Teaching Sweet Feeling 作:こまごめピペット
……付きっきりで看病してくれた彼のおかげで、風邪はすっかり良くなっていた。
誰かにああして世話を焼かれるのは、随分と久しぶりだった気がする。
温かい粥も、何度も替えてくれた濡れ布も。夜中に目を覚ました時、すぐ傍に人の気配があることも。
それらすべてに、まだ少しだけ、慣れない。
けれど、その暖かくて大きな手には少し……慣れてしまったのかもしれない。
体を起こすと、彼はどこにもいなかった。
「……?」
ベッドを降りようとしたところで、ドアが開き、彼と目が合った。
「おはようございます……」
「おはよう……もう動いて大丈夫か?」
「もう治りました」
本当に大丈夫だ。熱もない。体も動く。だから──。
額へ、ふわりと何かが触れた。
「……っ」
思わず動きが止まる。大きな掌だった。風邪を引いていた時と同じように、熱を確かめるような手付き。
「うん」
彼は小さく頷いた。
「熱はなさそうだな」
「はい……ご迷惑をおかけしました。家事や手伝いもできそうですし……もう大丈夫です」
僅かに笑う気配がした。それだけで、胸の奥が少し軽くなる。
「でも、無理は厳禁だよ。また同じように倒れてしまったら、困るからね」
優しい声。優しい手。
……この人は、どうしてこんなに優しいのだろう。
ただの奴隷に過ぎない僕に。何の利益ももたらさない僕に。
胸の奥が、ざわざわと音を立てた。
「……はい」
声は掠れていた。
彼は微笑んで、僕の頭にそっと手を置いて、それ以上は何も言わずに部屋を出て行った。
彼が出て行った後も、額へ触れた手の感触が残っていた。
僕はそっと自分の額へ触れる。当然、そこには何もない。
それなのに、妙に落ち着かなかった。
僕は、自分の体を見下ろした。痩せた腕。消えない傷跡。決して綺麗とは言えない体。
それでも……彼は汚いとも醜いとも言わなかった。
服を買ってくれて。看病してくれて。頭を撫でてくれた。
どうしてだろう。僕には、それだけの価値があるとは思えないのに。
──いや、価値がないと思っているのは、僕だけなのだろうか。
奴隷として過ごした日々より前の記憶は、もう曖昧だった。それでも、その過去より掴めないものがある。
今の体だ。
鏡を見るたびに思う。銀色の髪。銀の瞳。華奢な体。
それは間違いなく自分のものなのに、時々ひどく他人事のように感じる。
慣れたと思っていた。
受け入れたつもりでいた。
それでも、ふとした瞬間に思う。
僕は──私は、本当は誰なのだろう。
◇◆◇
……最近、彼を見ていてわかったことがある。
この人は、驚くほど人付き合いが少ない。
朝は僕と一緒に朝食を食べて。
患者が来れば診察をして。
暇があれば薬を調合して。
帳簿を書いて。
夜になれば夕食を食べて眠る。
最近は僕を連れて外へ出ることも増えて、診療所を閉める事も多くなっている。
町の人と話している姿はよく見る。
しがない町医者を名乗る割には、信頼は有りそうだった。
しかし、話す内容は診察や仕事の延長でしかない。
誰かと食事へ行くことも。
誰かを家へ招くことも。
見たことはなかった。
「……」
机へ向かったまま帳簿を書いている彼を見る。
聞こえるのは紙を捲る音と、ペン先が擦れる音だけ。
静かだった。
この診療所は、いつも静かだ。
急患も頻繁には来ず、少しゆったりとした空気感に包まれていた。
今まで、この人はずっと一人だったのだろうか。
そんなことを考えて。
……すぐに首を振った。
分からない。
僕はこの人のことを、まだ何も知らないのだから。
優しいことは知っている。
怒鳴らないことも。
傷を見ても顔をしかめないことも。
頭を撫でてくれることも。
どうしてそうしてくれるのかは、まだ分からなかった。
信じたいと思う。
だけど、怖い。
もし期待してしまって。
もし、それが間違いだったら。
僕はきっと──。
「シルヴィ?」
不意に名前を呼ばれ、肩が跳ねた。
顔を上げると、彼がこちらを見ていた。
「どうかしたか?」
「……いえ」
慌てて首を振る。
彼は少しだけ不思議そうな顔をしたあと、また帳簿へ視線を戻した。
その横顔を見ながら。
僕は小さく息を吐いた。
まだ分からない。
けれど、もう少しだけ、この人を知りたいと思った。
シルヴィになんて呼ばせよう……
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ご主人様
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先生
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貴方(様)
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旦那様
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グリス
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その他(コメントとかマシュマロから)