※この作品はR-18です。

僕のファーストキスを奪った幼馴染が、超ドSだった件   作:微熱@

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匂いテスト

 朝九時。

 美優の家の玄関の前で、僕はチャイムを押す指を震わせていた。

 昨夜のLINEで告げられた「匂いテスト」。本来はもっと先の予定だったはずなのに、ひまりちゃんが僕の部屋に来たと報告した直後に前倒しされた。それが何を意味するのか、考えるだけで胃が痛い。

 ピンポーン。

 数秒後、ドアが開いた。

 

「おはよう、由紀人。時間通りね」

 

 美優は水色のキャミソールにショートパンツという夏の室内着姿だった。足元は紺のハイソックスを履いていた。真夏の室内なのに、わざわざ学校の指定と同じ紺のハイソックスを。

 つまり、今日のテストのために朝から履いて、汗を染み込ませていたのだ。

 

「入りなさい。お姉ちゃんは買い物に出てるから、邪魔されないわ」

 

 二階の美優の部屋に通される。エアコンが効いた涼しい空間に、アロマディフューザーの微かなラベンダーの香りが漂っている。

 いつものように首輪を着けられ、Tシャツとハーフパンツ、それに下着も脱がされ、貞操帯だけの姿にされた。

 美優はベッドに腰掛け、僕を目の前の床に正座させた。

 

「匂いテストの前に、聞きたいことがあるの」

 

 美優の声は平坦だった。怒っているのか、怒っていないのか、読めない。

 

「昨日、ひまりが由紀人の部屋に来たって言ったわよね。何かあった?」

 

 ここで嘘をつくことは許されない。昨日の電話の件で学んだ教訓だ。美優は通話履歴すら確認する。靴下が見つかったことを黙っていて、もし後でバレたら取り返しがつかない。

 

「あ、あの……美優様。報告があります。昨日、ひまりちゃんと勉強している時に……美優様の靴下を、見られてしまいました。申し訳ありません!」

 

 頭を床に擦りつけるように深く下げた。心臓の音が耳の中で暴れている。

 

「……は?」

 

 美優の声が、一拍遅れて返ってきた。

 

「あたしの靴下を? ちゃんと各紙ていたんでしょ?」

「は、はい……消しゴムがベッドの下に転がって、ひまりちゃんが拾おうとした時に……雑誌の後ろから出てきてしまって……」

「……で?」

「ひまりちゃんは……その、ジップロックに入れてたから、匂いを保存してるんだって……気づいちゃったみたいで……」

 

 美優の沈黙が、冷たい水のように部屋を満たした。美優の反応が怖くて、顔が上げられない。

 たっぷりと間を置いてから、美優の短い一言が降ってくる。

 

「それだけ?」

「いえ……それと……紺のハイソックスがうちの学校の指定と同じだと気づいて……『これってもしかして、坂本さんの?』って……」

 

 言い終えた瞬間、僕は美優の怒声を覚悟した。激昂して、主人の靴下の管理もできないのかと罵倒されると思った。おあずけの延長か、もっとひどいお仕置きか。

 だが、返ってきたのは──

 

「ふうん」

 

 美優はぽつりとそう言った。顔を上げると、彼女は笑っていた。

 怒りの笑みではなかった。サディスティックな、しかし心の底から愉快だと言わんばかりの、あの笑顔。

 

「ひまりが、あたしの靴下だって気づいたんだ」

「す、すみません……管理が甘くて……」

「謝ることないわよ。むしろ──」

 

 美優は僕の顎を持ち上げ、上向かせた。月のように冷たく美しい微笑みが、僕を見下ろしている。

 

「最高じゃない」

「え……?」

「ひまりが想像してるのよ。堀田由紀人は、幼馴染の坂本美優の靴下を持ち帰って、ベッドの下に隠して、匂いを嗅いでいたんだ、って。事実その通りなわけだけど、ひまりの中で、あたしと由紀人の関係がただの幼馴染じゃないかもって、疑い始めたわけでしょ?」

 

 美優の瞳が、暗い歓喜に輝いていた。

 

「あたしが由紀人に直接言わなくても、ひまりの方から勝手に距離を取ってくれるかもしれないわね。だって、好きな男の子が別の女の子の靴下の匂いを嗅いでるなんて知ったら、普通は引くもの。あの子がどれだけお人好しでも、さすがに心のどこかで『この人はもう坂本さんのものなんだ』って思うでしょ」

 

 美優は満足げに脚を組んだ。

 

「由紀人、あんたの失態は不問にしてあげる。結果的にあたしの望みを叶えてくれたんだから」

「は、はぁ……」

 

