せともの。~クラスの銀髪の美少女に、僕が攻略される話~ 作:霧里
通い慣れたコンビニで、凪が手にしていたのは男物の下着だった。
流石にやりすぎだ。
何がそうさせたんだろう。からかうにしたって、あんな場所で、あそこまでするつもりは……。本当になかったか? 自問して、思い悩む。バーガーショップがブレーキになっていたとして。じゃあ、いつもの場所だったら? 友達をオカズに使えない。あっきーのくせになにさ。使ってしまった あたしがまるで__まるで。
「ちっ……無地しかないな」
いや、柄物もあるにはあるけど、選べるほどの種類は全然。
そもそも彼に似合うパンツとは? 純朴な見た目と重なったのは、白いブリーフだった。仮にあっきーがそれを履いていたとして……。
想像してしまった。
縮こまって、赤くなった顔を。両手で必死に体を隠す姿。脱げたズボンに、真っ白い布地が目に入る瞬間。ちょっと冷めそう。同じダサいにしても、ちっちゃな赤リボンがついてる方が似合いそうで困る。
まぁ、無難に黒で……。
ボクサーパンツっていうんだ。見た目にトランクスとの違いは分からないが、彼のイメージからも離れちゃない。あれで、私服が妙にカラフルだってこともないだろうし。それはそれで何かイヤ。
「はっ……イヤってなんだよ」
鼻で笑う。隣で歩く自分の背中を追い払うように。
何でも無いはずだ。あたしにとっての あっきーはただの……なんだ。「友達」そうなんだとは思う。少なくとも、つまらないショート動画を流しているよりは、一緒にいてずっと楽しい。
「あの、お支払いは?」
「え、あ、えっと……」
店員にせっつかれて、慌ててスマホを取り出した。
気づけば、後ろに列は伸びていき、せっつくような視線が背中に突き刺さる。
何やってんだか。
朝のコンビニで、男物のパンツを買うなんて。こんなの誰かに見られたら面倒だ。
レシートも受け取らないまま、パンツを学生鞄の奥へと突っ込んだ。
自動ドアを抜けると、朝日の眩しさに瞼を落とす。
一方的にからかうだけの関係に名前がついた。
そういう意味では相思相愛だ。だけど、そこに線を引かれたみたいで、なんだかモヤる。振り返った自分の行為は、明らかに度を越えていた。
嫌われてない。許してくれてたんじゃない。友達だと、彼がそういったのは遠回しな拒絶だったんじゃないか。
後悔。
何をいまさら。
晴れやかな天気とは裏腹に、気だるい朝の始まりだった。
*****
しと、しと……
今朝はあんなに晴れていたのに、1限を過ぎる頃には曇りだし、あれよあれよと雨はふる。屋上前の踊り場に差し込む光は ただ重く、湿気た空気にカビ臭さが匂い立つ。
_きて
スマホに浮かぶ最後のやり取りに返事はなかった。
壁のように立ちはだかる既読。それを見上げたあたしは、こみ上げる何かを無理矢理に飲み込んだ。まあ、うん。誰が悪いかと言われたら、あたしが悪い。ここだけの話ならまだしも、外でまで。同じ事されたら、間違いなくぶん殴ってる案件だ。
「はぁ……めんどくさ」
心の何処かで期待していた。追いかけてこいとは言わないけど、せめて。
授業中ですら、スマホを手放せない。「どうしたの?」「大丈夫?」心配してくれた あっきーからのメッセージを期待してスマホを撫でる。
「ちっ……。既読無視は止めろって言ったじゃん」
きっと照れてるだけだ。女の子とのやり取りなんて、いかにも慣れていなさそうだし。返事を考えてる間に、授業が始まってしまって後回しになってるだけ。
だけど、もし。頭の中でグルグルと、不安が渦を巻いていた。
パンツを買うまでは、まだ何とかなると思ってたんだけどな。
まさか、渡すタイミングすら見つけられないとは。
話したいなら、引きずってでもこればよかったんだ。でも、出来ない。ふっと、目を逸らされたら? 手を振り払われてしまったら? 想像しただけで、しんどくなった。
