※この作品はR-18です。

スーパーチートオリ主が 謎催眠パワーでアルクェイドを恋人にして 桜を救ってもらうために聖杯戦争を頑張ってもらうお話   作:kitsutsuki

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07話

 

 

 

夕食後、桜とアルクェイドは2人で商店街を散歩していた。

 

「たいやき買っていい?

 お土産に色々変わり種が欲しいのよ、サツマイモ餡、ピスタチオ、抹茶、生クリーム」

 

少し面食らったように瞬きして——それからふわりと笑った。

 

「そんなに種類があるんですね。あ、私も一つ買おうかな」

 

夜の商店街は昼とは違う顔を見せていた。

シャッターの降りた店も多いが、たい焼き屋だけはまだ灯りを残している。

油の跳ねる音と砂糖の焦げる匂い。

 

 

指折り数えて。

 

「いもあん二つ、ピスタチオ三つ、抹茶二つ、生クリーム四つ! ——あ、やっぱ五つ!」

 

くすっと。

 

「そんなに食べるんですか?」

 

紙袋を受け取って早速ひとつ頬張る。

 

「太郎にも買って帰るの。——桜ちゃんはどの味が好き?」

 

 

太郎さん? 思い出す。確かアルクェイドさんの恋人の名前だったはずだ。

そして少し迷ってから、いもあんを一つ手の中で転がした。

 

「私はこれで」

 

二人は並んで歩いた。

身長差があるから姉妹には見えない——友人同士か、あるいはもっと不思議な関係か。

街灯がぽつぽつと足元を照らす中、桜はいもあんの尻尾からかじった。

——さっきより少しだけ、肩の力が抜けている。

 

「それじゃちょっと手を握って

 移動するわ。転移的なアレ? 桜は経験したことないでしょ?」

 

たい焼きの残りを慌てて口に押し込んで。

 

「て、転移ですか? 魔術の——?」

 

魔術ではない。

真祖アルクェイド・ブリュンスタッドの「ちょっとした」跳躍だ。

間桐桜にとっては未知の領域である。目を白黒させている。

 

桜の手をぎゅっと握って。

 

「目つぶってていいから。三秒で着くから。——さん、にー、はい!」

 

空間が歪んだ。

商店街の喧騒が一瞬で消失し——次に桜が目を開けたとき、そこは夜空の下だった。

 

息が止まった。

 

冬木ではない。見渡す限りの星空。

足元には柔らかな草の感触。

丘のような場所から見える景色は——地球の夜景だった

宝石箱をひっくり返したような、という陳腐な比喩がそのまま当てはまる光の散りばめ方。

 

声にならない声を漏らして膝から崩れ落ちた。

草原に座り込んで空を見上げる。涙が勝手に溢れていた。

 

「きれい——」

 

アルクェイドは横にしゃがんで桜の背中にそっと手を添えた。

 

「でしょ? ——ね、泣いていいんだよ、ここでは。誰も見てないから」

 

ああ、これは、そういうことだったのか。

 

この真祖の彼女にはすべて見透かされていたのだ。

それを理解して、桜は静かに、そしてしゃくりあげるほど泣いた。

アルクェイドは優しく背中を撫で続けてくれていた。

 

 

 

「そうだ。太郎のこと教えてあげようかな」

 

「太郎さんって、アルクェイドさんの恋人ですよね?」

 

「そー。最初に会った時はねー。

 確かなんていうんだっけ、オタク? じゃなくて、アレ。

 思い出した。太郎はまさに厨二病だったわ」

 

「厨二病?」

 

首を傾げる。生憎なのか幸いなのか桜にその知識はなかった。

オタクの仲間だろうか?

 

「俺は全てに退屈している。

 貴様という存在が俺の退屈を紛らわすのだ――みたいな?

 聖杯戦争が終わって太郎に再会して話をしてるうちに綻びが見えてきたのよね。

 私もあれれ? これなんかおかしいなって気づくわけ。

 そっからはもうガシガシ攻め込んでいったら太郎の化けの皮が完全に剥がれたわ」

 

「ふふ、なんですか化けの皮って、それ彼氏に言うんですか」

 

「それ言葉通りなんだけどね。

 ちょっと太郎って絶対キャラ違うでしょって、もーすっごい慌てて本当にアレは可愛かったなー。

 私が最初に会った時の面白い太郎のことはいつか教えてあげる」

 

にやっと当時のことを思い出しているのかアルクェイドは笑みを浮かべる。

 

「そんな感じで誰だってみんな変わるんだよね。

 私だって昔に比べたらすごい変わった。完全に別人よ。

 たぶん桜だって変わってるでしょ」

 

「それは、その、そうですね」

 

アルクェイドは背中からぎゅっと抱きしめていく。

 

「なんだろ上手く話がまとまらなかったかも?

 そういえば桜は根源って知ってる? 

 渦とか世界の裏側とかアカシックレコードとか、魔術師が願いにしてる世界の外側のこと」

 

涙を拭いながら、魔術師の顔になった。

突然すぎる話の切り替わり。

自由が過ぎるが、アルクェイドとはそういうものだとすでに桜は思い知っている。

 

 「はい……根源の渦。

 すべての事象の始まりであり、あらゆる知識が記録されている場所。

 到達すればあらゆる事象の観測と干渉が可能になる——魔術師にとっての最終目標です」

 

草原の風が桜の髪を揺らした。眼下の星々は瞬きもせず、ただ在る。

けれどその目にはまだ困惑があった。

 

「それが……この場所と何か関係が?」

 

 

間桐の養子として最低限とはいえ魔術を学んだ桜だ。

根源という概念の重さは理解している。

——だからこそわからない。なぜ今このタイミングでその話が出るのか。

 

「ここは違う場所ね。

 無関係とは言わないけど、そうね。マンションに例えましょうか」

 

たとえ? マンション?

 

「私たちは地球というマンションの一室に住んでいるの。

 たとえば2階の1号室が私たちの世界。同じ階にもたくさん部屋はある。

 上の階にも下の階にも、そのすべてに世界がまるごと収まっているの。

 上の階の部屋とか、下の階の部屋。隣の部屋は並行世界だとか、そういう世界観」

 

並行世界の単純な説明をマンションで例えている、ということだろうか?

確かに理解はしやすかった。

 

「魔術師が目的とする根源の先にあるものが何かと言えば、

 マンションの設備管理者とするとちょっと理解できない?

 魔法使いとか、根源接続者。それぞれ権限の差はある。

 マンションにどこかの部屋の電気を付けたり、住民の内容を好き勝手に書き換えたり、

 マスターキーを持ってどこの部屋にも入れたりもする」

 

目を見開いた。理解が追いついた瞬間、背筋に震えが走った。

 

設備管理者——

 

魔法使いとは即ちそういうことだ。

電気を付ける者。鍵を開ける者。

マンションの構造そのものに触れられる者。

——魔術師が何代にも渡って追い求めてきた根源の先にあるのは、神でも法則でもなく、管理権限。

 

草を無意識に握りしめていた。

 

「じゃあ、第二魔法の使い手は……その権限を持っているということですか。

 並行世界への移動は、隣の部屋への引っ越し——」

 

聡い子だった。一度噛み砕けば飲み込みが早い。

だからこそ、この話の着地点がまだ見えずに不安げな目をしている。

 

星空を仰いで。

 

「でもアルクェイドさん、なぜこの話を私に?」

 

「じゃあ桜ちゃんに質問。

 マンションで例えると、今ここがどこか想像できる?」

 

立ち上がって周囲を見回した。

360度の星空、果てのない夜。地球は確かに見える。

——けれど明らかに違う角度だ。月が二つある。

 

「ここ地球の……外、ですよね。衛星軌道上とかではなくて——」

 

桜の頭が高速で回転しているのが見て取れた。

一つの可能性に辿り着いて、顔から血の気が引いた。

 

「まさか——上の階?」

 

「ブーブーブー。上の階だとただの並行世界かなー。

 管理棟とか屋上って解答がくるかと思ったんだけど残念」

 

並行世界を「ただの」、と呼んでしまう言葉遣いにも驚くが

アルクェイドの次の言葉にさらに桜は混乱を極めることになる。

 

 

「ここはね、マンションの外側。誰も到達できない場所」

 

思考が完全に停止した。

「マンションの外」。

その概念を魔術の枠組みで処理しようとして——できなかった。

 

「外……?」

 

管理棟でも屋上でもない。

建物の外。概念としては理解できる。

できるが——それは存在しうるのか?

