僕のファーストキスを奪った幼馴染が、超ドSだった件 作:微熱@
「美優に報告する必要はないわ。あたしが責任を持つ。ほら」
奈緒が鍵を僕の手に握らせた。小さな金属の塊の、冷たい感触。
「自分で開けて、自分で出しなさい。許可するわ」
指先が震えた。鍵を握り締める。この鍵を回せば、一ヶ月の拘束から解放される。溜まりに溜まった精液を、ここで全部吐き出せる。
だが──
(これは、違う)
僕の頭の奥で、何かが警鐘を鳴らした。
美優の顔が浮かんだ。冷たくて、怖くて、時々残酷で──でも、玄関で僕を見送る時にだけ見せる、ほんの僅かな柔らかい表情。「合格よ」と言った時の、嗜虐の中に混じる誇らしさ。靴下の匂いテストで百点を取った時の、あの──
(美優様の前以外では、出しちゃいけない)
理由を上手く言語化できない。論理ではない。ただ体が、魂が、そう言っている。美優以外の前で射精することは──裏切りだ。ひまりちゃんとキスしたことよりも、もっと決定的な裏切りになる。
「……すみません。出せません」
僕は鍵を奈緒に返した。
奈緒の目が、わずかに見開かれた。
「……へえ」
その一言に、複数の感情が積み重なっていた。驚き。興味。そして感心。
「出したいのに、出さないの? 一ヶ月以上溜まってるのよ?」
「出したい、です。でも……美優様の前じゃないと、出しちゃいけない気がして……」
「美優の前じゃないとダメ、か。それは美優の調教が上手くいってるってことね」
奈緒は鍵をポケットに戻し、僕の顔をじっと見つめた。
「それとも、それだけじゃないのかしら」
「え……」
「由紀人くん。ただの条件付けなら、もっと理屈っぽい理由が出てくるはずよ。『おあずけの約束だから』とか『怒られるから』とか。でもあんたは『気がする』って言った。本能で拒否してるのよね」
奈緒は腕を組み、何かを見定めるように僕を観察した。
「何か特別な感情があるんじゃないの? 美優に対して」
特別な感情。
それは何だろう。美優のことを好きなのか。飼い主として崇拝しているのか。それとも──
「よく分かりません」
「正直ね。まあ、それが一番正しい答えかもしれないわ」
奈緒は微笑んだ。今日一日で初めて見る、嗜虐でも観察でもない、純粋な笑み。
「合格よ、由紀人くん」
「え……」
「今日一日のテスト。あんたは合格。私が開けていいって言っても出さなかった。映画館で四回もドライオーガズムさせられて、体はもうぐちゃぐちゃのはずなのに、最後の一線で止まれた。大したものよ」
奈緒は立ち上がり、ベンチの前に回り込んだ。僕を見下ろす姿が、夕陽を背にしてシルエットになっている。
「ご褒美をあげる。本当にあたしの奴隷にしたいくらいだわ」
奈緒がシャツワンピースの肩を少しだけずらした。右腕を上げ、脇を露出させる。
うだるような夏の一日を歩き回り、薄っすらと汗ばんだ腋が、夕暮れの光の中で晒された。産毛を処理した滑らかな窪みに、てらてらと汗の膜が光っている。
「嗅ぎなさい」
命令だった。
僕はベンチに座ったまま、奈緒の腋に顔を近づけた。
嗅いだ瞬間、脳に爆発したような衝撃が走った。
足の匂いとは、全く違う世界だった。
最初に突き刺さったのは、薔薇の香水の変性した甘い残り香。朝つけた香水が、体温と汗の中で分解されて原形を留めなくなった、崩壊した甘さ。品のいい薔薇の香りが腋の体臭と溶け合い、退廃的で淫靡な匂いに変わっていた。
その下の層に、腋特有の匂いがあった。足とは異なるアポクリン腺由来の体臭──もっと動物的で、もっと直接的で、もっと性的な匂い。汗の中に含まれるフェロモンに似た有機化合物が脳の奥を叩き、視界が滲んだ。足の匂いが「訓練された嗜好」なら、腋の匂いは「本能に直接響く」匂いだった。
