Teaching Sweet Feeling 作:こまごめピペット
初めて抱かれてから三日以上経つが、誘いはない。
頬に触れられたり、軽くキスされたりするのには嬉しいが、その先を期待してしまう自分に少し落ち込む。
別に同性愛者という訳ではない……はずだ。
元は男だった。
気付けば女に産まれ変わっていて、奴隷にされて、痛みで叫ぶことでしか自分の価値を確かめる方法しかなかった
そんな僕を彼はすくい上げてくれた。
その果てに、女として彼に抱かれて。
今、この身体は、また彼に触れられたいと思っている。
これは誰の感情なのか。
僕の感情なのか、私の感情なのか。
それとも、もう分けて考えることに意味なんてないのか。
今日もいつも通り、ベッドを共にしているが、誘われることはなく、隣で静かな寝息を立てていた。
◇◆◇
彼が一人で街へ出かけると、家の中は急に静かになった。
いつもの家事を終えても、まだ時間がある。
僕は、繕いかけの服を手に取った。
彼の上着の袖口が、少しほつれている。
針に糸を通す。
前の主人の元にいた頃は、こんな細かい作業をさせてもらえることはなかった。
目を凝らし、慎重に針を進めていく。
一針、また一針。
繰り返すうちに、指先が慣れてきた。
チクチクと軽く縫い付け、しばらくして、袖口の繕いが終わる。
仕上がりを確かめて、小さく息を吐いた。
……悪くない。
中々に達成感はある。だが、時間はまだ、たっぷりあった。
僕は、棚に置かれた本に目を向けた。
つい先日、彼が「これを」と、差し出してきた本だった。
「……手芸の本、ですか?」
尋ねると、彼は視線を逸らしながら言った。
「またあの商人を見かけてな。君の好きそうな物を持ってきたんだ」
自分のためではなく、僕のために買ってきてくれたものだと分かって、思わず本を抱きしめてしまった。
文字の練習にもなるから、と、彼は付け加えていた。
開いてみると、絵と一緒に、短い言葉が並んでいる。
編み物、皮の裁縫、刺繍、そしてボタニカルクラフト等。沢山の手芸に沿ったものが載っていた。
一文字ずつ、指でなぞりながら、覚えている音と照らし合わせていく。
……この形は、確か。
まだ、全部は分からない。
それでも、少しずつ、意味のある塊として見えてくる文字が、増えてきた気がした。
彼が見ている世界に、ほんの少しだけ、近づけた気がする。
そんなことを考えていると、玄関の扉が開く音がした。
「……ただいま」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
僕は本を閉じ、迎えに出る。
犬のように軽く撫でられ、
僕に小箱を渡した。
「これは……なんですか?」
「あぁ、開けていいぞ」
壊れ物を扱うよう開けると、フルーツタルトが入っていた。
「わぁ……! おいしそうなタルトですね」
この身体になってからというもの……元々そうだったかも知れないが……なんだか甘い物に目がない。
「あぁ、あの喫茶店に寄ったら目に付いてな。つい買ってきたんだ」
「じゃあ、お茶の時に一緒にいただきましょうか。ありがとうございます」
「あぁ」
その日の午後、僕たちはテーブルを挟んで、タルトを分け合った。
サクリと軽い音を立てて崩れる生地。
中には、色とりどりの果物が敷き詰められている。
一口含むと、甘酸っぱい果実の香りと、バターの風味が口いっぱいに広がった。
「……サクサクで、果物も新鮮で……おいひいです……」
「伝えたいのはわかったから……」
生地の欠片と果汁が口元から落ちて行く。
タルトを頬張る僕を見て彼は、満足そうに目を細めていた。
窓の外では、午後の光が、少しずつ傾き始めている。
食べ終えた皿を片付け、僕は再び棚の前に立った。
まだ、乾かしている途中の花びらが、布の上に広げられている。
時折、指先でつまんで、乾き具合を確かめる。
完全に乾くまでには、あと数日かかるらしい。
その間、僕は貰った本を開いては、少しずつ文字を追う練習を続けた。
分からない文字や読み方は彼に聞き、何度も反復する。
そう決めて、覚えた分だけを、頭の中で繰り返す。
午後の時間は、そうやって、静かに過ぎていった。
シルヴィになんて呼ばせよう……
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ご主人様
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先生
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貴方(様)
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旦那様
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グリス
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その他(コメントとかマシュマロから)