※この作品はR-18です。

夢のようなアルバイト   作:倉羅

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守り抜いた居場所

 

 

「戻りました」

 

 

屋敷の重厚な扉を開けた瞬間、冷ややかな空気が玲唖を包み込んだ。正面で待ち構えていた執事の哲也が、隠しきれない苛立ちを声に乗せる。

 

 

「玲唖お嬢様! 一体どちらへおいでになっていたのですか!?」

 

「……潤くんを送ってきただけです」

 

 

玲唖が努めて冷静に答えると、哲也の表情が険しく歪んだ。

 

 

「あんな奴、送る必要などございません!」

 

「あんな奴……?」

 

 

聞き慣れない棘のある言葉に玲唖が眉をひそめると、哲也は取り繕うように視線を外した。

 

 

「いえ……失礼いたしました」

 

(哲也さん、一体どうしちゃったんだろう……)

 

 

胸の内に小さな違和感を抱えながらも、玲唖は手に持った箱を大切に抱え直し、姉である綾芽の部屋へと足を向けた。

 

 

── 綾芽の私室

 

 

「良いぞ」

 

 

短い許可を得て部屋に入ると、そこには妹の葉瑠もいた。

 

 

「あ、葉瑠もいたんだ。ちょうどいいや」

 

「何だ? その箱は」

 

 

机に向かっていた綾芽が、訝しげに視線を向ける。玲唖は弾むような足取りで近づき、机の上にそっと箱を置いた。

 

 

「いちごタルトだよ」

 

「何?」

 

 

箱の蓋を開けると、甘く瑞々しい香りがふわりと広がった。

 

 

「あ、美味しそう!」

 

 

葉瑠が目を輝かせる隣で、玲唖は少し得意げに胸を張る。

 

 

「潤くん、すごいでしょ♪」

 

「ふん……見た目が良くても、味が悪ければ意味がない」

 

 

毒づきながらも、綾芽は自分たちでフォークと皿を用意し始めた。

それから十分後。

タルトを一口運んだ玲唖は、ふと思いついたように尋ねた。

 

 

「そういえば、綾芽は何ケーキが好きなの?」

 

「……いちごタルトだ」

 

 

その答えに玲唖が微笑もうとした瞬間、再び部屋のノックが響いた。

 

 

「良いぞ」

 

 

入ってきたのは、沙矢と哲也の二人だった。

 

 

「失礼いたします。……そのケーキは一体?」

 

 

沙矢の鋭い視線がテーブルの上のタルトを射抜く。

 

 

「潤くんから貰ったんです」

 

 

玲唖が答えると、哲也の沈黙が部屋の空気をいっそう重くした。

 

 

「私も少し、頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「構わん。不味かったら食べないからな」

 

 

綾芽の言葉を合図にするように、哲也が静かに、だが冷徹な言葉を継いだ。

 

 

「綾芽お嬢様。もし、猪瀬のケーキの味にご不満がありましたら、即刻クビにしましょう。そして、他にケーキを作れる者を公募してみてはいかがでしょうか」

 

「!?」

 

 

玲唖の心臓がどくりと跳ねた。しかし、綾芽は事も無げに頷いてみせる。

 

 

「まあ、確かにその方が私の望む味を作れる者が現れやすいな」

 

「仰る通りです」

 

 

淡々と進む「潤を切り捨てる会話」。

 

 

バンッ!!

 

 

部屋中に激しい音が鳴り響いた。玲唖が勢いよく両手を机に叩きつけたのだ。彼女の瞳には、静かな、しかし確かな怒りの炎が宿っていた。

 

 

「今日合格したのにクビにするなんて、あまりに酷いんじゃない!?」

 

 

玲唖の叫びが部屋に響き渡った。その剣幕に、妹の葉瑠が「玲姉が怒ってる……」と顔を引きつらせ、姉の綾芽でさえも「ああ、珍しいな……」と冷や汗を浮かべるほどだった。

しかし、玲唖の怒りの矛先はただ一人、執事の哲也に向けられていた。

 

 

「哲也さん、そんなに潤くんをクビにさせたいのですか?」

 

「……どういう意味でしょうか」

 

 

哲也はどこか余裕ありげに、薄く笑みを浮かべて問い返す。その表情を見た瞬間、玲唖の中で何かが音を立てて切れた。

 

 

「貴方、もう明日から来なくていいから」

 

「!!?」

 

 

突きつけられた言葉に、哲也の顔から余裕が消え失せた。背後で綾芽が「お、おいどうしたんだよ……」と困惑し、葉瑠が「哲也さんがクビ……」と絶句する中、玲唖は冷静に、だが力強く言葉を続けた。

 

 

「哲也さん、あなたが潤くんを陥れようとしていたこと、他のメイドさんから聞きましたよ」

 

「……何のことです?」

 

「花瓶とドアに細い紐をくくり付けて、ドアを開けたら花瓶が落ちる仕組みを……潤くんが帰る前にこっそり仕掛けていたそうですね」

 

 

哲也の顔が、一瞬にして青ざめた。

 

 

「すぐにここから出ていってください。そんな卑怯な真似をする人は、もう信用できません」

 

 

有無を言わさぬ玲唖の拒絶に、哲也は言葉を失い、そのまま無言で屋敷を去っていった。

静まり返った室内で、綾芽が小さく感心したように声を漏らした。

 

 

「へー……哲也が新入りにそんな嫌がらせをしていたのか」

 

「うん。さっきもケーキが不味ければクビだなんて……潤くんだって必死に頑張っているのに」

 

 

玲唖の言葉に、メイドの沙矢も静かに頷いた。

 

 

「綾芽お嬢様には申し訳ありませんが、私も玲唖お嬢様と同感です」

 

「そうか。まあ、まずは食べてみるとしよう」

 

 

綾芽が皿を引き寄せた直後、「美味しい……」と葉瑠が勝手に一口食べていた。

 

 

「あーっ! 葉瑠、先に食べるな!」

 

「すぐに分けますので、少々お待ちを」

 

 

五分後。

 

 

全員が席につき、「いただきます」と声を合わせた。だが、誰も自分の皿には手をつけず、じっと綾芽の反応を伺っている。

綾芽はゆっくりとタルトを口に運び、咀嚼した。

 

 

「……まだまだだな」

 

「そう……」

 

 

玲唖が肩を落としたのも束の間、綾芽はまた次の一口を口に放り込む。

 

 

「ああ、普通すぎ。……モグモグ」

 

「普通ってことは、不味くはないのね?」

 

「……まあな。……パクッ」

 

 

綾芽の手は止まらない。

 

 

「……ん。……モグモグ」

 

「普通の割には、あっという間に完食ね!」

 

「あ……」

 

 

皿が空になったことに気づき、綾芽の顔が赤く染まった。その様子を見て、沙矢が驚きを露わにする。

 

 

「綾芽お嬢様がケーキを完食なさるなんて……。私も頂きます」

 

 

沙矢も一口食べると、驚きのあまり少し息を呑んだ。

 

 

「……シェフが作ったものより、美味しいかもしれませんね」

 

「ま、まあ、玲唖に沙矢。新入りのケーキがもっと上達するように、これからも面倒を見てやるがいい」

 

 

照れ隠しのように言い放った綾芽の言葉は、確かな「許可」だった。

 

 

「かしこまりました、綾芽お嬢様」

 

「任せなさい!」

 

 

こうして玲唖の勇気ある行動により、潤の居場所は守られたのだった。

 

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