 

ふらっと一歩よろめいた。草に足を取られたのではない。

 

「だって、根源が設備管理だとしたら……その外側って——」

 

両手で自分の腕を抱いた。

寒さではなく、理解の及ばないものへの本能的な反応。

 

 

間桐の地下で虫に蝕まれながら魔術を学んだ少女は知っている。

世界の深淵を覗こうとして狂った魔術師が存在していること。

根源に手を伸ばして壊れた者たち。——今、それより遥かに遠い場所に立っている。

 

それでも目を逸らさなかった。震えながら、まっすぐアルクェイドを見た。

 

「……ここに連れてきた意味を、教えてください」

 

「実は今ね、桜の体はとんでもないことになっているわ」

 

とんでもない? 何が? 思わず両手を見てしまう。

 

「実感ないと思うけどゲームでいうレベルね。

 レベルで説明しましょう。

 士郎くんがレベル10。凛ちゃんがレベル25。セイバーがレベル80ぐらい」

 

RPGとかそういうゲームの表現なのだろう。

昔は兄である慎二にレベル上げをやらされていたこともあったので桜の理解は早い。

 

「今の桜は? レベル10万ぐらい、もっと上?

 とにかく桜は世界で私に次いで強い、2番目の強さを持っている。

 魔術協会の王冠相手でも、魔法使い相手でも、死徒二十七祖が相手でも、

 魔術王でも、ビーストでも、冠位英霊でも、もう指先1つでダウンよ!

 この世界に触れるってそういうことなの。ちょっと力の使い方覚えないと明日から大変ね」

 

口がぱくぱくと動いた。声が出ない。

 

じゅ——

 

十万。数字の暴力だった。

「レベル」というゲームじみた単位が逆に現実感を奪っているが

——士郎10、凛25、セイバー80。その桁がまるで違う。

 

へたりと座り込んだ。

 

「指先一つで……ビーストでも……?」

 

ビーストが何かは分からないが、強い存在なのだろう。

冗談にしか聞こえない。

が、「2階の1室」から「マンションの外」に来ただけでそうなると言われれば

——理屈は通っている。

世界を収容する建造物の外壁、その先の世界に触れた時点で次元が違うのだ。

 

 

両手を見つめた。さっきまでたい焼きを持っていた手。

昨日の夜、春の早い時期に出た蚊に吸われた痕がうっすら残る手。

——それが今や世界第二位の力を宿している。

 

桜の中で何かが軋んだ。

力への歓喜ではない。

——これは何の対価もなく与えられたものだ。

「私が先に好きだったのに」と叫ぶ暇もなく奪われた恋のように。

今度は勝手にものを渡される。

 

顔を上げた。笑っていた。——笑おうとしていた。

 

「あの、アルクェイドさん。嬉しいです。本当に。……でも」

 

声が震えた。

 

「私、こんなの望んでないです」

 

星が瞬いた。

 

「知ってるよ。よく知ってる。

 桜が強くなっても誰かと戦うとか普通に考えられないしね。

 ここは通路だから通らないと行けない場所なのよね。結果的に強くなった。これはそういう話」

 

目をぱちくりとさせて。

 

「通路……?」

 

つまり不可抗力だったということだ。

「マンションに入居したら家賃が発生しました」程度の、どうしようもない話。

 

力が抜けて、ぷっと吹き出した。

 

「なんですかそれ……。」

 

あははと笑った。

 

「だってここ太郎の家に行く道なのよ。毎回通るの。

 ——で、通ると勝手に強くなっちゃう」

 

もう笑うしかなかった。

世界二位。世界の強敵すべてが指先一つ。

そんな力の理由が「通学路」になってしまうとは。

 

 

張り詰めていたものがふっと緩んだ。

——アルクェイドは最初からこうするつもりだったのかもしれない。

「お前には世界を滅ぼせる力がある」ではなく「通り道にゴミが落ちてただけ」と言う。

そうすれば桜は重荷に潰されずに済む。

 

草の上に寝転がった。星空が視界いっぱいに広がる。

 

「じゃあ私、明日からちょっと強すぎる一般人ってことですか」

 

うんうんとアルクェイドは大きく頷いた。

 

「で、桜ちゃんには私と一緒に、太郎の恋人になってもらおう思ったんだ。

 これいい案でしょ?

 太郎は喜ぶと思うのよ。

 だって私に桜ちゃんを助けて欲しいってお願いされたから冬木市に行ったわけだしね。

 実際にこんなにかわいくて、良い子でねぇー、よしよし助けられてよかったー。

 私もう桜が大好きになっちゃったのよ。だから一緒に同じ人を好きになってほしいなって」

 

「――え?」

 

「ほーら、わしわし。え、うっそ? なにこれ?

 桜のおっぱい柔らかマシュマロすぎない」

 

一瞬の沈黙。そして——顔が耳まで真っ赤に染まった。

 

「え——えええっ!?」

 

告白とセクハラが同時に来た。

間桐桜、人生で最も対応困難な瞬間である。

 

胸をわしわしされながら必死に距離を取ろうとするが

世界第二位とはいえ身体能力がまだ制御できていない。つまり普通にばたばたしているだけ。

 

「ちょ、やめ——あの、恋人って——太郎さんってあの

 ——えっ、おっぱ——いま、関係ないですよね!?」

 

もみもみし続けながら真顔で。

 

「いやこれすごいわ。何食べたらこうなるの? 凛ちゃんより——」

 

 

姉の名前が出た瞬間ぴきっと固まった。

赤面のまま、しかし別種の感情が混じる。

 

 

「姉さんは関係ないでしょう……!

  というか私の話聞いてました!? 今すごく大事なこと言いましたよね!?」

 

 

だが桜の目は潤んでいて

——それが恥ずかしさだけの涙ではないことを、本人だけがわかっていなかった。

「同じ人を好きになってほしい」。その言葉が刺さったのだ。

「私が先に」と思い続けた心に、まったく違う角度から差し込まれた光。

 

 

「最近さー、太郎がジャンヌいいよねと言い出したんだよ?

 これマズいよね?

 一緒にアニメで見てたのよ。

 私たちの世界とちょっと離れた並行世界の聖杯戦争のアニメを一緒に見てたの。

 そしたらジャンヌいいよねって。

 

 いいわけないですけどー!

 

 太郎は桜の大ファンだから、一緒に攻めるぞーって思いついたわけ。

 こういうのは勢いが大切でしょ?」

 

混乱の極致にあった。頭の中で情報がぐるぐると渦を巻いている。

太郎。ジャンヌ。聖杯戦争のアニメ。——そして大ファン。

 

 

「アルクェイドさん、勢いで生きすぎです。

 聖杯戦争の頃からずっと勢いじゃないですか――それに……え? 私のファン」

 

処理落ちしていた。

つい数秒前まで強大すぎる力に怯えていた少女が、

「太郎が大ファン」の文字でフリーズしている。

人間の思考回路とはかくも脆いものである。

 

赤面のまま小さな声。

 

「た、太郎さんが……私のことを……?」

 

桜の両肩をがしっと掴んで。

 

「大ファンよ大ファン!

 だって桜ちゃんを助けに冬木に行ったの。

 太郎にお願いされたからって言ったでしょ?

  あれね、「こんな良い子がひどい目に遭ってるの許せない」って本気で怒ってたの」

 

唇がわなないた。目の奥が熱くなる。

ずいっと顔を近づけて。

 

「だからね——私が一号で桜ちゃんが二号!

 一緒に太郎を攻め落とすの!

 ジャンヌなんかに負けないわよ!」

 

ぼろっと涙がこぼれた。でも口元は笑っている。

 

「ずるいです……こんなの断れないじゃないですか……」

 

「ちなみに田中太郎ってギャグみたいな名前してるけど。

 これ偽名。

 本名出せないだけね。私は知らないし。

 真名を言ったらマンション吹き飛ぶらしいね」

 

涙をぬぐいながら首をかしげた。

マンション吹き飛ぶ……?

それは……並行世界、管理者含めてまとめて吹き飛ぶという意味で正しいのだろうか?

 

あっけらかんと。

 

「太郎本人が言ってた。「俺の真名、核兵器の起爆コードみたいなもんだから」って」

 

偽名が田中太郎。本名は——言えない。

「言ったら世界が終わる」級の情報を日常的に扱っている男が恋人の一人にジャンヌがいいと言っている。

スケールがおかしい。

 

もう何が来ても驚かないぞと覚悟を決めた顔で。

 

「……太郎さんって一体何者なんですか?」

 

んーと人差し指を唇に当てて。

 

「一言で言うと——なんでもできる人?

 本人はいたって普通の感じでアニメ見てジャンヌいいよねとか言ってる人。

 いや、初めて会った時は本当に厨二病だったんだけど、今はなんか普通のオタク?」

 

三秒黙ったあと。

 

「何でもできたら、普通の人じゃないですよねそれ。」

 

うん、と真顔。

 

「でもかわいいの。

 というか普通にメチャクチャ格好いいわよ。

 ギルガメッシュいたわよね。桜ちゃんも見たでしょ?

