※この作品はR-18です。

せともの。~クラスの銀髪の美少女に、僕が攻略される話~   作:霧里

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波多野 みなも イメージ。


僕の

 

 

いや、でも、流石に僕は悪くなくないか?

 

熱っぽい声。くぐもった吐息。いつもはあんな風でも、やっぱり女の子なんだし。

体調が悪い日には、心細くもなるんだろう。そう思って聞かない振りをする。

問題用紙に集中してる分には、多少のノイズは聞き流せた。だとしても、それをノイズと言うには、あんまり耳に絡んでくる。

 

まるで、僕の理性を試すみたいに。

 

おかしいな。

 

女の子の嬌声なんて、エロゲでいくらも聞いていたはずなのに。

どうして、彼女のものだけ特別に思うんだろう? イラストからマンガへ、そして初めて声付きの動画を見た時の感動か、それ以上。もうすっかりと、慣れていたつもりだった所に、飛び込んできた情動を持て余す。

 

ひどい妄想だ。

 

勉強を教えると言いながら、瀬戸さんを部屋に連れ込んだ。

隣り合って、肩が触れる。最初は悪戯っぽく戯れていた彼女の口数が減っていき、押し倒されて、ついに何も言わなくなった。

 

あの後、何回抜いたんだか。

 

そうでもしないと収まりが付かなかった。

 

教室で見かけても、そこでの僕らは、あくまで他人同士。

話す機会は一度もないまま、クラスメイトと呼んでいいのかも怪しい。

 

――後でね

 

送られてきたメッセージに、指が固まった。

すれ違いざま、瀬戸さんの匂いがフワリと舞い上がる。甘酸っぱい、オレンジの香り。既読は付いた。せめて一言返さないと、また不安にさせてしまう。

 

わかっているのに、送れない。

 

また血が集まってくる。

 

自分が信じられなかった。

 

今 二人きりになったら、僕は。勝手な期待を、押し付けないでいられるんだろうか……。

 

悶々としたまま一日が通り過ぎる。

放課後。教室の空気が変わってようやく、授業が終わったのに気づいた。

秘密基地に向かう足が動かない。廊下の真ん中で立ち止まり、やっぱり今日は……断りの連絡を入れようとした時だった。

 

「おーい、なぎかれー♪」

 

ポップで明るい、調子のいい声。ポンッと肩をたたかれて、驚いた手から滑り落ちそうになるスマホを、慌てて掴み直した。

 

「おぉ。ごめんごめん、そんな驚くなんて。怖がりなんだねぇ、キミって」

「グサッとくるね、そうだけどさ。えと、波多野さん、だっけ?」

「そだよん。姓は波多野で、名はみなも。以後、万事万端よろしくよしなに……凪ちゃん共々可愛がってね♪」

 

ふわっとした金髪に、桜色が透けて見える。

掲げられたピースサインと満面の笑顔。袖の余ったカーディガンが、彼女の小動物感をさらに際立たせていた。

 

「それはちょっと……」

 

浮気ではないはず。けれど、なんだかゾッとしない。すごい顔で睨まれそう。想像した瀬戸さんの視線に背筋が冷えた。

 

「ねーねーいーでしょー、なぎかれー。さきっちょだけでもいいからさ―。みなも とも遊んでよー♪ 二人で天井の染みをかぞえよーよー」

 

凄く……凄い、絡んでくる。

 

とりあえず黙ってほしい。

不用意に飛び出してきた言葉の意味を、履き違えそうになる。周囲からの視線も痛かった。そうじゃなくても、まずは友達からだろう。

 

瀬戸さんを見ていると、よく目に入ってくる女の子。

最初の印象はそれだけだ。名前を覚えていたのも、たまたま漏れ聞こえてきただけ。彼女の周りをウロチョロと。月と地球みたい、そう言えば詩的だけれど。

でも実際は、観光客を付け狙うトンビの方が印象に近い。

 

ウザイ……

 

思わず、口に出そうになるのを飲み込んだ。

友達だからって、その態度はあんまりじゃないか? 瀬戸さんを窘めようと思ったこともある。でも、これは……僕でさえそうなんだ。

 

「うっさい」だの「うざい」だの。彼女が我慢できるわけもなく。それで懲りる波多野さんでもなかった。多少の悪態なんてどこ吹く風。ひょいっと躱して、次の隙を伺う視線はまさに猛禽の類だろう。

 

「それでさ、なぎかれー」

「ちょ、ちょっとまって。その、なぎかれーってなに?」

 