 怒られなかった安堵と、ひまりちゃんの純粋な好意が踏みにじられていく罪悪感が、胃の中で混ざり合って気持ち悪かった。

 

「さて。それじゃあ、本題の匂いテストを始めましょう」

 

 美優はベッドの横に置いてあったスカーフを手に取った。黒い目隠し用の布だ。

 

「目を閉じて」

 

 僕の目に布が巻かれ、視界が完全に遮断された。暗闇の中、その分嗅覚と聴覚が鋭くなっていく。エアコンの微かなモーター音。美優が動く衣擦れの音。そして──部屋に漂うラベンダーのアロマの中に、もっと近い場所から別の匂いが立ち昇ってくるのを感じた。

 

「まずは準備運動。鼻をリセットするわ」

 

 何か持って来る足音。

 コーヒー豆の匂いがした。美優が僕の鼻の前にコーヒー豆の入った容器を置いたのだ。

 

「これを三回嗅いで。嗅覚をニュートラルに戻すの」

 

 深く、三回。焙煎されたコーヒーの苦い芳香が鼻腔を洗い流す。匂いの記憶がリセットされ、嗅覚が白紙の状態になった。

 

「よし。じゃあ、テスト第一問」

 

 布地が鼻の前に差し出された。

 

「これは何の匂いか、答えなさい」

 

 鼻を前に出して、近づけた。

 最初に感じたのは、繊維の匂いだった。ナイロンと綿の混紡が持つ、わずかに化学的な無機質な匂い。だがその下にもう一層、全く異なる匂いの地層が埋まっていた。

 甘さ。ほのかな甘さ。砂糖のような直接的な甘さではなく、もっと生々しい、有機的な甘さ。汗に含まれる微量のアミノ酸が発酵したような、体液だけが持つ独特の甘み。

 そしてその甘さの底に、酸味が潜んでいた。柑橘系のフレッシュな酸味ではなく、もっと重たくて濃い、チーズの表皮を連想させるような発酵臭。密閉されたハイソックスの中で、足の常在菌が汗を分解して生み出した、あの特有の匂い。

 さらに深く吸い込む。三層目。石鹸の残り香。朝のシャワーで使ったであろうボディソープの花の香りが、汗と体温に溶けて変質したもの。花の香りが汗の酸味と結合して、どこか官能的な甘酸っぱさを醸し出している。

 

「……美優様の、靴下の匂い、です」

「正解。でも、それだけじゃ合格点はあげないわよ。もっと具体的に」

 

 もう一度、深く嗅いだ。

 つま先の部分を嗅いでいると判断した。指の間の汗が最も濃く染み込む場所。酸味が突出し、足の指の間特有の蒸れた体臭が、一番生々しく残っている部分。

 

「つま先の部分です。酸味が強い……足の指の間の汗の匂いだと思います。発酵したような甘酸っぱさがあって……チーズというか、ちょっとだけ酢のような匂いが混ざってます」

「ふーん。じゃあ、こっちは?」

 

 布地の別の部分が差し出された。

 匂いの質が変わった。酸味が後退し、代わりに石鹸の花の香りが前面に出てくる。汗の量はつま先より少なく、匂いの層が浅い。

 

「土踏まず、です。直接地面に触れない部分だから汗が少なくて……石鹸の匂いが一番残ってます。少しだけ、靴下の繊維の匂いが素直に感じられる部分」

「正解。最後」

 

 三つ目の部分。

 これは、つま先ともも土踏まずとも違う。汗の量はつま先に匹敵するが、酸味よりも熱の匂いが強い。体温で蒸れた密閉空間の匂い。靴のかかとに押し付けられ続けた布地に、圧力と熱が記憶された匂い。角質層が微かに擦り込まれたような、粉っぽい乾いた匂いの底に、じっとりとした湿度が潜んでいる。

 

「かかと、です。熱がこもった匂いがします。汗の量はつま先と同じくらいだけど、酸味より……なんていうか、温かみのある匂い。蒸れの匂いが強くて、角質っぽい粉の匂いが少しだけ」

「へえ。角質の匂いまで分かるんだ。三日も嗅ぎ続けた成果ね」

 

 美優の声に、感心と嗜虐が半分ずつ混じっていた。

 

「ここまでは前座よ。次が本番。コーヒー豆でもう一回リセットして」

 

 三回、コーヒー豆を嗅ぐ。鼻腔がまた白紙に戻る。

 

「第二問。これと──これの匂いを嗅いで、何が違うか答えなさい」

 

 まず左手に布地が押し当てられた。嗅ぐ。

 匂いが薄い。三日前に嗅いだ時よりもさらに薄れていて、美優の体臭の名残りが繊維の奥にかろうじてしがみついているだけ。アミノ酸の甘みはほぼ消失し、石鹸の香りも遠い記憶のように霞んでいる。

