Teaching Sweet Feeling 作:こまごめピペット
昼食を終え、再び市場を歩く。
細い路地へ入ったところで、その人は一軒の店の前で足を止めた。
少し薄暗い、不思議な雰囲気の店だった。
どうやら服屋らしい。
「ちょっと見てみようか」
そう言って、その人は店の扉を開けた。
店内には、色とりどりの衣服が並んでいる。
女物の服が良く目立っていて、華美な装飾のついたものも多く、思わず目を奪われる。
こんな装いが流行っているのだろうか。
「あら、いらっしゃいませ」
奥から、ゆったりとした声が響いた。
現れた女性は背が高く、黒い服を優雅に纏っている。
細められた目が、ゆっくりとこちらへ向けられた。
その視線に、背筋がぞくりと粟立つ。
気付けば、僕は無意識にその人の後ろへ半歩隠れていた。
「あらあら、今日はこちらのお嬢さんのお洋服を探しに来たんですか?」
「いや、たまたま──」
「そうでしょう? そうであってくださいな。いえ、そうに違いありませんわ」
店員は一人で納得したように頷きながら、こちらへ歩み寄ってくる。
「だって、とても失礼なことを言うようですけど、そのお嬢さんの格好、服を売っている身としては悪い意味で見逃せませんもの」
「え……」
思わず、自分の服へ視線を落とす。
擦り切れた布。
色褪せた奴隷服。
……そんなに、おかしいのだろうか。
「ほんのちょっと待っていただけますこと? この子にぴったりなお洋服を見繕って差し上げますわ」
「あ、いや──」
「ほらほら、こちらへ」
「え……あっ」
その人が呆気に取られている合間に、その女性は僕の手を取った。
細い指なのに、不思議なくらい力強い。
気付けば、僕は店の奥へ引っ張られていた。
「まずは採寸ですわね」
そう言うと、女性はどこからか細長い布の帯を取り出した。
「え……?」
「お洋服を仕立てるなら必要でしょう?」
有無を言わせぬ調子だった。
女性は慣れた手つきで僕の肩へ触れる。
びくり、と身体が跳ねた。
「まあまあ、そんなに緊張なさらず」
くすりと笑いながら、その帯を胸元へ回していく。
柔らかな布越しに触れられる感覚に、落ち着かない。
「細い……ですわねぇ……」
肩。
腰。
腕。
次々と身体へ触れられていく。
奴隷として身体を触られることには慣れているはずなのに、今は妙に居心地が悪かった。
それは嫌悪感というより──。
自分が“女物の服を着る身体”として扱われていることへの、説明しづらい違和感。
「ふむふむ……なるほど……骨格にあっていない歩き方をなされていますね、その歩き方では綺麗なお姿が崩れてしまいますわ」
女性はそう言った。
……確かに、意識はしていなかった……
「……はい」
返事を聞いた女性は満足そうに頷きながら、服を選び始める。
僕は落ち着かないまま、自分の腕へ視線を落とした。
細く、白い。けれど、痛々しい爛れた火傷跡。
……痛々しいこんな身体に何を着せても変わらないだろうに。
「さあ、こちらへ」
そう言って、女性は次々と服を抱えて戻ってきた。
深い紺色の服。
白いレース。
細かな刺繍。
どれも、僕にはあまりにも縁遠いものばかりだった。
「え……あの……」
「遠慮なさらなくてよろしくてよ。着飾るのは女の子の特権ですもの」
有無を言わせぬ勢いのまま、僕は衝立の奥へ押し込まれる。
手渡された服を、恐る恐る広げた。
柔らかい生地に、丁寧な縫製。
触れただけで高価だと分かる。
こんなものを、自分が着るのか。
奴隷服を脱ぎ、恐る恐る袖へ腕を通していく。
……鏡なんて、まともに見たことはなかった。
前の主人の屋敷にも鏡はあったが、それは主人たちのためのものだ。
奴隷が覗き込めば怒鳴られたし、そもそも自分の姿など見たいとも思わなかった。
だから──。
「……できましたわよ」
女性に背を押され、正面の鏡の前へ立たされた瞬間。
僕は、言葉を失った。
鏡の中にいたのは、知らない少女だった。
銀色の髪。
怯えるように揺れる銀の瞳。
白い肌。
紺色の服は身体に驚くほど馴染んでいて、腰の線を細く見せている。
鏡の中の少女が、自分と同じように瞬きをする。
……不思議だった。
見慣れているはずなのに、違和感が拭えない。
いつかの自分とは、随分変わってしまった身体だ。
薄い胸板に、華奢な指。
服の上からでも分かる身体の線。
思わず鏡へ手を伸ばす。
すると、鏡の中の少女も同じように手を伸ばした。
当たり前なことのはずなのに、どこか変な感じだった。
「まあ……とてもお似合いですわ」
背後で、女性が満足そうに微笑む。
「素材が良い方は着飾りがいがありますもの」
……似合う。
その言葉に、妙な胸の高鳴りを感じた。
「さぁ、お嬢さん、こちらへ」
あれよあれよという間に、僕は再びその人の前へ連れ出されていた。
「年頃の娘に、あんなほつれた布切れ一枚なんてあんまりですわ。こちらのほうが、ずっと素敵でしょう?」
女性は満足げに頷きながら、僕の肩へそっと手を添える。
「わたくし、ぜひこちらのお洋服をお勧めいたしますわ」
「……」
その人は、少し目を見開いたまま僕を見つめていた。
その視線に、落ち着かなくなる。
やはり、変なのだろうか……こんな傷だらけでは似合うよりも見苦しいが先に来るだろう。
不安になって視線を伏せかけた、その時。
「……うん。よく似合ってる」
「え……」
思わず顔を上げる。
その人は少しだけ目を細めて、優しく笑った
「一式、買おうか。いくらかな?」
「あらあら、それはそれはお客様。とても賢明な判断だと思いますわ」
女性は嬉しそうに両手を合わせる。
「身だしなみは人の品格を左右しますもの。これでこのお嬢さんも、お客様にふさわしい素敵なレディーですわ」
「……レディー……」
その言葉が、妙に耳へ残った。
◇◆◇
店を出る頃には、日は少し傾き始めていた。
紙袋を抱えながら歩く僕の隣で、その人はどこか満足そうにしている。
慣れない服の感触に落ち着かず、僕は何度も裾へ視線を落としてしまう。
「……あの、ご主人様」
少し迷ってから、僕は小さく口を開いた。
「私にこんなお洋服、もったいないです……。今からでも返品しに行った方が……」
すると、その人は困ったように笑った。
「よく似合ってるよ」
「え、その……。ありがとうございます。でも、私……奴隷なのに……。こんな……」
そこまで言いかけて、言葉が止まる。
“嬉しい”と思ってしまったことを、悟られた気がしたからだ。
「……いえ、何でもないです」
その人は……彼は、それ以上追及せずただ穏やかに微笑んだ。
その優しさが、余計に落ち着かなかった。
シルヴィになんて呼ばせよう……
-
ご主人様
-
先生
-
貴方(様)
-
旦那様
-
グリス
-
その他(コメントとかマシュマロから)