 あれもある種、風貌でさえ人類の頂点なのでしょうけど、太郎と比べたら猿よ、猿」

 

もう笑っていいのか泣いていいのかわからなくなっていた。

猿……。

英雄王ギルガメッシュを猿呼ばわりできる存在がこの宇宙にどれだけいるか

——まあ今隣にいるのだが。

 

指折り数え始めた。

 

「顔でしょ、声でしょ、手でしょ、あと匂いもいいし、ご飯食べる時の仕草とか——」

 

じっと聞いていたがふと気になって。

 

「あの……アルクェイドさんは太郎さんのどこが一番好きなんですか?」

 

即答だった。一切の迷いなく。

 

「内緒」

 

にかっと歯を見せて笑った。

 

「さ、太郎に会いに行こう! 桜ちゃんの紹介しなきゃ

 ——太郎絶対喜ぶから!

 あ、時間とか遅くなっても問題ないからね。ここは世界の外側。

 夕食して散歩して帰るぐらいのタイミングで戻ればいいだけだから」

 

ほっと息をついた。

桜には門限というものはないが、明日も学校なのだ。

その時間に対する心配が消えた安堵。

——が、「太郎に会う」という現実が迫ってきて別種の緊張が襲ってくる。

 

「あの、私こんな格好ですけど大丈夫でしょうか……」

 

衛宮家で夕食を食べてそのまま連れ出されたのだ。

普段着にたい焼き屋の袋。

世界の外に来るのにドレスコードを気にするのも妙な話だが、乙女とはそういうものである。

 

「桜のよく着てる普段着でしょ? 喜ぶと思うけど?」

 

「え、えーー?」

 

 

 

だたっ広いどこかの空間の、どこかの世界。

色々と歪みすぎて何が何やら桜には理解が及ばない

ただ目の前に見えた一軒家にめまいがした。

 

日本によくある建売住宅のような二階建ての一軒家。

田中太郎と表札があった。

アルクェイドさん以外誰も辿り着けない場所にある家、表札の意味あるのだろうか?

 

あまりにもぽつんと一軒家すぎる。

 

「たーだーいーまー!」 

 

玄関をあけて自分の家のように入っていく。

桜もおずおずと後を続いた。

 

 

「おかえりアルク、散歩してた?」

 

 

ただの挨拶でしかない男性の声。

それはズンと桜の脳裏を駆け巡るあまりにも異質すぎる美しい声色だった。

 

声だけで気づいてしまった。気付かされてしまった。

どれほどの存在格差があるのか。

回廊を取っただけで、強くなったのも納得すぎる理由だった。

もしただの人間が聞けば、何がどうなるか分からない音の響だった。

 

玄関で靴を脱ぐ手が震えていた。

——足が動かない。声だけで理解してしまった。これは人間の形をした何かではない。

 

リビングに続く廊下。日本の建売住宅そのもの。

壁紙の模様まで既視感がある。

あまりにも普通すぎて逆に異常だった。——こんな場所に「これ」が住んでいる。

 

ぱたぱたとスリッパの音を鳴らしながら。

 

「太郎ー! お客さん連れてきたよ! 冬木の桜ちゃん!」

 

 

ソファに座っていた男が振り返った

 

——田中太郎。

 

表札の通りの名。どこにでもいそうな青年の姿。

特徴がないのが特徴のような顔。

——だが桜にはもう見えている。

存在の密度が違う。次元が違う。太陽と蛍光灯ほどの差がある。

 

喉がからからだった。一歩踏み出して、深々とお辞儀した。

 

「ま、間桐桜です……! 今日はお邪魔します……!」

 

普通の挨拶だった。——声は裏返っていたが。

膝が笑っていたが。それでもこの少女は逃げなかった。

 

 

「ハッ? え、な、マジで? いや、本物? うっそだろ。」

 

太郎は混乱の極みだった

 

「アルク、アルクェイド、説明! 座布団だよ。いや、椅子を出せ。」

 

てへっと舌を出した。

 

「だから言ったでしょー、サプライズだって!」

 

 

太郎の動揺は本物だった。

彼ほど存在が椅子を出せと叫んでいる。

——それほどまでに「間桐桜」という存在は彼にとって特別だったらしい。

 

座布団を勧められて正座した。

——が、目の前の青年がこちらをじっと見ている視線に耐えきれず俯いた。耳が赤い。

 

 

太郎の横にどすんと座って腕に抱きつきながら。

 

「あのね、回廊通ったら桜ちゃん強くなっちゃって。

 今は私の世界で私に次いで世界第二位ね。

 あと太郎のこと大好きだから彼女にします。以上!」

 

三つ目の情報で顔面が爆発した。

 

「アルクェイドさん!?」

 

本人の同意を得たとはいえ

——本人の前で言うかそれを。いや、アルクェイドだから言う。

この女はそういう女だ。

 

 

恐る恐る太郎の方を見上げて。

——目が合った瞬間また視線を落とした。

あの声の主がすぐそこにいる。

 

「おまえ、桜さんにそんな強さ邪魔だろうになんてことを……

 本当にうちのアルクが申し訳ない」

 

ペコリペコリと太郎が謝罪を始めた。

ぶんぶんと首を横に振った。

 

「いえ! アルクェイドさんのせいじゃないですし——むしろ助けてもらって……!」

 

紛れもない世界最強の男に頭を下げられている。

「邪魔だろうに」という気遣いがあまりに普通で

——だからこそ桜の中で何かの歯車がかちりと噛み合った。

ああこの人だ、と思った。

 

ぶーっと頬を膨らませて。

 

「申し訳ないって何よー! 良い案でしょ!?」

 

おずおずと。

 

「あの……太郎さん」

 

 

名前を呼んだだけで声が震える。

だが逃げない。

ここで逃げたら一生後悔する。それだけはわかっていた。

——あの回廊で力を与えられた意味が今ようやくわかった。

これは戦うための力じゃない。

 

まっすぐ顔を上げた。

 

「私——ずっと太郎さんにお礼が言いたかったんです。

 冬木でのこと。

 来てくれなかったら、私どうなってたか……」

 

ぺこりと深く頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

目を丸くした彼が、ハッ、と息をついて姿勢をただした。

 

「助かってくれてありがとう。

 よかった。アルクェイドもよく頑張った

 俺が行けるなら行きたいけど、その、見ての通りというか

 ――あの世界にお邪魔してしまうと世界そのもの消し飛んじゃうので、迷惑だよな」

 

アルクが反応する

 

「迷惑に決まってるじゃん。塵も残さないよ」

 

ぷっと噴き出してしまった。

 

笑い事ではないのだが——笑えた。

太郎が来たら世界消滅。

つまり桜を助けたのはアルクェイドで正解だったということになる

適材適所にもほどがある。

 

えっへんと胸を張って。

 

「でしょでしょ? 私だから上手くいったの! 褒めて褒めて!」

 

 

尻尾があれば千切れるほど振っているであろう様子だった。

 

笑いながらも目元がじわっと潤んだ。

——迷惑に決まってる。そう言えるこの人は、自分がどれほど規格外かをちゃんとわかっているのだ。

それに「助かってくれてありがとう」なんて。

 

アルクェイドはぽんと桜の背中を叩いて太郎に向かって。

 

「というわけで! 私と桜ちゃんで太郎争奪戦やります! はい決定!」

 

え、もう言っちゃうんですかと目で訴えたが

——アルクェイドがにっこり笑い返したその顔を見て、覚悟を決めた。

 

「……よ、よろしくお願いします。」

 

「争奪? ちょま、ちょ待て。その前に大ファンです。

 握手とかしてもらっても。

 握手はダメか。その前にいやサインだな。色紙があった。

 田中太郎くんへ、そんな感じでダメですかね」

 

慌てている彼の姿を見ているうちに、桜はこの世界に対するピントが合ってきた。

どこにでもいそうな大学生のような風貌だと脳が誤認させていたらしい。

冬木市どこから地球レベルで見たことのないイケメンだった。

桜は恥ずかしくなって顔を伏せる

 

差し出された色紙を見下ろして——耳まで赤くなった。

 

「さ、サイン……ですか……?」

 

田中太郎くんへ。

シュールの極みだった。

——だが桜が顔を伏せているのは笑いを堪えているからではない。

見れないのだ。「脳の誤認」が解けた今、太郎の容貌は正しく桜の網膜に映っている。

 

にやにやが止まらない。

 

「あー太郎かわいいー。慌ててるー」

 

普段の太郎を知る者からすれば珍しい光景なのだろう。

色紙を片手にそわそわしている。

——好きなアイドルの握手会に並ぶ一般人のような挙動だった。

 

震える手でペンを受け取って。丁寧に名前を書いた。

「間桐桜」——少しだけ崩して丸っこく。

 

「こ、これでいいですか……?」

 

色紙を渡す瞬間、指が触れた。

——電気が走ったような感覚。桜は弾かれたように手を引っ込めた。

 

「ありがとうございます。家宝にします。うん。それがいい。って、指大丈夫?」

 

引っ込めた手をもう片方の手で包むようにして。

 

「だ、大丈夫です……! ちょっとびっくりしただけで——」

 

大丈夫ではなかった。心臓がうるさい。

指先から腕を伝って全身に何かが駆け巡った余韻が残っている。

——これが存在格の差というものか。触れただけで魂が痺れる。

 

横からひょいと覗き込んで

 

「あー、それ太郎のせいね。

 存在がデカすぎると接触した時にびりっとくるの。私も最初そうだった」

 

やっぱりそうなんだ、と安心したような残念なような複雑な顔。

——つまりこの先手も繋げないということでは?

