夢のようなアルバイト 作:倉羅
「大丈夫です! 命に代えてもお嬢様方を御守りします!」
俺の放ったその言葉は、静まり返った広間に力強く響き渡った。少し見栄を張ってしまったかもしれないけれど、本心であることに変わりはない。
「……どうする? 玲唖」
綾芽様が、隣に座る姉に判断を仰ぐ。玲唖様は俺の顔をじっと見つめると、いたずらっぽく、それでいて蕩けるような笑みを浮かべた。
「私は最初から合格よ。潤くん、童顔でとっても可愛いもの♪」
「えっ……!? ///」
まさか「顔」が決め手の一つになるとは。予想外の評価に、顔が熱くなるのを抑えられない。
「……葉瑠は?」
「どっちでも……」
綾芽様の問いに、末っ子の葉瑠様が興味なさげに応じる。その素っ気なさもまた、彼女らしいといえば彼女らしい。
「じゃあ合格。以上、解散。」
綾芽様のぶっきらぼうな、けれど確かな宣言。その瞬間、俺の心臓は歓喜に跳ねた。やった! 採用だ!
「ありがとうございます! 精一杯頑張ります!」
俺が深々と頭を下げると、すぐ隣で控えていた沙矢さんが、眼鏡の奥の瞳を優しく細めた。
「良かったですね、猪瀬くん」
「はいっ! 沙矢さん、よろしくお願いします!」
「では、これより屋敷の構造をご案内いたします。私の後ろに付いてきてください」
「お願いします!」
俺は、赤い縁の眼鏡がよく似合う凛々しいメイド長の後ろを意気揚々と追いかけた。これから始まる夢のような日々に胸を膨らませながら。
一方、広間には一人、膝を突き、ガックリと肩を落とす男の姿があった。
「くぅ……まさか、あんなハッタリに屈しないとは……」
ベテラン執事、哲也さんの悔しげな呻きだけが、主を失った広間に虚しく響いていた。
「あの――沙矢さん」
屋敷の長い廊下を歩きながら、俺は前を行く彼女の背中に問いかけた。
「何でしょうか?」
沙矢さんは歩調を緩めることなく、涼やかな声で応じる。
「お嬢様方を守るっていう使命のほかに、私は普段、具体的にどんなことをしていればいいんでしょうか?」
「屋敷案内の後にお伝えしようと思っていたのですが、今お教えしますね」
「あ、すみません……先走っちゃって」
「いえ。どちらにせよ説明しなければならないことですから」
少しだけ申し訳なさを感じつつも、俺は彼女の言葉を待った。
「基本は屋敷内の掃除、お使い、そして――お嬢様方のお相手、といったところでしょうか」
(……お嬢様方のお相手!!)
そのフレーズを聞いた瞬間、俺の脳内ではとんでもないシチュエーションが爆速で展開され始めた。
『あぁ……潤くん……こっちに来てぇ……っ///』
『玲唖お嬢様ぁぁぁ!!///』
……もちろん、すべて俺の妄想だ。危うく鼻血が出そうになるのを必死にこらえる。
「猪瀬くん……何か、とんでもなく大きな勘違いをしていませんか?」
沙矢さんの足が止まった。振り返った彼女の赤縁メガネの奥には、すべてを見透かしたような氷点下の視線が宿っている。
「してません! 断じてしてません!!」
「……そうですか。ただ、綾芽お嬢様か葉瑠お嬢様に『髪を洗え』と言われることはあるかもしれませんね」
「本当ですか!? ///」
食い気味に聞き返してしまった俺に、沙矢さんはわずかに頬を引きつらせ、一歩後ずさりした。
「さ、さあ……。私は以前、洗わされましたけれど……」
はっ、とした時にはもう遅い。沙矢さんの目が完全に「この人、危ない……」と言わんばかりに引いている。
(やばい、嫌われたら終わりだ……!)
俺は慌てて背筋を伸ばし、喉を鳴らした。もっと紳士的に、スマートに。この夢のような環境を維持するためには、内なる欲望を完璧に隠し通さなければならない。