__クシャリ
握りつぶしたビニール袋に手のひらを引っ掻かれる。
もう、どうでもいいか。
思い返せばイヤな女だったかも。下心丸出しで、鬱陶しいと思っていた男どもと同じような事をしていた。イジメだと思われても仕方ない絡み方。ゲームだと許されていた行為だって、好きがあってこそ。何よりこっちは現実だ。今のあたしはヒロインよりも、悪の女幹部の方が似合うだろう。
「ふふっ……」
吹き出しても笑えない。
握りしめたパンツを振りかぶる。
壊れたオモチャを投げ捨てる子供みたいだ。
仲直りをするよりも、諦めて距離を置く。もういいや。こんなに面倒くさいなら、友人らしい友人なんて。
******
授業中。教室を抜け出す瀬戸さんを見た。
保健室だとかなんだとか。サボりの口実でも、そう言われると先生も口を挟みづらい。お節介。なんだと思う。本当に気分が悪いだけかもしれない。
ただ、退屈そうにスマホを弄るその横顔が、思い詰めているようにみえた。
授業を抜け出すなんて、初めてだ。
自分でも何やってんだろうって思う。
「と、トイレに……」
恐る恐る手を上げるだけで、集まってくる周囲の視線。
我関せず、どうどうと。瀬戸さんのようには出来ない。一番扉に近い席で本当によかった。ビクビクと縮こまりながら、彼女の後を追いかける。
校舎の端へ。階段を降りずに上へと上がった。
どうせ、保健室になんていないだろう。
_きて
授業が始まる前。スマホに送られてきたメッセージは、たったそれだけ。
ネイルにピアスに、髪の色だって。普段着飾っている彼女からは、考えられないほど簡素な文面には、場所も時間もかいてない。
放課後に顔を出せば良いのかな?
休み時間まで待つべきなのか。
迷った僕は、結局彼女の後を追いかけた。
放っておけばいい。今までされたことを思い返せば、もう。お人好しだと、誰かは言うんだろう。あるいは、同情してるだけなのかも。教室で退屈そうしている瀬戸さんと、秘密基地で笑う瀬戸さんが結びつかない。
友達。
あの日、初めて彼女をそう呼んだ時の驚いた顔。
一瞬表情が消えたかと思えば、ストローをガジガジと噛みだして。何を、苛立っていたんだろう? 僕が思い通りにならないのがそんなに?
……使えば、いいじゃん。
思い返すだけで、汗が吹き出しそうだ。
僕を煽るだけの言葉。止めを刺すための最後の一声。とても、そんな風には。
どちらかといえば、同じ沼に引きずり込もうとする力があった。もっと、友達以上の距離感を望まれたような。
同じ授業を、一緒にサボって。
まるで、共犯者。
__クシャリ
秘密基地に足が届く直前、ビニールを握り潰すような音がする。
気になって顔を覗かせると、男物のパンツを握りしめている瀬戸さんと目が合った。
ー
「何、やってんの?」
突然に声を掛けられて、あたしはがっつり固まってしまった。
来るはずないと諦めて、来て欲しいと期待して。振り上げたパンツの落としどころが分からない。訝しげに目を細める彼の仕草に、ぱあっと顔が熱くなる。
「えと、ちがっ。これはだって……この間、ダメにしたから。代わりにって」
「うん、うん、それで? ふふっ……」
「笑うなよっ!?」
右を見て、左を見る。もう捨ててしまおうかと思っていたのに。
振り返った自分の姿はどうだ? 男物のパンツ握りしめて興奮してる女とか、エロゲの中ですらまだお目に掛かったことはない。
「アンタのなんだからっ!」
なんて言い草だ。自分で処理できなくなった感情を、パンツに変えて投げつける。
イヤなキャッチボールだ。でも、受け取ってもらえた。拾われていくパンツを見て、緊張の糸が緩む。いつもとは立場が逆なんだ。笑いをこらえる彼の姿に、どうにも調子が出なかった。
ー
笑いすぎたかな?