 

さらっと。

 

「慣れるわよそのうち。

 私も最初の頃は、太郎に抱きつくだけで気絶してたし」

 

 

真祖が気絶。

世界の外側、その外側? 

回廊を通っただけで世界第二位の力を得た少女に、新たな課題が提示された。

——太郎と手をつなげるようになること。

人類史上最も難易度の高い恋のステップがここに誕生した。

 

 

「冬木に戻る前に、桜さんの力の件をなんとかしないと。

 アルクみたいな体質ならさておき桜さんはほぼ一般人なんだから

 そのうち力の出し入れも馴れると思うんですけど」

 

 

こくこくと頷く。真剣な表情に切り替わった。

——恋する乙女から、現状を把握しようとする魔術師の目に。

 

 

「あの、正直に言うと……さっきから体の中で何かがぐるぐるしてる感じがあって……」

 

 

回廊通過によって強制的に押し上げられた力は現在フル稼働状態にある。

蛇口が全開のまま固定されているようなものだ。

——このまま冬木に戻れば、衛宮邸のドアを開けただけで冬木市が消し飛びかねない。

 

あちゃーという顔。

 

「やっぱり。私も最初そうだった。コップに海流し込むみたいな感覚よね」

 

的確すぎる例えに苦笑した。

とはいえこれは本来なら何年もかけて修練する工程だ。

——だがここにいるのは「なんでもできる人」である。

家宝にすると宣言した色紙を大事そうにテーブルに置いた太郎の前で、桜は正座したまま次の言葉を待った。

 

「桜さんの魔術属性だったかな? 

 スキルっぽい奴、架空元素・虚数って属性なのは知ってる? 

 まだ知らない?」

 

目を丸くした。

 

「架空元素……虚数?」

 

聞いたことのない属性だった。少なくとも間桐で学んだ魔術体系には存在しない。

——いや、「虚」の字には心当たりがある。

間桐の闇の中で見た影のような何か。あれが属性に関係していたのか。

 

首を振って正直に答えた。

 

「知りません……間桐では「架空元素」なんて言葉さえ教わりませんでした」

 

当然だった。

臓硯が桜に与えたのは「聖杯の器」としての調整であって魔術教育ではない。

才能の正体など知るはずもなかった。

 

ほうほうと興味深そうに。

 

「虚数ってなに? 私の知ってる魔術にないんだけど」

 

真祖すら知らない属性。それ自体が異質さを物語っている。

——桜は無意識に自分の影に目を落としていた。

ゆらりと揺れたその影は、いつもより濃い気がした。

 

「ちょっと外で使ってみようか。案外すぐ慣れるかもしれない。

 ここ空間は無限に広がってるんで、限界まで影を広げてみる感じに適当に。

 本来体が覚えるべきものだから認識さえしちゃえば、指を動かすように感覚で覚えると思うけどな。

 自転車に乗るような、体で覚える手続き記憶みたいに」

 

立ち上がった。——緊張で指先が冷たい。

 

「影を……広げる。」

 

三人は家の外へ出た。

相変わらずの虚空。地平線すらない空間。

——だが桜にとってはもう「ただの何もない場所」ではなかった。

ここで立っているだけでアルクェイド曰くレベル10万以上の力が体内を暴れている。

 

目を閉じた。——影。

いつも足元にあったもの。忌まわしいもの。恥じるべきもの。

 

だが今は違う。「それがあなたの本来の力だ」と言われた。

それだけで見え方が変わる。足元の影がじわりと広がり始めた。

——最初はゆっくりと。やがて加速して

黒い水面が地面を侵食するように、円を描きながら際限なく伸びていく。

 

目を見張った。

——自分の影なのに、どこまで広がっているのか把握できない。

百メートル、一キロ、十キロ——まだ止まらない。底がない。

 

感心したように口笛を吹いた。

 

「へぇ……これ面白いわね。普通の影じゃない」

 

虚数の影。それは既知のどの魔術系統にも属さない。

文字通り「この世に存在しない」属性だった。

広げれば広げるほど影の輪郭が曖昧になり、空間そのものと溶け合い始める。

——桜自身がその深淵を初めて目にした瞬間だった。

 

太郎がうんうんと頷いていた。

 

「確かディラックの海とか。

 相対論的量子力学で学ぶようなエネルギーかな。

 これ地球レベルなら虚数の影だけで埋め尽くすことできそうだ」

 

息が荒い。額に汗が浮いている。——影はまだ広がり続けていた。

 

「地球を……埋め……?」

 

冗談に聞こえなかった。

現に今この瞬間も影の端は観測不能な距離まで到達している。

本人にその自覚がないだけだ。

——回廊で得た力。その数値が、ようやく意味を持ち始めていた。

 

アルクェイドはしゃがんで影の表面をつんつんと突いた。

 

「ねえこれ、突いた先がなくなるんだけど。

 底がないっていうか、落ちたら戻ってこれない感じ?」

 

真祖の直感は正しかった。

——虚数とは無ではない。

「無い」が在る場所。

光も時間も意味も届かない、理論上にしか存在しないはずの海。

そこに落ちればどこへ行くのか誰にもわからない。

 

桜はぞくりと背筋が凍った。

——自分の力の正体を初めて実感した恐怖。

こんなものを制御できるのか。指を動かすように使えるようになるなんて本当に?

 

不安げに太郎を見た。

 

「いやアルクなら中からぶち破って出てくるよ。エヴァで見た」

 

ぱあっと顔を輝かせて。

 

「えっ何それ嬉しい! でもそれ褒められてる!?」

 

微妙なラインだった。

——ディラックの海をぶち破る存在をアニメのワンシーンで例えるこの男

やはり感覚がどこかズレている。

 

二人のやり取りを見ていたら肩の力が少し抜けた。

——そうだ、怖がってる場合じゃない。

この人たちと一緒にいるなら、自分の力くらいちゃんと使えるようにならないと。

 

影をすっと引き戻した。

水が排水溝に流れ込むように足元へ収束していく。——今度は意識的にできた。

 

飲み込みが早い。

「認識さえすれば指を動かすように使える」

——太郎の言葉通りだった。

たった一度の実演で虚数の片鱗を掴んだ少女の横顔を、夕焼けのない空が照らしていた。

 

ふうっと大きく息を吐いて、太郎を振り返る。

 

「もう一回やってみてもいいですか?」

 

「うん。時間は好きなだけ使ってみていいよ。

 冬木には戻りたい時間にタイミングを合わせればいいだけだから」

 

ぱっと顔が明るくなった。時間制限がないという事実がどれほど安心材料か。

 

「ありがとうございます!」

 

それから桜は没頭した。

——影の展開、収束、形状変化、応用。

太郎とアルクェイドという規格外の観客のもとで繰り広げられる、世界で最も贅沢な個人レッスン。

 

桜が影で作った小鳥が飛ぶのを見てアルクェイドが拍手した。

 

「すごーい! かわいい!」

 

二時間が経った頃には、影の槍、盾、檻、翼——基本的な運用は一通り形になっていた。

回廊に与えられた力という土台があったとはいえ

本人のセンスと集中力がなければこうはいかない。

 

座り込んで肩で息をしていたが、目はきらきらしていた。

初めて自転車に乗れた子供のような顔。

 

「楽しい……影ってこんなに色んなことができたんですね……」

 

 

アルクェイドが太郎の腕を抱えて。

 

「ね、いい子でしょ?」

 

日は暮れないが疲労は溜まる。

そろそろ頃合いだろうか。

——自分の時間感覚として冬木では今頃士郎が朝食の支度をしている時間帯のはずだった。

 

「か、かわいい。

 かわいいが過ぎる」

 

ぼそっと漏れた本音だった。

——太郎の口から出た言葉が「かわいいが過ぎる」。対象は目の前の少女である。

 

ぴたりと動きが止まった。顔が耳の先まで一気に紅潮する。

アルクェイドは聞き逃さなかった。にまぁと猫のような笑み。

 

「あーーー太郎今なんて言ったー? もう一回言って?」

 

両手で顔を覆った。

——指の隙間から目だけが太郎を見ている。見てしまっている。やめられない。

 

太郎は失言に気づいたのか、わずかに視線を逸らした。

あの声で放たれた「かわいい」の破壊力たるや、対界宝具に匹敵する。

 

追い打ちをかけるように桜に耳打ちした。

小声だが太郎にも聞こえる距離で。

 

「ほらね。脈あるって言ったでしょ」

 

耳から湯気が出そうだった。

——でも、嬉しかった。どうしようもなく。

 

「休憩! 休憩タイム入れるよ。飯にしよう」

 

露骨な話題転換だった。が、「飯」は実際必要な議題でもある。

——ここは世界の外側。食材はどうするのかという問題が普通なら発生するが。

 

