※この作品はR-18です。

スーパーチートオリ主が 謎催眠パワーでアルクェイドを恋人にして 桜を救ってもらうために聖杯戦争を頑張ってもらうお話   作:kitsutsuki

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02話

 

 

02話

 

 

 

「じゃ一旦ここでお別れだけど、

 冬木でアルクが頑張る姿はちゃんと見させてもらうから。

 ブチ切れて真祖大暴走とかしない欲しいけどね」

 

じとっとした目で太郎を睨んだ。

 

「しないわよ! ……たぶん」

 

「たぶん」がついた時点で説得力は皆無だった。

 

間桐の所業を目の当たりにした直後のアルクェイドが穏やかでいられるかは正直怪しい。

名残惜しそうに太郎の頬に手を当てた。

ついさっきまでの情交の熱がまだ残っている。

 

「ちゃんと見てなさいよ。かっこいいとこ見せてあげるから」

 

ふっと笑って、それから少し寂しげな顔になった。

 

「……次はいつ……」

 

聞いてから恥ずかしくなったのか、ぷいと顔を背けた。

視線が落ち着きなく揺れている。

 

最後にもう一度だけ太郎の方を向き直り。

 

 

「冬木の件、任せなさい。

 あの桜って子、絶対に笑えるようにしてみせる。……あなたに恥かかせたくないしね」

 

「英雄王ギルガメッシュとの決戦はちゃんとやってほしいな。

 俺はさ、アレの完全なる全力と真正面からの戦いで、アルクの完全勝利を見届けたい」

 

一瞬きょとんとして、それから獰猛な笑みが浮かんだ。

 

「あら、わかってるじゃない」

 

先ほど与えられた力の実感がある。

ビーストもORTも一蹴できる存在になった今、英雄王ごときに負ける道理がない

 

——だが、そういう話ではないのだろう。

 

正面から叩き潰す。それこそが太郎の望む「最強の証明」だった。

 

拳をぐっと握った。

 

「あの金ピカ、宝物庫の中身ぜんぶ引っ張り出させて、その上で潰すわ。

 泣かせてやろうかしら」

 

完全にスイッチが入った顔だった。

恋する乙女から最強の捕食者への切り替わりが鮮やかすぎる。

 

ウインクひとつ。

 

「特等席で見てなさい、私の旦那様?

 ——あ、まだ旦那様じゃないか。まあいいわ、そうなる予定だし」

 

そう言い残して、銀の光に包まれ始めた。

 

「行ってらっしゃい。ここで見届けているよ」

 

光の中で振り返り、満面の笑顔。

 

「行ってきます!」

 

銀光が弾けると同時にアルクェイドの気配が消えた。

冬木へ跳んだのだろう——文字通り瞬きの間に。

残されたのは情事の痕跡と、微かに漂う甘い残り香だけだった。

 

 

――そして。

 

 

太郎の視界に冬木市の夜景が映し出される。

まず最初に捉えたのは間桐邸。その屋根の上に金髪の影が降り立つ姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虫蔵の位置を正確に把握し、屋敷の壁を見下ろす。

怒りで瞳が紅く燃えていたが——太郎の言葉を思い出して深呼吸した。

 

「真祖大暴走はしない。しないったら」

 

小声の独り言。それから静かに蔵へ向かって歩き出した。

派手な破壊ではなく、一人の少女を闇から掬い上げるために。

 

アルクェイドはしっかり一般人とさほど大差ないレベルまで力を押し留めていた。

見事なものだった。

あれほどの力を得ておきながら出力を一般人レベルまで絞れるとは

——制御能力もまた規格外ということだ。

蟲蔵の周囲に巣食う使い魔たちがアルクェイドを察知する様子はない。

 

蔵の入口にしゃがみ込み、中の気配を探った。

少女の体内に巣食う蟲の一匹一匹まで把握できる。

吐き気がするほどのおぞましさだったが——歯を噛み締めて堪えた。

 

(怒るな。丁寧にやりなさい、私。太郎にそう言われたでしょ)

 

音もなく蔵の中に降り立った。薄暗い地下空間に少女の荒い呼吸だけが反響している。

 

闇の中から突然現れた人影に、怯えた目を向けた。

 

「だ、誰……ですか……?」

 

蟲が桜を守るように蠢くが、アルクェイドには脅威でも何でもない。

問題は——この少女にどう声をかけるかだった。

 

「まさか……敵のさ、サーヴァント?」

 

ぼろ布のような服の裾を掻き集めて体を庇った。ガタガタと震える歯の隙間から言葉が零れる。

 

「サーヴァント……? マスターを……殺しに……?」

 

桜にはマスターの自覚すらろくにない。

ただ聖杯の器として飼い殺されているだけだ。

目の前の金髪の女が何を意味するかも理解できず、本能的な恐怖だけで後ずさった。

背中が蟲壁にぶつかり、悲鳴を噛み殺す。

 

その姿を見て胸が軋んだ。だが顔には優しい笑みだけを浮かべた。

 

「違う違う。殺し屋なんかじゃないわ」

 

一歩だけ近づいて、そこで止まった。これ以上距離を詰めれば逃げ場がなくなる。

 

「私はアルクェイド。あなたを助けに来たの、間桐桜ちゃん」

 

助ける、という言葉に桜は困惑した。

意味がわからないという顔。助けられるという概念がそもそも存在しないかのように。

 

「たす、け……?」

 

少女の紫の瞳には疑念すらない。希望を知らない人間の目だった。

 

蔵の天井を突き破り、紫の長髪をなびかせた女性が着地した。

メデューサは蔵内の状況を一瞬で把握した。見知らぬ金髪の女。

怯える桜。そして蟲。鎖のついた短剣を構え、即座にアルクェイドと桜の間に割って入った。

 

「マスターから離れなさい」

 

本来の主従関係が偽臣の書によって歪められていたライダーだが、

この瞬間だけは本来の絆が勝ったらしい。

桜が危機に瀕していると感じ取れば、体は迷わず動く。

 

聞き覚えのある声と背中に、ほんの少しだけ震えが収まった。

 

「ラ、ライダー……?」

 

両手を上げて敵意がないことを示した。

 

 

「あらら、予想外の援軍。

 いや、当たり前と言えば当たり前なのかしらね。

 いいわ、説明するから落ち着いて聞きなさい石化の魔眼さん」

 

警戒を解かぬまま、低い声。

 

「信用できません。ここは間桐の領域です」

 

アルクェイドはにっこり笑ったが目は笑っていない。

 

「そうね、私もそう思う。だからこの家、もう潰していい?」

 

ぴたりと口を止めて、天を仰いだ。

家を潰す? これはちょい暴走か? 暴走で済む? 大暴走ではないけれど。

……いや待って。これ壊したら桜たちの住む場所なくなるじゃない。

暴走してる場合じゃないでしょ私。

 

