せともの。~クラスの銀髪の美少女に、僕が攻略される話~ 作:霧里
翌日。
授業開始のチャイムが鳴り終わっても、瀬戸さんは顔を出さなかった。
放課後になっても、それは同じ。秘密基地も覗いてみたけれど、中身の干上がったオレンジジュースのパックが転がっているだけだった。
「やっぱり……でも」
そういえば、一人でこの階段を降りるのも初めてか。
いつも呼び出されては、帰りは途中まで一緒だったし。どうにも足が重い。
振り返って、思い出してしまう。忘れられるわけがなかった。
瀬戸さんの……
何なんだ。本当に。
あの場で引っ叩かれたほうが、まだ諦めもついた。昨日の今日で休まれると気が気じゃない。彼女の体調を気にかけながらも、保身を考えてる自分がいやだ。
謝ろうか?
スマホを握る指は動かない。自分だって、ノリノリで触ってきたくせに。
思い返せばまだ、股間が甘く痺れるようだ。文句の一つも浮かぶけど、それは中途半端に止められた事への不満が大きかった。
白状すれば、ホッとしたんだ。
合わせる顔がなかった。
問題の先送り。明日もまた、同じ心配をするんだろう。
瀬戸さんが僕のことをどう思っているかなんて、彼女にしか分からないんだから。
校門を抜けると同時に、ポケットの中でスマホが震えだす。
なんとなくそんな感じはした。通知は瀬戸さんからのもの。そこに文字はなく、あったのは一枚の写真だけ。
どこだろう?
看板だけ映されても……ちょっと困る。
個人店ならまだしもだ。何処にでもあるバーガーチェーンの看板は、特徴的な分だけ見分けがつかない。そもそも、僕にどうしろっていうんだ。忠誠心でも試されているとか? 呼びつければ、すぐに来ると思って……。
「バーガーの新作だっけ?」
埋め合わせるでもないけれど、それでチャラになるなら分かりやすい。
一番、近くの店は? もう、考えるのは止めにした。こんな写真一枚で何が分かるはずもない。少なくても、ココに行けばいるはずだ。すれ違ってもそれはそれ。
その時は、バーガーの写真でも送りつけてやろう。
******
居た。
入口から見て一番奥の席に瀬戸さんは座っていた。
人もまばらな時間帯。いるのは学校帰りの学生が主だ。見慣れた制服から、そうではないものまで、同年代の少年少女が思い思いに過ごしていた。
やっぱり目立つな。
そう思ったのは僕だけじゃないらしい。
注文の列に並ぶ間も、遠巻きに様子見していた何人かが瀬戸さんに声を掛けている。実に不機嫌そうだ。舌打ちの音が、こっちまで聞こえてきそう。スマホから顔を上げることもない。察しのいい人はそれだけで、鈍い人は睨まれてようやく。
イヤだな。
それでも、しつこい人はいるもんだ。
普段の僕なら、きっと近づきもしないだろう。
変に絡まれてる女の子を助ける度胸なんてない。ただ、それでも。友人を放っておけるほど、薄情にもなりきれなかった。
「あの、退いてもらえませんか?」
強引に相席していた輩に声を掛ける。内心はもうビクビクだ。気を抜けば、手にしたトレイの重さに負けてしまいそう。邪魔するな、言わんばかりに睨み返されて足が震えだす。
「お、なんだキミも可愛いじゃん。なに、友達? 今から遊びにいこうって話しててさ。3人でカラオケとかどう?」
睨めつけてきた視線が急に丸くなる。声は一段と弾んで猫を撫でるようだ。
今までも、女の子に間違われることはあった。でも、まさかこの場面でか。
ふと横を見れば、瀬戸さんの肩がプルプルと震えていた。口元を抑えて、必死に笑いをこらえているようだ。
相手になんかしてられない。
タイミングもちょうど良かった。
隣を歩いていた恰幅の良い店員さんに声をかける。「すみません」たった一言で察してくれたようだ。シャチの擬人化。あるいは、クジラが服着て歩いているような。そのへんの不良が逆らえる筋肉じゃなかった。この店員さんと比べたら僕なんて、確かに女の子と変わらない。「どうぞ、ごゆっくり」手慣れたもので、ひょいと不良を放り出した店員さんは笑顔を残して去っていく。
「いつまで、笑ってるのさ……」
「いや、だって、笑うでしょ……いひひひっ。なんで、あっきーまでナンパされてんのさ、あはははっ♪」
肩を震わせるのにも耐えかねて、いよいよと吹き出した瀬戸さんは、お腹を抱えて笑い出す。さっきまでの不機嫌は何処へやら、代わりに唇を尖らせたのは僕のほう。
「別に、今までだって間違えられることはあったし……」
「かわいい顔してるもんね?」
「悪い?」
頬杖をついてそっぽを向くと、つい悪態が口をついてしまった。
子供っぽいと、分かっているのにどうしてだろう? 瀬戸さんの調子に乗せられて口が軽くなってしまう。