ぱんっと手を合わせて。

 

「ごはん! 私カレーがいい!」

 

まだ赤みの引かない顔のまま、おずおずと手を挙げた。

 

「あ、あの……お手伝いします。」

 

 

一軒家の中に戻ると、キッチンはごく普通の間取りだった。

三口コンロに冷蔵庫。

ただし中身は謎だった。

——開けた瞬間にセイバーが好みそうな食材がぎっしり詰まっているのは突っ込んではいけないのだろう。

 

エプロンを二つ引っ張り出しながら。

 

「はい桜ちゃんこれ。おそろい!」

 

ピンクと白のエプロン。並んで立つと姉妹のようだった。

——片や真祖、片や虚数魔術使い。世界最凶の台所がここに爆誕した。

 

「というか飯を作るって、うちだと始めてのことじゃないかな。

 料理が得意な桜さんはともかくアルクまで台所に立つのか?」

 

太郎は何でも好きな物を、何処からでも無制限に取り寄せられる。

アルクェイドでさえ2人きりの時には飯を作ろうなんて発想がそもそもないのだ

 

むっと唇を尖らせた。

 

「失礼ね! 私だってやればできるし!」

 

できないから今まで一度もやらなかったのである。

——しかしアルクェイドの目はやる気に満ちていた。

好きな男の家で初めて料理をする。これ以上のモチベーションはない。

 

手際よく野菜を並べながら微笑んだ。

 

「じゃあアルクェイドさんにはお鍋をお願いします。焦がさなければ大丈夫ですから」

 

お玉を握りしめて力強く頷いた。

 

「任せて!」

 

太郎は不安しかなかった。

——しかし桜が横についている以上、最悪の事態は避けられるだろう。

「料理が得意」の設定は伊達ではない。

 

じゃがいもの皮を剥きながら、ふと太郎のほうをちらりと見た。

——自分の手料理をこの人が食べてくれる。その事実だけで指に力が入る。

 

太郎は居間で2人の料理を見ながら考えていた。

地球では到底できない超高速技術レベリングができているが、

それでも予期せぬことも起こり得る可能性もある。ごそごそバッグを探る。

 

「あ、これでいっか」

 

銀色のシンプルな指輪である。素材は謎だ。

 

この家に続く回廊に転移できるシステム。

日常生活に便利な簡単な魔術を適当に詰め込んでいく。

指輪をつけていても簡単な隠蔽の魔術で見えなくすることもできる。

 

「よし、これでいいな

 桜さん、料理中ごめんね、ちょっと指輪できたから渡したいんだけど」

 

桜は包丁を持ったまま固まった。

 

「ゆ、指輪……ですか……?」

 

料理中の女子に指輪を渡す。

状況だけ切り取れば完全にプロポーズである。

——しかも「できたから」で指輪が出てくるあたり、アクセサリーショップで悩むような過程が一切ない。

 

アルクェイドは鍋をかき混ぜる手を止めて振り返った。

 

「ちょっと太郎! 順番おかしくない!? 私が先でしょ普通!」

 

抗議の矛先はそこだった。

——「私が先」と言っている時点で否定はしていない。

つまりアルクェイドも指輪が欲しいのである。。

 

まな板に包丁を置いて、小走りで太郎の前に来た。

手にはまだ玉ねぎの匂いがついている。

——左手の薬指を無意識に握っていた。

 

「順番? なんのこと。

 これなんだけど、色々と魔術も詰め込んでみたし、力が外にでないようにとか? 

 あとこの家に続く回廊まで転移する奴とかも必要でしょ?

 どうかな、貰ってほしいんだけど」

 

差し出された指輪を見つめた。

シンプルな銀色のリング。派手な装飾はない。

——なのに目頭が熱くなる。

 

「つ、つけてもらっても……いいですか……?」

 

自分でつける勇気はなかった。

——いや正確には、この人につけてほしかった。

 

後ろで腰に手を当てるアルクェイド。

 

「私のもあるんでしょうね?」

 

声は不機嫌を装っていたが目は期待で光っていた。

 

「え、アルクェイドも指輪なんか欲しがるの?」

 

「欲しいに決まってるでしょ」

 

「そうか? でも先に、桜さん。

 指輪って確か薬指だっけ? ここでいいのかな? 

 サイズはどこでも勝手に調整されるけど。

 あと学校で装飾は困るから無でれば見えなくすることもできるし、完璧でしょ?」

 

薬指。左手。文脈を考えれば完全にそういう意味になるが、

当の太郎本人にその意図があるのかは怪しい。

——ないのかもしれない。天然とは時に最も鋭い刃となる。

 

こくりと小さく頷いて左手を差し出した。

指がかすかに震えている。——目をぎゅっと閉じて。

 

太郎の指が桜の薬指に触れた瞬間、影とは違う温もりが走った。

——指輪は吸い付くようにぴたりと収まる。

 

そっと目を開けて、指を見た。銀の輝き。現実だった。

 

我慢の限界だった女がいた。

 

「はい次! 私!」

 

左手どころか自分から太郎の手を掴んで薬指を突き出した。

待ちきれなかったらしい。

カレーが煮詰まりつつあることに誰も気づいていなかった。

 

「待った待った、カレーが焦げる! 焦げた匂いがしてる!

 混ぜるだけの仕事で失敗するとかないぞ」

 

はっとして振り返った。キッチンからかすかに焦げた匂い。

 

「あーーー!!」

 

真祖が全速力で台所に走っていった。

鍋の蓋を開けると——ぎりぎりセーフ。

底が少し焦げかけた程度で済んだ。奇跡である。

 

桜がくすっと笑いながら後を追った。

 

「大丈夫です、まだ間に合います。お水入れましょう」

 

二人で鍋に水を注ぎ足す。

——さっきまで恋の火花を散らしていた二人が並んでカレーの救済作業をしている光景は、なんとも平和だった。

 

火を弱めながらぼそっと。

 

「……私の分も作ってよね、指輪」

 

 

聞こえていないふりをする太郎。

——聞こえているに決まっている。

この家の中で起きることに気づかないことなど、あり得ない。

 

「次は、アルクの指輪か。

 アルクは装飾に凝ってもいいのかな。

 というか特に魔術的なシステムはいらないだろうし……」

 

太郎は銀色の不思議な金属の前で腕を組んで悩む。

 

「よし、がっつりと美しい装飾にしてやろう」

 

カリカリと不思議な金属の指輪を加工していく。

次第に凝った意匠に。世界で唯一無二の技術が指輪に向けられ続けた。

 

 

アルクェイドはカレーをよそう手を止めて、食い入るように太郎の作業を見つめていた。

金属が粘土のように形を変えていく。

 

「えっ……なにそれ……きれい……」

 

「ほぉ? 我ながら素晴らしい出来ではないか。

 ――って、マズいな。また俺の態度がアルクに揶揄される。

 ふぅー。

 隠蔽魔術は必要か。

 あの世界だと存在するだけでもヤバい穴が空きそうな気がしてきた。

 聖遺物どころの騒ぎじゃないな」

 

太郎が撫でた指輪の表面に、宝石を散りばめたような彫刻が浮かび上がっていく。

人間の職人には到底不可能な精緻さだった。

光の角度で色が変わり、見るたびに表情が違う。

 

ごくりと唾を飲んだ。

 

「それ……欲しい」

 

さっきまでの強気はどこへやら。

完全におねだりする子供の顔になっていた。

——真祖の吸血鬼がこの体たらくである。

 

桜はテーブルにお皿を三枚並べ終えて、ちらりと太郎の手元を見た。

自分のシンプルな銀の指輪との差に少しだけ胸がちくりとしたが

——凝った装飾を提案したのはアルクェイドのためだと思い直して、ふっと微笑む。

 

嫉妬と寛容が同居する少女の横顔は、冬の花のように静かだった。

——カレーの湯気が三人の間を漂っている。

 

「よし。いいぞ出来たぞアルク。

 指を出せ。左手の薬指だな。

 よし――」

 

「うん」

 

「これ桜のと違って特に性能はないぞ? 

 ただの装飾品だ。

 いわゆる聖遺物を超えた存在するだけでヤバいブツだから隠蔽だけはかけておいたが」

 

アルクェイドは指にはまった指輪を光にかざした。

——虹色の光が踊るように表面で遊んでいる。

 

「ただの装飾品……」

 

ぎゅうっと指輪ごと左手を胸に抱きしめた。

 

「最高じゃない。ありがとう太郎」

 

声が震えていた。

——聖遺物を超えた指輪。確かに魔術的な機能はない。

「ただそれだけ」がアルクェイドには何よりも刺さったのだ。

実用品ではなく、純粋な贈り物。意味の重さが違う。

 

 

桜は椅子に座ってスプーンを手に取った。

——だが食べていない。目の前で繰り広げられた光景を反芻している。

 

太郎がアルクェイドに指輪をつけた瞬間、桜の中で何かが確かに動いた。

——嫉妬ではない。もっと深い場所にある感情。

自分だけじゃないんだ、という安堵にも似た何か。

 

ふわっと笑った。

 

「お揃いですね」

 

ぐすっと鼻を啜ってから、どかっと桜の反対側に座った。

 

「さ、食べよ! 冷めちゃう!」

 

三人が食卓を囲む。

初めての夕食? 朝食?