太郎との約束が早くも揺らぎかけたが、ギリギリのところで踏みとどまった。

額にうっすら汗が光っている。

 

咳払いをひとつ。

 

「……ごめん、今のなし。穏便にいくわ」

 

怪訝な顔でアルクェイドを見ている。

突然現れて家を潰すと言い出し、また撤回する女。理解の範疇を超えていた。

 

おずおずとライダーの背から顔を覗かせた。

 

「あの……本当に、助けてくれるんですか……?」

 

膝をついて桜と目線を合わせ、柔らかく微笑んだ。

さっきの物騒な発言が嘘のような穏やかさ。

 

「ええ。ここから出ましょう。

 もう二度とこんな場所に来ないで普通のご飯を食べて、暖かい布団で寝て、学校に行く。

 そういう普通の生活、したくない?」

 

普通の生活、桜の瞳がわずかに揺れた。

そんな生活、桜が夢見ないわけがなかった。

しかし自分の心臓にはいるのだ。どうにもならない元凶が。

 

小さく首を横に振った。諦めきった笑い方だった。

 

「無理です……私の中に、おじいさまがいるから。逃げても、どこにいても……」

 

間桐の刻印虫は心臓に根を張っている。

物理的に引き剥がせば桜は死ぬ。

かといって放置すれば蝕まれ続ける。八方塞がりの檻だった。

 

ライダーは悔しげに拳を握りしめた。ライダーとしての、メデューサとして持つ技能でも。

さらに偽臣の書で縛られた身では、主を救う手段がない。

 

桜を見つめる朱色の眼が静かに光った。

 

「心臓にいる蟲ね。……見えるわ、全部」

 

力を抑えた状態でも、それくらいは視える。

数百、数千の小蟲が少女の心筋に絡みつくおぞましい有様が手に取るようにわかった。

そしてアルクェイドにはわかっていた——この程度、どうにでもなると。

 

桜の手をそっと取った。

 

「大丈夫。私、これでも治療は得意なの。痛くもしない」

 

信じられないという目。でも振り払う力も、拒む意思も、とうに残っていなかった。

 

「ほんと……に……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間桐邸の書斎で杯を傾けていた老翁の手が止まった。

五百年を生きた怪物の嗅覚が捉えたのは——微かな血の残り香。

 

それも古い血ではない。生命力に満ちた、極上の。

 

枯れ枝のような指が杯の縁を撫でた。蟲で構成された体の奥で思考が高速回転する。

金の髪、紅い瞳……血の匂い纏う女……

皺だらけの顔に笑みとも恐怖ともつかぬ表情が刻まれた。

 

「よもや……真祖……か?」

 

ありえない、と理性が叫ぶ。

真祖がこの極東の小競り合いに首を突っ込む理由がない。

だが老獪な魔術師の勘が警鐘を鳴らし続けていた。

桜の元へ向かったとすれば——器を奪いに来た?

 

影に溶け込ませていた蟲を一斉に邸内へ走らせようとして

——蔵からの信号が途絶えていることに気づいた。蔵に仕込んだ監視蟲が全滅している。いつの間に。

 

「……何が起きておる」

 

老人の声は平静を装っていたが、杯を持つ手が微かに震えていた。

 

 

しかし心臓に潜む本体は気がついた。気がついてしまった

――この目の前に現れた存在の正体に。

 

老体が椅子から転がり落ちるように立ち上がった。

 

 

「馬鹿な——馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」

 

 

五百年以上の生涯で積み上げた矜持が一瞬で崩れ落ちた。

本体である蟲の集合体が蔵へ向けて走り出す

——桜という器に逃げ込まねば消される。その恐怖だけが老人を支配していた。

 

廊下を這いずりながら蟲を総動員する。百、二百——いや、五百。数に任せて蔵を目指す。

だが遅い。あまりにも遅かった。

蔵の中で桜に触れていた手をそのまま、入口の方へ視線だけ向けた。這い寄る蟲の群れが見えた。

 

「あら、来ちゃった」

 

 

声色に緊張は微塵もない。道端の虫を見る程度の関心すらない。

桜とライダーを背に庇うように立ち上がり、指先で空を払った。

 

「ごめんね、ちょっとうるさいの来るけど——すぐ終わるから」

 

蔵に殺到した蟲が一匹残らず空中で停止した。

見えない力に押さえつけられ、身動きひとつ取れぬまま宙に浮いている。

 

「ひっ——」

 

間桐臓硯の悲願が黄金と呼ばれる魔眼のひと睨みの終了する

これで蟲の全てを終わらす準備は整った。後は――

 

振り返ってライダーに軽く手招きした。

 

「ねえ、ちょっとこっち来てくれない?」

 

ライダー警戒しつつも桜のために一歩前へ出る。

 

「何を——」

 

ライダーの肩にぽんと手を置いた瞬間、石化の魔眼が解放された。

 

蔵中に充満していた蟲の大群が一瞬にして灰色に染まり、硝子のように砕け散った。空中に固定されていた五百の軍勢が塵となって崩壊する。

 

本体である最後の一匹——親指ほどの蟲が床に落ち、ぴくりとも動かなくなった。

 

五百年。それだけの歳月を費やした妄執が終わった。

断末魔すら上げられなかった間桐臓硯という存在は、文字通り「見て」終わったのだ。

 

自分の中から何かが消えていくのを感じた。

ずっと体の内側を這い回っていた不快な感覚が嘘のように消失する。

目を見開いて胸に手を当てた。

 

「え……?」

 

何が起きたか理解が追いつかず、呆然と立ち尽くしていた。

間桐桜とライダーは混乱の極みだった

 

しかしライダーは気がついた。同じ吸血を行う同類のような匂いに

 

はっと鼻腔を刺激する匂いに意識が引き戻された。

血——それも人間の血ではない、もっと根源的な何か。

 

「あなたは……吸血種ですか」

 

問いかけというより確認だった。

同じ夜の眷属として、隠しようのない共通の芳香。

ただし格が違いすぎて正確な判別がつかない。蛇が太陽を嗅ぎ分けられぬように。

 

ライダーの言葉にびくりと身を強張らせ、桜はアルクェイドから距離を取ろうとした。

 

吸血鬼——化け物。

 

蟲の犯され続けていた自分もまたそうであるという事実が重くのしかかる。

 

アルクェイドは慌てず騒がず、ひらひらと手を振った。

 

「あー、まあそういうことになるけど。安心して、別にあなたたちを食べたりしないから。むしろ——」

 

桜に向き直ってしゃがんだ。

 

「ふふ、同類でしょ?

