せともの。~クラスの銀髪の美少女に、僕が攻略される話~ 作:霧里
少しだけ、瀬戸さんと仲良くなった。
週に1・2回だったのが、3・4回に増えただけ。
数字としては些細な変化でも、体感としてはほぼ毎日。土日の休みを除けば、平日は秘密基地に入り浸ってることになる。
__オレンジジュース。来る前に買ってきて
__うん
スマホをポケットにしまい、手を伸ばす。
自販機から紙パックを引っ張り出した僕は、屋上に続く階段を昇っていった。
「ねぇ、あっきー。ガチャ回していい?」
「いいけど。課金とか止めてよ?」
「ん、まかせて」
そのための石は、結構溜まっていた。
僕がというよりも、瀬戸さんが。最近は、彼女のプレイ時間のほうが長いくらい。
僕のやったことと言えば、会わない日にデイリーを回したくらいだった。
あんまり やりすぎても、彼女のやることが無くなってしまう。それは、なんだか……。モヤっとした。多分、寂しいんだと思う。
駄弁りながらゲームを回す。
スタミナが切れたら今日はおしまい。
エロイベントが解放された時は、ちょっとしたお祭りだ。目を輝かせた瀬戸さんは、食い入るように画面を覗き込む。時に笑いながら、時に訝しげに。
変わったことと言えば、もう一つ。
ホーム画面に戻るまでの暗転が、少し湿っぽくなったこと。
シーンの最後にもなると、だんだんと口数が少なくなっていく。僕は当然として、瀬戸さんまで黙ってしまうと、漂う余韻が焦れったかった。
「あっきー?」
「え、あ……んっ」
呼ばれて、顔を向ける。
驚く間も無いままに、濡れたストローの先が僕の口を塞いでいた。
「残りあっきーの分ね。はやく持って、ガチャ回せないでしょ?」
「え、でも。いいの?」
「何が? 買ってきたのあっきーじゃん」
「それは……そうなんだけど」
まさか、分けてもらえるとは思わなかった。
振れば波打つ。汗をかいた紙パックは、まだ飲めるだけの中身があった。プレゼント、という雰囲気でもない。思い出したのは、バーガーショップでの光景だ。
バーガーと一緒に囲われたオレンジジュース。
一口だけと頼んでも、絶対に分けたりなんかしなかっただろう。
それを、自分から。からかうでもなく、まるで当たり前のように。ポテトよりは大事に思われてるのかな? 指摘したら腕の内側から追い出されてしまいそうで、何も言わずに受け入れた。
_
銀髪のショートヘア。可愛いよりも美人系。
スレンダーな体型が、クールで知的な印象を強くする。派手な演出とともに現れた少女は、そっけない態度を崩さない。最初に見た金髪の女の子とは正反対だ。
あっきーの好みからは外れるだろうが、それはそれ。
あたしの興味は尽きなかった。
毎度毎回、あの手この手で、そうはならないでしょ。
笑いながらも見てしまう。今回は どんなこじつけ方をするんだろう。それも、SSRの新キャラだ。中途半端な演出は許さない。気分はさながらエロゲマイスター。大きく揺らすほどの胸もないなら、さてどうだ?
