※この作品はR-18です。

せともの。~クラスの銀髪の美少女に、僕が攻略される話~   作:霧里

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秘密基地

 

どうしよう。

 

ドキドキする。胸の高鳴りが収まらない。

歩き慣れたはずの廊下が、別の道のように見えるほど。気分はまるで、ラブレターを受け取ったときのよう……ではなく、絞首台に向かう罪人の方が近いかも。

どっちの経験もないけれど、出来れば前者であってほしかった。

 

放課後。

 

帰り支度を済ませて席を立つと、不意に声を掛けられた。

「ちょっときて?」すれ違いざまに呟いたきり、瀬戸さんはさっさと廊下に出てしまう。気のせいかと思うほど小さな声は、だけどそうじゃないらしい。

遅れて廊下に出てみれば、足を止めて振り返った彼女と目が合った。

 

何も言われない。

 

それっきり、先を歩く彼女を慌てて追いかけた。

そこに何があるんだろう。下校の波に逆らって、人影はどんどん減っていく。

無視、してもよかった。彼女との接点なんてこれまでなかったから。きっと、別の誰かに声を掛けたのだろうと頷いて。それでも逃げ出せなかった理由は一つだけ。

 

見られたかもしれない。

 

不安が胸を締め付ける。

 

逃げたって、明日もまた顔を合わせるんだ。今度はもっと強引にくるかもしれない。黙っていてほしければ……。それこそ、エロゲみたいなシチュエーションじゃないか。

 

「あの……瀬戸さん?」

「ん……」

 

返事はあった。無視されると思っていただけに、ちょっと気が緩む。

俯いていた顔を持ち上げて、一秒と持たず顔を伏せる。階段を登り始めた彼女の背中。ひらり、ひらひら。視界の端で揺れる薄い布から、慌てて目を逸らした。

 

女子が何を考えてるのかわからない。

 

見られたら烈火の如く怒るくせに、わざわざスカートを短くして。

逃げ出したいけどそれは無理。鈍る足を無理矢理動かした。付かず、離れずだ。

瀬戸さんの背中が遠のくほどに、スカートの中が近づいてくる。

笑い声? だったんだろうか。ふっと、聞こえた吐息。つい吸い込まれそうになる僕の視線を遮ったのは、彼女の手のひらだった。

 

無心だ。無心。

 

考えちゃいけない。足元に視線を固定して、念仏のように階段を数える。

 

2階から3階へ、3階からその先へ。ざっと煩悩を数える頃には、屋上の扉が見えてきた。出られるんだろうか? 鍵が掛かってそうなイメージはあった。

階段を昇りきった瀬戸さんは、扉に手をかけることなく踊りの場の隅へ腰を下ろす。

 

みかん、好きなのかな?

 

再び感じたシトラスの香り。よく見れば、隅っこに紙パックのオレンジジュースが転がってたりもする。いわゆる秘密基地的な? 舞い上がるホコリの一つに、彼女の雰囲気が染み付いているようだ。

 

校舎の端も端。

 

それも屋上の手前だなんて、確かに誰もこないだろう。口元が緩む。人目から離れて、こっそりと。オレンジジュースのパックをちゅーちゅー吸ってる姿を想像してしまった。子供っぽい一面を見つけて、冷たいばかりの印象が少し和らぐ。

 

「なに?」

 

睨まれて、口元を引き結ぶ。つっけんどんと、不器用な口調に気圧された。

元が美人な分だけ、当たりが強い。眉根を寄せられただけで、射すくめられた気になってしまう。

 

「えと、いや……その。オレンジ、好きなのかなって?」

「ん、ぁぁ……悪い?」

 

めんどくさ。

 

物言わない溜息が、そう言ってるように聞こえた。

似合わない……かな? 勝手な想像だけど、きっと。コーラとか、ジンジャエールとか、そういうキツイのを飲んでるイメージは確かにあった。

 

「違う、違うっ。僕も好きだし、全然いいと思う」

「そっ……。じゃあ、飲む?」

「あ、うん……え?」

 

頷いて、気づく。いまさら断れる空気でもない。

紙パックから伸びた白いストロー。そこには歯型と、薄いリップの跡。

気にしないのか? 「別に?」て言いそうではある。わざわざ指摘するのも、なんか僕だけ気にしてるみたいでイヤだ。

 

「にひっ……♪」

「……」

 

なんか、なんかもう。

 

からかわれていた。

 

紙パックを受け取って、その軽さにようやく気づく。

振ってみれば、一滴二滴あるかどうか。このまま吸い付いてやろうか。目の前でジュッと音を立てれば、瀬戸さんだって少しは慌てるかもしれない。

 

熱くなる頬を隠せないまま、見上げる彼女を見下ろした。

 

弧を描いた口元は、悪戯が成功したのを喜ぶみたいだ。

「ふふっ……♪」吐息が漏れる。春風に吹かれるように、瀬戸さんのスカートもゆらゆらと。緩い体育座りみたいな格好だった。見えそうで、見えない。階段を昇っていた時だってそう。スカートの中がチラついて、何処を見ていいか分からなくなる。

 

「秋月も、ああいうの興味あるんだ?」

「……えと、なんの話し?」

「……」

 

無駄な抵抗は沈黙で抑えつけられた。

 

やっぱり、その話か。苦しいが、頷く以外に他はない。何を誤魔化したって、主導権は向こうが握っているんだ。

 

「スマホ、貸して?」

「いや、それは……」

 

思わず、ズボンのポケットに触れていた。それで何が変わるわけじゃない。

むしろ、そこにあるんだと瀬戸さんに教えてしまっているようなものだ。「なんで?」とか「どうして?」とか、僕の疑問は一斉無視。「いいから」のたった一言だ。スマホを取り返そうとして、掴み損ねた指が滑る。

