Teaching Sweet Feeling 作:こまごめピペット
夕食が終わる。
皿を下げ、洗い物を終える。
寝室へ入ると、彼はもうベッドに腰掛けていた。
今日は珍しく枕元の明かりを点けていた。
小さな明かりが、彼の手元だけを照らしている。
僕はいつも通り、隣で横になった。
目を閉じる。
けれど、眠くならない。
紙の擦れる音がする。
彼がページを捲る、乾いた小さな音。
その音を聞いているだけで、耳の奥が凪いでいくのが分かった。
前の主人の屋敷では、夜は何かを待つ時間だった。
息を殺し、気配を探り、次に何をされるかを想像する時間。
今のこれは、違う。
ただ、彼がそこにいて。
僕がここにいて。
それだけで、時間が過ぎていく。
どれくらい、そうしていただろう。
目を開けると、彼がふとこちらを見た。
「眠れないのか」
いつもなら……すぐ眠ると答え、目を閉じ直していた。
「……はい。でも、大丈夫です。少し、起きていたいだけで」
言ってから、自分の声に少し驚く。
理由なんてない。
このまま眠ってしまってもいいはずなのに、なぜか、明かりの下にいる彼をもう少し見ていたかった。
彼は少し目を見開いて、それから小さく笑った。
「無理はするなよ?」
もう一度、本へ視線を落とす。
咎められなかった。
僕は体を起こし、彼の横顔を見つめた。
明かりが、彼の輪郭を淡く縁取っている。
ぱらり、ぱらりとページが捲られる。
その音に紛れて、自分の呼吸まで、いつもよりゆっくりに感じられた。
ふと、彼の手元に目が行く。
黒い染みのような文字が、隙間なく紙の上に並んでいた。
「……それ、何が書いてあるんですか」
彼は本から顔を上げ、少し意外そうにこちらを見た。
「薬草の効能についての本だ。市場であの商人に会って渡されてな……文字は読めるか?」
僕は首を横に振った。
「……いえ。読めません」
文字は、単語に見覚えはあるものの、意味を介す文はただの模様にしか見えなかった。
「そうか……」
彼が何を見て、何を考えているのか。
その紙の上に、僕には入れない場所があるような気がした。
彼はそれ以上何も言わず、また本へ目を戻した。
僕はもう一度、明かりを見つめる。
……読めたら。
彼が見ているものを、僕も一緒に見られるのだろうか。
◇◆◇
翌朝、早朝から森に出かけた。
朝露に濡れた下草を踏み分けながら歩く。
ふいに彼が足を止め、屈み込んだ。
「シルヴィ、見てくれ。この花は血行促進なんかに効くらしい」
指差す先には、小さなピンクの花が固まって咲いていた。花弁の先が、朝の光を受けてわずかに透けている。
僕もしゃがみ込み、顔を近づける。
「そうなんですね……この、色の違う花は何ですか?」
少し離れた場所に、青い花が点々と咲いているのが見えた。
「あぁ、こっちはリラックス効果があるらしい。見つけ次第、摘んで試してみよう」
「はい、分かりました」
言われるまま、ピンクの花へ手を伸ばす。
茎は思ったより柔らかく、指先で簡単に折れた。
摘んだ花を、腰に下げた袋へそっと入れる。
彼は少し先で、青い花の群生を見つけて屈んでいた。
慣れた手つきで、根元から丁寧に摘み取っていく。
薬草の名前も、効能も、彼はすらすらと口にする。
昨夜見た、あの本の文字を思い出す。
きっと、あの中に書いてあったことなのだろう。
彼にとっては当たり前のことでも、僕には知らない世界だった。
袋の中の花が、少しずつ増えていく。
ピンク、青、またピンク
……いつか、あの模様が言葉になったら。
この人が見ている世界を、僕も少しは覗けるのだろうか。
そんなことを考えながら、僕はまた次の花へ手を伸ばした。
シルヴィになんて呼ばせよう……
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ご主人様
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先生
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貴方(様)
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旦那様
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グリス
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その他(コメントとかマシュマロから)