「もう麺類飽きたわ」
澪がぼやくようにそう言った。
「今日は寒いからおでんにしようかなって」
「そう」
そっけない返事。あれ、喜ぶと思ったんだけどな……。
その後、俺たちは一言も会話を交わすことなく具材をカゴに入れ、家に帰っておでんを作り始めた。
「……はぁ」
「……」
キッチンに立つ俺の背後で、澪はおこたに入ってスマホで映画を鑑賞している。いつもなら一緒に作ってくれるはずなのだが、今日はその気配すら感じられない。
「……ッ!!」
不意に走った鋭い痛み。
(ピクッ……)
映画を見ていたはずの澪の肩が、わずかに揺れた気がした。
「はぁ……」
やってしまった。指を切った、痛い……。
棚にしまってある救急箱を取りにいき、手当をしようと居間に戻ると、なぜか救急箱がすでに机の上に置いてあった。
「やりづら……」
片手で絆創膏を剥がそうとするが、思うようにいかない。
「……」
「……」
澪は何も言わず、ただじっとスマホを見ている。俺も何も言い出せず、沈黙だけが部屋の中に流れていた。
グイッ……。
「わっ……」
不意に腕を引かれ、よろめいた。気がつくと、いつの間にか隣に澪が立っていた。彼女は俺の腕を強く捕まえて引き寄せると、そのまま切った指を自分の口へと運ぶ。
「み、澪……///」
「……」
カプ、と指先に伝わる柔らかな感触に、心臓が跳ね上がる。澪は何も言わず、ただじっと俺の指を見つめていた。
「全く……。待ってなさい」
彼女はそう短く告げると、救急箱から消毒液と絆創膏を取り出し、手際よく手当てをしてくれた。
「おでんできたの?」
「できた」
「そう」
相変わらずの素っ気なさだったが、俺は思い切って心に引っかかっていたことを口にした。
「澪、ごめん……。もう耳噛んだりしないよ……」
「……誰かがいる時は絶対しないで。あの時は里奈が寝惚けてたから良いけど……あんな声、他の人に絶対聞かれたくないから」
「わかった……」
澪の言葉に、俺は小さく項垂れる。
「……どうしたの?」
「だって、夕飯をおでんにしても澪は喜んでくれないし、いつもと全然違う感じだったから……」
「……ふふ」
ギュゥ。
突然、俺は澪に力強く抱き締められた。顔が彼女の豊満な胸に深く押し当てられる。
「……っ///」
その温もりと柔らかな感触に包まれ、俺の思考は一瞬で真っ白になった。
「な、なんだよ……///」
「かわいい事言えるようになったじゃない」
腕の中でそう囁かれ、俺はさらに顔を赤くした。
「左様ですか……///」
「今日のおでん、楽しみよ」
「……ほんと?」
「えぇ、私の好物だし」
「そうか、良かった!」
「……ふふ」
さっきまでの不穏な空気が嘘みたいに解消され、俺たちは仲良く並んで夕飯を頂くことにした。