「あっきー、イヤホン、出して?」
ドキドキして、ワクワクする。
待ちきれずに、彼をせっついた。
「なんで片言?」笑われても気にしない。当然のようにイヤホンを分け合ったあたし達は、じっと画面を覗き込む。
…………
なるほど。
うん。
そっか、そっか。
シーンが終わり。余韻が残る。
聞こえる鼓動は誰の音? イヤホン越しに彼の心音が届いているのなら、あたしの高鳴りだって当然。耳を澄ましているんだろうか? じっとして動かない。
暗転した画面に映る彼とあたし。見つめ合っていたことに気づいた途端、さっと目を逸らす。なんだか気まずい。銀髪の美少女が、なんとなく あたしに似ていたせいもあるんだろう。
白い肌に焼き付く平手の跡。
揺れていたのは胸じゃなくて、尻だった。
打たれる度に身悶える。パシンっと響く音に胸が締め付けられた。どんなに責められてもイヤだと首を振り、握った拳を緩めない。
一体彼女が何をしたっていうんだ。
吐き出された熱が耳に絡みつく。目にはハートを浮かべて、こんなの完全にご褒美じゃん。事件を遡れば、勇者のパンツが無くなっていた所からだ。答えはコレ。
今まさに、盗みを働いていた彼女を問い詰めているシーンだった。
……お仕置きプレイ。
そういうのもあるのか。
よく思いつく。呆れを通り越して、関心さえしていた。
しかし、これは、どうにもバツが悪い。男のパンツを握りしめている少女と、先日の自分が重なってしまう。
罪悪感と好奇心。
バーガーも奢ってもらって、ジュースも買ってきてもらった。あたしはただ許されただけ。あんまりにも釣り合いがとれていない。パンツ一枚買ってきたくらいで埋められるものじゃなかった。
そんなに、良いものなんだろうか?
シーンとして採用されるぐらいだ。
需要は少なくないはず。問題は、あっきーのニーズを満たせているかどうか。
ちゃんと続きをして上げよう。責任取れって言うなら多分した。でも、昨日の今日でどの口が。自分から口にする勇気まではない。
「あの、あのさ……あっきー?」
足を崩して、お尻を持ち上げる。
四つん這いになるのはちょっと。横座りになって、お尻を向けるのが精々だ。
だからって、そうはならないでしょ?
自分で何度もツッコんだ事なのに、案外となるものだ。
おかしいって、普通はさ。当たり前は届かない。繋がっていたイヤホンがポンっと外れて、彼の鼓動が遠くなる。
「してみる? おしおき……」
苦し紛れに吐息を飲み込む。鼻を抜けるオレンジジュースの爽やかさとは裏腹に、汗ばむ肌は湿っぽい。触れたい。触れてほしい。頭の中が一杯だ。正気が削れていく。バカになってるのか、ヤケになってるだけなのか、自分でも見分けがつかなかった。
「だから、そういう冗談はダメだって」
さっと、顔を背けられる。身を捩って、距離を取られた。
それは、そう……だよね。胸が苦しい。締め付けられた指先が青くなるみたいに、心が冷たくなっていく。冗談は、冗談だけど、冗談じゃない。そういう風に仕向けてきた あたしが悪い。分かっても、いざ拒否られると結構凹む。
「違うって。あたしが、興味あって。お尻叩かれてとかさ……変じゃん、そんなの。自分でするのもバカっぽいし? なに? それとも あっきーは、女の子のお尻叩くのがエッチだって思うの?」
ー
「いや、それは……」
迷う。そうだろう。
お尻を叩かれて、喘ぐ女の子。痛そうで見てられないのに、鼓動が乱れた。
ただちょっと、瀬戸さんに似てるなと思いながらも、口にはしない。指摘したら最後、どうしたって重ねて見てしまいそうだった。
悪いことをして叱られている。
僕にだって経験はあった。エッチな事なんて、何も。ここで頷くのは、何か違う。
でも、惹きつけられた。頬を染め、姿勢を崩した少女の姿。差し出された太ももと、スカートの影へと続くお尻の丸み。ゲームのシーンと、今の瀬戸さんに、どれほどの違いもなかった。
「……叱る、ならさ? ちゃんと叱ってよ。あっきー」
殺し文句だ。
上目遣いにそんな事を言われたら、もう抑えきれるものじゃない。
ゆっくりと右手が上がって、見下ろす彼女は息を飲む。怯えているのか、期待しているのか、追いかけてくる視線は僕を捉えて離れない。
右手を閉じては、また開く。
どのくらいが良い? 思いっきりに叩いてほしいの?
力加減を尋ねるように、瀬戸さんに見せつけた。零した吐息はわずかに震え……。
呼吸が止まる。
校舎の中と外。普段から聞こえている雑多な音も静まり返り、僕たちは二人だけの世界で見つめ合った。
スパンっ!