テンポが早い。人を振り回すタイプの足の速さに、名乗り返すタイミングを見逃した。エスニックな呼ばれ方の正体も分からないまま。僕が困惑している間にも、波多野さんの興味は次々に移っていく。

 

「なにって?」

 

コテンと首を傾げて、口元に手を当てる。

いちいち動きがオーバーだ。瀬戸さんと一緒にいる時と変わらない。ほとんど動かない彼女の周りでパタパタと、賑やかしてる姿が目に浮かぶ。

 

「ふーあーゆーっ♪」

 

得意げに指を差された。

 

ピっと、余った袖から伸びた指先が、鼻先に触れそうだ。

ここにきて、自己紹介を求められてるとは考えづらい。「キミだよ」多分、そう言いたいんだろうけど、あんまり自信に溢れた態度に、指摘していいものか迷う。

 

「えと、多分。I mean youじゃないかなって?」

「んー……うんっ。いえすっ、ゆーっ!」

 

通じてないな。適当に頷かないで。

ラジオ体操みたいに傾いたかと思えば、我が意を得たりと破顔する。掲げられた手の意味がわからない。向けられた平手が ひらひらと。輝く瞳が ワクワクと。

 

恐る恐るだ。

 

正解が分からない。

 

それでも、伝わってくるものはあった。

ハイタッチ。と言うにはあまりにも。イメージにあるような、小気味の良い音は鳴らない。困惑する僕の調子に合わせたのか、波多野さんの手が静かに触れる。

 

「いぇーい♪」

 

ニコニコだ。

 

コミュニケーションを取ることに迷いがない。

どれだけ邪険に扱われようが、めげない、くじけない、そして押し付ける。先に折れたのも瀬戸さんなんだろう。何を言っても怒られない安心感も、手伝ったのかもしれない。

 

……じゃなくて。

 

勢いに飲まれそうになるのを、なんとか踏みとどまる。

「なぎかれー」とは? 改めて問い直すと「そうだった」と手を打った波多野さんは僕を見つめて。

 

「だってキミ。凪すけの彼氏でしょ?」

 

凪すけって、さっきもさ。瀬戸さん、よく許してるな。

普通に睨まれそうなんだけど。それすら意に介さないのは、肝が座ってるを通り越している気がした。

 

「ん、キミ? キミはぁ……ふーあーゆー?」

 

正しいな。今度は間違っていない。

欲を言えば What's your name? なんだろうけど、そこに正しさは必要なかった。

 

「秋月だよ。秋月 律」

「おぉ、規則正しそうなお名前だ」

 

なぜ拍手?

 

小さな手でパチパチと。それが妙にくすぐったい。そんな事初めて言われた。

ついでに「りっつん」なんて、あだ名で呼ばれたのもそうだ。

 

「りっつん とぅ みー」

 

なんでわざわざ英語で言いたがるんだろう?

最後の授業がそうだったせいかな。どうにも、脊髄で喋っている感じがいなめない。明日には別の言語を話していても、全然 驚けなかった。

 

「あなたは、凪の、彼氏ですか?」

 

カタコトに問われて、答えに詰まる。

上目遣いの視線だけは可愛らしいが、値踏みされているようで居心地が悪くなった。スマホ越しのやり取り。探られたくない腹はある。そんなんじゃない。違う。瀬戸さんのためにも、キッパリ言うべきなのに、首を振ることすら躊躇われた。

 

「そういうんじゃ……ないけど」

「違うかぁ……。違うなら、関係ないかなぁ……(チラっ」

 

含みのある視線。唇に当てた指先が、続く言葉を押し込んでいるような。

探るような態度を無視できず、釣られる形で波多野さんに詰め寄った。

 

「なに? 瀬戸さんに何かあったの?」

「やぁっぱ、気になる感じ?」

 

ニヤリ……勿体つけられた事が腹立たしい。猫じゃらしで くすぐられたような鬱陶しさだ。嫌な予感。なんでこうも胸がざわつく。責めるつもりはないのに、つい。彼女の肩を掴んでしまっていた。

 

「浮気者♪」

「ぁ……ごめん」

 

嫌がられた方がマシだった。小悪魔ように微笑まれ、慌てて手を離しても、もう遅い。

 

「きゃはーっ♪ 凪すけに言いつけちゃお~♪」

「ほんとに、止めて……。僕が悪かったから、待ってよ波多野さんっ」

 

脱兎の如く、逃げる波多野さんを追いかけた。

その一瞬。流れてきた視線が僕を見る。ちゃんとついてきているのか、確かめるように。きっとその先には、瀬戸さんがいるはずだ。

 

にしても。

 

逃げ足早いなコイツ。本当に案内する気があるのか。気を抜くと、普通に置いていかれそうだった。

 

 

******

 

 

めんどくさ……

 

目の前でニヤついている男の顔が、視界に入るだけで不快だった。

 

授業も終わってさ。ようやく、あっきーと話せるって時になに?

