※この作品はR-18です。

夢のようなアルバイト   作:倉羅

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お嬢様と掃除の時間

 

 

PM11:37……。

 

 

月島家であのような嵐が吹き荒れていたとは露知らず、俺は布団の中で漫画を読み耽っていた。静かな部屋に、スマートフォンのバイブ音が響く。

 

 

ヴーッ、ヴーッ!

 

 

画面を確認すると、そこには思いがけない名前が表示されていた。

 

 

「玲唖お嬢様からだ……っ!」

 

 

慌てて通話ボタンを押し、耳に当てる。

 

 

「もしもし……」

 

「あっ、寝てたかな? ごめんね」

 

 

受話器越しに聞こえる玲唖お嬢様の少し申し訳なさそうな声に、思わず頬が緩む。

 

 

「いえ、起きてましたよ」

 

「良かった。……あのね、いちごタルト食べたよ」

 

 

その言葉に、背筋がピンと伸びた。

 

 

「……いかが、でしたか?」

 

「綾芽が完食するくらい、美味しかったよ!」

 

(綾芽お嬢様が完食するくらい……って、一体どれくらいのレベルなんだろう)

 

 

少し圧倒されながらも、心からの「美味しかった」という言葉に、俺は安堵の溜息を漏らした。

 

 

「実はね、ケーキを食べる時、潤くんのケーキが不味ければクビにするって話になったの」

 

「えぇぇぇ!!?」

 

 

驚きのあまり、布団から飛び起きそうになる。危なすぎる。知らないうちに俺は崖っぷちに立たされていたのか。

 

 

「……だ、ダメでしたか?」

 

 

不安に駆られる俺をなだめるように、玲唖お嬢様の声が弾んだ。

 

 

「ううん! 綾芽が、私と沙矢さんで潤くんの面倒を見てやれって♪」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、脳内に幸福な想像が広がった。あの美しすぎるお嬢様たちに面倒を見てもらえるなんて、そんな贅沢が許されるのだろうか。

 

 

「お嬢様方に迷惑をかけないよう、精一杯頑張ります!」

 

「ふふ、期待してるね」

 

「はい!!」

 

 

会話が途切れるかと思ったが、玲唖お嬢様は少し声を落として、秘密を打ち明けるように続けた。

 

 

「……今日、潤くんが助けに来てくれた時、すごく安心しちゃったんだ」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「私、あのおじさんに食べられるのは嫌だけど。潤くんなら……ちょっと、考えちゃうかも……///」

 

 

心臓が跳ねた。受話器を握る手がわずかに震える。

 

 

(お、お嬢様と、俺が……っ!?)

 

「だ、ダメですよ! そんな……私が、お嬢様と……っ」

 

「……そう」

 

 

玲唖お嬢様の少し寂しげな声に、俺は慌てて言葉を継ぎ足した。

 

 

「あ、いや! 別にしたくないわけじゃなくて! その、あの……っ」

 

 

すると、電話の向こうからくすくすと楽しげな笑い声が聞こえてきた。

 

 

「ふふ、冗談よ。潤くん、いじりがいがあって可愛い」

 

「う……」

 

 

またしても手の平で転がされてしまった。

 

 

「よしよし。潤くんに報告もできたし、もう寝るわね」

 

「あ、はい! お電話、ありがとうございました!」

 

「いえいえ。じゃあ、おやすみなさい」

 

「おやすみなさい!」

 

 

通話を終えて、スマートフォンの明かりが消える。暗闇の中で、俺は高鳴る鼓動を鎮めるように目を閉じた。色鮮やかな余韻に包まれながら、深い眠りへと落ちていった。

 

 

只今AM8:56……。

 

 

「んっ……ふぁ~あ……」

 

 

重い瞼をこすりながら、枕元で鳴ったスマートフォンの画面を確認する。

今日の大学は1時からだ。それまで十分な時間がある。

 

 

(二度寝しよう)

 

 

抗いようのない眠気に身を任せ、俺は再び布団に潜り込んだ。

 

 

……

 

…………zzZ

 

 

只今AM10:03……。

 

 

「あちぃ……」

 

 

じわじわと滲む汗に耐えかねて、勢いよく跳ね起きた。

エアコンが壊れている俺の部屋は、午前中だというのにすでに蒸し風呂状態だ。

 

 

(くそー、扇風機で我慢するしかないか……)

 

 

ぬるい風を浴びながら、俺は独りごちた。

その時、スマートフォンが小刻みに震えた。

 

 

「あ、玲唖お嬢様からメールだ!」

 

 

画面を覗き込むと、そこには丁寧な文面が並んでいた。

 

 

潤くんおはよう!今学校かなぁ?

もし今お暇であれば綾芽と葉瑠に挨拶しませんか?お忙しければ後ででも全然構いませんので

 

 

 

(ほうほう……)

 

 

家にいても暑さで干からびるだけだ。

 

 

「行こうっと!」

 

 

お嬢様に返信を送り、手早く支度を済ませて月島家へと向かった。

月島家の邸宅が見えてくると、門の奥の方から誰かが手を振っているのが見えた。

 

 

(あれ。うん、玲唖お嬢様だ///)

 

 

俺はダッシュでお嬢様のもとへ駆け寄る。

 

 

「おはよう、潤くん♪」

 

「おはようございます! 待っていてくださったのは嬉しいですが、お屋敷にいなきゃダメじゃないですか。万が一、玲唖お嬢様の身に何かがあったら……」

 

「家の前なら別に良いじゃない」

 

「ははっ、ありがとうございました」

 

「ふふっ、じゃあ入ろうか」

 

「はいっ!」

 

玲唖お嬢様に迎えられ、俺たちは並んで屋敷の中へと入っていった。

屋敷の中は、外の暑さが嘘のように涼しい。綾芽お嬢様の部屋へと向かう廊下で、俺たちは言葉を交わす。

 

 

「今日も暑いですねぇ」

 

「そうねぇ、学校にいる時はちゃんと水分取ってね?」

 

「心配してくださってありがとうございます」

 

「ふふ、ここが綾芽の部屋よ」

 

「ここがですかー」

 

「じゃあ、私はちょっと用事があるから先に入っててね」

 

「かしこまりましたー!」

 

 

玲唖お嬢様がその場を離れるのを見送り、俺は扉に向き直った。

 

 

(よーし!!)

 

 

コンコン、と控えめにノックする。

 

 

「誰だ?」

 

「おはようございます! 猪瀬です!」

 

「私は今忙しいんだ」

 

「そうですか、失礼しました!」

 

 

返ってきたのは、にべもない一言だった。

 

 

(うーん……、どうしよう。玲唖お嬢様はどっか行っちゃったし)

 

 

うかつに動いて迷子になるのもまずい。廊下の隅に目をやると、一本のホウキが立てかけられていた。

 

 

「ホウキみっけ」

 

(暇だし、玲唖お嬢様が来るまで適当に掃いとくか)

 

 

俺はホウキを手に取り、誰もいない廊下を静かに掃除し始めた。

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