※この作品はR-18です。

Teaching Sweet Feeling   作:こまごめピペット

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貴方に看病してもらった次の日

 ……付きっきりで看病してくれた彼のおかげで、風邪はすっかり良くなっていた。

 

 誰かにああして世話を焼かれるのは、随分と久しぶりだった気がする。

 

 温かい粥も、何度も替えてくれた濡れ布も。夜中に目を覚ました時、すぐ傍に人の気配があることも。

 

 それらすべてに、まだ少しだけ、慣れない。

 けれど、その暖かくて大きな手には少し……慣れてしまったのかもしれない。

 

 体を起こすと、彼はどこにもいなかった。

 

「……?」

 

 ベッドを降りようとしたところで、ドアが開き、彼と目が合った。

 

「おはようございます……」

「おはよう……もう動いて大丈夫か?」

「もう治りました」

 

 本当に大丈夫だ。熱もない。体も動く。だから──。

 

 

 額へ、ふわりと何かが触れた。

 

「……っ」

 

 思わず動きが止まる。大きな掌だった。風邪を引いていた時と同じように、熱を確かめるような手付き。

 

「うん」

 

 彼は小さく頷いた。

 

「熱はなさそうだな」

「はい……ご迷惑をおかけしました。家事や手伝いもできそうですし……もう大丈夫です」

 

 僅かに笑う気配がした。それだけで、胸の奥が少し軽くなる。

 

「でも、無理は厳禁だよ。また同じように倒れてしまったら、困るからね」

 

 優しい声。優しい手。

 

 ……この人は、どうしてこんなに優しいのだろう。

 ただの奴隷に過ぎない僕に。何の利益ももたらさない僕に。

 

 胸の奥が、ざわざわと音を立てた。

 

「……はい」

 

 声は掠れていた。

 彼は微笑んで、僕の頭にそっと手を置いて、それ以上は何も言わずに部屋を出て行った。

 

 

 彼が出て行った後も、額へ触れた手の感触が残っていた。

 

 僕はそっと自分の額へ触れる。当然、そこには何もない。

 それなのに、妙に落ち着かなかった。

 

 僕は、自分の体を見下ろした。痩せた腕。消えない傷跡。決して綺麗とは言えない体。

 

 それでも……彼は汚いとも醜いとも言わなかった。

 服を買ってくれて。看病してくれて。頭を撫でてくれた。

 

 

 どうしてだろう。僕には、それだけの価値があるとは思えないのに。

 ──いや、価値がないと思っているのは、僕だけなのだろうか。

 

 

 奴隷として過ごした日々より前の記憶は、もう曖昧だった。それでも、その過去より掴めないものがある。

 

 今の体だ。

 

 鏡を見るたびに思う。銀色の髪。銀の瞳。華奢な体。

 

 それは間違いなく自分のものなのに、時々ひどく他人事のように感じる。

 慣れたと思っていた。

 受け入れたつもりでいた。

 

 それでも、ふとした瞬間に思う。

 

 僕は──私は、本当は誰なのだろう。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 ……最近、彼を見ていてわかったことがある。

 

 この人は、驚くほど人付き合いが少ない。

 

 朝は僕と一緒に朝食を食べて。

 患者が来れば診察をして。

 暇があれば薬を調合して。

 帳簿を書いて。

 夜になれば夕食を食べて眠る。

 

 最近は僕を連れて外へ出ることも増えて、診療所を閉める事も多くなっている。

 

 

 町の人と話している姿はよく見る。

 しがない町医者を名乗る割には、信頼は有りそうだった。

 しかし、話す内容は診察や仕事の延長でしかない。

 

 誰かと食事へ行くことも。

 誰かを家へ招くことも。

 見たことはなかった。

 

「……」

 

 机へ向かったまま帳簿を書いている彼を見る。

 聞こえるのは紙を捲る音と、ペン先が擦れる音だけ。

 

 静かだった。

 

 この診療所は、いつも静かだ。

急患も頻繁には来ず、少しゆったりとした空気感に包まれていた。

 

 今まで、この人はずっと一人だったのだろうか。

 

 そんなことを考えて。

 

 ……すぐに首を振った。

 

 分からない。

 僕はこの人のことを、まだ何も知らないのだから。

 

 優しいことは知っている。

 怒鳴らないことも。

 傷を見ても顔をしかめないことも。

 頭を撫でてくれることも。

 

 どうしてそうしてくれるのかは、まだ分からなかった。

 信じたいと思う。

 

 だけど、怖い。

 

 もし期待してしまって。

 もし、それが間違いだったら。

 

 僕はきっと──。

 

「シルヴィ?」

 

 不意に名前を呼ばれ、肩が跳ねた。

 顔を上げると、彼がこちらを見ていた。

 

「どうかしたか?」

 

「……いえ」

 

 慌てて首を振る。

 

 彼は少しだけ不思議そうな顔をしたあと、また帳簿へ視線を戻した。

 

 その横顔を見ながら。

 僕は小さく息を吐いた。

 

 まだ分からない。

 

 けれど、もう少しだけ、この人を知りたいと思った。

シルヴィになんて呼ばせよう……

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