急に現れて、ちょっと付き合えだなんて。連れ出されたのは校舎裏。何をするにも、お誂え向きのスポットだ。

 

というか、お前は誰様よ?

 

ついさっき名乗っていたはずなのに、あんまりにも興味が無さ過ぎて聞き流してしまった。確か2年の……ダメだ思い出せない。スマホから、顔を上げるのすら億劫だ。聞いてもないことをベラベラと喋って、自慢話なら一人でやってろ。

 

あっきー は……また既読無視かよ。

 

やめろって言ったのに。どうしようもなく不安になる。何かやらかしてしまったんじゃないか。彼に嫌われるようなことを。

 

してるんだよなぁ……。

 

内心、頭を抱えていた。

 

目の前の某なんて目にも入らない。

 

エロゲで繋がった関係性。そのせいか、極端にハードルが下がってる気がする。

スマホ越しとはいえ。何をしてたかなんて、分からなかったとはいえ。身一つで、異性の気を引ける手軽さにも負けてしまった。息遣いも、興奮も、あの一瞬は鼓動の音すら一つになって。嘘にはしたくない。何もなかったと、水に流されるのはあんまりだ。

 

「なぁ、聞いてるか、俺の話?」

「は?」

 

ギロリ……

 

睨みつけてやった。

 

聞いてないし、話しかけんなし。

不可抗力。顔を見る気もなかったけど、睨みつければそうもなる。

 

「終わったんなら、もう行っていい?」

 

見上げたその顔はいかにもだ。スポーツが得意そうなイケメン。

後輩の女子達からキャーキャー言われて、天狗になってそうな顔。きっと女に困った事はないんだろうな。敵意を返されるなんて思ってもない。目を開いて、息を呑む。一瞬でもたじろいだのを誤魔化しきれていなかった。

 

「ちょっと待てって。ぶっちゃけさっ、俺達付き合わね?」

 

それならそれで、さっさとそう言え。

 

聞くだけでも振りをしないと、纏わりつかれて鬱陶しい。みなも がいれば、適当に茶化してくれたのに。いらんことはするくせに、必要な時はどうしていない。

勝手な言い草だ。ロクに構いもしないでさ。

 

「ちっ……」

 

舌打ちを一つ。

 

ムシャクシャしていた。あっきーとの時間を削られて腹も立つ。

「それは、波多野さんが可哀想だよ」彼ならきっとそういうんだろう。嗜められる自分を想像するのは簡単だ。あたしが悪い。分かっていても。みなもの肩を持ってるのが許せなかった。

 

「うざっ。一人でやってろ」

 

ほとんど八つ当たり。振るにしたって、もう少し言い方ってものがあっただろう。

こんな、相手を蹴飛ばすようなこと、怒らせたってしかたがない。

 

「おいっ! なんだよそれ。ちょっと可愛いからって調子のってんのかっ」

「なっ!? 触んなっ」

 

確かに、調子に乗っていた。

 

手を上げられるわけがない。暴力沙汰が噂になれば、社会的に殺される。

それが、女子相手となると尚更だ。睨んで、舌打ちすれば、大体が日和る。逆上される可能性を考慮に入れていなかった。

 

ドンッと、校舎の壁に手をつかれ退路を塞がれた。

押しのけようとして、腕を掴まれる。本気でイヤなのに、振りほどけない。

 

「離せっ! このっ……いっ。あ、ぐっ!?」

 

無理矢理引き戻され、校舎の壁に背中を打ち付けられた。

藻掻けば藻掻くほど、押し込められていく。怖いだなんて、初めて思ったかもしれない。

 

獣のような吐息を振りかけられる。

 

キツイ香水の匂いが鼻先を掠めた。

 

「やだっ。このっ、やめっ。あっきー……」

 

それで、どうなる?