 私たち。

 私もね、人間じゃないの

 でもちゃんと幸せに暮らしてるわよ」

 

「ちゃんと」の部分で若干頬が赤くなったのは太郎のことを思い出したからだろう。

 

アルクェイドの赤らんだ顔を見て、少しだけ肩の力が抜けた。

怖い存在のはずなのに、なんだか普通の女の子みたいで。

 

 

「幸せ……なんですか? 人じゃないのに?」

 

あっけらかんと笑った。

 

「めちゃくちゃ幸せよ。好きな人がいるとね、種族とかどうでもよくなるの」

 

あまりにあっさりした回答に桜は面食らったようだった

「好きな人」という概念が自分に結びつく日が来るとは思ってもいない。

 

 

ライダーは状況の整理を諦めたように小さく息を吐いた。

主の呪縛は解かれた。目の前の間桐臓硯の残骸がその証拠だ。

ならば今はこの金髪の吸血種に賭けるしかない。

 

「……主を害さぬという言葉、信じましょう」

 

ぱちんと指を鳴らした。

 

「よし、じゃあまずここ出ましょ。こんなジメジメした場所にいたら気が滅入るだけだわ。

 外に美味しいたい焼き屋があるの知ってる? 奢ってあげる」

 

たい焼き。その単語に桜の目がほんの少しだけ輝いた。

しかし今は聖杯戦争の真っ只中。そのうえ戦闘が行われる夜中だ。

いいのだろうか? 桜は思う

おどおどと蔵の出口を見上げながら。

 

「でも……外にはマスターたちがいて……危ないんじゃ……」

 

聖杯戦争はまだ続いている。サーヴァントを連れて夜の街を歩けば狙われるのは必至。

ましてやライダーは弱体化したまま。常識的に考えれば自殺行為だった。

 

アルクェイドはぽりぽりと頬を掻いた。完全に失念していた顔である。

 

「あー……そっか。戦争中だっけ、そういえば」

 

ライダーの呆れた目。

 

「忘れていたのですか」

 

開き直った笑顔を浮かべて。

 

「大丈夫大丈夫、私がいれば。あなたたちは見学でもしてて。散歩よ散歩」

 

実際、この金髪の女にとって冬木のサーヴァントなど何の脅威にもならない。

問題があるとすれば、またうっかり家ごと吹き飛ばしかねないことくらいだった。

 

それでも桜は迷っている。夜の世界を自由に外を歩くということ自体が怖い。

 

許されるのかわからない。すでに許さない存在が消えたことは分かっていてもまだ実感がない。

アルクェイドはそっと桜の背に手を添えた。押すのではなく、ただ温もりを伝えるように。

 

 

 

地獄からすくい上げるという目的の第一段階はクリアできた。

まだ問題は山積みであるが。

 

 

どうして助けに来てくれたのかと桜は思う。

相手は完全に見ず知らずの人間なのだ。いや吸血鬼なのだ。

聞いたことはある。死徒と呼ばれる類の者なのだろうか?

 

蔵から出て夜風に当たった瞬間、桜の足が止まった。冬の冷気が肌を刺す。

 

——なぜこの人は見ず知らずの自分を助けたのだろう。

 

 

「あの……」

 

振り返った桜の目には純粋な疑問があった。死徒——人を喰らう化物。

そう聞いたことがある。

なのにこの朱い瞳の人は、どういう理由か笑って、たい焼きを奢ると言う。

 

言葉を選ぶように唇が震えた。

 

「どうして……私なんかを?

  私、何もできないし……誰にも必要とされてないのに……」

 

ライダーは主の横顔を見つめて目を伏せた。

否定したいが、その言葉が真実であることを誰より知っている。

 

アルクェイドは足を止めて夜空を見上げた。

星が綺麗だった。少し考えてから、正直に答えた。

 

「頼まれたから、っていうのもあるけど」

 

視線を桜に戻す。

 

「あなたが不憫だって聞いたの。毎日ひどい目に遭ってて笑えない子がいるって。……でもね」

 

一拍の間。

しゃがんで桜と目を合わせ、真っ直ぐに言い切った。

 

「今は理由なんてなくていいわ。

 とりあえずたい焼き食べましょう。甘くてあったかいよ」

 

もちろん桜もたいやきの味ぐらいは知っていた。

完全に閉じこもって生活しているわけじゃないのだ。

しかし、妙にあたたかく心に響いた。

 

ライダーは聖杯から与えられている現代知識、現代の魔術的な知識を深く探っていく。

聖杯から流れ込む知識の海を深く潜った。

「吸血種」「死徒」——断片的な情報が繋がっていく

 

「おー、あんこ。しっとり甘い。尻尾までたっぷりじゃない。

 ほら、桜ちゃんも食べて食べて」

 

吸血種であることは間違いない。

しかし、たいやきを食べる目の前の存在が単なる死徒のわけがない。

死徒は吸血によって堕ちた元人間。劣化した存在

 

聖杯の知が告げるその答えは——「星の触覚」「最も古き一」

根源の渦から直接生まれた、世界の端末。

答えは出てくる

 

 

真祖という答えだ。

 

 

血の気が引いた。

 

「真……祖……」

 

神代の怪物であるライダーですら畏怖を禁じ得ない名だった。

目の前にいる金髪の女がそうだというのか。死徒二十七祖を統べる上位者。

いや、その上すら超越した原初の一。

 

桜はライダーの様子に不安そうな顔を向ける。

 

「ライダー? どうしたの……?」

 

震える膝を意志の力で抑え込んだ。

ここで崩れれば桜を守れる者がいなくなる。深々と頭を下げた。

 

「知らぬこととはいえ無礼を。どうかお許しを——」

 

たい焼きを指差しながらけらけら笑っていた。

 

「やめてよそういうの! さっきまでと同じでいいってば。

 ほら桜ちゃん、あんこ味とカスタード味どっちがいい?」

 

サーヴァント相手では自分の正体があっさりバレてしまうことに、少し思い悩む。

桜のたい焼きを選びながらも、ちらりとライダーを横目で見た。

 

(……サーヴァントって聖杯から知識もらってるのよね。

 そりゃバレるか。ちょっと迂闊だったかな)

 

真祖であることが露見すれば厄介事が倍増するのは目に見えていた。

教会が嗅ぎつければ代行者の群れが飛んでくる。魔術協会も黙ってはいまい。

だが今この場でそれを気にしても仕方がなかった。

 

開き直ることにしたようだ。ふっと肩の力を抜いて。

 

「まあいいわ。どうせこの聖杯戦争終わったら関わる人たちじゃないし」

 

桜はおずおずとついてきながら。

 

「あ、あの……真祖って……すごいんですか?」

 

振り返って人差し指で自分のこめかみをとんとん叩いた。

 

「すごいかどうかはさておき、あんまり言いふらさないでね?