——外の景色は相変わらず何もないが、この部屋だけは確かに「家庭」だった。

 

「お、うっま。ただのカレーなのに、なにが違うんだ? 

 これは見知らぬ人の作ったカレーより、桜とアルクが作ってくれたから美味く感じるのかもな」

 

スプーンが止まった。——頬が桜色に染まる。

 

「そ、そう言ってもらえると……作った甲斐があります」

 

もぐもぐ食べながら得意げに。

 

「分かってる? これ私がかき回したからよ!」

 

焦がしかけた件はもう忘れたらしい。ポジティブの権化である。

——実際のところ桜のカレーは確かに美味かった。

市販のルーを使っているのにどこか奥行きがある。

これが「家庭の味」というやつなのかもしれなかった。

 

太郎の食べっぷりをちらちらと窺っている。

——おかわりするかな。まだ鍋にたくさん残ってるけど。

 

聞けばいい。だが聞く前に相手の皿が空になるかどうかを観察してしまう。

——間桐家で叩き込まれた「察する」習性がまだ抜けきっていない証拠だった。

 

 

アルクェイドは三杯目の皿を差し出して。

 

「おかわり!」

 

遠慮という概念が存在しない真祖だった。

——鍋が空になるのは時間の問題だった。

 

「ふぅー、うまかった。3人で鍋一杯とか普通に胃もバグってるな」

 

ぽんぽことお腹を叩いて

 

「真祖だからセーフ!」

 

くすくす笑いながら食器を重ねた。

 

「私もなんだかたくさん食べちゃいました」

 

回廊で強化された肉体は胃袋まで頑丈にしたらしい。

——三人で鍋一杯を平らげて、誰一人苦しそうな顔をしていない。

 

ソファにごろんと転がった。

 

「あー幸せ。ご飯食べて指輪もらって。……ねえ太郎、こういうの毎日やろうよ」

 

洗い物をしながら耳だけ傾けている。

——毎日。その言葉が胸の中で反響した。

 

蛇口の水音と、アルクェイドがテレビのリモコンをいじる音。

——ありふれた夜の音がこの何もない空間に生まれていた。

 

手拭きで手を拭いて振り返る。

 

「あの……お風呂、どうしますか?」

 

極めて実務的な質問だった。

——が、「一緒に住む」以上いつか必ずぶつかる問題でもあった。

 

「え、え? 風呂?? ちょっと待った。

 桜は冬木の街に一旦戻らないの? 

 このまましばらく家にいてくれるの? 時間はどうでもなるからいいんだけど」

 

きょとんとした顔で首を傾げた。

 

「え……? 」

 

回廊の説明を聞いた時点で、時間の問題は解決済みだと桜は理解していた。

——つまり帰る理由がない。学校はどうにでもなる。

姉さんのこと、先輩のこと、気にはなるが……正直、今はここが心地よすぎた。

 

アルクェイドがテレビをつけながら。

 

「帰すわけないでしょ。せっかく三人揃ったのに」

 

少し考えてから、控えめに。

 

「もし迷惑じゃなければ……もう少しここにいたいです。影の訓練もまだ途中ですし」

 

理由を訓練に求めているあたりが桜らしかった。

——本音は別にあることを、薬指の銀の輪が静かに証明している。

 

にやっと笑って。

 

「風呂の話に戻るけど、お風呂は別々よ?

 さすがにね。——でも寝る場所はどうするの太郎?」

 

核心を突く質問だった。——この家にベッドは一つしかない。

 

「つまりこれは、よし。

 ――俺もそろそろ格好いいところを見せないといけない頃合いだな」

 

もじもじとしていた桜としっかり目をあわせた

 

「よし。桜、3人で一緒に寝よう」

 

顔から蒸気が噴き出しそうになった。

口がぱくぱくと開閉する。金魚のようだった。

 

「さ、三人で……いっしょに……!」

 

アルクェイドががばっと起き上がって太郎を指差した。

 

「格好いいところってそれ!? ——いや、うん、いいけど! いいの!?」

 

二人とも驚いていた。

——桜は恥ずかしさで死にかけているが拒否はしない。

アルクェイドは困惑しつつも否定の言葉を出さなかった。

 

深呼吸を三回した。——足りない。

 

「わ、わかりました。……よろしくお願いします」

 

 

何がよろしくなのか本人もわかっていない。

——太郎が寝室に手をかざすと空気が一変した。

部屋が広がる。壁が消える。天井が高くなる。

——世界の主が「格好いいところ」を見せると言った結果がこれだった。

 

アルクェイドは、ぽかんと口を開けて。

 

「……キングサイズどころの騒ぎじゃないんだけど」

 

 

広大な空間の中央に、ふわりと雲のように柔らかそうな巨大なベッドが鎮座していた。

——三人で寝ても余裕どころか小国の首脳会議が開けそうな面積だった。

 

「なんか勢いで桜に覚悟させちゃったから、俺も言っておく。

 ファンでしかなかったけど、実際に会って本当に好きになった。

 アルクと三人で、ということになるけど俺と付き合って欲しい」

 

静寂が落ちた。

——世界の果てにあるこの家で、時間が止まった。

涙が一粒、頬を伝った。声にならない声。両手が口元を押さえる。

 

アルクェイドは黙って腕を組んで2人を見ていた。

 

震える唇から言葉を絞り出した。

 

「わたし……こんなわたしでよければ……よろしく、お願いします……」

 

ぼろぼろと泣き始めた。

 

「——ごめんなさい、嬉しくて」

 

アルクェイドがすたすたと太郎に歩み寄って、その胸をとんと拳で叩いた。

 

「遅い。——でもまあ、合格」

 

くるりと桜を振り返って手招きした。

 

「ほら桜、おいで。泣いてないで」

 

ぐすぐすと袖で目を拭きながら、おぼつかない足取りで二人のもとへ歩いた。

——左手の銀の指輪が、涙に濡れてきらりと光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜との初めては2人きりでしたいが、

アルクに1度終わるまで出ていけとは言いにくかった。

 

「アルクちょっと。

 ネコアルクにでもなって、しばらくベッドの上で待っててくれ」

 

一瞬ぽかんとした。

——ネコアルク。あの姿を指定してくるとは。

 

「太郎、本当にアニメ好きよね……」

 

ため息をつきつつも、抵抗なく体が縮んでいく。二頭身のナマモノに。

ベッドの上でちょこんと座るのネコアルク。不満そうにしっぽをぱたぱたと振っている。

 

ぷいっとそっぽを向いて。

 

「はいはい、ごゆっくりどうぞにゃ。終わったら呼びなさいにゃ」

 

 

桜は泣いた跡の残る顔で目を丸くした。

 

「あ……かわいい……」

 

ちらっと桜を見上げて。

 

「桜も後で覚えてなさいにゃ。独り占めなんてさせにゃいんだから」

 

そう言い捨ててバカみたいに広いベッドの奥へ

とてとて歩いていき、くるんと丸くなった。

——小さな寝息の演技まで始めているあたり律儀だった。

 

 

寝室には太郎と桜、一応は二人きり。

——広すぎるベッドが急に狭く感じられる距離になった。

 

「さすがにベッドでかすぎたな。枕元まで行こうか」

 

こくんと頷いた。——手と足が同時に出ている。緊張で歩き方を忘れかけていた。

枕元まで移動すると、ようやくベッドらしくなった。

——それでも二人で寝るには広いが、「世界の首脳会議」サイズよりはずっとましだった。

 

ベッドに腰を下ろした。

——シーツの感触がやけに鮮明に伝わってくる。

 

「あの…………」

 

何をするのか聞きたいが聞くのが怖い。

分かってはいる。本当にしてしまうのか。怖い。

——そんな顔だった。

耳まで真っ赤で、膝の上に置いた手がきゅっとスカートの裾を掴んでいる。

 

「好きだよ桜」

 

背中を抱えて唇を重ねていった。

揺れ動いていた紺色の瞳にまぶたが降りていく

 

——世界が溶けた。

 

背中に回された腕の温度。唇の柔らかさ。彼の体温。

——桜の中を暴風のように駆け巡っていた恐怖も不安も、すべてが静かに凪いでいった。

 

まぶたの裏が暗くなる。けれど怖くなかった。

目を閉じてもそこにいてくれるから。

——おずおずと自分からも太郎の服の背を掴んだ。

 

長い口づけだった。

——時間の概念がないこの場所では、どちらの時間も尽きることがない。

 

唇が離れたとき、糸を引くような吐息がこぼれた。潤んだ目がうっすらと開く。

 

「……もっと」

 