一瞬の静寂を破ったのは、肌を打つ乾いた音。
それは拍手よりも深く響いて、一層と浅ましい。
「いっ、たぁぁぁっ……。ぇぇ、まじかぁ……これ。痛いだけじゃん、やっぱ」
上がる悲鳴と同時に、手のひらが熱くなった。
ドクンと、強く波打つ鼓動。床で丸まり、身悶える彼女の姿に動揺を隠せない。
悪いとは思う。だけど、胸が空いたのもまた事実だった。
「ていうか、あっきーもさ。もうちょい加減しても、いきなり強く、ひゃっ!?」
なるほど、悪くない。
ぶつくさと文句を言い始めた瀬戸さんに、もう一度手のひらを打ち鳴らす。
上がる悲鳴が小気味いい。何度もお尻を叩いている内に、力加減も分かってきた。
悲鳴から、トゲが抜けていく。心苦しさに揺らぐ理性を押し込めた。そろそろ彼女には懲りてもらわないと。あんまり滅多な事をしないで。僕が良くても、瀬戸さんに何かあるのはイヤだ。
お尻を打つたび、広がる爽やかな香り。
シトラスの甘酸っぱい匂いは、熟した果実のように潤いを増して、僕の胸を掻き乱す。何をやってるんだろう? しつけ。分からせ。ただのお仕置きプレイ。
いくつも浮かび上がる単語の中に、一つ、見慣れない言葉を拾い上げる。
「ダメ……だからね? 瀬戸さん。僕以外にこんな事、僕にだってさ……」
嫉妬だ。
僕以外の誰かに彼女が甘えている姿。そんな物を勝手に想像して、その苛立ちをぶつけてしまう。
「しないって、こんなっ。いっ……。こんなことするの、あっきーくらいで」
「ほんとに?」
うん、うんっ。
ゾクゾクした。言葉にならず、必死に頷く後ろ姿に得も知れない興奮を覚える。
どんなエロシーンでも得られなかった高揚が、僕を沼底に引きずり込んだ。
「だから、僕にもダメだって」
「まって、まってっ。分かってる、もうしないっ__たぁ!?」
悲鳴に混ざる涙声。罪悪感を抱くどころか、いよいよと興奮が勝った。
もっと見たい。瀬戸さんのダメなとこ。口を割らせたくなった。例えばゲームの彼女のように。
「ね、ねっ? あっきー、ちょっとたんま、いったんまっ__!」
声どころか、振り返った瀬戸さんの瞳には涙が滲んでいた。
「ごめんね、瀬戸さん」
謝って、スカートの上から優しく触れる。
生地越しにでも伝わるほど、彼女の肌は熱くなっていた。どれだけ赤くなっているんだろう? 逃げるように肌を寄せられて、心がチクリと痛む。
叩いた跡を労るように指で撫でると、衣擦れの音に心を掻き乱された。
見えそうで、見えない。スカートの皺が深くなるほど、裾が短くなっていく。
ほっと一息。勝手に許されたと思って、僕はまだ全然満足しちゃいないのに。
安心しきったその顔を、もっと崩して見たくなった。
ー
スパンっ__!
完全に油断していた。
体から力を抜いた瞬間、身構えるまもなくお尻を叩かれる。
もう、最悪だ。ゲームのようにはいかない。
あっきーを煽るだけ煽った結果が、火の粉みたいに降りかかる。
叩かれた所が熱くてしかたなかった。下に見ていた男の子に滅茶苦茶にされる。
こんな事、普段のあたしなら 許すわけなかった。
そんなの、とっくに蹴飛ばしている。じゃあ、なんで、まだ蹴っ飛ばしてないの?
