せともの。~クラスの銀髪の美少女に、僕が攻略される話~ 作:霧里
昼休み。
スマホの振動に呼ばれて、秋月 律はズボンのポケットに手を忍ばせた。
待ちわびた恋人からの連絡。気持ちとしてはだ。生まれてこの方、彼女なんて出来たことはないし。ちやほやされるのも、スマホのゲームの中でだけ。
勇者さま♪
金色の長い髪。キラキラした青い瞳。いまいち防御力の低そうな鎧の中に、大きな胸を押し込んで。いかにも美少女然としたキャラクターが、話しかけてくる。
そう呼ばれるのにも慣れてきた。記号としての勇者は、代名詞と変わらない。
僕の代わりにそう呼ばれる誰かがいる。画面越しに触れては見ても、返ってくるのはガラスの感覚だけだ。
「あははっ、くすぐったいですよ♪」
はにかんだ笑顔がまぶしい。だけど、視線が合った事は一度もなかった。
彼女が見ているのは僕じゃない。僕には世界を救えない。彼の肩越しに向こうを見せてもらっているだけ。
ガチャを回して、女の子を侍らせて。たまに虚しくなることもある。それでも、ゲームを続けている理由は一つだ。
ー イベントシーンを再生しますか? ー
画面に触れるその直前、指が固まった。意味もなく周りを見回して、誰も僕なんて見ちゃいない。休み時間中にスマホをいじる。そんな人はいくらでも。誰が何を見ているか。気にしたって仕方がなかった。
魔が差したんだ。
次の授業が始まるまでの、手持ち無沙汰も手伝って。
せめて、もっと人が少ないところへ行けばよかったのに。立ち上がる時間ですら惜しかった。耳に押し込んだイヤホンが、雑音を遠ざける。逸る鼓動を抑えて画面に触れると、甘い吐息に耳をくすぐられた。
照れくさそうに染まった頬に、少女は耳の先まで赤くして。
目の前に広がった裸に目を奪われる。いつもスキンシップが多めな彼女が、初めて自分の女性を意識していた。両手で体を隠してみても、その恥じらいこそが余計だ。儀式の為。そんなゲーム的な都合は、彼女にとっての真実だ。
作業的に済ませる娘もいる中で、初めてを大切に思う気持ちは輝いて見える。
どこまでいっても普通の女の子。
そうまでしても、誰かを守ることを選んだ強い女の子。
せめて……。そう願う気持ちは、僕も勇者と同じだった。
戸惑いながらも体を開く。そんな彼女を優しく抱きしめた。肌に触れ、声に艶が増す。初めて見たモノに、慌てる姿も可愛らしい。
やっぱり失敗だったな。
のめり込みすぎだ。自分のものが埋まっていく錯覚すら覚えてしまう。
一突きするたび、大きな胸が揺れる。「勇者さま、勇者さまぁ……っ♥」夢見心地な嬌声は、だんだんと乱れていった。近づいてくる絶頂に身悶えながら、彼女は勇者にしがみつく。
お気に入りのキャラクターの初シーンだ。
見入る。見入ってしまう。ここが何処で、今が何時なのかも忘れるほど。
隣を誰かが歩いたのすら気づかない。肩に何かが触れる。拍子にイヤホンが転がり落ちた。流れ込んできた雑音が、僕を一気に現実へと引き戻す。
「あ、ごめん」聞こえた女の子の声は、彼女のものじゃない。
彼女はまだ、イヤホンの向こうで幸せそうに余韻を噛み締めている。
見られた?
「あ、うん」会話ですらない。反射的に頷いてしまっただけ。教室で誰かと少しぶつかるなんて、そう珍しくもないから。スマホを片手にしていれば尚更だ。何も言わずに遠ざかっていく背中。なんだろう? 香水の匂いかな?
想像していた彼女の匂いとはだいぶ違う。
もっと涼しげで、苦みがある。
柑橘類の、シトラスような残り香が、火照った頭を冷やしていった。
******
翌日。
冷静になってみると、やっぱり気になる。
教室の後ろ側。扉から入ってすぐの位置。
早まった。のは確かにそう。体で隠していたつもりでも合った。机の下ならバレないだろうとタカを括って。それも、肩に手が触れるほど近くにいたら分からない。覗き込まないでも、あるいはと。今更になって不安が顔を覗かせる。
「おはよう瀬戸さん」「凪おはよー」
口々に聞こえる朝の挨拶。
ガラリと開いた扉に背筋が伸びた。
「ん、おはー」
渋い声だ。眠たそうと言うか、退屈そうと言うか。
また、シトラスの匂いが鼻をくすぐった。涼しげと言うには少し苦い。昨日と同じ。すぐ横を通り過ぎていく彼女は、僕の方を見てもいなかった。
瀬戸 凪。
クラスメイトと言っても、それだけだ。話すどころか、顔を合わせたことも無い。
最初に見た印象は、冷たそうだ。銀色の髪が、降り積もった冬の夜を思わせたのかもしれない。髪型が、狼のたてがみにも見えた。鋭い目つき。重たそうな瞼。色素の薄い瞳はスマホ見つめるばかりで、他人への興味を欠いている。
美人なのは間違いない。
カフスやチョーカー、カラフルなマニュキュアも、白い肌によく映えた。
そう、なんていうかな。
瀬戸物みたいだ……。
綺麗なのに、冷たそう。氷とはまた違う。溶けて消える儚さよりも、欠けて割れる切なさを描いてしまう。
教室の端と端。ちょうど対角線に彼女の席はあった。
まるで、自分との距離を示すようだ。友人たちに声を掛けられても生返事。スマホを撫でる親指は、船を漕ぎ続けている。
不良……とまでは言わない。悪い噂も聞こえてこない。
ただ なんとなく、自分とは違う世界の人なんだと線を引く。それこそ、ゲームのキャラクターを見ているような現実感のなさだ。
少しだけほっとした。
向こうが絡んでこないなら、きっと何もなかったんだろう。
見えてようが無かろうが、彼女の目には映らない。勿体ないな。笑えば可愛いと思うのに。気が緩む。つい瀬戸さんの横顔を見つめてしまって。
「へ?」
目が合った。
気のせいか?
そう思うほど僅かな一瞬。彼女の瞳の中に僕が映ったような。
あらためて見ても、頬杖をついたまま瀬戸さんは動かない。置物のようにそこにある。僕どころか、周りを囲う人にすら興味を示してはいなかった。
何を考えているんだろう?
今日一日 背中を追っていたせいで、余計な気を回してしまう。
スマホを弄ってはいるみたいだけど、熱心に何かを見てるわけでもない。楽しげな会話の片隅で、彼女はひたすらに退屈そうだった。