※この作品はR-18です。

僕のファーストキスを奪った幼馴染が、超ドSだった件   作:微熱@

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気まずい沈黙と疑問・靴下は誰のものか

 気まずい沈黙が、部屋を満たしていた。蝉の声が窓の外でじりじりと鳴いている。

 ひまりちゃんは俯いてプリントを見つめていたが、明らかに集中できていなかった。シャーペンを持つ手が何も書けないまま止まっている。

 

「……ねえ、堀田君」

「う、うん……」

「その靴下、洗ってないよね。ジップロックに入れてるのって、匂いが飛ばないようにじゃない……?」

 

 ひまりちゃんが確信に触れてきた。控えめな性格の彼女が、それでも理由を知りたかったのだろう。ジップロックに入れた理由。洗わずに保存している理由。ベッドの下に隠している理由。全てを結びつければ、導き出される結論は一つしかない。

 

「あ、あの……そういうわけじゃ……」

「いいの。答えなくていいよ」

 

 ひまりちゃんは顔を上げた。その目が少し潤んでいるように見えたのは、僕の見間違いだろうか。

 

「堀田君が、そういうの……好きなんだとしても。私は別に、嫌いになったりしないよ」

 

 予想外の言葉だった。

 軽蔑されると思った。引かれると思った。「やっぱりムッツリなんだ」と呆れられると思った。

 けれどひまりちゃんは、震える唇を引き結んで、真っ直ぐに僕を見つめていた。

 

「男の子って、そういうことあるって聞くし。別に、変なことじゃ……ないと思う。たぶん」

 

 ひまりちゃんの声は、不安気に揺れていた。「たぶん」という語尾が、彼女自身の動揺を正直に表している。だけど、それでも僕を否定しなかったこと。その事実が、まるで鋭い刃物のように心臓を切り裂いた。彼女の優しさが心苦しかった。

 

 ひまりちゃんは一度視線を落とし、それから、まるで独り言のように小さく呟いた。

 

「この靴下、紺のハイソックスだよね。うちの学校の指定と同じ……」

 

 血の気が引くのが、はっきりとわかった。

 ひまりちゃんの視線が、ベッドの上に置かれたジップロックに注がれている。紺のハイソックス。学校指定の、あの紺のハイソックス。友達の妹の忘れ物という苦し紛れの嘘は、もうとっくに崩壊していた。

 

「これって、もしかして、坂本さんの……?」

 

 その名前が、ひまりちゃんの唇から漏れた瞬間、僕の心臓が二拍分止まった。

 坂本さん。美優。僕の交友関係の中で、親しい女の子は美優しかいない。ひまりちゃんはそれを知っている。幼馴染で、いつも一緒にいる、あの坂本美優。

 

「ち、違っ……それは……!」

「……うん、ごめんね。今のは忘れて」

 

 ひまりちゃんはそれ以上追及しなかった。だが、その瞳の奥で何かが組み変わったのを、僕は見逃さなかった。

 「堀田君は坂本さんの靴下の匂いを嗅いでいる」その仮説が、ひまりちゃんの中で静かに根を下ろしてしまった。そしてそれは、ただの「男の子の秘密」ではなく、僕と美優の関係が「ただの幼馴染」ではないかもしれないという疑念として、彼女の胸の奥に組み込まれたのだ。

 

(こんなに優しい子に、僕は──)

 

 ひまりちゃんの優しさが、かえって罪悪感を爆発させた。

 あの靴下は、美優に命じられて毎日嗅いでいるものだ。しかしその行為を楽しんでいる自分自身を、もう否定できない。美優の匂いに依存し始めている自分。それを、ひまりちゃんはただの「男の子の秘密」としてそっと受け入れようとしてくれている。真実を知らないまま。

 

「……ありがとう、ひまりちゃん」

「う、うん。じゃあ、続きやろ! ここの問題、まだ解けてないし!」

 

 ひまりちゃんは明るい声を作って、プリントに目を戻した。だがその耳たぶはまだ真っ赤で、時折こちらをちらりと窺う視線が、さっきまでとは微妙に質が変わっていた。

 好奇心。戸惑い。そして……ほんのわずかな、怯え。

 ひまりちゃんの中で、「堀田由紀人」の像に新しい陰影が加わった瞬間だった。

 

 勉強会は夕方五時に終わった。

 帰り際、玄関でサンダルを履きながら、ひまりちゃんが振り返った。

 

「今日は楽しかったよ。また一緒に勉強しようね」

「うん、こちらこそ」

「あのね、堀田君」

 

 ひまりちゃんは少しだけ躊躇い、それから小さな声で付け加えた。

 

「さっきの、靴下のこと。私、誰にも言わないから。安心して」

 

 ドアが閉まった。ひまりちゃんのサンダルの足音が遠ざかっていく。

 僕は玄関に座り込んだ。

 ひまりちゃんは「誰にも言わない」と言ってくれた。秘密を守ると言ってくれた。彼女は信頼できる。きっとその約束は守ってくれるだろう。。

 だが同時に、ひまりちゃんの中に「堀田君はフェチっぽいところがある」という印象が確実に刻まれてしまった。そしてそれは──もしこの先、美優との本当の関係を知ることがあれば──全てのピースが嵌まる伏線として機能してしまう。

 

 その夜、僕は美優にLINEを送った。

 

『今日、ひまりちゃんが家に勉強しに来ました。報告が遅れてすみません』

 

 既読はすぐについたが、返信が来たのは三十分後だった。

 

『ふーん。で、楽しかった?』

 

 この一文だけで、僕の胃が痛くなった。

 次の返信を打とうとした時、もう一通届いた。

 

『明日、あたしの家に来なさい。匂いテストの日を早めるわ。朝九時。遅れたら分かってるわね』

 

 匂いテスト。こんなタイミングで。

 それは罰なのか、それとも僕が「他の女の子と過ごした時間」を、自分の匂いで上書きするための儀式なのか。

 

 僕はパイプベッドの下に手を伸ばし、雑誌の後ろから美優の靴下を取り出した。

 ひまりちゃんが手にした、あのジップロック。知られてしまった僕の秘密。

 そしてひまりちゃんは、美優の名前を口にした。その事実が新たな意味を帯びて、僕の脳をかき乱す。

 

 靴下を鼻に押し当てた。美優の匂いは、もうだいぶ消えかかっていた。三日前の残り香が漂うだけの、ただの布切れ。

 でも、明日はまた新しい匂いが僕の脳に刻まれるのだろう。美優の素足の、生の匂いが。それを期待している自分がいる。

 

(僕は、どこに向かっているんだろう)

 

 ひまりちゃんの桃の匂いと、美優の足の匂いが、頭の中で渦を巻いていた。

 どちらの匂いが自分にとって「正しい」のか。もう、分からなくなり始めていた。

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