※この作品はR-18です。

Teaching Sweet Feeling   作:こまごめピペット

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貴方に何を返せるか悩んだ日

 洗濯籠を抱えて、彼の部屋へ入る。

 

 

 いつもの仕事だ。

 洗い忘れを防ぐため部屋を回って回収して行く。

 

 ベッドの上に、上着が置かれていた。

 脱いだまま、ここに放置された服を手に取る。

 

 ……僕の体より大きいシャツだ。

 

 他の洗濯物と違って、この上着だけ妙に重く感じる。

 

 シワにならないよう、少し畳もうとして。

 

 顔の近くを通った瞬間、手が止まる。

 汗と、薬草と、乾いた紙の匂いが香る。

 ……彼の匂いだ。

 

「……」

 

 広げ、もう一度鼻に近づける。

 ……なんだか、癖になる匂いだ。

 

 何かが胸をつつく。

 そこでハッとした。

 

 急いで上着を畳む。

 何をしているんだろう。

 そう思いながら、残りの洗濯物を纏めた。

 

 手を動かしている間も、その匂いがまだ鼻の奥に残っている……。

 

 いや……気のせいだ。

 いつものように、そう思うことにした。

 

 


 

 

 夜、寝支度を整えても、なかなか眠気が来なかった。

 ベッドの中で、何度か寝返りを打つ。

 

 ……今夜も、行ってもいいだろうか。

 

 迷惑じゃないだろうか。

 

 毎晩こうして頼ってしまっているのは、おかしいんじゃないか。

 

 それでも。

 

 一人で眠ろうとすると、どうしても胸の奥が落ち着かなかった。

 

 しばらく迷ってから、僕はそっと部屋を出た。

 

 廊下は暗い。

 足音を立てないよう、ゆっくりと歩く。

 

 彼の部屋の前で、もう一度足が止まった。

 やっぱり……今日は……。

 

 そう思いながら、結局、扉を小さく叩いた。

 

「……ご主人様……今夜も、良いですか?」

「……シルヴィ? ……おいで」

 

 彼は優しく微笑んで、私を迎え入れてくれる。

 

 僕はおずおずとベッドに腰掛けた。

 

「失礼します……」

「……一緒に居ると、落ち着いて眠れそうかな?」

「……はい。ご主人様のおかげで……」

 

 魘されることも、冷たい床に転がることもなく、静かに眠れる。

 

「そうか……良かったよ」

「……今日も、本当に……ありがとう、ございます」

「おやすみなさい」

 

 共に布団を被り、目を閉じる。

 温かい。深く息を吸う。

 昼間と同じ、あの香り。

 気付けば、肩の力が抜けていた。

 

 身体の芯から、何かがほどけていくような感覚があった。

 

 ずっと、ずっと、貰ってばかりだ。寝床も、食事も、服も。

 全部、彼から貰ったものだ。

 

 

 ……じゃあ僕は、何を返せるんだろう。

 考えてみるが、何も出てこない。

 

 家事はしている。掃除も、料理も。

 

 けれど、それだけだ。それだけしかない。

 

 もっと、何か……。

 

 考えがそこに辿り着いた瞬間、頭の中が、ふっと静かになった。

 

 何かが繋がりそうだった。

 でも、まだ形にならない。

 ……分からない。

 

 今夜は、それ以上考えるのをやめた。

 彼の匂いに包まれながら、目を閉じ、意識を消していった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 また、彼に連れられて服屋へ来た。

 ……これ以上、何か返せていないのに、新しい服を頂くなんて。

 

「あら、いらっしゃいませ」

 

 あの店員が、奥から顔を出す。

 白い衣を纏った彼女は、背丈が僕をゆうに越し、彼よりも高く見えた。

 胸も、僕よりずっと大きく豊かな膨らみがある。

 

 綺麗に揃えられた長い金髪が、店の灯りを受けて艶やかに光っていた。

 

 立っているだけで、人の目を引く人だった。

 もし前の世界にいたなら、きっと誰もが振り返るだろうか。

 

「今日はどうなさいますか?」

「シルヴィに、幾つか見繕ってもらえると助かる」

「お任せくださいませ。さあ、お嬢さん、こちらへ」

 

 手を引かれ、衝立の奥、小さな更衣室へ通される。

 彼は店の方で、椅子に腰掛けて待っているようだった。

 

 

 布が一枚、衝立として二人を隔てる。

 声は聞こえても、姿は見えない。

 

 その距離感が、不思議と落ち着く。

 

「まずは、こちらをどうぞ」

 

 手渡された服に、袖を通す。

 店員は、僕の後ろに立って、紐を調整しながら話し始めた。

 

「お嬢さん、何だか元気がないですわね」

 

 不意に言われて、肩が跳ねた。

 

「……いえ、そんなことは」

「隠さなくても良いんですよ。わたくし、お客様の顔色を見るのが得意なんですの」

 

 背中の紐を結ぶ手は止まらない。

 器用な指先が、布越しに腰の位置を確かめていく。

 

「……あの」

 

 言葉を選びながら、ぽつりと口にした。

 

「ご主人様に、いつも頂いてばかりで……何か、お返ししたいんですけど。何も思いつかなくて」

 

 声が、自分でも思ったより小さかった。

 衝立の向こうから、彼が何か言っているのか、店員と短く言葉を交わす声が聞こえる。

 

 ここでの話は、聞こえていないようだった。

 店員は、少し目を細めた。

 

「ふふ……それは、贅沢なお悩みですわね」

「え……」

「あちらのお客様に何かして差し上げたい、ということでしょう? それは、とても立派な気持ちですわ」

 

 紐を結び終え、店員は僕の肩へそっと手を置いた。

 

「……筋肉の付き方から見ても……家事は、もうしてらっしゃるんでしょう?」

「……はい。掃除も、料理も」

「それ以上に差し上げられるもの、というのは──」

 

 店員は、そこで言葉を切った。

 わざと止めたような、長い間が。

 

 更衣室の狭い空間が、その沈黙をより強く感じさせる。

 

「……それは?」

「ふふ……それは、お嬢さん自身が見つけることですわ」

「……」

「ただ。お嬢さんが今、何かを差し上げたいと思っていること自体が、もう立派な変化だと思いますわよ」

「変化……?」

「ええ。そういうお気持ちは、自然に出てくるものじゃありませんもの」

 

 店員はそう言って、衝立を少し開けた。

 

「さあ、見せてあげましょう」

 

 促されるまま、衝立の外へ出る。

 

「……これは、よく似合ってる」

 

 彼が、目を細めてそう言った。

 

 

 それ以上、何も聞かれなかった。

 店を出て、帰り道。

 

 店員の言葉が、頭に残っていた。

 

僕自身が見つけること。

 ……何を見つければいいのか、分からなかった。

 

 ただ、店員の言葉のどこかに、自分でも気付いていない答えがある気がして。

 その夜、考え続け、眠れないまま朝を迎えた。

シルヴィになんて呼ばせよう……

  • ご主人様
  • 先生
  • 貴方(様)
  • 旦那様
  • グリス
  • その他(コメントとかマシュマロから)
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