最深部に漂うのは、坂本家の姉妹に共通する体臭の底流。美優の足の匂いの遠い親戚のような、けれどもっと成熟して濃厚な、大人の女の体臭。十代の少女の匂いと二十歳の女性の匂いの決定的な違いが、ここにあった。皮脂の量、常在菌の種類、ホルモンバランス──全てが異なる、年齢を重ねた体だけが発する匂い。
「あっ……あぁ……」
声が自然に漏れていた。甘くて蕩けた、理性を手放した声。
貞操帯の中で、ペニスが狂ったように暴れていた。ケージの限界まで膨張した肉棒が冷たい金属に押し潰され、亀頭から先走りの液が溢れ出して下着を濡らしていく。
腋の匂いを嗅ぐのは、生まれて初めてだった。足の匂いは奈緒に開発され美優に調教された後天的な性癖だが、腋の匂いに対するこの反応は──もっと原始的で、もっと根源的だった。
「すごい反応ね。初めて腋の匂い嗅ぐんでしょ? 足より反応いいじゃない」
奈緒が楽しそうに笑った。
「もっと深く。奥まで吸い込んで」
言われるまでもなく、鼻が勝手に空気を吸い込んでいた。腋の窪みに鼻先が触れそうなほど顔を近づけ、奈緒の汗の膜を通して匂いの源泉を貪る。
甘い。重い。酸味がある。そして──どうしようもなく、性的だ。人間の腋の匂いがこんなにも直接的に性欲を刺激するものだとは知らなかった。進化の過程で人類がフェロモンを感知する機能を退化させたと言われているが、それは嘘だ。この匂いは間違いなく、生殖本能を即座に起動させるための化学信号だ。
「はぁっ……奈緒、さん……すごい……匂い……」
「でしょ? 足だけが匂いじゃないのよ。腋はね、もっと本能的な場所なの。人間が服を着る前から、この匂いで異性を惹きつけてたのよ」
奈緒は腕を下ろし、僕の顔を見下ろした。
「由紀人くん。今、出したい?」
「……っ、出し、たい……です……」
「さっきは断ったのに?」
「さっきと……今じゃ……違い、ます……匂いが……」
「ふふっ。でも、もう鍵は渡さないわよ。さっき断ったのは、あんたなんだから」
残酷な宣告だった。腋の匂いで限界まで興奮させておいて、射精の機会はもう与えてもらえない。
「あぁ……そんな……」
「自業自得でしょ? 出せる時に出さなかったのは、あんたの意志よ。その意志は立派だったけど、代償はあるの。これが大人の世界のルールよ、由紀人くん」
奈緒はしゃがみ込み、僕と目線を合わせた。夕陽に照らされた切れ長の目が、柔らかいのに底知れない光を帯びている。
「美優のこと、大事にしなさい。あの子は不器用だけど、由紀人くんのことを本気で考えてるわ。お姉さんとして保証する」
奈緒は僕の頭をぽんと撫でた。姉のような温もりと、けれど同時に危うさのある手つき。
「鍵は明日、美優に返すわ。今日のことは──腋の匂い以外は──美優に報告してあげなさい」
「腋の匂い以外……?」
「腋の匂いは、あたしと由紀人くんだけの秘密。美優に教えたら、あの子が嫉妬で手がつけられなくなるでしょ。ひまりちゃんだけでも大変なのに、これ以上嫉妬の対象が増えたら、収拾がつかなくなるわ」
奈緒はウインクをして立ち上がった。
「さっ、帰りましょう。今日のデート、楽しかったでしょ?」
帰りの電車の中で、僕は窓の外の黄昏時の景色をぼんやり眺めていた。
奈緒は隣の席で文庫本を読んでいる。何事もなかったかのように。
貞操帯の中では、まだペニスが脈打っていた。奈緒の腋の匂いの残像が嗅覚の奥に焼きつき、消えてくれない。
出さなかったことは正しかった。美優への忠誠として、それは正しい選択だったはずだ。
だが──今夜は寝付けそうにない。
(出せばよかったかも、しれない)
あの匂いの中で射精できたら、どれほど気持ちよかっただろう。
美優の足の匂いとは全く異なる、腋の匂いで迎える絶頂は、きっと今まで経験したことのない種類の快楽だったはずだ。
由紀人は電車の振動に身を任せながら、密かにそう後悔していた。
奈緒は文庫本のページをめくりながら、隣の少年の仄かな後悔の気配を、唇の端の微笑みで確かに拾い上げていた。