※この作品はR-18です。

Teaching Sweet Feeling   作:こまごめピペット

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貴方と花を摘んだ日。

 

 夕食が終わる。

 皿を下げ、洗い物を終える。

 

 寝室へ入ると、彼はもうベッドに腰掛けていた。

 今日は珍しく枕元の明かりを点けていた。

 

 小さな明かりが、彼の手元だけを照らしている。

 

 僕はいつも通り、隣で横になった。

 目を閉じる。

 

 けれど、眠くならない。

 

 紙の擦れる音がする。

 彼がページを捲る、乾いた小さな音。

 

 その音を聞いているだけで、耳の奥が凪いでいくのが分かった。

 

 前の主人の屋敷では、夜は何かを待つ時間だった。

  

 息を殺し、気配を探り、次に何をされるかを想像する時間。

 

 今のこれは、違う。

 

 ただ、彼がそこにいて。

 僕がここにいて。

 

 それだけで、時間が過ぎていく。

 どれくらい、そうしていただろう。

 

 目を開けると、彼がふとこちらを見た。

 

「眠れないのか」

 

 いつもなら……すぐ眠ると答え、目を閉じ直していた。

 

「……はい。でも、大丈夫です。少し、起きていたいだけで」

 

 言ってから、自分の声に少し驚く。

 

 理由なんてない。

 

 このまま眠ってしまってもいいはずなのに、なぜか、明かりの下にいる彼をもう少し見ていたかった。

 

 彼は少し目を見開いて、それから小さく笑った。

 

「無理はするなよ?」

 

 もう一度、本へ視線を落とす。

 咎められなかった。

 

 

 僕は体を起こし、彼の横顔を見つめた。

 明かりが、彼の輪郭を淡く縁取っている。

 

 ぱらり、ぱらりとページが捲られる。

 その音に紛れて、自分の呼吸まで、いつもよりゆっくりに感じられた。

 

 ふと、彼の手元に目が行く。

 黒い染みのような文字が、隙間なく紙の上に並んでいた。

 

「……それ、何が書いてあるんですか」

 

 彼は本から顔を上げ、少し意外そうにこちらを見た。

 

「薬草の効能についての本だ。市場であの商人に会って渡されてな……文字は読めるか?」

 

 僕は首を横に振った。

 

「……いえ。読めません」

 

 文字は、単語に見覚えはあるものの、意味を介す文はただの模様にしか見えなかった。

 

「そうか……」

 

 彼が何を見て、何を考えているのか。

 その紙の上に、僕には入れない場所があるような気がした。

 

 彼はそれ以上何も言わず、また本へ目を戻した。

 僕はもう一度、明かりを見つめる。

 ……読めたら。

 

 彼が見ているものを、僕も一緒に見られるのだろうか。

 

 ◇◆◇

 

 翌朝、早朝から森に出かけた。

 

 朝露に濡れた下草を踏み分けながら歩く。

 ふいに彼が足を止め、屈み込んだ。

 

「シルヴィ、見てくれ。この花は血行促進なんかに効くらしい」

 

 指差す先には、小さなピンクの花が固まって咲いていた。花弁の先が、朝の光を受けてわずかに透けている。

 僕もしゃがみ込み、顔を近づける。

 

「そうなんですね……この、色の違う花は何ですか?」

 

 少し離れた場所に、青い花が点々と咲いているのが見えた。

 

「あぁ、こっちはリラックス効果があるらしい。見つけ次第、摘んで試してみよう」

「はい、分かりました」

 

 言われるまま、ピンクの花へ手を伸ばす。

 茎は思ったより柔らかく、指先で簡単に折れた。

 摘んだ花を、腰に下げた袋へそっと入れる。

 

 彼は少し先で、青い花の群生を見つけて屈んでいた。

 慣れた手つきで、根元から丁寧に摘み取っていく。

 

 薬草の名前も、効能も、彼はすらすらと口にする。

 昨夜見た、あの本の文字を思い出す。

 

 きっと、あの中に書いてあったことなのだろう。

 彼にとっては当たり前のことでも、僕には知らない世界だった。

 

 袋の中の花が、少しずつ増えていく。

 ピンク、青、またピンク

 

 ……いつか、あの模様が言葉になったら。

 

 この人が見ている世界を、僕も少しは覗けるのだろうか。

 そんなことを考えながら、僕はまた次の花へ手を伸ばした。

 

 

シルヴィになんて呼ばせよう……

  • ご主人様
  • 先生
  • 貴方(様)
  • 旦那様
  • グリス
  • その他(コメントとかマシュマロから)
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