「良いと思う。あたしは好きだな?」
同じように頬杖を付いた瀬戸さんは、満面の笑みを浮かべてみせた。
からかわれているのは分かっても、嫌な気分はまったくない。どうしてか、彼女の顔を素直に見れなくなった。「好き」の言葉に、僅かな期待が煽られる。忘れたいのに、どうしても。熱を持ちそうになった感情を慌てて吹き消した。意識するたび焼き直しては、印象が深く根付いていく。
「あの、これ」
「?」
頬の熱を誤魔化すように、もってきたトレイを瀬戸さんの方へ押しやった。
「バーガー奢るって。だから、新作の」
「出したらって話でしょ? え、あっ。ごめん、ごめん。そっかそっか」
「ちがっ!? ちょっと、勝手な勘違いしないでよっ」
おっとっと。一瞬、きょとんとした瀬戸さんは、足踏みしたように口を閉ざす。
まるで、理解のある彼女のよう。けれど、その勘違いをそのままにして置けなかった。
バーガーに伸びた手を掴む。
自分でも驚くほど大胆に。
瀬戸さんは余裕を崩さないまま。立ち上がりかけた僕を見上げてほくそ笑んだ。
「勘違いねぇ。自撮り、使わなかったんだ? あたしはてっきりさ」
出鼻を挫かれる。しぼんだ勢いは、立ち上がりかけた足をそれ以上に持ち上げない。
「既読無視はよくないとおもいまーす♪」
「それは、忘れてただけで……」
「なんで?」
「なにって別に、いいでしょ。たまたまで、悪かったよ」
掴んだ手が逃げていく。バーガーの包装紙を開いた瀬戸さんは、狼のように大口を開いて齧り付いた。
「おほっ、うまっ。ていうか、あっきーの分は? なんも食べないの?」
「いいよ、僕は……」
意外と高かった。期間限定の高額商品は、急な出費にしてはちょっとつらい。
美味しそうにバーガーを頬張る彼女の姿が、せめての救いだった。
「あたしだけ食べるのもなぁ。あ、そうだ。じゃあ、ポテトを恵んであげよう」
細い指が一本と、ポテトをつまみ上げる。
そのまま僕の方へと手を伸ばした瀬戸さんは、ニコリと微笑んだ。期待してたわけじゃない。お金出したの僕なんだけどって、文句も多少は。
一つ、分かったことがある。
瀬戸さんはわりと、好きなものには執着する方らしい。齧りかけのバーガーを寄越してくるかと思えばそうじゃない。オレンジジュースと一緒に、腕の内側に確保してあった。外側に追いやられたポテトが、ちょっと憐れに思う。
恥ずかしがってもしょうがないか。
キスする直前までいったことを思えば、こんな悪戯ぐらいで顔色を変えてられなかった。塩気と、カリッとした食感。噛めば噛むほどポテトの甘さが広がって、唇に触れた指先の柔らかさが離れなくなる。
絶対わざとだ。
口を開いた瞬間、強引に押し込んできてさ。油を塗りつけるように、唇を撫でられた。指先をペロッと舐めた瀬戸さんは、そのまま何事もなかったかのようにバーガーに齧りつく。
なんだろう?
ふと足の上に、何かが転がり落ちてきた。
机の下を覗き見れば、床に転がった学生靴。白い靴下に包まれたつま先が、ちょんっと、からかうように伸びてくる。くすぐられて、くすぐったい。つま先で足を突かれるくらいならまだ、いつもの僕らの距離感のはずだった。
脛から、膝へ。
足を伸ばして太ももの内側にまで、入り込んでくる。
思わず立ち上がりかけた。ガタっと大きく机が揺れてもお構いなし。集まってくる周囲の視線に射竦められた僕は、大人しく席へ戻るしか出来なかった。
「で、感想は?」
「感想って、なんの?」
知らないふりをした。分からないはずがない。
送りつけられた自撮り写真は、まだ僕のスマホに残ったままだ。瀬戸さんの表情は変わらない。一見すれば うまうまと、バーガーに齧りついているようにしか見えなかった。
脱ぎたてのつま先は少し蒸れていて、靴下越しに伝わる熱が、太ももの内側に汗を浮かび上がらせる。これ以上は……。足を閉じて、手で押し返す。股間の周りでモゾモゾされると、イヤでも反応が大きくなった。
違うんだ。間違ってるよ。
瀬戸さんは勘違いをしているんだ。多分、僕が一人で続きをしてしまっているか、自撮り写真をオカズにしたんだと思ってるはず。
だけど……
出来なかった。明日、合わせる顔がなくなってしまうから。あまりのやましさに指が止まって、エロゲの世界に逃げ込んだ。好きなシーンを再生しながらも、頭の中では彼女の顔がチラついて仕方ない。それでも、なんとか強引に抜いてしまおうとした時だった。
スマホの通知に、視線が泳ぐ。
曝け出された白い肌が瞼に焼き付いた。
艶のある唇。大きく開いた胸元と、縁を飾るブラのレース。
心臓が止まるかと思った。反射的に既読を押してしまう。慌てた指がスマホを取りこぼして、昨日はそれきり。結局何もできないまま。変な夢を見るたび飛び起きて、興奮は今も解消できていない。少し悪戯されくらいで、抑えていた衝動が吹き出しそうだった。