 

吸い付くように滑らかな肌だった。

 

冷えた指先の向こうにも確かな温もりがあって、爪の先に、骨の硬さも感じられた。どれ一つとして同じ所がない。いつからだ。全て均一なガラスの感触が、女の子のイメージに結びついたのは。頭を撫でても、胸をつついても変わらない。セリフだって同じパターンの繰り返し。その瞬間を切り取ったんだ。そりゃ可愛いんだけど……。

 

触れてみたい。

 

いつもゲームでしているように。撫でて、つついて。瀬戸さんはどんな反応をするんだろう? 思う反面、動けなかった。どう扱ったらいいか分からない。華奢な指先は、触れれば折れてしまいそう。悲鳴でも上げられたら最悪だ。躊躇いが足を竦ませる。

 

「はい、チーズ」

「え、あ……」

 

取られたスマホの画面を向けられていた。

顔認証もこうなると弱い。あっさりとロックを外した瀬戸さんは、手慣れた手つきで指を這わせる。

 

何がしたいんだろう?

 

僕の個人情報に価値があるとは思えないし。エロ画像でも漁られてる?

際どいのは何枚か。あんまり露骨なのは保存してなかったはずだけど。

 

直後。

 

響いてきたBGMに、耳を疑った。

 

耳慣れたエロゲの起動音。それをフルで聞いたのは何時ぶりだっただろう。

 

状況が分からない。

 

クラスの女子が自分の隣でエロゲをプレイしている。

耳をくすぐる少女の喘ぎ声。いつも股間に響くその声も、今日は笑い声に掻き消されていた。

 

「あはははっ。めっちゃおっぱい揺れるじゃん」

「うはっ。ちんこデカ」

「勇者さま早いって。しかも、どんだけ出すんだよ。女の子ベトベトじゃん。いひひひひっ……♪」

 

爆笑だ。

 

不良っぽいって思っていた女子が、エロシーンを見ながら笑い転げている。

これなら猫に話しかけてくれた方が、まだ反応できた。どういう顔をすればいい? 熱くなった頬を隠すみたい頭を抱える。笑い声を聞いて、誰かきたりしないだろうか? 頼むから、せめて声を抑えて。

 

見られてたと分かった時よりも心苦しい。

流れているのは同じエロシーンのはずなのに、興奮するどころか萎縮してしまっていた。

 

涙を湛えた目尻を拭う。

 

一頻り笑った瀬戸さんの顔はキラキラと輝いて、普段の鬱屈した彼女とは別人のようだ。可愛い、と思った。いつもそうしていれば、きっとモテるんだろうに……。考えて止めにした。ゲームのキャラじゃないんだ。人気のために笑えだなんて、そんなの理想の押し付けだ。

 

「あ、ごめん」

 

分からなかった。

 

余計なことを考えていたせいで、文脈が繋がらない。

急に謝られて、はっとなる。さっきまでの笑顔が嘘みたいだ。神妙な面持ちで見つめ合ってようやく。見惚れてしまっていた事に気づいた僕は、照れくさくなって顔を伏せた。それでもおかしい。からかわれる ならともかく、どうして?

 

「いや。好きなもの笑われるのは、普通にイヤでしょ? だから、ごめん。バカにするんじゃなくってさ」

 

ああ、そういう話か。

 

不良っぽい。それだけで、瀬戸さんのイメージを決めつけてしまっていた。ちゃんとそういう気遣いもできる子なんだ。

 

「その……キモいとかって、思わないの? 結構、覚悟してたんだけど?」

「別に? あたしが何かされたわけじゃないし。ああ、でも。階段上がってる時、パンツ覗こうとしてたのはキモかったかな?」

「ぃっ、ゃっ……あれはっ。見てないっ! ていうかっ、そんな短くしといてっ、見えそうになるだろっ!」

「あはははっ、必死すぎっ。ウケる」

 

笑われてしまった。

 

それも、今まで僕が抱いていた彼女のイメージとは少し違って。もっと冷淡に、あしらわれるものだとばかり。初めて話してみた瀬戸さんは、意外なまでに親しみやすかった。

 

「そんなに……面白かった?」

 

だから、口が滑った。いや、そんなネガティブな感じじゃない。もっと単純に話してみたいと思う。とりあえずは、エロシーンであんなに笑っていた理由から。

 

「いや、笑うでしょ? あれは。おっぱいドーンっ、ちんこバーンってさ。くふっ、バっカだぁって」

「おっぱいドーン……んっ」

「ちんこバーン」

「ひくっ。やめ、それ。あははっ」

「ほら、笑うじゃん」

「いや、んふっ。そんな言い方されたら、そりゃ……」

 

思い出し笑い。話しながらも唇は波をうち、瀬戸さんは身悶えたようにお腹をよじる。やっぱり、可愛い。扉の窓から差し込んできた夕日が、瀬戸さんをスポットライトのように照らしだす。

 

よく笑って、よく話す。つられて僕も笑ってしまった。エロシーンの話をしていたはずなのに、空気は乾いたまま。振り返っても夢みたいだ。一頻り笑いあった僕たちは、下校のチャイムに背中を押されて立ち上がる。

 

通学路の途中、瀬戸さんの背中を見送った。

じゃあ、また明日。とはならない。スマホに視線を戻した彼女とはそれっきり。

別々に帰る理由がなかったから、一緒に歩いていただけだ。

 

今日は特別。明日にはきっと元通り。彼女にとっても僕にとっても。青春の1ページに、ちょっとドキッとするような話があってもいいだろう。ありがとう。

胸にしまった思い出が、残りの帰り道を少しだけ彩った。

 

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