イスタール年代記-快楽の修練者と藍色に染まる少女たち- 作:錫鹿とらちよ
夕暮れが街を赤く染める時間帯。
ポーターは一人で夕食の食材を買い出すために活気あふれる街の通りを歩いていた。
昼下がりに書斎で試みた、主であるフェリオとの「夜伽」を巡る対話。
しかし、あまりにも高潔すぎる彼の精神のせいで会話はどこまでも噛み合わず、最後には恥ずかしさと居た堪れなさのあまりポーターは逃げるようにしてこの買い出しに飛び出してきたのだった。
(でも……あの場でもしも、フェリオ様が私の言葉を受け入れて、何かが『始まってしまっていた』かもしれないと思うと……。一度こうして頭を冷やすために外に出たのは、これでよかったのかも……)
ポーターは未だにトクトクと高く鳴り響く心臓を片手で押さえ、自分に言い聞かせるように深く息を吐いた。
けれど、あの頑なな様子ではおそらく普通に身体を開くだけではフェリオを本当の意味で労働の呪縛から解放し、癒やすということには繋がらないだろう。
いつも自分を気遣ってくれる大切な主を少しでも心から休ませてあげるには一体どうすればいいのだろう。
もう一度、彼に届く方法をじっくりと考え直さなければ。
そんな風に、主への想いで頭をいっぱいにしながらポーターが夕暮れの石畳を歩いていた、
その時だった。
ゴトゴトと重々しい音を立てて、道の先から一台の大きな馬車がこちらに向かって進んでくるのが見えた。
その馬車の独特な形状と漂う重苦しい空気を目にした瞬間、ポーターの心臓が氷水を浴びせられたかのように一瞬で凍りついた。
忘れるはずもない。
あの時――あの暗く冷たいガトン収容所から自分たちを連れ出し、このイスタールの街へと自分たち5人の少女を運んできたあの忌まわしくも運命的な馬車そのものだった。
ゆっくりとすれ違う馬車の荷台へと視線を向けると、そこにはかつての自分たちの姿を鏡で見ているかのような3人の少女の人影があった。
いずれも薄汚れた衣服を身に纏い、絶望と恐怖に満ちた、酷く怯えた表情を浮かべて身を寄せ合っている。
彼女たちもまた、自分たちと同じようにどこか遠くの凄惨な地獄から連れてこられた新たな「奴隷」なのだろう。
馬車が真横を通り過ぎるその一瞬、ポーターは荷台の少女の一人と、確かに目が合った。
かつての自分を見るようなその痛々しい姿にポーターは自然と胸の前でぎゅっと両手を組み、彼女たちのこれからの無事を祈らずにはいられなかった。
どうか、この街が彼女たちにとっても、救いの場所となりますように、と。
イスタール「修練の街」を、燃えるような美しい夕日が赤々と包み込んでいく。
今日、新たに地獄から引き上げられた少女たち。
彼女たちの、この奇妙で温かい街での「修練の受け手」としての新しい生活が今、静かに始まろうとしていた。
(第一部 完)
本話をもちまして、本作の『第一部』を完結とさせていただきます
当初からの目標であった「5人の少女たちの葛藤と濡れ場」をすべて書き切ることができたので、第一部の区切りと致します
ここまで連載を続けられたのは、ひとえに読者の皆様のおかげです。いただいた「いいね」や、ブックマークの一つひとつが、執筆の大きな励みになっていました。本当に、心から感謝申し上げます
初めての投稿のため、勢いで書いていた部分もあり、不慣れで読み難い点も多々あったかと思います
それでも読んでいただいた方々には感謝しかありません
物語はキリの良い形での幕引きとなりましたが、ラストに描いた通り、街には新たな少女たちがやってきました。彼女たちの運命、そして既存のキャラクター陣がどう動いていくのか、すぐに『第二部』の執筆に取り掛かりたいと思っています
新たな少女たちを交え、さらに深く熱量の高い物語をお届けできるようこれからも精一杯がんばります。第二部の開幕を楽しみにお待ちいただけますと幸いです
第一部を最後までお読みいただき本当に、本当にありがとうございました!