僕のファーストキスを奪った幼馴染が、超ドSだった件 作:微熱@
「あの……」
僕が何か言おうとした時、ひまりちゃんが僕の右手を取った。両手で包み込むように持ち上げ、それからゆっくりと、自分の体の方へ引き寄せた。
「堀田君……触って」
僕の手のひらが、ひまりちゃんの胸に当たった。
Tシャツの薄い布越しに伝わる、柔らかい感触。華奢な見た目に不釣り合いなほど確かな膨らみが、僕の手のひらの中にすっぽりと収まった。ブラジャーのレースの凹凸と、その下で微かに跳ねている心臓の鼓動。ひまりちゃんの体温が、手のひらから腕を通って全身に伝わってくる。
「あっ……」
ひまりちゃんが小さく息を漏らした。自分で当てさせたとはいえ、実際に触れられた感触に体がびくりと反応してしまったのだろう。耳たぶが真紅に染まり、肩がきゅっと上がる。
「うっ……堀田くんの手、温かい……」
温かい。
その言葉が、拘束と支配と恐怖でできた僕の日常からは遥か遠い場所から聞こえてきた。美優に触れられる時、僕は常に緊張している。快感と恐怖が表裏一体になった触れ合い。だがひまりちゃんの胸に触れている今、僕の手は微かに震えているだけで、それ以外の感情は──ただ、温かかった。感じるのは、ひまりちゃんのぬくもりだけ。
けれど、男の体はままならない。
貞操帯の中で、ペニスが確実に膨張し始めていた。
少女の柔らかな膨らみの感触、桃の匂い、キスの余韻──それらが合わさって性的な興奮が否応なく起動する。だが金属の檻がそれを物理的に阻み、膨張する肉棒が冷たい金属の壁にぎちぎちと押し込まれる圧迫感。
その痛みが、僕を現実に引き戻した。
(僕は……こんなことしちゃいけない。そんな資格はない。それに、美優様を裏切ってる。こんなことがバレたら……)
手が、完全に止まった。
触れているだけで、動かせない。指一本すら動かせない。胸を揉むことも、撫でることも、それ以上の行為に進むことも──貞操帯と美優への畏怖が、全身を鉛のように固めていた。
「……ごめん。ひまりちゃん……僕、その……」
手を引こうとした。だがひまりちゃんが、僕の手を胸の上に押さえたまま、首を横に振った。
「いいの。このままでいて。もう少しだけ……」
ひまりちゃんの声が、か細く震えていた。目尻に薄く涙が滲んでいる。
「堀田君って……すごく優しいね」
「え……」
「こういう時に、無理矢理なことしないんだ。男の子なのに……二人きりで、誰も見てないのに……」
ひまりちゃんは僕の手の上から自分の両手を重ね、胸の鼓動を手のひらに伝えていた。
「私のこと……大切にしてくれてるんだって、思った」
違う。それは違うんだ、ひまりちゃん。
僕が何もできないのは優しさじゃない。美優への恐怖と、貞操帯という物理的拘束と、自分が変態だという自覚が──僕の手足を縛っているだけだ。もし貞操帯がなかったら。もし美優がいなかったら。僕はきっと──自分でも分からない。分からないから、怖い。
「ひまりちゃん……僕は、そんな優しい人間じゃ──」
「そういうところも、好き」
ひまりちゃんは僕の手にキスをした。胸に当てられた手の甲に、柔らかい唇が触れた。
夕焼けが、赤から紫に変わりつつあった。
僕は手をそっと引き、ひまりちゃんから離れた。ひまりちゃんは、それ以上引き留めなかった。
「ごめん、ひまりちゃん。その、答えは……もう少しだけ、待ってほしい」
「うん。待ってる。ずっと待ってるから」
ひまりちゃんは微笑んだ。頬はまだ赤く、目はまだ潤んでいたけれど、その笑顔は夕暮れの中で穏やかに光っていた。
それから少しだけ、ぎこちない沈黙が二人の間に漂った。けれど不思議と嫌な沈黙ではなかった。窓の外でヒグラシが鳴いている。
午後六時。そろそろ帰らなければ。
玄関でスリッパを脱ぎ、靴を履く。ひまりちゃんが見送りに立った。
「堀田君」
「うん?」
ひまりちゃんは何か言いかけて、少し迷い、それから廊下の方へ戻った。数秒後、彼女が手に持って戻ってきたものを見て、僕は目を疑った。
ジップロックの透明な袋。そして、その中に丁寧に畳まれた──ひまりちゃんの白いくるぶし丈のソックス。
「これ……」
「あの日、堀田君のベッドの下にあった……紺の靴下。ジップロックに入れて保存してたよね」
ひまりちゃんの顔が、桃色に上気している。