 

今、彼がここにいたとして。こんなのとケンカして勝てるような性格じゃ。

体格だって、あたしと同じかそれ以下か。助けにきてほしい。ゲームの勇者様みたいにかっこよく。でも、そのせいで怪我をさせるのは。

 

躊躇いに、足が竦む。

 

殴るか、蹴るか。

 

何も考えずに、やり返せば良かったのに。

壁との間に挟まれて、完全に身動きが取れなかった。少しでも遠ざかろうと、顔を逸らすくらいしか出来ない。悔しい。こんな男に好きにされて。つい彼を頼ろうとした自分の弱さにも。

 

涙が溢れるその直前、鋭い声が遮った。

 

「離して下さいっ!」

 

怒ってる。そんな、あっきーの声を初めて聞いた。

聞き慣れた声のはずなのに、安心するどころか不安になる。ケンカ慣れなんてしてるわけがない。あたしにだって、それが虚勢なんだと分かるほどに痛々しい。

 

「ダメっ、あっきー。あたしは大丈夫だからっ――!?」

「大丈夫じゃないでしょっ、こんなのっ。これ、僕のなんで。止めてもらっていいですか?」

 

は?

 

何を言おうとしたのか、すっぽりと頭から抜け落ちた。

耳に飛び込んできた言葉の意味が繋がらない。「僕の」って何? いつから あたしは あっきーのになったんだ? 冷たいだけだった涙に温度が戻る。こんな状況なのに嬉しいと、弾む鼓動を抑えられない。

 

でも、だからこそダメだった。

 

「凪、何だお前、こんな女みたいなやつと付き合ってんのか?」

「うるさいっ! アンタには関係ないでしょっ」

「まぁ、そうだな。じゃあ、今からコイツの事ボコるけど。いいんだな? 俺には関係ないしな」

 

あれだけ、振りほどけなかった男の手が あっさりと。

背中を向けて、その足は あっきーの方へと踏み込んだ。拳が大きく振りあがる。

 

いや。ダメ。やめて。

 

手を伸ばしても届かない。「逃げて」って、こんな状況で、なんであたしの心配してるんだ。自分だって泣きそうな顔してるのに。ケンカにもならないでしょ、もっと自分の心配してよ……。

 

「ちっ」

 

――それでも、いいのかな。

 

あたしが乱暴されて、彼が助かるなら。

イライラして、ハラハラさせて。あれだけ荒れていた心の波が、すんっと凪いだ。

天秤の針が、大きく傾く。あたしと彼の重さは釣り合わない。皿の底が抜け落ちた。心が決まって、肝が座る。あっきーが殴られるその直前。あたしは握りしめた天秤を、大きく振りかぶっていた。

 

 

******

 

目前に迫る男の拳に、僕は目を閉じるしか出来なかった。

 

ドスっと、鈍い音がして、頬に強烈な衝撃が走る。

加減も何も無い。視界がぐにゃりと揺れて、ひっくり返った。尻もちをついて、擦り切れた手のひらが、粘着くように熱い。

 

殴られたのか。

 

口の中に広がる血の匂い。頭がぼやける。立ち上がろうとして目眩がした。

やっぱり、僕じゃ敵わないか。ケンカにもならない。でも、それでよかった。

 

瀬戸さんが解放されている。

 

そのまま逃げてくれれば僕の勝ちだ。波多野さんが人を呼んでくれているはずだし。もう何回か、痛い思いを耐えるだけ。

 

「ほら、どうすんだよ凪。大切な彼がどうなってもさっ!!」

 

殴られる。流石に、やり返す度胸までは……。瀬戸さんが無事なら、あとはどうとでも。なけなしの勇気は、そこに注ぎ込んでしまった。後のことを考えていたら、きっと足が竦んでた。覚悟を決めて、強く目を閉じる。でも、やっぱり痛いのは嫌だな。

 

「ぐおっ!!」

 

聞こえたのは野太い男の悲鳴。

次に襲ってくるはずの痛みは、いつまで経ってもやって来ない。人が膝から崩れ落ちるのを初めてみた。あれだけ恐ろしく見えた彼は小さく蹲り、頭を抑えて呻いている。

 

「人の男に何やってんだっ!!」

「なっ、は!? まてって、ちょっ……マジでっ」

 

完全な不意打ち。

 

見境のないフルスイング。

 

スマホの角で、後頭部に一撃だ。振り向いた彼の顔に、靴底がのめり込む光景が、ゆっくりと流れていく。立ち上がる暇なんて与えない。無防備に開いた横腹に、容赦なくもう一発。ローファーのつま先が、深々と吸い込まれていった。

 

ちょっとした既視感。

 

子供の頃に見た光景。

 

テレビの中で暴れる大怪獣が、銀色の巨人を蹴り上げる。

怒りのまま口から火を吹いて、何度も何度も踏みつけた。

 

「ちょっとっ!? 瀬戸さん、ダメだってそれ以上はっ」

「離せっ! 離してっ!! だって律っ。コイツ、アンタのことっ――」

「いいからっ! 僕は大丈夫だからっ。落ち着いてよ、お願いだからっ。凪っ――!!」

 

