イスタール年代記-快楽の修練者と藍色に染まる少女たち- 作:錫鹿とらちよ
食堂を出て5人が通された部屋には数人の男たちが待っていた。
彼らは皆この国特有の紺色の髪を短く、あるいは機能的に整え仕立ての良い、だが実用的な衣服を纏っていた。
豪華絢爛な貴族というよりは、どこか鍛え上げられた武人のような精悍で隙のない佇まいの者が多い。
五人の少女たちは本能的に身を固くした。
これまでの人生において自分たちの前に現れる「男」という存在は常に恐怖と蹂躙の象徴だったからだ。
ランセルが一人ずつ主人となる男たちを紹介していく。
ポーターの前に立ったのは、紺色の髪をきっちりとオールバックにまとめた三十代半ばの男・フェリオだった。
彫りの深い顔立ちは厳格で口数も少なそうに見えたがポーターを見下ろす切れ長の瞳には冷たさはなくむしろ壊れ物を扱うような慎重さが宿っていた。
「フェリオだ。…行こうか」
短く、だが重みのある声。
彼は無理に手を引くような真似はせずポーターが自分の足で立ち上がるのを静かに待った。
一方、セイレンの前にはロダンという名の男が立っていた。
彼はフェリオよりも一回り体格が良く、きっちりとした身なりを好む他の男たちの中でややラフに襟元をくつろげた気さくな雰囲気を纏っていた。
「俺はロダンだ。目はもう大丈夫か?ああー、 無理にこっちを見なくていい。まだ光が強いだろう」
ロダンはセイレンの視力を気遣い大きな身体を屈めて視線を合わせた。
その配慮に、セイレンは小さく頷くのが精一杯だった。
ルーアン、ミニス、キルヴィも、それぞれ名乗る主人たちに従い、建物の外に待機していた別々の馬車へと導かれていった。
揺れる馬車の中で
銀髪の美女セイレンはロダンの向かいに座りガタガタと揺れる馬車の振動に身を任せていた。
車内は清潔な革の匂いが漂い、窓から差し込む夕陽がようやく取り戻した視界をオレンジ色に染めている。
静寂の中、セイレンの胸を去来するのは先ほどまで自分を介抱してくれたあの青年への思いだった。
「……あの、ロダン様」
「ん? どうした」
ロダンが窓の外から視線を戻し穏やかに問いかける。
セイレンは膝の上で指を絡ませ消え入りそうな声で口を開いた。
「…申し訳ありません。私、さきほど私の目を治してくださったグレイス様という方に…お礼をお伝えするのを忘れてしまいました」
あの暗闇の中で最初に自分に触れた温かな手。
泥を拭い光を返してくれたあの人に一言も感謝を伝えられなかった。
そのことが今の彼女には何よりも重く、心に沈んでいた。
「ああ、グレイスか?気にするな。あいつは腕はいいが適当なところもある。お前が動揺していたのは分かっているだろうさ」
ロダンは快活に笑ったが、その後に少しだけ声を落として付け加えた。
「それに…いずれ奴とは、嫌でも会うことになる」
「…会えるのですか?」
セイレンの瞳に微かな期待の光が宿る。
しかしロダンの言葉はその期待をより複雑なものへと変えた。
「ああ。あいつは一族の中でも期待されている修行者だ。週に一度の『修練』の際には俺の屋敷に派遣されることもあるだろう」
セイレンの呼吸が、わずかに止まった。
命の恩人。自分を救ってくれたあの清廉な青年。彼に再会できるのは喜びかもしれない。
けれどそれは「奴隷」として彼に身体を開き、快楽の技術を磨くための「練習台」になることを意味していた。
(あの方が、私に…)
セイレンは再び視界を奪われたような感覚に陥り、深く俯いた。
感謝を伝えたい相手が、自分を「女」として乱す存在になる。
その事実が彼女の心に、言いようのない不安と名状しがたい疼きを同時に刻みつけた。
同じ頃、ポーターもまた向かいに静かに座るフェリオの沈黙に怯えながら
次第に近づく「屋敷」という名の新しい籠を静かに見つめていた。