「あれを見た時、正直びっくりした。でも……その後いろいろ考えて……こういうのが好きなんだよねって」
僕は固まった。声が出ない。
「坂本さんの靴下かどうかは……聞かない。聞かないって、約束したから」
ひまりちゃんは透明な袋を、僕の手に押し付けた。
「でも、私のも……持ってて。今日一日履いてた靴下。お洗濯してないやつ」
ジップロックの中で、白いソックスがくるりと丸まっている。よく見ると、足裏の部分がほんの少しだけ灰色になっている。一日中素足にソックスで過ごした足の跡。
恐る恐る、ジップロックの封を少しだけ開けると、かすかにひまりちゃんの匂いがした。桃のボディミストの残り香と、少女の足の汗が混ざった、甘くて微かに酸味のある匂い。美優の刺すような甘酸っぱさとは全く異なる、もっとふわふわとして柔らかい、フルーティーな匂い。
「ひまり、ちゃん……こんなの、受け取れないよ……」
「いいの。私が渡したいから」
ひまりちゃんは裸足のつま先でフローリングを踏みしめ、少しだけ照れくさそうに──でも決意を秘めた目で、僕を見つめていた。
「私のも、ちゃんと嗅いでくれてたら……嬉しいな」
冗談めかした声。だがその奥に潜む本気は、隠しきれていなかった。
ひまりちゃんは自分なりの方法で、僕の世界に足を踏み入れようとしていた。靴下という、あまりにも歪んだ入口から。匂いという、僕が美優に開発された感覚器を通じて。
それは健気なのか、痛々しいのか、それとも──
「……ありがとう」
僕はジップロックを鞄にしまった。受け取ってしまった。
「えへへ。じゃあね、堀田君。気をつけて帰ってね」
ひまりちゃんは裸足のまま玄関先に出て、僕が角を曲がるまで手を振っていた。
背中に彼女の視線を感じながら、僕は夕暮れの住宅街をゆっくりと歩いた。
美優の靴下と、ひまりちゃんの靴下。
鞄の中に、二つのジップロックが入っている──美優から外出する時は常に持ち歩くように指示されていたから、今日も罪悪感を抱えながら美優の靴下をひまりちゃんの部屋に持ち込んでいた。
一方は紺のハイソックス──美優の足の匂いと僕の精液が染みた、主従の証。
もう一方には白いくるぶし丈のソックス──ひまりちゃんが自分の意思で脱いで渡してくれた、好意の証。
二つの匂いが、鞄の中で密封されたまま同居している。
(僕は一体、何をやってるんだ……)
帰宅後、美優にLINEで報告を送った。
『課題を一緒にやりました。読書感想文と自由研究の相談でした。特に変わったことはありませんでした』
嘘だった。
キスのこと。胸のこと。靴下のこと。何一つ報告しなかった。
美優に対して、初めての明確な──嘘をついた。
すぐに既読がついた。
『ふーん。おつかれ。明日来なさい。匂いの確認するわ』
匂いの確認。
明日、美優は僕の体の匂いをチェックするだろう。ひまりちゃんの桃の匂いが残っていないか。僕の体に、他の女の子の痕跡がないか。
だが、鞄の奥に隠されたひまりちゃんの靴下の存在は、美優にはバレない。ジップロックに密封されている限り。
僕はその夜、二つのジップロックを並べてベッドの上に置いた。
右手に美優の靴下。左手にひまりちゃんの靴下。
まず美優の方を開封し、鼻に当てた。汗と体温の凝縮された、鋭い甘酸っぱさ。ナイフのように嗅覚を貫く、美優の匂い。体がパブロフの犬のように反応し、貞操帯の中でペニスが脈打つ。
次に、ひまりちゃんの方を開封した。
香りが、ふわりと広がった。桃。柔軟剤。少女の足の汗。美優の匂いとは対極にある、丸くて優しい匂い。風に舞う花びらのように、嗅覚の表面をそっと撫でていく。攻撃的な刺激ではない。ただ温かくて、ただ柔らかくて、ただ──胸が痛くなる匂い。
ペニスは反応しなかった。反応しなかったが、目頭が熱くなった。
(なんで……泣きそうになるんだ)
ひまりちゃんの匂いは、僕の体ではなく心に届いていた。
二つの靴下を、それぞれのジップロックに戻して密封した。
パイプベッドの下、雑誌の後ろの壁際に、二人の靴下をそっと置いた。重ねるのはなんだか悪い気がして、それぞれずらして立て掛ける。。
暗がりの中で二つの袋が並ぶ姿は、なぜか僕の人生の縮図のように見えた。
嘘と秘密と、二つの匂いに挟まれた夏休みは、まだ折り返し地点を迎えたところだった。