自分でも驚くほど素直な言葉だった。

——桜自身、こんな声が出せることを知らなかっただろう。紺色の瞳が太郎だけを映している。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

なんと省略されてしてしまった。

 

なんでさっ? 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

1度目の慌ただしい行為が終わり、2度目の挿入が行われていた。

桜が太郎の上で腰を動かしている。

 

「すごいマシュマロみたいだ。こんなに柔らかいおっぱいとか信じられない」

 

太郎の上で揺れながら、恥ずかしさと快感が入り混じった顔をしていた。

 

「んっ……そ、そういうこと言わないでください……」

 

言われるたびに中がきゅうと締まる。

——体は正直だった。

褒められることに飢えてきた少女は、たった一言で簡単に壊れてしまう。

 

腰の動きに合わせて豊かな胸がふるふると揺れた。

——汗で肌が艶めいている。薄紺髪がはらりと太郎の肩に落ちた。

 

「あっ……お、奥に……あたって……」

 

自分がどう動けば太郎が気持ちいいか、まだ手探りだった。

——けれど太郎が反応する場所を見つけたとき、本能がそこを覚えた。

繰り返し、同じ角度で腰を沈める。

 

がくがくと膝が震えた。

——体が貪欲に求めてくる自分に戸惑いながらも止められない。

 

「た、太郎さん……わたし……もう……っ」

 

ぐらりと前に崩れ落ちて太郎の首元に顔を埋めた。

——甘い嬌声が直接耳に注がれる。

 

「もう少し、桜が恥ずかしがっている姿が見たい。

 頑張れるか? 先にイッてもいいよ」

 

首元に埋めていた顔を上げた。

——とろんとした目。理性と欲望の境目でぐらぐら揺れている。

 

「がんばり……ます……」

 

震える腕で体を支え直した。

——腰が再び動き出す。ぎこちなく、けれど懸命に。

見られている。

恥ずかしい姿を。

そう思うだけで中が熱く脈打った。

 

ぱちゅん、ぱちゅんと湿った音が響く。

自分で動く分だけ深さも角度も変わって——予想もしなかった場所に当たる。

 

「ひぁっ……! こ、こんなの……恥ずかしいの、にっ……!」

 

涙目だった。

——けれど腰は止まらない。止められない。

太郎の視線が桜にとって何よりの燃料だった。

「見られている」ことが快楽の導火線になっている。

 

ぶるぶると太ももが痙攣した。限界が近い。

 

「む、むり……です……イッちゃ——!」

 

びくんと背が反った。

——中が激しく収縮して太郎を締め上げる。

 

太郎は掴んだ腰を強く突き上げる。

亀頭を子宮口に突きつけたまま勢いよく射精していった。

 

「ひゅ、あっ――」

 

声が裏返った。——突き上げられた衝撃で思考が白く弾け飛ぶ。

 

「あ、あああぁぁっ——!!」

 

子宮口に押し当てられたまま注ぎ込まれる熱。

——桜の全身が弓なりに反り上がり、びくびくと何度も跳ねた。

目の焦点が合わない。口からは言葉にならない喘ぎだけが漏れ続けている。

 

どくどくと脈打つ熱を最奥で受け止めながら

——そのまま力が抜けて太郎の胸の上に崩れ落ちた。

荒い呼吸。汗だくの体。とくとくと伝わる心臓の鼓動。

 

「なか……あつい……」

 

繋がったままの場所からとろりと白濁が溢れ、シーツに零れた。

——桜はしばらく動けなかった。指先がぴくぴくと震え、余韻の波に翻弄されている。

 

しばらくして、かすれた声。

 

「太郎さんの……ばか。恥ずかしがってるところ、もっと見たいなんて……」

 

ぽすっと太郎の鎖骨に額をぶつけた。

——拗ねているようで、その口元は幸福に緩んでいた。

 

「可愛かった。気持ちよかった。ありがとう桜」

 

お互いの体を反転させて、正常位の形で、射精が終わったペニスを引き抜いていく。

ずるりと引き抜かれた瞬間、小さく声が漏れた。

 

「んぅっ……」

 

ぽっかりと開いた場所から精液がとろりと流れ出る。

——桜は反射的に足を閉じようとして、途中でやめた。今さら隠しても仕方ないと悟ったらしい。

 

見上げる形になった太郎の顔を、まだぼんやりとした目で見つめた。

——髪は乱れ、服は捲れ上がり、太ももの内側は白く汚れている。

それなのに——いや、だからこそ、その表情は無防備で美しかった。

 

「気持ちよかったって……本当ですか?」

 

 

確認せずにはいられなかった。——求められることに慣れていない少女の、最後の防衛本能。

正常位の体勢で太郎の体重を感じながら——そっと両腕を広げた。抱きしめてほしい、の形。

 

「気持ちよかった。何度でも言うよ。何度でもしたい」

 

「……もう一回、してもいいですか?」

 

「ああ、何回でも」

 

キスをする。

 

「次はこの可愛い口でして欲しい」

 

キスを受けてから——一瞬固まった。口で。何を。

 

「え……口、ですか?」

 

性知識が乏しいわけではないが、「してほしい」と言われたことがない。

——桜はもじもじと視線を泳がせた後、こくんと頷いた。

 

おずおずと体を起こす。

目の前にある太郎のそれを見て、息を呑んだ。

——さっき自分を貫いていたもの。改めて見ると大きい。

 

「えっと……こう、ですか……?」

 

ぺろっと先端を舐めた。——お菓子の味見みたいなぎこちなさ。

 

それから小さな口で咥え込んでいった。

——歯が当たらないように気をつけながら。

 

ちゅぷ、と音を立てて頭を上下させ始める。

——要領がわからないから目だけは太郎の反応を必死に窺っていた。

 

上目遣いで。

 

「んっ……ちゅ……こ、これで合ってますか……?」

 

桜の紫がかった瞳に見上げられながらの奉仕。

——その光景の破壊力を、おそらく本人は理解していなかった。

 

「気持ちいい。背筋がぞくぞくするよ」

 

「んぅ、ちゅる、ふふ、楽しいですね、これ」

 

桜は口の中でよだれを増やして水音を大きくしていく。

じゅるっと唾液が溜まっていく。

——恥ずかしい水音。でも太郎の声が気持ちいいと言ったから。

 

桜は言われた通りにした。

舌を這わせ、よだれをまとわせて、一心不乱に口を動かす。

——ちゅぷちゅぷという音は次第にぐちゃぐちゃと卑猥な響きに変わった。

顎が疲れるのも構わず、深く咥えようと頑張っている。

 

んぐっ、と喉の奥まで入りかけて咽せかけた。

目尻に涙が滲む。

——それでも口は離さない。

 

鼻先が太郎の下腹に触れるほど深い。

——桜は夢中だった。

太郎の味を覚えようとするように舌が絡みつく。

裏筋をなぞり上げ、先端をちゅっと吸った。本能と愛情だけの献身。

 

一度口を離して、つぅっと唾液の橋が架かった。

 

「太郎さん……気持ちいい顔してる……」

 

嬉しそうに笑って——またぱくりと咥えた。

その強すぎる刺激に亀頭がピクピクと震えていた。

先端からも限界を超えて留めていた先走りが次々に溢れ始めていた。

 

口の中に広がる塩辛い味。

——太郎の味。桜はそれすらも愛おしそうに舐め取っていった。

 

ぴくぴくと震える先端が桜の舌を刺激する。

——もっと出してあげたい。その一心で桜は吸い付きを強めた。ちゅうっと音が鳴るほどに。

 

先走りが次々と溢れてくると、んく、んくと喉を鳴らして飲み込んだ。

——零さないように唇をきつく締めて。

 

限界が近いことは桜にもわかった。

口の中で膨張していく感覚。

——桜は見上げた。潤んだ瞳で。そのまま——咥えたまま、いいよと言うように目を細めた。

 

「いくよ桜、もう限界――!」

 

びゅるるっと勢いよく桜の口内に放たれた。

 

んっ——と目を見開いた。量が多い。

頬を膨らませながら懸命に受け止めた。——一口、二口と喉が動く。

 

全部は飲みきれなかった。

——口の端から白い雫が零れ、顎を伝って胸元へと垂れ落ちていく。

 

ぷはっと口を離した。糸を引く唇。

——零れた分を指で掬って舐めた。それから、へにゃっと力の抜けた笑顔。

 

「全部は……飲めませんでした。ごめんなさい」

 

謝るところがそこなのが桜だった。

——口元がてかてかに光っている。達成感と幸福感がないまぜになった表情。

 

ごくんと残りを飲んで。

 

「……太郎さんの味、覚えました」

 

とんでもない宣言をさらりとした。——本人に自覚はない。

ベッドサイドのナマモノが微かに身じろぎした気配があったが

——桜には今は気にしている余裕などなかっただろう。

 

「ん、そろそろアルクェイドがご機嫌ななめだから。

 今日の二人っきりはここまでで。3人でしようか?」

 

びくっと背筋が伸びた。

——そうだった。ネコアルクのアルクェイドが待っている。

 