倒れた彼は動かない。漏れた吐息に、おかしな音すら混ざっていた。

情けない。大怪獣を相手にしてるわけでもないのに。不良に勝てないどころか、好きな女の子一人止められないなんて。

 

「おーいっ。せんせっ、こっちこっちっ! はやくって。りっつん、無事!? あーもーっ。なにやってんのさっ、凪すけっ。うぇいと、うぇいとっ。お座りだよっ、落ち着けってバカっ!!」

 

波多野さん、よかった。間に合って。

にわかに騒がしくなると、人の気配が大きくなる。二人がかりで瀬戸さんを抑えてようやく。間に先生が入ってやっと。彼女の無事を見届けて気が抜けたのか、僕が覚えていたのはそこまでだった。

 

 

******

 

「ケガはない?」

 

何も言えなかった。

 

保健室で、ようやく目を覚ました あっきーの最初の言葉がこれ。

あたしのせいで殴られたのに。もっとさ、嫌われたって全然おかしくないのに。

 

顔が見れない。

 

もし、何か一つでも違っていたら。あっきーはもっとボロボロにされてたかもしれないし。あたしもどうなってたか分からない。そんなの、今更になって。顔を見られたくなかった。震えだした指先を誤魔化すように、スカートの端を握りしめる。

 

「……うっさい、バカ」

 

ようやく絞り出した返事に、可愛げなんて何処にも。

膝を抱えた子供みたいだ。憎まれ口を叩いていい場面じゃ全然ないのに、もう自分じゃどうしていいか分からない。震える手に、あっきーの手が重なった。たったそれだけで、指の隙間からスカートが滑り落ちていく。

 

「うっさい じゃ、何も分からないよ?」

 

責めてるようで、全然怒っていなかった。

ふわりと、柔らかい。包み込むような温もりに絆される。一つ、二つ……手を重ねたまま時間がすぎる。会話はない。何を言っていいか分からなかった。「うざい」と「うっさい」以外に知ってる言葉なんて、あたしには。

 

いや、あるか。

 

一つだけ。

 

あっきーに――律に教えてもらった大切な言葉が。

ぎゅっと、重ねた手に力を込めた。意地っ張りだとか、照れ隠しなんかじゃなくて、その手を離したくない。例え振り払われてでも、ずっと掴んでいたかった。

 

「ごめん。あたしのせいで、巻き込んで……」

「瀬戸さんのせいじゃ……。僕の方こそ、心配かけてごめんね。もうちょっとかっこよく出来ればよかったんだけど。勇者(ゲーム)みたいにはいかないや、あはは……」

 

違う。そんなことない。

 

助けに来てくれたのは他の誰でもない、律なんだよ?

 

冗談めかして笑う彼を、あたしは笑えなかった。

頬に出来た痣ですら、輝いて見える。高鳴る心音。止めようのない恋心をぶつけたら、ちゃんと受け止めてくれるだろうか?

 

「凪って、言った……」

「ぇ、ぁ……そう、だっけ? 慌ててたからさ、僕も……」

 

気まずそうに顔をそらす。明らかに覚えのある反応だ。

 

「僕のってなに? あたし、いつから あっきーの物になったの?」

「それは……。瀬戸さんだって僕のこと物扱いしてたよね? 人の男にって。大体、あっきーなんて言い出したのもっ」

「は? 今それ言うの? イヤだったらさ」

「イヤだとは言ってないでしょっ」

 

不毛な睨み合いだった。

 

膨らませた頬の中に入ってるものは同じ筈なのに、それを口から出せずにいる。

よく分からないチキンレースを、最初に降りたのは あたしじゃない。やっぱり、彼のほうが何倍も勇気があった。

 

「凪?」

「ひゃっ!?」

 

沸騰したケトルが鳴いたようだ。

素っ頓狂な声を上げて吹き出したあたしは、ビクっと肩を跳ねさせた。

 

「ふふっ……。ひゃって、なにさ、それ。あははっ♪」

 

律に笑われて、顔が熱くなる。

温かくなった胸の内は、冷えた指先をお湯に浸けたように むず痒かった。

 

「うっさい。律のバカ」

 

ふいっと、知らんぷりをしながらも、あたしは彼に自分の跡を残す。

繋いだままの手に、少しだけ爪を立てた。

 




ここまで御覧頂きありがとうございました。

よろしければ、いいね、高評価等、宜しくお願いします。

僕のって、言われたいだけだった。
みなも ちゃん、モブでも良かったんだけど。味気ないなって盛ってたら、エライことになってた。
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