イスタール年代記-快楽の修練者と藍色に染まる少女たち- 作:錫鹿とらちよ
夜の帳が下り、修練用に用意された部屋の柔らかな寝台に腰を掛けながらポーターは天井を見つめていた。
彼女はこれより修練の受け手として修行者であるカナンの訪問を待っていた。
窓から差し込む月光はかつての監獄のあの湿った冷たい床を照らしていた光と同じはずなのに、今、彼女の腰に触れているのは清潔で乾いた麻のシーツだった。
(…気持ちいい、とか幸せだなんて。本当に私にも分かるのかしら)
ポーターにとって、「性」とは蹂躙そのものだった。
監獄の暗がりで名前も知らない男たちに組み伏せられ初めてを奪われたあの日。
喉を焼くような悲鳴は無慈悲な手で塞がれ、ただ泥の中に押し付けられた痛みと裂けるような苦しみ、そして終わった後の自分が自分でなくなったような虚脱感だけが彼女の知るすべてだった。
けれど、収容所の少女たちの間で密やかに囁かれていた噂があった。
「本当は溶けてしまいそうになるくらい、いい気持ちになるものなんだって」
「愛している人に抱かれると身体が熱くなって夢を見ているみたいになれるらしいわ」
当時のポーターにはそれがお伽話か質の悪い冗談にしか聞こえなかった。
けれど今、イスタールの人々の穏やかな瞳と、あどけなさの残るルッツの言葉、そしてフェリオの不器用な守護に囲まれて、その「お伽話」がにわかに現実味を帯びて迫ってくる。
(イスタールの人たちなら…あんなに優しく私を洗ってくれたあの手なら、私を痛くしないのかもしれない)
そう考えた瞬間ポーターの心臓がトクンと跳ねた。
この後に部屋を訪れるはずの想像の中の修行者カナンが彼女の髪を掬い、耳元で愛を囁く。
その指先が、今まで痛みしか感じなかった場所に触れる……。
(……あ)
不意に、下腹部の奥がキュッと締め付けられるような微かな疼きを感じた。
それは痛みではなく、かといって痒みでもない。
今まで一度も経験したことのない熱を帯びた、むず痒いような感覚。
本能が、自分でも気づいていなかった「女」としての渇きを呼び覚まそうとしているようだった。
「……っ」
ポーターは慌ててシーツを強く握りしめ、足をすり合わせた。
自分がそんな「疼き」を感じていることに激しい羞恥と戸惑いが押し寄せる。
あんなに酷いことをされてきたのに自分の身体はまだそんな破廉恥な……いいえ、温かな期待を抱くことができるのか。
(けどもし、誰が相手でも私の身体が『痛み』しか受け付けないように壊れてしまっていたら…? カナン様をがっかりさせてしまったら…)
不安が首をもたげる。
けれど、その不安以上に先ほど感じた熱い疼きが波のように何度も彼女の内側を叩いていた。
(コンコン)
不意に、扉を叩く音が響く。
「ど、どうぞっ…」
「失礼する」
扉を開け部屋に入ってきた男は、今まで見たイスタール人と同じく精悍な、それでいてどこか色気を帯びたような魅力的な男性だった。
(この方が…カナン様)
イスタールにおいて修練の受け手となったポーターの新たな人生が、今宵始まる。