 私ただのたい焼き好きのお姉さんでいたいの」

 

真顔のライダーがポツリと呟く。

 

「それは無理があるかと」

 

冬の商店街の片隅をたいやきを食べて歩きながら

アルクェイドは聖杯の異常について説明をしていく。

 

「実はね、この冬木市の聖杯って、ぐっちゃぐちゃに汚染されてるのよ。

 だからね、勝者になっても願いは叶えられないわ。ライダーには悪いんだけど」

 

聖杯が汚染されている?

それは勝者になった所で願いが叶わないことになる。

 

桜はたい焼きを両手で包んだまま、ライダーを見つめた。

 

「ライダーは……それでいいの?

 呼ばれたからには叶えたい願いがあるんじゃ……」

 

静かに首を横へ振る。その動作に迷いはなかった。

 

「私の願いは――」

 

ライダーは少し迷いながら、少しだけ嘘をつくことにした。

それでも真っ直ぐ桜を見た。

 

「かつて私の知り合いにも、あなたのように囚われた少女がいました。

 いつかバケモノになるかもしれなかった。

 だから……この戦いでは、せめてそういう子を助ける側でありたかった」

 

目に涙が滲んだ。桜の持っていたたい焼きがぐにゃりと歪む。

アルクェイドは三個目のたい焼きをもぐもぐしながら目を細めた。

何か言いたそうにしたが、ここは黙って聞く場面だと判断したらしい。空気の読める真祖である

 

商店街に沈黙が降りた。遠くで野良猫が一声鳴いた。

 

アルクェイドは今回の聖杯戦争の説明を続けていく。

前回の生き残り、ぶっとび英霊のサーヴァント。

ギルガメッシュが受肉して教会に残り続けていることまで。

 

冷静に状況を分析する声に切り替わった。

 

「さて、これからどうしようか」

 

「定石としては待ちの姿勢が妥当でしょう。ですが——」

 

問題はギルガメッシュの存在だった。

英雄王は前回の聖杯戦争の勝者であり、受肉してなお生き続けている規格外の英霊。

この男が最後に残るのは確定事項に近い。

 

たい焼きの袋をくしゃりと丸めた。

 

「金ぴかよ、金ぴか」

 

眉をひそめた。

 

「ご存知なのですか?」

 

肩をすくめて。

 

「会ったことはないけど。

 世界全部の宝物持ってるやつ。反則でしょあれ」

 

不安げに。

 

「そんなに強い人が最後まで残ったら……どうなるんですか?」

 

腕を組んで夜空を睨んだ。

 

「聖杯の汚染も知った上で、それでも願いを叶えようとするタイプよあいつ。

 最悪、力ずくで聖杯ごと書き換えるかも」

 

 

拳が白くなるほど握られた。

そうなれば冬木だけでは済まない。

 

三人の間に重い空気が落ちる。「待つ」だけでは足りない。

英雄王が聖杯に手をつける前に動かなければ、すべてが台無しになる。

 

アレを反則というのであれば、アルクェイドの方が圧倒的に反則ではあった

ライダーは思わず口を開いた。

 

「失礼ですが……真祖であるあなたの方がよほど——」

 

ぶんぶんと手を横に振って遮った。

 

「いやいやいや! 私のはゴリ押しなのよ! あいつのは理詰めの反則! 質が違うの!」

 

否定しているが説得力は皆無だった。

星を砕ける存在と無限の財宝を持つ存在。どちらが反則かは議論の余地がある、

一般的な「厄介さ」で言えば確かに英雄王に軍配が上がるかもしれないが。

 

桜は二人のやり取りを見て少しだけ口元が緩んだ。

こんな状況なのに笑いそうになるなんて久しぶりだった。

 

真面目な顔に切り替えて指折り数え始めた。

 

「整理するわよ。

 あいつが動き出す前に聖杯の中身をどうにかする必要がある。

 でも壊したら街が吹っ飛ぶ。……詰んでない?」

 

苦い顔。

 

「聖杯の浄化が可能であれば最善ですが、そのような術を扱える者は——」

 

ふと手が止まった。

 

確か柳洞寺に居を置くキャスターのサーヴァントであるコルキスの王女

彼女は魔術師としてのサーヴァントとして召喚できる存在としてはほぼ最良だ。

技量的に、理論上は浄化は可能である。

 

「いるけど、どうかしら? あまり期待はしない方がいいかも。でも確かに希望はあるわね」

 

「じゃあ……もう解決ですか?」

 

指折り確認する。

 

 

「えーと、大聖杯浄化して、ギルガメッシュをなんとかして、他の参加者をうまく——」

 

冷ややかにライダーが言う。

 

「一番の問題がまだ残っています」

 

うっと言葉に詰まる。

そう、最大の難題は「いかにして被害を出さずに」終わらせるかだった。

たとえば力任せに聖杯を破壊すれば衝撃波で街が半壊する。

英雄王と戦えばその余波で冬木が地図から消える。

結局のところ、何をするにも加減が必要なのだ。

 

ベンチから立ち上がって伸びをした。

 

「よし、同盟で詰めていきましょう。

 同盟交渉ね。遠坂のとこのアーチャーなら頭いいし話わかるでしょ」

 

「遠坂先輩……ですか」

 

「あ、そっか」

 

しまった、という顔。

事前情報から、この2人のなんとも言いにくい関係が続いているのをアルクェイドは思い出した。

 

「遠坂先輩なら……話せばわかってくれると思います。たぶん」

 

遠坂凛と間桐桜には面識がある。

表向きは学園の先輩後輩、裏では魔術の名門同士。実体は姉妹。

 

「ひょっとして、アルクェイドさんは他の参加者も知っているんですか?」

 

「う、まぁーね。ちょっと言いにくいんだけど、衛宮士郎くん」

 

「――え? 先輩が」

 

 

衛宮士郎

彼は間桐桜を救うためにもっとも重要なピースでもある。

 

「その士郎くんがモグリの魔術師だってことは、桜ちゃんも知っているわよね?」

 

「……その、はい。ごめんなさい」

 

「あー、いやいや、別に私に謝らなくていいからね」

 

 

桜は衛宮家に通うことを祖父から命令されていたのだ。知らないはずがない。

衛宮の倅。魔術師だった養父、衛宮切嗣の子供。

衛宮士郎にはほとんど魔術師としての知識はないが、それでも危険すぎた養父から何かを託されている場合もある。

 

少年の正体を知っているアルクェイドにしてみれば、

彼とアーチャーの関係も胃が痛くなる話だった。

平行世界の衛宮士郎、その成れの果てがあの赤い弓兵なのだから。

 

ともかく桜にとって愛すべき日常の風景である衛宮士郎の方を先にした方がいいのだろう。

足を止めて少し考えた。

 

「そうね。先に士郎くんの家にしましょ」

 

歩き出しながらぼそりと。

 

 