膝を抱えた瀬戸さんは、僕の隣で すっかりとむくれてしまっていた。
掛ける言葉に迷いながらも、その隣へと腰を下ろす。
盗み見た横顔は悪くはない。不機嫌そうに見えても、教室を抜け出した時よりは随分と機嫌はよさそうだ。
「履いて欲しいとかじゃないから。黒で、無地の。一番無難だっただけ。あっきーの趣味とか分かんないし。だから別に、いらないなら捨ててよ」
「使うよ。せっかく瀬戸さんがくれたんだし」
「そういうんじゃなくてっ! あーっ、もういいっ」
沈黙に耐えかねて、聞いてもない言い訳を並べ立てる。
立場が逆ならそうだろう。もし僕が女物のパンツを握りしめていたとして、まるっと変態だ。なんとしてでも誤解を解きたいと思うはず。
それに失敗してしまったら?
誤解も何も。開き直ってしまえば僕だって、きっとそっぽを向くだろう。
頬が赤い。肌が白い分だけよく目立つ。まるで赤い風船のようだ。指でつついたら、ぷすっと空気が抜けてしまいそう。
替えのパンツか。
どうせなら、その日にほしかったな。
濡れたまま帰るのは、なかなかに心地が悪かった。
付き合いきれないと、距離を取るには十分過ぎる。
もともと僕に興味があったわけじゃない。エロゲってものに引かれて、そこにいたのが僕だった。ただの気まぐれ。小動物を突っつくようなぞんざいさ。
彼女にとっての僕は小兎か何か。抱いた手の中から逃げてしまえば、追いかけるまではしないはず。
思い返せば腹も立った。
流された僕も悪いが、やっぱりアレはない。
だけど「友達」とまで言ったんだ。後ろ足で蹴飛ばすには、まだ少し。本当の所を、僕はまだ瀬戸さんに聞いていなかった。
「もういいじゃなくてさ。ごめんなさい、でしょ?」
「ぅっ……」
あからさまに言い淀んだ。
いつも主導権を握っていた彼女が、初めて言葉を詰まらせる。
不器用なんだ。パンツまで買ってきて。ごめんと言ってくれれば、僕は許せたのに。だから、瀬戸さんの顔を覗き込む。だって、まだ聞けていない。許すのはそれからだ。
抱えた膝に顔を埋めて、視線が遮られる。
それでも構わず彼女を見続けた。罪悪感がある分だけ、沈黙が苦しいのは瀬戸さんの方だ。僕はいつまでだって待ってられるし、その瞬間がちょっと楽しみでもあった。
「っ……さい」
「え、なに? 聞こえないんだけど?」
煽ってるつもりはない。ただ、本当に聞こえなくて耳をそばだてた。
抱えた膝の裏側で、何かブツブツと呟いてはいる。そのうち肩は震えだし、カンカンに熱した鉄みたいに耳が赤くなった瞬間。
それは、吹き出した。
ー
「うっさいっ!!」
うがぁぁぁぁっ!
吠えたあたしは、勢いのまま あっきーを押し倒していた。
肩で息をしている。心の中がグチャグチャだ。彼の言う通り、まずは「ごめんなさい」だ。
言いたかったことはそれだけ。
ちょっと煽られたくらいで、なんで。せっかくくれたチャンスなのに、台無しにしてしまった。
「悪いのは、あっきーでしょっ。既読無視はやめろって言ったじゃん、なのにっ! あたしが、どれだけ……っ。パンツ無駄買いしたかなって、お小遣いピンチでっ、モヤって、捨てるところだったじゃんっ!!」
一気に捲し立てて、ようやく頭が冷える。
押し倒した彼の顔すらまともに見れない。失望、軽蔑? 冷めた視線を向けられるのが怖かった。えっと、だから、その。早く言わなきゃいけなのに、余計な感情が口をふさいで、勇気が出てこない。
「ごめんね、瀬戸さん」
もう、最悪。顔から火が出そう。先に言われてしまった。
お手本を見せられたみたいでイヤになる。完全に子供扱いだ。言われなくたって、言ってやる。今言おうと思ってたのに。あっきーが変な空気にするんじゃん。
「……ごめん」
ようやく絞り出した一声は、あんまりにもダサすぎた。