泣いて、叫んで、懇願する。ただひたすらに謝った。みっともなくて、情けない。知らなかった自分の一面。許しを請うだけの、弱い女の子としての自分。
「ひゃぁっ!? ごめん、ごめんってばぁ……ほんと、いたいの、やめっ!」
自分でも聞いたことのない声。
叩かれるたび、心が幼くなっていく。親に叱られた時のような心細さが、身に沁みるようだ。抵抗しようなんて頭に浮かばない。もう一度優しく撫でてほしい。
彼にしつけられている。ただただ許されたいだけだった。
「はぁっ、はぁっ……! ごめん、ごめんなさい。あっきー」
痛くて、恥ずかしくて、悔しい。鼓動が張り裂けそうだ。
興奮が嵐のように吹き荒れる。目にハートは浮かばない。けれど、そこには確かな誘惑があった。耐えずに、手放してしまえば。あっきーに言われるまま、全部任せたら……きっと。
初めてだ。
ぼやけた視界で、彼を見上げていた。
抱えていた涙が目尻から頬へと流れ落ちる。ギュッと肩を強く掴まれた。押し返そうとして、出来ない。あっきーってこんなに重かったっけ? あたしを押し倒した彼の影は大きく伸びて、ゆっくりと顔が近づいてくる。降り掛かった吐息は熱い。息を荒げて凄く苦しそう。
パシャリ__!!
突然弾けた白い光に驚いた彼は、肩を震わせ、瞼を閉じる。
盾にでもするように、あたしの手には彼のスマホが握られていた。フラッシュとカメラの音が世界を区切る。ほんの一瞬。明滅した視界の跡に残されたのは、なんとも気まずいあたし達。
「ご、ごめん瀬戸さん……ちょっと、やりすぎ、た」
「ちょっと?」
「……かなり」
「にひっ♪ ちゃんと待てが出来てエラい、エラい」
余裕ぶって、彼の頭に手を伸ばす。
ちゃんと、笑えているだろうか? スマホを握る指が、白くなったまま戻らない。
息を呑み、指先の震えを押さえ込んだ。
あっきーは、どうだろう? 気づかれてないかな? 怒ってないかな? 顔を見るのが怖かった。別に、いいかなって……。流されたい気持ちはあったのに。
どうして?
「ぷふっ、あははははっ♪」
「へ? 瀬戸……さん?」
きょとんとしている。突然吹き出した あたしを前にした彼は、すっかりといつも通りだった。純朴そうで、垢抜けない。どこか頼りないくせに、意外としっかりしていたり。あたし以上に驚いて、アワアワと目を回している彼が可愛くてしかたなかった。
そっか……ビビってたんだ、あたし。
女の子みたいな見た目のせい? 本当の意味で あっきーを男として見ていなかった。突然押し倒されれば、イヤでも気づく。自分が女の子で、彼は男の子。その先に待っているのはきっと。
想像するのは簡単だった。
簡単すぎて、頭から湯気が吹き出しそうだ。
呆気に取られている彼を押しのけて立ち上がる。
さっきまでの強引さが嘘のよう。あたしを押し倒した時の勢いは何処へいったんだか。
お仕置きプレイ……
良いかも。
ジェットコースターか、お化け屋敷。
普段大人しい彼の、苛立った顔。歪んだ欲望をぶつけられる。少し怖くて、ちょっと痛い。そんなスリルが確かにあった。
「見て見て、あっきー。すっごい顔してるじゃん」
「あ、ちょっ。消してよ、それっ!」
「やーだ♪」
掲げたスマホには、真っ赤になった彼の顔がドアップで映っていた。
多分きっと、あたしも同じ顔をしているはずだ。伸ばされた手をヒラリと避ける。そのまま階段を駆け下りた。
「瀬戸さんっ、カバンはっ!?」
「あっきーが持ってきてっ。それと交換ねっ♪」
「あぁぁ……もう。待ってってばっ!」
走りたい。走っていたい。
居ても立ってもいられなかった。
歯が浮きそうで、頬がニヤける。
玄関を飛び出し、大きく息を吸い込んだ。爽やかな風が、清々しい。
口の中に残るオレンジの香り。ほんのりとした甘酸っぱさは、まるで……。
全力疾走。
子供みたいな追いかけっこが、なんでこんなに楽しいんだか。
校門を抜けて、帰り道が分かれるまで。追いついてきた あっきーは、もう息も絶え絶えだった。