「士郎くんに自分が将来どうなるか教えるべきかしら……」

 

 

ライダーの怪訝な目。

 

「何の話です?」

 

アルクェイドの乾いた笑い。

 

「人生のネタバレって残酷だなって話」

 

深夜の衛宮家。土蔵で魔術の鍛錬をしているであろう少年の姿が容易に想像できた。

そして何より——桜にとって衛宮の家は特別な場所だった。

壊れかけた日常の中で唯一「家庭」の温もりが残っていた場所。

その提案に一瞬目を見開いた後、こくりと頷いた。

 

「先輩の……家……」

 

声がかすかに震えていたが、嫌がっている様子ではなかった。むしろ縋るような響きがあった。

桜の表情を見て微かに目を伏せる。

方角を確かめながら。

 

「確か深山町の方よね。……桜ちゃん、案内お願いできる?」

 

袖で目元をぬぐって、小さく立ち上がった。たい焼きはちゃんと全部食べ終わっていた。

 

「こっちです」

 

3つの影が深夜の住宅街を進む。

先頭に立つ少女の足取りは危うげだったが、確かに前を向いていた。

 

衛宮家の玄関前にたどり着いたのは午前一時を回った頃だった。

古びた日本家屋は静まり返っている——ように見えた。

土間の向こう、居間の障子の隙間から明かりが漏れている。

 

インターホンの前で指が止まる。震える手。

 

ぽん、と桜の肩に軽く触れた。

深呼吸をひとつ。ぴんぽーん、と間の抜けた電子音が冬の夜気に響いた。

数秒の沈黙の後、どたどたと廊下を走る足音。がらりと引き戸が開いた。

 

ジャージ姿に竹刀を片手にした少年が目を丸くした。

 

「桜? ——と、えっと……」

 

 

士郎の視線がアルクェイド、ライダーと移っていく。

警戒心が一瞬で最大まで跳ね上がったのが見て取れた。

竹刀を構え直して桜の前に出ようとした。

 

「こんな時間にどうしたんだ。後ろの人たちは——」

 

先輩、と桜の小さな声が夜気に溶けた。

 

 

 

 

 

アルクェイドはあれと思った? おかしい?

目の前の少年は、まさかセイバーを呼んでいない? 

 

 

アルクェイドの思考が一気に加速した。目の前の間桐桜は既にライダーと契約している。

つまり本来の歴史とは流れが変わっている、いや、いない? ——ということは。

 

さりげなく玄関脇の新聞受けに目をやった。「新都連続ガス漏れ事件」の見出しが目に入る。

 

(まだ序盤……どころか始まってすらないじゃない)

 

衛宮士郎がセイバーを召喚するのは今夜か、あるいは明日か。

聖杯戦争の火蓋が切られる前の静寂。

ということは、この時点で遠坂邸ではアーチャーの召喚すらまだ行われていない可能性が高い。

凛はまだ普通の女子高生として眠っている時間帯だ。

 

士郎は桜を背にかばいながら。

 

「なあ、桜。何があった? こんな時間に来るなんて普通じゃないだろ」

 

口ごもる。何から話せばいいのかわからない。

一歩前に出た。敵意がないことを示すように両手を見せて。

 

「ごめんね、驚かせて。ちょっと話がしたくて来たの。——聖杯戦争について」

 

その一言で顔色が変わった。

どうやら名前ぐらいは聞いたことはありそうだ。おそらくは衛宮切嗣、彼の養父によって。

竹刀の構えがわずかに揺らいだ。

 

「聖杯……戦争……」

 

 

少年の脳裏に養父の背中がよぎった。

 

「正義の味方になりたい」と夢を語った夜のこと。

 

切嗣が一瞬だけ見せた苦い顔。「いずれ知ることになる」と言われた言葉の意味を、士郎はまだ正確には理解していなかったが——言葉だけは確かに聞き覚えがあった。

 

ごくりと唾を飲み込んで。

 

「爺さん……親父から……少しだけ。でも詳しいことは何も——」

 

ちらりと桜を見る。

 

「とにかく中に入ってくれ。外じゃ話もできない」

 

士郎は竹刀こそ手放さなかったものの、少なくとも門前払いにはしなかった。

相手が桜と一緒にいるという事実が判断を後押ししたのだろう。

 

ほっとしたように息を吐いて敷居をまたいだ。

靴を脱ぎながら小声。

 

(さて、どこまで話したものかしら。この子まだ何も知らないんだもの)

 

確か衛宮士郎という少年は聖杯戦争という言葉自体も知らなかったはずだ。

そこは少し違った。

この程度は多少のズレと言ってしまえばそれまでだが。

世界とはそういうこともあるのだろう。何しろ例外ばかりの聖杯戦争なのだから。

 

最後に入って戸を閉めた。周囲への警戒は怠らない。

居間に通されてちゃぶ台の前に座りながら切り出した。

 

 

「私のことはいったん置いといて。桜とライダーから話してもらうから。ね?」

 

賢明な判断だった。真祖ですと名乗れば話がこじれる、

いや真祖という言葉すら少年は聞いたことすらないはずだが。

 

「その、先輩に聞いてもらいたことがありまして……」

 

「ほら。ちょっと勇気出そうか、桜ちゃん。大丈夫だから」

 

正座して士郎に向き合った。

アルクェイドに背中を撫でられる。

桜は震えながらも、ぽつりぽつりと話し始める。

間桐の家でのこと。刻印虫のこと。ライダーとの契約のこと。

 

アルクェイドも補足するように簡潔に状況を述べた。

聖杯戦争の仕組み、サーヴァントとは何か、七人の魔術師と英霊の殺し合い。

 

士郎は黙って聞いていた。顔が蒼白になっていく。

そしてライダーが士郎の左手に目を向けた。

 

「少年。その手の包帯を外してもらえますか。」

 

無意識に左手が左手首を押さえた。

士郎にとっては何かで怪我をした思って包帯を巻いていただけのもの。

 

「え——」

 

ライダーは淡々と。

 

「令呪。マスターの証です」

 

血の気が引いた顔で自らの手を見下ろす。

赤い紋様が包帯の下からうっすらと透けていた。

 

桜には先にちょっと説明をしておいたことを、アルクェイドが士郎に伝えていく。

衛宮士郎の体の中には、端的にものすごいものが埋め込まれている。

聖遺物。イギリスが大騒ぎするレベルのもの。

養父が衛宮士郎を助けるために埋め込んだものが存在している。

 

目をぱちくりさせた。

 

「聖遺物……?」

 

さらりと。

 

「そう。表に裏に。

 イギリスの大英博物館とか魔術協会もひっくり返るレベルの代物」

 

困惑した顔で自分の体を見回す。

 

「爺さんが? 俺を助けるためって——何のことだ」

 

衛宮切嗣が死に際の士郎を発見した時に救うために埋め込んだ聖遺物。

それがセイバー——アルトリア・ペンドラゴンを召喚する触媒となる。

アーサー王の聖剣の鞘。この少年は体内に抱えているのだった。

 

さっき自分が説明した時にはそこまで踏み込まなかった

桜は少し戸惑った目でアルクェイドを見た。

大丈夫、というように小さく顎を引く。

右の拳を握りしめた。

 

「ものすごいものって言われても全然実感ないぞ。俺はただの——」

 

遮るように人差し指を立てた。

 

「ただの高校生、でしょ。わかってる。

 でもね士郎くん、その令呪とその体の中身が他のマスターに知れたら狙われるわ。

 ――命ごとね」

 

 

ぞくり、と背筋が粟立った。

にこっと笑ったが目は笑っていない。

 

「ついでに聞きたいんだけど、この家の土蔵って見せてもらえる?

