「ジーッ……」
隣から向けられる、見透かすような視線。陽は居心地が悪そうに声を漏らした。
「なんだよ」
「里奈?」
「……よくわかったな」
隠しごとは通用しなかった。澪は「ガキんちょの時から貴方の事見てきたからね」と、どこか自慢げに目を細める。その言葉の響きに、陽は不意に胸が熱くなった。
「……ほぅ……///」
「なーに照れてんのよ」
「はは……///」
照れ隠しに笑う陽を、澪は少し真面目な顔で見つめた。
「……明日、仕事になったの?」
「あぁいや。俺ら今日雰囲気悪かったのを、里奈ちゃんが勘付いたみたいでさ。大丈夫かって」
「なるほどね」
誤解が解けて安心したのか、陽は大きなあくびを一つ漏らすと、そのまま肩までこたつに潜り込み、横たわった。
「こたつの中で寝ちゃダメよ、風邪引くと面倒臭いんだから」
「おぅー……」
適当な返事を返しはしたものの、こたつの魔力には抗えない。意識は急速に遠のき、陽は深い眠りに落ちていった。
午前二時十四分。
「……。」
不自然な静寂に、陽は目を覚ました。
やってしまった、という後悔が真っ先に浮かぶ。汗ばんだ肌が、長く眠りすぎたことを物語っていた。
澪に怒られる。そう身構えながら辺りを見渡して、陽は違和感に気づいた。そこはこたつではなく、見慣れた布団の中だった。重い体を運んでくれた彼女の苦労を思い、申し訳なさが募る。
「……。」
澪はもう隣で寝ているのだろうか。
謝るついでに彼女の様子を伺おうと寝室に顔を覗かせたが、そこに人影はなかった。
「澪ー?」
暗闇の中で声をかけるが、返事はない。
家の中は静まり返り、自分以外の気配が全く感じられない。しかし、陽はある奇妙な点に気がついた。
「……。」
陽は再び、吸い込まれるように布団へと身を投じた。鼻をくすぐるのは、紛れもない澪の香りだ。その落ち着く匂いに包まれていると、先ほどまでの漠然とした不安が嘘のように消えていく。陽は安堵に身を委ね、深い眠りの底へと沈んでいった。
午前五時十二分。
「……る……はる……」
耳元で微かな声が響き、陽はゆっくりと意識を浮上させた。
「……ん」
「重いわ……」
その呟きに、陽は跳ねるように目を開けた。どうやら無意識のうちに、上から被さるような形で彼女を強く抱き締めていたらしい。
「……あぁ、ごめん! 汗」
慌てて腕をほどき、距離を取る。そんな陽の狼狽ぶりを見て、澪は可笑しそうに目を細めた。
「甘えん坊なんだから」
「……俺、甘えてたか?」
「私の名前、何回も呼んでたわよ。どんな夢を見てたの?」
「うーん、夢なんて見てない気がするんだけどな」
「そう。まあ、よくあることね」
澪は眠たげに、再びシーツの感触を楽しんでいる。
「朝ごはん、食べられそうか?」
「……もう少し寝るわ」
「わかった」
「陽はどうするの?」
「ちょいと事務所に行ってくる。帰りに何か買ってきてやるよ」
すると、澪が布団から顔を覗かせた。
「どこか行くなら、私も行く」
「じゃあ、小さなぬいぐるみか何かに化けて、俺のポケットの中で寝てなよ」
「そうするわ」
次の瞬間、澪の姿はふわりと愛らしい狐のぬいぐるみへと変わった。陽はその小さな体を優しく拾い上げ、ポケットに忍ばせる。
掌に伝わる微かな温もりを連れて、陽は静まり返った早朝の街へと歩き出した。