イスタール年代記-快楽の修練者と藍色に染まる少女たち- 作:錫鹿とらちよ
ふと意識が浮上したとき、ポーターは自分の身体を包む不思議な重みと温かさに気づいた。
まどろみのなか、ゆっくりと瞼を持ち上げればそこには藍色の髪を枕に散らしたカナンの寝顔があった。
彼の逞しい腕が、壊れ物を守るようにポーターの腰を抱き寄せている。
(私…カナン様に、抱かれて……)
断片的な記憶が火照りとなって脳裏をよぎる。
乳首を弄られた時の鮮烈な火花。
股間を貫いた雷。
そして、最後に訪れた意識を断絶させるほどの「奥」の衝撃。
だが、その最後の一撃だけは記憶が曖昧で今の彼女にはまだ正体を掴みきれずにいた。
「ん……目が覚めたか、ポーター」
いつの間にか目を開けていたカナンが、優しく彼女の額を撫でた。
「カナン様。あの、申し訳ありません…最後のは、一体……私、何もわからなくなってしまって気を失って…」
問いかける彼女に、カナンは優しい笑みを向ける。
「今はそれでいい。身体が本当の意味で『開花』すれば、いずれあの衝撃もしっかりと受け止められるようになる。君にはその資質があるよ」
彼に諭されポーターはどこか誇らしいような、気恥ずかしいような思いでその逞しい胸板に顔を埋めた。
やがて身支度を整えたカナンが屋敷を去る際、玄関先には心配そうに待機していたルッツと主のフェリオの姿があった。
「お疲れ様、カナン。……ポーターの様子はどうだった?」
フェリオの問いにカナンは満足げに肩をすくめ、丁寧に、そして確信に満ちた声で告げた。
「素晴らしい受け手でしたよ。こちらの意図を正確に汲み取り、こちらの愛撫に対して……実に上質な反応を見せてくれた。あれほどの感性を秘めている女性は我々修行者の身からすればありがたい限りです」
その赤裸々な報告にフェリオは一度深く頷き、ルッツは耳を赤くして俯いた。
カナンは彼らに一礼すると足取りも軽く屋敷を後にした。
一人、自室に残されたポーターは忙しなく心を揺らしていた。
カナンの指の感触、舌の熱、自分の中に注ぎ込まれた熱い白濁。
それらを思い出すたび顔が爆発しそうなほど熱くなり、かと思えばあの多幸感に浸りたくて呆けたような溜息を漏らす。
そこへ控えめなノックと共にルッツが訪れた。
「ポーターさん、起きてますか? ……その、体調はどうです?」
彼は顔を合わせるなり心配そうに視線を泳がせた。
「ルッツさん……はい、大丈夫です」
「そうですか。……まずは、風呂に入って身体を清めてきてください。それにフェリオ様からの伝言です。明日の午前中はゆっくり休んでいい。午後も軽い仕事だけで済ませるように、との事です」
その気遣いが、ポーターの胸をさらに温かくした。
その夜、清潔な寝衣に包まれた彼女は今日の出来事を思い出す。
日々、充実した労働に勤しみ…その中で決められた日に差し込まれる奴隷の立場という事実
しかしその実態はとてつもなく甘美で、強烈な幸福感を味わうものだった。
「こんなに…恵まれていていいのかしら…私」
奴隷の身が受ける務めとしてはあまりにも甘く、とろけるような快感だった。
しかし、まだ一抹の不安は残っている。
今日受けたのは「愛情の修練」というものだが、それとは別にもう一つ「快楽の修練」というものがあると聞いた。
おそらくは今日受けた優しく幸福なものとは大きく違う内容なのだろう。
しかし、カナン様のような方々が私に辛く苦しい苦痛を与えるとも思えない…
彼の顔を思い出しポーターはまた頬を赤く染める。
カナンの腕の感触を反芻しながら、ポーターはかつてないほどの深い安らぎの中で眠りに落ちた。
翌日の午後。
約束通り軽い庭仕事に従事していたポーターは休憩時間に隣に座ったルッツと談笑をしていた。
「ポーターさんが無事に修練の受け手を務め上げたと聞いて僕も安心しました」
この優しい少年は本音で私の身を案じていたのだろう。
その気遣いが心にしみる。
「……すごく、優しかったんです。カナン様」
「カナンさんは何か無茶な事はしなかったですか?辛い事とかは…」
「とんでもないです。辛いというか…違う意味で耐えるのが精一杯な事は多かったですが…」
最初は、深い部分を伏せての報告のつもりだった。
だが、ルッツの真摯な聞き役に甘えるうちに彼女の言葉に熱が宿っていく。
「胸を、あんな風に……指と口で、別々のことをされて。私、自分がどんな声を出しているのかも分からなくて。……それに、あの痛みしか生まなかった…中に、あんなに強烈な部分があっただなんて…」
気づけば彼女は頬を紅潮させ、手振り身振りを交えて昨夜の快楽を赤裸々に語っていた。
「ま、待って! ポーターさん、もういいです! ストップ!」
ルッツが顔を赤くして彼女を制した。
「ぼ、僕だって、これでも男なんですよ……! そんな話を細かく聞かされたら、その……どうにかなりそうです…」
「えっ……あ! ご、ごめんなさい、私ったら……っ!」
我に返ったポーターは自分のはしたなさに今さら気づいて火を吹くほど照れ、二人でしばし沈黙する。
そしてしばらくの無言の後、ポーターはぽつりと呟いた。
「でも、少しまだ不安もあるんです…この後控えているもう一つの修練が、果たしてどれほどの務めなのか…」
不安そうにそう告げるポーターにルッツはふむ、と考え込む。
「……ポーターさん。修練のことで不安や共有したい事があるなら、同じ境遇の……収容所から連れてこられた方々と話してみるのはどうです? 彼女たちならポーターさんの不安が解消されるような話もできるかもしれません」
同じ境遇…あの4人の少女…
たしかに、彼女たちも今は私と同じく修練の受け手となっているはずだ。
話す機会があればお互いの不安を取り除いたり、安心を与え合える間柄になれるかもしれない。
「そうですね……はい。機会があったら、ぜひ」
ルッツの提案にポーターは力強く頷いた。
その夜、フェリオの私室に呼ばれたポーターは差し出された小さな封筒を見て目を見開いた。
「僅かばかりだがこれは君がこの屋敷で働いてくれた分の給与だ」
「えっ……? 給与、ですか? 私は、奴隷で……」
「ここでは使用人として働き賃金も出るとランセルから説明があっただろう。……明日は休日だ。街に出て好きなものを買い、自由に過ごしてくるといい」
フェリオの不器用だが真っ直ぐな言葉にポーターの手が震える。
お金。自由。そして自分を認めてくれる居場所。
ポーターは、大切にその封筒を抱きしめた。
イスタールの夜はまだ深い。
だが、彼女の瞳にはかつては想像もできなかった明るい明日が映っていた。