 魔法陣とか描いてあったりしない?」

 

ぎくりとした。

 

「な、なんで土蔵のこと——」

 

図星だった。衛宮士郎は毎晩のように土蔵で魔術回路の訓練をしている。

そこに万が一もある。——今夜にでもサーヴァントの現界が起きかねない。

 

観念したように立ち上がって廊下へ向かった。

 

「……こっちだ。散らかってるけど」

 

案の定だった。土蔵の床にはうっすらと、しかし確かに魔力の痕跡が刻まれている。

そこは、かつての第四次聖杯戦争でアイリスフィールが横になっていた場所。

まるで聖杯自身が衛宮士郎に戦争に迎える準備を整えていたかのようだった。

 

しゃがみ込んで指先で魔術の跡をなぞった。目を細める。

 

「あー……これもう起動しかけてるわ。いつ火がついてもおかしくない」

 

顔面蒼白になる衛宮士郎

 

「マジかよ……」

 

不安そうに桜が土蔵の入り口から覗き込んでいる。

 

アルクェイドの見立てだが、これは間違いない。

召喚呪文を唱えれば、今すぐにでも呼べる。

相手は間違いなく埋め込まれた聖遺物の所有者がくる

 

ぱんと膝を叩いて立ち上がり、振り返ってにっこり笑う。

 

 

「大丈夫。呪文唱えれば今すぐ来てくれるわ。

 ——可愛い子よ? 金髪で綺麗な子。きっと仲良くなれる」

 

耳が赤くなった。

 

「か、可愛いって——そういう問題じゃないだろ!」

 

ぴくりと桜が反応した。金髪。可愛い。女の子。先輩と相性がいい。

心の中の何かがちくりと痛んだ。

 

その微妙な空気を読み取って一瞬ひやりとしたが——すぐにケラッと笑い飛ばした。

 

「まあでも安心して桜。

 士郎くんにはちょっともったいないくらいの美人さんだから」

 

どういうフォローだよそれ、と言いたげな顔。

 

ライダーは土蔵の壁に寄りかかって腕を組んだまま。

 

「それで、どうするのです。サーヴァントを呼ぶのですか」

 

土蔵に全員の視線が集まった。魔法陣は起動寸前。

あとは士郎の意志ひとつ。そしてその傍らには、複雑な感情を抱えた少女が立っている。

 

指折り数えるように。

 

「問題点をまとめるとね。

 一つ、士郎くんの魔術回路じゃセイバーの維持がキツい。

 二つ、そもそも魔術師としての基礎がゼロ。魔術回路を毎日作るとか頭おかしいアタオカよ。

 三つ——」

 

ぴっと天井を指差した

 

「もう猶予がない」

 

むっとした顔。

 

「頭おかしいって……毎日鍛えてたんだぞ俺は」

 

容赦なく。

 

「うん、知ってる。だからこそよ。独学で回路こじ開けるのって本来死ぬほど危ないの」

 

 

桜はおろおろと士郎とアルクェイドを交互に見る。

しゃがんで士郎と目線を合わせた。声のトーンが少しだけ柔らかくなる。

 

「あのね、士郎くん。あなたのお父さんがなんで聖遺物を埋めたかわかる?

 生き延びてほしかったからよ。

 なのに召喚した瞬間に魔力切れで倒れましたじゃ本末転倒でしょ」

 

ぐっと言葉に詰まった。

 

ライダーが静かな声で。

 

「基礎を学ぶ時間がないのなら、別の手段を考えるしかありません」

 

うーんと唸って頭の後ろを掻いた。

 

ぱちんと指を鳴らした。

 

「あ。そっか。私あれ使えるんだった」

 

ここは裏技で、魔術回路をどうにかしてしまおう。

裏技も裏技、チートも、チート。空想具現化である。

 

空想具現化——アルクェイド・ブリュンスタッドの切り札。

虚数空間に干渉し、現実を書き換える能力。

本来は真祖としての膨大な魔力があって初めて成立する荒業だが、

今のアルクェイドにとってはもはや無制限。

魔術回路の生成・強化程度なら造作もない。

 

士郎は嫌な予感がしたのか一歩後ずさった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんかすごく怖いこと言ってる気がするんだが」

 

桜は少し目を輝かせている。

ライダーに真祖と呼ばれたアルクェイドの力を間近で見られることに純粋な好奇心が勝ったらしい。

 

ひらひら手を振った。

 

「大丈夫大丈夫。痛くしないから。——たぶん」

 

「たぶん」に引っかかった顔。

 

ライダーの溜息。

 

「結局力技ですか」

 

てへっと舌を出した。チートはチートらしく使うのが一番早い。

 

「せっかくだから私の格好いい所を見せてあげましょう」

 

すっと背筋。そして右腕を伸ばした。空気が変わる。

 

「じゃ、すっごく格好いいとこ見せてあげる。——刮目しなさい」

 

 

 

 

世界が、軋んだ。

深夜の土蔵が一瞬にして塗り替わっていく

 

——月光を纏った千年城ブリュンスタッドの幻影。

 

蒼と金の荘厳な居城が虚空に浮かび上がり、三人の目を奪った。

 

 

 

士郎は息が止まった。言葉が出ない。美しいとか怖いとか、そういう次元の話ではなかった。

 

桜は口元を両手で覆って涙ぐんでいた。恐怖ではない。圧倒的な美の前に、ただ感情が溢れただけだった。

 

ライダーの紫の瞳が大きく見開かれている。石化の魔眼を持つ女が、石のように固まっていた。

 

 

そしてアルクェイドが手をかざした瞬間、士郎の中を何かが駆け抜けた。

 

 

痛みはない——嘘のように。

 

 

 

遠坂凛が宝石を飲み込ませるというあの乱暴な手法とは比較にならない精密さで、

衛宮士郎の中に眠っていた回路が一本残らず目覚めていく。

蛇口をひねるように、開閉が自在にできる状態で。

 