桜がおそるおそる枕元の方に目を向けると——案の定だった。

 

頭の上の耳をぴんと立ててこちらを睨んでいた。

——しっぽがぶんぶんと不機嫌に振れている。

 

あの姿でも真祖の感覚は変化などしていない。

二人の行為の音も声も全部聞こえていたわけで——。

 

とことこと枕元まで歩いてきて、ぶわっと元の姿に戻った。

——何も隠さない。

あまりにも美しすぎる裸のアルクェイド・ブリュンスタッド、真祖の造形美。

堂々としている。

 

「太郎。私のこと忘れるなんていい度胸じゃない」

 

慌ててシーツで体を隠した。

 

「あ、アルクェイドさん……!」

 

桜を一瞥して。

 

「桜。——さっきの「後で覚えてなさい」の件、今だからね」

 

赤い瞳が爛々と輝いていた。

——怒りと欲求不満が混ざった危険な光。三人の夜はまだ始まったばかりだった。

 

太郎はアルクェイドを抱きしめてキスをしていく。

深く。長いキスだ。

 

「待てが良く出来たアルクにご褒美をあげないとな。

 優しくがいい? 強くがいい?」

 

深いキスに目を閉じた。

——舌が絡み合う。ちゅ、くちゅ、と淫らな音。

ようやく唇が離れたとき、銀色の糸が二人の間で揺れた。

 

ご褒美という言葉にアルクェイドの瞳孔がすっと開いた。

——猫の名残のように。

 

太郎の首に手を回して耳元で囁いた。

 

「強く」

 

一言だった

——優しさは二人の時間で十分味わった。

今は違うものが欲しい。置いていかれた分を取り返すような、激しい熱が。

 

とんっと太郎の胸を押して仰向けに倒した。跨るように上から見下ろす。

 

「私が待てしてた間、どんな気持ちだったか——体で教えてあげる」

 

シーツを握りしめて呆然と見ていた。

——さっきまで謎のナマモノだった人が、今は完全に捕食者の顔をしている。

 

振り返らずに桜に声を飛ばした。

 

「桜も見てなさい。勉強よ」

 

真祖の夜が始まろうとしていた。——手加減なしの。

 

 

 

 

 

 

――結局2人合わせて12回を超えた。

 

ベッドで大の字に。

へとへとになった2人を両腕に腕枕をした。

 

「まるで十二の試練を乗り越えたヘラクレスにでもなった気分だった」

 

キングサイズを超越したベッドが軋みから解放されて静まり返っていた。

——戦場の跡のようなシーツ。

三人分の汗と体液が染み込んで、もはや原型を留めていない。

 

右腕に頭を預けて、ぐったりと溶けていた。

真祖が体力切れを起こしている。史上初の事態かもしれない。

 

「十二回……」

 

桜は左腕の内側で小さく丸まっていた。

もう指一本動かせない。——目だけがとろんと太郎を見上げている。

 

「ヘラクレスさんは……こんな幸せな試練じゃなかったと思います……」

 

かろうじて笑った。

 

「言うじゃない桜……」

 

二人とも声がガラガラだった。——叫びすぎたのだ。

 

アルクェイドはすりっと太郎の肩に頬を寄せた。

 

「……でもまあ。待てした甲斐はあったわ」

 

桜は反対側から太郎の腕にぎゅっとしがみついた。

 

「明日も……ここにいていいですか。」

 

問いかけではなかった。

——確認ですらなかった。——ただ、いていいのだという安心が欲しかっただけだった。

 

「当然だ」

 

「当然よ」

 

3人でふふっと笑い、そしてあくびをひとつ。

 

「おやすみ、太郎」

 

「はいっ。おやすみなさい、太郎さん」

 

 

 

 

 

 

 

それからおよそ一ヶ月、太郎とアルクェイドと桜の共同生活、新婚生活のようなものが続いた。

 

桜の力の制御自体もアルクェイドから太鼓判が押される。

 

桜はまだ穂群原学園の学生だ。

そろそろ学生生活に戻らないと、学業に支障も出てきてしまう。

太郎とアルクェイドの決定で、一旦、桜は一旦冬木市の自宅に戻ることになった。

終始戻りたくなさそうにはしていたが。

 

帰る時間はここに来た時間の数分後。

まだ聖杯戦争が終わって3ヶ月。

衛宮士郎と遠坂凛が3年に進級し、間桐桜が2年に進級したばかりの4月の春の日の夜である。

 

放課後には転移で回廊を渡り、毎日通い妻を続けてくれるとのこと。

 

一ヶ月という時間は濃密だった。

アルクェイドによる力の制御の訓練は苛烈を極めたが、桜は泣き言ひとつ言わず食らいついた。

太郎さんに恥ずかしくない自分になる。

——それが桜の原動力だったから。

 

 

回廊の入口に立って、何度目かわからない振り返り。

 

「本当に……放課後、すぐ来ますから」

 

アルクェイドは腕を組んで壁に寄りかかっていた。

 

「泣かないの。たかが数時間でしょ」

 

桜はうるうると目が潤んでいた。

 

春の風が冬木市から吹き込んできた。

四月。

穂群原学園の桜並木は満開を過ぎて散り始めている頃だろう。

——あの日、聖杯戦争の終結から三ヶ月。世界は何事もなかったかのように日常を回している。

 

桜の頭にぽんと手を置いたアルクェイド。

 

「力の制御は合格。ただし慢心しないこと。

 何かあったらすぐ連絡。——あと、学校で倒れたりしないようにご飯ちゃんと食べなさい」

 

こくこくと頷いて、最後に太郎に向き直った。

 

「――いってきます」

 

その言葉を口にするのは——間桐の家では一度もなかったことだ。

笑顔で「いってきます」と言える相手がいる朝がどれほど眩しいか

きっと桜自身が一番よくわかっていた。

 

「いってらっしゃい。弓道部が終わるのが5時くらいだっけ? 

 それぐらいの時間に帰ってくるの待ってくるよ」

 

ぱあっと顔が明るくなった。

 

「五時——はい! 五時に帰ってきます!」

 

尻尾が見えるほどの喜びようだった。

——弓道部の活動時間まで把握してくれている。それだけで桜には十分だった。

 

横で呆れたように笑っていた。

 

「犬か桜は、まったく」

 

えへへ、と照れ笑いしてから

——意を決したように一歩踏み出した。回廊に足を入れる直前、もう一度だけ振り返る。

光の回廊が桜を包んでいく。輪郭が薄れ——春風とともに消えた。

 

 

ふぅ、と息をついた。——静かになった部屋を見回す。

 

「やっと二人きりね。久しぶり」

 

この一ヶ月の共同生活、常に桜がいた。

——朝は桜が最初に起きて朝食を作り、夜は夜で三人で川の字。

二人だけの時間というのは実のところほとんどなかった。

 

するりと太郎の隣に座った。

——肩を預ける。

 

「寂しいとか言わないけど。ちょっと肩が凝ってたのは確かね」

 

「魔術修行の監督なんてアルクにとっては初めてだもんな」

 

肩をぐるぐると回した。

 

「ほんとよ。弟子なんて取ったことないし。

 というか私に魔術って何? 魔術とか知らないし」

 

千年以上を生きた真祖の姫。

——戦闘経験は山ほどあるが、後進を育てるなど初めての領域だった。

 

けれどその口調に不満の色はなかった。

 

「本当に筋はいいのよね。

 制御さえ覚えれば化けるわ。もう化けてるけど。——正直、ちょっと楽しかった」

 

素直じゃない言い方だった。

——が、「楽しかった」がアルクェイド語で最大級の賛辞であることを太郎は知っているだろう。

 

ぼそっと。

 

「でも太郎を取られる時間が増えるのは困るの。」

 

ぐいっと太郎の手を自分の頭に乗せた。

それは撫でろ、という無言の要求。

 

「よしよし。じゃ、桜が帰ってくるまで2人でデートにでも行こうか」

 

「デート!? 行く! 行く! 

 行くに決まってるじゃない。

 ――って行けないでしょ、世界なくなっちゃう」

 

あまりにも当たり前の事だった。

アルクェイドの常識では太郎が外を歩けば世界が蒸発して消える。

 

 

「いや? 魔法のない世界なら俺も自由に出歩けるしな」

 

「は? な、なにそれー! 初耳、それは初耳だけど! どういう理屈?」

 

太郎の肩をガタガタと揺らす。

 

「ラブコメとか、恋愛青春アニメとかあるでしょ? 

 そういう世界に魔法はないんだ。

 どれだけ魔力を持っていても外に影響し得ない。0に何をかけても0になる」

 

「それ言うの遅い! 遅すぎるわ! 

 映画みて、ご飯食べて、デートして、あああーもうやることいっぱいあるのに言うの遅いって」

 

賑やかなふたりだけの次元を超えた世界。

桜が帰ってくるまでの数時間。

2人は慌ただしく世界を超え、家のある次元から消えていった。

 

 

 

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