 

「これは……僕が持ち帰った靴下です。三日経って、匂いがだいぶ薄くなってます」

 

「正解。じゃあ、こっちは?」

 

 右手に別の布地が差し出された。

 

 嗅いだ瞬間、世界が変わった。

 匂いの密度が、圧倒的に違った。

 まるで三日前の靴下がモノクロ写真だとしたら、今鼻先にある布地はフルカラーの4K映像だ。匂いの全ての層が生きていた。つま先の発酵した酸味、土踏まずの石鹸の残り香、かかとの熱を帯びた蒸れ──その全てが鮮烈に、むせ返るほどの生々しさで主張してくる。

 そして何より違うのは、温度だった。この靴下からは、まだ美優の体温が感じられた。布地が、ほんのりと温かい。脱いだばかりだ。今の今まで美優の足に触れていた布地。美優の汗を吸い、美優の体温で温められ、美優の皮膚の常在菌が繁殖し始めたばかりの、新鮮な匂い。

 

「こっちは……たった今脱いだ靴下です。匂いの鮮度が全然違う。まだ温かくて、汗と体温が布にこもっていて、全ての匂いがくっきり濃い。三日前のと比べると、酸味の鋭さが段違いで……それに、生きてる匂いがします」

「生きてる匂い、ね」

「はい。三日前のは乾いて死んだ匂いだけど、今のは……美優様の体がまだそこにいるみたいな、生きた匂いです」

 

 美優が、小さく息をついた。

 

「……合格よ。よくできました」

 

 その言葉に僕が安堵した瞬間──

 

「でも、テストはまだ終わってないわ。最終問題」

 

 ひんやりとした感触が、僕の鼻先に触れた。

 布ではなかった。滑らかで、少し湿っていて、柔らかくて──

 肌だ。

 

「これは何の匂い?」

 

 美優の素足だった。靴下を脱いだ直後の、剥き出しの足の裏が僕の鼻に押し当てられている。

 靴下越しでは遮られていた、生の匂いが一切のフィルターなしに流れ込んできた。

 最初に飛び込んできたのは、汗の匂いだった。靴下の繊維に吸収される前の、純粋な汗そのものの匂い。皮膚の表面に薄い膜を張った汗が、体温で温められて揮発し、甘くてわずかに塩辛い蒸気として鼻腔を満たす。靴下に残るあの匂いの原液。源泉。

 次に来るのは、肌の匂い。これは靴下では絶対に嗅げないものだった。人間の皮膚そのものが持つ、ほんのりと脂質を含んだ体臭。皮脂と角質と常在菌が混ざり合った、生きている肌だけが持つ温かくて少し甘い匂い。十代の少女の足の裏の肌の匂い。

 三層目。骨の上を覆う薄い皮膚から立ち昇る、金属的な匂い。血液中の鉄分が微量に滲む、かすかな鉄錆のニュアンス。これは健康な若い体だけが発する、血の気の通った匂いだった。

 そして四層目──美優の匂い。他の誰とも違う、坂本美優だけの体臭。花のシャンプーの残り香が足の裏まで降りてきて、汗と皮脂の中で変性した結果生まれる、この子だけの固有の匂い。辞書にも教科書にも載っていない、僕だけが知っている、世界に一つしかない匂い。

 

「あっ……美優、様の……素足……」

 

 声が漏れた。甘ったるい、蕩けた声。

 匂いだけで、意識が朦朧としていた。貞操帯の中でチンポが狂ったように脈打ち、金属の内壁に亀頭がぎちぎちと押し込まれている。目隠しの暗闇の中で嗅覚だけが研ぎ澄まされた結果、匂いの情報量が通常の何倍にも膨れ上がっていた。

 

「靴下と、どこが違う?」

 

「違いは……靴下は美優様の匂いを繊維でフィルターしたもので……でも素足は生の匂いです。靴下では感じられない、肌そのものの匂いがあります。少し脂っぽくて、甘くて……金属みたいな匂いもかすかにして……。あと、温度。素足は温かい。美優様の血が通ってる温度が、匂いと一緒に伝わってきます」

「……ふーん。金属みたいな匂い、ね。面白いこと言うわね」

 

 美優の足が鼻先から離れた。代わりに、美優の声が耳元に近づいてきた。

 

「合格よ、由紀人。百点満点」

 

 目隠しが外された。眩しい光に数舜、目を細める。目の前には、足を投げ出してベッドに座る美優がいた。ハイソックスを片方だけ脱いだ裸足が、僕の顔の高さに揺れている。白い足の裏が、汗でうっすらと光って見えた。

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