夢のようなアルバイト 作:倉羅
「以上で、一通りの紹介は終わりとなります」
案内を終えた彼女が、凛とした所作で振り返る。
「あ、あの!」
思わず呼び止めてしまった僕に、彼女は「はい?」と不思議そうに小首を傾げた。その仕草一つをとっても、洗練された美しさが宿っている。
「メイド長さんの、お名前は……」
その質問に、彼女はふっと口角を上げ、丁寧に一礼した。
「失礼いたしました。私は不知火(しらぬい)沙矢(さや)と申します」
沙矢さん、か。
落ち着いた物腰から察するに、おそらく玲唖さんと同じくらいの年齢だろうか。
彼女の装いは、もちろん非の打ち所がないメイド服。
高めの位置で結い上げられたポニーテールが、彼女が動くたびに軽やかに揺れる。身長は165センチほどだろうか、すらりと伸びた背筋が美しい。
そして何より僕の目を釘付けにしたのは、知的な光を放つ赤縁のメガネだった。
(メイド服に赤縁メガネの組み合わせ……破壊力がすごすぎる……)
健康的なスタイル――おそらくCカップはあるだろう胸元が、タイトな衣装の上からもその存在感を主張している。というか、さっきから思っていたけれど、この屋敷の人たちはどうしてこうも美人ばかりなのだろう。
(もし、これで採用されたら……)
期待と緊張で、胸の鼓動が早くなる。
そこには、想像を絶するような「夢のアルバイト生活」が待っている気がしてならなかった。
「それでは、これより面接を開始いたします。お嬢様方、ご質問をどうぞ」
沙矢さんの凛とした声が広間に響き、面接の幕が上がった。
「お前」
口火を切ったのは綾芽様だった。鋭い視線が俺を射抜く。
「はい!」
「ケーキは作れるのか?」
(け、ケーキ……?)
一瞬拍子抜けしたが、すぐに自信が湧いてきた。何しろ俺は、大学でクッキングサークルに入るほどの料理好きだ。お菓子作りだって一通りは叩き込んである。
「はい、作れます。料理のことならお任せください!」
俺は胸を張って答えると、綾芽様は「ようやくケーキが作れる奴が来たか」と、どこか安堵したように息を漏らした。
「綾芽のその条件のせいで、今までの方々はみんな落ちちゃってたもんねぇ」
玲唖様が可笑しそうに付け加える。どうやら、俺のサークル活動は思わぬところで大きなアドバンテージになったらしい。
「次は私からの質問だ」
次に声を上げたのは、執事の哲也さんだった。その場の空気が一変し、重苦しいプレッシャーが肌を刺す。
「はい!」
「猪瀬から見て、執事の使命とは何だと思う?」
迷いはなかった。俺は真っ直ぐに彼を見据えて言い切った。
「何があっても、お嬢様方をお守りすることです!」
「……本当にできるのか?」
哲也さんの声が一段と低くなる。
「自分の命を捨てて守るということだぞ。これまでお嬢様方は、幾度となく命を狙われたことがある」
「えっ……」
思わず絶句した。命を狙われる? ここは日本のはずじゃ……。
横を見ると、玲唖様と綾芽様が(ないない……)と呆れたような顔で冷や汗を流しているのが見えたが、哲也さんの迫真の演技(?)に圧倒されてそれどころではない。
「どうだ? それでも守り抜く覚悟があるか?」
哲也さんの目が「怖くなって逃げ出すなら今のうちだぞ」と物語っている。
正直、めちゃくちゃ怖い。けれど……いざとなったら、このベテラン執事である哲也さんが何とかしてくれるはずだ!
「大丈夫です! できます!」
「なっ……!?」
予想外の即答に、今度は哲也さんが動揺して声を上げた。
「あら、頼もしいわね♪」
「本当か……? そう言っておいて、いざという時に背中を向けて逃げるんじゃないだろうな」
玲唖様の楽しげな声と、綾芽様の疑り深い視線が交差する。
滅多にそんな物騒なことは起きないはずだ……と言い聞かせながらも、俺は心の中で自分にエールを送るしかなかった。