※この作品はR-18です。

夢のようなアルバイト   作:倉羅

5 / 17
メイド長は服飾愛好家:赤い眼鏡と百二十万円の自慢

 

 

時計の針は、午後7時を回ったところだった。

 

 

「――以上で、主要な部屋の説明は終わりです」

 

 

結局、屋敷の案内にはたっぷり二時間もかかってしまった。

「そんなに部屋数が多いのか」って? いや、実はそうじゃない。

そのうちの一時間は、沙矢さんの自室に連行されていたのだ。そこで俺は、彼女がクローゼットから恭しく取り出した一着のドレスを前に、延々と講釈を聞かされていた。

 

 

「猪瀬くん、見てください。このお洋服、これ一着で百二十万円もするんですよ。この刺繍の細かさ、そして生地の光沢……」

 

 

……それは案内というより、もはや服の価値についての熱烈な自慢話(?)だった。

案内を再開した今、沙矢さんはふと足を止めると、どこか落ち着かない様子で俯いた。

 

 

「あの……ごめんなさい」

 

「へ?」

 

「猪瀬くん、ひきましたよね。私の部屋での出来事……つい、好きなものの話になると止まらなくなってしまって」

 

 

しょんぼりと肩を落とすその姿は、先ほどまでの凛としたメイド長とは別人みたいだった。

隙のない美人が見せた、年相応の弱音。……正直、めちゃくちゃ可愛い。不覚にもキュンときてしまった。

 

 

「いえいえ! 沙矢さんの服、どれもすごくセンスが良くて可愛かったです」

 

「……本当ですか?」

 

「はい。でも――」

 

 

俺は本音を隠さず、真っ直ぐに彼女を見据えて言った。

 

 

「沙矢さんは、やっぱりそのメイド服が一番似合ってるし、可愛いと思います!」

 

 

あ――。

言ってから、心臓が跳ねた。初対面に近い相手に、しかも上司にあたる彼女に「一番可愛い」なんて、デリカシーがなさすぎただろうか。

気まずい沈黙が廊下に流れる。俺は自分の失言を呪いながら、冷や汗が止まらなくなっていた。

 

 

「……嬉しいです///」

 

 

沙矢さんは、先ほどまでの沈んだ表情が嘘のように、頬を林檎色に染めて俯いた。その初々しい反応に、俺は心の底から安堵する。

 

 

(よかった……。でも、お世辞抜きで本当に可愛いんだよな、この人のメイド服姿)

 

「だから、そんなに落ち込まないで、元気出してくださいね?」

 

「はい……///。あの、屋敷の案内について、何かご質問はありますか?」

 

「大丈夫です。ばっちり覚えました!」

 

「そうですか。では、残りは諸条件のお話をして今日は終わりにしましょう。ロビーへ戻りましょうか」

 

「はいっ!」 

 

 

彼女の案内に従い、広々としたロビーへと戻る。促されるまま高級そうなソファーに腰を下ろすと、沙矢さんは手元の手帳を開き、居ずまいを正した。

 

 

「では、時給と休日、それからお仕えするお嬢様方についてご説明しますね」

 

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 

背筋を伸ばして聞き入る俺に、彼女は淡々と、しかし衝撃的な数字を口にした。

 

 

「まず時給ですが、朝5時から9時までの4時間勤務で、一日2万8千円となります。こちらでよろしいでしょうか?」

 

「に、に、に、2万8千円……!?」

 

 

思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

頭の中で素早く計算する。4時間で2万8千円ということは、時給換算で……7千円!?

 

 

(待て待て、執事ってこんなに稼げるのか? いや、それとも月島家がとてつもない富豪すぎるのか……?)

 

「……少ないでしょうか?」

 

 

不安そうに首を傾げる沙矢さんに、俺は慌てて首を横に振った。

 

 

「いえいえ! とんでもないです。あまりに高待遇すぎて、腰を抜かしそうになっただけですから!」

 

「それなら良かったです。次に休日ですが、猪瀬くんはどの曜日をご希望ですか? 週に二日、自由にお選びいただけます」

 

「えーっと……それじゃあ、土曜日と日曜日にしていただいてもいいですか?」

 

「承知いたしました。では、最後に――」

 

 

沙矢さんの表情が、少しだけ引き締まった。

 

 

「これから猪瀬くんが担当することになる、お嬢様方についてお話ししますね」

 

 

「はい、お願いします!」

 

 

俺はゴクリと唾を呑み込み、この屋敷の主たちの名前が語られるのを待った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。