※この作品はR-18です。

夢のようなアルバイト   作:倉羅

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砕け散った静謐

 

 

「……月島家のご両親についてですが」

 

 

沙矢さんの声のトーンが、ふっと一段低くなった。窓から差し込む夕闇が、彼女の横顔に深い影を落とす。

 

 

「はい」

 

「……昨年、殺害されました」

 

 

さらりと告げられたその言葉は、あまりに重く、非現実的だった。

 

 

「去年……ですか」

 

「はい。ですから、お嬢様方の前では、お父様とお母様のお話は絶対に振らないでください。……いいですね?」

 

 

彼女の瞳に宿る切実な光に、俺はただ圧倒されながら「……わかりました」と頷くことしかできなかった。

 

 

――バタン!!

 

 

「っ!?」

 

 

静寂を切り裂く派手な音に、俺と沙矢さんの肩が同時に跳ね上がる。勢いよく扉を押し開けて現れたのは、綾芽お嬢様だった。

 

 

「沙矢、風呂に入るぞ……」

 

 

言いかけて、彼女は俺の存在に気づくと、不機嫌そうに眉を寄せた。

 

「……綾芽お嬢様」

 

「何」

 

 

冷ややかな視線が突き刺さる。その威圧感に、俺は慌てて頭を下げた。

 

 

「いえ、申し訳ありません。お邪魔いたしました」

 

「……ふん。行くぞ、沙矢」

 

 

綾芽お嬢様は釈然としない様子で鼻を鳴らすと、さっさと踵を返した。沙矢さんは困ったように、けれどどこか申し訳なさそうに俺を見つめる。

 

 

「はい……。では、そういうことですので。残りの雑談のようなお話は、また明日伺いますね」

 

「わかりました」

 

「では、お気をつけてお帰りください」

 

 

沙矢さんは丁寧にお辞儀をすると、急かすように待つ綾芽お嬢様の後を追って、奥の扉へと消えていった。

一人残されたロビーで、俺は先ほど聞いた「欠落」の事実を噛みしめていた。この屋敷の華やかさの裏側に潜む深い闇。執事として足を踏み入れる覚悟が、改めて問われている気がした。

 

 

「明日から頑張ろっと!」

 

 

潤は自分に喝を入れるように呟くと、軽やかな足取りで玄関へ向かった。

しかし、彼が勢いよくドアノブを回した、その瞬間だった。

 

 

——サーッ……。

 

 

「あ!」

 

 

空気の揺らぎか、あるいは物理的な衝撃か。ドアの開放と同時に、傍らに置かれていた花瓶が吸い込まれるように滑り出した。潤が慌てて手を伸ばしたものの、指先は虚しく空を切る。

 

 

パリン!!

 

 

無慈悲な破砕音が、静かなエントランスに鋭く響き渡った。

 

 

「やべっ……」

 

 

潤が真っ青になったのとほぼ同時に、背後のドアが乱暴に跳ね上がった。

 

 

「猪瀬! 何をやっている!」

 

 

現れたのは、厳しい表情を浮かべた哲也だった。その威圧感に、潤の背中に冷たい汗が伝わる。

 

 

「すみません! つい……」

 

「ついではない! この花瓶にどれほどの価値があると思っているんだ!」

 

 

逃げ場のない怒声が潤を射抜く。縮こまって謝ることしかできない彼のもとへ、新たな足音が近づいてきた。

バタン、と重厚な扉が開く。

 

 

「何の騒ぎ?」

 

 

凛とした声の主は、この屋敷の令嬢、玲唖だった。

 

 

「はっ……猪瀬がこの花瓶を割りまして」

 

 

哲也が恭しく状況を説明すると、潤は消え入りそうな声で「すみません……」と繰り返した。

玲唖は無言のまま、ゆっくりと潤の元へ歩み寄る。彼女の視線が、床に散らばった破片へと注がれた。

 

 

「……この花瓶かな?」

 

「はい」

 

 

哲也の答えを聞くと、玲唖は静かに、だが拒絶を許さないトーンで告げた。

 

 

「後は私から注意しておきます。哲也さんは下がってください」

 

「……かしこまりました」

 

 

哲也は一礼すると、複雑な表情を残したまま奥へと消えていった。

静まり返った空間に、潤と玲唖、二人だけの時間が流れ始める。

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