「瀬戸……さん。ほんとに、まって。今は、ダメだから」
大きく膨らんだ僕のモノが、親指に蹴り上げられる。
中途半端な刺激が余計に辛い。直接触れてほしくなる。下腹に力が入った。今にも出しそうになるのを飲み込んで、それでも先端から溢れるものを止められない。
もう、最悪だ。パンツの中が濡れて、滑りがよくなっていく。周囲の雑談が笑い声に聞こえていた。情けない自分を指さして、皆で僕を笑っているみたいだ。
******
様子がおかしい。
ちょっとからかうだけのはずだった。伸ばしたつま先に、固いものが当たっているくらいはなんでもない。真っ赤になって、慌てた顔も可愛いと思う。
もうちょっとだけ。お気にの男の子にちょっかいをかける。ぐっと足を押し込んだ。残念でしたのまた明日。イジケた顔が見たくなって、つい調子乗ってしまったんだ。
足の裏がヌルリと滑る。
靴下越し、ズボンの上からでも、そこがどうなっているかなんて簡単に予想が出来てしまった。あまりに早すぎる。なんでもう濡れてんだ、コイツ。バーガーを齧る口が止まって、包装紙越しに秋月の顔を覗き見た。
耳までもう真っ赤。
俯いて、肩で息をしている。
「瀬戸……さん。ほんとに、まって。今は、ダメだから」
震えた声は、秘密基地での一件を思い返すのに十分だった。
ううん、それ以上だ。消え入りそうなほど掠れた声に、意地を張る余裕はのこっちゃいない。じゃあ、今はなんだっていうの? ちょっと触っただけじゃん。
そんな反応はまるで、昨日の続きをしているみたいで。
「は? あんた……マジ?」
「だから、ほんとに、足……やめ。もう、無理だから」
「なんで?」聞かずにいられなかった。
あたしですら、さっさとオカズに使ってしまったっていうのに。そんなになるまで、ずっと我慢してた意味が分からない。
「なんでって……。何もされてないからって、イヤでしょ? できないよ。友達に……そんな、雑につかうなんて」
罪悪感。
今更になってだ。
遊び半分で使ってしまった自分に突き刺さる。友達と言われて嬉しい反面、なにか腑に落ちない。抜いてしまったと、白状されればそれまでだったのに。そんな風に言われたら、伸ばした足の置き場に困ってしまう。あたしにとっての秋月は、ただの……。
「ちょっ、まっ!? なに、して。だめって……」
もう、余裕なんかないくせに。それでもまだ我慢するんだ。
伸ばしたつま先を押しのけられると、妙に胸がざわついた。ムキになってるのは、お互い様か。出したい彼と、出させたい あたし。気持ちは同じ筈なのに、決定的に噛み合わない。
「あたしの、せいなんでしょ?」
「……」
だったら早く。
首振って、それだけ。秋月はもう、声も出せなくなっていた。
熱の籠った吐息は、快楽を吐き出し続けている。このまま止めていい。もう時間の問題だ。自分の身じろぎ一つで果ててしまう彼の姿は、きっと映えるだろう。
でも、なんだかイラつく。
ここまでしてやってんのにさ。
じゅっと、オレンジジュースを吸い込んで、ストローをガジガジと噛み締めた。
甘酸っぱくて、いつもより苦い。こっちまで変な気分になってくる。冷えたジュースを流し込んでいないと、顔に出てしまいそうだ。
早く出せって、もう。
通りすがり、怪訝な顔を浮かべた誰かを睨みつけて追い払う。
周囲の視線が鬱陶しい。端から見ればケンカしてるカップルにでも見えるのか。
自分の容姿を抜きにしたって、過剰な注目を集め始めていた。
「……使えば、いいじゃん」
ぶっきらぼうに呟いた。
秋月の前髪が揺れている。
顔を上げ、息を呑んだ彼の瞳を見れない。つま先に意識を向けて、視線から顔を背けた。心臓を踏みつけてるみたい。鼓動は膨らんで、大きくなる。挟んだ足の指を押しのける勢いだ。あの時の続きにしては、あんまりに乱暴だった。足で擦るたび、彼の吐息は深くなっていく。
バーガーショップの奥の席。
誰の人目がある場所で、ヤバいと思うのに、止められない。
早く、出せ。
気持ちは急いて、足の指がつりそうだ。
ガタっと、小さく机が揺れた。
波のように広がる視線に、心臓が飛び出しそう。
閉じた太ももの隙間に、つま先が挟まれた。
濡れた指先から伝わる熱に、彼の残り香を思い出す。ズボンの向こう側を想像してしまった。白く濁ってドロドロと。据えた匂いが糸を引くように、滲んだ汗が肌を伝い落ちていく。彼の瞳を盗み見る。そこに映るあたしはまるで、ゲーム画面のあの子のようだった。
達成感と、ちょっとの不満。
苦し紛れに齧ったポテトは、すっかりと萎びてしまっていた。