※この作品はR-18です。

Teaching Sweet Feeling   作:こまごめピペット

4 / 18
貴方に初めて洋服を買ってもらった日

 

 昼食を終え、再び市場を歩く。

 細い路地へ入ったところで、その人は一軒の店の前で足を止めた。

 少し薄暗い、不思議な雰囲気の店だった。

 

 どうやら服屋らしい。

 

「ちょっと見てみようか」

 

 そう言って、その人は店の扉を開けた。

 店内には、色とりどりの衣服が並んでいる。

 女物の服が良く目立っていて、華美な装飾のついたものも多く、思わず目を奪われる。

 

 こんな装いが流行っているのだろうか。

 

「あら、いらっしゃいませ」

 

 奥から、ゆったりとした声が響いた。

 現れた女性は背が高く、黒い服を優雅に纏っている。

 

 細められた目が、ゆっくりとこちらへ向けられた。

 その視線に、背筋がぞくりと粟立つ。

 

 気付けば、僕は無意識にその人の後ろへ半歩隠れていた。

 

「あらあら、今日はこちらのお嬢さんのお洋服を探しに来たんですか?」

「いや、たまたま──」

「そうでしょう? そうであってくださいな。いえ、そうに違いありませんわ」

 

 店員は一人で納得したように頷きながら、こちらへ歩み寄ってくる。

 

「だって、とても失礼なことを言うようですけど、そのお嬢さんの格好、服を売っている身としては悪い意味で見逃せませんもの」

「え……」

 

 思わず、自分の服へ視線を落とす。

 

 擦り切れた布。

 色褪せた奴隷服。

 

 ……そんなに、おかしいのだろうか。

 

「ほんのちょっと待っていただけますこと? この子にぴったりなお洋服を見繕って差し上げますわ」

「あ、いや──」

「ほらほら、こちらへ」

「え……あっ」

 

 その人が呆気に取られている合間に、その女性は僕の手を取った。

 

 細い指なのに、不思議なくらい力強い。

 気付けば、僕は店の奥へ引っ張られていた。

 

「まずは採寸ですわね」

 

 そう言うと、女性はどこからか細長い布の帯を取り出した。

 

「え……?」

「お洋服を仕立てるなら必要でしょう?」

 

 有無を言わせぬ調子だった。

 

 女性は慣れた手つきで僕の肩へ触れる。

 

 びくり、と身体が跳ねた。

 

 

「まあまあ、そんなに緊張なさらず」

 

 くすりと笑いながら、その帯を胸元へ回していく。

 柔らかな布越しに触れられる感覚に、落ち着かない。

 

「細い……ですわねぇ……」

 

 肩。

 

 腰。

 

 腕。

 

 次々と身体へ触れられていく。

 

 奴隷として身体を触られることには慣れているはずなのに、今は妙に居心地が悪かった。

 

 それは嫌悪感というより──。

 

 自分が“女物の服を着る身体”として扱われていることへの、説明しづらい違和感。

 

「ふむふむ……なるほど……骨格にあっていない歩き方をなされていますね、その歩き方では綺麗なお姿が崩れてしまいますわ」

 

 

 女性はそう言った。

 ……確かに、意識はしていなかった……

 

「……はい」

 

 返事を聞いた女性は満足そうに頷きながら、服を選び始める。

 

 僕は落ち着かないまま、自分の腕へ視線を落とした。

 細く、白い。けれど、痛々しい爛れた火傷跡。

 

 ……痛々しいこんな身体に何を着せても変わらないだろうに。

 

「さあ、こちらへ」

 

 そう言って、女性は次々と服を抱えて戻ってきた。

 

 深い紺色の服。

 白いレース。

 細かな刺繍。

 

 どれも、僕にはあまりにも縁遠いものばかりだった。

 

「え……あの……」

「遠慮なさらなくてよろしくてよ。着飾るのは女の子の特権ですもの」

 

 有無を言わせぬ勢いのまま、僕は衝立の奥へ押し込まれる。

 

 手渡された服を、恐る恐る広げた。

 