自分の手を開いたり閉じたりした。体の奥に今までなかった回路の存在をはっきりと感じ取れる。

 

「これ……全然違う。今までと——」

 

ふふん、と得意げに髪をかき上げた。

 

「どうよ。私ってなかなかできるのよ。惚れちゃダメだけどね」

 

頬を赤くして目を逸らす。

 

「ほ、惚れるとかそういうのじゃ——ただ、すごいのは認める」

 

桜がくすっと小さく笑った。今日初めての笑顔だったかもしれない。

 

ふふーんと鼻歌でも歌いそうな勢いで。

 

「でしょでしょ? 私ってなかなかやるのよ。もっと褒めてくれていいのよ?」

 

咳払いひとつ。

 

「浮かれるのは結構ですが。これで召喚の条件は整ったということですか」

 

 

ライダーの一言で空気が引き締まった。

そうだ。回路は開かれた。土蔵の魔法陣も起動寸前。

あとは士郎が呼べば——セイバーが来る。

そして桜が士郎に召喚の呪文を教えることになった。

 

ごくりと喉を鳴らして土蔵の中心に立った。

二人と一騎の目が見守る中、少年は拳を胸に当てる。

 

 

「——素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 

 

召喚の詠唱が始まった瞬間、地面の魔法陣が眩い光を放ち始めた。光の奔流が土蔵を満たしていく。

 

「――汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

光が収束し、人の形を成していく——金色の髪。青と銀の甲冑。凛とした碧眼が開かれ、不可視の剣を携えた騎士王がそこに立っていた。土蔵という場違いな空間に。

 

鋭い眼差しで周囲を見渡し——士郎を捉えた瞬間わずかに目元が緩んだ。

 

 

 

「問おう。あなたが私のマスターか」

 

 

 

膝が震えていた。目の前にいる存在の重圧が肌を焼く。それでも真っ直ぐに目を見返した。

 

「ああ——俺が、お前のマスターだ」

 

わずかな間。それから静かに頭を下げた。

 

「——承知した。この剣、あなたに預けよう」

 

 

召喚は成功した。完璧に。士郎も倒れていない。アルクェイドの裏技が功を奏した形だ。

セイバーの碧い瞳が士郎から離れ、その後ろに並ぶ面々を順に見据えた。

 

剣の柄に手を添えて。

 

「それで——この者たちは敵か、味方か」

 

「敵だったらこんなにねぇ? 雰囲気とか読めないの? かわいい騎士王さんは」

 

 

 

眉がぴくりと動いた。

 

「かわいい」という形容がよほど想定外だったのか、一瞬だけ虚を突かれた顔をした。

 

「かわっ――いや、私の真名まで」

 

「はいはい。そういうのはいいから」

 

敵であれば悠長に茶など飲んでいまい。

セイバーはちらりと周囲の人間を見渡す。

召喚前に、いつの間にか士郎がお茶を人数分出していたらしい。

 

ぷっとアルクェイドは吹き出した。

 

「あ、ちゃんと見てるじゃない。かわいいの自覚ないタイプ?」

 

こほん、と咳払いして表情を引き締めた。

 

「私は騎士の王としてここに参じた身だ。からかうのはやめてもらおう」

 

士郎がおろおろと二人の間に割って入ろうとする。

 

「え、えーと、とりあえず紹介するから——」

 

 

 

桜はセイバーをじっと見つめていた。

本当に綺麗な人だった。

胸の奥がちくっとする。でも同時に

——先輩が無事に召喚できたことへの安堵が勝っていた。

 

アルクェイドの掌が桜の背にそっと触れて、ぽんぽんと二回。それだけの動作だった。

びくっとして振り返る。目が合った瞬間、自分でもよくわからない感情が込み上げてきて

 

——唇を噛んだ。

 

何も言わない。ただ微笑んでいるだけ。

ぎゅっとスカートの裾を掴んで、それからふっと力を抜いた。小さく呟く。

 

「……ありがとう、ございます」

 

それが何に対する礼なのか、桜自身にもよくわかっていなかったかもしれない。

背中をさすられたことか、一緒にいてくれていることか、それとも

——この複雑な気持ちを見透かされた上で何も追及されなかったことか。

 

セイバーはそんなやり取りを横目に見て、士郎に小声で聞く。

 

「あの者たちは、あなたにとってどういう存在だ?」

 

頭をがりがり掻いて。

 

「説明すると長くなるんだけど——とりあえず、敵じゃない。それだけは確かだ。」

 

 

 

居間に戻り、5人はコタツを囲った。

アルクェイドもすとんと姿勢を正して、真面目な顔に切り替えた。

さっきまでのふざけた空気は消えている。

 

「単刀直入に言うわ。同盟を組みに来たの。

 桜ちゃんとライダー、そして私——士郎くんたちと」

 

目つきが鋭くなる。戦の話になると瞬時に王の顔になる。

 

「同盟か。——理由を聞こう」

 

人差し指で宙にくるりと円を描いた。簡潔に。

 

「理由は三つ。一つ、この聖杯戦争は普通じゃない。私の情報筋によるとね。

 二つ、戦力は多い方がいい。三つ——」

 

アルクェイドはそこで言葉を切って桜を見やり、「三つ目は自分で言いなさい」とでも言うように軽くウインクした。

 

え、という顔をしたが、すぐにセイバーを真っ直ぐ見据えた。

震えた声。だけど逃げなかった。

 

「先輩に……死んでほしくないから、です」

 

「そう。私は桜ちゃんのためにも士郎くんに死なれては困る。

 つまり2人を守るためにいる。

 これが私がここにいる最も大きな理由」

 

セイバーがアルクェイドを見た。

サーヴァントから守る? そんなことが可能な存在がいるのか?

サーヴァントではない。魔術師のようには見えない。

しかしサーヴァント2人を前に圧倒的な余裕は確かに感じる。

 

値踏みするような視線。

騎士王として数多の強者を見てきた眼がアルクェイドを測ろうとしている。

 

「サーヴァントからマスターを守る、か。——あなたは一体何者だ?」

 

当然の疑問だった。。

しかしセイバーの第六感が告げている。目の前のこの女は、底が知れないと。

 

肩をすくめた。

 

「まあ、簡単に言うと——サーヴァントより強い一般人?」

 

冗談かと一瞬思ったが、目は本気だった。ますます困惑が深まる。

ライダーが横から淡々と補足した。

 

「事実です。私はこの目で確認しました。彼女の力は規格外だ」

 

ライダーほどの英霊がそこまで言うのか。

警戒は解かないが、敵意がないことだけは認めたようだった。剣から手を離す。

 

 

「——いいだろう。だが同盟とは双方の信頼がなければ成立しない。

あなたの実力、この目で確かめさせてもらう」

 

にっと笑って拳を突き出した。

 

「――上等」

 

 

挑発するようにひらひらと手招きした。

 

 

「ねえセイバー、ちょっと試してみない?

