇を尖らせながらも、食い入るように姉の手元を見ていた。
「フェティシズムっていうのは、本来は性的じゃないものに性的興奮を感じること。匂い、足、汗、体温、布地の感触。そういうものに由紀人くんを反応させて、由紀人くん自身に『自分は普通じゃない』と思い知らせる。ペニスを触らなくても興奮してしまう自分。女の子の汗の匂いを嗅いだだけで勃起してしまう自分。そういう自分を、由紀人くんに自覚させるの」
奈緒は僕の顔を鎖骨から引き離し、今度はキャミソールの裾を少しだけ捲り上げた。引き締まった腹部──おへその少し上あたりに、うっすらと汗が光っている。
「次。ここを舐めなさい」
「え……お、おなか……?」
「そうよ。舌を出して、ここの汗を舐め取って」
僕は美優の方をちらりと見た。美優は腕を組んだまま、無言で頷いた。姉の「授業」を承認したということだ。