 柔らかい生地に、丁寧な縫製。

 触れただけで高価だと分かる。

 

 こんなものを、自分が着るのか。

 

 奴隷服を脱ぎ、恐る恐る袖へ腕を通していく。

 

 

 

 ……鏡なんて、まともに見たことはなかった。

 

 前の主人の屋敷にも鏡はあったが、それは主人たちのためのものだ。

 奴隷が覗き込めば怒鳴られたし、そもそも自分の姿など見たいとも思わなかった。

 

 だから──。

 

「……できましたわよ」

 

 女性に背を押され、正面の鏡の前へ立たされた瞬間。

 

 僕は、言葉を失った。

 

 鏡の中にいたのは、知らない少女だった。

 

 銀色の髪。

 怯えるように揺れる銀の瞳。

 白い肌。

 

 紺色の服は身体に驚くほど馴染んでいて、腰の線を細く見せている。

 

 鏡の中の少女が、自分と同じように瞬きをする。

 

 ……不思議だった。

 

 見慣れているはずなのに、違和感が拭えない。

 いつかの自分とは、随分変わってしまった身体だ。

 

 薄い胸板に、華奢な指。

 服の上からでも分かる身体の線。

 

 思わず鏡へ手を伸ばす。

 

 すると、鏡の中の少女も同じように手を伸ばした。

 

 当たり前なことのはずなのに、どこか変な感じだった。

 

「まあ……とてもお似合いですわ」

 

 背後で、女性が満足そうに微笑む。

 

「素材が良い方は着飾りがいがありますもの」

 

 ……似合う。

 

 その言葉に、妙な胸の高鳴りを感じた。

 

「さぁ、お嬢さん、こちらへ」

 

 あれよあれよという間に、僕は再びその人の前へ連れ出されていた。

 

「年頃の娘に、あんなほつれた布切れ一枚なんてあんまりですわ。こちらのほうが、ずっと素敵でしょう?」

 

 女性は満足げに頷きながら、僕の肩へそっと手を添える。

 

「わたくし、ぜひこちらのお洋服をお勧めいたしますわ」

「……」

 

 その人は、少し目を見開いたまま僕を見つめていた。

 その視線に、落ち着かなくなる。

 やはり、変なのだろうか……こんな傷だらけでは似合うよりも見苦しいが先に来るだろう。

 

 不安になって視線を伏せかけた、その時。

 

「……うん。よく似合ってる」

「え……」

 

 思わず顔を上げる。

 

 その人は少しだけ目を細めて、優しく笑った

 

「一式、買おうか。いくらかな?」

「あらあら、それはそれはお客様。とても賢明な判断だと思いますわ」

 

 女性は嬉しそうに両手を合わせる。

 

「身だしなみは人の品格を左右しますもの。これでこのお嬢さんも、お客様にふさわしい素敵なレディーですわ」

「……レディー……」

 

 その言葉が、妙に耳へ残った。

 

 

 ◇◆◇

 

 店を出る頃には、日は少し傾き始めていた。

 

 紙袋を抱えながら歩く僕の隣で、その人はどこか満足そうにしている。

 

 慣れない服の感触に落ち着かず、僕は何度も裾へ視線を落としてしまう。

 

「……あの、ご主人様」

 

 少し迷ってから、僕は小さく口を開いた。

 

「私にこんなお洋服、もったいないです……。今からでも返品しに行った方が……」

 

 すると、その人は困ったように笑った。

 

「よく似合ってるよ」

 

「え、その……。ありがとうございます。でも、私……奴隷なのに……。こんな……」

 

 そこまで言いかけて、言葉が止まる。

 

 “嬉しい”と思ってしまったことを、悟られた気がしたからだ。

 

「……いえ、何でもないです」

 

 その人は……彼は、それ以上追及せずただ穏やかに微笑んだ。

 その優しさが、余計に落ち着かなかった。

シルヴィになんて呼ばせよう……

  • ご主人様
  • 先生
  • 貴方(様)
  • 旦那様
  • グリス
  • その他(コメントとかマシュマロから)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。