 私を剣で斬ってみてよ」

 

怪訝な顔をしたが——騎士としての本能が刺激されたのか、剣を構えた。

 

「いいだろう。——手加減はしない」

 

 

庭に出て不可視の剣を構える。

この女が相手ならば斬っても怪我をするはずがない。

セイバーにとってもそんな妙な信頼があった。

 

風が裂けた。不可視の剣が唸りを上げてアルクェイドに襲いかかる。

 

一撃、二撃、三撃——上段、横薙ぎ、突き。流水のように淀みない剣筋が次々と叩き込まれた。

 

しかし。

 

 

腕を交差させて全てを受ける。

金属同士がぶつかるような音はしない——ただ硬い何かに剣が弾かれる乾いた音だけが響く。

 

傷ひとつない。

 

「うんうん、いい太刀筋ね。さすが騎士王」

 

距離を取った。息は乱れていないが、手応えのなさに眉をひそめている。

 

「——傷がつかない、だと?」

 

士郎が目玉が飛び出るほど驚いている。

 

「おい、セイバーの剣を素手で——」

 

 

桜はもう驚きすぎて逆に冷静になっていた。

微動だにせず見守っているライダー。彼女だけがこの結果を予想していた。

 

かつてのアルクェイド・ブリュンスタッド

彼女はサーヴァント三体を同時に相手取れるほどの戦闘力を誇っていた。

だがこの短期間で——おそらく太郎によって——その限界はとうに突破されている。

今の彼女にとってセイバーの剣撃は、例えるなら子供のチャンバラごっこに付き合っているようなものだった。

 

 

剣を下ろさないまま、しかし攻めあぐねている。

打ち込むたびに返ってくるのは鉄壁とも違う謎の感触。

しかも相手は反撃すらしてこない。それが余計に屈辱だった。

 

「ならば——風王鉄槌(ストライク・エア)!」

 

 

圧縮された暴風が解放され、衝撃波となってアルクェイドを直撃した。

土蔵の屋根瓦が吹き飛。粉塵が晴れた先には

——片腕で顔をかばったアルクェイドが平然と立っている。

 

ぱたぱたと服の埃を払って。

 

「あはは、ごめんごめん。服がちょっと汚れちゃった」

 

愕然とした。宝具級の一撃を「服が汚れた」で済まされた。

 

声も出ない。

 

 

 

 

 

 

「それなりに実力は分かってもらえたかしら。

 でも――私が倒す相手は1人だけ。

 それ以外で攻勢にでるつもりはないわ。聖杯戦争のていを壊したくはない。

 他はサーヴァントであるセイバーやライダーにお願いするつもりよ」

 

ぱんっと手を叩いて

 

「私は審判みたいなものよ。プレイヤーはあくまであなたたち」

 

剣を収めた。納得はしていないが理解はした、という顔。

 

「つまり——私たちの戦いには手を出さず、守りに徹すると」

 

こくりと頷く。

 

「ただし、あなたたちが死にそうになったら全力で守る。それは約束する」

 

ライダーが補足するように一歩前に出た。

 

「私もセイバーも、それぞれの役割があります。

 私の宝具は対軍戦に向いている。共闘する価値はあるかと」

 

セイバーはライダーにちらりと目を向けた。

 

「——あなたもまた、只者ではないようだ。」

 

 

 

 

深夜二時を回っていた。士郎は魔術回路の生成に、召喚に成功した。

同盟の話もまとまりつつある。

あとは——最後の一人のマスター、遠坂凛の存在だけが宙に浮いていた。

 

「ここは士郎くんにネタバレちゃいましょう」

 

さらっと。

 

「最後のマスターは遠坂凛よ」

 

固まった。

 

 

「——は?」

 

 

数秒の沈黙。衛宮士郎の脳内で情報の処理が追いつかずにエラーを起こしているのが見て取れた。

 

 

「遠坂が——マスター? あの遠坂が? 冗談だろ? 

 は? 遠坂は魔術師だったのか?」

 

ひらひら手を振りながら。

 

「冗談じゃないの。

 あの子は魔術師で、それも冬木の管理者として聖杯戦争に参加する義務がある。

 今日教会に行って枠が残り2つだと聞かされてるはず。今夜中にサーヴァントを呼ぶわ」

 

頭を抱えた。

 

「待て待て待て。あいつがマスターって——俺と遠坂で殺し合うってことか!?」

 

セイバーが冷静に。

 

「マスターの知人か」

 

声を荒げた。

 

「知人どころじゃない! あいつは——その——」

 

桜は先輩の慌てっぷりを見て少し切なそうに目を伏せる。

「あいつ」と言いながら赤くなっているのだから、わかりやすいにもほどがあった。

 

ライダーが腕を組んで静観。

 

「ならば尚更同盟に引き入れるべきでしょう」

 

人差し指を立てて。

 

「焦らないの。遠坂凛はね、中途半端な状態で同盟なんて結ばない子よ。

 まず戦える態勢を整えてからって絶対言う」

 

ぐうの音も出なかった。

遠坂凛という人間性について衛宮士郎は痛いほど知っていた。

 

「ならば明朝、そのマスターがサーヴァントを召喚したところを接触するということか」

 

正解、と言わんばかりに指ぱっちん。

 

「そういうこと。朝一で行けば会えるわ」

 

 

夜風が冷たくなっていた。午前三時を過ぎている。

士郎が欠伸をかみ殺し——隣のセイバーがそれを見て「眠るのか」と聞き、桜が「お布団敷きますね」と立ち上がる。

今頃ひとりの少女が自宅の魔術工房で宝石を握りしめているだろう。

すでに召喚済みかどうかは分からない。

 

深夜三時半。衛宮邸の客間。

障子の向こうから士郎とセイバーが何やら言い合う声が微かに聞こえる。

桜はライダーと並んで別室で休んでいるはずだった。

 

アルクェイドは布団の中で天井を見つめていた。

 

ごろんと寝返りを打つ。

 

「んー……」

 

太郎の顔を思い浮かべる。あの穏やかで、でもどこか達観した横顔

太郎は桜のことをどう思うだろうか——きっと嫌とは言わない。

 

間桐桜が辿った末路は悲惨の一言に尽きる。

 

臓硯の慰み者にされ、心を壊し、最後には怪物と成り果てた少女。

衛宮士郎と間桐桜が幸せになる展開の世界は確かにある。

 

しかし幸せの形は一つに限る必要があるだろうか?

 

にへらっと笑みがこぼれた。

 

「太郎なら桜ちゃんのこと大事にするわよね。……うん。決まり」

 

ぱたん、と枕に顔を埋めた。

 

 

 

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